みんなみすべくきたすべく

ピーレットのやさいづくり

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「ピーレットのやさいづくりーちいさな こどものための やさいばたけのおはなし」(ウルリカ・ヴィドマーク文 イングリッド・ニイマン絵 高橋麻里子訳 岩波)

 以前、お話の本ではないものの、ゲルダ・ミュラーの「ソフィーのやさいばたけ」という絵本を紹介したことがあります。➡➡
 こちら「ピーレットのやさいづくり」は、小さな女の子ピーレットが畑を耕し、水をやり、手入れをして、収穫、市場に並べるまでのお話の絵本です。

 ピーレットも可愛ければ、いつもそばに居る犬のピフも可愛い。
 小さな子が、何かに真剣に取り組んでいる表情そのままが描けています。

 色は、黒、黄色、緑、赤と、ピーレットの肌の色だけですが、いちごも、ラディッシュも、パセリも、人参も、豆も、そして赤い花、黄色い花も、ちゃーんと描けています。すっきり表現された絵は、単純なお話を生き生きと伝えています。
 
 この絵本で、嫌いな人参を食べてもらおうなどと思うなかれ、人参もピーマンも、いつか、そのうち食べられるようになるんだから、せいぜい、絵本のなかのピーレットの頑張りを、楽しんでみてください。

*「ソフィーのやさいばたけ」(ゲルダ・ミューラー作 ふしみみさを訳 BL出版)

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三室戸寺

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 小雨なら、紫陽花を見るのにぴったり・・・と、少雨を願って出かけたものの、京都 宇治 三室戸寺に近づくにつれ、やっぱり、傘が必要。結構な降り・・・。それでも、庭園内一万株の紫陽花を見に、たくさんの人たち。
三室戸寺2j
 数年前にも、来たことがありますが、その時は晴れていたので、気ままに写真を撮りました。
 今回は、本降りだったので、傘の中のカメラで撮るので、とりにくい。
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が、しかし、大粒の雨が、紫陽花を生き生きと美しく見せてくれます。
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 それにしても、たくさんの種類の紫陽花たち。
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三室戸寺5j

 本堂前のハスも綺麗です。雨のおかげで、透明感が増し、より美しい。

三室戸寺1j

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若い頃に書いたものは、絶対に再版するな

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「アントニー・ブラント伝」(ミランダ・カーター 桑子利男訳 中央公論社)
(承前)
  「アントニー・ブラント伝」のような600ページ二段組の本のことは、拙欄にちょこっと書くような代物ではありません。【同じく600ページ余の大著堀口大學の伝記「詩は一生の長い道」(長谷川郁夫 河出書房新社)もまだ書けてない・・・】

 さて、当時の英国の美術事情を知る上でも、この「アントニー・ブラント伝」は興味深いものでした。
 が、一番、彼の生きざまを反映していていると思え、面白かったのは、1937年にピカソの「ゲルニカ」を批判・一蹴していたブラントが、1951年、1953年、1961年に「ゲルニカ」論を書き直し、書き加え、また1962年には共著ではあるものの『ピカソ―その形成期』という本まで表し、かつての論考の誤りを素直に認めたところでした。

 当初、ブラントは≪この作品には大いに心を動かされた。だが、理論的見地からは、あきれ返るほかなかった。≫≪この絵には人を現実に引き戻す力がある。基本的にはピカソの闘牛の場面を描いた作品と同列にある。公の追悼を表現したものではない。そこに表現されているのは、ピカソ個人の激しい感情からくる錯乱状態で、彼がゲルニカの政治的意味合いを理解していた証拠にはならない。≫などとし、その後も「フランコの夢と嘘」をテーマにしながら言及していきます。個人的なものと政治的なものがいっしょくたにされていると言って、非難したのです。どうみても、感情的、ヒステリックな感じは否めません。

 ところが、 1951年(初めの「ゲルニカ論」から14年後)にブラントは≪ピカソが人間的な諸問題を敏感に感じ取っていたことを明らかにしている。ピカソがそうした問題から目をそらしたことは一度たりともなかった。≫とし、1953年には≪20世紀の悲劇を最も鮮烈に説明してくれる画家≫と呼び、1961年には≪『ゲルニカ』をピカソの創作活動の頂点と位置づけ「少なくとも、私から見れば、この作品の中にこそ、彼の卓越した技量のすべてが表れている。想像力、知的抑制力双方に関わる技量だ。≫そして、『ゲルニカ』を≪ヨーロッパの伝統の中で最後の偉大な絵画≫とします。1969年出版の共著「ピカソのゲルニカ」の中で≪ピカソはスペイン内戦から刺激を受け、それらの象徴を段違いに高度な水準にまで引き上げることができた。それらを通して、宇宙大の悲劇に対するみずからの反応を表現することができたのである。≫
・・・と、ゲルニカをめぐる以前の判断はすべて誤りだったと認め、手放しで、絶賛しています。
 そして、後輩にいうのです。≪若い頃に書いたものは、絶対に再版するな。≫

 スパイであったからには、イデオロギーの転向は容易ではなかったと思えますが、この美術観の転向、変節こそ、彼の深いところでの吐露ではなかったかと思うのです。
☆写真は『ゲルニカ』(岩波 世界の巨匠「ピカソ」)

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コートールド美術研究所

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「アントニー・ブラント伝」(ミランダ・カーター 桑子利男訳 中央公論社)
(承前)
 アントニー・ブラントは、一時期、コートールド美術研究所所長であり、王室絵画監督官であり、17世紀フランス・イタリア美術の専門家であり、ナショナル・トラストの初代絵画顧問でもありました。
 この伝記には、ウィリアム・ブレイク論、ドラクロア論、プッサン論、ピカソ論、そしてピカソの「ゲルニカ」のことなども書かれていて、非常に興味深い。またシュルレアリズムに対する彼の考えや、国内外を問わず講師として活躍したことなども書かれています。

 そして、当時、コートールド美術研究所は、テムズ川沿いでなく、もっとロンドンの真ん中にあって、雑然としていたらしい様子も書かれています。
≪・・・・毎日新鮮な花が飾られ、上流階級出身の若い女の子たちが本の分類をしていた。二階にはエトルリア風の部屋があった。ここはセザンヌの『カード遊びをする人』が掛けてあり・・・・≫
と思えば、巻頭のアントニー・ブラントが執務している部屋の写真には、何気なくルノアールの「裸婦」の画。
また、研究所内の彼の自室にはピカソのエッチング「貧しい食事」・・・・といった具合です。
 多分、今の日本でこれらの展示をすると言ったら、人が集まると思われる絵画が、さりげなく、美術研究所内には飾られていたということです。ルノアールの絵の写る執務室など、すぐ横の大きな窓から外の緑も写っていて、自然光で満ち溢れた部屋だったのがわかります。
 今や、防弾ガラスの内で鎮座しているゴッホの「ひまわり」(東京 東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館)➡➡と、えらい違いです。(続く)
☆写真は、コートールド美術館図録と絵葉書「THe Card Players」

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1930年代のロンドンという文脈の中で

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 「アントニー・ブラント伝」(ミランダ・カーター 桑子利男訳 中央公論社)
(承前)
 アントニー・ブラントは、売国奴とはいえ、英国の美術界に多大な足跡を残した人であったには違いのないことですから、本の中に紹介される、彼の美術に対する考えや、行動には興味深いものがたくさんありました。
  
≪1930年代のロンドンという文脈の中では、ブラントの現代性は際立っていた。英国の現代美術にとっては肩身の狭い時代だった。公立美術館は現代美術にはほとんど関心を示さなかった。関心を示したくても、先立つものがなかった。セザンヌのコレクションは英国にたった一つしかなく、それはサミュエル・コートールドが所有していた。また、現代美術が見られる場所は、ロンドンのコーク・ストリート周辺にある商業画廊だけだったが、どこも売れ行きのほうは芳しくなかった。レスター・ギャラリーが、後期印象派の中でも最も抒情的で家庭的な画家ベルト・モリゾを展示したものの、まったく買い手がつかなかった。・・・・・(中略)・・・・1933年、非難囂々の真っ只中で、テート・ギャラリーは、初めてのピカソの作品の購入に踏み切ろうとしていた。ブラントは応援を買って出、自身のコラムと『リスナー』誌への手紙の双方で、購入を支援した。ブラントはこう論じた。ピカソは「当代最高の画家」であるとともに、西洋の偉大な伝統に連なる芸術家である。テート・ギャラリーに展示されて当然と言わなけれなならないと。・・・≫
 
 今のロンドンのナショナル・ギャラリーやコートールド美術館では考えられないのですが、1930年代英国においては――≪印象派などの人気がなかった≫、また、≪ピカソを購入するのが非難囂々だった≫・・・・驚きでした。

 また、今は、コートールド美術館は有料であるものの、ナショナル・ギャラリーもテート・ギャラリーも大英博物館もヴィクトリア&アルバート美術館なども、無料で入場できる(特別展以外)英国の美術・博物館の太っ腹しか知らない者にとっては、時代とはいえ、≪先立つものがない≫英国の公立美術館というのも、驚きでした。(続く)

☆写真は、カナレットの描いたサマセットハウス(コートールド美術館のテムズ川沿い)二枚のコートールド美術館のチケットは、左2006年のもの(ドガ「舞台の2人の踊り子」)。右2017年のもの。(マネ「フォリー=ベルジェール劇場のバー」
***当時のコートールド美術研究所は、ポートマンスクエア20に位置し、テムズ川沿いの場所にはありませんでした。

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斜め読み

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「アントニー・ブラント伝」(ミランダ・カーター 桑子利男訳 中央公論社)
先のヴァージニア・ウルフたちのブルームズベリーグループ➡➡は、当時の英国の文化を牽引する一集団だったのですが、そのグループの拡大版が、当時のケンブリッジにもあり、学生たちはマルクス主義に牛耳られていたとされる頃に、今回読んだ伝記のアントニー・ブラントは位置しています。
 
 カ・リ・リ・ロ自身が、ロンドン コートールド美術館を贔屓にしているとはいえ、この本を読むまでは、スパイであり、コートールド美術研究所長という奇異な肩書(経歴)をもつアントニー・ブラントのことは、まったく知りませんでした。若い頃、ロシア側のスパイだったのが露呈したのは、かのサッチャー首相の頃で、結構なトピックだったようですから、単に、個人的に無知だったということなのですが。
 
 友人に紹介され図書館で借りました。この単行本、600ページと分厚くて重くて二段組、2週間以内で返さなくては・・・ということで(と、いう言い訳をして)、斜め読みの部分も多い一冊でした。

  ともかく、ロシアにつながる人脈や同性愛者のつながりのカタカナの名前がどんどん出てくる文章は、頭に入ってこない・・ところが、なじみある画家や芸術家の名前が出てくるところは丁寧に読むという偏った読み方でした。(個人的な興味のあるなしが、自覚できました。)

 ベン・ニコルソンという名前など、≪画家で、ウィリアム・ニコルソンの息子≫しか知らなかったので、抽象作品のところで登場した時は、ふむふむと読んでいたものの、後半、≪下院議員ハロルド・ニコルソンと詩人ヴィタ・サックヴィル=ウェストの息子の美術史家のベン・ニコルソン≫と出てきたときは、えー!?知らなかった。調べなおしました。画家ベン・ニコルソンと美術史家ベン・ニコルソンは、別人。
*注釈くらい一言欲しかったなぁ。英国人や美術関係者には、周知のことだったにしても。
*ヴィタ・サックヴィル=ウェストは、ブルームズベリーグループのヴァージニア・ウルフと恋愛関係に一時期あり、今はナショナルトラスト管理のシシングハースト・カースル・ガーデンの持ち主だった女性。

 スパイであることと同性愛であることがアントニー・ブラントの美術への考え方に反映されているのは、間違いないのですから、全部、精読できる人が正しいとはいえ、やっぱり、まったく知らないカタカナの名前の連続は、ちょっとしんどかった。(続く)

☆写真左は、「アルカディアの牧人」(プッサン画 ルーヴル美術館蔵 岩波美術館 歴史館10) 
 それまで、注目されることの少なかったプッサンをアントニー・ブラントは取り上げました。パリ・ルーヴルで大々的なプッサン展を企画・講演したのも、アントニー・ブライト。本の中には、その後のプッサン論争につながっていく様子も書かれていて、面白い。

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その歌声は天にあふれる

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(承前)
「その歌声は天にあふれる」(ジャミラ・ガヴィン 野の水生訳 徳間書店)
 この本は、児童書というより、もう少し大きい人たちを対象にした本だと考えます。
 というのは、18世紀英国の望まれない出生の子どもたちを、大人たちがどう扱ってきたか。あるいは、登場人物も多く、身分や家柄など、当時の英国の背景が複雑に描かれているからです。
 また、その人物たちの背負うものの大きさは、簡単に子どもたちが理解できるほど、単純なものでないということもあります。
 それに、物語の構成に少し無理を感じるところがないわけでもありません。

 が、しかし、児童よりもう少し大きくなった人たちには、読んでほしい一冊であることは確かです。
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 フィクションでありながら、実在のロンドン「コーラム養育院」が出てくるし、音楽家のヘンデルも登場、グロースター大聖堂の聖歌隊、また場所はグロースターでありコッツウォルズでありロンドンである、そんな史実を織り交ぜながら、18世紀の英国のその場所、その子どもたちが、目の前でいるかのように生き生きと表現されています。
 作者があとがきで言うように、作者が愛する音楽と子どもたちが、ごく自然な形で結び付いていった一冊なのです。

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 かつて、カ・リ・リ・ロ自身が英国ウィンチェスターの大聖堂で、イースターのオラトリオを体験した時、あるいは、アイルランドの朝の教会で、子どもたちが(ボーイソプラノたちが)、聖歌の練習をしているのに出くわした時、あるいは、パリの教会で、パイプオルガンの練習をしているところに入った時など、数少ない教会音楽体験からしても、あの空間で、音楽が聴こえる=天からあふれる・・・そのものなのです。
 このような不信心者でさえ、浄化されていくようなひとときを過ごすことができました。

 「その歌声は天にあふれる」の原題は”CoramBoy”(コーラム養育院の男の子といった意味でしょうか?)です。
 が、この本に登場する何人かの人物を思い浮かべるなら、この邦題「その歌声は天にあふれる」は、もしかしたら、原題よりいいタイトルかもしれません。これなら、英国の当時の複雑な時代背景の理解が少なくても、本を手に取りやすいし、また、物語では、救われなかった人物たちにとっても、一縷の光が差し込んでいるような気がするからです。
☆写真は、すべて 英国 グロースター大聖堂➡➡ ⇒⇒ 

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この前行ったとこなのに・・・

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(承前)
 「花々の流れる河」 【「黄金の時刻(とき)の滴り」(辻邦生 講談社文芸文庫)収録】の前半に登場するブルームズベリー地区は大英博物館に隣接し、ロンドン大学やカレッジもあり、ヴァージニア・ウルフたちのブルームズベリー・グループの拠点でもあり、地下鉄ラッセルスクエアの近く(西北側)の住宅街でもあります。
 そして、この辺りは、この後、書き綴ることになる、少なくとも二冊の本にも縁の深い場所だった・・・のを、その本を読むまで、あるいは読み返すまで気づいていませんでした。

 もともと浅学なのに、いい加減な読み方をしていて、しかも時間が経ってしまうと、忘れてしまうという結果、友人に「児童書の『その歌声は天にあふれる』の教会って、グロースターの大聖堂のこと?」
 ん?そうだった・・・?
 そうなのです。「その歌声は天にあふれる」の舞台の一つはグロースター大聖堂➡➡なのです。
 
 また、「その歌声は天にあふれる」のもうひとつの舞台になるのが、ロンドン ラッセルスクエアの近く(東側)の「コーラム養育院」。
 それは、今のコーラムズ・フィールズ Coram's Fieldsという子ども同伴でないと大人は入れない子どものための公園であり、そのエリアにある養育院(慈善施設)は博物館Foundling Museumとなっているようなのです。

 「その歌声は天にあふれる」は、18世紀の英国が舞台で、望まれない赤ちゃんの売買を元にできたフィクションではありますが、史実に基づいて生まれた作品のようです。
 例えば、音楽家のヘンデルも実際の人として登場したり、ホガース➡➡ ⇒⇒の絵が出てきたり。
≪・・・本階段を見上げた。壁に、ここの後援者のひとり、ウィリアム・ホガースが描いた巨大な肖像画が掛かっている。コーラム養育院の創立者トマス・コーラム船長の肖像画だ。≫

 それで、現在の博物館のコレクションを見ると、ヘンデルコレクションは充実しているようだし、ホガースの絵もあるようなのです。知らなかった。(続く)

「その歌声は天にあふれる」(ジャミラ・ガヴィン 野の水生訳 徳間書店)
☆写真は、英国 グロースター大聖堂 
     グロースター天井j

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まるでおいしいお菓子でも食べるように読みふけり

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(承前)
 「花々の流れる河」 【「黄金の時刻(とき)の滴り」 (辻邦生 講談社文芸文庫)収録】の中で、一番、印象的だったのは、ヴァージニア・ウルフのことではなく、子どもの頃から詩人や小説家になりたかった花屋の店員さんが、子どもの頃読んだという本のことでした。

≪…実は、亡くなった母が、大変詩の好きな人で、好きな詩を選んでは、革表紙のノートに、それを書き写していて、幼い頃から、その母の形見のノートが唯一の宝で、それこそ中の詩全部をそらで覚えるほど、繰り返し読んでいたからでした。
 そこにはシェイクスピアのソネットから、ブレイク、ワーズワス、シェリー、キーツ、ブラウニングなどの美しい詩が書き写されていて、なかでも子供の私は、スティーヴンソンのA Child's Garden of Versesがとても気に入っておりました。・・・・・・(中略)・・・・
 ・・・・母のこのノートのおかげで、私は早くから、小説ならエドワード・リアやブロンテ姉妹、童話ならルイス・キャロルに夢中になる詩好きな風変りな少女になっていたのでした。・・・・・(中略)・・・・学校が休みになる復活祭の頃、机の傍にスコットやスティーヴンソンやジョージ・エリオットを積んで、まるでおいしいお菓子でも食べるようにそれらを読みふけり、朝から晩まで、寂しい古城や、騎士たちの甲冑のきらめきや、月光のなかの恋人や、悠然としたこの世の眺めに取り囲まれていた日々の幸せを今も忘れることができません。…≫

 これは、誰の読書経験につながる描写なのでしょうか。ヴァージニア・ウルフ?それとも、辻邦生?あるいは、まったくのフィクションからでてきた実名の作家たち?

 ともかくも、スティーヴンソンのA Child's Garden of Versesが出てきたのは、嬉しいことでした。
*「ある子どもの詩の庭で」A Child's Garden of Verses  (ロバート・ルイス・スティーヴンソン詩 イーヴ・ガーネット挿絵 まさきるりこ訳 瑞雲舎)
☆写真は、英国 ヘミングフォード村 ルーシー・ボストンのマナーハウスの庭

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花々の流れる河

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(「青空の彼方へ」から続き)
(承前) 「黄金の時刻の滴り」(辻邦生 講談社文芸文庫)の中で、ヴァージニア・ウルフと思われる女性が描かれているのは、「花々の流れる河」でした。
 このタイトルからして、オフィーリアが川を流れていく.ミレイの絵を思い出します。実際にヴァージニア・ウルフは、自宅そばのウーズ川に身を投げました。
 
 辻邦生の書く「花々の流れる河」の前半に登場するブルームズベリー地区は、ヴァージニア・ウルフたちのブルームズベリー・グループの集まっていたところですが、今も落ちついた雰囲気の地区で大英博物館に隣接し、話の中に出てくるゴードン・スクエなどにはロンドン大学やカレッジなどがあります。つまり、ウルフの頃から、知的な人たちが集まってくる地域でした。

 後半はヴァージニア・ウルフの「灯台へ」(御輿 哲也訳 岩波文庫)の舞台になったコーンウォールに話を移します
 
 この「花々の流れる河」という短編は、ウルフの揺れ動き続ける心理状態を、描いたものなので、「黄金の時刻の滴り」の中でもひときわ、観念的な作品だったように思います。

 「作家の批評 辻邦夫」という文章の中で、丸谷才一のいう≪・・・いつも、筋に綾をつけたり、小道具の扱い方を工夫したり、風景描写に苦心したりしている、しかもそのくせ観念的・形而上学的な志向の強い・・・≫というような箇所もあるにはあるのですが、個人的は、そこが好きだったりします。

≪私はあの方の小説を読み、その美しさに茫然としました。花屋のショーウィンドーのなかに座っていて、あの方の小説を思い出すと、そこに並ぶ薔薇やあらせいとうや金魚草やグラジオラスなどが幅広い河となって織物のように流れていくような気がしました。私はほかの小説に較べて、あの方の作品では、この現実の輪郭が薄れ、やがて溶けてゆき、青や紫や緑の色斑のやわらかな渦となって、人生そのものが解体されてゆくような感じを受けました。≫  
*注:あの方:ヴァージニア・ウルフと思しき小説家。私:詩や小説の作品を書きたい花屋の女性。(続く)
☆写真は、英国 オックスフォード付近の運河

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まっぷたつの子爵

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「まっぷたつの子爵」(イタロ・カルヴィーノ 河島英昭訳 岩波文庫)
 電車用に薄っぺらな一冊でした。
 イタロ・カルヴィーノはイタリア民話集「みどりの小鳥」(河島英昭訳 岩波)や「マルコヴァルドさんの四季」(関口英子訳 岩波少年文庫)の作者です。
 イタロ・カルヴィーノは、児童文学者でなく、大人の小説や評論を主に著作したイタリアの作家なのですが、未読のものだらけ。(多分、かつて、読んだんいずれかの大人向けのものを途中でやめている。)・・・・で、このうすぺっらい文庫本には、イタリアの国民的作家カルヴィーノによる、傑作メルヘン。と、ありましたので、読んでみました。

 うーん、身体が真っ二つになって生き延びるという発想を、メルヘンというのか、それが、最後は・・・という発想がメルヘンというのか???よくわからないまま、悪くなった半分「悪半」の悪事の数々には、もうほとほと嫌になってきたころ、なぜか、残りの「善半」というのが、現れて、それがまた、善玉と言いきるほど良くなくて・・・・・
 幻想的というなら、それもいいけれど、それに、確かに空想的ではあるけれど、こんなブラックな世界は、メルヘンという響きとは程遠い。
 
 とはいえ、ともかくも、読ませる力があって、電車で一気に読んでしまいました。が、やっぱり、後味がいい話とはいいがたい。
☆写真は、スイス ルチェルン 壁画

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梅雨入りしてから

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梅雨入りしてから、ほとんど雨の降らない関西地方です。
それなのに、日差しだけはガンガン。ギンギン。
少しばかりの鉢植えにも水を怠ってはいけません。
街路や公園にある紫陽花は、水が足りなくて、しょんぼりしています。
ご近所のお庭からあふれ出るお花は、いつもどおり元気なのは、水やりをおうちの方が怠っていないからでしょう。

多分、もうすぐ、まとまって大雨になり、そのあとは、あの暑い、暑い夏がやってくるんだろう・・・

☆写真は、公園の池のスイレン。たくさんいたカモさんたち、どこに行ったんだろう。以前は、太りすぎの猫が、ずっと池の周りをうろうろしていたけれど。
 下は、街路樹のヤマモモ。元気に育ったものの、実を採るものも居ず、道に、たくさん落ちています。
 一番下のリンゴは、初秋に収穫できる小さな品種。震災復興記念に植樹され、近隣の幼稚園児たちが収穫したりします。今年は、いつもより、たくさんなっているような気がします。
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梅雨1j

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ピエール・パトラン先生とメェー

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「ピエール・パトラン先生」(渡辺一夫訳 岩波文庫)
 岩波春のリクエスト復刊の薄っぺらな1冊でした。
 ん?作者は?
渡辺一夫は「ガルガンチュワとパンタグリュエル」(ラブレー作 岩波文庫)の訳者です。

 解説によると、≪笑劇「ピエール・パトラン先生」の作者は、確定的とはいえないが、ノルマンディ出身の人であり、リールのベネディクト派修道士でもあるギョーム・アレシスではないかということになっている。また、その創作年代も、これまた明らかではないが、およそ1464年ではないかと言われている。≫

当時の喜劇として有名ではあるものの、不確定部分の多い、しかも、訳しづらい部分も多かった作品にもかかわらず、一冊の本として提示したところに、訳者の思いもあると思います。確かに、可笑しいのですから。 
売ったのに、買ってない、の問答を繰り返すうちに、本当はどうだったか????
 知恵を働かせたつもりでも、もっと知恵が働く者が居て・・・・
 馬鹿になったり、ぐるになったり、羊になったり・・・・
人間って、結局、こういうことなんだと、笑えます。
 あっと、いう間に読めてしまうというのが、少々残念な喜劇。
 
☆写真はスイス ヴェヴェイ

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緑のグラデーション

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(承前)
 詩仙堂の庭、まぶしい光の初夏に一番映えるのは、やっぱり緑。
 
一時は「幻の花」と言われていた「シチダンカ」という紫陽花の類も可愛い。(かつて、シーボルトが描いていた花ですが、その実態が長い間不明だったようです)
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 ここにある紫陽花は、どれも小ぶりのヤマアジサイ。さながら、緑のなかに舞う、しじみ蝶のよう。
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 オカトラノオも、シマトネリコも今を盛りと咲いていて、白いホタルブクロも、楚々と可愛い。
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さて、赤い京鹿子の咲く池の向こうには、黄色い花菖蒲。
詩仙堂9j

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詩仙堂

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 京都 詩仙堂に行きました。
 紅葉の時は混雑して大変でしょう。が、しかし、紅葉が美しいところは、初夏の青紅葉も美しいのです。
 梅雨入りしたのに雨の降らない、清々しい午前を過ごすには、うってつけの場所でした。

 多分、40年以上前に行った事があったかと思いますが、今回行って、詩仙堂というのが、そんなに大きな史跡でないことを実感。紅葉の頃には、よくテレビ中継などで映し出されるものですから平地の大きな名所と同じような規模と思い込んでいたのかもしれません。
 入場案内紙によると ≪詩仙堂と呼ばれているのは、凹凸窠(おうとつか)と呼ばれる でこぼこした土地に建てた住居の一室≫ですから、山のでこぼこに作られたいわば、限られた場所にある庭を楽しむのが詩仙堂なのでした。
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 中国の詩家三十六人の肖像を狩野探幽に描かせ、頭上にそれら各詩人の詩を石川丈山が書いた”詩仙の間”があるところから「詩仙堂」と呼ばれているらしいのですが、歴史的な遺物より、傾斜を利用した庭の花々は四季折々楽しめるようになっていて、規模の大きくない植物園のようでもありました。(続く)

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子どもに合わす顔

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子どもたちには、もらったプリントは、整理しておきなさい、大事なことは、記録して残すようになどと言っているのが、虚しい。
 
恥ずかしくないのか、ある種の大人たち。
子どもに合わす顔をお持ちか?

うそつきは、泥棒の始まりと教えてもらわなかったのかい?
実るほど、頭(こうべ)を垂れる稲穂かな  ということわざも知らんのだろうなぁ。
小麦が主食の某国の人が知らないにしても、せめて、米を食べてきた日本人は、理解できるはず。

子は親の背を見て育つ。
子は親を映す鏡。
ここで言う子や親は、当然、
子どもたちは大人の背を見て育つ。
子どもたちは大人を映す鏡。
と、同義。

ヴィルヘルム・テルの息子のヴァルター・テルが、父親を絶対的に信じたように、子どもから信じられる大人になりたくはないのか?悪代官たち。
☆写真は、スイス リギ山ふもとの紫陽花

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ヴァルター・テル

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 「ヴィルヘルム・テル」(シラー作 桜井政隆・桜井国隆訳 岩波文庫)
 (承前)
 シラーの戯曲「ヴィルヘルム・テル」で一番すごかったのは、ヒーローのウィリアム・テルでなく、実悪代官ゲスラーでもなく、彼の息子だと思います。
 そう、林檎を頭に載せたヴァルター・テルです。

≪おじいさん、そんな人でなしに頭を下げることがあるもんか。≫と胸を張り、≪父ちゃんはね、飛んでいる鳥だって射あてるんだぜ。そらして子供の胸にあてることなんかあるもんか。≫と、父親ウィリアム・テルへの絶大な信頼を表明します。

 周りの大人が、この悪業の中止を願うなか、
≪縛りつけるって。嫌だよ、縛りつけるのはごめんだ。僕、小羊のようにじっとして、息を殺しているよ。僕を縛るのはいやだ、我慢が出来るもんか。あばれ放題あばれて、縛らせてやらないぞ。≫

≪なぜ目かくしがいるんだ。父ちゃんの射る矢を僕がこわがると思っているな。僕、じいっと待っている、瞬(まばたき)だってしやしない。ーーさあ父ちゃん、早く名人の腕を見せておやりよ。あの人は父ちゃんの腕を疑って、僕たちを殺す考らしい。—-あの癇癪もちのつらあてに、早く射あてておくれよ。≫・・・・林檎を載せられた息子、手が震える父親ウィリアム・テル。≪父ちゃん、早く射ておくれ。僕こわいことなんかないよ。≫

 で、奇跡的に、矢は林檎に刺さり、ヴァルター・テルは林檎を持って飛んできます。
≪父ちゃん、林檎はこれだよ。--僕 ちゃんと分ってた。父ちゃんが子供に怪我なんかさせやしないってことが。≫

☆写真は、スイス ルチェルン ピラトゥスクルムから、アルプスを望む。下に写る湖はルンゲラー湖 右端には、右からユングフラウ、アイガー、メンヒが写っています。このズームの写真は2016年9月10日の一番下写真➡➡ 

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ヴィルヘルム・テル

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「ヴィルヘルム・テル」(シラー作 桜井政隆・桜井国隆訳 岩波文庫)
よく知らなかったのは、カ・リ・リ・ロ一人だけじゃないと思います。
ウィリアム・テルの話は、テルの息子の頭の上に林檎を載せ、それをテルが射る。すご技!
で、この前後はどんな話?
確か悪代官の無理難題が、頭上の林檎を射ることだった・・・が、しかし、なぜ、こんな危険なことを課すのだ?

それに、「ウィリアム・テル序曲」は、ほら!運動会で流れるあの勇ましい、元気いっぱいのあの曲。
が、ロッシーニのオペラ「ウィリアム・テル」本体も知らんかったし・・・

・・・・・なので、シラーの「ヴィルヘルム・テル」を読んでみました。
岩波春のリクエスト復刊で、この薄っぺらな文庫本が並んでいなかったら、今も知らなかったウィリアム・テル(ヴィルヘルム・テル)の話。

何度か行ったスイスの鉄道にウィリアム・テル特急(ルチェルンからスイス南部)というのがあるし、昨年、購入していったルチェルンの地域パスの名前はテルパス。つまり、ウィリアム・テルは、まさにスイス人。伝説の人ともいわれるウィリアム・テルは、スイス人にとって独立のシンボルとも言える人でした。

 いろんな国に囲まれたスイスに於いて(今のスイスの中央東寄り北方面)、かつて、オーストリアのハプスブルグ家、リヒテンシュタイン、そして、ドイツ、なかなか厳しい条件の地域だったのは想像に難くありません。平地より、険しい山地でできているのがスイスであり、厳しい自然と向き合うのが必須であるスイス。昔は、圧政を強いられる貧しい国だったのは、よくわかります。けれども、今もそうですが、真面目で辛抱強い国民性があると感じます。また、ハイジのおじいさんに象徴された頑固な一面も。でないと、あんなに高い山をくり抜いたトンネル、あんなに急斜面に設置した線路などなど、いい加減な国民性ではできません。

 さて、そんなスイス中央部に登場するのが気骨あるウィリアム・テルなのです。代官本人がいなくても、その帽子に敬礼するなどという、傲慢極まりない、命令を無視したがために、起こる事件なのですが、あの林檎、首尾よく射ることができたのに関わらず、テルは、捕らわれてしまいます。・・・・そして、ここから、一気にスイス人たちの結束が高まっていきます。(続く)

☆写真は、スイス 「ウィリアム・テル」の舞台になった地域の州都 ルチェルン駅前 スイス国旗とルチェルン旗(青・白)

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赤・白・紫陽花

あじさい1j
梅雨時は、紫陽花しか楽しめないのではないかと思いがちですが、いえいえ、真っ白のクチナシはいい匂い。
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こんなに真っ赤な花は?そうそう、アメリカ梯梧(でいご)。
あめりかでいご2j
さて、この花は、毎年、楽しみなエンジェル・トランペット ➡➡
トランペットj
が、やっぱり紫陽花は、その不思議な色合いが魅力です。紫陽花の向こうには夾竹桃。
あじさい2j

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孫を預かる

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  先日も孫を預かりましたが、その時は、孫の中耳炎で体調が悪く、機嫌も悪く、日頃接していないバアバは、疲れてしまい、そのあとも、少々サポートしていたら、ついにバアバの扁桃腺が腫れてしまい、声が出なくなってしまう始末。これじゃ、仕事で、話せない!ということで、大変でした。

 今度は、元気なときに、預かるということになって、バアバもジイジもおばさんまでが加わって、楽しみな一日に。
・・・と、思っていたら、中耳炎以降、知恵がつき、保育所で離れる時もぐずっていた彼女は、バアバはなんとか許容してくれたものの、声は出さない、笑顔は出ない、じっとしている・・・食べるのはしっかり食べる。
 1歳というのは賢いものです。

 で、夕方、用の済んだ母親が迎えに来ると、今までじっとしていたのが嘘のように、動き回る、声は出る、しまいには、歌いそうな勢い。もちろん、いないいないばあの「芸」までしてくれます。

 中耳炎で痛い目に合っているから、いろんな人に不信感を持っているんだとあきらめました。
 いろんな人がいるのを知る・・・つまり、社会性の発達ですね。はい。

 ☆写真は、「葉っぱ」のことを「っぱ」と言えるのが嬉しくて、綺麗な青紅葉を指さしています。

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ちょうちょと けんかは するもんじゃない

     あめはふるふるj
(承前)
 昨日の「あまつぶ ぽとり すぷらっしゅ」(アルビン・トゥレセルト作 レナード・ワイスガード絵 わたなべしげお訳 童話館)
の絵は、レナード・ワイスガードでした。
 ワイスガードは、いろんな作家の絵本に絵をつけていて、特に、マーガレット・ワイズ・ブラウン【「おやすみなさいおつきさま」(クレメント・ハード絵 瀬田貞二訳 評論社)などの作者】➡➡ と組んだ絵本が多いのですが、個人的に、ワイスガードの絵本では、着色された絵本より、「あまつぶ ぽとり すぷらっしゅ」のような、一見地味な絵本が好みです。とはいえ、なんと20冊も、本棚にあった・・・

 そんな中でも、 「あめが ふるとき ちょうちょうは どこへ」(M. ゲアリック文 L.ワイスガード絵 岡部うた子訳 金の星社)という絵本は、ブルーグレー一色のすっきりした絵本です。アクセントに時折、黄色が使われています。
≪あめ、あめ、あめ、あめ。あめが ふるとき、ちょうちょは、どこへ いくのかしら。≫で始まるのですが、なかなか正解までたどりつかず、結局≪でも、ちょうちょは どこへ いけば みつかるのかしら。わたしは、あめのとき そとで ちょうちょを みたことが ないのですもの。   みなさんは、どうかしら。≫で終わってしまいます。

 ん?ん?子どもたちは納得いく答えが欲しくて、この本を読んでもらったら、もぐらやあひるのことはわかったけれど、ちょうちょのことはわからないし、おまけにことりもどうなってる????
 「あまつぶ ぽとり すぷらっしゅ」が納得のいく雨の行方と、耳に楽しい言葉があるのとは、ずいぶん、違いのある絵本です。

 が、詩的な世界を表現するとき、ワイスガードの無彩色に近い絵は、その世界を邪魔しません。
「ワイズ・ブラウンの詩の絵本」(マーガレット・ワイズ・ブラウン詩 レナード・ワイスガード絵 木坂涼訳 フレーベル館)
「くまと ちょうちょ」
≪くまと ちょうちょが けんかした
 ひるも よるも けんかして
 とうとう くまが ひっくりかえり
 ちょうちょは くまの はなのうえ
 くまは おおきな ためいき ついた
 ちょうちょと けんかは するもんじゃない
 とくに つきよの ばんにはね!≫
☆写真は、後ろに立てているのが「あまつぶ ぽとり すぷらっしゅ」右下「あめが ふるとき ちょうちょうは どこへ」左下「ワイズ・ブラウンの詩の絵本」

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ぽたぽた ぽっとん すぷらっしゅ

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 「あまつぶ ぽとり すぷらっしゅ」(アルビン・トゥレセルト作 レナード・ワイスガード絵 わたなべしげお訳 童話館)
 時々、昔のことを覚えてくださる方がいて、20年も前に、絵本「あまつぶ ぽとり すぷらっしゅ」を、読んだ日のことを鮮明に覚えているとメールをくださいました。久しぶりに「あまつぶ ぽとり すぷらっしゅ」の絵本を、大人の皆さんの前で読んだ日のことでした。

 塗り絵のようなけばけばしい絵本が増えてきていた20年前でも、アクセントに黄色や茶色が使っていますが、ほとんどはカーキ色のようなグレーの濃淡。地味といえば地味。かろうじて、表紙のカエルのひょうきんな顔が、「かわいい」かもしれません。

 が、この絵本は、誰かが声を出して読むことで、より生き生きと楽しめるものとなります。
≪ぽとり ぽっとん すぷらっしゅ   ぽとり ぽっとん すぷらっしゅ  ぽとり ぽっとん すぷらっしゅ  あめは ふる ふる あさ ひる ばん≫
≪きらきら ひかる はっぱから ぽとりと おちる うさぎのはなから ぽとんと おちる ちゃいろのくまの しっぽから ぽとり ぽっとん すぷらっしゅ ひなぎくのなはびら つたって ぽとり ぽっとん きのみき つたって  ぽたぽた ぽっとん あまがえるの せなかに ぽとり ぽっとん≫

・・・・と、だんだん、読むほうも、聞く方も、この「ぽとり ぽっとん すぷらっしゅ」が楽しい。
≪あめは ふるふる ふりつづく   ぽたぽた ぽっとん すぷらっしゅ   ぽたぽた ぽっとん すぷらっしゅ   ぽたぽた ぽっとん すぷらっしゅ・・・・≫

ほら!「ぽたぽた ぽっとん すぷらっしゅ」がくせになりませんか?
そして、降り続く雨は、川の流れとなって、大都会にまで流れ、海にまで行くと、お日様が顔を出して、雨が止む・・・・

あれ!!くせになっていた「ぽたぽた ぽっとん すぷらっしゅ」の音がもう出てこない!!なんだか寂しい。もう一回読んで!(続く)
☆写真は、スイス 雨上がり 野生のラズベリー

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London Bridge will never fall down

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 「ロンドン橋がおちまする!」(渡辺茂男訳 冨山房)➡➡と、書いたら、うーん、「ロンドン橋」でテロ。
 その近くのバラマーケットでも。
 どちらも市民の使う橋に市場。

・・・・バラマーケットって、薔薇マーケットじゃないのですよ。"Borough Market"
Boroughは、イギリスの古い言葉で、「砦」 。エジンバラ(Edingburgh)やソールズベリー(Salisbury)などのBurghやBuryも同じく「砦」。
(*参考:イギリス文学地名辞典 編集委員定松正・虎岩正純・蛭川久康・松村賢一 研究社出版)

 ほら、「ロンドン橋がおちまする!」の時に、紹介したように、ロンドンは、ロンディニウムという「沼地の砦」という意味だったでしょう。だから、ロンドン橋近くのバラマーケットという地名も、砦のマーケットというわけなのです。

・・・・と、いくらイギリスの古い時代に思いをはせても、今の世の中、物騒なのには、変わらない。

☆☆☆ロンドンの地下鉄ではおなじみの、改札入ったところにある遅延などを手書きで案内するホワイトボードに、テロの翌日 ‘London Bridge will never fall down. You can’t break out spirit’と書いてあった駅があったようです。ロンドン橋を何度も付け替え付け替えしてきた不屈の歴史と、テロに屈しない不屈の精神。☆☆☆

☆写真は、英国 ロンドンブリッジではなく ロンドンブリッジの近く、セントポール寺院方面とテートモダーンをつなぐミレニアムブリッジ。ミレニアム記念事業で架けられたこの橋、落ちないまでも横揺れがひどいので、一時時閉鎖。写真は2009年のものを加工しました。(撮影*&CoT1)

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ラズベリー

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ベランダのラズベリーが、真っ赤になりました。
小さな鉢植えでも、毎年、いくつか楽しめます。
いつも、梅雨前のさわやかな頃に、赤くなります。
赤くなった実を見ると、夏のスイスを思い出します。このくらいの気候がスイスの夏なのです。
スイスでのブルーベリー摘みが、楽しみであると、書いたことがありますが、かの地では、野イチゴや、ラズベリー、クランベリー・・・と、少しづつ、季節をずらしながら、楽しめるのだと思います。
すっぱいものの得意な家族ですので、少々すっぱい実も平気なのですが、新たに加わった1歳の孫も、イチゴをはじめ(イチゴは甘いけど)、いろんなすっぱいベリーもフルーツも大好き。
アルプスで、ブルーベリーを摘み、食べながら歩いていた家族。今更ながら、いいなぁ。

小さくて可愛いというのは、動物にしても植物にしても、そして、人の赤ちゃんにしても、手をさし伸ばしてもらう大事な条件。

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ぱあぷうぷう くりんくりん からん どす どす

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(承前)
 しつこいようですが、まだピーター・スピアのボロボロ本が出てきたので・・・(今、ピーター・スピアの絵本は手元に15冊ありました)

「ばしん!ばん!どかん!」{はやいーおそい たかいーひくい」「ごろろ ううう ぶうぶう」の三冊です。(いずれも冨山房 訳は渡辺茂男、増井光子)

 ここ20年ほどで、赤ちゃんとともに楽しめる絵本が日本でも増えてきました。
 赤ちゃんが楽しむのですから、もちろんそれを読む大人がいなければなりませんが、生まれて日の浅い赤ちゃん、視力が未熟な赤ちゃん、その分、耳から楽しむことをしっている赤ちゃん。
 そんな赤ちゃん絵本には、身近な題材、はっきり描かれた絵、それに、楽しい言葉やリズムが必要です。

 うちの3人の子どもたちは、上記のピーター・スピアの3冊のうち「ばしん!ばん!どかん!」「ごろろ ううう ぶうぶう」の「音」たちもよく楽しんでいました。ただし、赤ちゃん時期より少し大きくなって細かい絵も楽しめるようになってからだと思います。

 例えば「ばしん!ばん!どかん!」の楽隊の行進のページでは、
≪どす どす どす くりんくりん どんどんどん どす どす どす ちんからりん りんりん りんりん ちりりん ちからん りん くりんくろんくろん ぴいっ ぴいっ たららんたららん たららん からん どす じゃあん!! からん ぱららんぱららん どす どすとてちてたあ!! ぱあぷうぷう くりんくりん からん どす どす ぱたぱた からん ちゃらちゃら どす どす ちゃらちゃら からん
どす≫
・・・と、ひらがな拾っても、ちっともわからなくて、絵を見れば、行進の臨場感が。
確か、一文字落とさず、読んでやっていた母親がいたなぁ・・・

 それから、「はやいーおそい たかいーひくい」は「はんたいのほん」と副題がついているように、反対の言葉のものを絵で対比しています。「おもい⇔かるい」のところでは、豚さんとちょうちょなどなど。こちらは絵がほとんどで文字は説明の部分だけ。
 それでも、3冊の中では、一番ボロボロなのは、母親に読んでもらわなくても自分でページを繰っていたのでしょう。

☆写真は、英国ロンドン 近衛騎兵連隊交代式 ぱかぱかぱか
 

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せかいのひとびと

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(承前)
 もう1冊、ボロボロになったピーター・スピアの絵本と言えば、{せかいのひとびと」(評論社)です。これは、特に長男のお気に入りで、飽かず眺めていた絵本でした。今、この文を書くために開けたら、バリッと音がして綴じ糸が出てきました。

 世界中にはいろんな人が居る、肌の色や目の色だけでなく、服装やおしゃれの仕方も異なる人たちがいる・・・
≪りこうな人もいるし そうでない人もいるよね。でも たいていは 中ぐらい。≫
≪たいていの人はいい人だけど、なかには悪い人も少しはいるんだ。≫
 ≪人のこのみは それぞれにちがうし・・・≫
 
住んでいる家やお祭りや食べ物やごちそうも違う・・・
宗教にも触れ
≪多くの人がただ一つの神をしんじている・・・もっと多くの人は いくつもの神をしんじている。もっともっと多くの人は ぜんぜんなにもしんじていない。≫
 
世界の言葉や文字にも触れ・・・
≪ほらね わたしたち みんなが みんなそれぞれ こんなにちがっているって すてきでしょ?≫で終わります。

当時、子どもたちと、この絵本を楽しみながら、細かく丁寧に大事なことを伝えている絵本だと感心していました。
そして、今、こんな文言があったことに気付きました。
≪ほんの少しの人たちは ほかの多くの 人たちを めいれいして 動かす けん力を持っている。≫
この「めいれいして」を「めいれいしなくても」に変えても、今のうそつきの大人たちに、当てはまると思います。(続く)
☆写真は、3月飛行機から撮った富士山。

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マザーグース・ライブラリーの三冊

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(承前)
 ピーター・スピアの「ロンドン橋がおちまする!」(渡辺茂男訳 冨山房 復刊ゴットコム)➡➡と同じシリーズ(マザー・グース・としょかん、のちにマザーグース・ライブラリー)の「ホラ すてきなお庭でしょう」「バンザイ!海原めざして出航だ!」「市場へ!いきましょ!」(3冊とも わしづなつえ訳 瑞雲舎)も、我が家にあります。
 が、「ロンドン橋がおちまする!」の傷み加減に較べると、この三冊の綺麗なこと。1998年の版ですから、「ロンドン橋がおちまする!」を楽しんだ子どもたちも18歳15歳12歳。この3冊を見なかった子もいるかもしれません。

 つまり、子どもたちとの思い出の詰まっていないこれらの絵本は、母親自身も、慣れ親しんでませんでした。
 マザー・グースの歌といいながら、「ホラ すてきなお庭でしょう」の舞台はフィレンチェとその郊外のようで、ピーター・スピアのスケッチはのびのびとイタリアの風景を描きます。でも、やっぱり、ロンドン橋の歌みたいな歌がある方がいいなぁ。

 次の「バンザイ!海原めざして出航だ!」は、ノルマンディーとデボンでスケッチしたものを元にし、お話は、1830年頃にオン・フルールで建造された3本マストの帆船”ラ・ジュンヌ・フランセーズ号”がニューヨークまで処女航海をし、イングランドのダートマス経由で再び帰ってくるまでの話だと解説されています。百年戦争のこと、オン・フルールという街のことなどなど、巻末の解説は地図付きで、結構詳しい。
が、いくら、≪おお、キティー・カーソン 牧師をすてて石工と結婚 ダービー牧師が着たのは黒いガウン ボタンの値段はクラウン銀貨のはんぶん おお ナンシィー・ドーソン われらの若き水夫長にぞっこん 港から港へ 男から男へ 船のむきをかえて港のそとへ!≫と、韻を踏んでみても、やっぱり、ロンドン橋の歌みたいな歌の方がいいなぁ。

 三冊目の「市場へ!いきましょ!」は、ほかの二冊より「ロンドン橋がおちまする!」に近いかもしれません。
≪エルシー・マリーは きりょうがグー ブタに餌もやらず グーグーグー 8時か9時まで グーグーグー ぐうたら姫のエルシー・マリー≫
≪このコブタちゃんは 市場まで このコブタちゃんは おるすばん このコブタちゃんは ローストビーフたべ このコブタちゃんは なんにもない このコブタちゃんは ウィーウィーウィーと お家まで なきどおし 市場へいきましょ コブタを買いに おうちに かえりましょ ピョンピョンピョンと≫と、いくつかのマザー・グースの歌詞。今度の背景は、アメリカデラウェア州メリーランド州ペンシルヴェニア州にスケッチ旅行をしたときのもののようです。

 というわけで、イギリスびいきとしては、「ロンドン橋がおちまする!」の風景が一番気に入り、歌としても楽しいものだったのを再認識した次第です。
 ちなみにオランダ生まれのピーター・スピアはオランダを舞台に描いた「うんがにおちたうし」(フィリス・クラシロフスキー作 みなもとちか訳ポプラ社)というのもありますよ。(続く)
☆写真は、スイス トゥーン湖畔オーバーホーヘン城 ガチョウを抱えたおじさんの像

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ロンドン橋がおちまする!

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 先に一言。上の写真はロンドン橋ではなく、タワーブリッジ。(撮影:&Co.H)
(承前)
 ボロボロになったピーター・スピアの絵本には、 「ロンドン橋がおちまする!」(渡辺茂男訳 冨山房)もあります。
 これは、昨日の「雨、あめ」(評論社)とは違って、歌の本です。いわゆる「ロンドン橋おちた」の歌の18番までを絵にしています。
 細かく描かれた古きロンドンの街。橋を架けるのって大変なんだと、親にも勉強になりました。
 歌だけで18番歌っても、ぴんと来ないシーンが、スピアの絵によってリアルに再現されています。
 思い起こせば、この歌、何度歌った事でしょう。一人の子どもがそれぞれ、要求し、その3倍。思えば、のども強かった。

 この絵本の秀逸のシーンは、
≪🎵かけなおしは 金と銀 金と銀 金と銀 かけなおしは 金と銀 マイ・フェア・レディー🎵≫の見開きページです。ほかのシーンは、すべて細かく、生き生きと表現されているに、このシーンは、霧の中のロンドン。はっきりとは見えないロンドン橋周辺。
 本当に金と銀で立て直していたら、落ちてしまうわけにはいきません。静かであるはずないそのシーンを、穏やかな霧の中に描いたことが、この絵本を引き締めています。

 で、もう一度、このボロボロ本を眺めていたら、もしかして、カ・リ・リ・ロ自身のイギリスびいき、英国行きたい病のルーツの一つにこの絵本が関与しているかもしれないと思った次第です。
 絵本巻末には、「ロンドン橋の歴史」という解説もついていますので、小さい子には、歌の本、大きい子(大人)には、歴史本。ロンドン橋解説本としてお勧めします。
 解説にある、数千枚のローマ貨幣が見つかった件なんか、ロンドンがロンディニウムと呼ばれていたローマン・ブリテンのことに思いをはせることができます。ちなみにロンディニウムとは、ケルト民族の言葉で「沼地の砦」ということらしい。うーん、納得するでしょう?架けるのが難しい沼地の砦の橋ですからね。(続く)

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雨、あめ

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大雨の季節になる前に、もう一冊雨の絵本を。
文章のない絵だけの絵本、ピーター・スピアの「雨、あめ」(評論社)です。
この絵本ほど、隅から隅まで絵を見逃すことができない絵本も少ないでしょう。
表紙をあけた途端、その見返しからお話が始まっています。タイトルページに行きつくまでに、3シーン。そして、最後の見返しには、次へと続く絵が・・・
 
 最初の見返しは、子どもたちが庭で遊んでいるところから始まります、もちろん、雲間からは日差しが見えます。が、画面、左上は暗い空。次のページは、左から雨の画面になって、女の子は「あら?雨かな?」と手のひらを空に向けています。で、タイトルのページっでは、雨が降ってきて家へ駆けこむ子どもたち。それを迎え入れるお母さん。”Come on"と呼んでいるようです。
 昨日の「あめあめ ふれふれ もっとふれ」(シャーリー・モーガン文 エドワード・アーディゾーニ絵 なかがわちひろ訳 のら書店)では雨を眺めていた子どもたちが、小ぶりになったので外に出してもらえたのですが、ワイルドな子育てのこの家庭では、子どもたちは、すぐさま、レインコートと長靴に着かえ、大きな傘を一本持って、外へ。
雨樋の下で楽しみ、ばちゃばちゃやり、蜘蛛の巣や水の流れを楽しみ、公園にまで行って水鳥にご対面・・・が、雨がひどくなって家に帰り、着替えてお風呂、お茶を飲んで家で遊んで晩御飯。ここでも、子どもたちは、窓から外の雨を眺めいよいよ暗くなった寝る前の外の雨もながめ…
 で、次の朝、窓から外を見てみると…

 この字のない一冊は、我が家のボロボロ絵本の1冊です。何度も読んでやって、ボロボロになった一冊もあれば、子どもたちだけで、何度も眺めてボロボロにした1冊もあって、面白いものです。(続く)
☆スイス シーニッゲプラッテ 雨のエリンギウム・アルピウム(セリ科)➡➡

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雨を見つめる

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 毎年、大雨による被害が報道されるような国で、あるいは、あの阪神淡路地震の後、降った雨で、地盤の緩んだ自宅が流されてしまうのではないかと、不安で避難したような経験があると、「まりーちゃんとおおあめ」や「あめあめ ふれふれ もっとふれ」のようなタイトルの絵本を紹介するのは、憚られる気がするのは、神経質すぎるでしょうか。特に「まりーちゃんとおおあめ」(フランソワーズ・与田準一訳 福音館)は、大雨の中避難していますから、なかなか被害者感情と相いれないものがあるかもしれません。絵本では、避難をもポジティブに楽しく描いてはいるのですが。

 ・・・と、大人の感情を持ち込む前に、いや、やっぱり、雨がひどくなる前に、この絵本を見てみましょう。
 かつてのようなアーディゾーニの挿絵の魅力があふれている絵本ではありませんが、アーディゾーニの描く、特に雨の中の子どもたちは健在でした。
 ≪まちじゅうに、あめがふっていました。あめは、あかいやねのうえにも、みどりのやねのうえにも、はいいろのやねのうえにも、ふっています。ひくくたれこめた、くろいくもから ふっています。もう三日のあいだ、あめはふりつづいていました。≫・・・・で、始まるのは「あめあめ ふれふれ もっとふれ」(シャーリー・モーガン文 エドワード・アーディゾーニ絵 なかがわちひろ訳 のら書店)です。

 雨の中、外に出たい子どもたちは、すでに外にいる、通りの斜め向こうのおばさんや新聞配達のおにいさん、しゅるしゅる走る自動車、芝生の上でミミズを食べる小鳥たち、それに近づく猫、それを追い駆ける犬・・・みんないいなぁと思っていると、
≪「さあ、あなたたち。レインコートをきて、そとであそんでいらっしゃい。いまなら、あめが こぶりのようだから」≫と、お母さん。
それで、男の子は大きくてかっこいい消防士みたいな長靴を履き、お風呂場からおもちゃの船を持ち、女の子は青いレインコートを着て、赤いつやつやの長靴を履き、戸棚から青い花模様の傘を取り出し、二人は雨の中飛び出していくのです。

 アーディゾーニの絵はいつものように、およそモノトーンで描かれていますが、ここに紹介した文の中だけでも、いろんな色が出てきて、かえって、そのモノトーンの絵が生きてくるような気がします。

 この絵本の献辞には、「あめを あんなにも たのしげに みつめていたステファニーとクリストファーに」とありました。
☆写真は、スイス シーニッゲプラッテ 植物園 

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