みんなみすべくきたすべく

皐月が終わる

さつきj
 一斉に咲いた「さつき」も、この暑さの中、もう終了。
 そりゃそうです。皐月は終わり、明日から水無月。雨が多い梅雨なのに、水がないとはこれいかに?旧暦では、梅雨の後の水が枯れるような月が水無月だったのですから、仕方ありませんが、学生の時は、それが、かえって覚えやすかったような気がします。

 日本語は、旧暦であったり、数え歳で言い伝わったり、なかなか複雑です。「五月雨(さみだれ)」だって、今のイメージでは、しとしとという感じですが、実は旧暦の5月ですから、梅雨の雨のことですね。

 それに、「八十八夜」や「二百十日」というただの数字の並びに含まれた季節の意味、そこから生まれる話や歌。夏目漱石が「二百十日」というタイトルをつけていますが、それは、365日のうちの二百十日目という意味ではないもの。

 さて、明日から6月、ひどい梅雨や真夏にならないことを願います。
☆写真上は、さつき。下は、赤花四季咲きネムの木。
      赤花四季咲きネムの木j

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チェコの絵本

     チェコj
(承前)
 「こいぬとこねこのおかしな話」 (ヨゼフ・チャペック 木村有子訳 岩波少年文庫) の訳者の本は、他にもたくさん出版されています。もぐらくんのシリーズの大半を訳しているようだし(福音館の「もぐらとずぼん」「もぐらとじどうしゃ」はエドアルド・ペチシカ文内田莉莎子訳)、もぐらくんと同じ画の「ひよことむぎばたけ」(フランチシェク・フルビーン ズデネック・ミレル画 きむらゆうこ訳 ひさかたチャイルド)も出ていました。(ただ、うちにあったのは、偕成社からでていた千野 栄一訳の「ひよことむぎばたけ」でした。)

 そして、今もうちにある木村有子訳の本は、「こえにだしてよみましょう」「おとぎばなしをしましょう」(フランチシェク フルビーン イジー トゥルンカ絵 プチグラパブリッシング)それに「金色の髪のお姫さま(チェコの昔話集)」(カレル・ヤロミール・エルベン文、 アルトゥシ・シャイネル絵 福音館)です。
 木村有子の訳ではありませんが、フランチシェク フルビーンと イジー トゥルンカ絵の絵本は、「花むすめのうた」(千野栄一訳 ほるぷ)「おじいさんのおくりもの」(やすかわあやこ訳 ほるぷ)があり、 イージー トゥルンカ作の「ふしぎな庭」(いでひろこ訳 ほるぷ)もあります。

 チェコという大きくない国なのに、チェコの絵本やお話集は、たくさん翻訳されています。
 うちの家だけでも、けっこうな数があるのです。しかも、うちの子どもたちが、どの本もよく楽しんでいたのを思い出します。以下、関連付けて書いていますが、やっぱり、いちばんのチェコの絵本と言えば、我が家では「チェコのわらべうた おおきくなったら」(ヨゼフ・ラダ 内田莉莎子訳 福音館)です。➡➡  ⇒⇒

*「もぐらとずぼん」「もぐらとじどうしゃ」 (エドアルド・ペチシカ 内田莉莎子訳 ズデネック・ミレル絵 福音館)
**このエドアルド・ペチシカは、「りんごのき」「マルチンとナイフ」「ぼくだってできるさ」「ふしぎな森の人形たち」の作者で、これらの絵はヘレナ ズマトリーコバー。(内田莉莎子訳 福音館/むらかみけんた訳 冨山房インターナショナル/井出弘子訳 童心社)
***このヘレナ ズマトリーコバーの絵は、「チェコのわらべうた かあさんねずみがおかゆをつくった」(井出弘子訳 福音館)

☆写真、左上、薔薇の絵のあるのは、「花むすめのうた」の見返し部分。右上の猫の絵本は「おとぎばなしをしましょう」下の男の子の絵は「こえにだしてよみましょう」の「ふえをトントントン」のページ。

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たくさんもらって、とってもおとくだったね

      こいぬj
(承前) 「こいぬとこねこのおかしな話」 (ヨゼフ・チャペック 木村有子訳 岩波少年文庫)➡➡ には、10の話が入っていて・・・といっても、1929年に出版されたこの本、1953年から1996年までは一つの話が削除され9つのおはなし集でした。削除されていたのは、「こいぬとこねこが十月二十八日をおいわいした話」です。10月28日は、第一次界大戦後、オーストリア=ハンガリー帝国からチェコスロヴァキア共和国として独立した記念すべき10月28日にまつわる話で、こいぬとこねこが、お祝いの旗を飾りたくて奔走する話なのです。
 
 ナチスに対して、弟カレル・チャペックとともに抵抗したものの、弟の病死のあと、1939年ゲシュタポに連行され、強制収容所を転々とし、1945年解放を目前にして、収容所でチフスに罹り死亡とされるものの、確かなことはわかっていないようです。(*参考:訳者あとがき)
 というヨゼフ・チャペックなのですが、娘アレンカに向けて書かれたという「こいぬとこねこのおかしな話」。仲の良いこいぬとこねこは、仲の良かったヨゼフとカレルなのだと思います。

 さて、「こいぬとこねこが十月二十八日をおいわいした話」は、ちょっと、大阪のおばちゃん魂が感じられる箇所があります。
 お祝いに旗が要る。が、持ってない。そうしたら、手に入れよう。それには、あそこで、赤ちゃん用に配ってるのがある。じゃあ、赤ちゃんのふりをして、もらってこよう。一つじゃ足りないから、今度は・・・ 
 一日中繰り返し、小さな旗だけでなく、風船もおまけにもらってくる始末。「ただで旗と風船をたくさんもらって、とってもおとくだったね」

 こんなにたくさん旗をもらってきたのには、こねことこいぬのこんな会話がありました。
≪「みんなが幸せで、にこにこしているのって、いいわあ。楽しそうな人を見ると、わたしも元気にあそびたくなっちゃうもの。」「ぼくもおんなじだよ。きげんがいい人は、見ていてわかるからね。きげんが悪い人からは、百歩ぐらい、はなれておいたほうがいいと思う。楽しそうで、まんぞくしている人は、ほかの人にも、動物にもやさしんだ。」「十月二十八日には、みんながやさしく楽しそうになるんだったら、わたしたちもたくさん旗を出して、おいわいをもりあげなきゃね。旗は二つでも三つでも、たくさんあればあるほどいいわ。」≫(続く)

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こいぬとこねこのおかしな話

チャペックj
  5月の新刊に「こいぬとこねこのおかしな話」 (ヨゼフ・チャペック 木村有子訳 岩波少年文庫) があって、嬉しくなりました。
 昔、童心社から出ていた「こいぬとこねこはゆかいななかま」(ヨゼフ・チャペック文と絵 いぬいとみこ・井出弘子訳)です。その後 「チャペックのこいぬとこねこは愉快な仲間」と、なって河出文庫になっていました。

 かつてプラハの小学校に通った事がある訳者の翻訳は、子どもたちにも読みやすくなじみやすいものになっています。
 訳者あとがきにあるように、一番初めに掲載されている「こいぬとこねこが床をあらった話」は、訳者自身が、チェコで友達に話の内容を話して聞かせてもらった楽しい経験があるので、その楽しさが、より伝わるような気がします。

 ≪むかし、森の近くの小さな一軒家に、こいぬとこねこがくらしていました。ふたりは、うちのことならなんでも、人間のおとなと同じようにやりたいと思っていましたが、いつもうまくいくとはかぎりませんでした。…≫で、始まります。

 こいぬが石鹸を食べてしまったり、ブラシがないから、こいぬの毛でごしごしやったり、乾いた布がないからこねこの身体で拭いたり・・・で、ふたりともずぶぬれで、とても汚くなってしまったので、二人はお互いが洗濯物になって洗います。それで、その洗濯物を干すのですが(つまり、二人が、洗濯紐にぶら下がる)、
≪「雨だ!」こいぬとこねこは、さけびました。「せんたくものがぬれちゃう!とりこまないと!」と、ふたりは、せんたくひもからすぐにとびおりると、家まで走って屋根の下に逃げ込みました。「雨、まだふっているかしら?」とこねこが聞くと、こいぬが「もう、やんだみたいだよ。」と、いいました。空を見ると、ほんとうにお日さまが顔を出していました。「じゃあ、またせんたくものを、ほしに行きましょう!」とこねこがいいました。・・・・・≫
 と、また本物の洗濯物のようにぶらさがるものの、また、雨が降ってきたのです!・・・・・を繰り返し、夜になって、
≪「せんたくものが、かわいたから、そろそろかごにいれようか。」と、ふたりはいいました。そして、こいぬとこねこは、そうっとかごに入って丸くなりました。すると、いつのまにかねむくなって、朝まで、ぐっすりねむってしまいました。≫

 さて、最後、洗濯物がかごに入れられる、つまり、この場合は、こいぬとこねこが仲良くかごに入る、という納得のいく終わり方に、めでたしめでたしもより満足のいくものとなるのです。(続く)
☆写真、孫の着ているTシャツは、「こいぬとこねこのおかしな話」の絵。この子の叔母が1歳の誕生日にプレゼントしたもの。

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ダイヤモンドに目がくらみ・・・

       ジュエリーj
京都国立近代美術館の「技を極める・・・・ヴァン・クリーフ&アーベル ハイジュエリーと日本の工芸」展(~2017年8月6日)に行きました。

 まあ、綺麗。ダイヤモンドに目がくらみます。
 大きなエメラルド!
 ゴールドでできた可愛い襟!
 可愛いバレリーナたち。
 真っ赤なルビーのハイジュエリー。
・・・と、およそ一生涯、身につけることのない、いえ、手に触れることもないアクセサリーや、その周りの数々。
つけたら、きっと重いだろう。
つけたら、きっと動きにくいだろう・・・・と負け惜しみを言っても、ともかく、目を奪われるハイジュエリーと呼ばれる数々。

 が、しかし、なぜにここに日本の工芸品が並ぶのか、よくわかりません。
 日本のデザインのものと比べるのでなく、あるいは、同じ様式や、同じテーマでもありません。
 ほとんどが、ハイジュエリーの引き立て役としてのオブジェのような展示の方法。
 そりゃ、ダイヤモンドに目がくらむのが当たり前。その横の並河靖之作の有線七宝の素晴らしい作品も、ダイアモンドの陰で、ただの引き立て役。安藤碌山⇒⇒の筍や柿もなにゆえ、ここに?一つだけある明治刺繍絵画⇒⇒➡➡など明治の超絶技巧の作品たちが、所在無げに、展示されています。
 また、現代の工芸には、志村ふくみの着物➡➡や、ほか織りや染めなども展示されているのですが、展示j会場の設えの一部のような感じが否めません。

 きらびやかなものだけが目を奪うのでなく、その細かい作業と優れたセンス。それが日本の工芸の見せるべきものではなかったの?来館者の多くが、ハイジュエリーの華やかさやデザインの素敵さに目を奪われ、その技巧の素晴らしさにまで目がいかない。
 たぶん、日本の超絶技巧のように、このハイジュエリーたちも、凄い技巧なのよ。と言いたいのかもしれません。
 
 が、そこには、無理がありました。
 一方は、目を凝らしてみなければならないほどの細かい作業とセンス。
 一方は、そばに立つだけで、際立つきらびやかさ。
 その双方を同じ場所に並べても、自ずと観客の目はどちらに奪われるか、わかると思います。
 
  入館する前に勝手に想像していたのは、結果、日本の超絶技巧は、やっぱり凄いんだと思う展示だと考えていましたが、ちょっと違いましたね。チケットをもらって、行く機会があったので足を運びましたが、納得いかない展示会でした。

 が、しかし、平安神宮、岡崎あたり、美味しいものが多いのですよねぇ。気を取り直して入ったカジュアルフレンチ、「ウイキョウのスープ」という初めて口にする美味しいランチで、お口は納得。
☆下の写真は、「ウイキョウのスープ」。ウイキョウは、フェンネルともよばれるハーブです。上にのっているのが緑がウイキョウで、ベースのポタージュもウイキョウの玉ねぎみたいな茎の部分だと、説明を受けました。
ジュエリーj2 

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さぞ、心強かろう

    オックスフォード上流j
(承前)
 昔のことを、もう一つ思い出しました。

 初めての子育ては戸惑うことの連続でした。
 長男は中耳炎を繰り返すより、さらに小さい頃、急な高熱で、ひきつけたことがありました。
 新米の母親は、あたふた。夜中なのに、小児科のドアを叩いていました。
 幸い(当方にとって)、小児科は隣の敷地でした。
 高名な小児科の先生でしたが、診てくださいました。嫌事一つ、おっしゃらないで、診てくださいました。
 受付では、上着を羽織った奥様が、お薬を出してくださいました。
 そして、そこには、我が子のことしか頭になかった失礼極まりない若い母親が居ました。
  
 小児科が親族に一人でも居たらいいのに・・・と、何度思った事でしょう。
 些細なことでも、きっと、相談できたのに・・・さぞ、心強かろう・・・
 
 と、遠い昔の想い出を、最近、小児科の女医さんに話したら、
「ああ、うちの娘も、うんちの色が心配だとか言って、うんちの写真を添付してくるよ」という話になりました。
 そして、その娘さんは、周囲に羨ましがられているのだとか・・・「お母さんが小児科医でいいねぇ」

☆写真は、英国 オックスフォード テムズ川

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ひと頑張りしてもらいたい

     モルジュ朝j
(承前)
 仕事に復帰した娘、保育所生活の浅い孫ですが、娘には仕事を続けてもらいたい。
 かつてのカ・リ・リ・ロより、ずっと産前産後、育休、復帰などの手厚い外資系の会社。
 長い人生、ここは、ひと頑張りしてもらいたい。

 昔、中耳炎を繰り返していた長男は、小児喘息となり、晴天のもと、苦しんでいたことが多々ありました。運動会や遠足や音楽会や、行事の多い二学期に彼は寝込んでいました。
 そしてそのとき、カ・リ・リ・ロは、二人目がおなかにおりましたので、産休を心待ちにしていました。それにしても、どうやって、仕事をこなしていたか、あまり、思いだせません。よく、保育所から呼び出しがかかり、タクシーで勤務地から帰ったことを覚えていますが…

 それで、二人目を出産。楽しみにしていた育休でした。が、長男の小児喘息はよくならず、中耳炎も繰り返す日々。ああ、やっぱり仕事を続けられない・・・・
 そのとき、勤務していた学校に、「辞める」といいに行った日を覚えています。帰りのバスの中で、涙が止まらなかった。(続く)
☆写真は、スイス モルジュの朝
 

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泣いていたのは、その母親

キンポウジュj
晩婚化は、晩ばあばにつながり、中耳炎で保育所を休むときの孫のお世話の動員にへとへと・・・
 痛くて、咳も出て眠らなかった孫の世話で、母親も、体調を崩した以上、ばあばが出なければ…たまたま孫の父親は出張でした。

 かつて、カ・リ・リ・ロ自身も、長男を保育所に預け、仕事に出ていました。
 夫は異業種でしたから、ほとんど、手助けしてもらえず、一体どうやって乗り切ったんだろう?
 ばあばと妹を動員して乗り切った気がします。
 ばあばも妹も仕事をしていたのに、多分、飛んできてくれたんだろう・・・・

 長男も中耳炎を繰り返し、次の子がおなかにいる時、しかも雨の中。
 おしっこで濡らしたシートを抱え、時々、抱っこしてやりながら、耳鼻科に通った夜。
 痛くて泣きたいのは、息子だったのに、泣いていたのは、その母親。(続く)
☆写真は、キンポウジュ(ブラシの木)

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海北友松展

海北1j
 大体、テレビの展覧会案内番組で紹介されたら、混雑するのはわかっていて、ちゃんと賢い人は、それ以前に、この「海北友松展」(京都国立博物館:平成知新館)を鑑賞なさっていました。しかも、会期終盤は混雑することも知っていても、数々の諸般の事情から、結局、カ・リ・リ・ロが足を運べたのは最終日でした。

 確かに、入場するには行列ができ、初めの展示物は、見えない状態でしたが、展覧会の常で、中盤からは、人が減っていき、ゆっくり見ることができました。

 街に張り出されていた雲龍図の一部は、建仁寺のもの。建仁寺で、見たことあるしなぁ・・・などと思っているうちに、多忙を言い訳に行きそびれていたのでした。
 建仁寺のものは、複製の襖絵で、しかも廊下からしか見られないので、今回、表具されて展示された雲龍図の迫力は楽しいものでした。
 お茶目な龍とかねがね思っていましたが、「野馬図屏風」のひょうきんな馬も、「放牛図屏風」のほのぼのとした牛も、どこか優しいユーモアが。寒山拾得などの人物も、どこか茶目っ気があって、およそ、桃山時代の人の画とは思えない。
 それら息をする物を描いたものに比べ、風景図屏風のいくつかは、いたみもあるし、伸びやかさにも欠けるような気がしました。

 が!最後の「月下渓流図屏風」(6曲一双)!!!
 これだけでも、見に行ったかいがありました。素晴らしい!!!
 照明を落とした展示室のこの作品、月の薄明りの下、ほんのり、はんなり、光と影。水の音。梅に椿、そして、松、みんな朝靄の中。小さな土筆が、かわいい。
 山水画でもなく、水墨画でもなく、金碧屏風でもなく、静寂を表現できる柔軟な筆の持ち主、海北友松。
 後世、江戸の絵師たちの作品の中に、この人の影響を見るのも当たり前のことかもしれません。

 それにしても、この美しい屏風、どうやって、米国カンザスのネルキン・アトキンズ美術館に渡っていったんだろう?西洋人好みの色合いや迫力とは縁遠いような気がするけど、目利きはいるんですね。手放した日本人は、今頃、気が付く。ほかにも、いろいろあるなぁ。

海北j

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日々の手入れ

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 ご近所に会社の大きな寮があって、そこのお庭は、どの季節も、丁寧に手入れされていました。
 が、今年は、なんだか、いつもよりすっきりしないなぁと思っていたら、雑草が生えてきました。
 あれれ・・・と、毎年楽しみにしている躑躅や、芍薬の頃には、もはや、見るのもかわいそうな花々たちが、咲いていました。
  連休頃から、門周辺の雑草などは目立たなくなってきたものの、つつじや芍薬は、庭の一番北端にあるので、管理が追い付かず、かなり、つらいことになってしまったようです。お花が好きだった管理の人が居なくなって、仕方なく、庭の管理もしている人に変わったのでしょうか。
 薔薇9j
 花が咲き、花が終わると、その花がらを積んでいく。簡単なことですが、大変なことです。
 写真に写るバラたちは、それぞれのお家や、町内会が丁寧に世話をなさっていて、毎年楽しみを分けてくださいます。
           薔薇7j

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青空の彼方へ

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 (承前)
・・・と、サマセット・モームの章「丘の上の家」は謎が解けたような気になっていると、大昔、読んだ気がする「若きウェルテルの悩み」や、大人になってやっと読めた「ファウスト」➡➡「親和力」(柴田翔 講談社文芸文庫)のゲーテの科学者としての一面も「黄金の時刻の滴り」(辻邦生 講談社文芸文庫)に書いているので、びっくり。

 浅学極まりないので、ゲーテは小説家であり詩人であり、紀行文・戯曲なども書く、文学系の人だと決め込んでおりました。
 そうしたら、邦訳で手に入るだけでも、「色彩論」「地質学論集(気象篇)」「地質学論集(鉱物篇)」「形態学論集(植物篇)」「形態学論集(動物篇)」(ちくま学芸文庫)などの著作、政治家でもあったようだし、スケッチなども残っている・・・
 
 さて、 「黄金の時刻の滴り」の中の「青空の彼方へ」という章は、ドイツからスイスを越え、イタリアにやってきているゲーテと思しき人が主人公です。
 スケッチブックを持って、歩き回っているとあり、「アルプスのこちら側ではすべてが素晴らしい」と言わせています。
 ああ、これは「イタリア紀行」(岩波文庫)から、インスパイアされているんだろな・・・と思っていたら、「スイス紀行」(ちくま学芸文庫)という本もあるぞ。うーん。

 で、多分シラーに宛てた手紙から、つながるんだろうけれど、
≪友よ。この手紙を書いているのが長いことあこがれていたイタリアからだということを信じても貰えるだろうか。なぜって、ぼく自身、まだそれが信じられないのだ。アルプスを越えただけで万事が魔法をかけたように一変するのだ。黒ずんだ糸杉、オレンジの木、ミルテ、葡萄、銀緑色の葉を輝かすオリーヴ、水揚(オービエ)、夾竹桃、ポプラ――木々を見るだけで心が明るくときめいてくる。≫  *注:ミルテ:銀梅花ギンバイカ
 
 イタリアに行った事がなく、アルプスには行った事がある身としては、そうなんだ。アルプスも魔法がかかったような景色が広がっているけどなぁ・・・
 へぇー。この年齢(とし)になって、知らないことが多すぎる。
 が、まだまだ知りたいことがあって、ありがたい。
 とはいえ、これで、また読まねばならぬ本が増えていく・・・・(続く)
☆写真は、スイス クライネシャイディックから下りる道から見えるメンヒ

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この世は物語だらけ

         ケルムj
(承前)
 「黄金の時刻の滴り」(辻邦生 講談社学芸文庫)のおかげで、いろんな本に手出ししました。

 が、まずは、「丘の上の家」というサマセット・モームの章は、うーん、あれとあれが混在してできた話かなぁ・・・などと、思いながら読みました。サマセット・モームは読んだ数が他よりは少し多いからでしょうか。
 大体、≪山荘は丘の上にあった≫➡➡の出だしの「女ごころ」(尾崎寔訳 ちくま文庫)がありますからね。

 さて、仮想サマセット・モームの口を借りて、辻邦生は、こう書きました。
≪ぼくは、小説家というのは、結局、いかにうまく物語を語れるかに尽きると思っている。物語を必要としない人物は、何も小説を読むことはない。世の中には読むものはいくらでもある。歴史書だって法律書だって、必要な人には欠かせない。ただ小説は、そうした読書とは違う。小説は楽しみのために読むのだ。もちろん楽しみといってもいろいろある。現代人は楽しみというと、大抵低俗なことを考える。だが、世の中には精神の楽しみもある。小説はそのために書かれる。そのためにだけ書かれるといっていい。≫
・・・・とあり、このあと、まだまだ小説談義が続くのです。会話文ですから、いわゆる小説論より面白く読みやすい。

≪・・・「小説家には、つまらない出来事などないんだ。葉が一枚散っても出来事だし、棒が折れても出来事だ。問題は何かが起ることだ。」「では、この世は物語だらけですね。」「そうだ。物語だらけだ。・・・・≫(続く)
☆写真は、英国 ケルムスコットマナー

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黄金の時刻(とき)の滴り

 水車j
(承前)
 先日来、「黄金の時刻(とき)の滴り」(辻邦生 講談社文芸文庫)を読んだのに、夏目漱石や丸谷才一など本体の周りから書きました。➡➡ ・  ⇒⇒

 辻邦生を読んだら、ついつい、そこから派生する文学や絵画、音楽にも惹かれます。

 この「黄金の時刻の滴り」は、かつて読んだ「楽興の時十二章」(音楽之友社)や「十二の肖像画による十二の物語」「十二の風景画への十二の旅」(文藝春秋)(今は「風の琴-二十四の絵の物語」PHP「「風の音」文春文庫)などなどと同じように、一つ一つの独立した短編のオムニバス形式の作品となっています。
 そして、辻邦生は、これらの形をパロディとし、≪〈物語〉の構造、面白さ、楽しさを純粋化する装置のようなものである。≫(「あとがき」より)としてます。
 「黄金の時刻の滴り」は音楽や絵画のオムニバスではなく、架空の若い物書きや、文を書こうとする人が、実在の作家の創作への思いに迫ろうとする試みです。
 実際の名前こそ出てきませんが、その作家をよく読んだ人には、その章の主人公はどの作家なのか、推察できるということです。
 
 トーマス・マン、ヘミングウェイ、サマセット・モーム、カフカ、エミリ・ディキンスン、スタンダール、ゲーテ、チェーホフ、リルケ、ヴァージニア・ウルフ、トルストイ、夏目金之助(漱石)。それぞれの章初めに、オマージュを捧げるかのように、作品から一文を掲載しているので、各作家が誰をモデルにしたかは、わかりますからご心配なく。

 とはいえ、各作家の作品しっかり読んでないので、その章題は、どこにつながっているのかは、あるいは、辻邦生のイメージだけから生み出されたものなのか、恥ずかしながらよくわかりませんでした。
 唯一、きっとこれね。とわかったのが夏目漱石の章「野分のあと」だけでした。漱石の短編に「野分」というのがありますから・・・(続く)

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1900円の文庫本

薔薇シャクヤクj
(承前)
 夏目金之助の序文➡➡を見つけたのは、「黄金の時刻(とき)の滴り」(辻邦生 講談社文芸文庫)「野分のあと」の章初めでした。

 この文庫本、新刊文庫本の平積みのところで見つけて、さっそく購入したものの、お金を払うときに、ぎょぎょぎょっ。
 1900円の文庫本だったのです。
 時々、新潮文庫など、やすっ!!!、と思う うすぺっらい文庫本がありますし、岩波文庫にしても、結構、高価なのが増えてきたなと思っていたものの、さすがに1900円にはびっくり。

 が、しかし、「黄金の時刻(とき)の滴り」(辻邦生 講談社文芸文庫)は、辻邦生本人の言葉によれば、(「あとがき」より)
≪この連作が私の創作過程で必然的に出会う宿命を持っていたことに気付かざるを得なかった。≫という位置づけの作品であるようなので、この本から広がる読書の楽しみを考えると、値打ちはあるかな・・・

 上記の言葉の前には、この本までに書かれた短篇を、≪ 〈物語〉の本質は何か、〈物語〉の面白さとは何か、というひたすらな関心のなかから生まれた≫と位置づけ、≪そこから生きているこの人生のさなかから、何か〈物語〉に生命を吹き込む〈詩〉を掴みとる時期がきたのではないかと考えたのである。≫としている。

 つまり、この連作、「黄金の時刻(とき)の滴り」は、辻邦生としては、油の乗り切った作品であるのだと思います。(続く)

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関口芭蕉庵

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 講談社野間記念館の隣の隣にあるのが、関口芭蕉庵。山縣有朋の庭園椿山荘(今はホテル)➡➡も、芭蕉庵のほぼ隣。永青文庫は、道を挟んだ隣保➡➡。その道は急こう配の坂で名前は胸突き坂。坂の上は、丹下健三設計の東京カテドラル関口教会がある目白通り。坂の下には、神田川~🎵
芭蕉庵6j
 芭蕉庵2j
 関口芭蕉庵は、松尾芭蕉(1644~1694)が、1677年から3年間この地に住み、正門の前を流れる神田上水の改修工事に携わったからの名づけのようで、焼失などで、ここは第二次世界大戦よりあとの建物。
 治水工事と松尾芭蕉?何だか結びつきませんが、ともかく、そこには、弟子たちも集まってきたらしい。
       芭蕉庵4j
 ただ、無料で、庭に入れるからか、文京区の持ち物だからか、池の周りを歩くときも、史跡と思しき建物にしても、手入れが行き届いていなかったのは、残念。なかなか維持ということは難しい。

 が、休憩所にあった、この辺りの古地図をみながら、知ったことは、背後に控えし護国寺があったから、この辺りには、たくさんの藩主など武家が多かったようで、今は、永青文庫のある敷地の細川さんより、大岡さんの敷地の方が広かったりして、ちょっと面白かった。
☆写真上から1・4.5番目は、関口芭蕉庵の内外。二番目は、神田川を見下ろし、早稲田辺りを見通す画の一部。三番目は胸突き坂を見下ろす。
  芭蕉庵j

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講談社野間記念館

野間記念j
 東京、講談社野間記念館「横山大観と木村武山展」(~2017年5月21日)を見に行きました。
個人的に、横山大観は、日本画家としては、もっと古い人かと思いがちです。が、実は、1868~1958という生涯。
また、これまで知らなかった木村武山という画家も1876~1942。
二人とも草創期の東京美術学校で岡倉天心の薫陶を受けた人らしい。
 
 第4展示場には、木村武山の「十二ケ月図」という色紙が、7パターンもあって、あるいは号をつける前の木村武夫時代の「十二ケ月図」も入れると、8つあって、つまり、8×12の「十二ケ月図」は見ていて、楽しいものでした。鳥、花、魚、虫など、四季折々の美しいもの、美しいシーンが描かれていて、改めて、日本の四季を感じることができました。

 講談社といえば、思い出すのが、大昔、読んでもらった「安寿姫と厨子王丸」➡➡
 記念館のSHOPで一番に手に取ったのもこの絵本。幼い頃の記憶の奥の奥に入ったものは、忘れないものです。大昔、読んでもらった「安寿 こいしや ほうやれほ」の母の声を思い出します。

☆写真上は、野間記念館の庭から見える、丹下健三設計の東京カテドラル関口教会。左に花の咲く高い木は、ベニバナトチノキ。(下の写真も)
   野間記念2j

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薫風南より来るではなく・・・

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雨上がりの朝、散歩に出かけたら、背後の六甲山が見えない・・・
 霞んで・・・濁って、真っ白け。
 薫風、南より来る・・・・ではなく、黄砂、かの国より来る。
・・・・と、思ったら、また別の国からは、もっと酷いものが飛んできて・・・・
薔薇6j
 とはいえ、5月の薔薇は、競うように咲き誇ります。
薔薇3j
 薔薇の涙を、拭いてあげることなく、そっと、香りをかがせてもらい、帰路につきました。
薔薇4j

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浮世絵動物園

      太田j
(承前)
 東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館の「ランス美術館展」➡➡が混雑していなかったことに気をよくし、待ち合わせまでに、もう一つ美術館に行ける!と、新宿から近い「太田記念美術館」に行きました。
 小さなこの美術館は、大抵 空いていて、丁寧に見ることができる美術館なのですが、この日は、違いました。
 外国の人も多い。
 日本の若い人も多い。
 で、作品が小さい上に細かいところを見るので、思いのほか、見るのに苦労しました。

 浮世絵の中にさりげなく描かれている動物たち。
 主人公として描かれている動物たち。
 脇役として勤めを果たしている動物たち。
 着物の柄に登場する動物たち。
 擬人化されたり、そのままの特徴を描いていたり。
 
 そこには、どれも動物に対する暖かい目がありました。
 
 こうやって、動物特集をやるなら、花特集、季節特集、伝統行事特集、子ども特集、もちろん風景や街道特集など、数の多い浮世絵は無限に展示ができるなぁ。
 そういえば、美人帖とか➡➡、恋物語➡➡特集もやっていたし・・・

 とはいえ、カ・リ・リ・ロと別れて、すみだ北斎美術館「てくてく東海道-北斎と旅する五十三次展」に行っていた夫は、凄い列で、長いことかかってやっと入れた・・・と、申しておりましたから、浮世絵人気は、もしかしたら、本物?

 それに、2019年からの日本のパスポートの出入国の際にスタンプを押す査証欄のページのデザインが「冨嶽三十六景」をモチーフにした新デザインに変更するらしいし。
  

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うれしいこと みっつ

ぺんぎんj
 折りたたみ日傘の傘袋を落としたら、後ろから、息せき切って届けてくれた同年配の奥さん。
 「傘袋の模様と、広げている模様が同じだとわかったので、追い駆けてきましたっ!」
 「あ、ありがとうございます」
 当たり前のようなことだけれど、とても嬉しかった・・・

 学生たちに「大切にされたと思うこと」を書かせたら、みんなそれぞれが、こんな些細な事、親として当たり前のようなことで、大切にされたと思っていて・・・読ませてもらっている、こちらが、いいものをもらったような気になりました。
 遠足のお弁当、手作りのかばん、誕生日の小さな喜び、写真に残る笑顔、兄弟姉妹関係の絶妙なバランス・・・・

 先日一歳になった、保育所に通い出して一か月余の孫。
 目に見える成長著しく、
 「そんな小さな子を預けて・・・」という根深い神話を、自らひっくり返して大きくなる孫。
 絵本を、もう一回読んでと、差し出す(ような)仕草に、何度も読むのが楽しい。
 遠い昔の子育ての頃と、何ら変わりなく・・・
☆写真に写るのは福音館「ぺんぎんたいそう」(齋藤槙作)
 

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京都の杜若

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 おのぼりさんレポートは、もう少し続くのですが、
 先に、時折、小雨の降る平安神宮 神苑に行ったことを。

 京都の杜若(かきつばた)を見に行きました。東京 根津美術館の燕子花(かきつばた)は➡➡
 枝垂桜の頃はさぞ美しかろう・・・と思いながら、二つの池の周りを歩きました。
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 睡蓮も、咲いています。(昨年6月の睡蓮➡➡
 黄色いのは、同じくスイレン科の河骨(コウホネ)。
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紫の杜若だけでなく、折鶴という名の杜若が、楚々と咲いておりました。
6月上旬には花菖蒲が満開となって、無料公開日もあるようです。
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 ☆一番下の写真は、神苑の水路に居たご夫婦。オスのしっぽ、くるりんと可愛い。

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ゴッホのひまわり

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(承前)
  東京 新宿 東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館は、ゴッホの15本のひまわりのうちの一枚を所蔵することで有名です。
 そのお宝は、セザンヌ、ゴーギャンとともに、ガラスケースの奥に鎮座しておりました。

 さて、花瓶に15本入った3枚の「ひまわり」は、東京とロンドンとアムステルダムにあります。
 ロンドン ナショナルギャラリーでは、いつも人が前に立って鑑賞しているのに、日本にある「ひまわり」は、ガラスの奥の壁で、心なしか、寂しそう・・・・
 というのも、この「ひまわり」の絵、静物画なので、ついつい、小さいものとイメージしがちですが、なんのなんの、結構大きな絵なのです。特に、東京の「ひまわり」は100.5 ×76.5cm に豪華な額に入っていますから、かなりの迫力です。
 しかも、「ひまわり」の花が無造作に生けられているという視覚的な広がり、「ひまわり」の花の持つ明るくポジティブな象徴性、これらによって、より大きな「ひまわり」の絵として、我々の前にあるのです。

 他にも15本以下のひまわりを描いたものもあるらしいのですが、またいつか、見ることもあるでしょう。そのうちの一枚は、かつて空襲で、焼失したとか、しかも、身近な街で・・・。
 なお、ロンドンナショナルギャラリーのひまわりを複写した(ゴッホ本人が再描)他の2枚ですが、微妙に、違う箇所もあるのは興味深いところです。

☆写真、左上はアムステルダム ファン・ゴッホ美術館の「ひまわり」左下は、東京 東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館の「ひまわり」、右はロンドン ナショナルギャラリー「ひまわり」

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ランス美術館展

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(承前)
 フランスのランスという街には行った事がありませんが、ランスの大聖堂や、レオナール・フジタ(藤田嗣治)に縁のある古都だとは知っていました。

 そこで、東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館「フランス絵画の宝庫 ランス美術館展」(~6月25日)に行きました。日本人も名前を知っている画家・・・ゴーギャン、ドラクロア、ピサロ、コロー、ドニ・・・・など、一枚ないし、少数ずつ並んでいました。
 一枚、「おお、これか・・・」と見入ったのが、ジャック=ルイ・ダヴィッドの「マラーの死」の絵でした。
 世界史の教科書に出てた!お風呂で手紙持って、浴槽に身体を預け、事切れてるあの人。
 マラー・ダントン・ロベスピエールって、続けておぼえた・・・確かフランス革命が、どうとか・・・

 さて、この美術展で一枚を選ぶとしたら、フジタが礼拝堂のステンドグラスの為に描いた「聖ベアトリクス」の大きな素描。いいなぁ。綺麗なあと見とれました。
 この「聖ベアトリクス」は、ステンドグラスのために彩色したものや、実際のステンドグラスの写真など展示していましたが、個人的な好みは、一番初めの素描。とにかく、生き生きとしています。

 フジタが日本人でなかったら、描けなかったものもあろうけれど、もし、西欧人であったら、この天才は、ほかの画家たちと同じような評価を受けていたんだろうか。➡➡例えば、フランスや日本以外でも回顧展をやったりするんだろうか。・・・世界中の評価はどうなんだろう。
☆写真は、「ランス美術館展」の案内紙。上はレオナール・フジタ「マドンナ」、下はジャック=ルイ・ダヴィッド。

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おのぼりさんが のぼる

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 上京すると、その人の多さに息が詰まりそうになります。連休だったせいもあり、どこもここも多い!…多い。
 高さや、建築美を競う高層ビル群。大阪にもあるにはあるけれど、その数は比じゃありません。・・・・あんな高いところでで地震を経験したら、どうなるんだろう?と、阪神淡路地震の揺れを忘れていない者としては、気になるところ。
 もちろん、こんなに縦横に走る交通網・・・地震が来たらどうするんだ?
 それに、この人、人、人、どうするんだ?
 
 ・・・と、おのぼりさんは、いつも、心配していますが、多分、理屈でしかわかっていないと見える、上層管理者は、現実問題になったら、責任のなすりつけ合いをするんだろう。

 そんなことを考え、地下鉄に乗り、ホームを横切り、地図を用意しているのに、目ざす高層ビルが、目の前の高層ビルで、見えない・・・方向には強いと自負していたものの、今回ばかりは、遠回りをしてしまい、着いたところが、「ランス美術館展」を開催中(~6月25日)の高層ビル。

 そこは、ゴッホの「ひまわり」を持つ東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館。ビルの42階。
 そういえば、六本木ヒルズの52階六本木アーツ・ギャラリーの「ラファエル前派展」➡➡も、高層階だったけど、今回のほうが、高さが気になったのは、なぜ?・・・・・連休中で、ビル全体が閉館されていて、しかも、観覧者自体も、少ないから?ということは、人が多いということも、何かの安心感につながるってこと?
 などと考える暇なく、42階についておりました。

 確かに、この高さまで津波は来ないけど・・・・(続く)
☆下の写真の中央奥、東京タワーが写っています。
 
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並んだ屏風

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(承前)
  今年の根津美術館には、尾形光琳(1658〜1716)の「燕子花図屏風」と 鈴木其一(1796〜1858)による「夏秋渓流図屏風」が並んでいました。(~2017年5月14日)
 100年以上も違う時代の屏風なのですが、どこか雰囲気が似ていて面白い。
 もともと尾形光琳の燕子花も写実的で細かいというより、少々単純化され、全体の構図がダイナミックで美しい。
 あとの時代の「夏秋渓流図屏風」は、さらに大胆な構図。単純化された笹の葉や水の流れが、現代の絵にも通じています。燕子花こそ、描かれていませんが、百合の花が美しい。

 この鈴木其一の「夏秋渓流図屏風」は、円山応挙の「保津川図屏風」➡➡などの影響が指摘されていますが、確かに大胆な水の流れは、それらに通じるものを感じます。
 
 ただ、以前にも、書いたことですが、➡➡、人出の多い屏風鑑賞は、離れて見たり、視点を変えたりなど、ゆっくリ鑑賞できないのが残念なことでした。
        
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かきつばた

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 所用があって・・・というか、所用を見つけて東京に行きました。
 弾丸美術館ツアーのできない夫婦同伴の上京でした。

 で、まず、根津美術館に行きました。
 光琳の「燕子花図屏風」を夫も見たいと言ったからでもありました。
 昨年は4月➡➡だったのでまだだった庭の「燕子花」➡➡、2012年の時は、5月後半だったので見ごろ過ぎだった庭の「燕子花」。➡➡ 
 今回は、ドンピシャ!見事でございましたよ。
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 今回の尾形光琳(1658〜1716)の国宝「燕子花図屏風」は 鈴木其一(1796〜1858)による「夏秋渓流図屏風」と、ともにありました。(~2017年5月14日)(続く)

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シュティフターなんか嫌いだろうなぁ・・・

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 (承前)
 さて、久しぶりに読んだ辻邦生「黄金の時刻の滴り」(講談社文芸文庫)でしたが、辻邦生といえば、思い出すのが、この人を評価していないのが、丸谷才一でしたね。➡➡

 そこで、電車用に読んだ丸谷才一の短編のことを先に。
 文庫本「樹木譚」には、表題の他、2つの短編も入っています。 
 丸谷才一の、流れるような日本語は、読みやすく、一気に読ませる力があると思います。
 が、読みながら考えたのは、丸谷才一は、シュティフター➡➡なんか、嫌いだろうなぁ・・・ということ。回りくどい自然を表現した作品と、とらえる人もいるでしょうから。

 現に、先に読んだ「文学全集をたちあげる」(丸谷才一・鹿島茂・三浦雅士 文春文庫)ロシア・ドイツのドイツの項には、アーダベルト・シュティフターが入っていませんでした。ちなみにシュティフターは、オーストリアの作家なので、その他の国の項も見ましたが、やっぱり選ばれていませんでした。

 彼らが立ち上げる世界文学全集 ロシア・ドイツのドイツの項に、選ばれたのは、
75~76 ゲーテ(2巻)「ファウスト」「若きウェルテルの悩み」詩
77 シラー「群盗」「たくみと恋」「ヴィルヘルム・テル」ほか
78 ジャン・パウル「巨人」「ヘルスぺス」「彗星」ほか
79 E・T・A・ホフマン 「黄金の壺」「悪魔の霊液」
80 ニーチェ「ツァラトゥストラはかく語りき」「悦ばしき知識」ほか
81 リルケ「マルテの手記」詩と評論
82 デーブリーン「ベルリン・アレクサンダー広場」
83 カフカ「城」「変身」「審判」「アメリカ」
84 ホフマンスタール/ムージル/ロート 「影のない女」「アンドレアス」「ばらの騎士」/「特性のない男」/「ラデツキー行進曲」
85~86 トーマス・マン(2巻)「魔の山」「詐欺師フェーリクス・クルルの告白」
87 ギュンター・グラス「ブリキの太鼓」ほか
(続く)
☆写真は、スイス ピラティス中腹:地層好きにはたまらん地層が後ろに控えています。

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万人の姿が映っている鏡

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  夏目金之助(漱石)『英訳「方丈記」序文』に、
≪天才の文学作品にはあらゆるものが含まれている。それは、驚くべき正確さでとらえられた万人の姿がそこに映っている鏡なのだ。≫とあります。(出典:辻邦夫「黄金の時刻の滴り」の「野分のあと」の章前にある紹介文の一部)
 
 この文に出会ったとき、ああ、この「文学作品」という箇所を「絵画作品」という言葉に置き換えても可能だと思いました。もっと細かいことを言うなら、画家リチャード・ダッドの「妖精のきこりの見事な一撃」という作品と置き換えることもできました。
 「妖精の一撃」の絵を、万人の写っている姿だととらえると、わかりやすい。

 そして、夏目は、続けます。
≪それはまた清新な泉であって、火のような情熱の渇きを癒し、無気力な倦怠した精神を活性化し、火照った混乱した頭を冷やし、すべてのものに精神的快楽のデリケートな感覚を与えているのだ。すべてを元気づける万能薬であり、心という心を高揚させる強壮剤のようなものなのである。≫

 つまり、先の「文学作品」は「芸術作品」という言葉に置き換えても、なんの支障もないのがわかります。

 この英訳を読んだことがないのにも関わらず、ここに引用したのは、辻邦夫の新刊文庫(講談社文芸文庫)に出ていたからです。(続く)
*「黄金の時刻の滴り」(辻邦生 講談社文芸文庫)
☆写真は、スイス ロートホルンからブリエンツ湖を見る。
 

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映画「メットガラ」

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 (承前)
 ドキュメンタリー映画「メットガラ :ドレスをまとった美術館」を見ました。
 2015年春に、ニューヨーク メトロポリタン美術館(MET)で開催された展覧会「「鏡の中の中国:China ;Through The looking Glass」展の企画から、設営、開催当日までの裏側を写した映画でした。

 ファッションと美術館のコラボレーションが、なかなか難しいこと。政治的な背景も無きにしも非ず。また、西洋人の東洋感と、現代中国人の中国の歴史観との違いなどなど。あるいはショービジネス的発想と、知的な空間の融合などなど。
 ぎりぎりまで数々の問題を解決(?)しながら、ともかく、開催日にこぎつけ、結果、来館者も多く、寄付金も多く集まり、それをファンドとして・・・・という流れでした。

 仕掛け人は、「プラダを着た悪魔」という映画の張本人のアナ・ウィンター女史。やり手という言葉以外見当たりません。
 実際の運営は、メトロポリタン美術館服飾部門の学芸員なのですが、繊細で革新的。
 そして、この人のバランス感覚があったから、成功したんじゃないの?と思わせるのが、主に会場の映像・照明などを担当する中国人の映画監督ウォン・カーウァイ。
 たくさんのファッション界をリードしてきたデザイナーたちのインタビューを挟み、開幕前夜のパーティには、この日のための豪華絢爛、人目を引くアヴァンギャルドな衣装をまとったハリウッドスターや、人気歌手たち。一人、今や有名な大統領の娘御も ちらっと、写っていたような・・・
 
 今まで、ロンドン ヴィクトリア&アルバート ミュージアムや神戸ファッション美術館で、各国の服飾品の展示、あるいは特別展をみたことがあるので、そのイメージで、映画に臨んだのは、少々、間違いだったような気がします。
 ファッションはアートであるという考えより、創り出された衣装がアートであるという考えは、古いんだろうか。美術館という空間を、あんなに派手に騒々しく使わなくても、いいのではないかと・・・

  さて、空から藤の花が降ってくるなんてイメージ、国を問わずゴージャスとはいえ、昨日、疑問に思っていた藤の花の設営、ほかにも芸者という言葉も出てきたし・・・たぶん、大中国の隣の小さい国の東洋圏なら、みんな「一緒くた」なんだろう。
 
 かつて、イギリスのバンズレー・ガーデン(古本「海ねこ」イギリス、ほんの寄り道AtoZの8月2日の項➡➡)で見たキングサリも色こそ藤色ではないけれど、空から降ってくる花でした。キングサリと藤は、どっちもマメ科。

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次に咲くのは?

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  連休の楽しみの一つに、次々に咲く、ご近所の花々を見回ることがあります。
 上の写真のつつじの前の丸っこいつぼみは、シャクヤクの花。ピンクの花のはず。
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 いつも、日陰でひっそりと咲くスズランを見つけると嬉しくて、
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日向の明るい色のイリスも嬉しくて、
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白い壁のように咲くナニワノイバラも こでまりも、
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朝日に照り映えるつつじの連なりも、初夏の色。
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小さく咲くのは、白山吹。
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 空から垂れる藤の花。

 さて、世にいう藤の花は、日本固有種らしい。特にノダフジという いわゆる藤の花は、大阪・野田のもので、未だ見に行っていませんが、ひそかな藤の名所となっているそうな。
  と、なぜか、藤の花にこだわるのかというと・・・先日、2015年NYメトロポリタン美術館(MET)で開かれた「鏡の中の中国:China ;Through The looking Glass」展の裏側を写したドキュメンタリー映画「メットガラ :ドレスをまとった美術館」で、溢れんばかりの藤の花の装飾をを見たからです。中国のイメージと日本のそれを、ごっちゃにしてないかい?(続く)

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絵を見ればそれがわかる

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(承前)
  リチャード・ダッドの絵「妖精のきこりの見事な一撃」(The Fairy Feller’s Master-Stroke)に インスパイアされた「フェアリー・フェラーの神技」(マーク・チャドボーン 木村京子訳 バベル・プレス)の序文は、ニール・ゲイマン(コミック界原作などで有名な幻想作家らしいのですが、まだ読んだことがありません)でしたが、この人も「フェアリー・フェラーの神技」の絵に魅せられた一人だとわかります。

 序文のタイトルは「私とダッドとマーク・チャドボーン」
≪『フェアリー・フェラーの神技』という謎めいたタイトルの絵に初めて出会ったのは、確かクィーンのアルバムに折り込まれていたほぼ実物大のポスターだったはずだが、14歳かそこらの私にはほとんど印象に残らなかった。不思議なことの一つだ。実物を見ないとだめなのだ。キャンバスに描かれた本物を。それは貸し出し中でない限りいつでも、テート・ギャラリーのラファエル前派コーナーに、壮麗な金縁に収まったラファエル前派の美女たちに囲まれて場違いな風情で展示されている。いずれもはるかに大型で技巧にとんだ他の作品たちとは対照的な、ヒナギクの間を慎ましやかに歩む妖精の一団を、自分の目で直に見て初めて実感するのだ。・・・・≫

≪・・・・テート・ギャラリーのラファエル前派コーナーを訪れる人々には、それぞれ自分なりの理由があり、深遠でドラマチックな何かが彼らの琴線に触れる。ウォーターハウス➡➡やミレー➡➡やバーン=ジョーンズ➡➡はそれぞれ独特な魔力を持つ。見物人はこれらの絵の間を歩き回るうちに、人生が豊かで価値のあるものになっていく。一方、ダッドは罠だ。彼の作品に魂を奪われる者を陥れる。その絵に夢中になり、そこに描かれた妖精や小鬼や男女に頭を悩ませ、その小ささ、その形、その奇怪さを理解しようとし、文字通り何時間も絵の前に立ち尽くしかねない(「見る度に新しい発見があった」マーク・チャドボーンの語り手ダニーは多くの点で信憑性を欠くが、この一点に限っては真実を語っている)。ダッドは知っていたのだ。絵の中の人々を。画家は彼らの生活を知っていた。彼らの正体を知っていた。絵を見ればそれがわかる。・・・・・・≫

☆写真は、リチャード・ダッド画「バッカス的光景」 (「妖精辞典」掲載:キャサリン・ブリッグズ編著 平野敬一・井村君江・三宅忠明・吉田新一共訳 冨山房)

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