みんなみすべくきたすべく

妖精のきこりの見事な一撃

      テート6j
 (承前)
 ロンドン テート・ブリテンにあるこの絵「妖精のきこりの見事な一撃」の画家、リチャード・ダッド(1817~86)は、若くして才能を発揮したものの、精神を病み、父を殺害、亡くなるまで43年間精神病院で過ごしました。この絵は1855~64までかかって描かれ、未完成部分を残しています。  

 この絵は、比較的小さな絵ですが、いつも、その絵の前に立つまでは、もっと大きな絵だと考えています。で、実際に目の前にすると、54×39.4センチという大きさなのです。
 この絵の周りには、壮麗なラファエル前派の大きな絵が掲げられていて、小さいのも際立つはずなのに、その絵を見ていると、大きな世界の広がりを感じてしまうがゆえに、実物の大きさを思い違いしてしまうのかもしれません。

 とにかく、細かく描かれています。不思議な容姿の人や妖精たちが、いわくありげに描かれています。 一人ずつ解読していくことも面白いことですが、カ・リ・リ・ロは、一人背中を向けて、今にも斧を下ろそうとしている人間(?)に、いつも目が行きます。この人だけ身体のバランスが普通・・・で、そのあと、その人を正面で見据える小さな老人に目が行きます。この二人を描くために、妖精の世界、草花より小さい世界、謎めいた人たちやその視線などなど、加えていったのだと、勝手に解釈しています。

 描かれているのは、ノーム(地の精)やエルフ(小妖精)、トンボのトランぺッターも居ます。もちろん目立つところには、妖精王のオベロンも女王ティタニアも。
 画面上には、鋳掛屋さんに兵隊さん、船乗りに仕立て屋に農夫、それに薬剤師に泥棒。(これは、イギリスの伝承歌、子どもの占い歌)
 さて、この一撃のあと、それぞれが動き出す・・・それぞれのざわめきが聞こえてきそうです。(続く)

*参考:図録「テイト・ギャラリー(日本語版)」(1996)(サイモン・ウィルソン著湊典子・荒川裕子・平尾左矢子共訳)

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テムズをはさんで

       テート3j
(承前)
 昨日のジョン・シンガー・サージェント「カーネーション・リリー・リリー・ローズ」➡➡やラファエル前派の絵➡➡を展示しているのは、テート・ブリテンと言われる美術館です。
 もとはヘンリー・テートさんがロンドン・ナショナルギャラリー➡➡に寄贈しようとしたものの、収まり切れないというので、ナショナルギャラリーの分館となり、その後、テート・ギャラリーとなったものです。そのテートは、ロンドンのプリムコウにあるテート・ブリテンとテムズ対岸のバンクサイドにあるテート・モダン、あと、行った事がないテート・リバプールとテート・セントアイブスで、成り立っています。

 現代アートを所蔵するテート・モダンは、もと発電所だったところを美術館にしているユニークな建物です。エントランスは、発電機があったタービン・ホールで、99mの巨大な煙突と昔ながらの煉瓦造りの外観を残し、内部は7階まで吹き抜けとなっていて、現代アートを展示する空間として、面白いものとなっています。

 かつて、ここに家族で行ったとき、アンディ・ウォホール展をやっていて、キャンベルスープの缶の絵やマリリン・モンローなどなど、所狭しと貼られていて、その迫力に圧倒されました。が、かの夫はというと、発電所のなごりの鉄の柱や、鎖などに痛く感銘を受けていました。サイズを測っていた・・・・

 また、ここのカフェ・レストランは、テムズを見下ろし、前にセントポールなど、ロンドンの景色が見渡せる素敵な場所なのですが、行ったときはいつも、混んでいて、なかなか縁がありません。
 そして、テムズ川の両岸にあるテート・ブリテンとテート・モダンは、船でつながっているようです。
 それから、テート・モダンの隣には、かのグローブ座もあって・・・と、書いているうちから、また行きたくなってきた。(続く)
☆写真は、テート・ブリテンのエントランス上部

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カーネーション・リリー・リリー・ローズ

      テート5j
 (承前)
 上の写真、ジョン・シンガー・サージェントの描いた「カーネーション・リリー・リリー・ローズ」のことは、以前も古本海ねこさんで書きました。➡➡(12月26日の項) そして、このブログ管理者カ・リ・リ・ロの名前は、おこがましくも、この絵 「カーネーション・リリー・リリー・ローズ」にちなみ、それは、イーヴ・ガーネットの「ふくろ小路一番地」*を読んで、知りました。

 その後、1998年神戸に来た「テート美術館展」でも、「ブリティッシュ・アート論」を受講していた時にも、この絵をゆっくり見る機会がありました。さらには、画家サージェントの肖像画の数々を知り、それにも惹かれたことはここにも書きました。➡➡

 そして、日本の提灯の柔らかい光が醸し出す、「カーネーション・リリー・リリー・ローズ」の絵は、当時(1885年)、流行った歌「花かざりの輪」のセンチメンタルなリフレイン、🎵カーネーション・リリー・リリー・ローズ🎵から喚起されていると、「ブリティッシュ・アート論のオックスフォードご出身の教授が、口ずさんでくださったのを覚えています。ジョセフ・マッツインギという人の歌で「僕のフローラがここを通るのを見ましたか?」に答えて続くのだそうです。(**「1998年 テート・ギャラリー展図録解説より)

 また、なぜ、カーネーションと百合と薔薇なのかと、考えてみたことがありますが、ここでいうカーネーションは、今、日本人が思う、お花屋さんの店先で並ぶ匂いのないカーネーションではなく、もっと原種に近いもののようです。香りがきつく、同じく、香りたつ百合(リリー)、薔薇(ローズ)に負けてない共演者なのです。
 つまり、この絵は、香り、光、音楽を表現する一枚の絵だともいえます。

 絵画鑑賞の楽しみは実際に前に立てればいうことないのですが、絵を何らかの形で目にした後、その背景を知り、もう一度絵画にアプロ―チとするのも、大きな喜びです。

 そして、カ・リ・リ・ロにとって、 この絵の入り口は、「ふくろ小路一番地」だったということです。
 この絵は、ロンドン テート・ブリテンにあります。(続く)

☆☆☆「英米文学植物民俗誌」(加藤憲市 冨山房)によれば、
Carnation の項に、≪花は香りがよい上、色が鮮やかなので、古くから人に愛された。≫とあり、
Lily の項には、≪俗に、LilyをRoseと一緒に植えておけば、両方とも、いっそうよい香りを放つ。≫とありました。
Roseは言わずもがな、いい香りです。
*「ふくろ小路一番地」(イーヴ・ガーネット作 絵 石井桃子訳 岩波少年文庫)

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テート・ブリテン

テート2j
(承前)
 ロンドン 地下鉄ヴィクトリア駅の次 プリムコウに、テート・ブリテン(テート美術館)があります。正面玄関は、テムズ川に面し、特別展などの入り口は、住宅地側にあります。
テート4jj
テート1j
 今回のロンドン行きの最後に行ったのが、ここでした。
 初めて行ったときは、ターナーのコレクション展示の部屋が、自然光の柔らかな光に包まれた部屋だったので、自然光で見る美術品に新鮮な喜びを感じたものです。
 もちろん、傷みやすそうなウィリアム・ブレイクの部屋は、今もなお、暗い照明の部屋にあります。

 ここの一番の売りは、ラファエル前派の作品が多いことでしょう。ロセッティやバーン・ジョーンズ、日本にも何度か来た、ミレイのオフィーリアの絵など、大きな絵が、大きな部屋に展示されているのは、しかも明るい部屋に展示されているのは、彼らの世紀末の陰鬱な作風と違って、華やかさえ、感じられます。(続く)

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ロンドン ナショナル ギャラリー

   ナショナルギャラリー1j
 (承前)
 ロンドン ナショナルギャラリーも、ロンドンに行くたび、訪れます。観光客も多く、今は、入場する際に、持ち物のチェックはありますが、無料で入場できます。
 知名度の高い作品には、そこそこ人が群がっていますが、概ね、気持ちよく鑑賞できます。それと、大体、どこにどの作品があるか、大きな変化がないので、そこに向かえば、その作品に出会えるのが嬉しい。(時々、作品が貸し出されている時もありますが・・・)
 先日、ここに載せたスルバラン「A Cup of Water and a Rose on a Silver Plate」も、大きな展示室にあります。部屋の大きさの割に小さい作品で、スルバランの他の大きな絵の向い側の壁にひっそりとあります。
         ナショナルギャラリー4j
 二枚のフェルメールは、ほかのフランドル派と一緒に暗い小さな部屋にかかっていることが多く、 今回は、「ヴァージナルの前に立つ女」だけでしたので、もう一枚の「ヴァージナルの前に座る女」は貸し出し中だったのでしょう。ロンドンには、もう一枚「ギターを弾く女」が、ハムステッドのケンウッド・ハウスにあって、2013年の「フェルメールと音楽展 Vermeer and Music: The Art of Love and Leisure」➡➡には、そろって展示されていたのが嬉しかったのを思い出します。
    ナショナルギャラリー2j
 ダ・ビンチの「岩窟の聖母」は、ルーブルの「岩窟の聖母」と、よく比べられ、その制作過程やその所説あるようですが、デジカメのいい加減な撮影でも、こんなにきれいに撮れました。ありがたいことです。
            ナショナルギャラリー3j
 その横には、「聖アンナと聖母子と幼児聖ヨハネ」というドローイング。
 この一枚の絵をめぐっても、いろんな事件があるようなのですが、こうやって、至近で鑑賞させてもらえます。
 いわば、絵画のテロに屈しない ナショナルギャラリーの強い精神を感じます。
 テロに屈しない強い精神・・・精神論でテロがなくなるとは思いませんが、やっつけるだけではテロがなくならないのは、イギリスの多くの美術館の姿勢からわかる気がします。
  そんな強い意志を感じるナショナルギャラリーの前、下のような景色が見えます。向こうにビッグベンが見えます。ああ、この下で、先日、テロがあったのでしたね。(続く)
   ナショナルギャラリー5j

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あゝ一時の 春やいづこに

青紅葉1
 京都 仁和寺の桜は遅咲きで➡➡・・・とはいえ、もはや4月も下旬。そうか・・・ソメイヨシノが遅すぎた・・・だから、どれもこれも一緒に咲いて、次々咲いて、散ってしまった。
青紅葉2
 まぶしい日差しの春の一日、仁和寺 御室の桜と北野神社 御土居の青紅葉を見ようなんて、欲張りなことできるはずもありません。もちろん、嵐電の桜のトンネルは、とっくに葉桜。
青紅葉4
 が、しかし、青紅葉は、本当に清々しく、初夏を感じます。
  青紅葉6
青紅葉3
「藤村詩抄(島崎藤村自選:岩波文庫)」の「春やいづこに」の最後の部分です。
≪・・・・梅も桜もかはりはて
    枝は緑の酒のごと
    酔うてくづるゝ夏の夢
          あゝ一時の 
              春やいづこに≫

       青紅葉5

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らんまんとそそぐ日光にひろがれ

八重桜jj
 4月生まれの孫はもうすぐ一歳。
 保育園でさっそく4月生まれのお誕生会。
 小さな彼女の手形のついたバースディカードをもらい、ブログなどで、誕生会の時の様子がわかる写真を見て、孫の母親は、すっかり感激。
 ばあばといえば、この一年間、学生たちに教えている乳児の保育関連の授業も厚みが増したと自画自賛。

 室生犀星詩集(岩波文庫)にこんな詩がありました。「桜と雲雀」の最後の部分です。
≪・・・・・らんまんとそそぐ日光にひろがれ
     あたたかく楽しき春の
     春の世界にひろがれ≫
                   はなみずきjj
 ☆写真は、八重桜が満開で、ハナミズキも満開で、光がまぶしい朝の散歩でした。
   てがた (2)j

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布 買いに

リバティj
(承前)
 娘からのミッションを受け、ロンドンに布を買いに行きました。
 日本の布は高機能で、ストレッチがきいていたりするので、もっと素朴な布が作業しやすいというわけで、端切れと、地図を片手に複数のお店を回らせていただきました。結果、各々、その色の在庫なく、別の色で我慢してもらうことに。

 で、オックスフォードサーカスという賑わうあたりに百貨店リバティがあります。規模は小さいとはいえ、百貨店なので、いろんなものがあります。
 が、ここの売りは、なんといっても、布地でしょう。リバティプリントと言う、今では、日本でもおなじみになっている小花などを中心としたの可愛い模様の他、洗練・充実した布地がそろっています。

 それに、この写真の外観とも同じように、内部もチュダー様式のもの。階段はギイギイいう感じだし、売り場面積を狭める吹き抜けの周りは回廊になっています。(続く)

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ホーリー・トリニティ

ホーリートリニティ12
(承前) さて、もう一つ、ステンドグラスの素晴らしい教会に行きました。ここは、もう何年も前に、行ったことがあるのですが、改めて見ると、華やかさがひときわです。かのラファエル前派、エドワード・バーン=ジョーンズ(➡➡)のステンドグラスなのです。
ホーリートリニティ部分
 場所は、ロンドン、スローンスクエアのホーリー・トリニティ。地下鉄降りてすぐのところです。(続く)

☆写真一番下、エドワード・バーン=ジョーンズ「水車小屋」 V&A ミュージアム
        バーンジョーンズj

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大聖堂のステンドグラス

ステンドグラスj4
(承前)
 グロースター大聖堂は、天井も美しく、パイプオルガンも美しく、そして、ステンドグラスも美しく、目を奪い・・・
 一番下のステンドグラスは、現代の作家によるもののようです。(続く)
       ステンドグラスj2
ステンドグラスj6
     ステンドグラスj3
ステンドグラスj5
        ステンドグラスj1
        ステンドグラス6

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大聖堂のパイプオルガン

         大聖堂ぱいぷ
(承前)
 グロースター大聖堂では、「カメラ撮影するなら3ポンド払うこと」とあって、胸にカメラシールを貼ってカメラ撮影。
 大聖堂だけあって、そのステンドグラスもパイプオルガンも大きく、見ごたえ充分。

 写真に写るパイプオルガンのパイプはとても綺麗で、おなかのそこから響き渡るその音もきっと、素晴らしいのだろうと、想像しました。
 昔、ウィンチェスターの大聖堂のイースター・ミサのときに聴いたパイプオルガン。アイルランドやパリでも、朝、練習中のパイプオルガンの音を、耳にしましたが、その足元から聞こえてくる深い音と、ステンドグラスから差し込む光・・・この相乗効果は、人の心に訴える力があるなぁと、不信心者は、ただ、ただ、見上げたり、聞きほれたりするのです。(続く)
          大聖堂パイプj

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グロースター大聖堂

      大聖堂2
4月12日から続き 承前)
 さて、グロースターの大聖堂です。
 イギリスの大聖堂のいくつかに行った事がありますが、どれも、ステンドグラスや天井の設えが美しいので、グロースター大聖堂は、楽しみでした。
大聖堂3
館内は、有料で撮影することができ、美しい廊下を撮っていたら、妹が、「ここ『ハリー・ポッター』の映画に出てくるところ!」と言いました。カ・リ・リ・ロは、映画を見ていないので全然ピンときませんでしたが、調べるとそうらしい。ハリー・ポッターファンには、聖地巡礼の一つのようです。(続く)
大聖堂8j
  大聖堂1

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少年少女文学全集を立ち上げる

妙顕寺5j
 「文学全集をたちあげる」は、丸谷才一・鹿島茂・三浦雅士の三者が集まって、架空の文学全集をたちあげる対談集です。
 各国の文学を新旧、よく読んでる人ばかりが、思いのたけをぶつけ合って(と、いっても、好みが似ていたり、譲ったり、飲み込んだりしながら)、本当に楽しそうに架空文学全集を企画します。

 個人的に納得するラインナップもあるし、万一、自分も参画したら、こっちを押すなぁとか。
 とはいえ、全然読んでない作家や国のも多く、はあ、そうなんですか・・・というしかない。
 ところが、今まで、割と読んできたつもりの少年少女文学集部門は、ちょっと納得がいきません。
 彼らの選んだ 架空「世界文学全集巻立て一覧」はというと、
 123 童話集:イソップ ペロー グリム アンデルセン サン=テグジュペリ
 124 少年小説集:マロ「家なき子」ウィーダ「フランダースの犬」ルナール「にんじん」アゴタ・クリストフ「悪童日記」ストーカー「ドラキュラ」コローディ「ピノキオ」
 124 少女小説集:オルコット「若草物語」モンゴメリ「赤毛のアン」バーネット「小公子」「小公女」スピリ「ハイジ」
 125 ルイス・キャロル/エドワード・リア/アルフレッド・ジャリ: 「不思議の国のアリス」「鏡の国のアリス」「ナンセンスの絵本」ほか「ユビュ王」

 うーん、この最後の「ユビュ王」というのは読んだことがないけれど、ほとんど、大体が児童文学の古典。いわゆる文学年表にでてくるものばかり。だから、この全集は古典シリーズかと思えば、アゴタ・クリストフは1935年生まれで2011年没ですから、この人を入れるなら、ほかも!
 この人たちの誰も、ランサム読んでない?サトクリフ、知ってる?
 フィリッパ・ピアス(1920~2006)の「トムは真夜中の庭で」を読んでないでしょ?
 アンデルセン入れるなら、ファージョンだって・・・・
 それに、「ドラキュラ」は、ここに入るの?
 ・・・・ということで、この三人の博識の読書人たちも、こと少年少女文学全集を立ち上げるに関しては、自分が 昔読んだ少年少女文学全集の域と知識の域を超える人たちではなかったような。

 *「文学全集を立ちあげる」(丸谷才一・鹿島茂・三浦雅士 文春文庫)
☆写真は、京都妙顯寺➡➡ 

妙顕寺6j

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いつもより長く咲いている

芦屋中央公園j
  桜が咲かない咲かないと嘆いていたのも嘘のよう。どこもここも一斉に咲いていましたね。
 ソメイヨシノは、そろそろ終わりにしても、いつもより長く咲いていたのは、うれしい・・・

 教育の土地問題や、それと絡んだ人間関係も、ちっとも誰も解決・解明しようとせず、するうち、あーあ、それをしちゃだめでしょ。という国が、やっぱり目立ち、同じ地球上に住んでいる者として、おおいに憤り、平和なニュースを主に伝えるメディアは、誰が一体、だれのために忖度しているのか、と、ぶつぶつ言いいつつも、日に日に暖かくなっていく・・・忖度なんていう言葉 知らなかったなぁ・・・
芦屋キャナルj

 さて、慣らし保育を経て、保育園に通う孫は、毎日同じ保育士さんに抱かれ食べさせてもらい、寝かせてもらう・・・つまり、3人入園した0歳児たちには、一人一人の保育士さんが付くという、きめの細かい慣らし保育でした。・・・なかなか、こんなに配慮された現場は、今や少なく、≪0歳児は概ね3人に一人の保育士≫という基準の「概ね」という文言すら、拡大解釈をする現場(保育経営者)も多いのです。
 教育や保育や福祉という性善説に基づくような現場で、頭の下がる仕事をなさっている人の多い中、ビジネスや権力と結びつけようとする「連中」が、ひいては、次世代を担う子どもたちの首を絞めている、と思うのです。
芦屋キャナル2j
☆写真は、芦屋キャナルパーク周辺と夙川公園

さきちゃん枝垂れ (2)j

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大涅槃図開帳

等伯j j
(承前)
 いつもは、複製を展示しているそうですが、今回は、本法寺の特別寺宝展で、その原画を見ることができました。縦約10メートル横訳6メートルにも及ぶ、大きな涅槃図。一番上の満月を見上げていると、首が痛くなるくらい大きな図です。多くの日本の図は、表具され、図は、その中に入る、ひと回り小さいものですが、この涅槃図は、表具に見えるところも、すべて描いているので、隅から隅までずずーぃと、長谷川等伯の入魂作品です。写真は、案内パンフの小さな写真で、この外回りも、もう一周装飾されています。

 長谷川等伯といえば、個人的には水墨画の松林図が一番に思い浮かぶのですが、狩野派と同じように金碧障壁画も多くあります。
 その人が、若くして亡くなった息子の為、この涅槃図を3年かけて描いたとされています。等伯自らが願主となり、本法寺に寄進しています。嘆き悲しむ様々な人物に交じって、うつろな表情の等伯自身も描きこまれています。下部の様々な動物たちとともに、ゆっくり見ることができてよかった作品でした。

 さて、本当は、鞍馬口から妙顯寺 本法寺 他・・・・・桜を愛でながら北野神社まで行って、嵐電の桜のトンネルを通って…などと考えていたお稽古までのアクティビティでしたが、当然、時間が足らず、引き返す途中にあったのが妙覚寺の大門(写真下)。うーん、ここは紅葉の名所とか・・・。秋も忙しいなぁ。

妙覚寺j

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本法寺に行く道

        千家j
(承前)
 妙顯寺にほど近く、表千家(不審庵)・裏千家(今日庵)の兜門、の家並の続く通りを西に入ったところに、本法寺があります。
 表千家と裏千家が隣り合っているのも面白いのですが、観光客もいないこともあって、静かな古い京都が感じられました。
 偶然に、上の写真の向こうの方、和服の男性が写っているのも、不思議と違和感なく、京都を感じます。京都の和服の男性は、ほかの場所よりずっと多く、みなさんお洒落なのです。持ち物一つも趣味がいいんどす。色や紋様にこだわってはります。へぇ。(続く)
千家表j
千家裏j
☆写真上から二番目が表千家の不審庵の門。三番目が今日庵の兜門。一番下が、本法寺境内の見事な桜。
本法寺さくらj

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妙顯寺

                妙顯寺6j
(承前)妙顯寺の特別拝観の日を過ぎていましたが、遅い桜が満開で、日を延長していて拝観可能。ラッキー!
 
 全くしらなかったお寺ですが、龍華 大本山 妙顯寺といい、敷地も広い。案内書には、境内六千坪周囲に塔頭九ケ寺とあり、ひぇ~~まだまだ知らん事多い・・・と、京都に出向くお稽古に通い続ける決心を再確認。
 上の写真が、「四海唱導の庭」のお庭で、向こうに勅使門があって、白砂のお庭。
 次の写真が、「孟宗竹の坪庭」で、向こうに赤い椿が見えますか?
孟宗竹j
 京都のたいていの寺社がそうですが、桜の綺麗なところは、紅葉も綺麗。
 ということで、春は春、秋は秋、夏は飛ばして、冬は底冷えのなかの特別公開・・・と、京都は、やっぱり奥が深すぎる。
妙顯寺7j
 さて、ここの本堂の四天王さんは、江戸時代の新しい(!)ものですが、彩色も残り、なかなか男前で、四天王ファンとしては、いいもの拝ませていただいた感じです。ただ、見世物ではないという信念もおありでしょうから、観覧箇所から奥の二体は見えないのが残念。
  ご本尊の前に、気持ちばかりの浄財を置かせていただいて、法具の鐘をたたかせていただくと、本堂に響く心落ち着くよい音色。合掌。(続く)
妙顯寺4j

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散らないで

本法寺1j
満開の桜。そして、京都。
ただ、すっきり青空じゃないのが残念。
風が吹いても、まだ頑張って咲いています。
             本法寺2j
たくさんの人で賑わう京都にも、ゆっくり楽しめる桜が咲いていました。
行ったのは、鞍馬口の本法寺と妙顯寺。どちらも特別拝観やってました。(続く)

妙顯寺1j
妙顯寺5j

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グロースターの街

グロースターの街j
(承前)
 「グロースターの仕たて屋」➡➡ のある、グロースターの街は、コッツウォルズの西にあたるところです。川なのか海なのか、セヴァ―ン川と、海からもずいぶん入り込んだ内陸部ですが、カモメは結構飛んでいました。今もドッグのあたりがにぎわっているらしく、大きな船が航行可能な川を中心に発展していった街と言えます。
            グロースターの街2j
グロスターの街3j
 そして、ローマンブリテンから歴史のある街のようで、GloucesterのCesterは、古語で砦を意味し(*「イギリス文学地名辞典」研究社)、GlouはGlowingらしく、「輝く砦」といった意味。上の写真のカモメもとまる写真は、グレイ小修道院跡で、1231年にできたとありました。
 また、ヘンリー三世は、この街のグロスター大聖堂で戴冠し、それ以降の王様は、ずっとロンドンのウェストミンスター寺院で戴冠したようですから、当時栄えていたなごりの中世の街並みは、しっかり残っております。
 なお、最後の写真のお店には1680年という表示が見えます。(続く)
***ベアトリクス・ポター「グロースターの仕たて屋」(石井桃子訳 福音館)

グロースターの街5j
        guro-suta-noati7j.jpg
グロースターの街3j
グロースターの街6j

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花見

さくらUPj
 近場に、桜を楽しめるところがたくさんあります。今年は、その一つに観光バスを横付け、観光客が写真を撮ったり、そぞろ歩いたりしているのを見かけました。普段は、観光地でも何でなく、市民の散歩道の川沿いなのですが・・・

 桜などは、ほかでも咲くだろうし、美しい花の花見は、ほかの国でもできるはずなんだけど、と思っていたら、外国暮らしが長く、義母がベルギー人である堀口大學(1892~1981)のエッセイ集「季節と詩心」のなか、「花のことなど」という文にこんなことが書いてありました。

≪僕等日本人の年中行事の、重要な一部分を占めてゐるお花見や、梅見に、比較さるべき行樂が、西欧人の生活のうちにあるかと、よく人に訊ねられる。ないやうです。と僕はいつも答へてゐる。・・・・(中略)・・・・櫻花や、梅花はよしやなくとも、林檎や杏の花は美しく咲く土地がらだ。木に咲く花を樂しまうとする意欲さへあったら、機會や口實はいくらでもあるはずなのに、それをしないのは、一體どうしたわけか知ら。・・・・(中略)・・・・花を中心の、欧州人の行樂の最なるものは、ニイスをはじめ、諸方で行はれる、花合戦であろうか。然し、これは、日本のお花見や梅見とは、全く別箇なカテゴリイに入るべき行事なのだ。カルナヴァルその他、いづれも歓喜を表情とするデモンストレイションとして、機會ある度に行はれるのだが、僕等東洋人の感情から云ふと、花に對して可哀さうな行事であり、暴行であり、虐殺である。・・・・(中略)・・・・實に贅澤な華麗なものであるが、少なくとも花を愛し、花を樂しむ、僕等の精神からは甚だ遠いものである。・・・・(後略)≫

☆写真下は、満開のソメイヨシノの横に、青紅葉、しかも赤い種がたくさんついていたので、撮りましたが、今年の満開の時期、すっきりと晴れ渡る青空が少なく、写真写りも悪いなぁ・・・
桜と青紅葉j
 

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あな糸がたりぬ

グロースター2j
(承前)
 ベアトリクス・ポター「グロースターの仕たて屋」(1903)(石井桃子訳 福音館)は、ポターのお気に入りの絵本だったといいます。
 
 グロースター近郊に住むいとこを訪ねた時に、実話に基づいて書かれた作品です。事実は、仕立て屋さんの弟子二人がこっそり仕上げたらしいのですが、それを小さなねずみが仕上げたことに、しかも、動物たちが口がきけるというクリスマス・イブに設定し、不思議な楽しいお話にしています。
 働き者でおしゃれなねずみは可愛いし、悔い改め、神妙にしている猫のシンプキンもいい。
 また、中には、たくさんのわらべ歌も入っていて、ねずみたちが、針仕事をしている臨場感も伝わってきます。

グロースター7j

 ≪・・・けれども、しごとだいの上には―ああ、なんということだろう!仕たて屋は、大きなこえでさけんだ。仕たて屋が 裁ったばかりの きぬのきれを ならべておいたところにーまことに まことに うつくしい上着と、ししゅうのついた サテンのチョッキが おいてあったのだ。いままでグロースターの、どの市長どのも きたことがなかったような 上着とチョッキが。上着のえりや そでのふちには、ばらとパンジーの花がししゅうされ、チョッキは けしと やぐるま草で かざられていた。なにもかも きちんと仕たてあげられ、ただ べにいろのボタン・ホール ひとつだけが かがられずに のこっていた。そして、そのボタン・ホールのあるべきところに、小さなかみが とめられて、とても とても小さな文字で、 「あな糸が たりぬ」 と かいてあった。…≫
(続く)
           グロースター4j

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グロースターの仕たて屋

グロースター1j
(承前)
児童文学に興味のない妹と、さてどこに行くかと考えたとき、彼女はステンドグラスの綺麗なところに行きたいという希望がありました。
 で、行ってきたのが、大聖堂のあるグロースター。ロンドンからちょうど2時間。

 絵本好きの方はお判りでしょう。そう、ベアトリクス・ポター「グロースターの仕たて屋」(石井桃子訳 福音館)の舞台です。かつて、湖水地方にピーターやナトキンやジマイマやダッチェスさんを訪ねたことはあるものの、ここだけ離れていたので、念願かなったと言ってもいいかもしれません。ちょうど、刺繍をやっている娘の姿とも重なるし、何よりポター生誕150年でもあるし・・・
 
  仕たて屋さんのおうちは、小さなお土産やさんとして在ります。仕立て屋さんが座って針仕事をしているのが見えるウィンドーからは、今はお土産物のピーターラビットたちが見えます。が、実際、お土産屋さんのお店番のご婦人は、仕立て屋さんさながら、毛糸で何か作っていました。(たぶん、小さなねずみ) 

 小さなおうちの奥は、物語を再現する設え、暖炉とか食器棚とか、があって、二階にあがると、小さな小さな、とても小さな博物館になっておりました。(続く)
グロースター6j
グロースター5j
             グロースター3j

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新学期

夙川さくら (2)25
 昔、子どもの頃、小学校の入学式の頃に桜は満開になり、入学式の記念写真の背景には、桜が写っていたのを思い出します。
 3人の子どもたちのときは、その年によって、少しずれがあり、散ってしまっていることもありました。今や、桜は3月終わりに咲き始めることが多くなり、とても小学校の入学式頃には、満開というより、葉桜になっていることも多いのではないでしょうか。
 が、今年は、開花が遅く、やっと満開。咲いてからの雨にもめげず、桜の花の満開の下で、ピカピカの一年生、ピカピカの新学期。

 「新学期」。この言葉は、個人的には、身体の一部です。
 父親が教員だったこと、カ・リ・リ・ロ自身にも幼稚園から大学まで新学期があったこと、就職先も小学校で新学期は特別だったこと。退職したら、子どもたちが次々新学期を迎え、後半、重なるように、自身も大学院に行って新学期。そのあと、学生たちと一緒に学ぶ新学期。そして今、加えて、まだ歩くこともできない孫も保育園の新学期。
 桜の季節と新学期。心も新たに、次の一年を、と思うのは、お正月より多いかもしれません。
          さくら ゆびj

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夜の博物館

          廊下j
(承前)
 昨日のポター生誕150周年の展示➡➡は、上の写真、天井絵下の廊下左右で行われていました。ということで、ポター生誕150年もヴィクトリア&アルバート ミュージアムの規模からしたら、ほんの廊下の一部といったところ。あまりに小規模なので、事前に館内図はプリントアウトしていたものの、結局、案内の人の丁寧な指示で、たどり着くことができた次第。なにしろ、階段など 廊下など、入り組んでいるのです。

 V&Aミュージアムのことは、ここでも何度か書きましたが、このミュージアムの近くに宿をとることが多いので、金曜の夜、開館時間の長いときに、いつもこのミュージアムに行きます。
 混雑していないというより、もう暗くなっていて、奥の方は、人気が少ないのが、かえって怖い・・・さながら、夜のミュージアム探検(こんな映画あったっけ?)。
 絵画もあるし、ファッションもあるし、家具や銀器や、彫刻や、なんでもあって、いろんな好みの人が楽しめる博物館だと思います。(続く)

        ヴィクトリア&アルバート3j
ヴィクトリア&アルバート2j

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ポター生誕150年

  ポター2j
(承前)
 べアトリクス・ポター生誕150年の催しは、日本でも開催されていることを書きましたが、 ➡➡当然、本国イギリスでも、その小さな展示は、彼女の作品の原画など、所蔵品の寄贈が行われたヴィクトリア&アルバートミュージアムで開催されていました。
 思いのほか少ない展示でしたが、日本で、キャラクター化して、本当は、ピーターのお父さんが、肉のパイにされたなんて知らない人たちが楽しむのとはまったく異なる150年お祝いの展示でした。
  そこには、ポターの父親が写したジョン・エヴァレット・ミレイの写真や彼女が描いたコンスタブルの模写、自然の描き方で影響を受けたとされるウィリアム・ヘンリー・ハントの絵や、コールデコットの「かえるくん 恋をさがしに」の原画も➡➡ありました。(続く)
ポター1j

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♪~Ring a Ring o' Roses

ハンプトンコート3j
 (承前)
 カ・リ・リ・ロの写真好きは父親の影響ですが、妹と母親は、手先が器用で、近所のおばちゃんと一緒に刺繍のお稽古をしていました。我が子の刺繍への道には、我が母親の影響があったと思われます。母の綺麗な糸束は、我が娘のものになりましたから。
 妹は、刺繍よりもカルトナージュにはまりましたが、基本的には、手芸のできるおばちゃんとなりました。
ハンプトンコート5j
娘の作品を見るツアー(といっても、宮殿のほんの一部にしかすぎない教室めぐり)の前に、本体の宮殿めぐりをしました。カ・リ・リ・ロは、3度目でしたが、何回来ても、見るものが多く楽しい。もちろん、庭は、季節ごとに姿を変えるので、それは特に楽しい。
ハンプトンコート6j
 ここの入場料は、結構なお値段なのですが、なんと60歳以上シニア割引をちゃんと使って入場。
 そしたら、子育て支援の一環だと思われる、赤ちゃん連れのパパ(あるいは、ママ)の数人のグループを引き連れた、保育士さんが(ナース?)宮殿中庭で、
♪~Ring-a-ring'o roses,
A pocket Full of posies,
A-tishoo! A-tishoo!
We all fall down~🎵とやっていて、うーん、日本なら京都御所みたいなところで、こんなことやってる!歴史は、赤ちゃんから?(続く)
☆写真は、英国ハンプトンコートパレス 最後の写真は中庭。この写真の少し前まで赤ちゃんと若い親たちが楽しそうでした。
ハンプトンコート2j

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窓から見える大きなお庭

ラッパ水仙jj
(承前)
 たった4泊のロンドンでしたが、行きたい場所がありました。
 娘が学んでいたRSNというところに、彼女の作品が出品されているので、それを見に行くという目的がありました。
 卒業してからも、今回のように学内で展示だとか、別の敷地展示➡➡ とかで、毎年のように、作品を送っています。新しい作品ではなく、修業中に提出・採点してもらった作品です。

 軽い気持ちで、見に行けると思っていたら、その展示は、レクチャー後、案内される教室にあるので、レクチャーツアーに参加しないと見られないという案内。
 そして、先方の計らいで、ツアーに参加。丁寧なお話を聴くことができた英国婦人たちのそばで、我々は、みなが笑うところで、アルカイックスマイルをしておりました。ま、画像も多いので、少しは、楽しめましたが…
白鳥jj
 美しい庭を眺めながらの教室での一日は、さぞ彼女にとって至福の時間だったに違いないということだけは、はっきり理解できました。(続く)
クロッカスj
☆写真は、英国 ハンプトンコートパレス

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須磨 明石 京都

にしきいちばj
 「須磨 明石 京都」というタイトルにすると、源氏物語?と思われがちですが(思わない?)、全く関係なく、ただ、須磨出身のカ・リ・リ・ロが明石の魚棚(ウォンタナ)で、新鮮なイカナゴを手に入れ、今まで一番の出来の(と、思われる)イカナゴのくぎ煮を少しばかり作ったのは、つい先日のこと。

 そして、関西地方、桜満開の日もまだなのに、筍の季節はやってきて、注文野菜の届く日には、筍を茹でる日々がやってきました。
 が、やっぱり、朝掘りたての京都の筍が食べたいという気持ちが大きく、午前中も早く、京都 錦市場に行ってきました。
 おいしそうな立派な筍があったので、「これ」、というと、「これは、もう売約済み、こっちのんなら、売るけど」と、箱入りを指さされました。うへぇー、イカナゴと同じようにびっくり!京都 大原野の白子筍の朝掘。きゃー。・・・・とはいえ、贅沢者の夫と行くと、買うに決まっていました。

 で、ぬかを個数分手に取ると、お店のおっちゃんに叱られました。「そんな ようけ、ぬか入れたら、せっかくの筍が美味しなくなるやんか!」と、ぬかを減らされてしまいました。お金を払い、もう一人の優しそうなおっちゃんに、そっと聞くと「えぐみが少ないから、ぬか少しで茹でても大丈夫。」とのこと。そこで、「蒸しただけでもいいのん?」と聞くと、「ここのは軟らかくて、甘いよ」とのお言葉。

 こうやって、イカナゴに続く高級食材の春は深まっていきます。若竹煮も筍ご飯も、家族の好物なのです。
 さて、蒸した筍と茹でた菜の花を一緒に軽く炒め、オリーブオイルと塩コショウしただけの御馳走。美味しかったです。
☆写真は、京都 錦市場 若冲の絵のシャッター
  

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舞台の二人の踊り子

   ドガj
(承前)
 やっぱり、ロンドン コートールド美術館は、いい。
 
 「月曜午前は、無料」というサービスがなくなったのは、残念だけど、シニア割引もきくし、やっぱり、この落ち着いた美術館は、いい。
見ている人が観光でなく、見たいから来ているという空気がいい。
 
 ドガの彫塑もたくさんあると、書いたことがあったけど、➡➡、うーん、今度は選び抜いて、置いてあった。「舞台の二人の踊り子」の前。しかも、柔らかい自然光の部屋。

 こんな素人が鑑賞しても、いいものが置いてあるなぁ・・・と、いつも感心しきり。マネの 「フォリー・ベルジェールのバー」もスーラの「化粧する女」も、モネの「花瓶」も、ゴッホの 「耳を切った自画像」も、セザンヌの「カード遊びをする人たち」も、ルノワールの 「桟敷席」も、 ゴーギャンの「ネヴァモア」も、クラナハもゲインズボローもルーベンスもカンディンスキーもブラマンクも、ベン・ニコルソンも。(絵本「かしこいビル」の画家ウィリアム・ニコルソンの息子)
 

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自然光

   スルバランj
 
 3月いっぱいかかって、日経朝刊「私の履歴書」は、ジョー・プライス氏の履歴が連載されていました。若き彼がいかに若冲と出会ったか、いかに若冲を広めたかなどなど、いずれ、一冊の本になろうかと思われる連載でした。

 その中で、かつて、若冲の作品は、日本の屋内で、自然光の中で楽しまれたと気付き、人工的な照明やガラスショーケース越しでの展示を、できるだけ避けようとしている姿勢が、何度か出てきました。
 確かに、自然光のなか、美術品を保護していくのは、至難の業でしょう。特に、容赦ない日本の夏の日差しは、素人が考えても困難なことはわかります。日焼けしてしまった作品が多いのも確かです。
 が、しかし、日本家屋は軒が深く、特に床の間は、部屋の奥深いところにあることを考えれば、あるいは、襖絵にしても、縁側を広くとり、雨・風・陽光が入りづらいことを考えれば、日本人が、美術品を配慮なく、飾っていたとは考えられません。
 また、四季折々、掛け軸や屏風絵を替え、襖も夏向きの御簾のようなものもある、を思い起こせば、さらに日本人の芸術品との付き合い方がわかるような気がします。
とはいえ、生活の中の芸術ではなく、今の日本での美術展では、そうもいかず、照明光るガラス越しに、作品を鑑賞することが多く、ましてや、混雑するなか、いろんな角度を変えてみるというわけにもいかず・・・

 ところが、カ・リ・リ・ロの行ったことのあるヨーロッパの美術館には、自然光を取り入れた部屋も多くあります。また、フラッシュをたくのでなければ、写真もOKなところがほとんどです。しかも、概ね、混雑していない。・・・・・というわけで、上のような写真も真正面で、落ち着いて撮れたりするのです。(続く)

☆写真は、ロンドン ナショナルギャラリー スルバラン「A Cup of Water and a Rose on a Silver Plate」(かつてこの絵について、書いたのは➡➡➡

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