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みんなみすべくきたすべく

「いや、今からでも遅くはないのです」

ヴィクトリアj
 2017英国報告途中ながら、先日、電車で読んでいたエッセイを、ご紹介するのは、やっぱり、「今」なので、書いてみます。・・・なぜ、今か?

丸谷才一エッセイ傑作選1「腹を抱へる」のなかの「男の運勢」(1977)。

 丸谷才一は大庭みな子と閑談している時に、アメリカの大統領選挙で選ばれるのは大統領ではなく、大統領夫人が選ばれるという話題になったようです。
≪・・・アメリカ人は大統領選挙の時期になると、勤め先でも、パーティでも、家庭でも、寄るとさはると、大統領候補夫人の品定めをする。・・・・口角泡を飛ばして論ずる。が、大統領候補A・B・C氏のことは誰もちっとも問題にしない。話題にのぼるのはもっぱら候補夫人のことばかりである。・・・そしてこの、全国民的討議の結果、大統領夫人としては誰がいいかといふことが決められる。その結果、付随的に、あるいは自動的に、彼女の亭主が大統領といふことになる。…≫
・・・とアメリカの大統領夫人の話が続き、丸谷才一自身は≪わたしは男子として、かういふ思想傾向があまり愉快ではなかった。≫としつつも、その事実と論理性に思いめぐらし、そう言えば・・・と続けます。
 日本古代史の天皇の話から始まり丸谷才一が気付いたのは、
≪そして恐ろしいことに、これは何も日本の天皇やアメリカの大統領の場合だけではなく、もっと広い範囲に適合する普遍的な真理ではないかと、後日わたしは思ひ当つたのである。つまり、男が偉くなる、出世する、それをわれわれは何となく、その男の能力のせいと考へてゐるけれども、実は細君の能力のおかげなので、彼が偉いのは、実はさういふ細君を身辺に置くだけの力があるところではないか。これは一見、奇をてらつただけの説のやうに見えるかもしれないけれど、じっくり考へてごらんなさい。コペルニクス的転回だといふことがよく判るはずだ。≫
 つまり、三木武夫が総理大臣になったのではなく、三木睦子さんが総理大臣夫人に選ばれ、佐藤寛子さんが首相夫人たるべき人だったから佐藤栄作氏が首相になり、谷崎潤一郎は二度離婚したものの、文豪と呼ばれたのは三番目の松子さんという文豪夫人と結婚して、彼が自動的に文豪となった・・・
 で、このあと、このエッセイの「落ち」が書かれていますが、それはさておき、「今」タイムリーなトピックだと思うのは、カ・リ・リ・ロだけかい?

☆写真は、ロンドン ビクトリア&アルバート ミュージアムの側面壁の上、こんなところにヴィクトリア女王のお顔。ヴィクトリア女王が繫栄した一時期を築いたのは、女王の夫君アルバート公が居たから?写真下は、アルバート公の像(ロイヤル・アルバートホール正面に立つモニュメント)
            アルバート公j

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