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みんなみすべくきたすべく

須磨は暮れ 明石の方はあかあかと

     夕焼けj
 「獺祭書屋俳話 芭蕉雑談」(正岡子規 岩波文庫)
(承前)
 「俳諧という名称」という文に、こんな個所がありました。
≪・・・俳諧といふ語の初めて日本の書に見えたるは、『古今集』の中に俳諧歌とあるものこれなり。俳諧といふ語は滑稽の意味なりと解釈する人多く、其意味に因りて俳諧連歌、俳諧発句と云ふ名称を生じ、俗に又之を略して俳諧と云ふ。されど芭蕉已後の俳諧は幽玄高尚なる者ありて、必ずしも滑稽の意を含まず。・・・・≫

 そうなのか・・・歴史的に見れば、もっとくだけて、楽しんでいたということでしょうか。
 つまり、詩でも、歌でも、難しく悩まないで、もっと、口に載せ、気楽に楽しめばいいと拡大解釈しました。

 また、正岡子規は芭蕉の「あかあかと日はつれなくも秋の風」(奥の細道)を古歌の「須磨は暮れ 明石の方はあかあかと 日はつれなくも 秋風ぞ吹く」を剽窃していると断じています。素人には、ふーんと思うだけですが、この古歌に出てくる須磨は、カ・リ・リ・ロの実家だったところだし、明石は夫の実家なので、シンパシーを感じます。

 それで、蛇足ながら、このお正月、明石に向かうときに、どのあたりか、自分なりに考えてみました。
 須磨はもう暮れていて明石は、まだ明るいのですから、須磨と明石の間にある山---須磨を超えた辺りは、一が谷の合戦で有名なように、山が急で、海に迫ってきていますーーーその山の上(摂津の国と、播磨の国の境目でもあります)から、夕刻、明石の方を眺めると、須磨はその山の陰になって、西日がもう当たらず、明石の方は西日が当たっているのじゃないか・・・と。 
 もう一つ考えられるのは、須磨と明石の陸続きのおよそ中央に位置するのが、須磨と明石より少々海にせり出した垂水のあたり。そこから見たかもしれない・・・。
 が、もしかしたら、垂水の近く、滝の茶屋という場所があって、そこは、かつて、海に真水の滝が落ち船用の水場だったようです。そして、滝の上には、古山陽道の茶屋があって・・・・そこ?・・・いえいえ、古歌だから、茶屋なんてないか・・・

☆写真は、残念ながら、須磨・明石ではなく、スイス ニーダーホルンから見た日暮れ。

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