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みんなみすべくきたすべく

見晴らしのいいところ

     山荘13j
 お天気がいいと、どこか見晴らしのいいところに行きたいと、天王山のふもと大山崎山荘美術館に行きました。何度か行っていますが、それは、桜の時や   紅葉の時 ・ ➡➡、あるいは、美術展示に惹かれる時でした。

 今は、桜も紅葉も枝だけになって、寒々しいものの、やっぱり、ここの景色ーーー桂川、宇治川、木津川の三川が合流して淀川となり、対岸に男山をのぞみ、後ろには「天下分け目の天王山」ーーーは、日本史の思い出すには格好の場所。

  天下分け目の天王山というけれど、明智光秀と豊臣側の「山崎の合戦」は、山の方じゃなかった・・・
 
 川向う、石清水八幡のほうを見やれば、徒然草を思い出し、仁和寺にある法師は、この川を下ってきて、帰ったんだね・・・ 

 「信貴山縁起絵巻 山崎長者巻(やまざきちょうじゃのまき)」のあの飛んでいく鉢は、山崎の長者のところまで行ったし・・・なぜ、山崎の長者かというと、川の合流するこの地域は物流の拠点であり、荏胡麻が取れたらしく、のちには油座ができたくらいの地域。荏胡麻は川向う男山の石清水八幡宮の灯明の油として使われたりもして・・・・その油座は織田信長の楽市楽座政策により、衰退していき・・・・うーん、山崎の歴史は深い。

 さらに、もっと昔、平城京と平安京の間に長岡京というのがあって、それは、いわば、この近く・・・平城京も平安京も盆地。なのに、長岡京は片方の見晴らしが良すぎるのも今ひとつ?

 さて、この山荘は、実業家の加賀正太郎が、若き日に欧州へ遊学し、イギリスのウィンザー城を訪れた際に眺めたテムズ川の流れの記憶をもとに、木津、宇治、桂の三川が合流する大山崎に土地を求め、1912年から山荘建設に着手したようなのですが、館内のいたるところ、チュダー朝の匂いがして、英吉利びいきにはうれしい建物です。

 また、モネの睡蓮などを常設している新館は、建築家安藤忠雄によるもので、コンクリート造りです。コンクリートとチューダー様式??違和感ありと思うかもしれませんが、実際にその場に立ってみると、庭の木々に埋もれたコンクリートの丸い建物と直線の廊下は、違和感なく、たたずんでいました。(続く)

          安藤忠雄25j

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