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みんなみすべくきたすべく

類は友を呼ぶ

蜘蛛の巣j
(承前)
 「ベラミ」(モーパッサン 杉徢夫訳 岩波)の表紙の内容案内には
≪美貌の冷血漢ジョルジュ・デュロアは旧友の伝手で、新聞社に入るが、上流階級の女たちを踏み台に社会の階段を駆け上がる。…≫とあります。
 で、上巻を読み進み、下巻をぺらぺらとめくっていると、ん?
 デュロアという名前やったんちがうの?デュ・ロアとなってるよ!誤植?それとも、下巻の版と上巻の版が違う?などといらんこと考えている間に、下巻を読むとすぐ、名前をデュロアからデュ・ロアに変えるところが出てきます。
 まず、新聞記事の署名から変えたのです。それも、旧友の元妻と結婚する際に、彼女の発案から。
 貧しかった彼が、また一歩、階段に足をかけたのです。

≪彼が再び往来に出て、これからはデュ・ロアと名乗ってやろう、いや、デュ・ロア・ド・カンテルと名乗ってもかまわないと、固く決心してみると、なんだか自分が急に人間として重みを加えたような気がしてきた。いかにも貴族ならこんな風に歩くだろうといった格好で、今までよりはもっと昂然と、額を高くし、髭をぴんと張って、歩いた。通行人のだれかに向かって、「俺はデュ・ロア・ド・カンテルという名前なんだぞ。」と言ってやりたい一種のうきうきした抑えきれない気持ちが湧くのを感じた。≫
・・・と、あいかわらず、軽い嫌な奴です。
いつか、階段から転落と思いながら読み進む読者をあざ笑うかのように、最後までうまくいくのです。

巻末に、モーパッサン自らの「批評に答える手紙」(1885年「ジル-プラス紙」掲載)が、載っています。
新聞社を足場にのし上がっていく設定ですので、新聞社からクレームが。
それに答える手紙です。うーん。シニカル!
≪…小生の描いた人物の中でどれか一人の中に自分の姿を認めることができるものがいるでしょうか?答えは否です。ーー小生が誰かを念頭に浮かべたものであるという風に断定することさえできるでしょうか?答えは否であります。ーー小生は誰をねらったものでもないのですから。  いかがわしい社交界を描くことがあるように、小生はいかがわしい新聞界を描いたものであります。いったい、これはしてはならなかったことなのでありましょうか。  もしも小生があまりに暗い面のみを見ている、いかがわしい人物ばかり見ている、との非難を浴びせられるならば、小生はまさしくこう答えましょう。小生の描いた人物のいる環境においては、多くの有徳廉潔の士に出会うことは、ちとできない相談だったであろう、と。「類は友を呼ぶ」というのは小生の発明した諺ではありません。≫(続く)

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