みんなみすべくきたすべく

いろいろおせわになりました

いろいろお世話になりました (3)25
 「いろいろおせわになりました」(やぎゅうげんいちろう 福音館)  
 写真の絵本は、ただ、「おーちゃをのみにきてくだい」「はい、こんにちは」「いろいろおせわになりました」「はい、さようなら」と繰り返すわらべ歌絵本です。ちょっとした手つなぎ遊びもできます。

 表紙の子のウサギのかばんは、だれにもらったのでしょう?
 それに黄色い長靴は、だれと交換したんでしょう?
 この子の髪の毛、いつ、こうなったのでしょうね。
 裏表紙の恐竜くんはいつ登場でしょう? 

************
 いろんなことが押し寄せた1年でした。
 「いろいろおせわになりました」という言葉が、年々重みを増しています。
 
  書くのは好きですが、読んでくださっていると思うからこそ、書ける駄文。
 励みになるのは、メールやお手紙。
 誤字の指摘も有り難い。
 「いろいろおせわになりました」

 写真をほめてもらえると嬉しくて、
 ポストカードにして送ったら、切手代を間違う始末。
 失礼なこと、この上なく、申し訳ありません。
 「いろいろおせわになりました」

 これだけではありません。
 書ききれない数々のこと。
 ともかくも「いろいろおせわになりました」
  
 年末・年始お休みします。よいお年を。

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長い引用

   三山j15
(承前)
 「水晶」(シュティフター 手塚富雄訳 岩波文庫)に入っている「石はまざま」の序にも大事なことが、満載。

  以前も石さまざまの序文→ で、少し書きましたが、2016年も終わりに近いので、いっそのこと、今度は、長い引用をしようと思います。書かれたのは1852年。なのに、2016年、混とんとしてきた世界に、あまりにぴったり当てはまってしまいます。
*2012年7月4日に引用したところを重なりますが、今回は手塚富雄訳 岩波文庫で、前回は* 「石 さまざま」  (アーダベルト・シュティフター 高木久雄・林昭・田口義弘・松岡幸司・青木三陽訳 松籟社 シュティフター・コレクション)です。

≪没落してゆく民族がまず最初に失うものは節度である。彼らは部分的なものを目標とする。目さきのことにとらわれて、ちっぽけなつまらぬものに飛びつき、制約されたものを普遍的なものの上位におく。ついで、かれらは享樂と官能的な刺戟をもとめ、隣人にたいする憎悪と嫉妬を満足させようとする。かれらの藝術においては、ただ一つの立場からしか妥當しない一面的なもの、ついで混雑したもの、調子はずれなもの、珍奇なもの、さらには、官能を刺戟し挑發するもの、そして最後に、不道義と罪悪とが描かれるのである。また宗教においては、内面性は單なる形骸、もしくは放埓な狂信に變質し、善悪の區別は失われ、個人は全體を軽蔑して、自己の悦楽と破滅とを追いもとめる。こうして、その民族はみずからの内的混亂の犠牲となるか、より兇暴で、より強力な外敵の餌食となるのである。ーー≫
☆写真は、スイス 左からアイガー、メンヒ、ユングフラウ

          

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いっそうささやかなもの

     にーせん13j
(承前)
 娘は、ディケンズの「クリスマス・キャロル」を読まないとクリスマスになった気がしないと言います。
 カ・リ・リ・ロは、絵本の「クリスマス・イブ」と、「水晶」を読まないと、クリスマスになった気がしないかもしれません。とはいえ、前者は、しつこく学生の前でも、集まってくださるお母さんの前でも、毎年読んでいますが、後者は、時として本棚で静かに過ごしている年もあり・・・

 結末もわかっているのに、けなげな兄と妹が、どんどん迷っていく、そして冷たい世界で眠りそうになる妹、知恵を働かせる兄・・・この箇所は、何度読んでも、心穏やかに読めず、ぐいぐい引き込まれていきます。
 大仰な言葉も装飾過剰な言葉もなく、ごくわかりやすい当たり前のことが淡々と描かれているだけなのに・・・

シュティフターは「石さまざま」の序で、自らいうのです。
≪わたしはかつて、わたしが作家として小さなものばかりを材料にし、わたしの描く人物がいつもありふれた人物だ、という非難をうけたことがある。もしそれがほんとうであるとすると、わたしは今日は、讀者にいっそう小さい、いっそうささやかなものを提供するわけである。つまり、幼いものたちの心をよろこばす慰みごとの類である。わたしはこれらのものによって、ふつうおこなわれているように、徳とかしつけとかを説教する氣はないのであって、ただこれらのものがあるがままの姿をつうじて、はたらきかけることを願うのである。・・・・・≫(続く)

☆写真は、スイス ニーゼン山頂。

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水晶

ゆんぐふらう13j
(承前)
 「プロヴァンスの少女ーミレイユ」(ミストラル作 杉冨士雄訳 岩波文庫)を読んでいたら、シュティフターの「水晶ー石さまざま」(手塚富雄訳 岩波文庫)が読みたくなりました。
 前者は、若者の恋物語、後者は幼い兄と妹の物語。片や、陽光溢れるプロヴァンス地方、片や、厳しい自然の山岳地方、という舞台の違いはありますが、どちらも、その自然描写が素晴らしく、一度読むと、忘れられなくなる本たちです。 シュティフターの「石さまざま」の中の「水晶」は、ほかでも、ここでも何度か書きました。【石さまざまの序文  ・ センダックも水晶好き  ・   海ねこさんに書かせてもらった晩夏の項(2012年5月11日分)など。】
 淡々とした表現なのに、何度読んでも、ぐっと胸に迫ります。

  「水晶」は、クリスマスの話。そして、奇跡。・・・・というか、奇跡が起こるには、それに裏付けられる人の心、そして行いが存在するということを、説得力を持って、示してくれるのが、この小さな話なのです。つまり、大きな意味でクリスマスの贈り物の話---先日来、書いてきていた「神の道化師」や「ちいさな曲芸師バーナビー」などと同じテーマだと言えましょう。(続く)

 「石 さまざま」  (アーダベルト・シュティフター 高木久雄・林昭・田口義弘・松岡幸司・青木三陽訳 松籟社 シュティフター・コレクション)
☆写真は、スイスアルプス メンヒ ユングフラウ

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やわらかい しきもののうえに よりそって たちました。

クリスマスイブj
 数あるクリスマスの絵本の中で、「クリスマス・イブ」(ベニ・モントレソール絵 矢川澄子訳 ほるぷ)は、特に大好きです。
 作者マーガレット・ワイズ・ブラウンは、たくさんの画家と組み、数々の幼い子の絵本を残しました。
「おやすみなさいおつきさま」(クレメント・ハード絵 瀬田貞二訳 評論社)も「せんろはつづくよ」(J.シャロー絵 与田準一訳 岩波)も、「ワイズ・ブラウンの詩の絵本」(レナード・ワイズガード絵 木坂涼訳 フレーベル社)も。
 また、クリスマスの絵本は、「クリスマス・イブ」のほかにも「ちいさなもみのき」(バーバラ・クーニー絵 上條由美子訳 福音館)「うまやのクリスマス」(バーバラ・クーニー絵 まついるりこ訳 童話館)「こねこのみつけたクリスマス」(アン・モーティマー絵 中川千尋訳 ほるぷ)が邦訳されています。

 さて、「クリスマス・イブ」は、古本海ねこさんのHPのクリスマスの文 12月24日分にも書いていますが、あれからも、毎年のように、こんなん書かれていたんや・・・・という発見があって、今更ながら奥の深い絵本だなぁと思います。

≪ 寝たふりをしたまま さっきから みみをすませていたのです。≫
聞こえてきたのは、
しんしんと雪の降る音?いえいえ、消えかけの火が暖炉でぱちぱちとはぜる音?それとも、窓の外で歌う誰かの歌声?
 見えたのは、
階段の ひいらぎの赤い実や緑の大きな葉?
暖炉の残り火に 赤 青 緑 色とりどりにきらめくクリスマスツリー?
金銀の星やモールや くす玉でおおわれている クリスマスツリー?
匂ってきたのは、
 モミの木の香り?
 クリスマスプレゼントのつつみの 素晴らしい匂い?
 触れたのは 
手を伸ばせば届くところにあった プレゼントの詰まった靴下?
 いえいえ、暖炉の前の柔らかい敷物?
そうなのです。今年、読んでみて、改めて味わった言葉、それは、「寄り添う]という言葉でした。

≪ 4人は へやにはいると だんろのまえの やわらかい しきもののうえに よりそって たちました。はなすことも うごくこともできません。まるで まほうが ほんとうになったみたいでした。   おおツリーです。・・・・・≫

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心驕った巨人たちが住んでいた

セザンヌj
(承前)
 「プロヴァンスの少女ーミレイユ」(ミストラル作 杉冨士雄訳 岩波文庫)で、ノーベル文学賞を受賞したミストラルは、その賞金で、プロヴァンス文化の保護を目的としたアルタラン博物館を作りました。
 プロヴァンス愛が、実を結んだということでしょう。

 プロヴァンスに行ったことはありませんが、この「プロヴァンスの少女」を読むと、陽も注ぎ、愛も注がれているこの地方に、行ってみたいものだと思いました。もちろん、もともと、ゴッホやセザンヌ、モネ、ルノアール、ピカソ、マチス、シャガール、ゴーギャン、シニャック・・・・枚挙にいとまがないほどプロヴァンスを描いた絵画作品からも、憧れてはおりました。

 さて、お話には、セザンヌの絵で有名なサント・ヴィクトワール山のことも出てきます。
≪かつてクロウ*に心驕った巨人たちが住んでいた。ところがかれらは、とてつもない石の大洪水のために、ことごとくこの地に生き埋めにされてしまったのだ。たわけた連中だ。巨人たちは一つの梯子とおのれの肩をたよりに、全能の神を天上から引きおろそうと考えたほどだった。ところがこれより先、巨人たちはサント・ヴィクトワールの山を鉄梃で引き裂き、アルピューユの山並みのそそり立つ断崖を切り取ってヴァントゥーの山につけようとしたことがある。そこで、神が手をおくだしになった。北西風(ミストラル)は雷と嵐を伴って、鷲の飛ぶ速さで、神のもとを飛び立った。・・・・・≫

*解説によると、
 このクロウの地というのは、プロヴァンス西部の広い荒地のことで、荒地になったのは、ヘラクレスがスペインに向かう途中、クロウの地でリグリア人に遭遇、ヘラクレスは応戦中に矢を使い果たしたので、ジュピターに助けを求め、ジュピターはリグリア人に石の雨を降らせた結果、今日でも、クロウは石に蔽われているという。(「水晶」に続く)

☆写真は、セザンヌ 1897年ころのサント・ヴィクトワール山

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フランスよ。なんじの妹プロヴァンスと運命をともにせよ。

バラ夜明けj
(承前)
「プロヴァンスの少女ーミレイユ」(ミストラル作 杉冨士雄訳 岩波文庫)は、プロヴァンス愛に満ちています。古くから、文化の薫り高い土地、陽気なプロヴァンスの王国が、フランスと運命を共にするときの言葉も記されています。

≪「フランスよ。なんじの妹プロヴァンスと運命をともにせよ。」と、プロヴァンスの最後の王はこういいました。「いまわのきわのときは近づいた。行く末長く手をたずさえて、なんじらの使命に精をだすがよい・・・・。フランスよ。なんじはたくましく、なんじの妹は美しい。なんじらが力を合わせるとき、おもずから背信の徒は恐れおののいて、のがれ去るであろう。」≫

そして、また第十の歌(章)の始まりはこうです。
≪ アルルからヴァンス一帯に住むプロヴァンスの人々よ、しばらくわたしの歌に耳を傾けてくれ。みなさん、暑ければ、みんなでいっしょに、デュランソールの岸辺で憩いを取ろう。また、マルセイユからヴァランソール一帯にかけて住むプロヴァンスの人々よ。ミレイユを歌い、ヴァンサンの身のうえを嘆き悲しもう。≫
と、プロヴァンスの結束を促すような言葉が続きます。

ほか、それぞれの章(歌)の始まりは、どれも美しい。
例えば、
第六の歌 ≪ 鶺鴒の甲高い鳴き声が雲一つない夜明けの空に響きわたるころ、萌黄色の冷ややかな朝の大地は太陽ののぼるのを心まちにまっている。≫
第九の歌 ≪ 大きな榎が泣いている。悲しみに沈んだ蜜蜂が、燈台草や木立薄荷草の生い茂る牧場も忘れて、巣箱にじっと閉じこもっている。≫(続く)
☆写真は、スイス レマン湖夜明け

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レ・サント・マリー・ド・ラ・メール

     ヴぇヴぇいj
(承前)
 「プロヴァンスの少女-ミレイユ」(ミストラル作 杉冨士雄訳 岩波文庫)のなかにも、「神の道化師」(トミー・デ・パオラ ゆあさふみえ訳 ほるぷ出版)や「ちいさな曲芸師バーナビー」(バーバラ・クーニー 再話・絵 末盛千枝子訳 すえもりブックス)のような奇跡の話が入っていました。

 レ・サント・マリーの教会には、身体の不自由な人があちらこちらから集まってきていて、目の不自由な か弱い子の目が見えるようになるという奇跡の話が挿話されています。
 そして、続けて、若者ヴァンサンは、ミレイユに話します。
≪ミレイユ、ぼくは神さまのおかげできみがいつも仕合せで美しくありますようにと祈っている。もし狂犬、大蜥蜴、狼、大蛇、そのほか野生の動物が歯をむき出して向かってきたり、憂いが心に積もって、あがきが取れなくなったら、すぐレ・サント・マリーへお参りするんだよ。そうすれば、すぐに心が静まるから。≫

・・・と、恋するヴァンサンの想いが、ミレイユに伝わったのか、この話の後半、ミレイユとレ・サント・マリーがつながる大きな伏線となっていくのです。
 
≪・・・彼女はよろめきながらも、海辺の聖女たちのもとを目ざして、丘鹿尾菜(おかひじき)をかきわけかきわけ、ようやくの思いで進んでいった。目にいっぱい涙をためたミレイユは、海水がしみこんで、しっとり濡れた礼拝堂の敷石に、痛む頭(こうべ)をするつけた。やがて彼女の祈りのことばは、ため息となって風の翼に乗り、大空のかなたへ消えていった。
『 …(前略)・・・・
オリーヴの 実は硬くとも
木枯(こがらし)わたる 年の暮れ
待降節の 近づかば、
実はおのずから 黒ずみて
好ましこそ 熟すなれ。

実は熟すとも 七竈(ななかまど)
花梨は積みて 実を食(は)まば、
口刺すばかり 渋みあり。
されど いささか 藁(わら)あらば
甘きを得(う)るは いとやすし。

おお いつくしき サント・マリー、
人の涙を くさぐさの
花としたもう おん方(かた)よ、
わがひそかなる 苦しみを
すみやかにこそ 聞きたまえ。
・・・・・・・(後略)・・・・・』    ≫(続く)
☆写真は、スイス ヴェヴェイの波止場

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プロヴァンスの少女

ツリーj
 (承前)
 今年最後になって、心に残る長編に出会いました。
 「プロヴァンスの少女-ミレイユ」(ミストラル作 杉冨士雄訳 岩波文庫)です。
 先日から、ゴッホのことで、アルル、プロヴァンスに近しくなったと思っていました。
 が、解説を読むまで、フランスでありながら、実は、プロヴァンスが、かって、フランス語とは異なる言語を使ってきたなどとよく知りませんでした。落ち着いて考えると、パリから離れた南フランスだし、イタリアに近いし、、ローマ軍が通ったし・・・スイスだって、イタリアに近い地方は、ロマンシュ語がいまだ、公用語として認められているし・・・

 閑話休題。
 この話は、若い二人の恋心を軸に、プロヴァンスの伝承や言い伝え、神話のようなものを折り込み、しかも、歌(詩)を挿入し抒情豊かに進行します。もしかしたら、全体が、歌のように綴られているといってもいいかもしれません。章立てとならず、第一の歌とか、第二の歌というように、構成されていますから。

 よくある、貧しい若者とお嬢さんの恋ですが、はたまた、よくある結末でもありますが、読む者のページを繰るスピードは落ちません。 わかりやすい表現は、さながら、昔話の伝承に近いものがあります。また、美しい表現は、イメージを膨らませる手立てとなり、プロヴァンスが身近に感じられるのです。

 そんなプロヴァンス地方の言語や文化を継承する流れで、この本が生まれ、この本を生み出したミストラルは、ノーベル文学賞を受賞しています。

  さて、そんな物語の中の挿話にも、「神の道化師」や「ちいさな曲芸師バーナビー」のような奇跡が挿話されていました。(続く)

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ニット帽の天使

まつぼっくりj
(承前)
 まずは、ボヘミア地方の話から。
「大どろぼうホッツェンプロッツ」シリーズ「クラバート」 (中村浩三訳 偕成社)の作者、オトフリート・プロイスラーの「ニット帽の天使-プロイスラーのクリスマス物語」という本邦訳され、さ・え・ら書房から出版されました。

 この物語集には、7つのお話が入っており、赤ん坊のイエスや「三人の王さま」たちが登場するものの、舞台はベツレヘムではなく、プロイスラーの故郷ボヘミア地方です。

 その中の一つに、「二本の松葉づえとおさらば」というお話があって、左足が不自由な貧しいスロヴァキア人の篩(ふるい)作り職人が、 「神の道化師」や「ちいさな曲芸師バーナビー」のように、クリスマスの奇跡を経験します。
 ≪若者は、飼い葉桶のイエスの前まで来た自分が膝を曲げることができないと気付き、苦しんでいる時、赤子のイエスが小さな手をぱちぱちと合わせながら若者に微笑みかけます。すると、足からマヒが消えていくような気がし、突然、足を動かせるようになる・・・≫

 そして、7つのお話には、それぞれヘルベルト・ホルツィンクの絵がついていて、その絵がなんともいえず、いい味を出しています。
 決して華美でない、素朴で心温まる冬の話にぴったりの絵がついています。(続く)
*「ニット帽の天使ーープロイスラーのクリスマス物語」(オトフリート・プロイスラー作 ヘルベルト・ホルツィンク絵 吉田孝夫訳 さ・え・ら書房)
☆写真は、スイス ロートホルン中腹 まつぼっくり

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ささげもの

神の道化師j
上の写真左の絵は、バーバラクーニー描く「曲芸師バーナビー」右の絵は、トミー・デ・パオラ描く「膝の上のおさな子」
 
 以前、海ねこさん(2007年12月19日→)にも書きましたが、写真の二冊の絵本は、曲芸をささげものにするというテーマが同じの絵本です。
  左の「ちいさな曲芸師バーナビー」(フランスに伝わるお話・再話・絵バーバラ・クーニー 末盛千枝子訳 すえもりブックス)の結末は、未来に続く明るいもので、右は、道化師ジョバンニの死で終わるという哀しい結末。「神の道化師」(トミ・ミー・デ・パオラ作 ゆあさふみえ訳 ほるぷ出版)
 キリスト教徒ではないので、幼子の微笑みを最後に手にしても、死んでしまったら、元も子もないやん、と思う結末は、幼い子ども向けとは思いませんが、幼子の前で生き生きと曲芸をするジョバンニの絵は楽しいものです。

≪・・・「いよいよ さいごは、”空にかがやくお日さま”と ござーい」ジョバンニはこえをはりあげました。金色の玉は、いちだんとたかく ぐるぐるまわりつづけます。それは これまでにないほど、すてきなできばえでした。ますますたかく ぐんぐんはやく、七色のにじはきらめいて みちあふれました。なんというすばらしさでしょう!・・・≫

 「神の道化師」は、アナトール・フランスの話から生まれ、「ちいさな曲芸師バーナビー」は、その奇跡の題材をクリスマスに持ってきています。
 フランスに古くから伝わる話をそれぞれの感性で表現した絵本なのですが、ボヘミアやプロヴァンスにも同じような奇跡の話があることを、たまたま、今年、読み知りました。(続く)
*「聖母と軽業師-アナトール・フランス短編集」(アナトール・フランス文 大井征訳 岩波文庫)

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文学と絵画への旅

     船j
(承前)
 「ゴッホとモーパッサンー文学と絵画への旅」(皆美社)で、清水正和は、レンブラント→フェルメール=ゾラ→モーパッサンの系譜の類比を愉快だと言い、
≪レンブラントとゾラは、ゴッホにとり巨大な師ではあるが、色彩としては重厚な暗褐色といったところか。だが、この二人の継承者フェルメールとモーパッサンは、明るく魅惑的な色彩の画家であり、小説家、そういう認識に基づく類推っであることは、まずまちがいないだろう。なにはともあれ、フェルメールの澄んだ「青」と「黄」が、ゴッホを魅惑してやまない色となったようだ。アルルに来てからも、たびたびフェルメールの色に言及しているのである。≫と、続けている。

また、ゴッホの手紙には、
≪ここ(プロヴァンス)の自然は異常なほど美しい。どこもかも空の円盤はすばらしい青で、太陽は硫黄色の光線を放ち、まるでデルフトのファン・デル・メール(フェルメールのこと)の絵にある空色と黄色の配合のように、柔らかく魅惑的だ。あの絵ほど美しくは描けないけれど、ぼくは夢中になってしまって、筆のまにまに理屈なども考えてはいられない。≫とあり、
この手紙を見ている限り、ポジティブで制作意欲に満ち溢れるゴッホが見えてきて、それが、しかも、カ・リ・リ・ロが個人的に好むフェルメールの色彩と重なってきて、こちらまでワクワクしてきます。

 いつもは、画家の描いた作品だけを楽しむのが、その奥にある画家本人の制作意欲にも触れられるのは、ありがたいことです。

 そしてまた、この論考には、
≪モーパッサンは、たった10年の間に7つの長編と400を超すといわれる中・短編を書き、ゴッホはわずか4年半(パリ・アルル・サン・レミ・オーヴェール)で、数百点描いた≫とあり、モーパッサンの強力な磁力がゴッホという繊細な磁力を引き寄せたのがわかります。

 清水正和の「ゴッホとモーパッサン」の副題「文学と絵画への旅」・・・・なんと、奥の深い魅力的なタイトルなのでしょう。
☆写真は、スイス モルジュ
 

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ベラミと星月夜

星月夜j
(承前)
 【ファン・ゴッホ書簡全集第6巻(みすず)の孫引きで、「ゴッホとモーパッサン」(清水正和著 皆美社)】
 ゴッホは妹宛てに、こんなことも書きました。
≪このごろぼくは星月夜をどうしても描きたいと思っている。ぼくには夜の方が昼よりもずっと色彩が豊かで、最も強い紫や青や緑の色合いがあるように思える。よく注意して見れば、ある星はレモン・イエロー、また別の星は燃えるようなピンク、あるいは緑、緑、青、忘れな草の輝きをもっているのがわかるはずだ。・・・・(中略)・・・きみはモーパッサンの「ベラミ」を読んだかね。こんなことを言うのも「ベラミの書き出しがたまたまブールヴァールの灯があかあかと点った夜のカフェがあるパリの星月夜だからで、この点ぼくが描いたものに非常に近いからだ。ぼくはモーパッサンの書くものが大好きで、彼の作品を全部読むことをきみに強くすすめておく。・・・≫

 すごい入れ込みようではありませんか。ベラミから刺激を受け、モーパッサンに心酔している様子は、
≪ぼくは美貌の男(ベラミ)の柄じゃないが、モーパッサン風の男が絵画の世界にあらわれて、この土地の美しい人々や風物を華麗に描いたとしたら、ぼくはどんなにうれしいことだろう。≫と、書いています。
 
 そして、弟テオに、書いたものには、
≪きみは幸運にもギ・ド・モーパッサンに会ったそうだが、ぼくはつい最近、フローベルにささげた彼の処女作「詩集」を読んだところだ。その中にはすでに彼の本質、あの「水の上」がある。つまりフランスの小説家のなかでは、画家でいうならデルフトのファン・デル・メール(フェルメールのこと)のレンブラントに対する関係が、モーパッサンとゾラとの関係にあたる。≫とあります。

 ゴッホが、フェルメールに言及している!
 この短い私信の中に、なんと すごい人たちの名前が登場し、それが関連付けられていることか。(続く)
☆ ゴッホのいわゆる耳切事件の後に描いた「星月夜」は、暗く、異様な感じがただようのですが、写真は、それ以前のローヌ河べりの印象派風「星月夜」

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ゴッホとモーパッサン

あさもや15j
(承前)
昨日の 「類は友を呼ぶ」を受けて、ではありませんが、 「ベラミ上下」(モーパッサン 杉 捷夫訳 岩波文庫)は、ゴッホを呼んだらしい。

 ゴッホは、パリで「ベラミ」を読み、ひどく感銘を受けたようです。「石膏像のある静物」という絵には、二冊の本(綴じ冊子)も描かれています。一冊は、 「ジェルミニィ・ラセルトゥウ」 (ゴンクウル兄弟作 大西克和訳 岩波文庫)で、もう一冊は「ベラミ」です。
 読書家のゴッホは、フランス小説を読み漁り、各所に書簡を残しています。

 この書簡はゴッホから妹宛てのもので、この手紙を書いた頃に、「石膏像のある静物」を描いているのです。
≪われわれ文明人が何より悩んでいる病は憂うつ病であり、ペシミズムなのだ。そこでたとえば、ぼくのような、長い年月、笑いの欲求が欠乏していた人間は、心から高らかに笑いたい欲求をいの一番に感じる。ぼくはそれをギ・ド・モーパッサンのなかにみつけた。また他にも過去の作家ならラブレー、現代作家ならアンリ・ロシュフォールの作品に見いだせる。ヴォルテールの「カンディド」にもある。それとは反対に、あるがままの人生の真実を欲するなら。たとえばゴンクールの「ジェルミニー・ラセルトゥ」や「娼婦エリザ」、ゾラの「生きるよろこび」や「居酒屋」、その他多くの傑作がある。かれらは人生を如実に描くから、人生の真実を語ってほしいという万人の欲求を満足させるのだ。フランスの自然主義者、ゾラ、フレーベル、モーパッサン、ゴンクール、リシュパンやユイスマンはすばらしい。もし、現代に注意を払わなければ、自分が現代の人間であるとはいいきれまい。モーパッサンの傑作は「ベラミ」だ。…≫
【ファン・ゴッホ書簡全集第6巻の孫引きで、「ゴッホとモーパッサン」(清水正和著 皆美社)】

 ゴッホは、モーパッサン「女の一生」も読んだと推測されますが、誰の書簡にも、そのことは書かれていないところを見て、「ゴッホとモーパッサン」の著者清水正和は言います。
≪思うにパリに来た当初は、「女の一生」のようなペシミスムにみちたわびしい作品よりも、同じ人生の悲劇を扱いながらも「ベラミ」ふうな、風刺と笑いで読者を楽しませる書き方をした作品のほうにゴッホは惹きつけられ楽しんだようである。≫
(続く)
☆写真は、兵庫県篠山の朝靄
 

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類は友を呼ぶ

蜘蛛の巣j
(承前)
 「ベラミ」(モーパッサン 杉徢夫訳 岩波)の表紙の内容案内には
≪美貌の冷血漢ジョルジュ・デュロアは旧友の伝手で、新聞社に入るが、上流階級の女たちを踏み台に社会の階段を駆け上がる。…≫とあります。
 で、上巻を読み進み、下巻をぺらぺらとめくっていると、ん?
 デュロアという名前やったんちがうの?デュ・ロアとなってるよ!誤植?それとも、下巻の版と上巻の版が違う?などといらんこと考えている間に、下巻を読むとすぐ、名前をデュロアからデュ・ロアに変えるところが出てきます。
 まず、新聞記事の署名から変えたのです。それも、旧友の元妻と結婚する際に、彼女の発案から。
 貧しかった彼が、また一歩、階段に足をかけたのです。

≪彼が再び往来に出て、これからはデュ・ロアと名乗ってやろう、いや、デュ・ロア・ド・カンテルと名乗ってもかまわないと、固く決心してみると、なんだか自分が急に人間として重みを加えたような気がしてきた。いかにも貴族ならこんな風に歩くだろうといった格好で、今までよりはもっと昂然と、額を高くし、髭をぴんと張って、歩いた。通行人のだれかに向かって、「俺はデュ・ロア・ド・カンテルという名前なんだぞ。」と言ってやりたい一種のうきうきした抑えきれない気持ちが湧くのを感じた。≫
・・・と、あいかわらず、軽い嫌な奴です。
いつか、階段から転落と思いながら読み進む読者をあざ笑うかのように、最後までうまくいくのです。

巻末に、モーパッサン自らの「批評に答える手紙」(1885年「ジル-プラス紙」掲載)が、載っています。
新聞社を足場にのし上がっていく設定ですので、新聞社からクレームが。
それに答える手紙です。うーん。シニカル!
≪…小生の描いた人物の中でどれか一人の中に自分の姿を認めることができるものがいるでしょうか?答えは否です。ーー小生が誰かを念頭に浮かべたものであるという風に断定することさえできるでしょうか?答えは否であります。ーー小生は誰をねらったものでもないのですから。  いかがわしい社交界を描くことがあるように、小生はいかがわしい新聞界を描いたものであります。いったい、これはしてはならなかったことなのでありましょうか。  もしも小生があまりに暗い面のみを見ている、いかがわしい人物ばかり見ている、との非難を浴びせられるならば、小生はまさしくこう答えましょう。小生の描いた人物のいる環境においては、多くの有徳廉潔の士に出会うことは、ちとできない相談だったであろう、と。「類は友を呼ぶ」というのは小生の発明した諺ではありません。≫(続く)

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長編小説部門 

別邸6j
 (承前) 「ベラミ上下」(モーパッサン 杉 捷夫訳 岩波文庫) 
  ベラミというタイトルからして甘ったるいじゃありませんか。美貌の友・・・イケメンの彼ってことでしょう?(そんな風に訳す人は間違っても居ませんが・・・)

 まあ、次々と忙しいこと、色恋になると、急にまめになるのが、可笑しい。
 文庫表紙の紹介文には、≪「ベラミ」と名付けられた色事師は旧友の妻を捨て財を横領、新聞社社長の妻を騙し娘と結婚、政界へ―――悪の栄華の結末は、連載後パリの新聞界を騒然とさせた。≫

 とありますが、事態はそんなに深刻というより、むしろ滑稽であり、哀しい人間喜劇です。とにかく、よくまあ、こんなにまめに色ごとに励むこと。慾の深いこと深いこと。立身出世だけが人の幸せと思う哀しさ。通俗小説とされるくらいですが・・・その描写はていねいで細かく、小説を読ませる力を持っています。
 
 若い夫人を迎えるために、ベラミのしたことは・・・
≪その場所のみすぼらしさをできるだけかくすために、自分の部屋をどう片づけたものか考えてみた。彼は壁に小さな日本の細工物をいろいろピンでとめることを考えついた。五フラン出して縮緬の布と、小さな扇面と小さな団扇をひと山買って来て、それで、壁紙の上の目立ちすぎるしみをかくした。窓ガラスの上には、河の上に浮かぶ舟だとか、真っ赤な夕焼け空を飛ぶ鳥の群だとか、露台に遊ぶ色とりどりの衣装の貴婦人だとか、雪の積った野原を行く黒装束の小柄の人物の行列だといったようなものを現わしている透かし絵をはりつけた。
 寝るのと坐るのがやっとである狭い彼の部屋は、たちまち絵を描いた提灯の内側よろしくといった格好になった。彼はその効果を満足なものに思い、その晩は残った色紙で鳥の形を切り抜いて天井に貼るのに余念がなかった。≫
 ・・・と、日本礼賛かと思いきや、よくよく読めば、かるーく、当時の日本趣味をいなしています。安っぽくても、ファッショナブルに見える細工だったのですね。(続く)
☆写真は、初冬に咲く皇帝ダリア

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女の一生

      かねj
 春の初めからずいぶん、時間のゆとりがなくなって、せっかくモーパッサン「脂肪の塊」、 モーパッサンの短編集を読んだものの、なかなか長編を読むに至りませんでした(と、書いたのも、本当はずいぶん前。この文の掲載も、ずいぶん延び延びになっていた)。

 まずは「女の一生」(モーパッサン文 新庄 嘉章訳 新潮文庫)を読みました。確か、高校の頃読んだことがあったはずですが、ちーっとももわかっていなかった・・・
 「女の一生」などという、思わせぶりなタイトルに背伸びして飛びついていたのが関の山だと思われます。

 修道院を出て、希望に胸を膨らませていたジャンヌという一人の女性が、恋心もなく結婚、出産、夫の不義、死、息子の放蕩・・・・を味わう、その半生の話です。
 極悪非道な夫は、不倫現場の小屋ごと崖から突き落とされるし、司祭にもいろいろ居るし、暗い話とはいえ、ときどき痛快な個所も。
 実際、ジャンヌという女性がもう少し、考えて行動すれば、その道に入り込まずともよかっただろうに・・・と思いもします。
 この話を書かせた時代背景なのか、モーパッサン自身の女性観なのか、読みながら何度も、おいおい、しっかりせーよ、と声をかけたくなりました。

 だってね、こんなこと、考えたこともなかったから。
≪…新婚当初の甘い現実は、日常の現実となろうとしていた。この日常の現実は、限りない希望、未知なものへの魅惑的な不安に扉を閉ざすものだった。そうだ、期待するということは終わってしまったのだ。    するともう何もすることはないのだ。今日も、明日も、また永久に。彼女はそうしたすべてを漠然と感じて、何かしら幻滅を、自分の夢のくずれるのをおぼえた。≫
ん?これが女の一生だと?

 それに、最後の最後、これでもかと放蕩する息子。
 そしてその娘、つまり孫を抱いて、こんなことを言います。
≪世の中って、ねえ、人が思うほどいいものでも悪いものでもありませんね。≫
 これって、彼女にささやかな幸せをもたらしたのか、いえいえ、次世代も続く不穏な日々の象徴なのか、意味深長な最後の言葉です。(続く)
☆写真は、スイス モルジュ

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侘しい夜が続く十二月に

イルミネーションj
夏の岩波文庫新刊に「キーツ詩集」(中村健二訳)がありました。復刊でも増版でもありません。

 なんだか、真夏に読む気がしなくて、晩秋に手に取ると、こんな出だしが心に残りました。
≪ああ、幸せな、幸せな枝よ!きみたちが葉を 落とすことはないし、春に別れを告げることもない。≫

きみたち・・・すなわち、常緑樹・・・・・・・モミの木、でしょう?と、イメージが膨らみました。

一言も、特定することなく、広がっていく詩の面白さを感じます。ともかく、カ・リ・リ・ロは、モミの木が浮かびました。

それで、詩集後半に、
「侘しい夜が続く十二月に」というタイトルの詩があって、
≪侘しい夜が続く十二月に
 幸せすぎるほど幸せな木よ、
 緑に包まれた至福の時を、
 おまえの枝が思い出すことはない。
 霙(みぞれ)まじりの北風がひゅうひゅうと鳴り、
 枝の葉を散らすことはないし、
 春に枝が凍りついて
 芽吹かないこともありえない。・・・・・(後略)≫

 現代の日本、しかも都市部で、侘しい十二月というイメージは広がりにくいものの、心寂しい十二月ということもあり得るでしょう。そんなとき、一本の木を思い浮かべ、今は侘しい十二月でも、春には芽吹かないこともありえないという詩を一つ読むだけで、心和む十二月に。
☆写真は、東京上野公園

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ウェールズのクリスマスの想い出

       ディランj
 2016年のノーベル文学賞は、ボブ・ディランでした。(なにかと、話題に事欠きません)
 ボブ・ディランの歌は、「風に吹かれて」のほかをたくさん知るわけではありませんが、今回の受賞理由などを見ると、彼は、ずっと詩作を続け、歌い、支持されてきたことに栄誉が与えられたようなので、よかったと思います。途中、「小説も書かない人間がもらうなんておかしい」と言った小説家やなんやかや居たようですが、悪いけど、詩のほうがずっと古くからあったんだし、本という形になる前から、印刷される前から、人の口に乗って伝わて来たんだし・・・・

 ・・・・と、ボブ・ディランのことが書きたいのではなく、ボブ・ディランが敬愛して、その名をもらったという詩人ディラン・トマスの唯一の絵本「ウェールズのクリスマスの想い出」(ディラン・トマス文 エドワード・アーディゾーニ絵 村岡美枝訳 松浦直己監修 瑞雲舎)です。
 アーディゾーニの描く少年たちは生き生きとしています。

 それぞれのエピソードは、短く、断片をつなげて語っています。時折、ほらを交えながら、食べ物を思い出しながら。
 また、タイトルに「ウェールズの・・」とあるように、英国といっても、ウェールズ地方の意地も垣間見えます。もしかしたら、ボブ・ディランも、こんな意地、いえ、誇り高き詩人のスピリットが好みだったのかも?

≪もうずっとずっと昔のこと、ぼくが子どもの頃の話さ。その頃ウェールズにはオオカミがでたものだった。赤いフランネルのペチコート色の鳥たちが、ハープの形をした低い山々をかすめて飛んだりしていた。その頃ぼくらは夜も昼も、ほら穴の中で歌ったリ転げ回ったりして遊んだんだ。そのほら穴はね、日曜日の午後に農家の居間にたちこめているような湿った匂いがした。子牛のあご骨を手にもって、イングランド人や熊を追い駆け回したりもした。それは自動車もなければ、自転車もなく、公爵夫人のような顔をした馬車馬なんかもない頃の話さ。ぼくらは裸馬の背にまたがり、浮かれ騒いで丘をめぐっていた。あの頃もクリスマスといえば、しきりに雪が降っていた。・・・・≫

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山荘は丘の頂にあった

        おかしj
 サマセット・モームの長篇「女ごころ」(尾崎寔 ちくま文庫)を読みました。
簡単に、深読みすることなく読めました。かるーい読み物でした。
 が、この「女ごころ」というタイトル、実際のところ、女心には、気恥ずかしい。この主人公と同じ女心の持ち主だと思われるのがいやだし・・・

 原題がUP AT THE VILLAなのに、ずいぶんと意訳だことと思っていたら、文中にヴェルディのオペラ「リゴレット」の中の「女ごころの唄」が出てきました。
 危機一髪、一触即発、アブナイ、アブナイの場面です。
 すれすれにすれ違う車の中で、朗々たるバリトンがこの歌を歌い出し、歌詞を知らない連中も一緒になって歌い出すというシーン。
 その車は、丘の頂上の村の結婚式帰りの、浮かれた連中。
 確かに、このリゴレットの「女ごころの唄」って、一度、口ずさむと、何度もリピートしてしまうなぁ・・・
 とはいえ、この小説の出だし≪山荘は丘の頂にあった≫は、まさに原題のUP AT THE VILLAでしょう?

 と、まだぐずぐず思っていたら、訳者あとがきに、この作品は映画化されたことがあり、その邦題が「真夜中の銃声」だったとありました。ふーん、映画の邦題と、この文庫本の題名とUP AT THE VILLAを合わせてみたら、どんな話かわかってくるかも?・・・・な、わけないか。

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牡丹鍋

篠山3j
 大学のクラス会は二年に一度です。
 集まる人も限られてきましたが、会うと、みな旧姓で呼び合い、すぐにうち解けられるのがうれしい。
 兵庫県丹波篠山(ささやま)にボタン鍋を食べに行き、ログハウスで一泊。夜中過ぎても、アルコール抜きでおしゃべりできるのも、旧友たちだからこそ。
 篠山は、黒豆で有名で、美味しいものが多い城下町です。上の写真に写る朝靄、これが美味しい食べ物をはぐくむらしい。

 さて、ボタン鍋は、イノシシのお肉です。臭みもなく、柔らくて美味しいのです。鍋には、みそ出汁が入っています。
 昨日までの「安愚楽鍋」(仮名垣魯文作 小林智賀平校注 岩波文庫)にも書かれておりますよ。ただ、牛肉礼賛ではありますが・・・
≪モシあなたヱ、牛は至極高みでごす子。此肉がひらけちゃア、ぼたんや紅葉は、くへやせん。こんな清潔なものを、なぜいままで、喰はなかったのでごウせう。≫
注には、【ぼたんは猪肉、「紅葉」は鹿肉の異名である。つまり、「牡丹に唐獅子」から「しし」(猪)に転用したもの。なお、江戸中ごろの「ももんじ屋」(獣肉屋)では、よく牡丹と紅葉の図柄の障子などを使っていた。】とありました。
篠山2j

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佛蘭西の着倒れ、英吉利の食だおれ

ベリーj
 (承前)
 「安愚楽鍋」(仮名垣魯文作 小林智賀平校注 岩波文庫)が、いくら、当時の際物話で、流行風俗話でも、今読んでみたら、知らない当時の風習を知る機会にもなりました。

 昨日の牛さんが馬さんを羨む言葉の中に一六というのが出てきましたが、何か知ってましたか?注にありました。
≪江戸時代に、一ケ月中の一日、六日、十一日、十六日、二十一日、二十六日の六日を総じていう。ここは休日という意味であるが、その他寄合日、稽古日という場合もある。明治元年太政官布告で、「一六日は休日」になって、しばらくは江戸以来の一六休業が行われた。その後十年近く経った明治九年三月達しに、「従前、一六休暇の処、来る四月より日曜日を以て休暇と被定」とある。≫

 ふーん。何にも知らないから、この他、注には、いろんなことを教えてもらいました。

 が、しかし、これはオカシイと思ったのが、
≪世界各國の諺に、佛蘭西の着倒れ、英吉利の食だおれと、食臺(ていぶる)に並べて謂(胃へ)ど、衣は肌を覆ふの器、食は命を繋ぐの[鎖](くさり)。≫
 ・・・はい、英吉利の、のところです。
☆写真は、英国 オックスフォード朝市

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ぐうのねもでない

別邸5j
(承前)
 「安愚息楽鍋」(仮名垣魯文作 小林智賀平校注 岩波文庫)は、いろんな人物が語るとはいえ、どれもよく似た牛肉礼賛です。ただ、一話だけ人の話ではないのがあります。
 当事者の牛と馬の問答です。「當世牛馬問答」。

≪馬さんが言います。「牛公、ひさしくあはねへうち、てめへはたいそうしゅっせして、らしゃのまんてるに、ずぼんなんぞで、すっぱり西洋風になってしまったぜ。うまくやるな。
牛さん答えて「ヲゝ、馬か。てめへこそ、このせつはたいそうりつぱな、車をひいて、一六にやア、にぎやかなとこへばかり、どんたくにでかけるそうだが、うらやましイゼ。おれたちは、うし~~とけんで、もてはやされるやうには、なツたけれど、ホンのめうもん(名門)ばかりで、うまれてものごゝろが、つくかつかねへうちに、はなづなをひかれて、つきじ(築地)や横濱へ身をうられたあげくが、四足をくいへゆわいつけられて、ポンコツをきめられて、にんげんのはらへほうむられて、じつにふさいでしまうわけ ≫

・・・と愚痴話になるのですが、牛さん、最後に言うことにゃ、
≪モウ~~、ぐちは云めへ。アゝ、牛(ぎう)のねもでねへ。≫
おあとが よろしいようで…(続く)

☆写真は、京都 下賀茂神社前
別邸7j

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安愚楽鍋

別邸4j
 持ち歩きにぴったりの薄っぺらな本。あんまり薄いので、復刊されたときから、今まで見失っていたという次第。
 それは、「安愚息楽鍋」(仮名垣魯文作 小林智賀平校注 岩波文庫)

 「安愚息楽鍋」を調べると、牛鍋とあります。すき焼きとどう違うのかよくわからないものの、およそのイメージは、同じようなものらしい。まだ、獣肉…牛肉を食べるのが一般的でない、いわゆる文明開化の時期、東京方面で、一種の流行だったようです。
 
 そのトレンドの牛肉を、いろんな職種、年齢、男女が食し、楽しむという話で、一話完結形式。解説に、≪こんな際物(きわもの)話≫とあります。比べるのはおかしいかもしれないものの、チョーサーの「カンタベリー物語」の空気を感じたのは、変?話がもっと長いとはいえ、「カンタベリー物語」(岩波文庫)も、一話完結のかなり際物話。

 早い話が、牛肉は美味しいよ。こんな西洋のものをまだ食べてないの?へへん、遅れてるぅ・・・といったところでしょうか。文明開化期の滑稽風俗話なのです。語調よく、生き生きとしています。

≪天地は萬物の父母、人は萬物の霊、故(かるが)ゆゑに五穀草木鳥獣魚肉(ごこくさうもくてうじうぎょにく)、是が食となるは、自然の理にして、これを食ふこと、人の性なり。昔々の里諺に、盲文爺(ももんぢい)のたぬき汁、因果応報穢れを浄むる、かちかち山の切火打。あら玉うさぎも吸物で、味をしめこの喰初(くひそめ)に、そろそろ開花(ひらけ)し、西洋料理。その効能も深見草、牡丹紅葉の季(とき)をきらはず。猪よりさきへだらだら歩行(あるき)、よし遅くとも怠らず、往来(ゆきき)絶ざる浅草通行(どほり)。御蔵前(おんくらまえ)に定舗(ぢゃうみせ)の、名も高籏の牛肉鍋。・・・・≫(続く)
☆写真は、京都 旧三井下賀茂別邸の銀杏。
 

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旧三井下鴨別邸

 別邸j
 京都 旧三井下鴨別邸に行きました。今年の秋から一般公開され、この度は秋の特別公開でした。(~2016年12月4日)
 別邸だといっても、山縣有朋の椿山荘といい、無鄰菴といい、やっぱり贅沢です。

 庭園は、立派な銀杏の木が黄葉して綺麗でしたが、特に紅葉や桜を目玉にするほどの庭ではありません。ほかに、もっと凝った庭や、花々や木々の美しい庭をいくつも見てきたから、さほど、驚かなかったのかもしれません。
別邸3j
 が、しかし、この特別公開は、いつもは上がれない2階・3階に上がれる公開でした。この別邸の贅沢は、上の階にあるのです。

 3階の望楼は、3畳半の四方が窓ガラス。柱以外は、すべてガラス窓ですから、視野を遮らないよう、雨戸は下からの引き上げる様式(上記写真の3階窓下の木製部分)。つまり、屋根のある展望台、畳敷きの展望台です。比叡山も、大文字もよく見えます。この建物は、かつて、木屋町のほうにあったものを移築したようですから、建物の低かった当時は、市内が一望できたものと思えます。
 見晴らしのいい望楼で、景色と、美味しいお酒を楽しんだとしても、狭すぎる階段を下るのは、酔っぱらっていたらできないな・・・
3畳半で、いったん眠るか、禁酒か、だったのか・・・などと、くだらないことを考えながら、そろりそろりと階段を下りました。
別邸2j

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クリスマスが来るなぁ

    おめでとうj
 クリスマスの絵本や読み物を集め始めて、40年余も経つと、それだけで300冊以上になって、シーズンまでは、文字どりお蔵入りしています。
 毎年11月には、その本たちを出してきて、そのお顔を眺めながら、あるいは、新しく加わった本をエクセルに打ち込みながら、「クリスマスが来るなぁ」と感慨にふけります。
 
 楽しいクリスマスの翻訳物がどんどん出版され、購入が追い付かないような時期もありました。
 一時期は、原書の古書でしか手に入らないクリスマス絵本を探した時期もありました。それらの英語の本は、翻訳され、日本の子どもも楽しめるようになったものも多いです。
 単にプレゼントやサンタクロースだけのクリスマスなら、今や、日本の絵本も多いのですが、もっと深いところで心躍る話、心温まる話を探すと、翻訳のものが多くなります。
 とはいえ、もはや、古いものも出尽くしてきたのか、年々、この新人は!というものが少なくなってきました。
 
 そんなとき、あ!トミー・デ・パオラのクリスマスの本出た!と、「みんなでたのしいクリスマス」(トミー・デ・パオラ みねじまともこ訳 いのちのことば社)を手に取ったら、うーん、この大きさといい、内容が生誕の話といい、もしかして、お蔵入りしている「クリスマス おめでとう」(聖文舎)???
 それで・・・・やっぱりそうでした。表紙が変わっていますが、今回出版された表紙絵は、「クリスマスおめでとう」の、一番初めの絵でした。
 子どもたちがクリスマスの生誕劇をするので、見てくださいね、という設定です。子どもたちが博士やマリアや天使たちを演っているので、個性を押し出すことなく、穏やかな流れとなり、それがパラオの柔らかい描き方と相まって、全体に優しい雰囲気が伝わります。 
 
 こうやって、新訳となってなってでも、再出版してほしいクリスマスの絵本は数知れずあります。
 大騒ぎだけがクリスマスじゃないということを、子どもたちに味わってほしい絵本も数知れず。

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