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みんなみすべくきたすべく

忘れられた女

     まりー2j
(承前)
 「マリー・ローランサン展」の 「フォン・ヴェッチェン男爵との結婚 1910後半-1920年」のコーナーには、カーテン越しに憂いに満ちた表情の女性がたたずむ、小さな絵「囚われの女Ⅱ La prisonnière」とマリー・ローランサンの詩「鎮静剤」が展示されていました。

「鎮静剤」(堀口大學訳)
退屈な女より もっと哀れなのは 悲しい女です。
悲しい女より もっと哀れなのは 不幸な女です。
不幸な女より もっと哀れなのは 病気の女です。
病気の女より もっと哀れなのは 捨てられた女です。
捨てられた女より もっと哀れなのは よるべない女です。
よるべない女より もっと哀れなのは 追われた女です。
追われた女より もっと哀れなのは 死んだ女です。
死んだ女より もっと哀れなのは 忘れられた女です。

 この詩を訳し、「訳詩集 月下の一群」(岩波文庫)に掲載したのは、堀口大學です。

 その堀口大學は、駐スペイン公使でマドリッドに居た父親の堀口九萬一とともに異母弟の肖像画を依頼に行った画家の紹介でマリー・ローランサンと出会います。そのマリー・ローランサンはフランスの詩人アポリネールと別れ、ドイツ人画家のオットー・フォン・ヴェッチェン男爵と結婚。第一次世界大戦の亡命先のマドリッドで堀口大學と出会います。堀口大學は23歳の青年、マリー・ローランサンは7歳上。大學は、マリー・ローランサンから絵を習い、マリー・ローランサンはかつてアポリネールと恋人関係にあったことから、大學にフランス詩の話も伝え、その後、大學は、アポリネールなどの詩を訳すことになるのです。(続く)
☆写真は、上から「家具付の貸家」右「シャルリー・デルマス夫人」左「子供のシェヘラザード」の絵葉書

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