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ムーラン・ド・ラ・ギャレットの裏

ゴッホ風景j
(承前)
 ゴッホの絵の中に「モンマルトル、ムーラン・ド・ラ・ギャレットの裏」(写真右下)というのがありました。
 ムーラン・ド・ラ・ギャレットやモンマルトルの絵は、ルノアールやユトリロ、ロートレックほかたくさんの人の作品になり、ゴッホ自身にもありますが、その「裏」という一枚も、どうよ?

 どうみても、華やかなパリ、有象無象のパリ、モンマルトルを描いたものと思えない、ただの田舎の家の裏の畑の様に見えます。実際、この展示には、「収穫」(写真左下)も来ていて、構図こそ違えど、似ている空気を感じます。時期も同じようなときなので、並べても面白かっただろうに・・・と思っていたら。

 清水正和(➡➡)「フランス近代芸術 絵画と文学の対話」(小沢書店)のゴッホの章にこんなことが書かれていました。
≪…パリという大都会は、所詮、かれ(ゴッホ)の渇望を充足させるにはほど遠い場であった。  パリの市中を描いた絵がほとんど皆無に近いのはなによりの証拠だろう。・・・・(中略)・・・わずかに、われわれの目にするモンマルトルの丘の風景画の数点、それらは市中画というより田舎の風景画である。・・・・(中略)・・・ゴッホのめざしたのは、やはり「農村のミレー」であり、パリ滞在での関心は、ひとえに色彩研究だけが目的だったといえよう。  とにかくゴッホの求める場は、都会ではなく、バルビゾン派画家たちの好んだ「大地」であり、「田舎の自然」であった。・・・・≫(続く)

☆写真上は、「桃の花咲くクロー,」(1889 ロンドン・コートールド:::岩波「ゴッホ」画集)右下「モンマルトル、ムーラン・ド・ラ・ギャレットの裏」(1887 ファン・ゴッホ美術館:::コピー)左下「収穫」(1888 ファン・ゴッホ美術館:::絵葉書) 

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