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みんなみすべくきたすべく

機知は理智の遊戯だから

世紀末美術館jj
(承前)
  三好達治「詩を読む人のために」(岩波文庫)の最後の章「数人の詩人について」には、萩原朔太郎他9人の詩人が取り上げられています。その最後は、堀口大學です。

 ここで、取り上げられたのは「朝のスペクトル」「その目」「砂の枕」の3篇です。
≪エロチズムとウィチスムは、堀口さんの詩において、この仕立屋が巧みに操る切れ味のいい鋏の二つの刃であろう。この人のすべての詩には、そのいずれかが、あるいはそのいずれもが、代る代る、蔭と日向になって置きかえられ、絡みあい、支えあい、仲のいい二人の姉妹のようにかばいあう。・・・・≫

 かつて「月夜とピエロ」(日本図書センター)で「朝のスペクトル」を読んだとき、次の箇所が印象深かったのですが、
≪そして私の身体中の
一番心臓に遠いあたりで
私の足にさはるお前の足!≫

三好達治は、この箇所を取り上げ、こう解説してくれました。
≪・・・ここらあたりがこの詩人のウィチシスムの本領でまたその隠れ家というものだ。機知は理智の遊戯だから、一番心臓に遠いあたりの出来事は、そのまま頭脳にも結びつく、それが瞬時で同時的だから、それをまあ文学とでもいうのでしょう。即ち文学的作品は要するに頭脳の幻影だ。頭脳にまったくかかわりのない近頃はやりの肉体文学など、だから決して文学の名に当らない。という結論にもなるだろう。≫
☆写真は、ウィーン 美術史美術館

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