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夕ぐれの時はよい時

モントルー夕陽j
 久しぶりに、三好達治 「詩を読む人のために」 (岩波文庫)を読み返しました。
読み返すといつでも、それまで いい加減に読んでいるんだと認識できるのですが、今回も然り。

  中でも、堀口大學に、二章分の紙面を割いていることに、ちょっとびっくり。
 しかも、カ・リ・リ・ロのすきな「夕ぐれの時はよい時」に一章。(→→

 詩を好きになるのは、分析結果ではなく、感性の問題だと思いますが、三好達治の的を射た解釈によって、やっぱり、この詩、この詩人の贔屓でよかったと思いました。

≪・・・まず用語の平易にしてこだわりのない、まったく口語調にちかい暢達な使いぶりが眼につきます。私たちの日用語を自由にとりいれ駆使していて、かえってそのためにさっぱりとした瀟洒な気品を見せています。俗ではありません。俗に入って俗を出る、そこの呼吸がこの詩人の得意の擅場(せんじょう)で、一種危きに遊ぶという意識も、勿論詩人の意識の一部分に働いていることが察せられます。・・・・≫
と、以下、まだまだ納得の解釈が続きます。

 そして、最後、
≪・・・読後の印象は・・・極めて鮮明で、瀟洒としていて、軽々として、どこにも晦渋(かいじゅう)陳腐のあとがありません。そうして品がよくて、どこかハイカラで、そのハイカラがしんからのもので卑しくありません。新らしがったものが、えてして陥る軽佻や浮薄の欠点を、この詩は微塵も感ぜしめないで、それらの危険をのりこえたことによって自ら身元証明が明らかにされたような感じを与えます。安心して読めます。これがこの詩の本物である証拠であって、ここらの消息もちょっと説明には困難なので、読者で自得して納得されるより外はありますまい。≫(続く)
☆写真は、スイス  レマン湖畔 モントルーの夕ぐれの時はいい時

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