みんなみすべくきたすべく

かばのベロニカ

かばのべろにかjj
 ロジャー・デュボアザンの絵本が本棚にたくさん並んでいるので、この絵本も持っているはずと思いこんでいたら、実は持っていなかった。持っていたのは、同じシリーズながら「みんなのベロニカ」でした。

 長い間、手に入らなかったベロニカの三冊が2015年秋から2016年3月までに、順次、復刊ドットコムから復刊されました。
 「かばのベロニカ」は、そのシリーズの一冊目です。

 デュボアザンは、農場に暮らし、たくさんの農場の動物たちを描きました。それぞれが、いかにも、その動物らしい性格に描かれているので、馴染みやすく、とっつきやすい。
 がちょうのペチューニアもいかにもだし、ちゃぼのバンタムも然り。農場暮らしでないライオンもご機嫌に描けているし、わにのクロッカスも、ペンギンのヘクターも、さもありなん。で、今回復刊は、かばなのです。(続く)

*「かばのベロニカ」「ひとりぼっちのベロニカ」「ベロニカとバースディプレゼント」(ロジャー・デュボアザン作・絵 神宮輝夫訳 復刊ドットコム)
*「みんなのベロニカ」(ロジャー・デュボアザン作・絵 神宮輝夫訳 童話館)
*がちょうのペチューニア(ロジャー・デュボアザン作 松岡享子訳 冨山房)
*ペチューニアのうた(ロジャー・デュボアザン作 ふしみみさお訳 復刊どっとコム)
*ペチューニアのクリスマス(ロジャー・デュボアザン作 ふしみみさお訳 復刊どっとコム)
*ペチューニアのだいりょこう(ロジャー・デュボアザン作 松岡享子訳 童話館)
*ペチューニアごようじん(ロジャー・デュボアザン作 松岡享子訳 富山房)
*ペチューニアのたからもの(ロジャー・デュボアザン作 乾侑美子訳 童話館)
*めうしのジャスミン(ロジャー・デュボアザン作 乾侑美子訳 童話館)
*「ごきげんならいおん」 (ルイーズ・ファティオ文 ロジャー・デュボアザン絵 村岡花子訳 福音館)
*「ごきげんなライオン おくさんにんきものになる」(ルイーズ・ファティオ文 ロジャー・デュボアザン絵 今江祥智、遠藤育枝訳 BL出版)
*「三びきのごきげんなライオン」 (ルィーズ・ファティオ文 ロジャー・デュボアザン絵  晴海耕平訳 童話館)
*「ごきげんなライオン アフリカでびっくり」「ごきげんなライオン しっぽがふたつ」(ルィーズ・ファティオ文 ロジャー・デュボアザン絵 今江祥智訳 BL出版
*「ごきげんならいおん ともだちさがしに」「ごきげんなライオン ともだちはくまくん」「ごきげんなライオン たのしい空のたび」「ごきげんなライオン すてきなたからもの」(ルィーズ・ファティオ文 ロジャー・デュボアザン絵 今江祥智・遠藤育枝訳 BL出版
*「ぼくはワニのクロッカス」(ロジャー・デュボアザン作・絵 島式子・今江祥智訳 童話館)
*「ちゃぼのバンタム」(ルィーズ・ファティオ文 ロジャー・デュボアザン絵 乾侑美子訳 童話館)
*「ペンギンのヘクター」(ルィーズ・ファティオ文 ロジャー・デュボアザン絵 岡本浜江訳 童話館)

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猫図

      こねこj
(承前)
 写真右、勝川春章の「子猫に美人図」は、1780年~82年の肉筆画。(太田記念美術館)
 写真左、勝川春章門下で春朗だった、北斎「美人愛猫図」1800~1810年の肉筆画。(シカゴウェストンコレクション)
 
 門下離脱の北斎が描く猫と春章の猫が、あまりに似ていて面白いなと。どちらも首に赤い紐。どちらも、ごつごつしていて、可愛い!とは言い難い子猫です。
 猫とその絡みは、北斎やその娘応為を描いた小説「北斎と応為」 (キャサリン・ゴヴィエ著 モーゲンスタン陽子訳 彩流社)に登場しています。作家のイメージの源泉には、こんな絵があったのかも、と思います。

≪工房の戸口で私の猫たちが鳴き声を上げて激しく尾を振る。誰も餌をくれなかったのだ。私は雄のほうの腹の下に足を引っかけて抱え上げた。それからごつごつの背骨を撫でてやり、また放す。しばらく部屋の隅でうろうろしていたが、誰かの肘に突き飛ばされ、絵具の入った皿をひっくり返してしまった。猫は驚き・・・≫

 さて、この二枚の猫は、同じ猫のような気もして、制作年をちょっと調べてみたら、幅は広いものの、まったく重ならない時期。画号を頻繁に変えた北斎は、その号の時代で作品の制作年を特定していくのでしょうけれど、ちょっと気になる猫の画でした。(「北斎と応為」に続く)

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春章門下の春朗

           版画j
(承前)
 太田記念美術館「勝川春章〈北斎誕生の 系譜〉」 (~2016年3月27日)の第三会場は、地下でした。係りの人が一人いるだけの、なんだか殺風景な展示会場。
 が、しかし、そこには、すべて、およそ年代順に並んだ、北斎の浮世絵版画。今までに何度か、北斎の浮世絵や肉筆画を見たことがありますが、こんなにすいていて、行きつ戻りつ、確認しながら鑑賞できたのは初めて。
 カ・リ・リ・ロが行ったのは後期で、前後期で40点以上展示されたよう。さすが、浮世絵専門の太田記念美術館でした。

 写真の富嶽三十六景や、まだ、役者絵の頃のものもたくさんありました。
 「勝川春章」つながりの展示だけあって、まだ錦絵の刷りでないものもたくさんあり、いわゆる北斎の空気が漂うというより、絵の達者な勝川門下の勝川春朗のものが見られたような気がします。北斎の勝川門下離脱は、破門説あり、不仲説ありと(「北斎」大久保純一 岩波新書)、謎のようですが、門下を離れ、独自の道を進む北斎の基礎時代だったことは事実のようです。

 やっぱり、先のカラヴァッジョ展のように、展示数が少ないより、たくさん並んだ方が、流れがよくわかりました。(続く)

☆写真は、「北斎と広重展 幻の肉筆画発見展」(2006:京都文化博物館)図録の北斎「神奈川沖浪裏」と「尾州不二見原」(アダチ版浮世絵シリーズ)の絵葉書。

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北斎の師匠、写楽のルーツ

 ネコと美人j
(「他の美人画とどこか違う」から続き)
(承前)
  生誕290年記念出光美術館「勝川春章と肉筆美人画ー〈みやび〉の女性像」(~2016年3月27日)の次は、太田記念美術館「勝川春章〈北斎誕生の 系譜〉」(~2016年3月27日)に行きました。
  出光美術館は、肉筆画の美人画でした。そこには、太田記念美術館の所蔵品も何点か展示されていましたが、太田記念美術館では、浮世絵版画が中心でしたから、ほとんどが自館のものでした。

  展示の一番初めは、靴を脱いで、床の間様に展示された掛け軸を鑑賞するのですが、写真右の勝川春章「子猫に美人図」は、子猫も可愛く、着物も綺麗、さりげなく誰が袖図、美人は、帯をほどいてます。
 動きのない楚々とした美人画ではなく、この物語る絵は、その門下、北斎に受け継がれたのだと思います。
 
 また、「勝川春章〈北斎誕生の 系譜〉展」の案内に、勝川春章は「北斎の師匠、写楽のルーツ」とあるように、写真下のように、役者絵も面白いもの。
 
 が、役者絵は≪対象となる役者の容貌や、舞台における見得など歌舞伎特有の仕草、あるいは役柄など、描き手が踏まえなければならない様々な要素や約束事があるため、絵師の個性を発揮しにくい側面がある。≫(「北斎」大久保純一 岩波新書)というように、勝川春朗こと北斎が勝川春章の門下を去っていったというのもわかる様な気がします。(続く)
☆写真上は、案内紙の上に勝川春章「子猫に美人図」の絵葉書、写真下は、案内紙の上に写楽「三代目大谷鬼次」の絵葉書。
写楽j

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弘源寺

     弘源寺j
 京都嵐山天竜寺塔頭(たっちゅう)の一つ、弘源寺に行きました。
 春の特別拝観で、嵐山を借景にした枯山水庭園と、本堂の公開がありました。庭も本堂も小さいものの、本堂の障壁画や所蔵絵画は、なかなか見ごたえがありました。
 竹内栖鳳とその一門の日本画が飾られていました。
 押しの強い作品ではなく、つつましいながらも丁寧に美しいものを描いていて、ほっとする空間でした。一つの障壁画としてなりたっているものもありましたが、各人が描いた画を貼っているものもあって、禅寺ながら粋な感じがしました。また、見落としそうな障子の下にも、虫の絵が貼られていたりして、ちょっと楽しい見学ができました。

 加えて、本堂横の毘沙門堂の天井画四十八面の四季草花(上の写真右下)は綺麗なもので、ちょっとのぞいただけで、見上げないで帰った外国人観光客は、損をしたなぁと思います。
 で、重要文化財指定の毘沙門さん(平安時代9世紀:上の写真左下)は、まだ、彩色も残って、保存状態もよく、なによりその躍動感あふれるお姿は、かっこいい。

☆写真下は、弘源寺に咲いていた椿と侘助。片や、おいしそうな洋菓子のよう、いや、京生菓子?片や、ひっそり、葉陰で可憐にお茶事を待つ?
tubakij.jpg
      わびすけj

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まだ早咲きの桜

車折しだれj
 ソメイヨシノの開花宣言に一喜一憂する平和な国の一員ですから、やっぱり早咲きの桜は、見ておかなくちゃと、京都車折(くるまざき)神社に行きました。
  先日の京都府立植物園のように種類が多いわけでも数が多いわけでもありませんが、ただ、早咲きというだけで、こちらまで春を先取りしている気持ちになりました。こじんまりとした神社は、まったくの駅前にあります。

 京都嵐山電鉄の駅は、駅即家、駅即店、駅即神社・・・という様子の駅がいくつかあります。無人の車折(くるまざき)神社駅も、その一つ。下りホーム階段降りたら、神社です。
     駅j
 早咲きの桜の数より、他の寺社仏閣より、圧倒的に若い女性(女の子)が多い。・・・・パワースポット特集に出ているんだそうです。それに、芸能の神様でもあるらしく(商売の大黒さんや、富岡鉄斎の筆塚もありましたが・・・)歌手やテレビタレントの名前もたくさん掲げられていて、お気に入りを探したり、話題にしたりしていました。新旧、いろんな芸人の名前と共に、多分、踊りや日本伝統芸能の分野の人らしい名前も連なって居るのは京都らしい。ここは、全国でも珍しい芸能の神様らしいのです。
       とりいjj
 

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桜は咲いて、椿は散って

はやざきj
 久しぶりに聞いた校歌→→ 。勝ったからではなく、まずエール交換のときの校歌。やっぱり、懐かしい。
 青臭い日々を思い出し、ふるさと納税で応援費用協力、夫婦二人分、ほんの少し納税しました。

 思いの他(ごめん)、いい試合だった甲子園高校野球選抜21世紀枠出場の後輩たち。よく頑張ったね。お疲れさん。

 平日で観戦できなかった夫。
 カ・リ・リ・ロはテレビ観戦の模様を、他校卒業ながら野球部出身の息子にラインで中継。ん???確か、彼は仕事中。
☆写真上は、京都車折神社の早咲きの桜。下は京都府立植物園散椿。

      散る椿j

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ひげのおばさん

                 ひげ像j
(承前)
 映画「偉大なるマルグリット」を見た感想と、その内容を娘に話しました。アンダーグラウンドな登場人物の中に、「ひげ女」と呼ばれる髭の生えた女の人がトランプ占い師として出てきたというと、「あ!エーミールにも出てきた。ひげの女の人!」

 リンドグレーンの「エーミールと大どろぼう」です。
≪エーミールが年寄り馬に乗ってフルツフレードに「おおあばれ」しにでていくと・・・(中略)・・・大あばれしたい連中には、おもしろいものがいくらでもありました。サーカス・ダンス場、それに回転木馬など、たのしくゆかいな遊びのできる遊園地などがありました。・・・・それに、剣を飲む奇術師、火をはく奇術師、それから、あごやほおにぼうぼうとひげをはやした、でっかいおばさんがいました。・・・・(中略)・・・ひげがはえていたのが幸運で、おばさんは、お金をとってそのひげを見せものにし、かなりたくさんお金をもうけていました。≫
と、ひげのおばさんが登場し、エーミールと一緒に大泥棒をやっつけるという話です。

 実際に、イギリスの列車で、ひげの生えた女性を見かけたことがあります。もちろん、見せ物でなく、アンダーグラウンドな占い師でなく、市井の中年女性でした。ひげをぼうぼうとたくわえるのではなく、金色のひげがちょろちょろといった感じで、ちょうど映画に出てきた女性のような様子でした。
*「エーミールと大どろぼう」(アストリッド・リンドグレーン 尾崎義訳 ビヨルン・ベルイ絵 講談社青い鳥文庫)

☆写真は、ひげのおばさんではなく、スイス トゥーン Fulehung像(道化師)この街の伝説に由来するようですが、いかんせん、ドイツ語も苦手。

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映画「偉大なるマルグリット」

マーガレットj
 フランス映画やしなぁ・・・
 凄い音程ずれたまま、何曲か歌うらしいしなぁ・・・

 実在の「音痴の歌姫」をヒントに作った映画「偉大なるマルグリット」を見ました。
 お金には何不自由なく暮らす男爵夫人。生きがいは、歌うこと。
 ただし、誰も、彼女が音痴だと伝えない。
 するうち、おっとり、優雅な彼女は、舞台に立って実際に観客の前で歌うことになるのですが・・・

 本当のことを伝えるのは、誰に取って幸せなのか?
 猫に鈴をつけるのは誰なのか?
 本当のことを伝えるのと、そのままにしておくのと、どちらが 残酷なことなのか?

 時代は第一次世界大戦後の1920年。有り余るお金をつぎ込む金持ちと頽廃の匂い漂うアンダーグラウンドのパリ。
 そんな舞台設定だから、音痴も許される?て、ちょっと行き過ぎじゃないの?・・・・・と、思っていたら、案の定、予想していた結末ではなく、切ないなどという甘い言葉を超えた、その物語構成。
 
 出演者たちは、みな熱演で、見ごたえはあったと思いますが・・・・
 個人的には、やっぱり、英国労働者ささやかな幸せ万歳!映画が好みです。(ちょっと続く)

☆写真は、マーガレット(フランス名:Marguerite:マルグリット)。映画では、彼女の歌のファン達(いたとしたら)が白い花を贈るという設定があります。

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かわせみのマルタン

      カワセミj
念願のカワセミ、撮りました!

  静かに水辺を見守る人だかり。その視線の先に居ましたよ。青い光を放ってカワセミが・・・
一度は撮り逃がしたものの、ぐるっと回ったところで、もう一度遭遇。
みなさん、いいカメラで構えています。連写の音、カシャカシャカシャカシャカシャ・・・
こちら、焦点をやっと合わせ、やっとこさ、撮れました。

 また、すぐに飛んでいったものの、今度の枝は、意外と近く、
≪じっと水をのぞきこみます。パシャン!水がわれて、たいらになります。マルタンが銀色の、小さいコイをつかまえたのです。マルタンは、力強く羽で水をかき、水面にうかびあがります。羽の上のしずくが、キラキラ光ります。小さなからだには、そのしずくさえ重いというように、からだをゆすって、水をきります。と思うまに、もう、枝にもどっています。≫(「かわせみのマルタン」)

 束の間のカワセミショーを楽しませてもらいました。
「かわせみのマルタン」には、こんなに細かい観察描写と、生き物たちの一生とそれにつながる再生が描かれています。

 かわせみのマルタンと奥さんのマルチーヌにも命の終わりがあるものの、
≪すると、そのとき、とつぜん、フルルル、フルルル!稲光のように青いつばさの二羽の小鳥が、水すれすれに、橋の下をくぐってとんでいって、枝の上にとまりました。マルタンとマルチーヌの子どもたちが、生まれ故郷にかえってきたのでしょうか?≫
 いつも、マルタンとマルチーヌの最期では、胸が痛くなり、この新しいカワセミたちの登場では、ああ、よかったと思うのです。

 「かわせみのマルタン」の最後はこうです。
≪きょうは、なにもかもが、青くすんでいます。空も、水も。そして四つのつばさは、青空よりもこい青です。そして、水は、うたいながら流れていきます。≫

*「かわせみのマルタン」( リダ・フォシェ文 フェールド・ロジャンコフスキー絵 石井桃子訳・編 童話館・福音館)
☆写真下は、口にザリガニの子か、なにか足のあるものを口にくわえています。すぐに食べちゃいました。二枚とも京都府立植物園
          
          カワセミえさ小

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早咲きの桜

とうかいさくらj
 お彼岸の中日、早咲きの桜を見に、京都府立植物園に行きました。(昨年4月上旬の様子はここ→→ )
 植物園なので、名札が充実していました。
 上の写真は、トウカイザクラ(トウミザクラとコヒガンの交配種と考えられている)
 次は、明るいオカメザクラ(カンヒザクラとマメザクラの交配種)
おかめさくらj
次は、先日東京でも見たヒカンザクラ(緋寒桜または、寒緋桜ともいう)。後ろには、黄色いトサミズキが写っています。
ひかんざくらjまだ○
      とさみずきjまだ○
次は、ぼけの花の後ろに、シュウゼンジカンザクラ(カンザクラとオオシマザクラの雑種と推定)
        しゅぜんじざくらj
こちらは、ヤマザクラ
山桜j
次は、ホソイザクラ(シロバナカラミザクラとソメイヨシノの交配種)
      細井桜j
最後は、桜じゃありません。梅でも桃でもなく、かわいい!あんず。
あんずj

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他の美人画とどこか違う

ふじのはなj
勝川春章と肉筆美人画展」から続き
(承前)
 出光美術館の「勝川春章と肉筆美人画展」の最後には、喜多川歌麿と葛飾北斎が並んでいました。歌麿の描く美人画は、春章のそれに似ていますが、春章門下だった北斎(勝川春朗)は、ずいぶん、自分の個性が強く出ています。(歌麿と北斎の関係について小説「北斎と応為」に面白い記述があるのですが、それについては、また今度)

 北斎のは、以前にも見た「月下歩行美人図」です。揺れる藤の花の着物をまとい、歩く美人。お顔だけが真っ白で、他は地味に控えめに。月の光も控えめに、お顔だけが際立って。
 北斎は、他の美人画とちょっと違う。他のは、みんな色鮮やかな綺麗なおべべ。それに、楚々と立ち、楚々と座る。 北斎の描いた着物が綺麗でないわけではなく、色鮮やかにしないことによって、月の光に照らされた美人を照らし出しているのです。しかも、こっぽりの音も聞こえそうなくらいな歩幅の歩き方。「わしゃ、急いでおりんす」という声も聞こえそう。
 ただ、静かに鑑賞されんがための美人画と、鑑賞する人を試しているような美人画。後者は、観ていて楽しい。

 ちなみにこの前行った、京都細見美術館に展示していた北斎の有名な春画も他と違う視点で描いていて、ふーむ、ふむ、ふむと観てきたのでした。

 さて、綺麗な勝川春章の肉筆画でしたが、やっぱり、北斎よねぇ・・・と思って、太田記念美術館の「勝川春章ー北斎の系譜」に行きました。(続く)
*「北斎と応為」(キャサリン・ゴヴィエ著 モーゲンスタン陽子訳 彩流社)

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とりなおし

       土俵入りj
チケットをいただいて今年も大阪場所に行きました。
ざわざわざわと、小屋の雰囲気満載です。
江戸の両国国技館もこんなんだろうか?
 
小さな子どもたちの声援や、地元から駆け付けた人たちの声援も頼もしい。
それと掛け合うように、対戦力士の応援団。
地元の力士には、大声援。
それなのに、負けてしまうと、それこそ、地響きするような大きなため息。 「あーあ」
応援力士の目に入りやすい場所で、手書きのしこ名を掲げ、「応援してるで」と、猛アピール。

昔、テレビで見ていた相撲より、ずいぶんあっさり勝負がつくような気がします。
何より早く、まわしをとって、よつに組む・・・減ってきた?
物言いがついて、結果が発表されるまで、観客は、「とりなおし!」「とりなおし!!」の大合唱。
ともかく、一番でも多く見たいんだものね。
 
                    ものいいj

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いい表具

梅j
(承前)
 出光美術館で見た美人画の表具が印象的だったものの、今まで観た肉筆画の表具は一体どんなだったか?・・・ちっとも思い出せません。
 そうしたら、こんなことが書いてありました。
≪本紙の色とバランスも含めて、全体で引きつける力がなくてはなりません。ですから、鑑賞する人を引き寄せるくらいの存在感がある表具でありながら、間近で見ると、本紙を邪魔することなく際立たせる。本紙の魅力を味わったあとには、どんな表具だったのかな・・・・・と忘れてしまうほど、さりげない。そんな表具が‟いい表具”といえるのではないでしょうか。≫(「表具」NHK美の壺)

 そうかぁ。だから、全然覚えてないということは「いい表具」だったんだね。
 
 この「表具」という本の中では表具を「目立ってはいけない、地味でもいけない」と表しています。日本美術もやっぱり奥が深い・・・

*「表具」(NHK美の壺制作班編)
☆写真上は、一文字がありません。(中国の梅の画を現代表具)写真下は、どちらも秋の床の間。(どちらも、軸先は象牙。一文字も象牙色)
                         
とこのまj
                         紅葉としかj

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四季折々の掛け軸

                        ぼけとおどりj
(承前)
 掛け軸の表具に眼が行くようになったのは、細々と続けている古筆のお稽古のおかげ、いえ、古筆のお稽古環境のおかげです。
習い始めた頃は、祇園のお茶屋の二階でしたから、四季折々の掛け軸が床の間に掛かっておりました。今は、先生のお宅にお稽古場所がかわり、そこにも掛け軸などが、やはり季節を選んで掛けられているので、ちっとも、上達しない仮名や、ちっとも、判読可能にならない仮名のことはさておき、手に触れらる古美術・文化に出会いに出かけています。
            薙刀j
 「表具の良し悪しは作品の寿命を左右し、表具が変われば、中身までも違って見えるほど」
 「表具の目的は書画の保護と装飾。破れやすい書画を補強し、巻くことで退色を防ぎ、コンパクトに収納でき、運搬や保存に便利」 しかも、「季節ごとに掛け替えて楽しむ掛け軸のスタイルは、いかにも日本的」とありました。(「表具」NHK美の壺制作班編)
                   takij.jpg
 なるほどね。美術館では、写真が撮れないし、図録にも表具はほとんど写って居ないということで、今回の写真は、今までに使ったものがほとんどですが、本画ではなく、表具に着目。
寒山拾得j
 本紙のすぐ上下の横向きの細長い裂を「一文字」。本紙をぐるりと囲むのが「中廻し(中縁)」あとは「上下(天地)」今回は、写っていませんが、上(天)の部分に上から縦に二本垂らす細い裂を「風帯」。一番下軸先に見えるのは、象牙や黒檀など。
              もみじj
*「表具」(NHK美の壺制作班編) 
☆写真上から、花見、祇園祭(長刀鉾)、滝、寒山拾得(仙厓画)、紅葉、雪(大観画)
              ゆきj

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勝川春章と肉筆美人画展

       出光勝川j
 出光美術館の「勝川春章と肉筆美人画ー〈みやび〉の女性像」(~2016年3月27日)に行きました。生誕290年記念とありました。
 この人の門下には、北斎もいて、この人が当時の浮世絵師たちに多大な影響を与えたらしいのに、よく知らないから見に行きました。太田記念美術館でも「勝川春章〈北斎誕生の系譜〉」(~2016年3月27日)をやっていて、合わせて行きました。

 先に行ったのは出光美術館。
 写真に写る「美人鑑賞図」が一番初めにあって、おお!
 喜多川歌麿(1753?~1806)の「深川の雪」(→→)に雰囲気似てる!どっちも艶やか!
 勝川春章(1726?~1793)の「美人鑑賞図」の華やかで美しいこと。

 この肉筆画展での一番の収穫は、その掛け軸の表具をずいぶん楽しんだということでした。いわば、浮世絵版画の美人画は、似たようなものが多く、段々、いい加減に見て行く個人的傾向があるのですが、肉筆画に関しては、どれも一つとして同じ表具がなく、どれも華やかで個性的なので、その表具を眺める楽しみを見つけたという次第。

 刺繍あり、染めあり、織あり。
 花模様あり、吉祥文あり、幾何学様あり。
 ともかく、艶やかな美人画の表装ですから、派手な色というのではなくとも、どこか華やかで凝って居ました。

 が、しかし、図録をみても、表装は写っていないんですよね。たまに写って居るのもありますが、その表具についての解説はありません。本画、本紙ではないからなのでしょう。それに、修復して時代が新しかったりすることも問題なのでしょうけれど、ちょっと着目してみると、なかなか凝っていて面白い。
 ほら、勝川春章「美人鑑賞図」でも、掛け軸を手元で鑑賞していますね。(続く)
 

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モネ展

モネ展j
 「マルモッタン・モネ美術館所蔵 モネ展『印象、日の出』から『睡蓮』まで」(京都市立美術館:~2016年5月8日)は、予想通り平日でも混雑しておりました。(もうすでに東京・福岡を巡回、新潟は京都の次)ただ、日本の絵巻きなどの混雑とは違いますが、特に目玉の「印象、日の出」前は人だかりでした。

 パリ、マルモッタン・モネ美術館で見た時と、印象がちょっと違うモネの「印象、 日の出」。ちょっと、青すぎない??日の出の時刻より、海が明るくない??
 パリ、マルモッタン・モネ美術館の自然光で明るい館内と、京都市立美術館の暗い館内でLED照明の違いでしょうか。
 大体、パリ、マルモッタン・モネ美術館では、「あれれ?これってもしかしたら、『印象、日の出』?」と、思ってしまうくらい、さりげなく展示してあって、「これが、印象派の名前の由来になった、あの絵」という仰々しさがなかった記憶があります。

 「モネ展」は、モネの画の変遷がわかる内容で、わかりやすい展示だったと思います。また、ルノアールによる肖像画や、モネ自身の収集品のドラクロアやピサロ、ロダン、シニャックなども並んでいて、モネの周りにも少し近づける感じです。ただ、最晩年のジヴェルニーの大量の絵は、部屋に合わせた数合わせのような気がしました。
 
 睡蓮と花のコーナーでは、睡蓮を中心に花の絵が展示されていましたが、パリ オランジュリー美術館で見た部屋いっぱいの「睡蓮」が圧倒的な印象で心に残って居るがゆえ、それ以来、どのモネの「睡蓮」の絵を見ても、ふーんとしかならないのは、個人的な悪癖なんだろうと思います。
☆写真は、画集「モネ」(岩波)の「印象、日の出」のページに、「モネ展」チケット半券。 

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梅から桜へ

遅い梅j
 遅咲きの紅梅が谷崎潤一郎記念館に咲いています。
                    木蓮j
 木蓮の花は目が覚めるような白。
木瓜j
 木瓜の花は、いつも愛らしい。
ラッパズイセンj
 ラッパズイセンもきれいでしょ。
                    桃のはずj
 こちらは、多分、桃の花。葉っぱがすでに出ているから・・・
 じゃあ、桜はどこ?
 これかな?いえいえ、これはアーモンド。
アーモンドj
 はい、桜はここですよ。サクラという名のムース。
                        サクラムースj 

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ボッティチェリ展

 ボッティチェリj
 「カラヴァッジョ展」に続いて行ったのは、東京都美術館は「ボッティチェリ展」(~2016年4月3日)でした。
 こちらは、カラヴァッジョの10点より多い20点以上であるものの、「ボッティチェリ展」と銘打っても、工房のものや、師匠のフィリッポ・リッピやその息子の作品も並んでいました。

 日伊国交150周年記念だから、あれもこれも来るかなと期待していましたが、一番心に残ったのは、日本の商社がもっている「美しきシモネッタの肖像」(写真左の横顔の人)。
 すごーく近くで見られたこともあって、(つまり、夕方で、すいていた)まじまじと細かいところまで鑑賞できました。うーん、美しい!肩や首周りのレースの細かい模様までも見えたので、これだけでもボッティチェリ展に行った甲斐があったというもの。

 それで、会場の解説にあったのですが、ボッティチェリは、19世紀英国のラファエル前派に評価されたようです。それまで、ヨーロッパではあまり知られていなかったのが、再発見という形だったようです。そうか!それでですね。ロンドンナショナル・ギャラリーには、何枚かボッティチェリの作品があって、意外だなぁと思った謎が解けました。

 で、後半ボッティチェリとその工房の作品というのも並んでいるのですが、工房の作品とボッティチェリ自身の作品は、カ・リ・リ・ロのような素人でもわかってきたので嬉しかったです。ボッティチェリの描く人の口角に注目して!そしたら、多分、わかるから。多分ね!
                 
                       東京都美術館j

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カラヴァッジョ展

         看板j
 上野の国立西洋美術館と東京都美術館に行くには、金曜の夕方から行くのがお薦めかもしれません。8時まで開館しているのでゆっくり見ることができます。多分、昼間より人も多くない。

 まず、駅に近い国立西洋美術館では、「カラヴァッジョ展」(~2016年6月12日)が開催されていました。日伊国交樹立150周年記念らしく、隣の東京都美術館の「ボッティチェリ展」(~2016年4月3日)も同様です。どちらも、東京でしか開催されないようで、イタリアに行く予定もないので、行ってみました。
 大きな国立西洋美術館だし、どれだけカラヴァッジョが集まるんだろうと思っていたら、なーんや、10点でした。(現存する真筆は60点強と言われているようです)他は、同時代の画家たち。

 もともと、特に好きな画家ではないものの、その生涯が裁判や殺人や暴力につながっているという天才画家の変遷に触れられればと思いましたが、やっぱり、10点じゃ、よくわからない・・・ともかくも、1571年生まれで1610年没のカラヴァッジョ、その光の描き方は、その時代の他の絵に比べても群を抜いて斬新でした。ただ、「トカゲに噛まれる少年」は、ロンドンナショナルギャラリーにあったもう一枚の方が、今回イタリアから来たのより、もっとインパクトがあったような・・・(大きさなのか、色合いなのか、よくわかりません)

 「風俗:占い、酒場、音楽」「風俗:五感」「静物」「肖像」「光」「斬首」「聖母と聖人の新たな図像」というテーマ毎に展示されていましたが、強い個性の発揮されたもののほとんどは、カラヴァッジョだったと思います。

 また、見てみたかった「聖マタイの召命」は来ていなかったものの、「エマオの晩餐」という絵を見ると、他の福音書関連の絵も見たくなりました。
 

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仔犬に箒

          仔犬に箒j
(承前)
 「ゆかいな若冲 めでたい大観 HAPPYな日本美術」展(~2016年3月6日:山種美術館)は、そのタイトル通り、ユーモアあふれる作品や、吉祥画と呼ばれるものがたくさん展示されていました。鶴と亀、松竹梅、七福神、蓬莱山と冨士山や、干支に伏見人形や寒山拾得、このそれぞれのコーナーに若冲の作品がおよそ一つずつのように展示されていました。

  若冲の作品には、今まで目にしたことのないのも何点かあって、どれも楽しかったのですが、写真左小さく写る「仔犬に箒図」は、細見美術館にある同じ「子犬に箒図」(写真左)の眼光鋭い仔犬と比べると、ずいぶんほのぼのした絵柄です。前を向いて、にらんでいるものより、緩い。
 禅で「払う」とか「清める」という意味を持っているらしい箒の前の、仔犬の後ろ姿です。
 寒山拾得の「箒」に仔犬が、戯れているのか、守っているのか。単に寝ているのか。

  また、この掛け軸がやさしい空気を伝えているのは、上部に書かれた「仮名」の「賛」にあるような気がします。(ちなみに、細見美術館の「賛」は、漢文で、丹崖和尚の書を写したもの)
 禅語のようで、この場合、横に押された印で、左から読むのだろうと教えてもらったのですが、何が書いてあるのかは読めていません。ただ、犬に仏性が有るか無いかを説いた話に基づくものであろうとのこと。

☆写真は、「若冲展」(没後200年)の図録「仔犬に箒」(細見美術館蔵)を広げた上に、山種美術館の案内紙

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HAPPYな日本美術

      尻尾j
 「ゆかいな若冲・めでたい大観ーHAPPYな日本美術」が、山種美術館でやっていました。(~2016年3月6日)
伊藤若冲生誕300年記念の特別展でもあるらしい。
 若冲の「群鶏図」は、没後200年(平成12年)の京都国立博物館で観たけれど、あの潔い鶏の尾は、何度見てもいいので、行ってみようっと。HAPPYな日本美術という副題もいいし・・・ということで、山種美術館に足を運びました。

 若冲の作品は他にもいくつかありましたが、やはり、六曲一双は圧巻。屏風絵は、実際に見に行かないと、その良さが半減。
正面から見て、右から見て、左から見て、離れて見て、近くで見て。うーん、満足。若冲のこの屏風より、大観の富士の絵の方が人だかりになっているのが、少々気になりながらも。東京の人は大観好きなのね、と、余裕を持って、丁寧に鑑賞できました。

 近くでしげしげと眺めることができたので、その墨の色具合や、その微妙な書き分けのテクニックまでも楽しみました。
 雄鶏は、片足で立っているのもいるし、両足で踏ん張っているのも居ます。勢いのある尾は、一羽だけ違う方向に書き流しています。
 左から眺めると、ほとんどが両足立ちしているので、安定しているように見え、反対に、右からの眺めは、一羽だけ違う方向の尻尾のが居るせいか、はたまた、片足立ちしているせいか、リズミカルな感じがします。
 最後の〆に尾の一筆!勢いだけでなく、その集中力の深さまでも感じ取ることが出来、こんな画家が日本に居たんだ、と、我がことのように、すごいでしょ、と自慢して回りたくなります。
 
 さて、絵葉書買ってから帰ろうと思ったら、山種の所蔵品でないためか、「群鶏図」のはなく、残念でした。が、ま、いいや、家に帰れば、同じ「群鶏図」絵葉書も京博のときの図録もあるし・・・と、思ったら・・・
 2000年のときの京都博物館の「群鶏図」屏風2点(各六曲一双)と、よく似ているけど、違う・・山種美術館でみたのには、ヒヨコが描かれていないのです。で、もしかしたら、今回の群鶏図は初見。でも、そうだったら、この群鶏図が一番よかったかもしれません。他のは、12羽全部の尾があの一筆でないのもいるし、足のリズムも違ったりしていたからです。
 ともかくも、この屏風を見られただけでも、元気になれました。(続く)
☆写真は、「若冲展」(没後200年)の図録「群鶏図押絵貼屏風」六曲一双の左隻(細見美術館蔵)を広げた上に、山種美術館の案内紙。

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新もの フルセ

フルセj
 イカナゴをもう一度買いに行ったら、目についたのが、イカナゴの親の「フルセ」。
 カ・リ・リ・ロの子どもの頃は、イカナゴよりこっちが主流だったと思うのですが、うちの家だけだったのでしょうか。市場に、この「フルセ」のくぎ煮専門店があって、並んで買っていました。

 その時、ちょうど小学校入学前のカ・リ・リ・ロは、母と一緒に、お店に並んでいました。購入後、ぱっと走り出したら、そこへ車が・・・。が、すんでのところで、車は止まり、カ・リ・リ・ロはびっくりして、しりもち。足を擦りむいただけでしたが、運転していた人と病院へ。ま、事なきを得たものの、「フルセ」の思い出につながる大昔のことです。どの辺に店があったか、今もはっきり覚えています。

 ところで、 なにゆえ、そんなにイカナゴに肩入れするのか、不思議に思われるでしょうね。
 イカナゴは気温の上昇とともに、日に日に大きくなって、カ・リ・リ・ロの調理しやすい大きさの時期は短いということ。
 カ・リ・リ・ロのお鍋二つでは、一日に2キロしかできないということ。
 日曜は漁がないし、雨などの天候でも漁のない日があること。
 なにしろ、鮮度第一の小さい魚なので買ったその日のうちに調理しなくちゃならないこと。

 さてさて、また、明石の魚棚に昼過ぎ出かけましたら、イカナゴ一日で半額になっていました。1キロ1000円。写真のタコは、いわゆる明石のタコ。

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美味しい3月

             いかなごj
暖冬で産卵が遅れ、例年より解禁が遅かったいかなご。
明石の魚棚でも1キロ2000円でした。他は、もっと高価という情報。
とはいえ、やっぱり、春はこれ。
・・・と、いかなごの写真だけでは地味(?)なので、お雛様前限定発売だった小さな生菓子。美味しい3月。
            団子j

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ウグイス、花の香、苦い味

みもざj
帰阪したら、寒緋桜は見当たらず、大寒桜も見当たらず、もはや、ご近所では、ミモザが満開。
ウグイスは、すでに上手に鳴き始め、公園では、いろんな鳥の鳴き声が聞えます。
木蓮が咲き始め、東京では蕾だった沈丁花が満開でいい匂い。
        ピンク沈丁花j
 東京で、こごみや、タラの芽、フキノトウ、早春の苦さを天麩羅でいただきました。(写真は、ふきのとう)
 さて、今度は、いよいよ瀬戸内のいかなご解禁。
ふきのとうj

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三月初めの満開

おおかんざくらj
上京してみたら、
日比谷公園の大寒桜(オオカンザクラ)は満開で、
日比谷公園j
なのはなまんかいj
菜の花も満開で、
道路沿いの寒緋桜(カンヒザクラ)も満開で、
ビルかんひざくらj
皇居前の山茱萸(さんしゅゆ)も満開で、
       さんしゅゆj
上野でも、寒緋桜(カンヒザクラ)が満開でした。
3月の初め、一本一本、その時が来て、満開。
                      かんひざくらj

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リュックサック

リュックj
 エルマーのリュックサックの中身が気になったのは、子どもの頃で、エルマーのリュックサックのデザインが気になったのは、大人になってからでした。

 「エルマーのぼうけん」シリーズで、リュックサックと訳されていても、この形(→→→)は、末っ子が小学校にあがるときに、用意したランドセルとよく似ています。末っ子は、2月生まれで身体も小さく、小学校まで歩いて40分かかるので、少しでも軽いものと思って、用意したランドセルでした。
 
 それに、最近、大阪の街で、リュックサックの人が増えたような気がします。大阪の街に、外国人観光客が増え、街中でリュックサックを背負うことに、抵抗が減ったのかもしれません。

 カ・リ・リ・ロ自身は、重い荷物が負担になりだした10年以上前から、リュックサックを利用してきました。夫も背広にリュックサックという出で立ちで、もう何年も通勤しています。
 両手が空く気軽さから、重宝するものの、街中で、あるいは、通勤に使うとなれば、山登り用の機能性より、お洒落なものを探し、背中のどのあたりに背負うのがダサくないかという若い人の意見に従っています。

 もちろん、リュックサックは、エルマーのように「ぼうけん」にいくときのためにも、必要です。

*「エルマーのぼうけん」「エルマーとりゅう」「エルマーと16ぴきのりゅう」(ルース・スタイルス・ガネット文 ルース・クリスマン・ガネット絵 わたなべしげお訳 子どもの本研究会編集 福音館)
☆写真は、スイス ニーダーホルン

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エルマーと16ぴきのりゅう

三冊j
(承前)
 「エルマーのぼうけん」の最後は「エルマーと16ぴきのりゅう」です。
 エルマーは、「エルマーとりゅう」で家に無事に帰ったものの、りゅうは、そのまま一人で故郷の「そらいろこうげん」に飛んでいきます。
 すると、お父さんとお母さん、13匹のきょうだいたちのピンチ!
 で、エルマーにもう一度ヘルプを出します。
 エルマーは、またもやリュックサックに、色々詰めて出発です!

≪ふえが十六。ぜんぶちがうねいろのもの。らっぱが十六。ぜんぶちがうおとのもの。うんどうかいにつかうピストル一ちょう。それから、ピストルのたま。じょうぶなひもを一たば。いたチョコ六まい。ほしいちじく六はこ。それからエルマーは、まえにつかった、よくきれるジャックナイフ・・・だいどころのひきだしから、かいちゅうでんとう・・・≫

・・・ま、三冊目ともなると、リュックの中身が、何に使われそうか、ちょっと想像できそうで楽しい。

 作者のルース・S・ガネットは、娘ばかり7人のお母さんになったのですが、この三冊目が刊行された時は、まだ二人の娘のお母さんでしかなかったのです。14人は欲しかったでしょうねぇ。

*「エルマーのぼうけんをかいた女性 ルース・S・ガネット 」(前沢明枝著 福音館)
*「エルマーのぼうけん」「エルマーとりゅう」「エルマーと16ぴきのりゅう」(ルース・スタイルス・ガネット文 ルース・クリスマン・ガネット絵 わたなべしげお訳 子どもの本研究会編集 福音館

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エルマーとりゅう

ねこj
(承前)
 「エルマーのぼうけん」の二冊目は、 「エルマーとりゅう」ですが、その中心になるカナリアやその「カナリア島」が生まれたエピソードも、「『エルマーのぼうけん』をかいた女性 ルース・S・ガネット」(前沢明枝 福音館)で明らかにされています。

 友だちの家のカナリアは、友だちがピアノを弾き始めると、ピアノの音と競うかのように声を張り上げて歌います。それをうるさがり、嫌がる友だちはカナリアをカゴからだし、窓を開け放したままにすると、やがて、カナリアは外へ飛んでいってしまいます。友だちは何事もなかったようにふるまうものの、ルース・S・ガネットは、
≪なんだか、カナリアがかわいそうでねぇ。あのカナリアは、どこへ行くんだろう、これからどうやって生きていくんだろうって思ってね。逃げたカナリアたちが楽しくくらせる『カナリア島』っていうのがあったらいいのにって思ったの。≫
 
 で、エルマーとりゅうは、みかん島からカナリア島に飛んでいきます。
 リュックサックの中には、みかん69個のほかに、りゅうをたすけにいったときつかった、いろいろなものの、のこりがはいっていました。
≪ももいろのぼうつきキャンデーが、七本。(これは、また、きっとやくにたつとおもってのこしておいたのです。)わごむのたばが、はんぶんばかり。チューインガムが三まい。よくきれるジャックナイフ。それに、からのアサぶくろです。・・・≫
 
 さて、そのまた最後に残ったわごむのたばの半分とチューインガムは、カナリアに。まだ残っていたぼうつきキャンデー4本はりゅうに。もらってきた金貨三袋はおとうさんに。お母さんには金時計と鎖。そしてエルマー自身は、銀のハーモニカ。
 そして、冒険が終わり、エルマーはなにか食べるものを探しに冷蔵庫の方に飛んでいったのです。(続く)

*「エルマーのぼうけんをかいた女性 ルース・S・ガネット 」(前沢明枝著 福音館)
*「エルマーのぼうけん」「エルマーとりゅう」「エルマーと16ぴきのりゅう」(ルース・スタイルス・ガネット文 ルース・クリスマン・ガネット絵 わたなべしげお訳 子どもの本研究会編集 福音館
☆写真は、エルマーに、かわいそうなりゅうの話をしたのらねこではなく、公園在住ののらねこ。

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エルマーのぼうけんをかいた女性

      りゅうj
(承前)
  エルマーのリュックに入った物の、一番初めに書かれたチューインガム。

 そのチューインガムのエピソードは、「エルマーののぼうけん」の作者ルース・S・ガネットに直接インタビューして、子どもの頃から現在に至るまでの様子を聞書きし昨秋刊行された 「『エルマーのぼうけん』をかいた女性 ルース・S・ガネット」 (前沢明枝著 福音館)にありました。
 
 1891年生まれのルース・S・ガネットの子どもの頃のニューヨークの地下鉄改札口わきには、「粒ガム自動販売機」があって、地下鉄利用客たちは、よくガムを買い、一つ口に入れて、地下鉄を降りると通路に吐き出していたそうです。で、ひどく汚れていたようで、ガムは町を汚すとルース・S・ガネットのお母さんは、言っていました。

 が、ルース自身は、自動販売機取り出し口に一個残ったガムを食べたことがあったようです。
≪「ダメっていったら、よけいに食べたくなるものね。でも、いつでも取り出し口にガムが残って居るわけではないし、子どもの頃は、おもうぞんぶん、ガムを食べてみたいって思っていたの。だから『エルマーのぼうけん』を書いたとき、エルマーにはガムをたくさん持たせてあげたのよ。」≫

 「『エルマーのぼうけん』をかいた女性 ルース・S・ガネット」には、「100まんびきのねこ」(福音館)のワンダ・ガアグがルーシー・S・ガネットの話したお話の絵を鉛筆書きしたものなども掲載されています。
 ルーシー・S・ガネットのお父さんは、お母さんと離婚した後、ワンダ・ガアグの友人と再婚したのです。その継母さんになった人が、のちにエルマーシリーズの絵を描くルース・クリスマン・ガネットです。

 父親が再婚した時、前向きなルース・S.ガネットは、こう考えました。
≪「わたしは、ほんとうに運のいい子どもだったと思うわ。父が再婚したおかげで、わたしを愛してくれるおとなが、またひとりふえたんですもの」≫(続く)

*「エルマーのぼうけんをかいた女性 ルース・S・ガネット 」(前沢明枝著 福音館)
*「エルマーのぼうけん」「エルマーとりゅう」「エルマーと16ぴきのりゅう」(ルース・スタイルス・ガネット文 ルース・クリスマン・ガネット絵 わたなべしげお訳 子どもの本研究会編集 福音館
☆写真は、「いっしょにつくろうー絵本の世界をひろげるてづくりおもちゃ」(福音館)のエルマーのうけんのフェルト製のりゅうの作り方のぺージを開いた上に「エルマーのぼうけんをかいた女性 ルース・S・ガネット 」

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