みんなみすべくきたすべく

あなたのおうちの幸福たち

ポインセチアj
 (承前)
  「青い鳥」の後半部には、「光」がいうところの、≪この世でも天国でも、いつも一番美しいものに装われる≫「子どもの幸福」の箇所があります。これは、「ふとりかえった幸福」の続きで、同じ第4幕第九場です。

 「ふとりかえった幸福」もたくさんの縁者がいましたが、「子どもの幸福」は、さらに多い。
 
  「あなたのおうちの幸福」たちには、一番美しくはないけれど、一番大事だという「健康である幸福」がいて、「清い空気の幸福」「両親を愛する幸福」「青空の幸福」「森の幸福」「昼間の幸福」「春の幸福」「夕日の幸福」「星の光を出すのを見る幸福」「雨の日の幸福」「冬の火の幸福」「無邪気な考えの幸福」「霧の中を素足で駆ける幸福」「はしゃぎきった幸福」・・・

 そのうえ、「大きな喜び」たちには、「正義である喜び」「善良である喜び」「仕事を仕上げた喜び」「ものを考える喜び」「もののわかる喜び」(この弟は「もののわからない幸福」で、先の「ふとりかえった幸福」と行動を共にしていた)それから、「美しいものを見る喜び」「ものを愛する喜び」「くらべもののない母の愛の喜び」・・・・

・・・・・と、数々の幸福、喜びを、ここに引き写すうちに、なんだか幸福な気持ちになってきます。本当に、不思議なことなのですが、その言葉一つ一つで、心が穏やかになっていきました。

 教訓臭さはあるものの、下手したら、宗教めいて、押しつけがましくなるところを、子どもたちにわかる言葉を使い、我々「もののわからない」大人にまで「喜び」を与えてくれる一冊でした。 

*「青い鳥」(メーテルリンク 堀口大學訳 新潮文庫)
 
 電車で読んだ薄っぺらな「青い鳥」のことを書くのに、結構なページを割きました。
 長々と書いたブログは読むのもしんどく、年末でもあって、さぞや、読んでくださる人も限られている中、最後までありがとうございました。
 年末・年明けしばらくお休みします。よいお年を。

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ふとりかえった幸福たち

ザリガニj
(承前)
 さて、チルチルが「青い鳥を探している」というと、「『青い鳥』は食べられないので、さほど尊重しなくていい」というのは、「ふとりかえった幸福」でした。

 「ふとりかえった幸福」達には、「お金持ちである幸福」「地所持である幸福」「虚栄に満ち足りた幸福」「かわかないのに飲む幸福」「ひもじくないのに食べる幸福」「何も知らない幸福」「もののわからない幸福」「なにもしない幸福」「眠りすぎる幸福」、それに口が耳まで裂けている「ふとった大笑い」がいます。
 それらは、みな何もしないことで始終忙しく、一分だって休む暇がないようです。飲んだり、食べたり、眠ったり・・・いつだって夢中なんだとか。
 
 そんな場所で、チルチルが、「テーブルの上にどっさりある小さなお菓子一つでも欲しい」というと、「光」はチルチルを諭します。
≪あれは危険なのですよ。あなたの意志をくじいてしまうのよ。人間はしなけれなならない義務があるときは、なにかを犠牲にしなければならないのだということを知らねばなりません。・・・≫(続く)

*「青い鳥」(メーテルリンク 堀口大學訳 新潮文庫)
☆写真は、スイス ヴェヴェイの壁の絵

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幕があくと

花束j
(承前)
 「青い鳥」では、先の衣装だけでなく、舞台設定にも、細かい指示を出し、その舞台をリアリティのあるものにしています。

 例えば、第4幕第9場「幸福の花園」
≪幕があくと、花園の前方に大理石の高い柱の並んだ大広間があらわれる。柱の間の奥の方には、金色のひもでつるされたどっしりした紫のたれ幕がはりめぐらされている。≫

 ここまでは、ごく普通の戯曲の舞台説明だと思います。

≪建築様式は、ルネサンスのヴェネチア派やフランドル派の活躍した、奔放で、豪華な時代(ヴェロネーゼやルーベンスの絵に見られるような)を思い出させるものである。≫

 ふむ、ふむ、なかなかのこだわり。

≪花飾りや、豊富な角やふさや、つぼや、彫像や、やたらに金箔をおいた装飾品などがいたるところに飾られている。―――部屋の真ん中には、碧玉や金箔で飾られたどっしりした魔法のテーブルがおいてあり、その上にはろうそく立てや、ガラスのうつわや、いろいろのごちそうを盛った金銀のさらが、ごたごたとのっている。テーブルのまわりでは、この世で「一番ふとりかえった幸福」たちが、けものの肉や、めずらしいくだものや、水差しや、ひっくり返ったつぼなどの間で、食ったり、飲んだり、叫んだり、騒ぎ回ったり、ごろごろころがったり、眠ったりしている。みんなは信じられないほど太りかえって大きく、赤ら顔で、ビロードや錦の着物を着、頭には金や真珠や宝石の飾りをつけている。・・・・・・≫

 以上、本文じゃなく、舞台の設えの説明なのです。

 そして、この舞台袖でチルチル、ミチル、イヌ、ネコ、パン、砂糖、光がいるのですが、これだけ、舞台説明をしてもらったら、観劇せずとも、目に見えるようだし、ざわめきも聞こえてきそうです。(続く)

*「青い鳥」(メーテルリンク 堀口大學訳 新潮文庫)

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いろんな欠席理由

カウベルj
(承前) 
 さて、チルチルたちは森の中で、「木」たちに追われ、「動物」たちにも襲われするのですが、「光」の出現で事なきをえます。そして、「光」に≪人間は、この世ではたった一人で万物に立ち向かってるんだということが、よくわかったでしょう。≫と諭されるのです。

 そんな危機的状況の時にも、メーテルリンクはユーモアを忘れません。というか、大人のごたごたをさりげなく風刺します。
 「木」たちが集まった動物たちを確認するところがあります。

≪カシワ:さあ、これでみんなかね?
ウサギ:「メンドリ」は卵を抱いていてこられませんし、「ノウサギ」は使いに行ってるんです。「シカ」は角をいためていますし、「キツネ」は加減がわるいんです。――ここに医者の診断書があります。――「ガチョウ」はさっぱりわけがわかりませんし、「シチメンチョウ」はおこってしまったんです。」≫

 不思議の世界にもいろんな欠席理由があって、しかも、医者の診断書があれば、公認なんて、可笑しい。それに、どのいいわけも人間が今も使ってる。

 それにまた、チルチル・ミチルと行動を共にするネコも、なかなかいいわけ上手。
 みんなで戦っている時も、裏に潜み、終わると、足を引きずりながら藪から出てきて≪おなかのところを「去勢ウシ」の角でひどく突かれてしまいましてね。もう跡は見えませんけど、でもとても痛むんですよ。それに「カシワ」のやつに前足を折られてしまって。≫と言うのです。このネコは、責任感に乏しい、見栄っ張り。(続く)

*「青い鳥」(メーテルリンク 堀口大學訳 新潮文庫)
☆写真は、スイス オーバーホーヘン城の小屋

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ダイヤモンドボタン帽

壁絵j
(承前)
  この夏以来、堀口大學の作品や訳、その関連を読み続けていて、すでに、何冊か紹介し、さらに続くと書きました
 そもそも、「青い鳥」も、堀口大學訳でなかったら、読まなかったかもしれません。内容を知っていたつもりでしたから。

 が、読んでみると、パーフェクトなハッピーエンドではなく、含みのある終わり方。
 登場する者たちも、ずいぶん抽象的で、実際の会話にも深みのある言葉が多々あります。

 重いテーマを、子どものための舞台にするために、メーテルリンクは、創意工夫を重ねます。
 子どもたちが親しみやすい犬や猫を登場させただけでなく、現代にも通じる、いえ、現代と同じアクションをちりばめます。

 チルチルが被る青い帽子はダイヤモンドの記章がついていて、そこを回しさえすれば、すべてのものが不思議に変わってしまう・・・今でいう、なんとかマン・ベルトや、なんとか・ウォッチと発想が同じです。青い鳥を探しに出る冒険ファンタジーなのです。

 いまだ、コンピューター「ゲーム」をしたことがありませんが、多分、巷に広がる「ゲーム」も、基本の流れは似ているのではないかと思います。(続く)

*「青い鳥」(メーテルリンク 堀口大學訳 新潮文庫)
☆写真は、スイス ヴェヴェイ 壁絵

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青い鳥

バスコット小屋j
 「青い鳥」(メーテルリンク 堀口大學訳 新潮文庫)
 
「『青い鳥』の作者は?」 「メーテルリンク」
 「登場する子どもの名前は?」「チルチルとミチル」
 「どんな話?」 「チルチルとミチルが幸せの青い鳥を探しに行く話」
 「いつ探しに行く話?」 「え?日が決まってた?」
 「じゃあ、他にどんな『もの』が出てきた?」 「え?『もの』???」
 「青い鳥は身近に居たんだよね?それで、その青い鳥どうなった?」
 
 子どもの頃、ダイジェストで読んだか、何らかの情報で「青い鳥」を知ったかぶりをしていたものの、実際に「青い鳥」を読んでみると、大筋だけあっていますが、細部も結末も、初見のような気がします。子どものために簡単な言葉で書かれていても、実は、あなどれない深さがあります。
 
 この話はクリスマス・イブの話です。
 子ども用舞台の戯曲なのですが、初っ端から、びっくり。「衣装」というページから始まり、それが、結構細かい。
例えば、
チルチル・・・ペローの童話に出てくる「親指小僧」の服装。青い半ズボン、淡い感じの青の短めの上着、白いくつ下、」シカの皮の短ぐつ、または深ぐつ。
ミチル・・・「グレーテル」または「赤ずきん」の服装。
イヌ・・・赤いえんび服に白い半ズボン、エナメルぬりの深ぐつ、ろうぬりの帽子。どこか英国紳士を思わせる服装。
ネコ・・・金箔をおいた黒絹の肉じゅばん。
「イヌ」と「ネコ」の頭は、獣の感じをあまり出さず、ほどよく作ること。

 ね?細かい指摘でしょう?もちろん、他の人物やもの、抽象的概念なども、かなり衣装に凝ってます。(続く)

☆写真は、英国 バスコットパーク。

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50年以上前のクリスマス

             枝までとげとげj
  50年以上前の子どもの頃のクリスマスの思い出は、天井からぶら下げた、色紙で作った輪飾りと、小さな人造ツリーと、それに巻き付けられたピカピカ光る飾りです。
 ずいぶん、無理を言って買ってもらったオルガンも習いに行くわけではなかったので、弾けるはずもありせん。それでも、「ジングルベル」と「ハッピーバースディ」と「猫ふんじゃった」は、片手で得意げに弾いていたと思います。

  クリスマスケーキも、近くの市場のパン屋さんで買ってきていたような気がします。
 いわゆる蛍光灯の黄色い光と、ちゃぶ台と、クリスマスクラッカーをパンパン鳴らした情景が目に浮かびます。

  大きな森の小さな家のローラのように、プレゼントの全部を覚えているわけではありませんが、ローラももらった宝石箱、これは、カ・リ・リ・ロのところにも届きました。その銀色に光る小さな宝石箱は、ずっと大事にし、成人になっても、使っていました。

  ささやかながら、子どもを喜ばせようとしていた親の気持ちが、わかるようになって、今度は、自分が用意してきました。

 そして、今や、いつもよりごちそうを用意し、甘いものも用意し、アルコールも用意し、花を飾り、小さなツリーのそばにプレゼントを置くと、ああ、今年もありがとうという気持ちになります。準備の大変さより、楽しい気持ちの方が大きいのです。
  その時、気づきます。いつの世も、サンタクロースは、子どもたち本人だったことを。
☆写真は、スイス ヴェヴェイの公園に植わっていた、枝までトゲトゲの葉?幹からトゲトゲの葉?の針葉樹。
                    木のアップj

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アルマンゾのクリスマス

スイス針葉樹j
(承前)
 さて、「大きな森の小さな家」シリーズには、いずれローラと結婚するアルマンゾ・ワイルダーの小さい頃の話もあります。「農場の少年」です。その中にも「クリスマス」という章が。

≪アルマンゾは、ロウソクをおき、靴下をつかんだ。いちばん先にでてきたのは、帽子だった。それも店売りの前つばつきのだ。格子柄の毛織り地は、機械織りだ。裏地だってそうだ。縫い目だってミシン縫いだ。そして、耳当ては、てっぺんにボタンどめになっている。アルマンゾは歓声をあげる。こんな帽子がもらえるとは、夢にも思っていなかったのだ。なかも表もしげしげとながめ、表布も、すべすべした裏布も手でなでてみる。かぶってみると、すこし大きかった。でもじき大きくなるから、そのほうが長くかぶれるのだ。≫
 その後、にがはっかあめの束、あたらしいミトン、オレンジ、干しイチジク、それにジャック・ナイフを、靴下の中に見つけるアルマンゾなのですが、素朴な帽子のプレゼントには、布の手触りを落ち着いて感じ喜び、最後に見つけたジャックナイフには、大騒ぎ。

 ローラは、素朴な布人形に心ときめかせ、アルマンゾは、生活と切り離せない帽子やジャックナイフを喜ぶ。
 昨今の子どもたちの欲しがるものとは、ずいぶん違います。
 商業ベースに乗せられて、大事なことを見失う前に、世のサンタクロースその人は、子どもの心に寄り添うという、簡単なことを思い出したいものです。

*「農場の少年」(ローラ・インガルス・ワイルダー作 ガース・ウィリアムス画 恩地三保子訳 福音館)
☆写真は、スイス 針葉樹の向こうは、アイガー北壁。

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シルバー・レイクの岸辺のクリスマス

                 つりーj
(承前)
 「インガルス一家の物語」の4巻目「シルバー・レイクの岸辺で」のローラは、クリスマス・ツリーを初めて見て、口もきけずにいるような幼い女の子ではありません。この巻のクリスマスは「クリスマス・イブ」と「メリイ・クリスマス」という章にあります。

≪夕ごはんを食べながら、みんなはいままでのクリスマスのことを思い出して、おしゃべりをしました。何度こうしてクリスマスをすごしたことでしょう。そして、いま、またここで、みんないっしょに、あたたかく、食料の心配もなく、たのしくクリスマスを迎えることができるのです。二階のローラの物入れ箱には、「大きな森」のクリスマスの日に、靴下にはいっていた布人形のシャーロッテが、まだちゃんとはいっていました。インディアン・テリトリイでのクリスマスプレゼントだったブリキのカップとペニイは、もういまはありません。でも、ローラもメアリイも、インディペンデンスの町まで40マイルもの道のりを往復して、サンタクロースからこのプレゼントをとどけてくれたエドワーズさんのことは、けっしてわすれませんでした。・・・・≫
 
 こうして、「大きな森の小さな家」から続けて、インガルス一家のクリスマスを追ってみていくと、「物より思い出」という言葉を思い出します。もちろん、布人形だとかカップだとか、ケープやマフ、ミトンなど、形に残るプレゼントはありました。が、愛情あふれる父さん母さん、そして周りの大人の知恵ある暮らしこそが、ローラへのプレゼントだったとわかります。(続く)
*「シルバー・レイクの岸辺で」(ローラ・インガルス・ワイルダー作 ガース・ウィリアムス画 恩地三保子訳 福音館)
☆写真は、建物の中のモミの木。

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プラム・クリークのクリスマス・ツリー

すけーとくつj
 (承前)
 さて、「プラム・クリークの土手で」のもう一つのクリスマスのお話は「思いがけないこと」の章です。
 
 ローラは生まれて初めて、クリスマス・ツリーを見ます。
 キャンデーの入った小さな袋、色とりどりの紙包み、間をぬって、何枚もの絹のスカーフ、ひもつきの赤いミトン、ポップコーンのたっぷりついたひも、木の足元には、真新しい洗濯板や木のたらい、バターつくりにつかう攪乳器、橇、シャベル、干し草をすくう長柄のフォークなどがローラの目に入ります。
 そして、それらは、はずされ、教会に来た人たちに手渡されていきます。

≪こんなクリスマスは、生まれて初めてでした。大がかりな、はなやかなクリスマス、教会ぐるみのすばらしいクリスマスです。ランプがそこいらじゅうに輝き、おおぜいの人が集まり、にぎやかにわらい声と話し声がみち、会堂のなかはしあわせではちきれそうでした。ローラは、この立派ではなやかなクリスマスがぜんぶからだのなかにはいってしまったようで、胸がいっぱいではちきれてしまいそうでした。≫

 この時、ローラがもらったものは、ミトンに、宝石箱、キャンデーにポップコーンのボール、そして、お礼をいうのを忘れるほどうっとり抱きしめたケープとマフでした。
 
 「クリスマスが全部身体の中に入る」こんな体験を味わう子どもたちがたくさんいることを願います。(続く)

*「プラム・クリークの土手で」(ローラ・インガルス・ワイルダー作 ガース・ウィリアムズ画 恩地三保子訳 福音館)
☆写真は、スイス チューリッヒ国立博物館の壁に飾られた冬の民具。

                   スキーj

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プラム・クリークの土手のクリスマス

                      霧の中の樹j
(承前)
 さて、インガルス一家の物語の三巻目「プラム・クリークの土手で」には、2年分のクリスマスの章があります。
 まず、「クリスマスの馬」と「メリイ・クリスマス」の章。
 
 かあさんはローラたちに、クリスマスには何が欲しいか聞くと共に、とうさんは何が欲しいと思うかとも尋ね、みんなで馬が欲しいと願うのはどうだろうと提案します。ローラは思わず「サンタクロースは、ほんとにいるのよ、ね?」と、かあさんに聞きます。
 かあさんは「もちろん、サンタクロースはいますよ」と答え、「大きくなればなるだけ、サンタクロースのことがよくわかるようになりますよ。もう、おまえたちも大きくなったのだし、サンタクロースがたったひとりだとはまさか思ってないでしょ?クリスマス・イヴに、サンタクロースは、どんな所にもくることは知ってますね。・・」

 そして、かあさんはもう一つ教えてくれます。
≪サンタクロースはどこにでもいるだけでなく、いつでもいるのだということを。だれでも、自分のことよりひとのためを第一に思う気持ちになれるとき、いつもそこにはサンタクロースがいるのです。クリスマス・イヴというのは、みんながひとのために思うときなのです。その夜こそは、だれもかれも、みんな自分勝手な考えをわすれ、ほかの人たちのしあわせを願うからこそ、サンタクロースがあらゆる所に現れるのです。そして、朝になると、それが形になって見えるのです。≫

 そして、クリスマス、ローラ達のところには、2頭の馬がやってきます。
≪寒い陽気なクリスマスの朝、とうさんもメアリイもローラも馬たちも、みんなしあわせでいっぱいでした。≫(続く)
 
 ここで思い出すのは、*「とびきりすてきなクリスマス」(リー・キングマン作バーバラ・クーニー絵 山内玲子訳 岩波)
*「プラム・クリークの土手で」(ローラ・インガルス・ワイルダー作 ガース・ウィリアムズ画 恩地三保子訳 福音館)
☆写真は、スイス 霧の中 

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大草原の小さな家のクリスマス

ヘミングフォード村川j
大きな森の小さな家のクリスマス」から続き
(承前)
 インガルス一家の物語のローラの幼い頃の話、福音館から出ている5冊(うち、1冊は、のちにローラと結婚するアルマンゾの子どもの頃の話)には、どの巻にも「クリスマス」の話が入っています。
 
 二巻目の大草原の小さな家にもありました。「エドワーズさん、サンタクロースに出会う」の章です。

 この章は、こう始まります。
≪日は短くなり、寒さはきびしく、風はヒューヒュー鳴っていましたが、まだ雪がふらないのです。冷たい雨がふっています。毎日毎日雨はふり続き、屋根を打ち、軒からザアザア落ちていました。≫
 ローラは心配しています。クリスマスが近いのに、雪がなければ、サンタクロースとトナカイは来られない・・・
 水の流れは勢いを増し、サンタクロースどころかクリスマスのごちそうを食べにくるエドワーズさんさえ来れそうもありません。
 が、そんな中、エドワーズさんが、服を頭にのせてクリーク(大きな河と小川の中間の大きさの川)を渡ってきます。歯をカチカチ言わせ、声も震え・・・

 エドワーズさんは、サンタクロースに、ローラとメアリイへのプレゼントを頼まれたと告げます。
≪「じつは、まことに気がかりなのだが」サンタクロースはいうのです。「ふたりとも、まことにやさしい、かわいい、いい子たちなのだし、ふたりともわしをまっているにちがいない。あの子たちのようないい子をがっかりさせるのは、わしにはとてもつらいことなんだよ。だが、あのとおり、クリークの水がひどくふえてしまっていて、とてもわしにはわたりきれそうにない。かといって、ほかにどうやってあの子たちの家へいったらいいのか、わしには考えもつかぬ。エドワーズ、ことし一度だけでいい。どうかこのプレゼントをふたりの所までとどけてはくれまいか」≫

 エドワーズさんが、インディペンデンスの通りを歩いていてよかった。
 夜でも酒場の灯りが届いて明るくてよかった。
 サンタクロースがエドワーズさんのことを知っていてよかった。(サンタクロースは誰でも知っているとのこと)。
 ひげを見れば、すぐにサンタクロースだとわかってよかった。
 それに、ことし一度だけというリアリティ。

 そして、ローラとメアリイがもらったのは、キラキラ光るブリキのカップ、長い長い棒キャンデー、ハート型のお菓子、ピカピカの新しい1ペニイのコイン!(続く)

*「大草原の小さな家」(ローラ・インガルス・ワイルダー作 ガース・ウィリアムズ画 恩地三保子訳 福音館)

☆写真は、英国 ヘミングフォード村グレート・ウーズ川。ボストン夫人の「グリーン・ノウ」シリーズ(ルーシー・ボストン作 亀井俊介訳 ピーター・ボストン絵 評論社)の舞台になったところで、洪水が多く、左に写る、水量を示す目盛りがずいぶん高いところまであります。

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京都ぎらい

                    八坂の塔秋j
「京都ぎらい」(井上章一 朝日新書)
 著者がどうしても書きたかったと思われるのは第一章「洛外を生きる」です。
 しかしながら、京都に観光で来ただけの人あるいは来る予定だけの人は、読んでも、よくわからない部分が多いと思います。
次に、京都方言になれない人は、読んでもニュアンスが伝わらないと思います。少なくとも京阪神のイントネーションでない人は難しいかと。
 次に、何らかの形で京都に縁のある人は、電車で読んではいけません。ニヤニヤしてしまいます。
 次に、京都府民、あるいは洛外の人は、読むと面白いと思います。大きく、うなずくことが多々あるはず。
 最後に、我こそが京都の者、いえ、洛中だと思っている人は、この章を読まないのではないでしょうか。
 
  「君、どこの子や」「嵯峨から来ました」「昔あのあたりにいるお百姓さんがうちへよう肥をくみにきてくれたんや」 
 今や京都市である嵯峨は、洛中の民にとっては、田舎であり、いけずの対象らしい。
 また、「(嵯峨)あのへんは言葉づかいがおかしかった。僕らが中学生ぐらいの時には、まねをしてようわらいおうたもんや。じかにからこうたりもしたな。」というのは、当時国立民族学博物館の顧問梅棹忠夫。

 また、京都市に入っている伏見、山科なぞ、もってのほか。
「とうとう、山科の男から話(縁談)があったんや。もうかんにんしてほしいわ」「山科の何があかんのですか」「そやかて、山科なんか行ったら、東山が西のほうに見えてしまうやないの」

 ましてや宇治や亀岡なども、隣接しているだけで京都と言ってはいけない。とはいえ、西陣でさえも、真ん中の中の中の人にとっては、そこは洛中か?となる。
 国立民族学博物館にある全国のお国言葉で「桃太郎」を聞ける装置の京都府京都市の語り手は、初代館長で西陣出身の梅棹忠夫ですが、「京都を西陣のやつが代表しとるんか。西陣のふぜいのくせに、えらい生意気なんやな」というのは、中京、新町御池で育った男。

 うーん、毒がきつい。華々しい京都のイメージを支える、この「沼気(しょうき)*」。*新書紹介のキャプションにこの言葉。

 確かに、「洛外で生きる」に書かれているような会話は、京都の人と話していると交わされる一つのトピックでもあります。どこまでを洛中とするのか、かの応仁の乱云々と同じレベルで、登場するのです。

 ま、この毒素こそが、京都の歴史の芯になっている・・・という流れでこの新書全体は成り立っていますが、後半になるほど、第一章ほど笑えない一冊でした。
☆写真は、東山を背景に、八坂の塔。

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月と狂言師

眉月j
(承前)
 狂言小舞「細雪」を見てから、慌てて、谷崎潤一郎「月と狂言師」(中公文庫)を読みました。「月と狂言師」以外には、日記やエッセイが入っています。
 
 谷崎は終戦後、久しぶりに月見の宴にでかけます。そこは、南禅寺境内の上田邸。南禅寺の塔頭の中でも林泉と建物の立派さで鳴っている金地院の寺中、しかも池水や座敷の配置が月を愛でるのに好都合、その上、茂山千作翁や千五郎の狂言もあり、というご招待。

お茶の後は、「呼声」と言われる子どもの狂言があり、小舞があり、狂言があり、番外の狂言もあり、
≪そんなことをしているうちにようよう前栽に暮色が生じ、そろそろ月の出に間もないらしい空あいになった。・・・・・(中略)・・・あの気がかりであった山の端の雲はいつの間にか跡形もなく消え失せて、今こそ空は一点のかげりもなくなっているのであった。ほんとうに十五夜の晩にこんなにも清く天が澄むと云うことは十年に一度もあるものではなかろう。≫

 そんな折り、茂山千作翁が何やらしずかに口のうちで微吟し出し、その歌を知っている者は合唱し出し、だんだん声も大きくなってきます。また別の歌を微吟し出すと、誰かが「ああ、あの辺がぼうっとして来ました、あれは月白らしいですな。」といい、≪いよいよ山の彼方の空が明るくなったが、何だか月が大勢の合唱に釣り出されつつ、しずしずと舞台へセリ上がって来る感じで、その堂々たる出方は千両役者が登場するようでもある。≫この後も月の歌は続き、≪月はすでに山の端を離れて池の面が輝き出した。圓かな影が水に映っているばかりでなく、睡蓮の葉の一つ一つにも宿りはじめた。≫

 そして、月が中天に懸ると、酒席となり、各人、隠し藝の披露となっていくのです。
 
          睡蓮j

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狂言小舞

細雪j
(承前)
 さて、今回のお食事会のもう一つのお楽しみは、狂言小舞でした。その翌日、プライベートながら、気の張るところで舞われるので、そのリハーサルを兼ねているということでした。

 演目は「細雪」。
 谷崎潤一郎は狂言師茂山千五郎家がご贔屓で、「細雪」の中の平安神宮花見のくだりを、狂言小舞のために、新たに短く作詞したようです。
  終戦後、京都に住んだ谷崎は、「月と狂言師」(中公文庫)に、こう書きます。
≪昨今は又狂言の千五郎もひそかに贔屓しているのであった。実際京都に住んでいると、すぐれた歌舞伎芝居はたまにしか見られず、と云って新劇や音楽会なども大阪までは来るけれども此処は素通りしてしまうので、見るに堪えるものと云っては結局能か狂言よりないのであるが、わたしたちはたびたび見に行くうちに能よりも狂言の方が、分けても千五郎氏の藝が好きになったのであった。≫

 さて、この平安神宮花見は、「細雪」本文で書かれていることもさることながら、先日、谷崎潤一郎記念館であった「大谷崎と挿絵の世界 楢重・松篁・棟方」の時にも、実際に松子たちが平安神宮に出向いている写真が展示されていて、たった一枚の写真からも、その華やかさが伝わて来ました。
 そして、その華やかさと花の美しさを謡った小舞「細雪」でした。

 翌日は、美しい「桜」の扇で、日本文化に造詣の深い人の前で、狂言小舞を披露されたはずです。 次回のお稽古のとき、そのお話が聞けるのが楽しみ!

 ともかくも、ご馳走様でした。(続く)

               荒神かぶj

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舟ふな

               つわぶきj
(承前)
 古筆のお稽古を続けられる秘訣(といっても月に二回、しかも夏冬その他、長期休みも何度か)
 その1は、お稽古に行くまでの時間、友人と京都の散歩ができること。
 その2は、お食事会が夏冬あって、その場で、書の先生のもう一つの姿(狂言師)が見られること。
 (はい、ちっとも、書の上達に関係ない・・・)
やまざとj
 で、今回の狂言は、夏の集まりでは途中までだった「舟ふな(ふねふな)」という出し物の続き。
 神崎の渡し舟を、太郎冠者は「ふなやい!」と呼ぶと、主人は何故「ふね」といわないのかと怒り出す。すると、太郎冠者は舟着場(ふなつきば)といい、「ふねつきば」とは言わないと言い返す。すると主人は「ふねつきば」と言い、それぞれが、古歌を持ちだすものの、太郎冠者優勢に。すると、・・・・

 この狂言は、主人と太郎冠者が兵庫県「西宮神社」に出かける話で、今西宮の近くに住んでいるし、「神崎の渡し」は、大阪の西、神崎川のことだし、太郎冠者の持ちだす古歌の一つ「ふな出してあとはいつしか遠ざかる須磨の上野に秋風ぞ吹く」の須磨は、我が実家だし、主人の謡「ほのぼのと明石の浦の朝霧に嶋隠れ行ふねおしぞ思ふ」というのは、夫の実家、明石朝霧だし・・・ ということで、この狂言は、とても親近感がわき、可笑しい演目がより楽しく、大笑いのひと時でした。(続く)

☆写真は、京都の民家前のつわぶき。下は、カブと湯葉豆腐に、ゆず白味噌あんがかかって居ます。アツアツのグラタン風。横の書は、お店のオーナー直筆の「山里は ふゆぞさみしさ まさりける 人めもくさも かれんと思へば」(古今集 冬)

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師走の紅葉

              フランク ロイド ライトj
 一番上の写真は、六甲山系に近い阪急電鉄芦屋川駅から見たところ。白い建物は、フランク・ロイド・ライトの建てたヨドコウ迎賓館です。
 さて、阪急電車で京都についたものの、昼食会まで、まだ時間が早いので、建仁寺 両足院の横を通って、近くで見る紅葉にがっかりしながら、
両足院j
  八坂の塔の横を通って、紅葉じゃなく、南天と夏ミカンを見ながら、
          やさかのとうj
  二年坂産寧坂清水坂まで行ったものの、人が多くて、高台寺に向かったら、時間がなくなって境内には入らず、急な階段を下りたところでこの日一番の紅葉のトンネル、師走の紅葉。(続く)

高台寺j 

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やっと紅葉

 やっと紅葉j
 今年の後半、思いもかけないことが次々あって、ついに師走に入ったものの、よりバタバタする日々に、ふと山を見たら、やっと紅葉。
 近くで見たら、葉があまりきれいでなくとも、遠景の紅葉は、本当に錦織りなしていました。
 こんなに遅く紅葉するのは稀です。いい気候に紅葉狩りというより、寒さこらえて紅葉狩り。
 そのうち、お正月に紅葉狩り・・・なーんてね。
 
 ヨーロッパに、いえ地球全体に、暗い雲がかかっていても、雲のない穏やかなお天気の日に、美しい山を見るのは気分がいい。
 温暖化だとか、右だとか、左だとか、言ったとか、言わないとか・・・本気の本気で、解決の道を。
☆写真は、我が家のベランダから写した 六甲山系

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大きな森の小さな家のクリスマス

ローラj
 ローラ・インガルス・ワイルダーの「大きな森の小さな家」(インガルス一家の物語)シリーズの、ローラが小さい時の話は、厳しい生活条件の下で、子どもたちが楽しく暮らす話が多く入っています。
 そんなシリーズ第一冊目「大きな森の小さな家」の「クリスマス」の章は、素朴な中にも、心通うクリスマスの様子が描かれて、とても楽しい。そして、今年、この「クリスマス」の章だけ、一冊の本になりました。安野光雅訳・絵による「森のプレゼント」です。(写真右)

 この場合、ガース・ウィリアムス描く「インガルス一家」の絵の方が好みです。特に、表紙(写真左)にもなっているローラが人形を抱いている絵が好きです。そして、ローラが朝起きて、靴下に入っていたものを見つけた時のことは、特に印象に残ります。

≪ローラはだれよりもいちばんうれしいのです。ローラには、布人形のプレゼントがはいっていたのですから。それはそれはきれいな人形でした。白い布の顔に、黒いボタンの目がついています。黒いえんぴつでまゆがかいてあり、ほっぺたと口は、ヤマゴボウの実からとった赤インキでぬってあるのです。髪の毛は、黒い毛糸で、ほぐし毛糸なのできれいなまき毛にんっていました。足には、ちっちゃな赤いフランネルの靴下をはき、靴は、黒い布をぐるぐるまいて、ゲートルのようにできています。洋服は、きれいなピンクとブルーのキャラコです。あんまりきれいな人形なので、ローラは口もきけないでいました。ただ人形をぎゅっとだきしめたまま、ほかのことは何もかもわすれていたのです。≫(恩地三保子訳 福音館)

 いわば、素朴な布人形ですが、こんなに細々と丁寧に、まさに目に見えるように表現してくれるなら、ローラと同じ気持ちになれます。
 子どもが心から喜ぶプレゼントを用意できるサンタクロース・・・それは、いつも、その子を見守り、その子が何を待ち望んでいるかを知っているのですね。(続く)

☆写真右は「森のプレゼント」(ローラ・インガルス・ワイルダー作 安野光雅訳・絵 朝日出版社)
写真左は「大きな森の小さな家」(ローラ・インガルス・ワイルダー作 ガース・ウィリアムス画 恩地三保子訳 福音館)

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クリスマスの森

森のクリスマスj
 「クリスマスの森」(ルィーズ・ファティオ文 ロジャー・デュボアザン絵 つちやきょうこ訳 福音館)
もう40年以上、クリスマス時期に、クリスマスの絵本を買っています。ネットが使えるようになると、洋書の古書にまで手を出して、一年中、クリスマスの絵本を手に入れるようになりました。何冊持っているか?そんな野暮なこと、夫すら聞きません。

 毎年、新しく翻訳されるクリスマス絵本を特に楽しみにしてきました。確か、バブルの頃とその後少しは、困るくらいたくさん翻訳されていったと思います。が、ここ何年かは、少々品薄ぎみ。
 で、今年は、これぞ、というのが、とても少なく、この「クリスマスの森」が光っていただけかもしれません。
 
 デュボアザンの描く世界は、どれも,過激すぎず、穏やかで温かい。
 農場の動物たちは、ひょうきんで楽しく、明るい。
 ここに描かれている森の動物たちも同じく親切な心に満ちています。

 お話は、疲れて眠ってしまったサンタさんの替わりに森の動物たちが、プレゼントを届けるというものですが、デュボアザンの優しい絵と共に、文を担当するデュボアザンの妻であるルィーズ・ファティオは、本当らしさを語ります。
 
≪フクロウや タカや カラスは とおくの えんとつへ とどける おもい プレゼントを まかされました。
 エボシガラや シジュウカラや スノーバードは ちいさい プレゼントを はこぶことに なりました。ちいさくても だいじな プレゼントです。
 スカンクは いつだって ゆっくりとしか あるかないので ちかくの むらに とどける プレゼントを たのまれました。
 クマや シカは いちばん おもい つつみを ひきうけました。≫

 小さい鳥が重い物を運ぶと嘘になり、早く歩けないスカンクが遠くに行くのは無理がある・・・本当にあるかもしれないと思う世界が、ここに書かれているのです。
 

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バッカスにミューズが刺激される

         葡萄バッカスj
(承前)
 それで、「父の形見草ー堀口大學とわたし」(堀口すみれ子 文化出版局)も読みました。
 家庭人堀口大學の、甘い甘い姿が見えてきます。
 もちろん、その父を尊敬し慕ってやまない娘もそこに居ます。

 少々、破天荒な生き方をする芸術家・文筆家の多い中、若い頃はともかくも、独身の頃はともかくも、少なくとも、ずいぶん歳の離れた女性と結婚した後は、家庭を大事にしていた姿が見えます。内に籠って、ナイーブで、どちらかというと暗い詩人ではなく、本人は前向きで、明るい。

 とても素敵なエピソードが「父の晩酌」に書かれていました。
≪・・・飲みすぎて気分が悪くなったり、乱れたりした父を一度も見たことがありません。電熱器に鉄びんをかけて、自分で好みの燗をつけ、ゆっくり時間をかけて楽しみます。必ず日本酒ですが、その前にビールやワイン、シャンパンを抜くこともありました。盃を片手に、じっとうつむき、「ああ、まわる、まわる、五臓六腑にしみわたる。」と勤勉な一日のすべての苦労からときはなされた、解放のひとときだったのでしょう。時々、何か口の中でひとり言をくり返していたかと思うと、「ちょっと待っていてね、君たち続けていなさい」と二階へ上がってしまいます。しばらくして降りてくると詩が一篇できあがっていて、読んで聞かせてくれるのでした。バッカスにミューズが刺激されるのでしょうか。≫

 うーん、こんな素敵な酒席があるなんて。詩のある暮らし・・・どころか詩が生まれる暮らしなんて!
(このあと、少々、寄り道をしながら、「日本の鶯」に続く。)

☆写真は、スイス レマン湖畔 スイスワインの拠点の街ヴェヴェイにあった「バッカスの子どもたち」というタイトルの像。後ろの建物は、ホテル・デュ・ラック

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僕は生まれてくるのが五十年早かった

パンj
(承前)
 「堀口大學詩集 幸福のパン種 増補版」 (堀口すみれ子 かまくら春秋社 )の最後「改版によせて」に、こんなことが書いてありました。

 堀口大學は娘に言います。≪「僕は生まれてくるのが五十年早かった、五十年経ったら僕の詩は理解されるよ、君はそれを見届けておくれね」≫
 そして、娘は、平成23年秋に、増補版を刊行します。1971年産経新聞元旦に書かれた「新春 人間に」という詩を加えた増補版です。堀口すみれ子は言います。≪この年は福島第一原子力発電所が可動した年で、書かずにはいられなかった詩だったのでしょう。≫

 堀口大學は、1892年生まれで1991年没。東日本大震災は2011年(平成23年)3月11日でした。

「新春 人間に」(1971年) 
≪分かち合え
 譲り合え
 そして武器を捨てよ
 人間よ

 君は原子炉に
 太陽を飼いならした
 君は見た 月の裏側
 表面には降り立った
 石までも持って帰った
 
 君は科学の手で
 神を殺すことが出来た
 おかげで君が頼れるのは
 君以外になくなった

 君はいま立っている
 二百万年の進化の先端
 宇宙の断崖に
 君はいま立っている
 存在の岐れ目に

 原爆をふところに
 滅亡の怖れにわななきながら
 信じられない自分自身に
 おそれわななきながら・・・
 
 人間よ
 分かち合え
 譲り合え
 そして武器を捨てよ

 いまがその決意の時だ ≫
(続く)
☆写真は、スイス シャブレー村のパン屋さん看板。

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幸福のパン種 増補版

     こうふくのぱんだねj
詩人なんかは反芻の専門家だ」の項から続いています。
(承前)  
 「聖母の曲芸師 短編物語3」(堀口大學訳 書肆山田) の装画は横田稔でした。
 お話の邪魔にならない装画だと思って居たら、堀口大學の娘すみれ子の選んだ、「堀口大學詩集 幸福のパン種 増補版」の表紙も、中の装画も、同じ横田稔でした。
 (調べると、版画家の横田稔と堀口大學が組んだ詩画集は他にもあり、横田氏は、絵本も手掛けておられるようでした。)
 
 特に、 「堀口大學詩集 幸福のパン種 増補版」 (かまくら春秋社)は、堀口大學への娘の愛と、仕事を共にした画家の愛が感じられる1冊です。
 本の装画も、もちろん堀口大學自身の詩や訳詩も、温かみがあります。

 そして、この増補版というのが平成23年秋に出た意味にも着目したいと思います。当初の版に2つ詩を加えて、堀口すみれ子は、父への思いを、形にしました。
 平成23年(2011年)の春にあったのは、東日本大震災でした。その時、福島原発事故があったのでしたね。(続く)
☆写真は、右「聖母の曲芸師 短編物語3」、左「堀口大學詩集 幸福のパン種 増補版」署名のところに、「NICO D. HORIGUCHI」と見えます。ニコは、堀口大學の外国暮らしのときの呼び名です。

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病膏肓に入る始まり

        ヒドコットマナーj
(承前)
 1987年に、「妖精デックのたたかい」「魔女と二人のケイト」が、刊行された頃、末っ子は1歳半、長男は小学校、長女は、幼稚園という、人生で一番忙しい時期でした。それぞれの子にそれぞれ手がかかり、自分の時間などありませんでした。そんな中、隙間のような時間を見つけて、児童文学を読みました。大人向けの文学より、簡単な言葉で、わかりやすく展開し、感情移入しやすい。つまり、大事なことを伝えつつも、小難しいこと言わない児童文学は、当時の私の栄養源でした。
 
 この本を初めて読んだ時は、まだ、英国に行ったことがありませんでした。が、民俗学者であり妖精学者のキャサリン・ブリッグズの描く、イギリスの風習や伝えてきたもの、細かい家の設えや食べ物すら、なじみがないが故に、英国に行って見てみたい、感じてみたい!につながっていきました。もちろん、英国に行きたい病の原動力になった英国児童文学は、他に多々あるものの、この本もその一冊でした。
 
 このあと同じ著者同じ訳者二人による「イギリスの妖精」(1991)や、キャサリン・ブリッグズの集大成と思われる「妖精事典」(1992)をずいぶん楽しみました。
  それで、やっと1992年夏に英国行きたい病の治療に、友人たちと英国湖水地方等に出かけたのですが、それは、病膏肓に入る始まりに過ぎませんでした。・・・・・とはいえ、昨今の不穏な状況下、ロンドンは、より遠い・・・・

*「妖精ディックのたたかい」(K.W.ブリッグズ文 コーディリア・ジョーンズ絵 山内玲子訳 岩波)
*「魔女と二人のケイト」(K.W.ブリッグズ文 コーディリア・ジョーンズ絵 石井美樹子訳 岩波)
*「イギリスの妖精」(キャサリン・ブリッグズ 石井美樹子・山内玲子訳 筑摩書房)
*「妖精事典」(キャサリン・ブリッグズ 平野敬一・三宅忠明・井村君江・吉田新一訳 冨山房)

☆写真は、英国 コッツウォルズ北部 ヒドコットマナー。

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ホバディ・ディック

           チャリングワースマナー庭からj
 (承前) 
 久しぶりに「妖精ディックのたたかい」を読んで、ああ、やっぱり面白い・・・
 ジョエルがロンドンから雪の中、帰ってくるところは、はらはらドキドキ。
 もちろん、「宝のありか」の章もわくわくドキドキ。
 
  妖精ディックの「人間臭い」ところが、この本の最大の魅力です。
 嫌な奴には、嫌なお仕置き。心優しき者や弱い者には、暖かい手を差し伸べる。が、自分は妖精であって、幽霊は苦手。何より、人が好き。
 
 と言っても、多くの日本人が妖精という言葉からイメージする妖精と、ホバディ・ディックは少々違います。
 ホバディは、家に住む妖精「ホブ」からつけられたようです。

 「妖精事典」によると、ホブは≪親切で心がやさしく、時にはいたずらな妖精の一種族を指す一般的な名称で、ブラウニーもこれに属している。一般には、イングランド北部地方やイングランド中部地方の北部に存在する。≫とあります。英国全土に住んでいるわけではなさそうです。
 
 そして、「妖精ディックのたたかい」という勇ましいタイトルではありますが、読後は、穏やかで幸せな気分になるのは、ディックにもらった「幸運」の一つ?(続く)

*「妖精事典」(キャサリン・ブリッグズ 平野敬一・三宅忠明・井村君江・吉田新一訳 冨山房)
*「妖精ディックのたたかい」(K.W.ブリッグズ文 コーディリア・ジョーンズ絵 山内玲子訳 岩波)

☆写真は、英国 コッツウォルズ チャリングワースマナー。実は、「隊を組んで歩く妖精達」のときにも使った同じ写真です。このマナーハウスは、ホバディ・ディックが昔住んでいたような館があります。庭のきのこみたいな土台の石に、妖精が坐っていそうでしょう?お話の舞台にもかなり近いのです。・・・が、なさけないことに、この時に撮った写真のデータが消えてしてしまったが為、友人に送ったこの写真を返送してもらってやっと、手元にこの一枚。残念!

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妖精ディックのたたかい

妖精ディックj
 「妖精ディックのたたかい」 (K.W.ブリッグズ文 コーディリア・ジョーンズ絵 山内玲子訳 岩波)
(承前)紅葉に、関東遠征に・・・しているうちに早、12月。街はクリスマス色に。

 銀座教文館で見たコーディリア・ジョーンズの挿絵は、初めから「妖精ディックのたたかい」と「魔女と二人のケイト」についていたものではなかったようです。訳者あとがきによると≪…イギリスの児童文学者アン・スウェイトさんに、ジョーンズさんの一枚の小さな木版画を見せていただいた時、そのふしぎな雰囲気にひかれ、『ディック』と『ケイト』のさし絵をお願いできたら、と思いました。その思いがかなえられ、ブリッグズの作品の魅力をたっぷり汲みとって、深い陰影をそえるさし絵ができあがったのは、大きな喜びです。≫
 「妖精事典」*などの著者で、イギリス民俗学の学者でもあるキャサリン・ブリッグズのお話と、本当にしっくり合っています。小口木版画の陰影が、この「妖精」や「魔女」という陰の世界にぴったりです。

 さて、「妖精ディックのたたかい」には、「楽しきかなクリスマス」の章があります。
 清教徒にふさわしい質素なクリスマスを考える屋敷の主人ウィディスンと「クリスマス・イブには、クリスマスの薪を燃やし、みんな集まれるようだったら、野リンゴを焼いたり、木の実を割ったりして、楽しくやろう。」という使用人バッチフォードと・・・
 ちょっとしたトラブルはありますが、ホバディ・ディックがいるから「楽しきかなクリスマス」。

≪乾杯、町じゅうみんなで乾杯、
 パンはまっ白、エールは茶色、
 お偉いさんに乾杯、下々のものにも乾杯、
 楽しきかなクリスマス、喜びすべての人にあれ。≫(山内玲子訳 岩波)(続く)

*「妖精事典」(キャサリン・ブリッグズ 平野敬一・三宅忠明・井村君江・吉田新一訳 冨山房)

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