みんなみすべくきたすべく

小口木版画展

        ねこたちj
(承前)
 この時期、銀座 教文館のクリスマスSHOPは、2フロアーあり、充実しています。ちょっとした、クリスマス展示会なので、見るだけでも、楽しい。安っぽいギラギラのものがないので、ほっこりした気分になります。

 ・・・というので、教文館に行ったのではなく、「妖精ディックのたたかい」「魔女と二人のケイト」の小口木版画の挿絵や、上記写真のイヴォンヌ・スカーゴンの猫の2冊の木版画作品、あるいは、ヨーロッパ小口木版やトマス・ビュイックの版木が展示されるということで行ってみたかったのです。
 小さな会場に小さな木版画が展示され(無料、~2016年1月17日)、小さな充実感があります。どれも、版画とは思えない精緻な出来。
 日本の木版画も好きですが、英国の挿絵に多く使われてきた小口木版画も好きです。(要は、版画が好きなのか?)

 購入したかった作品は、売約済みで手に入らなかったものの、他店では売ってないという触れ込みの「リリーとホッジとジョンソン博士と」「オスカーであることの大切さ」の二冊を購入し、時間つぶしに銀座をうろうろしてしていた亭主との待ち合わせ場所に行きました。(続く)

*「妖精ディックのたたかい」(K.W.ブリッグズ文 コーディリア・ジョーンズ絵 山内玲子訳 岩波)
*「魔女と二人のケイト」(K.W.ブリッグズ文 コーディリア・ジョーンズ絵 石井美樹子訳 岩波)
*「オスカーであること」(イヴィンヌ・スカーゴン木版画 オスカー・ワイルド文 喜多石要訳 あ・り・す)
  ・・・・・猫のオスカーの版画に、オスカー・ワイルドの作品の言葉が添えられています。
*「リリーとホッジとジョンソン博士と」(イヴィンヌ・スカーゴン木版画 サミュエル・ジョンソン 喜多石要訳 あ・り・す)
  ・・・・・猫のリリーとホッジの版画に、サミュエル・ジョンソン博士の言葉が添えられています。

☆写真は、「リリーとホッジとジョンソン博士と」の見開き。下も同書の挿絵(ナルニア国だよりに印刷分)

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MOMAT

近代美術館j
(承前) さて、そのダンナと待ち合わす前に、さっさと一つ美術館に行きました。

 東京国立近代美術館に行くのは初めてでした。「特集 藤田嗣治、全所蔵作品展示。」(~2015年12月13日)を見たかったからです。
 2006年、東京や京都国立近代美術館(MOMAK)で「藤田嗣治 生誕120年」をやったときにも、何枚かの戦争画がありましたが、今回は戦後70年に当たるということで、戦争画を中心とした東京国立近代美術館の全所蔵作品を披露したようです。裸婦の絵も猫の絵も寓話絵も展示されています。

 2006年の展示の多さと流れは、圧倒的でした。フランスだけでなく、日本での画やメキシコでのものなど、あるいは、子どもを描いたものや寓話など、はたまた、その額の彫り物を見ているうちに、藤田嗣治という人がよく分からないものの、大人になっても子どもの部分を残した人だったのだろうと推測できました。

 で、今回の戦争画です。

 藤田はサインをFOUJITA と書きます。FUJITAだとフランス人には発音しにくいからだと、何かで読んだような気がします。
 が、しかし、戦争画を描く頃の初期は、まだ「FOUJITA」と書いているのに、1941年以降の戦争画には、漢字の「藤田」か「嗣治」または、「FUJITA」とあります。(少なくとも、東京近代美術館の所蔵作品)
 ここに、藤田の思いを感じ取ることができるような気がします。
 戦争という人と人とを分断する行い。
 戦争という人の行く道を阻む行い、フランスを隔てる行い。
 FOUJITAは、FUJITAという仮の姿で描き続けた?いえいえ、心底、戦争画に力を注いだ?よく、わかりません。

 今ここで、戦後70年と安保法案、今このとき、フランスが戦争状態と言い、等、など、など、など、そして、今この瞬間にも、空爆されている・・・・・・・・・心乱れることが多い昨今、皇居そばのMOMAT(東京国立近代美術館)では、藤田嗣治の戦争画14枚が静かに、そこに在りました。

☆写真は、東京国立近代美術館 

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三菱一号館美術館

プラドjj
 一か月に二回の関東遠征なのに、美術館に興味のない夫と一緒だと、弾丸美術館ツアーとはなりません。とはいえ、やっぱり行きたい・・・
 
 出かける前に、「ここのこれと、ここのこれ、それか、ここのこの美術展の内、どれが行きたい?」とお伺いを立てましたら、「仕事で近くまではよく出かけるものの、未だ三菱一号館には行ったことない」・・ということで、東京三菱一号館美術館「プラド美術館展ースペイン宮廷 美への情熱」(~2016年1月31日)に行きました。

  歴代国王の美への情熱から蒐集されたものが並んでいて、スペインのものだけでなく、イタリアやベルギー、オランダなどから集めてきたものもありました。エル・グレコボス、ルーベンス、父子ブリューゲルなどもありました。スペインでは、ゴヤもベラスケスもありました。ちょっと、いいなぁと思ったのもありました。

 が、プラドには、あれがあるでしょう、という作品が一枚もないのです。(少なくとも、素人には、なじみのない絵ばかりでした。)
 ブリューゲルの「バベルの塔」にしても、ウィーン美術史美術館の父ブリューゲルの描いたものよりずいぶん小さく、内容も少々見劣りします。
 展示の大黒柱がなく、かといって、体系的なテーマの流れもないような。前半などは、ロンドン ナショナルギャラリーの展示に似ているなぁなどと思い、いつになったら、プラドらしさが見えるのかと思っていたら、終わってしまった・・プラドに実際に行ったことのない、多分、今後も行けそうもない者にとっては、肩透かしのような美術展でした。
 
 高額の入場料金を払い、並んでまで入場した夫の感想は、意外や意外、「やっぱり、古い建物は、しっかりできてるわ。木でできた廊下もいいねぇ。」。

☆写真左は、入場券(アントン・ラファエル・メングスの「マリア・ルイサ・パルマ」)。右は初来日というヒエロニムス・ボスの「愚者の石の除去」・・・左端の執刀医は、ふざけた漏斗の帽子。右端の妻は頭に書物。愚者の頭から出てきたのは青い花。

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北野天神縁起絵巻

絵巻j
(承前)
 もみじ苑公開に合わせ(~2015年12月6日)、国宝「北野天神縁起絵巻(承久本)」(伝 藤原信実)のある北野天満宮の宝物殿も公開していました。
 
 九州の大宰府に左遷された菅原道真が、流罪の無実を訴えると道真公は天神に変わり、雷神となって清涼殿を襲い死者が出ます。醍醐天皇も死んでしまいます。人々は道真公の祟りを恐れ、神として祀ったのが、北野天満宮の成立の由来で、それを絵巻として伝えたのが北野天神縁起絵巻のようです。
 書も絵も保存状態よく、なにより他に見る人がいない状態だったので、よくよく鑑賞できます。
 
 他にも、小さいながらお宝が多く、道真公ご愛用だったという硯や、長谷川等伯筆による大きな絵馬や、加藤清正が寄進したという日本地図鏡もあります。(この日本地図、北海道がない)
 また、鬼切りという「太刀」の綺麗なカーブ。なんと平安後期のもの。よくぞ、この美しい状態で残ったものよ、と思います。

☆写真右の、ちょっとひょうきんな感じの鬼さんは、菅原道真が雷神になったところ。ですが、鎌倉時代のものとは思えない明るいキャラクター。写真上は、道真公、大宰府へ旅立ち。いずれも案内パンフにあった「北野天神縁起絵巻(承久本)」。中央は、長谷川等伯筆による「昌俊弁慶相騎図」という絵馬なのですが、それぞれ板をつなぎ合わせた とても大きなもので、壁一面です。この写真の写りが悪いというより、全体の劣化が激しいものでした。

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もみじ苑と御土居

         北野神社j
 今年の紅葉は、あんまり・・・真っ赤になる前に、茶色くなったり、葉っぱが縮んだり・・・もう少し待っても、あかんかも・・・と、京都 北野天満宮もみじ苑公開(~2015年12月6日)に行って思いました。

 学生の頃から何度も、北野天満宮には来たことがありましたが、もみじ苑は初めて。もし、紅葉にとって、最適の気候の年に、もみじ苑に出かけることができたなら、大感激の大満足が可能のはず。紅葉が本当にたくさん植わった自然のままに残った場所だからです。鳥の声もよく聞こえました。

 さて、このもみじ苑、紅葉だけではなく、御土居の上を歩けるという順路でもありました。春に、豊臣秀吉の築いた御土居(おどい)のことを書きましたが、写真上は、その御土居から北野天満宮を見ています。つまり、この高く積み上げられた洛中洛外の境界線は、洛中を守る堤防であり、御土居の下方には、水抜きがあり(悪水抜き)、そのまた下には、紙屋川という川が流れているという構造になっています。
☆写真下の左斜面上が歩ける御土居部分。右下には紙屋川。中央下部の朱色部分は川にかかる橋。こんな街中に、こんな静かな場所があるんですねぇ。(続く)
御土居jj

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楽しかった日を反芻する

メリーゴーランドj
(承前)
 昨日の≪彼等は少年時代や青春の楽しかった日を反芻する、すると彼等の過去の一切がよみがえって、心の中に浮かんでくる。
の、具体例が、最近あったので、書き残します。

 いつも、授業の前に絵本を読んでいます。もちろん、18歳より大きい(その授業の今までの最高齢は50台半ば)人たちにです。
 季節柄、そして、授業の展開上、読んだのは、「おおきな おおきな おいも」(福音館)でした。10人以下のクラスです。

 本を取り出したとき、「あっー!知ってる!紫のお芋が続くやつや!」と、大きな声で指さす学生がいました。「これ、好きやってん。」と、にっこりするのです。
 優しい顔をしています。うっとりという状況に近い表情です。
 ・・・・・・・・
 読み終わっても、喜びは失せることなく、「ほんま、好きやってん!」と、この上もなく、穏やかで優しい表情。
 日頃は、快活で元気という印象の学生の心の中に浮かんだ幼い頃の楽しかったこと。
 その学生を支えている大きなものを見たような気がします。

*「おおきな おおきな おいもー鶴巻幼稚園 市村久子の教育実践による」(赤羽末吉作・絵 福音館)
☆写真は、スイス ヴェヴェイ

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詩人なんかは反芻の専門家だ

        クライネシャイデック牛j
(承前)
  「聖母の曲芸師 短編物語3」(堀口大學訳)の中には、5つの短編が入っていました。アナトール・フランス以外は、ジュール・シュヴェルヴィエルの「少女」とトリスタン・ドレエムの「少年パタシュ」3篇でした。(***どちらもフランスの詩人で、「堀口大學訳詩集」*には、数編の訳詩が収められていますが、ほかの作品を読んだことがありません。)
 特に少年パタシュが、僕・父親と会話する短篇3篇の中でも「パタシュは反芻がしたい」はちょっと可笑しい話でした。が、心に残る話。

≪パタシュは、仔羊や牡牛が反芻しているのを飽きず眺めながら、問います。
―僕にも反芻の仕方を教えてね」
―そりゃ駄目だよ。」
―僕が一人で覚えなきゃいけないの?」
―そうじゃなんだよ、子供に反芻はできないんだよ。」
―僕が大きくなったら出来るの?」
―大きくなってもやっぱり駄目だ。」
―ふうん・・・つまらないなあ。(後略)」
・・・と、二人の問答は続き、ビスケットがなくても、ビスケットがどんなものか知っている、おいしいものだとパタシュが答えると、
―そんなら、あんたも牡牛と同じだよ、反芻してるんだよ。みんなが反芻するんだ。詩人なんかは反芻の専門家だ。彼等は少年時代や青春の楽しかった日を反芻する、すると彼等の過去の一切がよみがえって、心の中に浮かんでくる。(後略)」≫
(このあと、少々、寄り道をしながら、「幸福のパン種 増補版」に続く。)

*「聖母の曲芸師 短編物語3」(堀口大學訳 横田稔装画 書肆山田)
*「堀口大學訳詩集」(現代詩文庫 思潮社)
☆写真は、ユングフラウ壁が向うにそそり立っています。

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神の道化師

                 オーバーホーヘンチャペルj
(承前)
  ひょうきんでほのぼのとした画風のトミー・デ・パオラですが、 「神の道化師」は、我が家の子どもたちには、悲しい絵本として記憶に残っています。

 年老いた道化のジョバンニの最後は、死というもので終わるからです。いくら、幼いイエスの微笑みを得ることができたとしても、クリスチャンではない我が家の子どもたちには「死」というものの重さのみが残っていたようです。

 この話は、以前古本海ねこさん で書かせてもらったように、バーバラ・クーニー描くところの「ちいさな曲芸師バーナビー」と元を同じにしています。ただ、バーナビーは子どもで、最後は、≪元気よく、嬉しそうに宙返りをし・・・≫とあるように、未来に続いていく結末でした。トミー・デ・パオラは、その作者ノオトで記したように≪わたし自身の人生経験とかさねあわせ、心をこめて語りかえた。≫ようです。したがって、パオラの「神の道化師」は人生を深く知った者へのメッセージでもあると考えられます。

 そしてまた、このフランスに伝わる話を基に、アナトール・フランスが創作したものが「聖母と軽業師」「聖母の曲芸師」です。主人公も、子どもでなく成人ですが、結末の部分は、聖母が祭壇から降り、軽業師・曲芸師の額の汗をぬぐう・・・となっています。(続く)

*「神の道化師」 (トミー・デ・パオラ作 ゆあさふみえ訳 ほるぷ出版)
*「ちいさな曲芸師バーナビー」(フランスに伝わるお話 バーバラ・クーニー再話・絵 末盛千枝子訳 すえもりブックス)
*「聖母と軽業師-アナトール・フランス短編集」(アナトール・フランス文 大井征・訳 岩波文庫)
*「聖母の曲芸師 短編物語3」(堀口大學訳 横田稔装画 書肆山田)

☆写真は、スイス トゥーン湖畔 オーバーホーヘン城プライベートチャペル。

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さあ、しゃしんを とりますよ

         うしさんj
「さあ、しゃしんを とりますよ」(ナンシー・ウィラード文 トミー・デ・パオラ絵 福本友美子訳 光村図書)

 トミー・デ・パオラの絵は、いつも、暖かく優しいタッチで、好きな絵本が多いのですが、今回はこのタイトル「さあ しゃしんを とりますよ」という言葉に引き込まれてしまいました。

 最近は、以前より簡単に誰でもどこでも、写真が撮れます。スマホのカメラで写している人のそばを通るとき、その風景に、自分が写って居たらいやだなぁと思うこともあり、さりとて、自分が撮るときは、人物もありのときもあって、写真は自分勝手な趣味でもあると考えたりします。

 そんなとき、「さあ しゃしんを とりますよ」と声をかけられたら、どうでしょう。その温かい気持ちが、この絵本の中にも溢れています。
 ・・・といっても、心静かなお話というものではなく、どちらかというとドタバタと記念写真に応じるくつやさんとおかみさん。ちょっと笑っちゃいます。彼等の結婚記念日の記念撮影なのです。
 さてさて、どんな写真が撮れたでしょうか?(続く)
いぬさんj
☆写真は、この夏スイスで出会った動物たち。犬さんは特急列車の中でお利巧にしていました。白鳥は、なかなかこんなスタイルで泳ぎつづけてくれないものです。レマン湖面です。牛さんは、本当に近くまで寄ってしまった。
                 白鳥j

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くつです。

         くつですj
(承前)
 「おうさまのくつ」 (ヘレン・ビル文 ルイス・スロボドキン絵 こみやゆう訳 瑞雲舎)を見て、一番に思い出したのが、センダックの「こびとのゴブリン」の話でした。

 子どもが小さい頃、何度読んだかわかりません。(と、どこかに書いたかもしれませんが・・・)
≪ほらあなのそばをとおりかかったゴブリンは、ほらあなの中のドガン!という音にびっくりしたそのひょうしに、くつが脱げてしまいました。そのまま逃げだしたゴブリンですが、ピッタ パッタ ピッタ パッタ ピッタ パッタ なにかがあとをつけてくるのです。怖くて後ろをみることができず、どんどん早く走ります。すると、そのなにかも、どんどん おいかけてくるのです。ピタパタ ピタパタ ピタパタ ・・・≫

 この話の中で何度も読めとせがまれたのは「くつです。」という箇所。きっぱりと言い切る潔さ。「ああ、よかった」の感じが込められているのでしょうか。
 
 おうさまのくつは、ポッカ ポッカ ポッカ ポッカ
 こびとのくつは、ピタパタ ピタパタ ピタパタ
 ここだけでも、声に出して読んでみて。ちょっと、面白いから。

 「こびとのゴブリン」は、こぐまのくまくんがおじいちゃんに聞かせてもらったお話で、 「おじいちゃんとおばあちゃん」 (E.H.ミナリック文 モーリス・センダック絵 まつおかきょうこ訳 福音館)に入っています。

☆写真は、手前が、センダック「こびとのゴブリン」 奥はスロボドキン「おうさまのくつ」表紙。

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おうさまのくつ

くつj
「おうさまのくつ」 (ヘレン・ビル文 ルイス・スロボドキン絵 こみやゆう訳 瑞雲舎)
 以前は、「ひゃくまいのドレス(きもの)」や「すえっこOちゃん」や「モファットきょうだいシリーズ」の挿絵でなじみ深かった、スロボドキンですが、近年、絵本が一気に邦訳出版され、この「おうさまのくつ」も出たばかり。

≪ むかし、あるまちのくつやさんが、上等の革を使い細かい模様の刺繍をし、金色に輝くまで磨いた靴をつくると、見た人は「すばらしい!まるでおうさまが はくようなくつだ」と口をそろえたものですから、この金色に輝く靴は「うぬぼれや」になってしまいました。

 あるひ、くつやさんがでかけてしまうと、左足の靴が「お城に行く時間だ!」と言いました。右足の靴も、うぬぼれやではありましたが、ちょっと抜けていて、いつも左足の靴の言いなりでしたから、どうしてお城に行くかさえ、よくわからずに出かけていきました。
 ポッカ ポッカ ポッカ ポッカ

ところが、お城に近づいたところで急な雨!それも土砂降り。
びしょぬれで、泥まみれになった うぬぼれやの靴は・・・・≫
(続く)

*「ひゃくまいのドレス(きもの)」(エレナ・エステス文 ルイス・スロボドキン絵 石井桃子訳 岩波こどもの本)
*「すえっこOちゃん」(エデット・ウンネルスタード文 ルイス・スロボドキン絵 下村隆一・石井桃子訳 学研・フェリシモ)
*「モファットきょうだいシリーズ」(エレナ・エステス文 ルイス・スロボドキン絵 石井桃子訳 岩波少年文庫)

☆写真は、英国バースの衣装美術館に展示されていた靴(1880~1890代)の絵葉書。展示品は、もっとたくさん並んでいて、とても小さな華奢なものばかりでした。

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谷崎潤一郎記念館

          たにざきj
(承前)
 「関西文化の日」の続きで、といっても、芦屋市美術博物館の隣にあるのが、「谷崎潤一郎記念館」なので、「浮世絵」のあと、入館してみました。
 今やっているのは、谷崎潤一郎没後50年・生誕130年記念の「大谷崎と挿絵の世界 楢重・松篁・棟方」(~2015年12月6日)です。
 とても小さい記念館なので、「関西文化の日」で無料ともなると、一気に盛況。
ご近所過ぎて、なかなか行きませんが、今回は「挿絵」だったので興味がありました。

 「蓼喰ふ虫」の挿絵は小出楢重です。この小出楢重のアトリエは、隣の芦屋市美術博物館敷地に保存開館されています。もともと、この辺りにあったものを移築したようです。(大体、この芦屋・東灘の辺り、谷崎ゆかりの地でもあります。谷崎と松子の住んだ家は、富田砕花旧居です。)
 また、谷崎源氏のポスターを鏑木清方や伊藤深水が手掛け、新訳となった源氏物語は、日本画家14人の競演というのですから、豪華なものですね。中でも上村松篁の描く原画も少し展示されていました。また、神戸生まれで神戸六甲アイランドに小磯良平美術館のある小磯良平も装丁・口絵を担当したとありました。

 それに、「痴人の愛」や「鍵」「癇癪老人日記」などを、谷崎と組んだ棟方志功は、先日「画家の詩、詩人の絵」展で見た星座の花嫁版画集とは雰囲気の異なる、よく目にする棟方志功の版画でした。

☆紅葉の写真だけなら、どこの紅葉も同じとはいえ、左下のスタンプも、紅葉も、谷崎純一郎記念館のものです。

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浮世絵展ふたつのふたつめ

     大井川j
(承前) 
 さて、近所にあるもう一つの鑑賞無料(関西文化の日)だった美術館では、「浮世絵 恋物語 浮いた話のひとつふたつ」(芦屋市美術博物館:~2015年11月15日)が開かれていました。こちらは、昨年「やまとなでしこー美人帖」と一部同じ作品も並ぶ、浮世絵展でした。

 ここは、日頃、とてもとても、すいているのですが、さすが「関西文化の日」で無料だったせいで、いつもとは比べられないほどの来館者。
 歌川国貞の「源氏後集余情」という源氏物語の江戸庶民版みたいなのも面白かったし、同じ国貞の「忠臣蔵絵兄弟」というパロディのような浮世絵も楽しかった。
 
 二つの浮世絵展(あべのハルカス美術館・芦屋市美術博物館)で、「・・・・そう」というのがあって、ユーモラスなタイトルだったので、同じシリーズかと思ったら、
片や大判錦絵の今様美人十二景「愛走がよさそう」(渓斎英泉 1822~23頃)
片や堅大判錦絵の風俗三十二相「暗そう」「いたそう」「しだらなさそう」(月岡芳年 1888年)
たとえば、「いたそう」という絵、今にも入れ墨の針が突き立てられる瞬間のお顔、いかにも「痛そう」
・・・・で、各所違う作者。少々、時代も違う。
ま、こんな曖昧な言い方は、いつの世でも流行っていそう。(続く)

☆写真は、写楽ほど有名じゃないものの、見ていて楽しかった歌川国貞「大井川歩渡図(おおいがわかちわたりのず)」。
 姐さんたちを担いで大井川を渡って居ます。姐さんの位(人気?)によって、いろんな渡り方がありますね。向うに富士。

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浮世絵展ふたつのひとつめ

写楽j
 浮世絵展に続けて二つ行きました。一つは招待券があったから。一つは、「関西文化の日」というのに登録された美術・博物館などは、鑑賞無料の日に行きました。

 まず、一つ目の「フィラデルフィア美術館浮世絵名品展」(あべのハルカス美術館~2015年12月6日:東京・静岡終了)は、「錦絵誕生250年 春信一番!写楽二番!」という展覧会でした。
 この美術館は、いわゆる街の真ん中にあり、大阪阿倍野か天王寺に用があるときは、凄く便利な美術館です。
 展示は、春信、写楽,清長、歌麿、北斎、広重の有名どころの版画が展示されています。
 
 およそは、美人画と言われるもので、スラーとした女性が主人公です。北斎や写楽の描く人物画は、一ひねりある人物です。また、役者絵のタイトルを見ていると、今も続く歌舞伎役者の名前があって、うーん、似てる?などと眺めるのも面白い。
 そして、ひとくくりに浮世絵と言っても、写真左が写楽。右が歌麿。下が、国芳。・・・ということで、すこーしずつ、特徴が見えるのも楽しいです。

☆写真下のお姐さん、朝顔の浴衣、背景も朝顔。
それもそのはず、「朝顔や つるべ取られて もらい水」の加賀千代女です。団扇版錦絵。(続く)

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鶴下絵

いせj
(承前)
 京都国立博物館の「琳派 京を彩る」展では、本阿弥光悦の筆で俵屋宗達画の「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」が見られ、圧巻でした。上の写真の絵葉書2枚は、その一部。 

 紙が貴重な時代に、下絵を描き、その上に書。
 墨を使う日本画や書の潔さ、その集中力にいつも魅了されます。

 鶴下絵だけでなく、鹿下絵とか草花下絵とか月に萩下絵とか、下絵といいながらも、書とコラボして、バランスをとり、その「美」となる作品。見ていて楽しいものでした。
 
 「三十六歌仙図屏風」も複数展示されていますから、おお!この人たちが作った歌が巻物になったのね・・・
 諳んじることができないながらも、声に出して読みたい和歌の数々。
 鶴が描かれているだけなのに、そこには、飛び立つ鶴、休む鶴・・・と、動きがあります。

☆ 写真に写る「伊勢」の歌は≪みわのやま いかにまちみむ としふとも たつぬる人も あらじとおもへば:三輪の山 如何に待ち見む 年深とも 訪ぬる人も 有らじと思えば≫

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琳派 京を彩る

         銀杏琳派j
  待ち時間が長いと聞いていたので、あきらめていましたが、3点の「風神雷神図屏風」のうち、東京国立博物館のものが、帰ってしまい、2点になったので、もしや?と思い京都国立博物館「琳派 京(みやこ)を彩る」展(~2015年11月23日)に行きました。

 ま、待ち時間こそなかったものの、作品の前は、やっぱり、人が多く、前半の「書」の多くは、丁寧に見ることができませんでした。
 元から、興味のあった人たちには、すでに各地で観覧したものが多いとはいえ、今回の展示は、いわば、各地所蔵の琳派集合、京に里帰りということもあって、たくさんの人が足を運ぶのでしょう。

 中でも、宮内庁三の丸尚蔵館の「十二か月花鳥図」(酒井抱一)は保存状態もよく、最後 出口に近い展示でもあり、ゆっくり12枚眺めました。順路のあるほとんどの美術・博物展示の最初は人が詰まっていますが、最後の展示になると、すいてくるので、好きです。 
 それに、なかなか、三の丸尚蔵館の開館期間と上京の日程、展示品の興味が合わないので、この美しい12枚の掛け軸を見られたのは良かったです。
 「12枚のうち、どれでもあげるって言ったら、どれにする?」と、そばで若いカップルが話していました。
 うーん、カ・リ・リ・ロなら、五月の燕子花(かきつばた)と鷭(ばん:クイナ科)図がいいなぁ。(続く)

☆写真上は、京都国立博物館の西南角、彩られる看板。
 写真下の後ろに写る白い建物が、京都国立博物館の平成知新館。今回の展示は、この建物で開催されました。

平成館j

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映画「ヴィヴィアン・マイヤーを探して」

かんがえるひとj
 ドキュメンタリー映画「ヴィヴィアン・マイヤーを探して」を見ました。
 
 ストーリーは、シカゴに住む青年が、オークションで見つけた写真のネガは、傑作作品ばかり。ネットで紹介すると大きな反響があったものの、撮影したのが誰だかわからない。そこで、膨大な、細々した遺品とネガを基に、才能ある写真家の謎を追うという話。

 結局は、ヴィヴィアン・マイヤーという主に乳母をしていた女性の写真だったのですが、その人の過去を洗い、なにゆえに、世に問われることなく、ネガが遺品になったのかを、追うドキュメンタリーです。
 過去を知っている人たちの情報から、彼女の人となりをあぶり出そうとする試みは、初めは、わくわくするものの、核心に近づくにつれ、もう彼女の写真だけに、迫ってほしいという気持ちになりました。ともかく、ヴィヴィアン・マイヤーには、人を撮った写真にいいのが多いのです。

 この映画を観なければ、ヴィヴィアン・マイヤーという女性のことを知らず、写真展があれば、見に行ってみたいという気持ちにもならなかったでしょうから、ドキュメンタリー映画としては良くできていたのだと思います。

☆写真は、京都国立博物館。ヴィヴィアン・マイヤーのように人間を撮影しないので、秋空の下、「考える人」(ロダン)です。

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相手を尊敬し、立てる言葉

               ゴリラj
昨日の続きです
 近々書き続けるつもりですが、堀口大學の著書や周辺について深みにはまったまま、秋も終盤。
 で、「日本の鶯ー堀口大學聞書き」(関容子著 岩波現代文庫)の文庫版あとがきに、こんな言葉があって、なるほどと思ったので、書き残します。
 
 聞書きを進める関容子は、折に触れ、堀口大學に叱咤激励されながら、言葉について学んでいきます。
 ≪・・・・本当の敬語というのは、「お」をつけたり「いらっしゃる」などよりも、相手を尊敬し、立てる言葉を探すことなのだ。と学びました。≫
 ああ、なんて難しい。それが「品格」ということに通じるのでしょう。
 
 また、この本の解説は丸谷才一なのですが、ここでも、堀口大學のことをこう書いています。
≪・・・彼の詩がエロスを歌ふとなるといささかの遠慮もなく、奔放を極めるのに、実生活における彼が礼譲のかたまりのやうな生き方をしてゐるのは、文壇風俗とはなはだしく対立していた。・・・・・≫
*「礼譲」:礼儀正しくへりくだった態度をとること。

☆写真上は、詩人 草野心平の描いた「ある肖像」です。(「画家の詩、詩人の絵」青幻舎)
画家の詩、詩人の絵」展で気にいった作品の一つです。「グリーンノウのおきゃくさま」*の誇り高きゴリラのハンノーを思い出します。
*まぼろしの子どもたち」(ルーシー・ボストン・文 瀬田貞二・訳 堀内誠一・絵 偕成社文庫)
*(「グリーン・ノウの子どもたち」亀井俊介・訳 ピーター・ボストン・絵 評論社)
☆写真下は、平塚市美術館内。
        ひらつかmj

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ふたつが、ひとつのものの なかで出会う。

          瀧口修造j
瀧口修造「アララットの船あるいは空の家へ 小さな透視の日々」
≪詩人と画家、  それはふたつの人種ではない。  二人はある日、どこかで出会ったのだが、  あとから確かめるすべもなく  ふたつが、ひとつのものの   なかで出会う。≫( 「画家の詩、詩人の絵」青幻舎)

 (承前)
 「画家の詩、詩人の絵ー絵は詩のごとく、詩は絵のごとく」展では、絵の横に詩が掲げられていることが多く、家でも楽しみたかったので、図録を買いました。

 そうしたら、それは、青幻舎出版の図録兼書籍となっていて、全絵画、全詩が載っているものではありませんでした。もちろん、作品の少なくとも一点は大きく掲載されているし、作品目録もあるし、作家解説も簡単に出ています。また、各美術館学芸員の文と対談も掲載されています。詩と絵画の分野ですから、この図録兼書籍を刊行するのは、大変な作業だったと思います。執筆者の多くは美術館学芸員で、詩が専門の学芸員は少ないだろうと考えられますから。

 掲載されている対談には、美術館館長や文筆家であり、美術評論家である人も参加して対談なさっているのですが、読んでみると、会場で、いろんな作品を見て、楽しい気分になったのと、どうも違う気分になりました。

 初っ端から、出品作家のラインナップを見て例えたリスぺクトのない表現に、まず引っ掛かりました。
 対談の最後で彼らは言います。

S:僕は判定したいね。詩の方が上、絵が下だよ。
K:自分は立場的には画家が上といいたいけど同感です。詩魂から絵が生まれる。
S:湖に石を投げるようなテーマだね。
K:混沌ここに極まれり。

 少なくとも、カ・リ・リ・ロは、芸術の上下を見に、会場に足を運んだのではありませんでした。詩と絵を一度に楽しめるというので行きました。(続きます)

☆写真は、瀧口修造「あの日のために この日のために そして今夜」の一部(「画家の詩、詩人の絵」青幻舎)

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我が詩情は詩とならずして絵画となるなり

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(承前) 
 平塚市美術館「画家の詩、詩人の絵-絵は詩のごとく、詩は絵のごとく」展では、印象に残る詩も絵も多くありました。

 詩は、画家の「もの」が印象に残り、絵は、詩人の「もの」が印象的でした。あえて、作品といわず、「もの」とするのは、画家の詩、詩人の絵は、それぞれ、手慰みとはいわずとも、肩の力が抜けているような気がするからです。

 版画家 川上澄生の「初夏の風」
≪かぜとなりたや  はつなつのかぜとなりたや  かのひとのまへにはだかり  かのひとのうしろよりふく  はつなつのはつなつの  かぜとなりたや≫がいいなぁと文字を追い、画を見ていたら、すぐ近くに展示されていた棟方志功「星座の花嫁版画集」のキャプションに≪川上澄生の版画作品「初夏の風」を見たことに影響された・・・≫とありました。

 版画家 川上澄生は、「我が詩情は詩とならずして絵画となるなり」(『我が詩篇』序詩)というほどで、その精神がダイレクトに棟方志功に届き、棟方の版画を始めるきっかけとなったようです。(参考:「画家の詩、詩人の絵」展図録兼書籍)
 そして、川上澄生の「初夏の風」とともに棟方志功の「星座の花嫁版画集」も、楽しいものでした。(続く)

☆写真右:棟方志功、星座の花嫁版画集「貴女・裳を引く」左:星座の花嫁版画集「花か蝶々か」いずれも「画家の詩 詩人の絵」展図録兼書籍

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詩人はみんな絵が上手

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  堀口大學「もとこれ画人」
≪昔から   詩人はみんな絵が上手  ボードレール ヴェルレーヌ  コクトー 春夫 順三郎  ・・・・≫「日本の鶯 堀口大學聞き書き」(関容子著 岩波現代文庫)
 

 横浜方面に行く用があったので、ついでに、平塚市美術館「画家の詩、詩人の絵-絵は詩のごとく、詩は絵のごとく」展に行きました。(~2015年11月8日:平塚のあと、碧南、姫路、足利、函館に巡回)詩と絵画の接点を見直す企画でした。明治から現代まで画家・詩人64人の展示です。

 堀口大學の詩にあるように、春夫も順三郎(佐藤春夫、西脇順三郎)も展示されていました。
 案内には、≪ 古来、西洋では「絵は黙せる詩、詩は語る絵」といわれてきました。日本でも画賛(がさん)、詞書(ことばがき)が絵画の重要な役割を果たし、「詩書画」の一致を成してきました。≫とありました。

 詩人の絵は、先の佐藤春夫、西脇順三郎のほか正岡子規、高村光太郎、北原白秋、萩原朔太郎、宮沢賢治、草野心平、中原中也、まど・みちお、立原道造、木島始・・・・・・と、多数展示。
  堀口大學のいうように「もとこれ画人」がぴったりでした。(続く)

☆写真「コクトー詩集」(新潮文庫)の表紙絵はコクトーの絵、シールもコクトー絵。

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ひとりでおとまりしたよるに

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(承前)
 フィリパ・ピアスとヘレン・クレイグのおばあちゃんコンビによる最後の仕事は、絵本「ひとりでおとまりしたよるに」 (さくまゆみこ訳 徳間書店)です。 おばあちゃんの愛のこもったこの一冊は、孫に捧げられているのではなく、ピアスの娘、クレイグの息子の嫁である、サリーに捧げられています。二人をつなぐことになったのがサリーだったからでしょうか。この絵本が、子育てに頑張っている娘への大きなプレゼントだとわかります。そして、2006年に亡くなったフィリパ・ピアスの大事な言葉が、最後の最後に書かれています。

 さて、お話は、おばあちゃんの家に初めて一人で泊まりに行くエイミーの話です。
 自分から言いだし、自分で大事な宝物を三つカバンに詰め、おばあちゃんのうちに。
 おばちゃんとの一日は楽しいものでしたが、いざ、眠るときになると・・・
 こんなとき、「だいじな ものは、ひみつに しておかないと」と、しまっておいた宝物が勇気をくれます。
 ところが・・・

 お話の最後はこうです。
 メリーゴーランドに乗ったエイミーは、家族に手を振ります。
≪エイミーがのった りゅうは、ぐるぐる ぐるぐる まわります。おかあさんたちは みえたり、みえなくなったり します。だけど だいじょうぶ。エイミーには もう、わかっていました。みえなくても、みんな ちゃんと そこに いるんだよね。≫

☆写真は、英国 ヘミングフォードグレイ村の茅葺き屋根のおうち。

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消えた犬と野原の魔法

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「消えた犬と野原の魔法」 (フィリパ・ピアス作 ヘレン・クレイグ絵 さくまゆみこ訳 徳間書店)

  「トムは真夜中の庭で」*等のフィリパ・ピアスと、絵本「アンジェリーナ」シリーズ**等の画家ヘレン・クレイグが縁戚関係だったのは知りませんでした。
 ピアスの娘とクレイグの息子が結婚したのです。そして、二人の息子(つまり、ピアスとクレイグの孫)ナットとウィルを合わせた名前ティルが主人公の話が「消えた犬と野原の魔法」です。ティルは、居なくなった愛犬ベスを、ちょっとした魔法を伴いながら、探し出します。

 ピアスの他の作品の思い出も盛り込んでいます。まず、風景がおなじみだし*、犬と仲よくしている*のもそうだし、モグラ*もそうだし、リス*もそうだし、何より、魔法の世界に入る入り方が、自然で、なんの不思議もない不思議の国への入口に入っていくところが、形こそ違え、「トムは真夜中の庭で」を思い出させます。ピアスの築いた世界を、反芻しながら楽しめます。
 もちろん、ピアスの他の作品を知らなくても、あるいは、「トムは真夜中の庭で」を読むまでに、まだ少し時間のある小学校前半の子どもたちにも楽しんでほしい一冊です。

 また、マザーグースやシェイクスアがキーワードになったり・・・あるいは、単語遊びになったり・・・と、英国の言葉の入口を大きく開けて、次の世代に伝えようとするピアスの親心、いえ、おばあちゃん魂。
  しかも、ピアス自身とクレイグがモデルとなった二人のおばあちゃんたちも登場し、話は、進みます。
  ピアス晩年の作品です。(続く)
 
*「トムは真夜中の庭で」(スーザン・アインツィヒ挿絵 高杉一郎訳 岩波書店)
*「ハヤ号セイ川をいく」(足沢良子訳 アーディゾーニ挿絵 講談社)
*「まぼろしの小さい犬」(猪熊葉子訳 アントニー・メイトランド挿絵 岩波書店)
*「川べのちいさなモグラ紳士」(猪熊葉子訳 パトリック・ベンソン挿絵 岩波書店)
*「りす女房」(猪熊葉子訳 倉石隆絵  冨山房)
**「アンジェリーナ」シリーズ(キャサリン・ホラバード文 ヘレン・クレイグ絵 おかだよしえ訳 講談社)
☆写真は、ロンドン リージェントパーク

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花卉図

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 秋の非公開文化財拝観というのが、短期間(一部2015年10月30日~11月8日)、京都でやっていて、しかも初公開。今後も観光資源にする気のない若冲の天井画。万難を排してでも行かねば・・・

 信行寺、167図の花卉図と若冲の落款一枚の168枚の天井画です。円の中に描かれているのは、様々な花ですが、その周りは群青色で塗られています。 もともと、この天井画は、若冲晩年の居、伏見石峰寺の観音堂に納められたものと言われています。

 植物の絵ばかりだと記録的要素が勝り、単調になりがちですが、若冲は違います。花の裏から描いたり、ひねったり、当時は珍しかった花もさりげなく描いたり、艶やかなものもあるし、極楽浄土の蓮もある。構図がダイナミックで、躍動感があるのが、若冲の魅力の一つですが、この花卉天井図も然り。
 この花卉(かき)という言葉、鑑賞用の花、と言う意味です。「花卉図と」言って、「植物図」と言わなかったところが、若冲の画らしい。

上の写真の絵葉書は、その花卉図を後に版画にしたもので、版木と共に展示され、綺麗な色で見ることができ、往時の天井画を偲ばせてくれます。(明治二十三年発行の若冲画譜、木版和装本出版社芸艸堂所蔵)
 が、やはり実物の天井画の方は、退色し、絵が描かれている板(多分、杉だということ)の劣化もありました。今後の公開はなかなか難しいだろうと思われます。
 実際、信行寺の住職の話では、今回の公開にあたって、メディアの出入りがあり、採光や通風をしていたら、なでしこを描いた一枚に亀裂が入ってしまった、とのこと。
 
 文化財保護というのは、本当に大変なことだと思います。
 が、小市民としては、光が入った部屋で、若冲の天井画を見ることができ、有難いことでした。
☆写真上は、花卉図の絵葉書。下は境内写真一切禁止の道側南門。小さなお寺です。
                  
                    信行寺j

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水車小屋攻撃 他7篇

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「水車小屋攻撃 他7篇」 (エミール・ゾラ 朝比奈弘治訳 岩波文庫)
(承前)
 ページを繰るのがもどかしいような本に、出合って嬉しいです。

 「ゾラの短篇の特徴を挙げるとすれば、まずその多様性だろうか。」と訳者解説にあります。

 確かに、静かに拳を上げる反戦小説とも言える「水車小屋攻撃」。戦争の愚かさと人の愛を対比することによって、それぞれの本質に迫る作品です。
 さらにもっと短い「小さな村」が語る、深すぎるもの。
 うーんとうなりながら、次々読んでいきます。
 次の話は何?と、ぞくぞくしながら。
 
 かと思えば、寝取られ男の話「シャブール氏の貝」は、その皮肉な世界を、にやにやしながら読み進み、また、「一夜の愛のために」という超ロマンチックなタイトルの話には、思わぬ展開。

 また、「ある農夫の死」は、人が死ぬことについて、拳を振り上げるでもなく、皮肉でもなく、ましてや激情に任せるでもなく、淡々と語る小品。

 そして、どの作品にも、美しい自然描写・風景描写があり、穏やかな空気を漂わせます。
 だからでしょう。片肘張って、背伸びしながら、読み進むことはありませんでした。

≪墓地はなんと穏やかに、太陽に照らされて眠っていることだろう!墓地を囲む生垣にはウグイスが巣をつくっている。あちこちにキイチゴが生い茂り、九月なると子どもたちがその実を食べにやってくる。まるで自然まかせにすべてが大きくなる、野原そのままの庭園のようだ。奥には巨大なスグリが群生し、その隅では一本のナシの木がナラのような巨木に成長している。中央にはボダイジュの涼しげな並木道がつくられていて、夏はその木陰に老人たちがパイプをふかしに来る。・・・・・・・(中略)・・・・・・・太陽に照らされた静かな死、穏やかな田園に守られた永遠の眠りだ。子どもたちが寄り集まってきた。・・・・・・(中略)・・・・それから彼らは家に帰る。家畜たちも野から戻ってくる。太陽が沈む。暑い夜のなか、村は眠りに入る。≫「ある農夫の死」(朝比奈弘治訳)

☆写真は、英国 テムズ河畔ブラックベリー

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エミール・ゾラ

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  ここのところ・・・というか、このブログを始めて、フランス文学の読書感想文を書き綴ることが増えました。
 基本的に、仏文学好きというより、やっぱり英文学好き。とはいうものの、この歳になるまでちゃんと読んでなかったのが仏文学だったので、今、手を出している次第です。

 が、ゾラの「ルーゴン・マッカール叢書」を死ぬまでに読んでみたいと思いながら、いまだ「制作 上下」 (清水正和訳 岩波文庫)しか読んでいないという体たらく。

 そんな折、ゾラの新訳!それも短編集ではありませんか。
 早々とタブッキの短編集「夢のなかの夢」(和田忠彦訳 岩波文庫)を2015年度の短編集部門の一番面白い一冊にしましたが、もう1冊加えます。
 エミール・ゾラの「水車小屋攻撃 他7篇」(朝比奈弘治訳 岩波文庫)です。

 ここだけの話、ジイドは重かった。
 それにくらべ、久々に面白い本に出会った!
 清々しい気持ちにさえなりました。(続く)
☆写真は、スイス ラウターブルンネン

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アンドレ・ジイド

        ノートルダム花j
 (承前)
 確か、中学生の頃、読書感想文の宿題で、わかったような気になって、ジイドの「狭き門」の感想を書きました。そして、その後も、ジイドはその一冊しか読みませんでした。今は、どんなこと書いたのか、あるいは、そもそもどんな話だったのかさえ、定かでないのが、なさけない。
 
 この年齢になっても、中学の頃と、さほど変わらぬ読解力とはいえ、あの頃、次々手を出した有名な本を読み返してみると、ふーん、こんなこと書いていたんだと、当時の感じ方とちがう経験ばかりしています。

 それで、当時も読んだことのなかったジイドの「一粒の麥もし死なずば」(堀口大學譯 新潮文庫)です。

 ジイドの幼い頃からの出来事、その頃の心の動き、よくまあ覚えているものだと感心しながら読み進むのですが、思春期や青年期に入ると、当初より、少々歯切れが悪くなっていくような気がします。何故か?

 また、彼の作品に出てくる人物が、実は誰で、どんな背景だったかについても、何度か言及しています。
 あるいは、芸術家の話題も多く、第一部ではマラルメとの交流や火曜会のことにも触れ、第二部では、英国のオスカー・ワイルドとの交流も書かれています。

 それで、第二部。
 もうここでは、歯切れの悪さは消え、かえって、居直ったかのように、同性愛をカミングアウトするわけです。第一部が幼い頃から青年期の備忘録であれば、第二部は官能的な生活の告白のような感じがありました。この告白をするのために、第一部を執筆したとも、思えるほどです。
☆写真は、パリ ノートルダム
  

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一粒の麥もし死なずば

              村教会jまだ
(承前)
 ランボーのことが書いてあったジイドの「贋金つくり 上下」(岩波文庫)でしたが、堀口大學もジイドを訳しています。
 堀口大學譯、「一粒の麥(むぎ)もし死なずば 上下」(アンドレ・ジイド 新潮文庫)を読んでみました。

 「贋金つくり 上下」は、岩波文庫の復刊(2015年2月)で手にしたきれいな本でした。
 「一粒の麥もし死なずば 上下」は古本だったので、ずいぶん傷んだ本だし、字も詰まって居て、印刷も悪い。しかも旧仮名使いのままなので、読めない字さえありました。帯には、それぞれ70円と書いていました。
 が、中身は読みやすい! 「贋金つくり」が読みにくかったのは翻訳の問題だったのかも?

 たくさんの作家が自伝や自伝的要素の濃い作品を残していますが、この「一粒の麥もし死なずば」も、ジイドの自伝でした。幼い頃のことを本当に細々とよく覚えていて感心します。また、ここでも芸術や宗教について書いていますが、「贋金つくり 上下」では、やんわりと暗示していた同性愛を、「一粒の麥死なずば」では、かなり明瞭にカミングアウト。(続く)

*タイトルの「一粒の麥もし死なずば」という言葉は、「ヨハネ伝」にキリストの言葉として「一粒の麦もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん、死なば多くの実を結ぶべし」に由来するようです。「カラマーゾフの兄弟」にも出てくるらしいのですが、まだ、読めていない・・・
☆写真は、スイス レマン湖畔 シャブレー村の教会。
 

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贋金つくり

      ゆんぐふらうよっほj
(承前)
 さて、その「贋金つくり」 (アンドレ・ジイド 川口篤訳 岩波文庫)ですが、一言でいうなら、複雑で一言でいえない。何が複雑かというと、登場人物が多く、それぞれの出来事が多く、時として、芸術論にもなれば、宗教上の問題も絡んでくる。

 登場人物の多いのは、他にもあるけれど、特に前半、章毎に、それぞれの人物の視点で語るので、誰が誰?誰と誰?の繰り返し。前半は相関図を書かないと読めませんでした。後半は、慣れてきて、一気読みになったとはいえ・・・
 「贋金つくり」の題名で本を書こうとする作家が語ると思えば、実際に贋金つくりの組織が出てくるし・・・。
 さほど重要でなさそうな人物が最後は、象徴的な終わり方をするし・・・。
 一番初めから、わけありで登場し、半ばで重要な鍵を握り、後半でも、関与は大きいのに、結末は、え?それだけ?という人物もいるし・・・

 ただ、以下の文章だけはすぐに共感。
 作家エドゥワールの秘書としてスイスについていったベルナールが親友オリビエに送った手紙の追伸です。
≪・・・ところで、君、もうスイスの悪口を言うのはやめたよ。あの高みに立って、一切の文明、あらゆる草木、人間の貪慾や痴愚を思い出させるすべてのものが視界から消え去ると、歌い、笑い、泣き、飛びたい気持ち、頭から空中に飛び込むか、あるいはひざまずきたい気持ちになる。では。≫(続く)

☆写真は、スイス この手紙の舞台となったサアス=フェーではなく、ヴェンゲン。向うにユングフラウがそびえています。

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今僕にぴったりする唯一の詩人

うらみちj
(承前) ランボーやヴェルレーヌのことを、そろそろ休憩しようと思って居たら、電車で読んでいたアンドレ・ジイド(1869~1951)「贋金つくり上下」 (川口篤訳 岩波文庫)の中に、こんなことが書かれていました。
 
 親友ベルナールと2人揃っての文壇デヴューを夢見るオリビエに、ベルナールが言います。
 ≪「楽に書けるようなものには、僕は心をひかれない。僕がうまい文章が嫌いなのは、自分がうまい文章を書くからだ。何も難しいこと自体が好きなわけじゃないが、実際、今の文学者って、あまり苦労をしないな。小説を書くには、僕はまだ他人の生活を十分に知らないし、自分自身の生活経験も足りない。詩は、僕には退屈だ。アレクサンドラン(十二綴音の詩句)は、古臭いし、自由詩は体をなしていない。今僕にぴったりする唯一の詩人は、ランボーだ。」≫
 ・・・と、若者が、文を書くことについて、自信満々で屁理屈をこねる場面ですが、ベルナールの心情を代弁するのがランボーだというわけです。 しかも、まだ突っ張って言います。
≪・・・・あんなのたれ死にをしても、彼の生活の方が羨ましい。≫

 彗星のように消えて行ったランボー(1854~1891)なのに、本当に凄い影響力です。(続く)
☆写真は、スイス モルジュの裏通り。

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