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みんなみすべくきたすべく

また夕ぐれを知るなり。

レマン湖夕j
ランボオ「酔ひどれ船(未定稿)」
≪また夕ぐれを知るなり。白鳩のむれ立つ如き曙の色も知るなり。人のえ知らぬ不思議をも偶(たま)には見たり。≫(上田敏訳 岩波文庫)

(承前)
 さて、だらだらとスイス報告をしてきましたが、アルチュール・ランボー(ランボオ)の詩を見直す、いい機会になりました。
 
 ランボー(ランボオ)の詩は、何人もの人が訳しています。
 今回は小林秀雄訳のものをよく紹介しました。これは、「地獄の季節」「飾画」という詩篇の入る「地獄の季節」(岩波文庫)の中に入っていたものでした。力強い勢いを感じました。
 スイスに持って行ったのは堀口大學訳(新潮文庫)ですが、少年の頃からの詩が入って居て、個人的には、これが一番好みです。
 過激な訳だと思ったのは、中原中也訳(岩波文庫)でした。
 全詩集の宇佐美斉訳(ちくま文庫)は、注意書きが充実していました。また、中原中也訳の解説を担当するのが宇佐美斉でもあり、解説の「季節(とき)が流れる、城寨(おしろ)が見える」の中原中也小林秀雄のエピソードは興味深いものです。
 金子光春訳「イリュミナシオン ランボオ詩集」(角川文庫)は、一番穏やかな訳のような気がします。
 上田敏訳は「上田敏全訳詩集」(岩波文庫)の中の「牧羊神拾遺」にある2編が、ランボオのものでした。
 永井荷風訳「珊瑚集 仏蘭西近代抒情詩選」(岩波文庫)にも、一つ入っています。

 ちなみに、1854年生まれのランボオ「酔ひどれ船」は1871年の作、「地獄の季節」は1873年、「イリュミナシオン」1874年です。つまり、最後のでもランボオ20歳!・・・で、その後、公に、詩作という作業を絶っています。

 その絶筆は、スキャンダラスで、若き天才が夭折し絶筆するのとは違います。
 閃光の如く現れ、消えた後は、放浪したり、商人になったり・・・・・37歳でマルセイユに戻ったものの、客死のような状態でした。
 その後の手紙*はありますが、本当に、その後の詩作、彼のノートはないのだろうかと思います。(続く)

*「ランボオの手紙」(租川孝訳 角川文庫)
☆写真上下スイス レマン湖モルジュ。朝のレマン湖の向こうには、モンブランが写っています。
モンブランかもめjj

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