みんなみすべくきたすべく

「舟越桂 私の中のスフィンクス展」

         舟越桂j
 明日からの夏休み報告、その前に、会期終了間際に行ってきた「舟越桂 私の中のスフィンクス展」のこと。
 兵庫県立美術館でやっていました。(~2015年8月30日)群馬・三重・新潟も巡回するようです。

 この人の木彫像は、須賀敦子「遠い朝の本たち」他や天童荒太「悼む人」他や大江健三郎「二百年の子ども」の表紙などで、目にしたことも多い作品でしたが、実物の彫刻作品を見たのは初めてでした。

  対面する者と焦点が合わないようにしている作品の視線は、どこを見ているのか、何を考えているのかと、写真で見るより、心が落ち着きませんでした。それは、平面と立体の違いなのか、視線を合わせたいと思う、鑑賞者の自分勝手な思い込みなのか、よくわかりません。
 今回の展示には、彫刻作品のために描いたドローイングも並んでいて、ここでも、平面と立体に向き合うことができました。
 また、端正に彫られた彫刻作品は、木であることもあって、日本の仏像に近い素朴さがあり、温かい空気が漂い、触れてみたい衝動に駆られます。だめです。

  父親の舟越保武が石の彫刻家であり、その息子、桂が木の彫刻家。表現方法は異なっても、どこか似ているように思います。ただし、父親の作品は、未だ実物を見たことがなく、今、東京練馬区立美術館で、舟越桂の父親の「舟越 保武彫刻展 まなざしの向こうに」(~2015年9月5日)にも、行けず残念な思いをしています。作品の写真を見る限り、桂氏の作品より、さらに静かな時間が得られるのじゃないかと考えています。が、彫刻作品は、やっぱり、実物を見なくちゃ・・・

☆写真は、右下に敷いたのが「舟越桂 私の中のスフィンクス展」の案内(「月の降る森」)。左の本は、猪熊葉子「児童文学最終講義」。出版社は、舟越保武の娘、桂の姉の末盛千枝子のすえもりブックス(「冬の本」)。チケットは「荒れ野で見る夢」絵葉書は、「荒れ野で見る夢のためのドローイング」

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夏の夕ぐれ青い頃

     標識j
 
 痛い暑さは過ぎたとしても、立秋なども過ぎたとしても、やっぱり暑い、暑い夏。
 そんな夏の詩、こんなのどうです。
≪「感触」 Sensatioin
夏の夕ぐれ青い頃、行こう楽しく小径沿い、
麦穂に刺され、草を踏み
夢心地、あなうら爽(さや)に
吹く風に髪なぶらせて!

もの言わず、ものも思わず、
愛のみが心に湧いて、
さすらいの子のごと遠く僕は行く
天地(あめつち)の果てしかけーーー女なぞ連れたみたいに満ち足りて。
                  「ランボー詩集」堀口大學訳 新潮文庫≫

この薄っぺらい詩集を携えて、夏休み。
9月には、まただらだら書くと思います。
                       行こう楽しく小径沿い・・・・
 
☆写真は、スイス レマン湖の標識。

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映画「チャップリンからの贈りもの」

          チャップリンj
 先日、英国映画好きなのに、フランス映画に、珍しく足を運んだのには、二つの理由がありました。
 一つは、タイトルが「チャップリンからの贈りもの」というからには、ハッピーエンディングだろうと。
 一つは、チャップリンの家やお墓のあったスイス レマン湖畔の風景が見られるだろうと。

 レマン湖の風景は確かに映るのですが、実話に基づいた映画の設定が冬場から春、ということで、青空はほとんど広がらず、対岸の山々やモンブランも、かすんでよく見えないことが多く、ちょっと期待外れでした。

 映画は、チャップリンのお墓から棺桶ごと盗み、身代金を要求した貧しい移民2人の話です。で、貧しい生まれだったチャップリンのご遺体だからこそ、甘えもでて、事件を起こすものの、そこは、チャップリンならではの慈悲が・・・うーん、どうもすっきりしない想いで、映画館を後にしたのは、チャップリン一族ほどの寛大さがないからでしょうね。

 映画全体には、チャップリンやその作品のオマージュがそこここに見られました。個人的には、学生の頃、チャップリンの白黒映画を何本か見に行ったことを思い出しました。
 本篇の中で、ほんの少しだけ、チャップリンのサイレント映画の1シーンが写るのですが、たった何分かのことなのに面白い・・・さすがでした。

 また、端役なのに存在感溢れる女性がいるなと、思ったら、カトリーヌ・ドヌーブとマストロヤンニの娘だったとか、タイトルミュージックがいいなぁと思って居たら、「シェルブールの雨傘」のミシェル・ルグランだったとか・・・
 監督のことは知らなかったものの、この前見に行った「画家モリゾ、マネの描いた美女 名画に隠された秘密」の女性監督だったとか。
☆写真は、映画にも出てきたスイス レマン湖 ヴェヴェイのチャップリン像。

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還暦のうさこちゃん

        うさこちゃんj
 オランダ生まれの「うさこちゃん」のオランダ名はナインチェ。
 英語訳されるときにナインチェが英語風のミッフィーになって、講談社では、ミッフィー。どうも、今の小さい子たちは、ミッフィーちゃんと呼ぶ子が多いようです。
 が、うちは福音館育ちなので、あくまでも「うさこちゃん」。石井桃子の丁寧な日本語が、幼い子が初めて出会う文学というのに、ぴったり。
 安定した四角の造本も、いつもこちらを見てくれるうさこちゃんも、青や赤や、くっきりはっきり目に飛び込む色合いも、初めて出会う絵本の条件を満たしています。

 神戸の百貨店で「生誕60周年記念 ミッフィー展」(~2015年8月17日)が開催されています。
 一番初めに作られた「ちいさなうさこちゃん」(1955年版)は、今のうさこちゃんと顔つきが少々違うのですが、これはこれで可愛い。(写真左)その原画やそれより以前に作られた「りんごぼうや」「きいろいことり」の原画なども並んでいて、興味深いものでした。
 ただ、後半はスケッチや鉛筆画の展示で、ケースに入っているものが多く、夏休みでたくさん来ていた小さな子どもたちには、見にくく、ちょっと退屈になってきていたようでした。

 が、特筆すべきは、会場を出たら、会場の半分はあろうかというばかりの特設お土産会場の混雑ぶり。会場には、そんなにたくさんの人がいなかったのに、お土産会場の賑わい!
 みんな「うさこちゃん」が好きなんだね。それとも、他の数あるキャラクターグッズと同じ「乗り」なんだろうか?

 福音館の「うさこちゃん」のシリーズが平積みされていたけれど、どうも手に手っている人が少なかったような・・・みんなもう、持っていて、子どもたちと石井桃子訳「うさこちゃん」の世界を知っているからなのだと信じたい。
 が、今のミッフィーという名の知名度から考えると、うーん、福音館頑張れ!

☆写真左は、一番初めのうさこちゃんの絵葉書。右は、我が家のボロボロの「ちいさなうさこちゃん」(ディック・ブルーナ作 石井桃子訳 福音館)うさこちゃんの目の辺りの汚れはバナナで汚れた手の思い出?30年以上も前のこと。

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暗示的な絵画空間

フォンテンブローいけj
(承前)
 「マラルメの『大鴉』―エドガー・A・ポーの豪華詩集が生まれるまで」(リシャール・エスクリード 柏倉康夫訳著 臨川選書)には、いくつかの興味深い記述があったので、備忘のために書いておきます。

 一つは、1881年2月に英国のダンテ・ガブリエル・ロセッティウィリアム・モリスの妻ジェーンに宛てた手紙の中に、こんな記述。
≪・・・マネというフランス人の馬鹿者が作ったもので、生きている者のなかで、もっとも不遜で高慢な愚か者に違いない。精神病院の憂鬱症患者の各部屋に一枚づつ買ってしかるべきだ。これを見て吹き出さずにいるのは不可能だ。・・・・・≫

 また、マラルメはアメリカに居るポーのかつての婚約者セアラ・ホイットマン夫人にも、豪華本を送りますが、マラルメに宛てた彼女からの礼状には、こんな記述が。
≪・・・・・『大鴉』は私のルーム・メイトになりました。火の炉端の友だちです。・・・・版画のうち二枚を、私の小部屋の壁に飾ってあります。・・・二枚とも実に独創的で、心魅かれます。大鴉の「床の上とその影」と思われるものにしか見えない他の一枚については、私の判断力を越えており、どう評価すべきか分かりません。貴方はどう思われますか。これについては、私としてはギリシャ人たちが彼らの栄光の死について行ったようにしたいと思います。つまり、焼いてしまうのです。でも、これは私たちだけの秘密です。(私が申したことは、マネ氏にはおっしゃらないで下さい。)新しい芸術の一派は私を永遠に許さないでしょうか。・・・・≫

 そして、解説{マラルメのポー」には、 ≪マネが実現しようとしたのは、北斎漫画などから学んだ自在な線の躍動感であり、そこから生まれる、写実ではなく、といっても抽象でもない暗示的な絵画空間であった。 ≫と、ありました。

 で、このブログのマラルメの始まりは、新聞に出ていた「半獣神の午後」でした。
 その「半獣神の午後」のマネとの豪華本の広告文がどんなだったかを、記して一巡を閉じます。北斎につながった・・・日本につながった・・・
≪『日本の奉書は、純金の文字で題されて、椿色と黒色との紐で結ばれてゐる』と廣告文が表現しているやうに、多少東洋風である。・・・≫(「マラルメ詩集」 鈴木信太郎訳 「書誌」 岩波文庫)
☆写真は、パリ 郊外フォンテーヌブロー城の池。この近くにマラルメは移り住み、今は「マラルメ美術館」となっているようですが、行ったことがありません。

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大鴉

               おおがらすj
(承前)
 画家のマネが官展に作品を出品し拒否されたときにマラルメは擁護する文章を書き、それ以来、二人は親密になり、マラルメは、「半獣神の午後」を、マネと組んだ豪華本にします。そののち、アメリカ合衆国の詩人エドガー・アラン・ポーの「大鴉」を、マラルメが翻訳、マネのリトグラフという豪華本も作るのですが、マラルメは、かなりエドガー・アラン・ポーに心酔していました。
 
  さて、そんな豪華本の誕生、その後の流れは「マラルメの『大鴉』―エドガー・A・ポーの豪華詩集が生まれるまで」(リシャール・エスクリード 柏倉康夫訳著 臨川選書)に詳しく書かれています。いわゆる往復書簡集ではありませんが、マネの紙へのこだわりや、マラルメ自身の手紙、また、当時の書評などを読んでいると、今もこのようにして本は生まれているのだろうかと、考えました。
 今は、メールなので、進呈した本より連絡の私信が早く着く等ということは考えられませんが、1冊の本が世に問われ、後世に残る本を生み出したエネルギーを見たような気がします。

 上の写真は、その「マラルメの『大鴉』―エドガー・A・ポーの豪華詩集が生まれるまで」の付録、英語とフランス語で書かれ、マネの挿絵が使われたマラルメ訳「大鴉」の部分です。(続く)

*「マラルメ詩集」(渡辺守章訳 岩波文庫)
*「マラルメ詩集」(鈴木信太郎訳 岩波文庫)

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注解

エッフェル塔下j
(承前)
新訳の「マラルメ詩集」(渡辺守章訳)は、旧訳(鈴木信太郎訳)の倍はあろうかという分厚い岩波文庫です。
もちろん、旧訳に入っていない詩篇も入っているのですが、何が凄いかというと、その「注解」とされる一つひとつの詩の解釈や解説や文法や背景・・・に割かれた訳者のエネルギー。その気合でした。
 フランス語はちっともわからず、その文法においては、まったくの他人事ですから、文庫本の半分(注解部分)は、難しすぎました。
 
 が、「半獣神の午後」が、どういった経緯で複数存在するのか、わかったような気がします。

 あるいは、「半獣神」といえば、ドビュッシーの音楽やニジンスキーのバレエを思い浮かべるのではなく、「半獣神」といえば、「ナルニア」のタムナスさんとか、「たのしい川べ」のパンの神が思い浮かぶカ・リ・リ・ロには、いいお勉強になりました。(続く)

*「マラルメ詩集」(渡辺守章訳 岩波文庫)
*「マラルメ詩集」(鈴木信太郎訳 岩波文庫)
*「ナルニア国物語  ライオンと魔女」(C.S.ルイス 瀬田貞二訳 ポーリン・ベインズ絵 岩波)
*「たのしい川べ」(ケネス・グレーアム作 石井桃子訳 E.H.シェパード絵 岩波)
 
☆写真は、パリ エフェッル塔下から (撮影:&Co.E)

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解釈は同時に演奏

ポンヌフj
(承前)
 新訳の「マラルメ詩集」(渡辺守章訳 岩波文庫)のあとがきにあります。
≪マラルメの韻文の翻訳は、漢和辞典でも引かなければ分からないような難解なもので、声に出して読むなど冒涜に近いと考えられていたこともかつてはあったが、原典は詩篇として充分に声に出して読める。・・・・(中略)・・・・訳者=台本作者・演出家・朗読者としては、そのような活きた言語態であったことを実証する企ても必要ではないかと考えたのである。「解釈(Interprétation)」は、同時に「演奏(Interprétation)」でもありたいと。≫
 
総じて、難解な詩が多いのですが、
新訳のこれなんか、ちょっと小粋で好きです。(ほんの一部です。)
≪「アルバムの一葉」
出し抜けに いや おふざけなのか
お嬢様は望まれた たって聞きたい
少しでもいい 姿を現すその響き
わたくしの数ある笛も 木の笛の音(ね)が・・・・・・・≫

旧訳では
≪「帖の一葉」
だしぬけに また冗談に訊くやうに、
私の笛の数々が 何の笛だか
その種を そっと明(あか)して頂戴、
と 申し出られた お嬢さん、・・・・・・・・≫

と、比べて見るのも面白いのですが、新訳にしかなかったこれも、好きです。(これも一部です。)
≪(愛し合おうと お望みならば・・・)
愛し合おうと お望みならば
そのお口が 仰らずとも
この薔薇めが 邪魔をする
流す沈黙、ことさら悪い

唄などあれば たちまち投げる
微笑みは 煌めき煌めき
愛し合おうと お望みならば
君の唇 うんとも言わない ・・・・・・・・・・・・・・≫
(続く)
*「マラルメ詩集」(渡辺守章訳 岩波文庫)
*「マラルメ詩集」(鈴木信太郎訳 岩波文庫)
☆写真は、パリ セーヌ河にかかるポンヌフ橋(撮影:&Co.E)

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マラルメ詩集

セーヌはしげたj
 新聞に(日経朝刊2015年7月25日)「口ずさめるマラルメ新訳詩集、読者広げる」とありました。
≪19世紀フランスの象徴派詩人ステファヌ・マラルメの新訳(岩波文庫)の発行部数が翻訳詩集としては異例の売れ行きを示している≫そうな。
 ポイントは≪口ずさめる日本語を使い歌心を吹き込んだ≫ところらしい。
 また、≪鈴木信太郎による旧訳の評価も高いが、新訳は今の読者の耳に快い言葉遣いになっている。清新な訳で、仏近代詩の最高峰を味わえるようになった。≫とまとめていました。

 訳者の渡辺守章は注解で、こう書いています。
≪「半獣神の午後に」おける「余白」の、異常なまでの肥大化と細分化、そしてその音楽的効果に注目するのがよいと思われる。言いかえれば、この三つのヴァージョンを、「音声化」してみる、つまり、「声に出して読む」ことで、詩句の〈身体性〉のレヴェルを測る作業である。≫・・・むむむ???

 ということで、新聞に引用されていたのは、新訳「半獣神の午後」一部です。
≪半獣神よ、幻想が 遁れる(のがれる)ように消えたのは、青く/冷たい、あれは涙の泉、きよらかなほうの女の眼から。≫

では、旧訳はというと、
≪半獣神(フォォヌ)よ、夢は清浄(しょうじょう)無垢の少女(をとめ)の、/涙の泉と、冷やかの眞青(まあお)の眼より 遁るるぞ。≫
 
 確かに、新訳の方が声に出しやすい。けれど、旧訳の、声に出して読みにくい「眞青(まあお)」という音、「冷やか」と合わさって、深い青さ、深い心情を出していると思います。
ただ、特に「半獣神の午後」は、当初韻文戯曲として劇場進出を目指していたようですから、声に出す、音楽的要素を持つ、ことは翻訳に置いても重要なことなのだと思います。(続く)

*「マラルメ詩集」(渡辺守章訳 岩波文庫)
*「マラルメ詩集」(鈴木信太郎訳 岩波文庫)
☆写真は、パリ セーヌ河にかかるアレクサンドル三世橋

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おばけばなし

         ハンプトンj
 ロンドン郊外のハンプトンコートには、ヘンリー八世につながる妃たちの亡霊が出ると言われています。
 かつて、娘がハンプトンコート近くに下宿していた時、その家の小学生とその母親とで、子ども向けハンプトンコートナイトツアーに参加したことあるようです。
 彼女は、広い部屋、長い廊下が、真っ暗なのにおどろき、英国人の子どもたちが、あちこちでキャーと悲鳴をあげることが怖かったと言いました。
 それぞれのお化けの捉え方の違いがあるのと、英語での説明に集中しすぎて、現状ががよく理解できていなかった彼女には、亡霊ナイトツアーもただの夜の見学会に過ぎなかったようです。そして、日本と異なり、英国のお化け話や、ぞくっとする話は、クリスマスや炉辺のものなので、そのツアーも冬場だったようです。

 カ・リ・リ・ロ自身は、ホラー映画とかオカルト映画とか、お化け映画・映像の類は、怖くて見たことがありません。何かの拍子に目に入りそうなときは、目をぎゅっとつぶっています。できたら、耳もふさぎたい。お化け屋敷も嫌です。音と映像が結びつくと一番怖い。本で読むのは、なんとか大丈夫ですが、せいぜい、フィリッパ・ピアスやマーガレット・マーヒーの、ぞっぞとする話だけです。

 そんな怖がりなのですが、絵画に描かれたお化けものは、およそ、大丈夫。なので、京都 美術館「えき」KYOTO「奇々怪々 お化け浮世絵展」(~2015年8月16日)も楽しめたのだと思います。

*「幽霊を見た10の話」(フィリッパ・ピアス文 ジャネット・アーチャー絵高杉一郎訳 岩波)
*「怖がっているのはだれ?」(フィリッパ・ピアス文 ピーター・ネルニチュク絵高杉一郎訳 岩波)
*「足音がやってくる」(マーガレット・マーヒー作 青木由紀子訳 岩波)
*「めざめれば魔女」(マーガレット・マーヒー作 清水真砂子訳 岩波)
*「奇想の江戸挿絵」(辻惟雄 集英社新書ヴィジュアル版)
☆写真は、英国 昼のハンプトンコート。夜の写真は

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お化け浮世絵展

北斎j
(承前)
 美術館「えき」KYOTOの「奇々怪々 お化け浮世絵展」(~2015年8月16日)に、行きました。
 会場は、ひやっと暗く、お化けの出そうな空気です。気味の悪い絵(肉筆画の一部)は素通りし、浮世絵をたくさん楽しみました。
 世に増えた浮世絵展示でも、このお化け分野、妖怪分野を集めている展示会は少ないので、結構堪能できます。
 怖がらずに落ち着いて楽しめたのは、この分野にあふれるユーモアと、大胆な構図、そして、その美的センスです。

  平清盛を題材にした、広重と北斎が並んでいるのも面白かったし(「平清盛怪異を見る図」「福原殿舎怪異之図」)、大蛇や土蜘蛛や大ムカデやお化け鯉などなどの登場も面白く、さらには、鵺(ぬえ)という頭が猿で胴体が狸、足が虎でしっぽが蛇の妖怪退治は、ひときわ興味深いものでした。というのも、散歩コースの川には鵺(ぬえ)が流れてきたという伝説が残り、その橋はぬえ塚橋といい、公園には鵺の祟りを鎮めるという塚があるからです。
 
 そして、一番気に入ったのは、「妖怪嫁入り絵巻」(盤礴居1863)です。ひょうきんなお顔の妖怪たち。ここにも、かいじゅうたちのいるところ。
 さながら、人と同じ手順で婚礼が進められていきます。まさか、こんな絵巻を嫁入り道具にしたとは思いませんが、思わず笑いがこみあげる幸せな一巻ともいえます。

 怖がりでも、日本のユーモアに触れるチャンスでした。

☆写真は、ギボウシの花の後ろに、北斎の描く「百物語」番町皿屋敷の絵のついたPR用うちわ。

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奇想の江戸挿絵

百鬼j
(承前) 
 辻惟雄「あそぶ神仏―江戸の宗教美術とアニミズム」(ちくま学芸文庫)のあと、積んだままだった「奇想の江戸挿絵」(辻惟雄著 集英社ヴィジュアル版)を読みました。というより、絵を見て楽しみました。ともかく図版が多い。
 江戸挿絵というくらいですから、その読本についての紹介もあって、ああ、こんな挿絵の本があるなんて・・・と、またまた、深みが見えてきて、こまったもんだ。

 この本は、はじめに「江戸後期挿絵の魅力」が書かれ、第1章「異界」を描く第2章「生首を描く」第3章「幽霊」を描く第4章「妖怪」を描く第5章「自然現象」を描く第6章「爆発」と「光」を描く第7章デザインとユーモアと続きます。

 確かに、おどろおどろしい絵が目白押しとはいえ、それらの構図のダイナミックなこと、お話のイメージを膨らませるセンスのいいこと。可笑しい様子の妖怪たち。かいじゅうたちのいるところ・・・

 ただ、この小さな図版で見るだけでは、老眼もあるし、よく見えないなぁ。
 手に取って見るなんて贅沢なこと言いませんから、せめて展示作品でも・・・と思っていたら、やってました!(続く)

☆写真は、今が盛りのギボウシ鉢植えに、京都大徳寺「百鬼夜行図」絵葉書。

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自然への親しみ

            石灯篭j
 (承前)
 辻惟雄「あそぶ神仏―江戸の宗教美術とアニミズム」(ちくま学芸文庫)は、表紙を開けると、円空の穏やかな笑みの「十一面観音立像」のカラー絵があります。本文では、この円空探訪の旅に出た著者の記もあって、まだまだ江戸の美術には入口がたくさんあることを知るだけでも楽しい一冊でした。

 もともと刊行された時は、「遊戯する神仏たち―近世美術とアニミズム」というタイトルだったようで、文庫化にあたっては、加筆削除などののち、「あそぶ神仏―江戸の宗教美術とアニミズム」としたようです。タイトルや、北斎表紙絵が示すように、遊ぶ→楽しいにつながっていきます。
 挿入された数々の図版の穏やかな表情、そして、そこに見えるユーモア。

 辻惟雄はⅠ「日本美術に流れるアニミズム」の中で、こう書いています。
≪こちらの笑いを誘うような陽気で無邪気な表現は動物を主題とした作品に多く見られる。埴輪の動物がその早い例である。絵画では12世紀の「鳥獣戯画」の擬人化された動物たちの遊戯が有名である。・・・・(中略)・・・このように、日本の美術に見る動物たちが、可愛らしく擬人化されているのは、日本人が自分たちとかれら動物たちの間にはっきりとした境界を設けないことに関係する。日本美術におけるアニミズムは、自然に対するおそれだけでなく、このような自然への親しみをこめたユーモラスな遊びの表現と結びついている点に大きな特色があるといえよう。≫(続く)

☆写真は、京都相国寺承天閣美術館前の石灯篭。ライオンが支えてるように見えますが・・・?

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once in a blue moon

ブルームーンj
 一か月に二回の満月。
 願い事をしました。
 今度はうまくいきますように。

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