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ラスキンさん

               ラスキンj
 (承前)映画「ターナー、光に愛を求めて」では、絵にも描けない美しい風景だけでなく、ビクトリア時代の時代の変化や英国絵画世界の動きを、少し知ることができます。

 例えば、ロンドンから船でマーゲイトまで船で通っていたターナーですが、ウォータルーから鉄道が敷かれ、ターナーの主治医が列車でやってくるとか。
 ハイドパークに建設中の水晶宮(ロンドン万博)の高さに驚いたり。
 カメラの登場で、スケッチブックを持たずに、出かけるようになるだろうと、ターナーが予言し、自らカメラに収まったりとか。(ターナーは、生涯、スケッチブックを携え、残されたその数300冊ともありました。)
 
 また、英国絵画のロイヤルアカデミーの展示の様子や、コンスタブルとターナーのライバル意識だとか、ターナーのあとの、ラファエル前派につながっていく様子だとか。

 中でも、一番、興味深かったのは、美術評論家の若かりしジョン・ラスキンが、甲高い声で持論を展開していくところでした。
 そのぼっちゃまらしい自由奔放さが、新しいものに臆することなく、ターナーを擁護し、ラファエル前派を擁護することにつながっていくのでしょう。
 英国絵画が、光のターナー以後、ラファエル前派集団のこてこてした重い絵画に移行したのも、絵画の世界で、ラスキンの影響力が大きかったということなのでしょう。
 また、ターナーを擁護したラスキンが、のちにターナー後半の絵の継承者のようなホイッスラーと争ったのも、おぼっちゃまらしい気まぐれだったのかもと、考えるのも面白かったです。
 
 写真下は、「オフィーリア」の画家、ジョン・エヴァレット・ミレイの描いた、ジョン・ラスキンです。映画の中でラスキンを演じていた俳優さんは、そっくりです。
 この絵を描いたミレイは、映画の中で、ターナーの時代からラファエル前派の時代に変わる象徴のように、その絵(「マリア―ナ」が映されました。また、ミレイがラスキンを描いたのは、ラスキン夫妻、ミレイ、その弟で行ったスコットランドでの休暇のようですが、その際、ラスキンの妻と恋仲になり、結局、結婚します。そのスキャンダルの発端になるラスキンの妻の孤独も、映画の中で、少し描かれていました。

 いずれにしても、映画の中の若きラスキンが、のちのいくつかのスキャンダルや訴訟につながる人物を暗示させる描かれ方は興味深く、英国近代絵画に大きな力を持っていくラスキンの一面を見るような映画でもありました。

 なお、写真上は、2012年「巨匠たちの英国水彩画展」の図録で、ターナーがスイス トゥーン湖に、行って描いた水彩画「トゥーン湖をノイハウスの船着場から望む」です。ターナーは1841年から45年にかけて毎年スイスに出かけていたようです。そして、この絵をラスキンは気に入り、他のスイスでの山の絵と一緒に何点か所蔵したとありました。うーん、ここにもニーセン山が描かれています。ホドラーのときも、クレーのときも忘れていたニーセン山。古くはターナーも描いていたなんて・・・(続く)

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