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絵も変質することはありえないのか?

アントニウスj
 タブッキを読み続けていたら、新聞や雑誌の書評欄にタブッキの新刊「イザベラ その曼荼羅」(和田忠彦訳 河出書房新社)が紹介されました。書評を読まないまま、図書館に予約。それで、しばらく待って、入手。が、最初、少々取っつきにくいので、解説から目を通しました。
 すると、この「イザベラ」は「レクイエム」(鈴木昭裕訳 白水社)のどうも続編(後編)らしいということが判明。ええっ?じゃあ、「レクイエム」から読まなきゃということで、また図書館で借りました。

 ということで、「レクイエム」の感想から。
 全体に読みやすかったものの、食べ物に関する記述が饒舌すぎるような気がします。が、後ろに詳しい料理解説が出ているくらいですから、本篇のなかではリアリティを表現する重要な位置づけだと、理解できます。
 ただ、「インド夜想曲」や「供述によるとペレイラは・・・」ほど、すっきりした構成ではないように思います。

 また、この本にも、「夢」というキーワードがありました。
≪今日はぼくにとって、とても不思議な日なんです。夢をみている最中なのに、それが現実のようにも思えてくる。ぼくは記憶のなかにしか存在しない人間にこれから会わなければなりません。≫と、進めていくのです。≪あなたの魂、ではなかった、あなたの無意識は、こういう日は大忙しのはず≫だと。
 いろんな人たちが登場します。麻薬中毒の青年、足の悪い宝くじ売り、タクシーの運転手・・・若き日の父、国立美術館のバーテンダー、模写画家・・・イザベル、物語売り、食事相手、アコーディオン弾き。

 で、印象に残ったのはリスボン国立美術館で『聖アントニウスの誘惑』という絵を見て、思いめぐらせるところです。
≪わたしはいま、ふたたびここにもどってきた。なにもかも、昔とかわっていた。絵だけが変わらずここにあり、わたしの訪れを待っていた。だが、ほんとうに昔のままなのだろうか?絵もまた変わっていないのか?つまり、わたしの見方がかわったというそれだけで、絵も変質することはありえないのか?≫

・・・結局、重要な位置づけのように思えるイザベルは登場人物としてほんの少し影が見えるだけのでした。なんら、行方もわからぬまま終わってしまった次第です。いわゆる起承転結の形の話でないのが、現代文学なのかなぁ・・・ふーむ(続く)

☆写真は、イタリア人作家タブッキが在住したポルトガル リスボン国立美術館にあるヒエロニムス・ボスの『聖アントニウスの誘惑』(油彩祭壇画)ではなく、同じヒエロニムス・ボスによる同じ『聖アントニウスの誘惑』です。こちらは、スペイン マドリード美術館にあり、前者は3対のものですが、これは一枚の絵となっています。

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