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みんなみすべくきたすべく

短篇小説はとてもうるさいのです。

              くちなしj
 (承前) 清水正和氏と須賀敦子氏の対談は、叶わぬ夢となりましたが、須賀敦子は、タブッキとは対談しておりました。須賀敦子全集別巻には、須賀敦子と何人かの人との対談/鼎談が掲載されているのですが、外国人はアラン・コルノーというフランスの映画監督とこのタブッキだけです。

 須賀敦子が、タブッキの作風やその背景に迫る企画なのでしょうが、途中何度か、須賀敦子が質問するのでなく、「須賀さんのイタリア行きの話を少し聞かせてください」とか、「須賀さんは私にとって、とてもミステリアスな人物だったのですけれど、なぜパリに留学なさったのですか」と、タブッキが、自然に須賀の話を聞きだすのが面白い。

 一回目の対談の〆に、タブッキがいうのです。「今日はお話しできてとても嬉しかったです。」答えて須賀が「私こそ。」
 須賀の方が年長だったとはいえ、多分、対談相手として、お互いの波長が合い、リスペクトしあった結果ではないかと思います。
 
 タブッキは、当初、発表した短篇小説がなかなか受け入れなかったことから、2人の対談では、短篇小説について語る場面もありました。
 ≪長篇小説は、明らかに、開かれた形態です。何でも受け入れる母胎ですね。思ったものを何でも入れることができます。しかも時間量もはるかにあり、二、三か月ほうっておいてからまた先を書くということも、長篇小説なら許されます。短篇ではそうはいきません。短篇小説はとてもうるさいのです。まさにその場で完成しなければなりません。・・・・とても厳しいものです。≫
 
 短けりゃ簡単ってものでもないのが、よくわかります。個人的には、まどろっこしい展開の長篇よりも短篇が好みですが、少々食傷気味になってきた「夢」の話から離れて、英国の18世紀長篇小説に手を出したら、やっぱりこれも面白かった。(続く)

*「須賀敦子全集」(別巻)(河出書房新社)
*「夢のなかの夢」 (タブッキ作 和田忠彦訳 岩波文庫)
☆写真は、くちなしの花。いい香りですが、意外と、真っ白の綺麗な花だけを見つけるのは難しい。すぐ黄変してしまいます。

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