みんなみすべくきたすべく

画家の意図から逃れられなくなる

タイサンボクj
(夢の続き)(承前)
 カラヴァッジョの実際の絵を見たのは、ロンドンナショナルギャラーの「トカゲに噛まれた少年」か、せいぜいあと1-2枚どこかで見たくらいなのに、画集や他のメディアで登場すると、すぐに「カラヴァッジョ」だとわかるくらい、インパクトがあります。
 カラヴァッジョの名前が実は、ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョといい、世に知られるミケランジェロ・ブオナローティと区別するためか、通称カラヴァッジョと呼ばれるのを知ったのは、先のタブッキ「夢のなかの夢」を読んでからです。

 それで、「夢のなかの夢」(タブッキ作 和田忠彦訳 岩波文庫)で題材となった「聖マタイの召命」を知りたくて「カラヴァッジョ」(イタリア・ルネサンスの巨匠29 バロックの誕生 ジョルジョ・ボンサンティ著 野村幸弘訳 東京書籍)という解説付きの画集を見てみました。

 タブッキの文章を読んだ印象と、その風俗は少々異なるものの、キリストが差し伸べた方向に、驚いた顔つきの聖マタイがいて、その指の先には、金勘定に夢中になっている男が二人(老人と若者)居て・・・キリストのそばには、聖ペテロも描かれていて、驚いた若者が二人居て、光の当たっている場所があって、闇の場所があって・・・・一枚の絵に多くが物語られています。

≪カラヴァッジョの絵を注意深く見る人に、絵の推移をすべてたどらせ、彼が意図する筋道に従わせるのである。こうして画家に導かれた人は、絵を見るものに伝えたいと望む画家の意図から逃れなくなる。というのは画家が絵のなかに意味をちりばめており、確実に見る者は、その意味に立ち止まらざるをえないからだ。・・・≫(ジョルジョ・ボンサンティ著 野村幸弘訳)  (夢は続く)
☆写真は、大きなタイサンボクの花。

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短編集部門

シャヴァンヌj
(夢の続き)(承前)
 2015年のまだ上半期ですが、今年読んだ一番面白い「短編集」に「夢のなかの夢」 (タブッキ作 和田忠彦訳 岩波文庫)を選びます。
 他人の夢ですから、完全なフィクションです。(訳者は、でっち上げと書いています。)

 が、実は、作品やその人物の時間的な動き、歴史背景を考証した上での作品のようです。どの話も、何年何月何日のある夜、ある明け方などと、しっかり設定し、話が始まるものですから、否応なしに、そのリアルな世界に一気に入っていきます。フィクションなのに、リアリズム溢れる世界、その境界線がよく分からないところが、この短編集の魅力です。夢の話であるものの、夢のような話ではないところが面白い。

 フランソワ・ラブレーの夢は愉快で、トゥールズ・ロートレックの夢は哀しすぎ、フロイトの夢は奇妙すぎついていけません。

 中でも、印象的だったのは、「画家にして激情家カラヴァッジョことミケランジェロ・メリージの夢」です。
 通称カラヴァッジョ(1571~1610)の作品は、今も人の目を引きつける作品ばかりです。その彼は、喧嘩早く、刃傷沙汰も多く、殺人まで犯して逃亡、投獄、脱獄、刺客に狙われ・・・と、ごろつきの人生だったようです。

 そんな彼が、なに故、あんな絵が描けたのか?多くは、毒を含む強烈な絵です。が、光の要素をすでに取り入れています。レンブラント(1606~69)やフェルメール(1632~75)より、早い時期です。
 タブッキの書いたこの文には、もしかしたら、そうだったのかもしれないと思わせる説得力があります。この夢は絵画「聖マタイの召命」(1599~1600)に関わる夢です。

 それに、カラバッジョの本来の名前はミケランジェロ!(夢は続く)

☆写真は、パリ オルセー美術館ガイドブック(日本語)のシャヴァンヌのページを開いた上に「夢のなかの夢」(岩波文庫)の表紙。このピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ「夢」の一部を藍色の表紙にあしらった表紙は、岩波文庫オリジナルの表紙でなく、「夢のなかの夢」のもともとの表紙のようです。(シチリア出版社の叢書「記憶」の表紙)
 シャヴァンヌの作品は、昨年、東京Bunkamuraで「シャヴァンヌ展」やっていましたね。かつて、東京ブリジストン美術館「ドビュッシー 音楽と美術」展にも来ていたと思います。

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夢のなかの夢

ケルムスコットj
(夢の続き)
 電車用にぴったりな薄い岩波文庫「夢のなかの夢」 (タブッキ作 和田忠彦訳)を読みました。
 
 以下の人たちが見た夢の短編集です。いうまでもなく、フィクションです。
ダイダロス、オウィディウス、アプレイウス、アンジョリエーリ、ヴィヨン、ラブレー、カラヴァッジョ、ゴヤ、コウルリッジ、レオパルディ、コッローディ、スティーヴンソン、ランボー、チェーホフ、ドビュッシー、ロートレック、ペソア、マヤコフスキー、ロルカ、フロイト。

 有名な人あり、知らない人あり、一人の架空の人あり、詩人あり、画家あり、小説家あり・・・夢の話だけに最後がフロイトというのが可笑しい。

 話は、毒あり、皮肉あり、そうだったかもしれないと思ったり、きっとそうにちがいないと思ったり、古代ローマ時代あり、イタリアあり、イギリスあり、パリあり、サモアあり、緻密に計算された日程だったり場所だったり・・・

 取り上げられた人やその作品を知っていると、この本の楽しみは倍増します。(夢は続く)
☆写真は、英国 ケルムスコットマナー

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肉筆浮世絵展

           かわなべj
「肉筆浮世絵 美の競艶 浮世絵師が描いた江戸美人100選」(~2015年6月21日)を大阪市立美術館に見に行きました。(大阪に次いで長野、東京にも巡回)

 シカゴの日本美術収集家ロジャー・ウェストン氏所蔵のものらしいのですが、一体、どこにこれだけの肉筆画があったの?それも、こんなにきれいな状態で・・・
 100枚以上もありますから、似たようなものも、多々ありますが、一言でいうなら、凄いですねぇ、よくぞ、集められました。
 
 さすが、肉筆画です。細かい。着物の模様がくっきり美しい。
 それに、表装の美しいこと。刺繍あり、染めあり、絞りあり、織りあり・・・
 
 展示も結構、近くで見ることができ、隅々まで観ることができます。
 
 (上の写真)河鍋暁斎「一休禅師地獄太夫図」は、骸骨の自由な動きが、可笑しい。骸骨が扇子を持って踊っているのですが、扇子も骨だけ・・・というユーモア。

 が、やっぱり北斎でした。以前、東京江戸博物館の「大浮世絵展」に行ったとき、≪葛飾北斎のところに来ると、急に空気が変わるような気がするのは、ひいきでしょうか。≫などと書きました。 
 
 今回も全く同じでした。北斎があることもよく知らないで鑑賞していましたら、延々と遊女たちの立ち姿などの浮世絵が続く中、「お!」急に空気が変わるのです。
 確かに、今回の「京伝賛遊女図」や「大原女図」は、他の錦絵と違い墨中心で描かれているので、描き方だけの変化と映るのかもしれませんが、西洋のデッサン画のような力の抜け方です。力みなく描かれた女性の横顔。いいなぁ。
 この時代の他の浮世絵師より、一段抜けたところに北斎が居るのだと思います。
 「京伝賛遊女図」や「大原女図」は、美人を売りにするより、その女たちの心も描いているようで、最後まで観た後、もう一度、この絵の前に戻りました。

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満開の花

さつきj
昼間は、汗ばむ陽気とはいえ、やっぱり、麗しい5月。
朝の散歩は、皐月の花が満開で、
フレンチラベンダーは、風に揺れ
        らべんだーj
睡蓮の花も咲きました。
すいれんj

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オリーブの花

      おりーぶのはなj
 ご近所には、何かに紹介されるようなパン屋さんや食材屋さんなど、多々あるのが、困りもの。
 Pのケーキは美味しいものの、開店前に行列。お昼前には、ケースが空っぽという状態なので、ここ3年は口に入っていません。ドイツパンのBの美味しい食パンは当日予約でいっぱいで、電話がかからない。Mのハムは美味しいけれど、あれもこれもなんて到底無理。オリーブの実のピクルスだけでも、なんで、こんだけ種類があるの?・・・

 こんな買い物散歩に小銭しか持っていないで出かけると、後悔することしきり。
 とはいえ、懐具合よく出かけたとしても、お財布が軽くなりすぎて、また後悔。
 ま、気候のいいこんな日にしかできないご近所周遊だと思って、さっき買ってきたものを美味しく食べるぞ!

☆写真上は、12月にはたくさん実のなる、ご近所のオリーブの花。今年もたくさん実るかな?よその実ではあるけれど・・・
写真下は、すでに虫を呼んでいたスダジイの黄色い花

       すだじいj

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凱風快晴

 富士朝j
 初夏の清々しい日が続きます。
 来るべき梅雨や真夏への英気を養っているような気がします。
 
 そんな中、裏富士山辺りに行っていた娘から写真が、早朝送られてきました。
 ああ、北斎の赤富士を思い出します。富嶽三十六景「凱風快晴」。
 もちろん、北斎が実際に見て描いた場所とは違うものの、同じように東から陽が当たっている。

 北斎の「富獄三十六景」には、場所を特定するべくタイトルの付いたものがほとんどですが、場所を特定しにくい(特定できない)赤富士などの何枚かの絵は、より伸び伸びとした美しさが魅力です。
 昨日のモンブランにしても、今日の富士山にしても、その存在の「力強さからでてくる甘美」は、洋の東西を問わないものだと、改めて思います。

それにしても、「凱風快晴」というタイトルも、いいですね。少ない単語で、深いことを表現できるのも美しい。
≪「凱風」・・・南風。初夏のそよ風。「凱」はやわらぐ意。≫とありました。
☆写真は、冨士休暇村から写した早朝の富士山(撮影:&Co.A)

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力強さからでてくる甘美

あさひもんぶらんj
(夢の続き)(承前)
・・・ せっかくだから、 「ルネサンス -美術と詩の研究」 (ウォルター・ペイター 富士川義之訳 白水社)の中の「ミケランジェロの詩」の章。

 英国の文人ウォルター・ペイターは、ミケランジェロの作品をこう表現しました。
≪甘美と力強さ、驚きを伴った喜び、さらに力強い観念が、整った形を作り上げているすべての外的条件をいまにも突き破りそうに見えながら、最も単純な自然の事物のうちにのみ通常は見出せる美しさを少ずつ回復していくーーーつまりは、「力強さからでてくる甘美」ということなのだ。≫

 うーん、またまた、難しくなってきた。
 確か、ロセッティの夢の話から夏目漱石の夢十夜を思い出し、それでミケランジェロが出てきて・・・

 が、しかし、ウォルター・ぺイターの文の中にこんなことが書いてあります。
≪彼(ミケランジェロ)は夢や前兆を信じていた。彼の友人の一人が、その頃死んだばかりのロレンツォが灰色の埃だらけの服装で現れた夢を二度も見た。ミケランジェロには、この夢がその後実際に起こった騒乱の前兆に思えたので、彼の行動すべての特徴になっているのだが、いかにも唐突にフィレンツェを離れた。≫

・・・ほら!夢でつながった!
やれやれ・・・

そんなわけありません。さらに広がって・・・
現代イタリア文学作家のタブッキの「夢のなかの夢」(岩波文庫)にもつながってしまったのです。(夢は続く)

☆写真は、スイス ニヨンから見た朝のモンブラン

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手は知性の命じるところを なぞるままに

さもとらけのにけj
(夢の続き)(承前)
 ・・・と、今度は、須賀敦子がミケランジェロの詩を訳しているのを見つけました。それは、一昨日の早川訳と同じ箇所の訳なのか、全く違うところなのか、イタリア語の素人には確証がありません。ただ、真意としては同じだし、どちらもヴィットリア・コロンナに捧げられた(と思われる)とあります。
 以下、須賀敦子訳の前半部分のみ。

≪優れた芸術家は 大理石にむかうとき
 余計の部分に かくれ潜む
 ただ一つの真理を追うだけ
 手は知性の命じるところを なぞるままに

 それに似て 疎ましい災いも 待ち望む善きことも おお
 誇り高い女神よ 爽やかな君よ おんみはすべてを秘めている
 だが わたしの芸術(わざ)は 心に背き
 思うように 実をむすんではくれぬ≫(ミケランジェロの詩と手紙)

 個人的には、この須賀敦子訳が好みですが、この訳だったら、運慶のことは思い浮かばなかったかもしれません。

 いずれにしても、漱石は、イタリア語で、ミケランジェロやルネサンスにアプローチしたというより、英訳や英国人の書物から、近づいたのではないかと、思います。ならば、、「D.G.ロセッティ作品集」に付録で掲載されている「ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ」(鑑賞批評集)の著者、英国の文人ウォルター・ペイターもその範囲にいるだろうし、ウォルター・ペイターの書いた「ルネサンス」(白水社)も無関係ではないのだろうと。(夢は続く)

*「須賀敦子全集第5巻」(須賀敦子著・訳 河出文庫)
*「ルネサンス 美術と詩の研究」(ウォルター・ペイター著 富士川義之訳 白水社)
*「キューピッドとプシケー」  (ウォルター・ペーター文 エロール・ル・カイン絵 柴鉄也訳 ほるぷ)

☆写真は、パリ ルーブル美術館の「サモトラケのニケ」。ミケランジェロとはまったく関係なく、大理石の彫刻ということだけが共通点です。

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匂い晴れやか

            すいとぴーとすいかづらj
(承前)
 残念なことに、音楽の深い世界に首を突っ込んでいないので、先日書いた、ドビュッシーがロセッティの長詩「祝福されし乙女」から「選ばれし乙女」を作ったことも、ショスタコビッチが「ミケランジェロの詩の組曲」を作ったことも、そうなのか・・・といった具合。

 が、しかし、「ミケランジェロの詩の組曲」のひとつと思える詩訳は、味わうことができます。
 (以下、早川祐弘訳の前半のみ)

≪十重二十重(とえはたえ)、花また花で織つづられた花綵(はなづな)は
 またなんと匂い晴れやか、金髪の夫人の髪のその上に、
 花一輪また一輪としなだれかしぐ、
 花々はあい競い君の額に口づける。
 
 あの服は春風にひねもすのどか
 胸をしめ、裾ふくよかにふんわりと、
 金色(こんじき)のレースは君の頬もとめ
 頸(くび)すじにふれては撫でるやみもせで。・・・≫

 訳者自身が言うように、≪この詩はボッチチェリの「春(プリマベーラ)」の雰囲気がうかがわれるかのよう≫です。(夢に続く)

*「ルネサンスの詩 城と泉と旅人と」(早川祐弘著 沖積舎)
☆写真は、英国 テムズ川沿いのスイトピーとスイカズラ。

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明治の木、アルプスの石

シーニゲプラッテj
(夢の続き)(承前)
  さて、「夢十夜 第六夜」運慶の彫刻は、木の中にもともと埋まっているものを掘り出すだけ、という発想を調べていくと、英国からイタリアルネサンス ミケランジェロに飛んでいきました。研究畑で周知のことでも、素人の読書だと、単につながるだけで嬉しい。

 というのは、以下、ミケランジェロの詩(早川祐弘訳)を見ると、あれれ?運慶が木を掘り出し、ミケランジェロが石の中にある像を取り出すという、木と石という違いこそあれ、人間技を超越したような彫刻を表現する言葉として似ています。

≪硬いアルプスの石の中に
 生動する像があると仮定して、
 夫人よ、それを取出すためのごとく、
 石片がおもむろに砕け散ると、像はおもむろに大きな姿を現す。
 このようにわれらの肉体の表面は
 手がはいっていない、荒れた、硬い肌により、
 立派な行いを内に隠している、
 それにふさわしい魂はその間たゞうちふるえている。
 このわたしの外面の姿から
 これを取出し得るのは君、たゞ君あるのみ、
 わたしにはもはや己れの意志もなく力も尽き果てた以上。≫
「ミケランジェロ詩人」『ルネサンスの詩 城と泉と旅人と』(平川祐弘著・訳 沖積舎)

 恥ずかしながら、彫刻家で画家のミケランジェロが、300篇近い詩作を残した詩人だったとは、今まで知りませんでした。また、ショスタコビッチが「ミケランジェロの詩による組曲」を作っているということも、知りませんでした。(続く)

☆写真は、スイスアルプス アイガー・メンヒ・ユングフラウ

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掘り出すまでだ

鎌倉時代の木ではないj
(夢の続き)(承前)
 さて、「夢十夜」第六夜。
 夢に、かの運慶が出てきます。

≪護国寺の山門で見物人には頓着なく仁王を彫り続ける運慶。鎌倉時代の運慶を見ているのが、明治の人間。
そのうち、若い男が、運慶の仕事を見て、言います。
「なに、あれは眉(まみえ)や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木に埋まっているのを鑿と槌の力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなものだから決して間違う筈はない」
 それを聞くと、彫刻とはそんなものかと思い、見物をやめ、家に帰ると、嵐で倒れた大きな樫の木を選び、次々自分で彫り始めるも、仁王は見当たらず、ついに明治の木には到底仁王は埋まっていないものだと悟り、それで運慶が今日まで生きている理由も略(ほぼ)解った。≫・・・・・という話。

 ふーん、人間技とは思えない彫刻は、実はそういうことなのかもしれないなぁ等と、想像力豊かな発想に納得。

 とはいうものの、漱石の作品には、そこかしこに英国美術や西洋芸術論の影響があったことを思うと、もしかして、何かヒントがあったんだろうか?…どこかで読んでいたような気がして、調べてみました。(夢は続く)

☆写真は、明治の木ではなく、英国テムズ上流の木。

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手には三つの百合の花

             あまつおとめj
(夢の続き)(承前)
 以前書いた「夢十夜」第一夜とロセッティの絵画(「マリアの少女時代」「受胎告知」)の関係は、百合の花のイメージを中心に、感想を書きました。が、しかし、「D.G.ロセッティ作品集」に掲載されている「天つ乙女」という長詩は、漱石「夢十夜」の第一夜のイメージにもっと近いことがわかりました。

 まず、ロセッティ「天つ乙女」の初め
≪天つ乙女はのりいだす、
 天なる国の黄金(こがね)の高欄から。
 その眼(まみ)は夕べに静まる
 海の深みより深く、
 手には三つの百合の花、
 髪を飾るは七つ星。・・・・・・≫

 そして、漱石「夢十夜第一夜」最後≪自分は苔の上に座った。これから百年の間こうして待っているんだなと考えながら、腕組みをして、丸い墓石を眺めていた。≫
≪・・・すると石の下から斜(はす)に自分の方へ向いて青い茎が伸びて来た。見る間に長くなってちょうど自分の胸のあたりまで来て留まった。と思うと、すらりと揺ぐ茎の頂(いただき)に、心持首を傾けていた細長い一輪の蕾が、ふっくらと弁(はなびら)を開いた。真白な百合が鼻の先で骨に徹える(こたえる)ほど匂った。そこへ遥(はるか)の上から、ぽたりと露が落ちたので、花は自分の重みでふらふらと動いた。自分は首を前へ出して冷たい露の滴る(したたる)、白い花弁(はなびら)に接吻した。自分が百合から顔を話す拍子に思わず、遠い空を見たら、暁(あかつき)の星がたった一つ瞬いて(またたいて)いた。「百年はもう来ていたんだな」とこの時始めて気がついた。≫

・・・・この最後の部分は、前も引用しましたが、以前は、百合の花に気を取られていました。
 が、しかし、絵画の「天つ乙女」(上の写真)を見ると、絵の下に、寝そべって(苔の上?)考えている風情の男の人がいるし、上方には「夢十夜」で≪天から落ちてくる星の破片(かけ)を墓標(はかじるし)に置いてください。≫といった女の人がいるのです。(夢は続く)

*「D.G.ロセッティ作品集」(南條竹則・松村伸一編訳 岩波文庫)
☆写真は、Rossetti (David Rodgers)PHAIDON社刊の「天つ乙女(あまつおとめ)」(The Blessd Damozel:「祝福されし乙女」と訳されている場合もあります。)

☆★☆この絵の習作は、かつて東京ブリジストン美術館「ドビュッシー 音楽と美術」展にあり、ドビュッシーが、ロセッティの「祝福されし乙女」(天つ乙女)の詩に影響を受け、作曲したのが「選ばれし乙女」という展示でした。・・・このドビュッシー展のことは、沼辺信一氏の「私たちは20世紀に生まれた」に熱く書かれていますので、ぜひそちらを()。

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天つ乙女はのりいだす 

                   うらてj
(夢の続き)
 「D.G.ロセッティ作品集」に付録として掲載されているウォルター・ぺイターの「ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ」(鑑賞批評集)の中にも夢のことが書いてありました。(ウォルター・ぺイターはエロール・ル・カイン絵「キューピッドとプシケー」の作者)

 この文は、D.G.ロッセティの「天つ乙女(あまつおとめ)」という絵画と≪「天つ乙女はのりいだす 天なる国の黄金の高欄から。・・」≫で始まる長詩のことにもページを割いています。***「天つ乙女(あまつおとめ)」は、(The Blessd Damozel・・・「祝福されし乙女」等と訳されている場合もあります。)
 
 そこには、
≪「肉体の亡霊」が整然と愛の礼拝に行き来する夢の国は、氏(D.G.ロセッティ)にとって、単なる空想や比喩ではなしに文字通り、実在する国であり、目覚めている生活の延長もしくはそれに付け加えられたものだと言っても過言ではない。ただおそらくは、眠りに仕えるには慎重にするのが賢明であったろう。というのも不眠は彼(D.G.ロセッティ)の死に至る病となったからである。・・・≫(松村伸一訳)

 そうなのか・・・難解になってきた。
 とはいえ、晩年は心を病み、不眠症に悩まされたロセッティと夢の世界が、こういうことなのかと知ると、あのミステリアスな絵画、あの粘着質の絵画の秘密に迫れそうな気がしないでもない。ふーむ。

 で、また、思い返すのが、夏目漱石「夢十夜」。(夢は続く)

*「D.G.ロセッティ作品集」(南條竹則・松村伸一編訳 岩波文庫)
*「キューピッドとプシケー」  (ウォルター・ペーター文 エロール・ル・カイン絵 柴鉄也訳 ほるぷ)
☆写真は、英国 ケルムスコットマナー裏手

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夢十夜とロセッティ

      けるむすこっとにわj
(承前)
 D.G.ロセッティ作品集 (南條竹則・松村伸一編訳 岩波文庫)の一番初めの小説「林檎の谷」を読んだとき、あ!と思いました。
 その話の始まりはこうです。
≪眠ればいろいろな夢を見る、と人は言うが、生まれてからこのかた、自分はただ一つの夢しか見ない。≫
そして、最後はこうです。
≪―――と見たところで、冷え冷えした寝床に目覚めた。だが、自分はついに永遠(とこしえ)の仲間たちと横たわっているのだ、という感じは変わらず、手にはまだあの林檎の感触が残っていた。≫

 「こんな夢を見た」で始まる夏目漱石の「夢十夜」のことは以前に書きましたが、またここでもつながったような気がするのです。ただし、以前に書いた第一夜の百合は、今回「D.G.ロッセッティ作品集」を読んで、別の作品と近しいのではないかと思っています。
  夏目漱石はきっと、ダンテ・ガブリエル・ロセッティの絵を鑑賞しただけでなく、この「林檎の谷」を読んでいたに違いない(かもしれない)し、英国から帰国して夏目漱石が書いた「夢十夜」のイメージの源泉として、この小説があったに違いない(かもしれない)と思います。研究者の間では、周知のことだとしても、カ・リ・リ・ロ的には新発見。(夢は続く)

☆写真は、英国ケルムスコットマナーの庭。

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優れた詩を拙い詩にしてはならない

けるむすこっとまなーしょうめんj
(承前)
 D.G.ロセッティ作品集 (南條竹則・松村伸一編訳 岩波文庫)は、小説3篇とソネット、抒情詩、長詩、批評、それにウォルター・ぺイターによる「ダンテ・ガブリエル・ロセッティ」という文で成り立っています。(ウォルター・ぺイターはエロール・ル・カイン絵「キューピッドとプシケー」の作者)
 その中に、カラーではありませんが、挿絵のようロセッティの絵も差し挟まれていて、ロセッティの文学と絵画の世界を一度に見ることができます。 特に、「絵画のためのソネット」は、その絵画自体が掲載されているので、一層深みが増すのではないかと思います。

 そして、「批評」という章に、『イタリア古詩人』序という訳詩について書かれた一文があります。

≪韻を踏んだ翻訳の生命はこの点にある――すなわち、優れた詩を拙い詩にしてはならないということだ。詩歌を清新な言語に翻訳することの唯一の真の動機は、清新な国民に、可能な限り、さらなる一つの美を所有せしむることでなければならない。詩は厳密な科学ではないから、訳の逐語性箱の主要なる目的にとって、まったく二義的なものでしかない。私はいま逐語性と言ったのであり――忠実さとは言っていない、両者は決して同じではないのだ。かくの如く成否の第一条件であるものと逐語性とが両立し得る場合には、翻訳者は幸運なのであって、両者を結び付けるために最善を尽くさなければならない。しかるに、そのような目的が大胆な言い換えによってしか叶えられない場合は、それこそが訳者のとるべき唯一の道である。≫

 がぁーん、「優れた詩を拙い詩にしてはならない」かあ。・・・子どものために作られた詩を訳すのを、ささやかな趣味にしている者には、耳が痛い。とても痛い。痛すぎる・・・(続く)

*「キューピッドとプシケー」  (ウォルター・ペーター文 エロール・ル・カイン絵 柴鉄也訳 ほるぷ)
☆写真は、英国ケルムスコットマナー

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未完

            けるむすこっとばらj
 ええーっ!
 岩波文庫3月新刊の「D.G.ロッセティ作品集」の「とりなしの聖女アグネス」を読み進み、もう最後の余白が目に入ったので、さて、結末は?と思いきや、最後の文字は「(未完)」。うっそー!
 こんな100年以上も前の話、永久に未完なのね。う、う、う、残念。
 
 「D.G.ロッセティ作品集」は、絵画集ではありません。彼の書いた短編小説・詩などがまとめられていて、先の未完小説は、掲載された3つの小説の一つです。
 
 当時の英国の画家や作家や詩人たちが境目なく、交流し、自らも様々な形で表現していたのは知っていました。また、D.G.ロセッティの妹が、「だれが風をみたでしょう」などの詩で日本でも知られるクリスティナ・ロセッティという詩人だということも知っていました。が、しかし、兄のダンテ・ガブリエル・ロセッティ自身が、こんな筆力で、文や詩を残していたのは新鮮な驚きでした。少々、粘着質の絵画作品と、趣きが異なる様な気がするのは、日本語訳のせいでしょうか?(続く)

 さて、この本以来、いろんなことがつながったり、またもや、なーんも知らなかったりして、どんどん深みにはまり、この後、続きはずいぶん長いこと続きます。ロセッティ、夏目漱石、ミケランジェロ、ウォルター・ペイター、タブッキ、カラヴァッジョ、スティーヴンソン、須賀敦子・・・と、自分なりに探り、読み、書きしていますが、うーん、深すぎます。

*「D.G.ロセッティ作品集」(南條竹則・松村伸一編訳 岩波文庫)
*「風」(だれが風を見たでしょう) クリスティナ=ロセッティ詩・西條八十訳詞・草川信作曲
☆写真は、英国 ケルムスコットマナー。D.G.ロセッティは、ウィリアム・モリスのこの家に、よく滞在していました。彼のアトリエにしていた部屋もあります。

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薫風自南来

      青紅葉j
 台風一過・・・生き生きしている青紅葉。
 歩いたのは、京都西山、地蔵院から松尾大社の山沿いの道。
その後一駅乗って、保津川渡って、嵐電嵐山駅まで。
地蔵院j
       松尾大社j
 山笑うというより、にやけているほどの黄緑色。
 人が多すぎるので敬遠していた嵐山保津川だけど、やっぱりいい景色・・・
渡月橋j
 人のほとんど居なかった地蔵院は、一休禅師が幼少の頃修養した寺で、竹の寺ともいい、竹も苔も綺麗でした。方丈の庭は平庭式枯山水で、十六羅漢の修業の姿に見立てた石が配置されています。鶯の声を聴きながら、三月中旬に咲くと言う大きな侘助椿を眺め、薫風を感じるひと時でした。
 で、その後、古筆のお稽古に行ったなら、先生のおうちに掛かっていたのは、一休禅師の「薫風自南来」。         
             たけj
 

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詩のすきなコウモリの話

       リスいないj
「詩のすきなコウモリの話」 (ランダル・ジャレル作 モーリス・センダック絵 長田弘訳 岩波)
(承前)
 ・・・やっぱり、この本のことは書いておこう。
 
 モノマネドリの歌を聴くのが好きな小さなコウモリは、眠らなくてはいけない昼にも、起きて、いろんなことを目にするようになります。そして、モノマネドリのような歌を作ります。モノマネドリに自分の作った歌を聞いてもらい、批評してもらうのですが「問題は、詩を作ることじゃないんだ。問題は、その詩をちゃんと聴いてくれるだれかをみつけるということなんだ。」・・・というわけで。詩を聴いてくれるシマリスに出会い・・・

 浮き世離れした小さなコウモリの話です。アクセクしない。のんびり、おっとり、謙虚な姿勢が魅力です。優しい心根のシマリスもいい。二人のやりとりは、心温まります。
 そして、コウモリは「生まれたばかりのコウモリは・・」で始まるコウモリ自身の歌を作ります。まず、シマリスに全編聴いてもらい、次には、仲間に聞いてもらおうと、仲間のところに戻り・・・

 ところで、作家で詩人の池澤夏樹が、須賀敦子全集第5巻(イタリア翻訳詩集他 河出文庫)の解説でこんなことを書いています。
≪・・・誰もが心の奥の方に「若いころ、わたしは・・・」で始まる記憶を持っている。それがこうして美しく普遍化される。共有のものになる。それが詩人の仕事である。・・・≫

小さなコウモリも詩人の仕事をしたというわけですね。

 さて、ランダル・ジャレルの残した4冊の子どもの本(「はしれ!ショウガパンうさぎ」「詩のすきなコウモリの話」「陸にあがった人魚のはなし」「夜、空を飛ぶ」)のうち3冊までがセンダックの挿絵だということからも、息があったパートナーだったのだと推測できます。そしてまた、そのうち3冊が長田弘訳というのも、国を越え、つながるものを感じます。

*「はしれ!ショウガパンうさぎ」(ランダル・ジャレル文 ガース・ウィリアムス絵 長田弘訳 岩波)
*「詩のすきなコウモリの話」(ランダル・ジャレル文 モーリス・センダック絵 長田弘訳 岩波)
*「陸にあがった人魚のはなし」(ランダル・ジャレル文 モーリス・センダック絵 出口保夫訳 評論社)
*「夜、空を飛ぶ」(ランダル・ジャレル文 モーリス・センダック絵 長田弘訳 みすず書房)
☆写真は、ロンドン ケンジントンガーデンズ 中央小さく見えるのは、ワッツ作≪Physical Energy ≫リスもどこかに写っているかも。

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なつかしい時間

     むこうにぼーとj
 「さんびきのやぎのがらがらどん」(福音館)を描いたマーシャ・ブラウン女史の訃報を受け、1918年生まれで、もうすぐ100歳という大往生・・・と考えていたら、詩人の長田弘の訃報。うーん、こちらは、75歳だったらしい。

 実は、2013年刊の長田弘「なつかしい時間」という岩波新書が店頭に並んだとき、すぐに読んでいたものの、感想文を書かずに、今日まで来ました。付箋を貼ったまま。

 この本(NHKテレビ『視点・論点』で語ったものの集大成)の後半は、いつになく寂しいトーンが漂っているなと思っていました。そうしたら、闘病されていた大学の同級生だった奥様を亡くされたときの文『五十年目のラブレター 悼辞に代えて』が最後の方にありました。我が身も同級生同士の結婚なもので、色々、思うこともあり・・・するうち、先延ばしになってしまったのが、一つの理由です。
 そして、いつもながら、この詩人のエッセイには、共感する部分が多く、書き残しておきたいことが多かった(多すぎた)のも、先延ばしになった言い訳の一つです。
 
≪本を開くということは、心を閉ざすのではなく、心を開くということです。いま、自分の目のとどくところに、あるいは、自分の手に、どんな本があるか。そのことを自問することから、読書というのははじまる。そうやって、本に親しむという習慣を通して、わたしたちは、言葉を大事にすること、本を読むことへの信頼を、自ずから手にしてきたし、これからも手にしてゆきたいというのが、わたしの希望です。≫『本に親しむという習慣』

 長田弘の名前を知ったのは、「詩のすきなコウモリの話」だったかもしれません。今、読み返してみましたが、やっぱり、好きな話です。他にもたくさん絵本の翻訳をされていたので、残念。

*「さんびきのやぎのがらがらどん」(マーシャ・ブラウン作 瀬田貞二訳 福音館)
*「なつかしい時間」(長田弘 岩波新書)
*「詩のすきなコウモリの話」(ランダル・ジャレル作 モーリス・センダック絵 長田弘訳 岩波)
☆写真は、英国 テムズ上流

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石にバラが咲いている

       なかのしまばらj
「パンとバラ  ローザとジェイクの物語」 (キャサリン パターソン 著 岡本 浜江 訳 偕成社)
(承前)
 ≪「わたし、考えたんだけど・・・・」マンマがしずかにいった。「おなかにパンがほしいだけじゃない。パンだけじゃない。わたしたちの心や魂にも食べ物がいる。・・・・(中略)・・・わたしらのすてきな子どもたちに、すてきなものをあげたい。」マンマは身をかがめて、指のなかにこしらえたローザの巻き毛にキスをした。「わたしらの子どもにはバラがなくては・・・」≫
 このあと、ローザが「パンがほしい そしてバラも」と、プラカードに大書します。

 これは、フィクションですが、後に労働運動のスローガンとなり、歌となる「パンとバラ」という言葉の生まれた瞬間でした。そして、この頃から、ローザに変化が見え、物語は後半へ。

 児童文学というジャンルが、好きなのは、児童とは言えない年齢の者ですら、主人公と一緒になって、冒険したり、考えたり、悩んだりしながら、一歩踏み出し・・・と成長できるからです。そこに希望の光を見出せるからです。
 もし、主人公の子どもが、子どもであることに不満を持っているだけの存在であれば、魅力がありません。子どもであっても、人間である勇気を見せてくれる時、読み手も勇気づけられ、励まされます。

 そんなわけで、「パンとバラ ローザとジェイクのものがたり」の前半は、面白いと思えなかったのです。
 が、後半、舞台をヴァーモントに移した頃、主人公二人に光が射してきます。
 つまり、親元、地元を離れ、自ら考え行動し始めたからです。もちろん、前半の長すぎる動機があったからこそ、後半の感動の大きさにつながるとはいえ、後半の引力は半端なく、今度は一気読みでした。
 この話は、実際の労働争議や移民問題を抱えながら、2人の子どもたちの成長を描いた話ですが、そこには、彼らを支える心の広い大人たちが、ちゃんと存在しました。

 物語の最後です。
≪ジェイク・ピールは走り出した。ときどき新しいブーツが凍った丸石の上ですべったけれど、ころばなかった。走るって、なんとふしぎな、なんとすばらしいことなんだろう。けちな罪から逃げるのでもなければ、こわくて逃げるのでもない。新しい人生にむかって走るのだ。パンがなくなることなく、石にバラが咲いている新しい暮らしにむかって。≫

・・・「石にバラが咲いている」???と思われたら、物語のご一読を。
☆写真は、大阪 中之島のバラ

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ローザとジェイクの物語

      リージェントパークバラj
「パンとバラ  ローザとジェイクの物語」 (キャサリン パターソン 著 岡本 浜江 訳 偕成社)

  この本は、1912年アメリカ東部でイタリア移民労働者たちのストライキが起こり、その状況下で生きる移民の少女ローザと、貧しい少年ジェイクの物語です。時代と国こそ違えど、先日見た映画「パレードへようこそ」とつながる児童文学です。
 もともと、この本を知っていた友人が、同じ映画「パレードへようこそ」を観、拙ブログ「パンとバラ」を見、すぐにメールをくれました。「こんな本があるよ・・・」

 物語の前半は、当時のアメリカの労働環境や生活環境の劣悪さを描くことに終始しています。ストライキというまだなじみのなかった労働運動が、広まっていく様子も描かれ、児童文学というより、社会問題啓蒙、労働問題史といった感じもあります。子どもたちを巻き込んだ悲惨な状況は、旧時代のディケンズ「オリバー・ツィスト」の世界を思い出します。違いは、人々が立ち上がっているところでしょうか。
 そんな中、主人公である少年ジェイクは、世を恨み、愚痴をこぼし、犯罪を正当化してまで生きています。もう一人の少女ローザは、賢い子であるのに、なかなか主体性を発揮できず、自分で考え行動しているところまでいきません。

 数々の児童文学で、英気をもらってきたのは、少年少女である主人公たちが、成長していく様でした。困難を自ら切り開き、あるいは、周りに支えられて前進していく姿でした。それが、この本の前半ではあまり感じられず、少々読むのがしんどくなってきた頃、「パンとバラ」というスローガンを考え、プラカードに書くところが出てきます。・・・・で、その辺りから、つまり、後半から、この話は、俄然、面白くなってくるのです。(続く)
☆写真は、ロンドン リージェントパーク PRIDE OF ENGLANDという真紅のバラ

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(おっとり)小さいおばあちゃん

 うきわj
  お久しぶりです!小さいおばあちゃんシリーズです。
 おっとり、可愛い小さいおばあちゃんとお知り合いになりました。
 
 ジムの閉鎖で、あの愛すべき小さいおばあちゃんたちと別れて、早一年半近く。
 新しく通うジムでは、元気でバイタリティ溢れるおばちゃんたちが多いものの、なかなか「小さいおばあちゃん」と呼ばせていただけるようなお方と出会わなかったのですが、いました、いました!
 
「私もこのジムに移ってきて、そんなに長くないのよ。前行っていたジムは亡くなった夫と通っていて、夫との思い出が多すぎるから、やめて、こっちに来たのよ。」 「・・・・・・・・」

 「プールは、なさらないのですか?」と、お聞きすると、
 「泳げないから・・・」
 「歩くのもいい運動のようですよ。歩くコースもありますよ。」
 「ええっ!プールで泳がなくてもいいの?知らなかった・・・今度、一緒に連れて行って。」
 「・・・・・・・」(*ちなみに、このジムのプールは更衣室の並びにあり、ランニングマシンなどの器具は違う階にあります。)
☆写真は、英国オックスフォード郊外、テムズ上流。

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50年近く前の本

       ツツジj
 古い本を引っ張り出して読んでいたら、その最後の最後に、大事な言葉が並んでいました。古いと言っても1967年初版で、手元にあるのは、1974年の7刷「子どもと文学」 (石井桃子、いぬいとみこ、鈴木晋一、瀬田貞二、松井直、渡辺茂男共著 福音館)です。共著ですので、それぞれが分担し書いているのですが、その最後は石井桃子が担当しています。

≪母親は、幼い子といっしょに、もう一度、自分の国のことばのひびきに耳を傾ける努力をし、教師は、まずその子たちの将来の武器である読み書きの能力を、それがのびるうちに、できるだけのばすことに努力し、作家は、新鮮な目で子どもたちの心の動きを見つめ、もう一度その世界のひみつをさぐりだす努力をしたいものです。そして、家庭でも、学校でも、図書館でも、本のなかにはすばらしい世界があるのだということを知らせたいものです。これが子どもの文学に関心を持つ者たちの任務でしょう。≫

 漫画、アニメーション、ゲーム、WEB・・・日に日に、子どもたちを取り巻く状況は刺激的になり、効率的になり、心奪われるものが溢れます。そんななか、50年近く前の言葉が今も生きていて、否、今こそさらに忘れてはいけないものになって、我々大人の前に、あります。ところが、真面目な人ほど、ここにある「努力」や「任務」という言葉だけを受け止め、結果、上から目線になってしまいがち。が、ここで一番大事なのは、子どもも大人も本のなかにはすばらしい世界があることを知って、一緒に、その世界を楽しむことだと思っています。

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みかんの花が咲いている

オレンジばらj
  散歩にうってつけの季節ですが、もはや、朝六時台でも、帽子が要り、手には日焼け止め。各家、花を咲かせ、バラは、これでどう?とばかり誇らしく咲いています。
              うすぴんくばらj
 今や誕生日というのは、自ら覚えているより、人から教えてもらうものになったとはいえ、誕生月の5月だけは、ご自慢の一つ。といっても、どの人にも5月はありますが。
     桐の花j
しゃくやくj
 そしていつも、この月に産んでくれた亡母に感謝します。明るい日差し、さわやかな風が吹く母の日も近い。
☆写真上から、よそのお宅のバラ・薔薇、桐の花、芍薬など、一番下は、多分、みかん(柑橘類)の花。5月初旬は、♪みかんの花がさあーいてーいるぅ♪時期。
     みかんのはなj

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パンとバラ

       ばらj
 (承前)
 映画「パレードへようこそ」は、役者がそろっているし、時折入るイングリッシュジョーク、にんまりしながら楽しみました。
 偏見のない誠実な男性のスピーチに涙が出そうになるし、ビッグベン前の行進で、各人のその後が、文字で出てくるのは、そうなのか・・・やっぱり・・・へぇー・・・そうだったの!と、実話に基づいた映画ならではの終わり方。
 英国ウェールズの風景に目を凝らし、ハイドパークが映るだけでため息し、イギリス炭鉱閉鎖映画(こんなジャンルがあるとしたら)は、やっぱり好みです。

 そんな中、印象的なシーンがありました。みんなの心が、一つになる瞬間です。
 それは、女性の美しいソロで始まりました。聞き入る人たち。そのうち、女の人が一人立ち、二人立ち、歌いだす。女たちはハーモニーを奏で歌います。するうち、男性も、立ち上がり歌いだす。会場に居た人たちの心が合わさった瞬間でした。
 ”Bread&Roses”と繰り返し歌われます。いい歌だなぁ・・・
 
 有名な詩らしいです。ジェイムズ・オッペンハイムというアメリカ人の詩らしく、もとは政治的なスピーチ("The worker must have bread, but she must have roses, too.")にインスパイアされてできた詩だとありました。今も、政治的なスローガンに使われているとか。そんな背景なんか、全然知らない者にも、この歌はいいなぁと伝わる、本当のもの。
 生きていくには、前進するには、パンもバラも大切なもの。

☆写真は、バルコニーでも毎年よく咲いてくれるバラたち。いい匂い。

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映画「パレードへようこそ」

    こいのぼりj
 イギリス炭鉱閉鎖映画は(こんなジャンルがあるとしたら)、どれも面白く、ほろ苦くちょっと幸せの映画です。「フルモンティ」「リトルダンサー」「ブラス!」そしてこの「パレードへようこそ」。
 1984年のサッチャー政権時代の炭鉱ストライキで、弱者となった炭鉱の村の人々と、同性愛者たちが、偏見を乗り越え、手をつなぎ、お互いを応援するという映画です。もちろん、個々の葛藤、成長も織り込みながら、映画は進んでいきます。

 確かにパレードが大団円とはいえ、「パレードへようこそ」という邦題と、原題の「PRIDE」は、少々離れているなあと思っていたら、英国に暮らしていた娘がPRIDEという言葉はGAYを表す言葉になっていると言うので、調べてみたら、GAY PRIDEという一つの言葉が出てきました。意味的には、GAYの人たちが自己に誇りを持つべきだというところのようです。
 さらに、パレードと言えば、日本人の感覚ではお祭り騒ぎの一つのように思うのですが、Gay Pride Day Paradeというのがあって、パレードという言葉自身も、あながち、原題から離れていなかったことがわかりました。
 とまあ、何にも知らないのは、ここでも露呈し、ロンドンでカラーランという、皮膚の色で差別しないチャリティランニング(顔に色粉をまぶして走る)に参加経験のある娘に、教えてもらうことも多い親の日子どもの日です。(続く)

☆写真は、西宮市夙川。端午の節句は男の子の健康と成長を願う日。今や、こどもの日ですが。(撮影:&Co.A)

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美味しい初夏

さくらんぼj
  時鮭と書いて、「ときしらず」というのは、初夏に北海道などで採れる鮭のこと。秋鮭というくらいだから、こんな季節に採れるのは、若い鮭のことらしい。あっさりしているようでうまい具合に脂が乗っていて、刺身で食べたら、もっと美味しいらしいのですが、とりあえず、焼いて肉厚のままいただきました。
 スモークサーモンの三種味比べでも、時鮭のサーモンが、一番美味しかった。

 春先には、明石産のイイダコ【頭に飯(イイ)みたいに詰まっているのが美味しい】を食するものの、イイダコも時鮭も時鮭サーモンも、お肉みたいな価格で、ぎょぎょぎょっ。とはいえ、毎年、この時期しか食べられないと思うとついつい手が伸びます。

 焼き時鮭の、この日は、またもいただいた、シーズン最後のコゴミに、そろそろ終わりが近い富山湾産のホタルイカと合わせて酢味噌で食べました。さらに一緒にいただいた山菜のもみじがさ(シドケ)はクルミと合わせました。

 さて、次の日は、京都の生湯葉をいただいたので、お刺身のように、自家製の煎り酒つけて食べました。加えて、汲み湯葉もあったので、初めて作った汲み湯葉丼!山かけ丼も美味しいけれど、それより、ずっとクリーミーで優しくて上品な丼が出来上がりました。
 家人が、美味しいを連発するのが嬉しい初夏の訪れでした。
 次は、初がつお!

☆写真は、先日紹介したオリーブの木の隣に生えているさくらんぼ。きっと栄養たっぷりの土なのですね。

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デュマのくるみわり人形

            おかしj
(承前)
 シャミッソー*から始まって、ホフマン、デュマ・・・なんだか、一回りという感じになりました。

 先のドイツ幻想全集の付録で、アレクサンドル・デュマ父がホフマンをモデルに描いた小説「ビロードの首飾りの女」(未邦訳)があることを知り、ホフマン(1776~1822)とデュマが深い関係にあることがわかりました。
 また、バレエ「くるみ割り人形」も、ホフマンの「くるみ割り人形とねずみの王さま」を原作とし、デュマ(息子)がフランス語翻訳し、父デュマが小説化したものを、チャイコフスキーがバレエの筋立てとしたらしい。参考:【「くるみ割り人形」あとがきにかえて(アレクサンドル・デュマ作 小倉重夫訳 東京音楽社)】 父のアレクサンドル・デュマ(1802~70)は「三銃士」「モンテ・クリスト伯」の作者で、息子のアレクサンドル・デュマ(1824~95)は「椿姫」の作者。両者は同名。

 先の「くるみ割り人形」の訳者「あとがきにかえて」によると、この「くるみ割り人形」作者アレクサンドル・デュマとあるものの、どちらのデュマが、つまり執筆が父親なのか息子なのか、はっきりとわからず、研究者でも意見がわかれるところだそうな。

 で、ホフマンの原作とデュマ本は、どう違うのかもよく知りませんでした。そこで、デュマ本も読んでみました。
 まず、挿絵を比べると、1845年初版本から訳出されたというデュマ「くるみ割り人形」(小倉重夫訳)は、挿絵も数多く入り、見るからに楽しい。(ただし、作者不詳) ホフマン「クルミわりとネズミの王さま」(岩波少年文庫)には、章題の下にカットが入る程度で挿絵がないのが残念。もちろん、センダックの「くるみわり人形」 (ほるぷ)には、たくさんの絵。

 さて、デュマの「くるみわり人形」を読んでみると、人物描写にホフマンよりページを割き、事象の説明も多い。ドイツの風習紹介の箇所もあります。ホフマンに慣れ親しんできた者にとっては、饒舌に感じます。それに、原作を超えたとデュマは思ったのでしょうか。作者名としてホフマン原作とは書いていないようです。(少なくとも、邦訳されたデュマ本のクレジットには、ホフマンの名前がありません。)うーん、これってあり?登場人物も、お話の流れも、みな同じものです。確かにフランスで公刊されたもので、デュマオリジナルの部分も多少ありますが、デュマ本は、ホフマンのリメイク本だと言ってもいいのではないかと思います。

*「影をなくした男」(シャミッソー 池内紀訳 岩波文庫)
*「くるみ割り人形」(アレクサンドル・デュマ作 小倉重夫訳 東京音楽社)
*「クルミわりとネズミの王さま」(ホフマン作 上田真而子訳 岩波少年文庫)
*「くるみわり人形」(E.T.A.ホフマン ラルフ・マンハイム英語訳 渡辺茂男日本語訳 イラストレーション モーリス・センダック ほるぷ出版)
☆写真は、英国オックスフォード アフタヌーンティ

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マルチ・タレント

              観客席j
(承前)
 ホフマンの「大晦日の夜の冒険」が入っていたのは、ドイツ・ロマン派全集の一冊ですが、その付録に月報と称した二つの文が掲載されていました。
 
 まず「作曲家ホフマン」(田辺秀樹 ドイツ文学)という原稿は「ドイツ・ロマン派にはマルチ・タレントが多い。」から始まります。ふーんそうなのか・・・詩人や画家や作曲家が、他にも才能があったと紹介、そのうえで、極めつけがホフマンだと言います。
≪作家にして作曲家、音楽評論家にして画家。歌劇場の監督をつとめ、自作のオペラの指揮をはじめ、演出、舞台美術、機械仕掛けなども引き受けた。しかも、どの領域でも仕事は第一級である。さらにそれに加えてホフマンは――これがとくに肝心な点だろうが――有能な裁判官でもあった。まさに驚異の万能人間というほかはない。≫
 それで、文学史上に残した名前より、ホフマン自身が主要なものと考えていたのが音楽家の仕事であり、作曲家として認められることを求め続けたとあります。

 もう一つの原稿は「ビロードの首飾りの女」(田中義廣 フランス文学)でした。
 この一行目は、≪ポーと同じようにホフマンも、少なくとも十九世紀においては、本国よりもフランスにおいて高い評価を得た作家だということができるだろう。≫とし、ホフマン流行も衰えた1850年にアレクサンドル・デュマ(父)が発表した幻想小説「ビロードの首飾りの女」の主人公がホフマン自身としています。 えええっー!また続いていく・・・と思ったら、幸い、残念なことに、翻訳されていないので、とりあえず、この幻想小説群を一休みできます。(・・・と、思ったけど、まだ続く)
 
 さて、その付録の一枚裏表の月報には、「大晦日の夜の冒険」と「G市のジェスイット教会」のガヴァルニの挿絵が二場面掲載されていて、おまけと片づけるに忍びないものでした。とはいえ、ギュスターブ・ドレが憧れたという**ガヴァルニの絵をもっとみたいものの、先のデュマの作品「ビロードの首飾りの女」が未邦訳だったように、どうもフランス文学やその挿絵関連の紹介は遅れていて、多くを知ることができません。残念!

*「大晦日の夜の冒険」(ホフマン 前川道介訳 国書刊行会 ドイツ・ロマン派全集13巻)
*「G市のジェスイット教会」(ホフマン 池内紀訳 岩波文庫 ホフマン短編集 こちらの挿絵は、A.クービン)
**「フランスの子どもの絵本史」(石澤小枝子・高岡厚子・竹田順子・中川亜沙美著 大阪大学出版会) 
☆写真は、パリオペラ座観客席の個室を覗いたところ。

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