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みんなみすべくきたすべく

出版された本というのは、奇妙な守護神に見守られている

    川堰j
(承前) 
 さて、シャミッソーの「影をなくした男」は、シャミッソー自身が友人宛てに原稿と一枚の画を同封して送ったものです。が、あくまでも、原稿は、影をなくしたペーター・シュミレールが書いたもので、一人の誠実な人間が友情を見込んで赤裸々に綴った告白だとかなんとか、シャミッソーのところに届けに来たのは、灰色がかった長い鬚をはやし、すり切れた黒いクルトカを着て肩から植物採集の箱をぶら下げた男が持ってきたものだとかなんとか、ま、大真面目に書いているのです。

 また、その原稿を読んだ別の友人は、ドイツにはこの哀れな影をなくした男シュミレールのことを少なからずわかってくれる人がいるはずだと言い、このお話を公刊してしまいます。
≪出版された本というのは奇妙な守護神に見守られているもので、まま見当ちがいのところにまいこみはしても、とどのつまりはしかるべき人の手に落ち着くさだめになっている。いずれにせよ、その守護神はまこと精神と心情のこもった作品に対して目に見えない帳(とばり)の紐をにぎっており、すこぶる巧妙にそいつを開け閉めする術(すべ)を心得ているものだ。・・・≫

 そして、その友人同士の返事には、さらに興味深いことが。
≪ぼくはこれをホフマンに読んできかせたときのことを忘れない。ホフマン先生ときたら、ぼくが最後の一行を読み終えるまで、それはそれは夢中になって聞きほれていたものだ。そして、作者の知己を得るのも待ちきれず、つね日ごろ、模倣のたぐいをひどく忌みきらっていたご当人だのに、影をなくすというすてきな着想の誘惑に抗しきれなかったのだろう。さっそく「大晦日の夜の冒険」の中で、エラスムス・シュピーゲルという人物を登場させて、失われた鏡像についてものがたっている。さほど成功作とも思えないがね・・・≫
 このホフマンこそが、「クルミわりとネズミの王さま」のE.T.A.ホフマン(1776~1822)なのです。(続く)

*「影をなくした男」(シャミッソー 池内紀訳 岩波文庫)
*「クルミわりとネズミの王さま」(ホフマン作 上田真而子訳 岩波少年文庫)
☆写真は、英国マーロー テムズ河堰

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