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みんなみすべくきたすべく

悠久不変の自然

       メアリーアーデンj
(承前)
 「スケッチ・ブック」の「文学の変転」の中で、アーヴィングは、文豪としてのシェイクスピアの消息を四つ折り版の本に話します。
 すると、本は笑い出し、「流れ者風情の鹿泥棒と称するのか、無知蒙昧の徒と称するのか、いかにも詩人らしい風貌のシェイクスピアによって、文運も盛んとなり永久化されるのか」というのです。

≪ 「私」(アーヴィング)は食い下がります。
「シェイクスピアは何よりも詩人であったんだ。…(略)・・・他の文人たちは頭でものを書くが、シェイクスピアは心でものを書くので、人情の機微を知る人であれば、彼のどの作品を読んでも理解できるというわけだ。」
「しかも、シェイクスピアは悠久不変の自然を忠実に描写することに長けていたのさ。・・・・(略)・・・・真の詩人の場合は、その作品のすべてが明瞭簡潔にまとめ上げられて感動を伴い華麗に彩られている。詩人はとびきり精錬された言葉を選んで、きわめて崇高な思想を語る。詩人は自然と芸術のなかに潜む最も秀逸と思われるあらゆる事象を通して、その思想をあらわにする。詩人は間近で展開する人の営みの風景を活写することで、その思想を豊かにするのだ。さらに言えば、詩人の作品の中には時代の精神、こんな表現を使わせていただけるならば、その詩人の生きた時代が醸し出す香りを読み取ることができるのだよ。…(後略)」≫

ここでも、「自然と芸術」という言葉がでてきました。
先日来、吉田健一白洲正子でも、このような言葉に出会いました。たまたま、新刊だったり、新訳だったり、再読だったり、偶然にしても面白いめぐりあわせだと思いました。
*「スケッチ・ブック上下」(アーヴィング 齋藤昇訳 岩波文庫 挿絵:F.O.C.Darley Smillie Huntington Bellows R.Coldecott)
*「英国に就て」 (吉田健一著 ちくま学芸文庫)
*「かくれ里」(白洲正子著 講談社学芸文庫)
☆写真は、英国 ストラトフォード・アポン・エイボン郊外 シェイクスピアの母親の生家(撮影:&Co.T1)

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