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みんなみすべくきたすべく

幼年時代

まどのむこうj
(承前)
 確かに、カロッサの「幼年時代」は、子どもの目に映ったもの、子どもの頃の心の動きを描いているのですが、単に、子どもの頃の記憶の断片エピソードをつないでいるわけではありません。「幼年時代」と題されたように、その「時代」というものを表現したのだと思います。短編集の形を取っているものの、初めから読んでいくと、最後「時代」が終わるほろ苦さが残ります。A.A.ミルン「プー横丁にたった家」でクリストファー・ロビンが、もう「ぼく、もうなにもしないでなんか、いられなくなっちゃたんだ。」と、プーに言うシーン、あれと通じています。

 「幼年時代」の前半では、「そうだ、そうだ、この感触。あったよなぁ」と、懐かしみ読み進むものの、後半で、胸にぐっと迫るものが増え、こんなところで、涙が出そうになる??
 喧嘩し、傷つけた相手の子、親身になって、助けてくれた女の子、魔法は消え、子ども時代は終わり、いろんなことと「折り合い」をつけて大きくなっていく・・・
 
 最後から二つ目の「劔」という一文。
 自分の作った大事なものと交換したサーベルを、振り回していたら、知らぬ間に部屋に入ってきていた母親の指を傷つけてしまいます。医師であった父が処置をし、サーベルを取り上げます。そのあと、母親は、その繃帯の交換をカロッサ自身にさせ、それが、毎晩の楽しいお祭りのような出来事になって、母親の傷が癒えたのちも、女友達エヴァのなんでもない手を冗談で巻くようになります。母親はこの繃帯の巻き方の練習を続けるように励まし、二人の子どもも毎日いっそう几帳面に、いっそう心をこめて實行するのです。
≪・・・大きな、おそらくは永遠の別離が私たちの前に切迫していたのであった。誰もそれを言いはしなかったが、私たちの回りの空氣はこうした避けがたいものを孕んでいて、互いに出會っても、なんとはなしにこれまでとちがっていて、お互いが犯したいろんな愚かしい不法なども思い出されるのであった。・・・≫
 少年は、学校に行くため、家を出、少女は、曲馬師になるためにミュンヘンに。(続く)

*「クマのプーさん プー横丁にたった家」(A.A.ミルン文 石井桃子訳 E.H.シェパード絵 岩波)
*「幼年時代」(カロッサ 斎藤 栄治訳 岩波文庫)
☆写真は、英国ケルムスコットマナー階段の窓

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