みんなみすべくきたすべく

徒歩の旅

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「若い人々のために 他十一篇」 (スティーヴンスン 岩田良吉訳 岩波文庫)
 果てしなく並ぶ書店の文庫本の中で、簡単に見つかるのが、「復刊」の帯。
 で、2月に復刊されたのが、「宝島」のスティーヴンスン(1850~1894)の随筆集「若い人々のために」。ちっとも、若い人ではないけれど、昔若かったのだからと読みました。
 どれもこれもすんなり読めたわけではありませんが、いくつか、心に留まる文に出会います。

「徒歩の旅」というエッセイは、わかりやすいものです。
≪徒歩の旅をほんとうに楽しむためには獨りで行かねばならぬ。たった二人連れでも、連れがあるともはや徒歩の旅と云ふのは名だけで、それはある別な、ピクニックと云った方がゝものとなってしまふ。≫
≪…瞑想的な朝の静けさに調和しない饒舌な人聲が手近にあってはならない。且つ議論をしてゐる間は、大氣のよき運動から生ずるかの快き酔ひ―――それは頭脳の一種の眩惑と倦怠に始まり、名状すべからざる一種の平和に終る―――に身を委ねることはできない。≫

はいはい、朝の静けさに調和しない饒舌な人聲!私のことではありませんか!朝起きるなり、ギアはトップに入り、朝からハイテンションの私のことではありませんか!平和を乱してすみません。今後もう少し静かにします。

 そして、ハズリット(1778~1830)の言葉を引用しながら書いているところなど、そのリズムに同調でき、とても愉快でした。≪こゝに、ハズリット自身の告白を誌さう。これはそれを読まない者にはすべて罰金を課してもいゝほどの傑作たる彼の随筆『旅について』からの引用である。    「私の望むことは、頭上に晴れた青空、足下に緑の草地、行手に曲折のある道、それから食事(そのあとには楽しい思索があるのだ!)までの三時間の行程。この寂しい灌木(ヒース)の原では鳥や獣を飛びさせまいとしてもそれは難しい。私は笑ったり、駆けたり、跳んだり、樂しさのあまり歌ったりしながら行く。」   偉い!・・・・・≫(続く)
☆写真は、英国 オックスフォード テムズ上流

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同じ春の朝

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今や、電車では、多くの人が、携帯で、何か受発信していて、下を向いています。
桜が咲くと、カメラを向ける人も含め、上を見上げる人が増えます。

向うのホームに、携帯電話で喋っている人がいます。楽しいことを喋っているのでしょう。あごをあげて、大きく口を開けて、目が笑っています。

嬉しい時、楽しい時、人は、顔をあげています。かえって、下を向けないかもしれません。反対に、悲しい時、苦しい時に、上を向くことは難しい。口角を上げることも難しい。

このことを、いつも、桜の時期に気付きます。せっかくだから、顔をあげ、口角をあげ、歩こうと思います。すると、不思議と気分も晴れてきます。
みもざj
桜だけではなく、たくさんの花が咲いています。
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それは、下を向いたときにもみつかります。
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季節の向こうにも見つかります。
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☆写真は、みな同じ春の朝に撮りました。上からソメイヨシノ、ミモザと雪柳、木瓜、鈴蘭水仙(スノーフレーク)、カエデの花

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大阪の街で(その4)

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 大阪に一人住まいをしている若い女性と話した時のこと。
 「実家では、一時間に一本しか電車がなくて、それに乗って、県庁所在地に行っても、なかなか思うように遊ぶところがないのです。」
 だから、大阪の学校を経て、大阪で就職したのだと。

 「でもね、大阪に来て、一番びっくりしたのは、大阪駅で走っている人を見たときでした。」
 「ん?????」 
 「10分も待たなくても、次の電車が来るのに・・・・」
 
 ああ、そうか。都市部に住んでいると、その10分すら待てなくて、走って電車に飛び乗るってことが多いのですよね。10分待てば、ハアハア息切れしないで乗れるのに・・・
☆写真は、大阪大川沿い 「陽光」という名の桜

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洛中洛外図屏風

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 国宝や重要文化財に指定されている「洛中洛外図屏風」は7点あるようです。
 その中で、今回、京都文化博物館「京(みやこ)を描くー洛中洛外図の時代」展(~2015年4月12日)に展示されていたのは、そのうちの3点。しかも、後期に見に行ったので、重要文化財 「洛中洛外図屏風 歴博甲本」のみ。(ただし、複製や他の「洛中洛外図」は、多々展示されています。)
 他にも、前期には「醍醐花見図屏風」もあったようで、前期と後期入れ替えのバランスの悪さがあるような気がしました。

 とはいえ、照明を落とし、ガラス越しに見る、色あせた屏風は、絵が細かい分、見にくいという面がありますが、綺麗に複写した屏風絵を間近で見られるのは、それなりの楽しみがありました。
 特に、他の「洛中洛外図」より、写実的に風俗を描いた「舟木本」と呼ばれる岩佐又兵衛の屏風絵は、あれれ?こんなこと描いてる!いいのかなぁ?みたいな可笑しさ満載でした。
 本来なら、京都の観光案内の原型みたいなものが「洛中洛外図」なのでしょうが、こんなに人物が生き生きと描かれていたら、本来の「京都って、すごいでしょう」が、後回しになりそうです。
 
 時代による多少の変遷はあるものの、「洛中洛外図」が、京都というところが権力の中心で、華やかで、当時の都市社会を知らしめる手段の一つだったということがわかります。加えて、名所案内でもあり、夏の祇園祭りだけでなく、紅葉や桜も描き、四季の美しさを案内する図でもあったことがわかります。
 何より、今もその名称・地名が変わらず、「ああ、あの辺やね」と、確認できるのが、京都のすごいところ。
 また、「洛中洛外図」は、地理的には正確さを欠くとは言え、おおよその見当がつけられるのも、文化の継承ができているからなせる業。 
☆写真は、本展には複製しかありませんでしたが、原本 狩野永徳「洛中洛外図屏風(上杉本)」の祇園祭の部分(岩波美術館 テーマ館「たてものとまち」)を開いた上に、本展の割引券。

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ニーセン山

ニーゼン山
(承前)
  ああ、またもや、なーんも知らない。
  ホドラーの「ニーセン山とトゥーン湖」(写真左)の印象的な二等辺三角形のニーセン山(ニーゼン山)。つごう、往復2回もそばを通っているのに、この独特な形の山を見た記憶がない!

  登山鉄道に乗り換えるインターラーケン駅がもうすぐ、心はアルプス、窓の外は、美しいトゥーン湖・・・ということで近くの山を見てなかった・・・うーん、今度行ったら、しっかり見て来よう。

  ん?このニーセン山、パウル・クレーも好きだった?きゃー。
  そういえば、三角の山が描かれていた!(写真右、芸術新潮の特集にあったクレーの「ニーセン山」) クレーの絵は、ホドラーよりさらに抽象化されているので、実際の山がモデルだなんて考えたこともなく、山→三角 △。みたいな単純な発想しかありませんでした。浅はかな鑑賞でした。
 そりゃそうですよね、ベルン州にあるこの山を、ベルン近郊出身のパウル・クレーが描かないはずがない。

 蛇足ながら、ベルン美術館の前の通りはホドラー通りというらしく、やっぱり、なーんも知らんと歩いていました。

 で、結局、東京の国立西洋美術館に続き、兵庫県立美術館のホドラー展(~2015年4月5日)にも行きました。そこで東京では重くて買わなかった図録を買いました。

 その解説に、書いてありました。≪ニーセン山はホドラー以後の画家たちにとっても特権的な対象となっていく。クーノ・アミエ、アウグスト・マッケ、そしてパウル・クレー。彼らも幾何形態のようなこの山に惹かれ、それをいっそう抽象化していくだろう。その起点にホドラーがいたのである。≫

 追記:鉄道の「線路好き」の夫にニーセン山のことを話すと、もしかしたら?とスマホ内の写真を探してくれました。そしたら、あった!車窓から写したトゥーン湖西端のトゥーン駅の表示向うに、尖った山。ちなみに、先日のホドラー展望台は、この山のずーっと向うの方向です。(多分、左端に雪を頂いている山の方だと思う。)それに、アイガー、メンヒ、ユングフラウの三山は、そのまたずーっとむこう。

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知らないままに

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 最近、兵庫県立美術館「フェルジナンド・ホドラー展」(~2015年4月5日)を見てすぐに、メールをくれた友人がいます。
≪・・・トゥーン湖とユングフラウとメンヒに囲まれ、そこからのくるオーラに心地よく、感動し しばらくその部屋にいました。最後まで行って、また トゥーン湖にもどったら、娘も やっぱり戻ってきて、二人で、来てよかったね、と。≫
 そして、有難いことに、ブログの写真を見て、行く事に決めたとおっしゃっていました。

 が、しかし、トゥーン湖が写っているというだけで使った写真だったので、ホドラーの描いた一連のトゥーン湖の絵と、角度がずいぶん違いました。
 それで、調べてみると、ん?シーニゲ・プラッテ植物園に行く途中にホドラーの名を冠した展望台があるって!?

 慌てて、自分の写真データを見直すと、ちゃーんとフェルジナンド・ホドラーと書いた展望台(Aussichtspunkt)表示を撮っているではありませんか。知らんかった。お恥ずかしい・・・つまり、あの写真の、あの場所、あの風景は、ホドラーも好んだ風景らしいということが判明。
 友人は、知らないままに、その風景からホドラーの吸引力を感じ、カ・リ・リ・ロは、知らないままに、その風景に魅了されていたというわけです。

 ホドラーは言います。≪もっとも強力なファンタジーは、尽きることのない啓発の源泉たる自然によって養われる。≫(続く)

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時を食べる

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(承前)
  このブログでも一度紹介したことのあるケンブリッジの「時のバッタ」(コーパス クロック)ですが、このときは「海時計職人ジョン・ハリソン」の絵本から書きました。
この時計を2008年に発表したのが、ホーキング博士だとは知りませんでした。

  針も振り子も、もちろんデジタル表示もないこの時計は、ホーキング博士のテーマでもある「Time」(時)とつながり、毎時、「時」は強面のバッタに食べられ続けられているというわけです。で、このバッタの乗っかった時計をギリシャ語で「時を食べるもの→Chronophageと」名付けたようです。この時計、街角にあって、目立っていましたが、ホーキング博士が教鞭をとっていたコーパスクリスティ校カレッジの図書館の飾り窓にありました。バッタの顎等、動くらしいし、夜は青いLEDの光で綺麗に見えるとか。
 映画の中でも、なかなか茶目っ気のある博士でしたが、この時計を「時を食べる」時計と名付ける辺り、天才らしい、実は深いユーモアです。

 さて、映画「博士と彼女のセオリー」で繰り返し紹介されたホーキング博士の功績については、案の定、わからんまま帰宅し、夫に映画のことを話すと、ベストセラーとなった(世界で1000万部売れたらしい)ホーキング博士の「A brief History of Time」を出してきました。
「読むか?」
「はあ?・・・・」

*「海時計職人ジョン・ハリソン」(L・ボーデン文 片岡しのぶ訳  E.ブレグバッド絵 あすなろ書房)
☆写真は、以前使った写真のバッタ部分だけ切り取りました。下は、英国ケンブリッジ キングスカレッジ
上の時計の青い部分と、下の時計の針の部分を見てください。どちらが先に撮った写真かわかります。
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湿地や水辺

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(承前)
 映画「博士と彼女のセオリー」でも、出てきましたが、オックスフォードとケンブリッジのライバル意識みたいなものは、傍観者には面白い。かつて聴講していた「英国文化論」の教授はオックスフォードご出身でしたから、ケンブリッジのことを「あの湿地にある学校」と、笑いながら仰っていたのを思い出します。オックスフォードもテムズが氾濫したら、いちころだと思うけど。

 さて、映画では、ケンブリッジ風景が出てきます。冒頭で、トリニティレーンを自転車で駆け抜けるシーンがあって、おお!と一気に身を乗り出してしまいました。
 また、ケンブリッジの学舎はよく映し出されるのですが、ホーキングとジェインが心をひとつにする橋、その下を行き交うパントという小舟。我々が行ったときは、雨がざあと降った後で、その後も雨が降りそうで、結局乗りませんでした。今更ながら、乗っておけばよかった。反省。
 
 ケンブリッジもオックスフォードも、どちらも魅力的な街。特に、水辺。ただ、夏休みに行くと、本物の学生たちは、ほとんど居なくて、(友人の娘さんは、夏の間、部屋を貸し出してました)観光客と、語学研修に来た英語圏以外の団体が街を占領するので、大学の下見に行かれる方は、学期中をお薦めします。(続く)

ぱんとj

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映画「博士と彼女のセオリー」

ケンブリッジj
  天才理論物理学者で車椅子生活のホーキング博士のケンブリッジ時代からの話です。きっと、ケンブリッジの風景満載 だ!と英国が写る映画なら、行かねばなりません。
 上映館が、いつも見るような小さな映画館ではなく、ハリウッド映画中心の、大きな映画館で、予告編も騒々しいものばかりで、辟易としましたが、本編が始まると2時間もあっと言うまでした。
 
 主役のホーキング役俳優エディ・レッドメインが、アカデミー主演男優賞を取ったのは、よく知りませんでした。が、彼は「レ・ミゼラブル」でマリウス役をやっていた、いかにも育ちのよい青年でした。それもそのはず、御曹司のぼんぼんで、ケンブリッジ出身だと判明し、ふーむ、マリウス役にぴったりの人だったのね。と思ったものでしたが、今度の役は、同じ出身校のケンブリッジの話とは言え、現役の博士の役作り、その身体表現は、大変だったと思います。

 が、大変な中にもチャーミングな微笑みが生まれるとき、見ているものは救われ、ほっとしたのは間違いないところです。もちろん、多くの恋愛と違う点もありますが、難病と闘う苦しみより、楽観的に希望をもって勇気を持って前進する姿が描かれていたと思います。(続く)
☆写真は、英国ケンブリッジ、6月だったので、多分、修了式関連のセレモニー。音楽付きで、行進してました。下の写真、後ろを歩いている赤いガウンの男性は、この日の主賓(のはず)、エリザベス女王の旦那さん。
                       エジンバラ公j

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京人形

御所人形j
(承前)
  京都国立博物館平成知新館の特別陳列「雛まつりと人形」展(~2015年4月7日)には、お雛様だけでなく、江戸時代に誕生した京都の人形たちも展示されていました。
 素人は、どれも「日本人形」と括ってしまいがちですが、どうも京都らしく「京人形」という括りがあるようです。
 さらに、解説文によると、「嵯峨人形」「賀茂人形」「衣装人形」そして、「御所人形」と分けられています。木彫りを基体にその上に胡粉で盛り上げたり重ね塗ったり、また木目込んだり、と、違いはあれど、どれも福々しいお顔です。

 写真左は京都国立博物館蔵の御所人形「桃持ち」。写真右の御所人形「しあわせ」は、有職御人形司十二世の手になる現代もの。時代は違えど、どちらも、色白のきめの細かい肌質のお人形。子どもの健やかな成長を願うのは、いつも同じ。現代の作品「しあわせ」のキャプションは、≪あたたかい日差しのもと、しあわせに心おどる女の子です。≫

 ところで、子どもの頃は、雛祭りも七夕も関西では旧暦でしていたと思います。今や、メディアで全国津々浦々、つながって、旧暦じゃ遅いなぁなどと思う関西の人も多いのだろうと思います。そんな意識の中、京都国立博物館「雛まつりと人形」展の日程は、バリバリ旧暦。京都人の意地を見せているようで、ちょっと可笑しい。

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雛まつり

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 京都国立博物館平成知新館では特別陳列として「雛まつりと人形」展(~2015年4月7日)もやっていました。
 鑑賞ガイドには、≪雛祭りの起源は上巳の節供という三月のはじめに行われる禊(みそぎ)の行事で、紙等で作った人形(ひとがた)は、人間の穢れを引き受けて水に流されていたのが、公家の女子たちの行っていた雛遊び(ひいなあそび)と結びつき、江戸時代には飾るために豪華に変化していった≫とあり、意外とその歴史は江戸時代の初めからとありました。
 と、毎年のように お雛さまの展示を見に行っているのですが、今回も、素朴なものあり、豪奢なものありと、やっぱり楽しい。

 それらのお道具を見るのも好きなのですが、雛人形用に小さく贅沢に作られたお道具の数々を見るのは飽きません。
以前、ロンドンのビクトリア&アルバートミュージアム分館のMuseum of Childhood(ベスナル・グリーン子ども博物館)に飾られていた、贅を尽くした人形の家やその調度を思い出します。ちょっと小さいだけで、本当に使えると思われる手書きのカップやお皿などは、お雛様の漆器のお椀やお重箱と同じです。
 写真上に写る、お雛様邸を見ていると、遊ぶイメージがわいてきます。人形遊びなど、遠い昔に、し忘れたとはいえ、こんなので遊んだら、あの官女を動かして、あの大臣を動かして等、想像は尽きません。(続く)

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大阪の街で(その3)

        さくらんぼj
  大阪ローカルの報道だったか、全国報道だったか記憶が定かではないのですが、ダウン症の男の子が今春、小学校入学を地元でしようとしていたら、学校側の対応がまずく、というか、誠意なく、すっきりした形で進んでいなかったという報道を見ました。第一子で慣れないことも多いのに加えて、ダウン症ということで、いろんな不安も多いだろうと思われる両親に、およそ、教育に関わるものと思えない応対だったようです。その後、教育委員会が謝罪したり、改善されたりしたことがあったようですが、お母さんが、すっきりしたお顔をされていなかったことも、印象に残りました。

 その母子と、地下鉄の駅のホームですれ違いました。お母さんが、しっかりとその子の手を握って前からやってきました。男の子もお母さんも、いいお顔でした。男の子が何か言ったことに、お母さんが返事をしていました。
 もうすぐランドセル背負って行く小学校で、たくさんの素晴らしい出会いがありますように。
☆写真は、どちらも3月半ば。上の桜は、さくらんぼになるのがわかっているのですが、下の見目麗しい桜の類は、何桜でしょう。
さくらj

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密約のようなものがあるに違いない。

スイスみずうみj
(承前)
 天野山、金剛寺「日月山水図屏風」の実風景を白洲正子は、
≪…作者は誰ともわからないが、私にはなんとなく、この辺に住んだ坊さんが、毎日山を眺め、山で修業をしているうちに、ある日感得した大自然の曼荼羅のように思われる。・・・・(中略)・・・・別に特定の場所ときめる必要はないが、先年巡礼の取材で槇尾山へのぼったとき、山上からの眺めが、あまりによく似ているので、私は驚いた。今述べたことは、その時漠然と感じたものを記したにすぎないが、巧くいえない。自然と芸術の間には、作者だけしか知らない密約のようなものがあるに違いない。≫

そうか!密約のようなもの・・・。鑑賞するものは、その密約を探ろうと、その芸術に近づくのですね。
それが、絵画ならば、見つめ、離れ、そばで目を凝らし、離れ見る。
音楽ならば、聞き、一心に耳を傾け、聴く。
文学ならば、読み、また、読む。

そして、絵画や文学に描かれた風景そのものを確認したくなり、芸術に表現されたそのときの空気さえも味わいたくなる。
人それぞれとはいえ、自然と芸術の間にある、作者との密約に迫る方法は、奥が深いと思います。

*「かくれ里」(白洲正子著 講談社学芸文庫)
☆写真は、スイス トゥーン湖を見下ろす。
 ホドラー展(~2015年4月5日:兵庫県立美術館)にもトゥーン湖の絵は来ていました。ホドラーの風景画は、「日月山水図屏風」と同じく抽象画だったので、自然と画家との確かな密約があると思います。

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金剛寺の名宝

金剛寺屏風j
(承前)
 京都国立博物館の平成知新館で開かれている、特別展観「天野山金剛寺の名宝」展(~2015年3月29日)で、特筆すべきは、「日月山水図屏風」という六曲一双の屏風です。
 
  上写真、パンフレットの絵が、太陽(日)の描かれた右双の一部です。その抽象的に表現された山や水の流れは、時代(室町時代)を全く感じさせず、モダーンな雰囲気さえあります。屏風に多く見られる立体的な迫力というより、昔話の挿絵にも通じる温かさを感じました。緻密に計算された美というより、ほのぼのとした緩さを感じます。

 この屏風のことを白洲正子が「かくれ里」 (講談社文芸文庫)の中で紹介しています。
≪一双の片方には、春から夏へうつる景色を描き、片方は、秋から冬へかけての雪景色で、前者には日輪を、後者には月輪を配している。目ざめるような緑の山と、月光に照らされた冬山と、どちらをとるかといわれると返答に困る。これほど一双が対照的で、優劣の定めがたい屏風はない。春の山は今桜が盛りで、いつとはなしに夏がおとずれ、やがて目をうつすと、紅葉の峰から滝が落ち、はるかかなたに雪を頂いた深山が現われる。その麓をめぐって、急流がさかまき、洋々たる大海へ流れ出る風景は、日本人が自然の中に、どれほど多くのものを見、多くのことを学んだか、無言の中に語るように見える。≫

 単行本の「かくれ里」の装丁には、この「日月山水図屏風」を使っています。うちの文庫本では小さな資料写真が掲載されているだけで、実物の目の覚めるような緑色の豪華な装丁の様子は残念ながらわかりません。写真左端は、美味しい日向夏。

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仏像鑑賞

石の不動明王j
 京都国立博物館の平成知新館で開かれている、特別展観「天野山金剛寺の名宝」展(~2015年3月29日)に行きました。金剛寺金堂が現在修理中で、その間を利用して展示されている寺の国宝・重要文化財などでした。今回だけでなく、昨秋オープン当時から展示されているものも多く、大きな大日如来座像もその横に坐していた不動明王坐像も、そうでしたが、お姿は迫力あるもので、信仰の対象として見ていない分、その芸術性の高さに目が向きます。

  仏像を一つの芸術作品として見るようになってから、仏像鑑賞の楽しみが増えたように思います。
 ギリシャ彫刻など、西洋の大理石彫刻にも、その質感の表現に目を見張りますが、仏像彫刻は、その躍動感や多様な表情表現に魅了されます。
 彫刻ですから、光の当たり方や見る角度によって、違った表情を見ることができるのが、拝観の楽しみでしょうか。
 結局、実物を見なきゃ・・・ということに尽きます。

 金剛寺のものではありませんでしたが、京都奥嵯峨の愛宕念仏寺の金剛力士像もありました。金剛力士像は、いつもその力強さに引きつけられます。特に、この展示は、ガラス越し、あみ越しでなく、間近で鑑賞できるのがよかった。(続く)

☆写真上は、博物館敷地内の西の庭、屋外展示の一つ、石造不動明王像ですが、室町時代とあり、その古さだけでも、拝みたくなります。向うに写るは三十三間堂屋根。写真下は同じ西の庭から、本館を望む。
 
                    梅と博物館j

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映画「ヴァチカン美術館 天国の入口」

             天井画j
 今年に入って、ロンドンナショナルギャラリー、アムステルダム国立美術館と美術館映画の3本目「ヴァチカン美術館 天国への入口」です。しかもこの映画は3Dで見られます。4K3Dというカメラを駆使し、より立体的に見えるらしい。と、いうのも、3Dで見たら、酔いそうで、普通の画面で見ました。

 映画自体は1時間余、何度か、監督の思い入れの大きい演出も入ります。個人的に、こんな演出は、必要ないような気がします。
 美術館の裏側でも美術館に働く人の物語でもなく、いかに、ヴァチカン美術館には、すごいものがあるんだよという映画です。特に彫刻作品に迫る映像は迫力がありました。また、移動展示できない建物に描かれたフレスコ画を、大きな画像で見せてもらえるのはとてもありがたいことでした。

 ミケランジェロのみならず、ラファエロも、カラバッジョもゴッホやシャガールまでも、ヴァチカン美術館にあるようで、その作品解説をしながらも、中心は、広大な天井に描かれたミケランジェロの「アダムの創造」と、年経て、ミケランジェロが描いた「最後の審判」。

 いかに映像技術が進んだとはいえ、やっぱり、現場に行かなくちゃと、認識した映画でした。
 人間業とは思えない仕事を確かめるために、この目、この体で感じなければと思いました。
 つまり、ヴァチカン美術館のプロモーションビデオに、まんまとひっかかったのだろうと思います。
 ああ、家族でヴァチカン美術館に行っていないのは、私のみ。夫も息子も娘2人も行ってきたというのに・・・
 いつか、この天井画の下で、首が痛くなるまで立ち尽くす日がくるだろうか。
☆写真は、ヴァチカン土産にもらった日本語版「システィナ礼拝堂」図録を広げた上に、映画の広報紙の「アダムの創造」の一部。

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大相撲

 とりくみj
 大阪場所に行きました。
 会社勤めの者には、なかなか簡単に行く事のできない時間帯ながら、いろんな人たちが見に来ています。
 TVで見たことのある顔や、綺麗な着物のお姐さん、声のやたら大きいおっちゃんたち。いわば、小屋なのですから、上品とは縁遠くても、みんなで楽しみを共有する空間です。

 昔、テレビで相撲中継を見ていたとき、取り組むまでの仕切りの時間が長いなぁ、さっさとやって!などと思っていました。が、場所に行くと、え?もう?という感じで、どんどん進行していきます。リプレイがないので、よーく見てないといけません。

 その場の人の動き、声、音、匂い・・・雑然とした雰囲気。
 ビールを飲んで焼き鳥なんぞをほおばりながら、「お!」とか「おお!」とか「あーあ」などという人、人。
 席も通路も、すごーく狭いので、人と人とが触れ合います。袖すりあうも多生の縁。

 帰る人でごった返す中聞こえる、櫓太鼓の音。
 昔は、もっと遠くまで聞こえていたでしょうね。
はくほうj
 

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くぎ煮

      めじろとぶj
 例年通り、3月前半は、いかなごのくぎ煮作りで、忙しかった。
 当初、売り場で「高いなぁ」と思案していると、そばに居たおばあちゃんたちのこんな会話が、背中を押してくれました。
 「毎年、送っていた人も亡くなったしねぇ。送るところがだんだん少なくなる・・」

 そうだ! もらってくれる人が居るのは、有難いこと!
 今年は、クルミ入りのいかなごもつくりました。ふふふ、ご想像通り、やめられないとまらない。
 従来のいかなごは白いご飯のお供に。クルミ入りは、お酒のあてに。

 嫁いだ娘が、来年は作るからデータを欲しいというので、データは簡単だけど、新鮮な稚魚をお昼前に手に入れ、その後、すぐ作るという時間を見つけるのが大変。と答えました。雨の日や日曜は、漁がないし・・・

 東京の娘には、お米と一緒に送ったら、イギリスで生活していた時に届いたいかなごは、有難く、少しずつ食したと話してくれました。加えて、彼女が幼い頃、「お母さんがいかなごを作っていたら、何か近づきがたい空気があって、声をかけられなかった」と言いました。
 そうよ、新鮮なうちにさっさと炊いて、できたら、ささっと風に当て、急速冷却しなくちゃ、「いかなごのくぎ煮」はできへんのよ。

 そうこう言ううちに春の陽射しが増し、稚魚も大きくなってきました。個人的に、魚が小さいうちに炊くのが好きなので、もう平鍋をしまうことにします。味見も存分にしましたしね。まだ、まだ、近くの家々からはお醤油の匂いがしてきますけれど…

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結局は言葉である。

カーディフ城j
(承前)
 吉田健一著「英国に就て」 (ちくま学芸文庫)の「英国の絵」という文の中に、≪人間の精神活動の面で最も発達した文学との比較が、英国の絵を考える上で多少の手がかりになる。その文学でも英国の自然が扱われていて・・・≫と、文学と絵画ー英国風景画の関係を説こうとしています。・・・・とはいえ、この人の文の特徴で、一文が長い!で、読解力のない者には、繰り返し読んでみないと、うーん、わからん、という箇所が多いのも本当のところ。ただ、イギリスびいきとしては、そのシンパシーから、読む努力と、自分流の解釈をしてみました。

 英国の風景画は、≪世界の絵の中で特異な流派のものに属していて壁を背にその魅力が明らかになる≫といいます。確かに、ロンドンの狭いホテルの一室にさえ小さな風景画が飾られ、また、トイレにまで絵があって、日頃シンプルな壁に接している日本人には、かなりの異文化体験。

 ≪詩の言葉に接してそのまま眼を風景画に向けるときに≫その風景画は絵なのだろうか?などと書いているのを読むと、むむむ、難解。
 とはいえ、2012年秋に見に行った英国水彩画展でも詩の朗読や音楽があって、絵画を鑑賞するのが楽しいものになったのを思い出します。詩ひとつで風景の奥行きが見えそうな気がするのです。丘の向こうの家、牧草地の向こうの木々、そして佇む人がいれば、その人の心・・・・。このとき、吉田健一ほどの言葉で表現できずとも、単純に、絵画と詩の世界がつながって楽しい・・・と思いました。

 さて、文には、さらに難所があります。
 ≪英国の自然がなしている種類の環境で精神が全面的に働くには視覚に限定された絵のようなものよりも、もっと深奥の所に根差す言葉の世界の方が適しているということである。英国で絵に詩を求める必要はなくて、それは英国の詩にあり、その詩にも英国の自然はあって、人間がたとえば故郷の安息に置かれて全く人間であることを得た時に自在に使うことができるのは結局は言葉である。≫

 ふーむ、これって、イギリスの詩人アリンガムの詩を読んだ時に伝わることとつながってる?
 ま、乏しい読解力の読者が、この小さな詩を思い出せただけでもよかった。
≪「思い出」(瀬田貞二訳)「幼い子の文学」中公新書)
池に四羽のあひる   向う岸に草地   春先の青い空   飛んでいる白い雲   
ささいなことだのに   長年覚えていて   思い出すたび涙が出る≫

☆写真は、英国 ウェールズ カーディフ城(撮影:&Co.H) 
 

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絵にも増してこれは絵だ

      リンゴj
(承前)
「英国に就て」(吉田健一著 ちくま学芸文庫) 
この文庫本の一番初めの「象徴」という文に英国の風景のことが書いてありました。
≪…英国はどこまでも平地か、低い丘陵地帯が続いて、それが南部では果樹園になっているのが北に行くに従って所どころに森があるのを囲む牧場や麦畑に変り、さらに沼沢や炭田が現れて、やがて草の色まで南部とは違ううら寂しい牧場になる。しかし、その全体の印象を一括して言うならば、何かいかにも優しい感じがして、牧場というのをもう少し説明すれば、日本ならば芝生と呼んだ方がよさそうな緑の草原であり、落葉樹が多い森は春は若葉、秋は紅葉で、日本では山地に行かなければ見られない変化に富んだ色彩を呈し、それに村の古風な民家や教会の塔が配されていたりすると、絵にも増してこれは絵だという感じがする。また、日光がそういう具合に射して、炭田や工場地帯にも、そのようなものとは思えなくなる。≫

 ほめ過ぎのようにも思える文とはいえ、吉田健一がこの文を書いて、もうずいぶんになるはず(筑摩書房より刊行されたのが1974年)なのに、昨夏英国に出かけた者が、その通り!と納得できるのも、英国の風景です。たぶん、大きくは、変わらない。英国の優しい田園風景。
 それで、この文のあと、英国の風景画について綴っています。(続く)
☆写真は、英国 ケルムスコットマナーの果樹園 

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「英国に就て」

ペンブリッジ公j
 文庫本の新刊コーナーにあった吉田健一著「英国に就て」(ちくま学芸文庫)
もう何冊か、吉田健一の随筆は読んだけれども、この自信まんまんの題名!

  イギリスびいきとしては、今まで数々のイギリス紹介本を読んできました。およそどれも英国礼賛で、ひいきの引き倒し感覚の者には、どれも面白かったものの、この「英国に就て」ほどの太い骨はなかったような。この人の出自・経歴から考えると当然といえば当然ですが・・・

 言うことは言う。媚のないその姿勢が骨となっているのでしょう。
 ≪・・・たいがい日本人がちょっと外国に行って帰ってきて、少しでも筆が立つ人間だと文明批評を始める。ものが書けない人間でも、口で文明批評を喋りまくるのだから、書ける人間が書きたくなるのは無理もないとしても・・・・(中略)…無暗に感心したり、けなしたりするのはまだそれ程困ることはない方で、現場に行ってきたという強味と数字や表や片仮名で書く名前がたくさん出てくる学問の権威で、何も知らない読者を煙に巻く文明批評が一番厄介である。 大体、外国に何年行っていたからと言って、それだけで外国のことを滔々と述べ立てられるというのは、向うに行っていて向こうの風物に少しも親しまなかった証拠ではないだろうか。それもあって向うにちょっとしか行ってこなかったものほど、色んなことを言いたがる。・・・・(略)≫
 と手厳しい論調なのですが、お酒や食べ物の文では、そのにやにやしたお顔が見えそうです。(続く)

☆写真は、英国 オックスフォード ボードリアン図書館 神学校中庭 William Herbert,3rd Earl of Pembroke像。シェイクスピアのソネットのいくつかが捧げられた人らしい。

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思い出した

        りゅうのひげj
 子どもの頃、住んでいた家の壁と道路の間には、50センチくらいの植え込みがあって、そこに植えられていた植物の中に、この青い実があった!
 竜のひげという名前だったのを憶えていたのは、家に生えている植物の名前を調べることを夏休みの理科の自由研究にしたから。
 もちろん、この写真は、最近の冬の散歩で撮ったもので、夏休みの頃は葉っぱだけだったはず。
 思い出したのは、この綺麗な色の実で、ままごとをしたこと。
 うちのも、この写真のも、北側向いた壁のそば、道路沿い。
 色鮮やかさでは、ラピスラズリになんか負けないわ。

 もう一つ、思い出したこと。
 玄関の引き戸を開けて、前に何歩、左に何歩か行ったところに埋めた青い綺麗なビー玉。あのとき、私は、つっかけ履いて、何度も歩幅を数えてた。人通りもあったし、車も通れるような道路だったのに、誰も見てないと思ってた。溝蓋の横の辺り。

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咲くやこの花

めじろj
散歩の楽しみが日増しに増えます。
春だよ!

梅が、溢れんばかりに咲いています。
こんな風景を見ると、かつて「花」といえば、桜ではなく「梅」をさしたというのが、わかる気がします。
王仁(わに)の作った「難波津に 咲くやこの花 冬ごもり 今は春べと 咲くやこの花」
一方の咲くやこの花は、「木(こ)の花」で、もう一方の咲くやこの花は、「此の花」とも取れるし、まったく同じとも取れる。こんな短い中に同じ言葉(音)を、繰り返す勇気が好きです。春になった嬉しさ、あるいは春に象徴される喜びが、単純な中に繰り返され、強調されていると思います。
まんかいのうめj
足元には、ほら!すみれ。
               
                     すみれj

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映画「おみおくりの作法」

マーロー古い教会j
 英国映画ということで見に行きました。イギリスの風景が写るから。
 ロンドン市のテムズの南、ちょっとごちゃごちゃした感じの地区を中心に、時として大ロンドン、時として田舎。ああ、この古くてさびれた感じが好きななんだ・・・
 ストーリーは身寄りのない人の最期を扱う仕事に従事する生真面目な市の職員と、関わった人との物語。
 映画は、地味だし、暗いし、台詞は少ないし、淡々と、人が生きるってことはどういうことだったのかを映し出していきます。主人公の男優さんの眉毛ひとつの動きで、悲しいも、はてな?も、嬉しいも表現するような映画です。大きなドラマも大笑いも大泣きもないけれど、時々、くすっと笑えるユーモアが、そこかしこに。

 どんな人でも、この世に生まれて、この世に関わり、生きてきた証しが残る。映画が静かに進行する分、こちらも落ち着いて、いろいろな思いで見ていました。
 実際、映画の原題はStill Life・・・・平穏な人生。静かな生き方などと訳せますが、Still Lifeって、静物画(や、静物)という意味があるのを知っていたので、一人の人生は、後世の人が見たら、大きな大きなキャンバスに描かれた静物画なのかなぁ、などとエンディングロールで、もう一度、タイトルが出た時、思いました。

 勝手に想定していた結末ではなかったのが、唯一、不満が残るかな・・・あれで、いいという人が多いのはわかっていますけれど。
☆写真は、英国マーロー テムズ沿いの古い教会。

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ボヴァリー夫人

アパルトマンj
 短編集「愛書狂」の表題にもなっているにフローベール15歳の時の作品「愛書狂」を、面白いものだと読んだものの、恥ずかしながら、フローベールの代表著作を読んだわけではありませんでした。するうち、書店に「ボヴァリー夫人論」(蓮實 重彦著 筑摩書房)という大著が平積みされていました。重そうだし、価格もかなりだし。ともあれ、この本は、この著者のライフワークに違いないという匂いのする一冊でした。蓮實 重彦さえ、読んだことがない・・・・

 万一、この「ボヴァリー夫人論」を読む機会があったとしても、本体の「ボヴァリー夫人」を読まなきゃね。ということで、岩波文庫 伊吹武彦訳の「ボヴァリー夫人 上下」を読みました。サマセット・モームの言う「世界の十大小説」の1冊だし。

 うーん、今でいう、不倫小説です。なので、興味津々、一気に読めます。などと、一言で言ってしまえないのが、この話が今も残る所以でしょうか。

 文学を学問として学んだことがないので、この小説の位置づけは知りません。が、次は、どうなるのかとページを繰らせる力のある話です。当時なら、きわどすぎる部分も、その一つの力となっているかもしれません。あるいは、男性作家が、ここまで女性を描けるかという興味もあります。それでも、男性擁護の視点ははっきり見えていますから、当時の読者の中心層が男性なら、さもありなんです。

 ボヴァリー夫人のモデルは誰かという質問に対して、フローベールは、「ボヴァリー夫人は私だ」と答えたようで、≪ボヴァリー夫人、エンマの絶望はまさしく作者自身のそれであり、彼の味わった理想の挫折、悲哀と幻滅が主人公エンマに託されている≫と、下巻表紙キャプションにあります。

 そうなんだ・・・・本人が男性で、主人公を女性に託す形は、たくさんあります。反対も、然り。昨秋、書いた「悪童日記」三部作がそうでした。

 が、この前読んだ、ゴングール兄弟の「ジェルミニィ・ラセルトゥウ」 (ゴンクウル兄弟作 大西克和訳 岩波文庫)
も、こりゃあ、落ちて行きすぎでしょう。と何度も思いながら読んだことを思い出します。表現として、その方が面白いとはいえ、当時は、フェミニズムの視点などなかったので仕方ないのでしょうか。

 という意味でも、かの大書を読んでみたいと思いつつも、近くの図書館にも大学の図書館にもないなぁ・・・
☆写真は、パリの街角、アパルトマン。こんな風におしゃれな外観の建物が多いところがロンドンと違う。

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聞き手に伝わる

パデエタンj
 岩波新書の新刊、松岡享子著「子どもと本」がでました。
 松岡享子氏は、ヘンリーくんシリーズやパディントンシリーズの翻訳を含め、たくさんの子どもの本の翻訳をなさり、最近の絵本の翻訳は「ペニーさんのサーカス」でした。
 翻訳だけでなくお話や昔話についての本も書かれています。そして、先のウィリアム・ニコルソンのカレンダーは、東京子ども図書館のものでしたが、松岡享子氏は、そこの理事長をなさっています。

 神戸ご出身ということで、どの辺りかな?などと思うことがあったのですが、第一章「子どもと本とわたし」の中学時代の思い出の中に、ありました。ああ、あの辺だと、わかるところが・・・夫にその箇所を読んで聞かせると、彼にもわかりました。彼と同じ中学校だったようです。

 ・・・と、そんなことは、本題ではありません。
 第二章の「子どもと本との出会いを助ける」に、こんな文章がありました。
≪…読み聞かせでは、声の中に自然に表出される読み手の読解力、解釈、表現力などが、そのまま聞き手に伝わることです。読むとき、それはおのずと声のなかに表れるものです。子どもは、その声を聞きながら、本の内容だけでなく、そこにこめられた読み手の心の動きや、本の味わい方を受け取ります。おそらく自分で読んだのでは感じなかったかもしれないおもしろさを感じ取ることができるはずです。≫
 
 つまり、読み聞かせをする大人は、単にひらがなを読み聞かせる人ということではなく、そこいらにある絵本を適当に読み聞かせる人でなく、しかも、その感受性を鈍らせることのない人のことを言うのだと思います。
*「ヘンリーくんシリーズ」(ビバリー・クリアリー 松岡享子訳 ルイス・ダーリング他絵 学研)
*「くまのパディントン シリーズ」(マイケル・ボンド 松岡享子訳 ペギー・フォートナム絵 福音館)
☆写真は、ロンドン パディンドン駅のパディントン

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熱海美術館

紅白梅j
 2015年3月3日で終わりましたが、熱海のMOA美術館で、尾形光琳300年忌記念特別展がありました。光琳の「燕子花図屏風」と「紅白梅図屏風」を同時に見られる特別展でした。二つの屏風が会すのは、56年ぶりとか。
 2012年に根津美術館で「燕子花図屏風」とメトロポリタン美術館の「八橋図屏風」が100年ぶりに会したときも、見ごたえがありましたから、今回もさぞや・・・
 というのも、今回は、熱海まで行っていません。ところが、関西のごく身近な友人の中には何人か足を運ばれた人が居て、みなさん熱く語られ、あるいは、上の写真に写る資料や絵葉書まで送ってくださる方が居て、うーん、混雑していても東京根津美術館に行くしかないか(2015年4月18日~5月17日)と思ったりするも、実は、「燕子花図屏風」だけでなく、「紅白梅図屏風」をすでに見たことがあるのです。

 思い起こせば、40年ほど前。
 うら若き乙女2人が喘ぎながら上った 熱海駅の坂の上。
 それは、MOA美術館の前身の熱海美術館。
 もちろん、「紅白梅図屏風」を見に行きました。

 ガラスなしで展示してあった、「紅白梅図屏風」。
 「おお、教科書どおり!」というような言葉しか発せられなかったと思います。
 が、その美術館の佇まいも、他の展示も何も覚えていないのに、「紅白梅図屏風屏」を平面でなく、屏風にしたときの立体的な美しさや構図は、今も鮮明に記憶しています。

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些細なこと

ブーケj
 昨年5月から、琵琶湖一周目指して、プールで泳いでいたのは、ご存じの通り。
年の初めに、もらった頑張り表には、残りの距離が図示してあり、この調子で行くと2月末に達成という結果でした。よっしゃ!

 が、しかし、この頑張り表は、一年ごとの更新だということを、知らなかった!
うぇーん!つまり、1月から、また琵琶湖一周が始まっていた・・・というわけでした。
それを聞いた日は、めげそうになりましたが、仕方ない、また泳ぎます。

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立ち雛

木目込みj
娘たちには それぞれお雛様がありました。
段飾りの豪華なものではないのですが、おじいちゃんおばあちゃんが、それぞれに用意してくれました。
親王飾りは長女のものだったので、今回、一緒にお嫁入り。
残った木目込みの立ち雛は、心なしか、寂しそう・・・

 とはいえ、寂しがってばかりもいられません。
 瀬戸内海に春が来て、「いかなご」漁が解禁になり、わかめは、新芽で柔かい。
 いかなごを炊く匂いが各家庭から流れてくるのも春の風物詩なら、お湯の中に生わかめを入れたとき、あっという間も有らばこそ、きれいな緑に変わるのも、春を感じる時間です。菜の花だって美味しいぞ!

☆写真手前のブーケは、長女の結婚式で長女が次女に手渡したブーケ。式から2週間たっても、まだ部屋を明るくしてくれています。

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仁和寺にある仙人

仁和寺門j
 春、仁和寺の御室桜は圧巻ですが、遅咲きの桜は、今、その時期を静かに待っていました。
 この仁和寺は、昨日の菅原道真が左遷される前、上り調子だった時の後ろ盾、宇多天皇が先代の遺志をついで仁和4年(888年)に建立。解説によると、こんな元号のついたままのお寺は、意外と少ないらしい。また、御室御所とも呼ばれた門跡寺院で、それぞれ時代時代の立派な物が敷地内に存在するのも面白い。上の写真は、仁王門。ここの阿吽像は少々小ぶりながら、やっぱりその仁王ぶりは、前のバス道の排気ガスにもめげず、頑張ってました。

 で、日頃は非公開の特別公開の金堂(国宝)と経蔵に行きました。(~2015年3月18日)
 金堂内の阿弥陀三尊やその周りの四天王や邪鬼を拝観できる機会でした。
 せっかくなら、もっと近くで拝みたいものだと思いながらも、うす暗いなか、鎮座する仏像を見て、その芸術的センスに目が行きます。端に佇む(踏まれてないし、重いものを支えていない)邪鬼のユーモラスな顔。後ろに映る影までも、なんかおかしくて、親しみが持てます。
 金堂の上には、3000年~4000年に一度、息継ぎに水の上に顔を出すという亀の上に載った仙人(黄石公)が、金堂を守っていました。この仙人は、この亀を3-4度見たと言われ、永遠の象徴として、お屋根の上に居るんだとか。
        仙人j
 立派な金堂の横に在る経蔵には、八面体の回転式書架(輪蔵)があるのですが、768の経箱の引き出し全体が塔のように屹立しています。輪蔵は、回るようになっていて、回すだけで、経典を読誦したのと同じご利益が得られるという、知恵?いえ、簡略合理化されたものです。実際には回させてもらえないので、やっぱり功徳もなく、経蔵を後にして、ローカル色溢れる嵐電に乗りました。
駅j

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