みんなみすべくきたすべく

挿絵

ふきだしj
(承前)
  19世紀前半イギリス風刺版画黄金時代、≪風刺刺画は一方では政治的な武器であり、他方では民衆の娯楽であった。版画の対象になった当の本人が自分の描かれた風刺版画を見て大いに楽しんだともいう。政治家が風刺版画に描かれることは、自らの地位の保証を意味し、たとえ道楽者として描かれていてもさほど気にしなかった。≫と、「挿絵画家の時代」(清水一嘉著)に書かれています。
 うーん、「大人」の余裕。
  
 さて、風刺画を含める戯画や挿絵というものが、どうも一段低いもののように捉えられることも多いものの、スペインのゴヤも連作風刺画「戦争の惨禍」を描き、猫のポスターでご存じの方も多いパリのスタンランも民衆の苦しみを代弁する風刺画をたくさん描き残しています。もちろん先のドーミエも然り。

 やがて、風刺画から絵入り本の出版が進み、挿絵の地位も築かれていくわけですが、挿絵にしても、イギリスではターナーも挿絵を描いていたし、ラファエル前派集団のロセッティたちがテニスンの詩集に挿絵を描いています。フランスでは、ドレが「地獄篇」に挿絵を描き、以前紹介した「博物誌」(ルナール)はロートレックとボナールが挿絵を描いていました。それに「にんじん」の挿絵はヴァロットンでした。

 挿絵や戯画が広げる視覚的なイメージは、時として、本文を深め補い、時として、本文の邪魔になりながらも、幼い者から、深く洞察できる者までも魅了できる分野だと思います。
 個人的には、小学生の頃、挿絵があるかないかで本を選び、本文の合間に入るきれいなカラー刷りの挿絵だけを見てから本文に取り掛かるというようなことをしたことを思い出します。

*参考***
「カリカチュアの近代―7人の風刺画家」 石子順著 柏書房
「挿絵画家の時代-ヴィクトリア朝の出版文化」清水一嘉著 大修館書店
「ヴィクトリア朝挿絵絵画家列伝―ディケンズと『パンチ』誌の周辺」谷田博幸著 図書出版社

☆写真、手前はクルックシャンク「コミック・アルファベット」 (復刻世界の絵本館オズボーン・コレクションⅡほるぷ)
「L」のページlatitudeとlongitude(緯度経度 または、幅と長さ)
奥は、同じくクルックシャンクの風刺画「馬から蒸気自動車へ1829」(The Caricatures of George Cruikshank by John Wardroper  Gordon Fraser社)馬が蒸気自動車を見て、ぼやいています。≪馬なし車が行くよ・・・≫その足元で、犬たちも話しています。≪この発明のこと、どう思う? そりゃ、安い肉がじゅうぶん食べられるってことさ。≫

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風刺画

パンチj
(承前)
 写真に写る英国パンチ誌は、1841創刊(~1992)で、それは、フランスの「ラ・カリカチュール」や「ル・シャリヴァリ」という風刺画の載る紙面を真似たようです。
 この表紙は、パンチ1936年のものですが、リチャード・ドイルという「妖精の国で」(アリンガム詩)の絵を描いた画家で、シャーロックホームズの作者コナン・ドイルの伯父さんが描いています。そして、長きにわたってこの表紙だったようです。

 それで、写真右に写る風刺画です。この絵の載ったのは、1934年の号です。ナチスの風がイギリスまで吹いてきていたのでしょう。「ミロのビーナス」のような彫刻は、ヒットラー風の男の人の前で、左手を掲げています。この題は、〝The Nati Movement in Art"。

 第二次世界大戦(1939年~1945年)に至る空気の中、まだ皮肉で済んでいる時期です。が、しかし、キャプションには、ヒトラー風の男性が言っています。「確かに、よくできているよ。だがね、腕が違うんじゃないかい」(ナチス式敬礼は右手を挙げるのですが、この絵では左手。とぼけた顔の彫刻家が可笑しい。)

 昨日のドーミエの風刺画のタイトルも「法をつくる腹」(1834)といって、文字通り私腹を肥やして、おなかの出っ張った老人政治家たちを描いていました。「法をつくる腐った人たち」などと言わないところが、風刺画の「大人な」ところです。参考までに、この絵の描かれた翌年1835年には「表現の自由」を奪う事前検閲制度復活の法案が、絵に描かれた人たちによって可決されたようです。*

 タイトルでも、絵でも、本質を直接的に表現するのではなく、毒を隠しながらも、実は、その本質を提示している。それが、風刺であり、風刺画じゃないかと考えます。しかも、戯画という生まれを忘れない画が風刺画ではないかと思うのです。(続く)
*「カリカチュアの近代ー7人のヨーロッパ風刺画家」(石子順著 柏書房)

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カリカチュア

              どうみえj
(承前)
 かつて、おばさん修士候補生は、専門の学究より、聴講できる「英国文化論」や「ディケンズ講読」、「フランス文化論」に、嬉々として通っていました。

 そんななか、「フランス文化論」は、先生の突然の訃報で、休講が続き、レポート課題がでました。一枚のフランス絵画を選んで、レポートするというのでした。
 そこで選んだのがドーミエでした。
 自分自身、「絵本と母子関係」を中心に修士論文を書いていたので、絵本・挿絵→カリカチュア(戯画)という流れで、ドーミエにしたのです。書いたのは、油絵の「三等客車」についてなのですが、ドーミエの人物描写の奥の深さが、そこにも感じられました。風刺画のように、小道具等に寓意性を持たせるより、全体から醸し出されるものに、当時のパリを見る確かな眼がありました。

 そして、月日は流れ、風刺画が大きな問題になる昨今。
 ドーミエの風刺画を振り返ってみると、そこには、芸術性こそあれ、あるいは、政治や特権を批判こそすれ、庶民・市民の心を踏みにじるものはありません。(続く)

☆写真手前は、ドーミエが作った政治家の諷刺彫刻「右派の大臣たち、および国会議員と上院議員たちの肖像」、向うは、その塑像になった政治家の並ぶ議会を描いた「法を作る腹」。オルセー美術館図録と「カリカチュアの近代―7人のヨーロッパ風刺画家」(石子順著 柏書房)

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& Co.

タワーバンクアームズj
(承前)  
 瀬田貞二の「絵本論」のアーディゾーニの章でこんな文を見つけてしまいました。
 「・・・・・アーディゾーニの好きなのは、クルークシャンクとコールデコットのほかは、ドーミエとポターとウィリアム・ニコルソンたちなのである。」
おお!おお!おこがましくも同じ!

 クルークシャンク(クルックシャンク)は、ディケンズの挿絵で好きだし、コールデコット(コルデコット)は、もちろん大好きで、センダックにもつながるので、絵本のこと考えるなら、忘れてはいけない人だし・・・ちなみに、拙ブログの写真は、カ・リ・リ・ロだけの撮影ではなく、≪&Co.~≫としてありますが、これは、「センダックの絵本論」(岩波)の原題が、【Caldecott& Co. 】(コルデコットと仲間たち)というのを真似たのです。

閑話休題。
かつて、初めての英国探訪旅行に湖水地方を選んだのは、ポター描く、ピーター・ラビットの世界だし、何度読んだかわからないウィリアム・ニコルソンの「かしこいビル」を忘れるわけにはいかないし・・・もちろん、ドーミエのことは、ここでも何回か書いた画家だし・・・ (続く)

*「絵本論」(瀬田貞二 福音館)
*「センダックの絵本論」(脇明子・島多代訳 岩波)
*「ピーター・ラビットのおはなし」(ベアトリクス・ポター作 石井桃子訳 福音館)
*「かしこいビル」(ウィリアム・ニコルソン松岡享子・吉田新一訳 ペンギン社) 
☆写真は、初めての英国湖水地方巡りで泊まった、タワーバンクアームズ。ポターの「あひるのジマイマのおはなし」(石井桃子訳 福音館)に出てきます。(撮影:&Co.I)

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千篇一律孜々として

ばあやj
 (承前)
  「孔雀のパイ」(瑞雲舎)の挿絵画家、アーディゾーニは、ファージョンの「ムギと王さま」の挿絵でも、絵本「チムとゆうかんなせんちょうさん」シリーズでも、どれも、一貫してアーディゾーニの絵!とわかる描き方で、我々を魅了してきました。
これを瀬田貞二は、≪アーディゾーニは、千篇一律孜々として人生の全体を、全体の人生を紡ぎつづけている。≫と、その「絵本論」の中で表現します。

 アーディゾーニの絵本にも挿絵にも時折でてくるのが、言葉の「吹き出し部分」です。現代では、漫画で使われているあれです。
 これは、≪・・・・登場人物については、物語の中でことばを使って説明するスペースがないので、絵画表現で創造しなければなりません。背景や登場人物を描くだけでなく、そのときどきの微妙な情感や瞬間を表現しなければなりません。そこで、よく使うのが、登場人物の口に「ふきだし」をつけて、その中に文字を入れる方法が、またとなく役に立つのです。≫(オンリーコネクトⅢ「絵本の創造」)というアーディゾーニ自身の考えによるものです。が、イギリスの物語る絵の流れからいうと、ホガースから始まる風刺画の流れの中で、ローランドソンやギルレイを経て、ディケンズの挿絵を描いたクルックシャンクなども、よく用いています。
 アーディゾーニが挿絵を付けたファージョンの「年とったばあやのおはなしかご」で、ばあやのまわりに子どもたちが集まり、お話を聴いているシーンの絵は、クルックシャンクが描いた「親指太郎と七リーグぐつ」 の表紙の絵と、雰囲気が似ている気がします。(続く)

*「孔雀のパイ」(デ・ラ・メア詩 アーディゾーニ絵 まさきるりこ訳 瑞雲舎)
*「ムギと王さま」(エリナー・ファージョン文 アーディゾーニ絵 石井桃子訳 岩波)
*「チムとゆうかんなせんちょうさん」(アーディゾーニ作 瀬田貞二訳 福音館)
*「親指太郎と七リーグぐつ」 復刻世界の絵本館オズボーン・コレクション ほるぷ
*「年とったばあやお話かご」(エリナー・ファージョン アーディゾーニ絵 石井桃子訳 岩波)
*「「オンリーコネクトⅠ~Ⅲ 児童文学評論選」(イーゴフ/スタブス/アシュレイ編 猪熊葉子/清水真砂子/渡辺茂男訳 岩波)
☆写真は、手前に、クルックシャンク絵「親指太郎と七リーグぐつ」 の表紙。うしろにアーディゾーニ絵「年とったばあやのお話かご」の挿絵。

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ピーコック・パイ

くじゃく2jj
(承前)
 フレーザーのことを、他で書くチャンスも少なそうなので、続けます。
 このフレーザーを知ったのは「センダックの絵本論」(岩波)でした。

 センダックは、≪・・・1958年にアルゴシー書店で棚にぶつかり、そのおかげで『ピーコック・パイ』を発見しました。その本が頭の上に落ちてきたのです。ロヴァット・フレーザーのことは一度も聞いたことがなかったのですが、それがかえってよかったと思っています。・・・≫と、面白い出会いを喜び、その一撃を幸運の一撃と呼びました。
 センダックは、フレーザーの作品から進んで影響を受け、フレーザーを見せびらかしや自意識過剰などというもののまったくない、際立って偉大な達人だといい、彼の本はどれも不可思議な幸福感をもたらす・・・と、絶賛です。

 ところが、センダックが嘆くのはその貢献度が評価されていないことでした。
 確かに、英語圏ではない日本では、いっそう、その本は見つけられないし、ほとんど知ることもできません。
 が、1990年に「センダックの絵本論」が岩波から出版された時は、何人も知らない画家や作家たち、あるいは、いくつもの見たことのない作品があったのに、「願えば、叶う」というように、少しずつ、出会っていったことから考えると、きっと、フレーザーにも、もっと近づける日が来ると信じます。(続く)

*「センダックの絵本論」(脇明子・島多代訳 岩波)
*「孔雀のパイ」(ウォルター・デ・ラ・メア詩 まさきるりこ訳 エドワード・アーディゾーニ絵 瑞雲舎) 
☆写真は、かつて「孔雀のパイ」(アーディゾーニ絵まさきるりこ訳 瑞雲舎)を紹介したときと同じ写真のズーム版

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ラヴァット・フレイザー

フレイザーj
(承前)こじつけでつなげるようですが、個人的には興味深かったので書きます。
 イーヴリン・ウォーの小説は、何冊か翻訳されているものの、まだ一部しか読んでいません。「大転落」と原題「The Loved One」。
 このThe Loved Oneは、「ご遺体」と「愛された者」と二冊でています。ほとんど同時期に訳され出版されたのも興味深いですが、なにゆえ、こんなに題名が違うん?話は、ペットの葬儀を受け持つ男性と人の遺体処理を受け持つ女性の話で、厳しい内容ながら、ブラックユーモア小説のジャンルとして、にっと笑うところは多いと思います。

 で、ちょっと比べながら読みました。翻訳の読みやすさは、さほど違いがわからなかったものの、「ご遺体」の方の訳者が小林章夫というイギリス文化をたくさん紹介してきた人なので、個人的には、なじみやすい気がしました。が、それは、もしかしたら、左ページにすぐ、注釈がつき、後ろの注釈のページを繰る必要がなかったからかもしれません。数々の英国の文学者などが出てくるので、注釈がそばにあるのはわかりやすかった。

 ところが、≪模様の印刷された厚紙で装丁され、背には表題を書いた紙が貼ってあり、扉にはラヴァット・フレイザーの短い詩が書かれていることが多く・・・・≫ん??
 これって、ロヴァット・フレーザーという挿絵画家じゃないの?小林章夫訳の注釈には、「正しくは、クロード・ラヴァット・フレイザー(1890~1921)で、イギリスの芸術家・デザイナー」とあります。この人、詩も書いていたの?ん?
 で、岩波文庫の中村健二・出淵博訳には、
≪模様入りの板表紙装で背には表題紙が貼られ、題扉にはよくラヴァット・フレーザーの挿絵の入った・・・・≫となっていました。
 フレーザーは、挿絵の横に詩も書いていたのかしらん?

 ま、ともかく、デ・ラ・メアの「クジャクのパイ」に挿絵をつけたフレイザーでした。
 ということで、東京子ども図書館2002年のカレンダーが、ロヴァット・フレーザーだったこととつながったのです。はい。(続く)
***Lovat Fraser→ロヴァット?ラヴァット?フレイザー?フレーザー?
*「愛された者」(イーヴリン・ウォー 中村健二・出淵博訳 岩波文庫)
*「ご遺体」(イーヴリン・ウォー 小林章夫訳 光文社古典新訳文庫)
☆写真は、ほるぷのマザーグースコレクションⅡの「フレイザーの子守歌」(ロヴァット・フレーザー絵)

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ニコルソンの版画

ヴィクトリア女王j
 (承前)
 ウィアリム・ニコルソンは、絵本「かしこいビル」の作者ですが、サーのつく著名な英国の画家です。義弟と一緒に商業ポスターも手掛けています。我が家では、絵本の「かしこいビル」「ふたごのかいぞく」そして、挿絵をつけた「ビロードうさぎ」でなじみ深い画家です。

 上の写真左に写るのは、ヴィクトリア女王のカード(ロンドン V&Aミュージアム)です。この絵が「かしこいビル」のおばさんの家の壁に掛かっているのを知らない人は、残念です。ただ、絵本に描かれている壁のヴィクトリア女王は、ティポットカバーのようにも見えますが・・・

 それから、写真右のこひつじのカード(オックスフォード アッシュモレアン美術館)は、中央の猫と同じ「まっ四角な動物の絵本」 のこひつじです。この絵本の文は、アーサー・ウォーが担当しています。このウォーという人は、イーヴリン・ウォーのお父さんで、ウィリアム・ニコルソンとベン・ニコルソンの画家父子、アーサー・ウォーとイーヴリン・ウォーの文筆家父子と、またまた、つながっていって興味深いです。と、思ったら、もう一つ、つながっている(?)ので、続けて書きます。

 それにしても、写真中央の猫の版画、日本の浮世絵の猫のように見えますねぇ。(続く)

*「かしこいビル」(ウィリアム・ニコルソン 吉田新一・松岡享子訳 ペンギン社)
*「ふたごのかいぞく」(ウィリアム・ニコルソン 谷川俊太郎訳 ブッキング)
*「ビロードうさぎ」(マージェリー・ウィリアムズ 石井桃子訳 ウィリアム・ニコルソン 童話館出版)
*「まっ四角な動物の絵本」 (アーサー・ウォー文 由良君美訳 ほるぷクラシック)

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カレンダー

カレンダーj
 毎年、東京子ども図書館のカレンダーを送ってくださる方が居て、ありがたいことに、机の前には、絶えず、クラシカルなイラストのカレンダーがかかっています。2014年はイワン・ビリービンでした。今年は、ウィリアム・ニコルソンの「12か月のスポーツごよみ」です。
 この12枚の版画には、キプリングが文章をつけていて、1月は「狩猟」でした。
≪まことにこれは 高貴な遊び 
鞍からとび出し、水へと落ちる
だけどわたしは 弱気なたちで 
のんびりサーティーズでも読んでいたい・・・・≫

 そして、2月は「ウサギ狩り」3月は「競馬」4月は「ボートレース」ながら、川でボートをこぐ人たちを馬に乗って見ている人が描かれています。また、8月は「馬車のドライブ」ということで、一年のうち、5か月も馬の絵が出てくるスポーツこよみなのです。

 よほど、ニコルソンは馬好き?と思っていたら、ニコルソンの「まっ四角な動物絵本(The Square Book of Animals)」(ほるぷ オズボーンコレクションⅡ)の解説に、興味深いことが書いてありました。

 ≪ニコルソンは、プリンス・オブ・ウェールズの馬で1896年のダービーの勝ち馬であるパーシモンを木版画で仕上げていた。それは、偶然(出版業者)ハイネマンのところに泊まっていたアメリカの高名な画家、ホイッスラーの目にとまった。彼にすすめられてハイネマンはニコルソンに会い、本を作る何かいいアイディアはないかとたずねた。・・・・≫
 そうかぁ、馬が取り持つ縁って、ことですね。(続く)

*「まっ四角な動物絵本(The Square Book of Animals)」(ウィリアム・ニコルソン画 アーサー・ウォー文由良君美訳 ほるぷクラシック オズボーンコレクションⅡ)

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回し飲み

本殿j
(承前)
神前結婚参列というのは初めてでした。
アメリカに留学した長男は、日本から同行した彼女と二人でNYで結婚したので、親として結婚式に臨むのも初めてでした。
しっかりものの長女のおかげで、参列するための留袖の貸衣装を選んだ以外は、ほとんど何もしませんでした。だから、当日はどんな式になるんだろうと、わくわく。

バックミュージックは、箏(琴)の音。
神楽奉納に、箏と笙、謡の生舞楽!ライブ感たっぷり!!
なんか難しそうな玉串奉奠(たまぐしほうてん)。
三献の儀(さんこんのぎ)という三々九度や、親族杯の儀(しんぞくさかずきのぎ)という両家と新郎新婦が同じ杯で飲む神酒。さらに全員で飲む神酒。
うーん、酔っぱらうやん・・・
というのは、冗談ですが、この親族の回し飲みや、三々九度を見て、お鍋をしたとき直箸のできない神経質な若者の中からは、同じところから飲むのは嫌だ…という声が、冗談みたいに聞こえてきました。
古来から、日本人の生命の源の「米」、そこから「酒」、それに、アルコール(消毒)なんだから、理に適っていると思うんだけど・・・

この一連の儀式は、少々緊張気味ながら、大人(年長者)の少ない披露宴の方は、なかなか楽しいものでした。
                      あわびj          
       たいけーきj
kagamiwar.jpg

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ララバイ その後

ドレスj
長女が結婚式をあげました。
目立つことの嫌いな子でしたが、この日は、思い切り主役でした。

今にして思えば、病弱だった兄、やんちゃな妹という、3人兄妹の真ん中さんは、甘える時間も少なかったのではないかと。
それが、満面の笑み。心から甘えられる人が見つかってよかった。

父親は、過去の写真をつなげた構成の映像で、涙。
娘は、かのビリー・ジョエルの「ララバイ」をバックミュージックに選び、手紙を読んでくれましたが、涙したのは、彼女の方。

何より、嬉しかったのは、式も披露宴も済み、みんなが帰ったその後で、長男と次女がウェディングドレスの彼女と3人で、仲良く腕を組み写真に納まったこと。
ああ、3人産んでよかった・・・・
大きくなってくれてありがとう・・・・
今までのいろんなことが吹っ飛んで、今の幸せを味わいました。(続く)
                           横顔j
                               

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大阪の街で(その2)

                       ハルカスj
 高野山の八大童子を見たのは、大阪あべのハルカスという西日本一高い建物の16階にある美術館。東京スカイツリー、東京タワーに次ぐ高さのようですが、写真は、16階から撮ったので、60階までは写っていません。
 その16階からぐるっと見回すと、生駒の山もよく見えます。すぐ近くには、緑に囲まれた天王寺動物園や大阪市立博物館や慶沢園、少し向こうには聖徳太子の四天王寺。
 大阪城の梅に桃に桜、大川沿いの桜並木に舟遊び、御堂筋の銀杏並木、中之島の公会堂とバラ園
 天神祭りに今宮えびす・・・

 大阪にもいいところがあるのに、宣伝下手なのか、照れているのか・・・買い物したり、美味しいものを食べたりだけでなく、もっとスマートにアピールしてもいいのじゃないかと思うのです。
 車のマナーも自転車も、加えて横断する人さえ、少々、危ない!という側面もあるけれど、「飴ちゃん」、バッグに忍ばせて、コミュニケーション上手な大阪が、歴史に裏付けられた誇りを持って、観光に力をいれてもいいんじゃないかと・・・
 さて、大阪天満宮(天神さん)の梅も咲き始めましたよ。
                       天満宮梅j

 

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制多迦童子

        せいたかどうじj
 小学生の頃…と、書いて、なんと!50年も昔・・・と気付きました。
  まあ、ともかく、小学生の頃に家族で高野山に行ったことがあったものの、その時は、当然、仏像に興味もなく、夏なのに涼しいなぁという印象だけが残っています。

 「高野山開創1200年記念 高野山の名宝」展(~2015年3月8日)
昨秋は東京で展示されていたようですが、今は大阪あべのハルカス美術館で開催されています。(そののち、高野山霊宝館でも特別公開はあるようです。2015年4月2日~5月21日)

 この展示の目玉は、何といっても運慶作の八大童子(八体のうち六体が運慶作)、が一度に見られること。高野山霊宝館でも、一度に見られる機会は少ないようです。
 他にも、快慶作の四天王立像や孔雀明王坐像なども展示されていて、それはそれで素晴らしいものですが、この八大童子の小さいながらも、生き生きとした姿!!およそ、どれも、魅力的な立ち姿。足元の台座の木を見ると、この木がよくもまあ、14世紀(鎌倉時代)から今に至るまで、この気候の中、無事に支えてきたこと!と思うばかりでした。信仰の対象で大事にされてきたとはいえ、裳の部分の着色が、ほんの少ししか残っていないのを見ると、歳月の長さを思い、ありがたーい気持ちになるから不思議です。

 八大童子の矜羯羅童子(こんがらどうじ)という像が、どこか今に通じる庶民的なお顔をされているのに対し、制多迦童子(せいたかどいうじ)の男前なこと!それに何と個性的なヘアスタイル!
 で、「彼」の美しいお顔の絵葉書を買おうとしたら、いいショットがない!きりりと写ってない!ということで、この男前に会いたいと思われたら、ぜひ、その前に立って見なければ・・・
☆写真は、上、八大童子の絵葉書、左、快慶作の孔雀明王坐像の絵葉書、右、案内紙に写る赤いお顔の制多迦童子。

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姑息な変身

      はねありj
(承前)
 「変身物語」で、核になるのが、ユピテル(ギリシャ神話ではゼウス)ですが、 全能で力はあるはずのユピテル様は惚れっぽい。

 ご自分のご欲望のために、姑息な御変身術を、お使いになられます。
 カリストの時は、処女神のディアナに変身。
 エウロペのときは牝牛になり、
 イオの時は黒い雲。
 ダエナの時は金の雨。
(ギリシャ神話だとほかにもある・・・)
 
 そのいちいちを察知して、追いかけ、相手の女に(夫ではなく!)制裁を加えるのが、妻のユノー(ギリシャ神話ではヘラ)。 嘆願したり、自分で手を加えたり、もちろん変身もありです。

 ユピテルの変身を軽くあっさり書いているのに対し、ユノーの情念の深さ、しつこさには、ずいぶん力が入っている気がします。どうも、男性の行動には緩めの目線、女性の行動には厳しい目線が、あると思われます。

 「変身物語」は、数々の芸術の源泉となり、今も確かに面白い話ですが、現代女性としては、時々、「ありえへん!」と憤りながら読むこともあるのです。

*「変身物語」(オウィディウス 中村善也訳 岩波文庫)
☆写真は、英国オックスフォード アッシュモレアン美術館壁

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星と琥珀と白鳥と

ニヨン朝日j
 (承前)「変身物語」と「ディアナとカリスト」で、続きで書くとしたら、海に浴せないカリストたち大熊座(北斗七星)が登場する、パエトンのところ。

 太陽神アポロンの息子かどうか疑われたパエトンは、直接太陽神のところに行きます。望みを叶えてやろうという父親に、父親の車駕(しゃが)、脚に翼を持った馬たちをあやつる権限を一日だけ与えてほしいと、ねだります。父親が、さんざん留めようとするも、言うことをきかず、御せず、暴走、手綱を離してしまい、大地は燃え・・・・最後は、ユピテルの雷に打たれ、車から落ち生命を失います。

≪…四頭の馬たちは、にわかに暴走し始めて、踏み慣れた道を離れ、いつものような正規の進路を走ろうとはしないのだ。パエトン自身は、震え上がった。・・・・・こうして、このときはじめて、冷え切った「北斗七星」が熱くなり、禁じられた海に浴そうとして空しい努力を試みた。氷雪に閉ざされた北の極にもっとも近い「蛇」は、これまでの寒さのために動きが鈍く、誰にも恐怖を与えていなかったが、このときは、熱せられて、熱さのために未曾有の怒りを爆発させた。あの「牛飼い」星も、あわてふためいて逃げたというが、ただし、足は遅かったし、みずからの牛車が足手まといになったとか。…≫
 
 こうやって、「星々」の話が出てくるし、パエトンの死を悲しんだお姉さんたちが木になり、その樹皮からしたたる樹脂が「琥珀」になる話があるし、嘆く血縁の息子が「白鳥」になるものの、ユピテルが投げた雷電のことを覚えていて、沢や広い湖を好み、火を嫌い、自分の住みかにも、燃える火と対照的な水流を選んでいるという話があるし・・・・非科学の極み、荒唐無稽みたいなようでいて、実は「そういうことだったのか」と、納得できるところが、「変身物語」の尽きぬ魅力。(続く)

*「変身物語」(オウィディウス 中村善也訳 岩波文庫)
☆写真は、スイス ニヨン

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清らかな海に浴するなんて、とんでもない!

パースj
  (承前)ディアナの怒りに触れ、追い出されたカリストは、怒り狂ったユピテルの后ユノーに変身させられました。それは、≪怒ったような、威嚇するような、何とも恐ろしい声が、しわがれた喉から出るだけ≫の雌熊です。そして、生まれた息子と、15年後遭遇します。母は雌熊、息子は槍を持っています。すんでのところで、ユピテルが突風によって彼らを空中にさらい、天上に住まわせて隣同士の星に変えました。

 ところで、デ・ラ・メアの「冬」という詩の最後に
≪・・・・空の かなたで 唸るのは 手足を 伸ばす 大熊座…≫という箇所があって、大熊座が唸るってどういうこと?と思いながら訳していましたが、もしかしたら、この背景が関係しているかと思うと、一段と深みが増します。
 
閑話休題。
 それで、大熊座と小熊座といっても、ぴんと来なくてもカリストたちが北斗七星であること。北半球では、ずっと天空に在る北斗七星であることを考えると、さらにお話が深まります。
 つまり、ユピテルの后ユノーが、カリストたちが星になって輝いていることに、まだ、まーだ怒って、海の神に直訴することと関係します。≪・・・・あの北斗の星々をこの紺碧の海から閉め出し、みだらな行為への代償に天界へ迎え入れられた彼らをおいはらってください!あの情婦(いろおんな)が清らかな海に浴するなんて、とんでもない!≫(続く)

*「変身物語」(オウィディウス 中村善也訳 岩波文庫)
☆写真は、南半球 オーストラリア パースから船に乗って。(撮影:&CO.A)
 

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ディアナの怒り

ディアナとカリストj
(承前)
 ナショナル・ギャラリーのティツィアーノの3枚の絵画は、古代ローマの詩人オウィディウス「変身物語」からインスパイアされた絵画です。写真は、処女神ディアナの侍女のカリストが、ユピテルの子を妊娠したのを指摘し怒る「ディアナとカリスト」の図。
 
残り二枚の絵は、「ディアナとアクタイオン」「アクタイオンの死」です。
 それぞれ、ディアナが水浴しているのをうっかり見てしまったアクタイオンの図。
 怒ったディアナがアクタイオンに犬たちをけしかけている図。
 まずは、ディアナの怒りに触れ、彼女はアクタイオンの顔に水を浴びせかけます。すると、アクタイオンの濡れた頭には、角がはえ、顎が長くなり、耳の先が尖り…雄鹿に。≪・・・・それに、この動物につきものの、臆病心も与えられた。英雄アクタイオンが、いっさんに逃げ出したのだ。走りながら、自分がこうも速いのに驚いている。・・・・≫

 この「変身物語」は、いつ読んでもどこから読んでも面白いものの、なかなかその相関関係がつかみ切れず、また、ギリシャ神話の名前とローマ神話の名前がごちゃごちゃになって、結局、また関係個所を繰り返し読むという次第。付箋も書き込みもしているというのに、です。・・・もっと、若い頃に読んでいたら、こんなことなかっただろうに・・・・(続く)

*「変身物語」(オウィディウス 中村善也訳 岩波文庫)
☆写真は、「西洋絵画の流れ」(ジャン=クリストフ・バイイ 小勝禮子・高野禎子訳 岩波)の「ディアナとカリスト」≪侍女カリストの妊娠を知るディアナ≫

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ディアナとカリスト

アートj
(承前)
 ロンドンオリンピックイヤー(2012年)に、ロンドン・パリに行ったものの、パリのことで頭がいっぱいだったようで、ナショナル・ギャラリーに行かず・・・・惜しいことをしました。ティツィアーノの「ディアナとカリスト」「ディアナとアクティオン」「アクティオンの死」という3枚の絵が、18世紀以来久しぶりに3枚一緒に展示されていたらしい!残念。
 ロンドンとスコットランドのナショナル・ギャラリーで共有する絵画なので、3枚並ぶのは、オリンピックイヤーだったから・・・

 ロンドンオリンピックイヤーの企画「メタモルフォーセス ティツィアーノ 2012」は、オウィディウスの「変身物語」(メタモルフォーセス)からインスパイアされた芸術が、ロンドンで開催されていたようです。映画では、詩人の朗読も入り、最後には3枚の絵画の前で、ロイヤルバレエのデュエット。
 古代ローマで生まれた話(詩)をルネッサンス期にティツィアーノが絵画にし、現代ではその絵画の前で話をバレエ表現する。うーん、素敵。

 まさか、スポーツの祭典で盛り上がっているロンドンで、芸術でも盛り上がっているなんて、知らなかった。東京オリンピックはどうなんだろう。(続く)

*「変身物語」(オウィディウス 中村善也訳 岩波文庫)
☆写真は、ロンドン、ナショナルギャラリー正面に続く道にあった建物のアートの女神レリーフ。

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答えが一つじゃない

           りゅうj
 (承前)
 映画「ナショナル・ギャラリー」の中で学芸員が子どもたちに話すところがあります。自分自身は数学は苦手だ、答えが一つしかないから。でも美術は、答えが行く通りもあって、間違いがない・・・というようなことを話すのですが、同感です。だから、芸術鑑賞が好きなのよ。(ただ、我が家の理科系の夫は、答えがきっちり一つというのが好きらしい。)

 実際、ロンドン ナショナル・ギャラリーに行くと、学芸員が子どもたちにレクチャーしているのによく出会います。以前、ウッチェルロの「龍と闘う聖ゲオルギウス」の前で、物語のように話されていて、子どもたちも熱心に耳を傾けていたのを思い出します。
 その昔、パリのピカソ美術館で、ピカソの作ったヤギの前で、楽しそうに身体も動かしながら、話を聞いている子どもたちの姿もありました。
 また、ロンドンのテートギャラリーで、思春期の男の子二人のお母さんと思える人が、絵を説明し、それに耳を傾けている少年たちを見たときは、うーん、難しい時期の子も、リスペクトしてる・・・と、感心したものです。
 そして、映画では、部屋の中でデッサンの時間を持っていましたが、直接、絵の前で、模写している人に、美術館で、よく遭遇します。満員御礼の日本の美術館では、無理だろうけれど・・・

・・・・・と、美術と市民を近づけるために、美術館員たちは努力し、広めているのがわかる映画でした。作品解説の本を読むより、アップの映像もあって、細かい部分もよくわかりビジュアル講義を聞いているような時間でした。
≪すべては「見ること」と「考えること」≫と学芸員が説きます。(続く)
 
☆写真は、ピンボケながら「龍と闘う聖ゲオルギウス」

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映画「ナショナル・ギャラリー」

           ダビンチj
 (「みんなのアムステルダム国立美術館」から続き 承前)
 二本目の美術館ドキュメンタリー映画は、「ナショナル・ギャラリー 英国の至宝」。なんと3時間!

 何度も行っても、毎回発見がある美術館です。それには、内部で、優秀な人たちがディスカッションを重ね、より良きものにしようと努力を重ねているのがよくわかります。先のアムステルダム国立美術館の映画は、作品自慢というより、美術館裏苦労話といった感がありましたが、このロンドン ナショナル・ギャラリーの方は、至宝自慢であり、所蔵作品解説に時間を割きます。が、時折、難解な講義を聞いてるような気分になって・・・・眠くなる・・・もし、これから劇場に行く人は、食事より前に見るのをお薦めします。
 
 さて、トラファルガー広場前のナショナル・ギャラリー本館は無料ですが、セインズベリー翼という建物は、有料で展覧会をやっています。それが、昨夏に行った「色を作る展」であったり、その前の「フェルメールと音楽展」や、かつての「パリのアメリカ人展」「フェルメールとデルフト派展」でした。それらは、予約制であったり、当日すいていたりして、今まで混雑を経験したことがないのです。が、映画の中で「ダビンチ展」が映されたときは、びっくり、寒い中並ぶ人も大勢。会場も日本で開催される印象派展や絵巻展のような混雑。ヒェー。

 その展示の目玉の一つが、この写真に写るダ・ビンチの「岩窟の聖母」だったようです。ルーブルにある同じ構図のものと、よく比較され、ダ・ビンチ自身の作か、それとも弟子の手が入っているのか謎も多いようですが、個人的には、ロンドン・ナショナル・ギャラリーの聖母の美しいブルーに惹かれます。この絵は、「ダビンチ・コード」でも重要なヒントになっていましたね。
 ただ、ここに使った写真は、映画でも若い女性学芸員がいうように、あれ!こんな隅っこに、こんなものが!と、いう感じがして、見つけたときは、とても嬉しかった。もはや、通常展示された 人けのない画の前で、独り占めできたのですから。(続く)

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寒いはずだと思っていたら、

紅梅j
 天気予報で、寒いはずだと思っていたら、意外と、春のような日差しが感じられる日があったり、夕方暗くなるのが少しずつ、遅くなって、やっぱり、立春を過ぎたもんね、と、言い聞かせたり・・・

 朝の散歩に出かけたら、おお、紅梅が咲いています。可愛い、かわいい。
 白梅は、もう一息。
 メジロがやってきますが、なかなか撮れません。
 例のカモさんたちは、立派に成長し、小さいときの面影がないのが、ちょっと寂しい。
 さて、さざんかは、公園のあちこちにあって、花の少ないこの時期に、明るいポイントになっています。

                     sazannkaj.jpg

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映画「みんなのアムステルダム国立美術館」

南大門j
  二本の美術館ドキュメンタリー映画を見ました。まったく違う角度から美術館を撮った二本の映画でした。
 まずは、「みんなのアムステルダム国立美術館」です。
 
 以前、オランダにフェルメールを見に行きたくて、画策したことがあったのですが、フェルメール所蔵の一つ、アムステルダム国立美術館が、工事中で休みでした。何年かして、また画策しても、まだ休んでる!ということで、長期休館の末、やっと2013年に開館されるまで、どうなっていたのか・・・のドキュメンタリー映画です。
 
 ドキュメンタリー映画なのに、ドラマチックすぎます。登場人物が、余りに忌憚なくものを言うので、脚本があるの?この個性的な人たち、すぐ表情に出るけど、俳優さんじゃなくて、本当に館長や学芸員や建築家、管理人なの???と疑いが生まれるくらい。
 日本じゃ、考えられないくらいの美術館裏事情ドキュメンタリーです。

 中でも、日本美術は大きなキーワード。
 何故か、新装なったアムステルダム美術館に住まうことになった金剛力士像。
 裏の裏事情もあるのでしょうが、山奥に放置されたままだった素晴らしい金剛力士、阿吽像が、開眼式を現地で盛大にやってもらい、心から像を愛する学芸員(東洋美術部門担当)に守られながら、新しい場所を得たのは、感動的でした。

 申し訳ないけど、もう一つのキーワードであるレンブラントの「夜警」もぶっ飛ぶ迫力の金剛力士像。小さな心を見透かし、戒め、そそり立つ。これから、金剛力士像や四天王像のような怖いお顔を拝謁しに出かけるのもいいなぁ。もちろん、いつか、オランダ美術の旅にも、行きたいもんだ。 (続く)

☆写真は、奈良 東大寺南大門 この左右に国宝の金剛力士(運慶作)がいるのですが、写真当時、埃と金網でうまく写せませんでした。この門も、ずいぶん傷んでいます。木造の宿命なのでしょうが、寂しいです。

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大阪の街で(その1)

大阪城j
  大阪の百貨店のエレベーターに乗ったら、ここはどこの国?と思うくらい、ほとんどの人が中国語で喋っています。ドラッグストアの化粧品や抹茶味のお菓子が飛ぶように売れ、家電を抱え、高級果物も箱買いと聞きました。以前、東京で、スーツケースが、あっというまに売り切れていたのを見たのですが、最近は、大阪の百貨店の日本人デザイナーの人気バッグコーナーは、いつも中国語を喋る若い人たちが群がり、並ぶのを整理するロープ付ポールも立っています。棚のディスプレーが閑散としています。大人買いというのか、爆買いというのか、はたまた、バイヤーなのか。軽くて持ち帰りやすく、金や赤などは人気?

 かつて、日本人の観光客のマナーだとか、パリでの買い物の仕方だとか、色々言っていたことを思いだしますが、細かいことより、今はまず、その数の多さに圧倒されます。商店街に繰り出す観光バスも半端なく多いとか。
 それに、つい2年くらい前までは、もっと団体でゾロゾロが目に付いたものの、今は、どうもスマホ片手の個人旅行や自由行動も増えているように、思います。地下鉄を乗りこなし、行列のできる店にも並び・・・

 そんな彼らは、大阪城とか観光しているんだろうか?
 それとも、商人の街、大阪の空気を満喫しているんだろうか。円安の追い風が、買い物を煽っているのでしょうか。
 さあ、いわゆる春節も近く、さらにヒートアップ?

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シャンデリア

              シャンデリアjj
(承前)
 戦後、西洋式の暮らしが日本の庶民の狭い家にも入ってきたとき、庶民の家にも「応接間」と言われる部屋が、増えたのではないかと思います。その昔の客間ながら、ソファーのある、普段は使わない部屋、という個人的な認識があります。
 60年前の生家にはなく、高校の時に引っ越した建売住宅の実家に一部屋ありました。同級生の夫も、同じく高校の時に引っ越したのですが、そこにもソファーがありました。
 そして、そんな庶民の狭い応接間にも、シャンデリア風の灯りがついていました。小さなものですが、キラキラ装飾されておりました。その後、阪神淡路の地震で、実家のは壊れ、夫の実家のは、平面的なものに取り換えられました。

 そんな昔のことを思い出したのは、庭園美術館旧館のお屋敷には、どの部屋にも異なるシャンデリアが付けられているのを見たからでした。部屋の広さと豪華さに合わせ、いい具合に和洋折衷されていて、きれいでした。多分、現在進行中の日本の家屋に、あの小さいシャンデリアを付けるおうちは少ないのではないかと思うものの、かつては、庶民も西洋のお屋敷の些細な真似事を体感していたのかもしれないと思うのです。

 とはいえ、この旧宮家の見学鑑賞は、部屋の隅々まで見るので、ついつい天井を見るのを忘れがちになり、おっと!シャンデリアも見なくっちゃ・・・と、何度も引き返したことでした。(撮影:&Co.I)

かいだんj

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庭園美術館

 庭園美術館窓j
 先月の上京で、もう一つ行った美術館が、東京都庭園美術館です。長らくお休みし、改修、新築(庭はまだ改修中)していたのですが、昨秋にリニューアルオープンしたようです。で、過日の「翼を広げる女性像」の写真も、今日の写真も、そのオープニング記念として館内写真可能だったようで、そのときに撮られた友人のお写真を使わせていただいています。当然、1月に行っても、撮影不可でした。(許可が取れれば限られた日に旧館のみ写真可能らしい)

 歴史的建造物の旧宮邸で、贅を凝らした作りを現在も見ることができます。当時フランスで全盛だったアールデコ様式でできているのが特徴ですが、当時の西洋文化を受け入れようとしながらも、窓から灯篭が見えたりするのは、ちょっと面白い。
 神戸の異人館、京都大山崎美術館、近江八幡のヴォーリズの洋館、芦屋のライトの洋館、関西の洋館しか知りませんが、この旧宮邸は、そのどれよりも広く部屋も多い。加えて、ドアや壁画に、ラリックをはじめとする、アールデコの芸術家たちのものを使っているところも、贅沢を感じるところです。

 そして、新館では、ラリックのガラス工芸や壁画を描いたラパンの油彩などが「幻想絶佳ーアール・デコと古典主義」展が開催されていました。(~2015年4月7日)(続く)
(撮影:&Co.I)
             ドアj

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文庫本の表紙

            悪の華j
(承前)
 ムンクで思い出したのが、新潮文庫「悪の華」(ボードレール 堀口大學訳)の表紙(写真右)。かつて「叫び」ととも盗難にあったと「マドンナ」という油彩と同じ図像、周りには、受胎を想起させる装飾がされています。

 この文庫本には、表紙部分しかムンクが使われていませんが、多分、実際の「悪の華」には、ムンクの挿絵が描かれている版もあるのだろうと、思います。
 時々、文庫本になっているものに、ええっ!この画家の絵が表紙!挿絵!うーん、小さいながら、贅沢!と思うことが多々あります。

 例えば、「博物誌」(ルナール 岩波文庫 新潮文庫)の両二冊の挿絵が、ロートレックであり、ボナールであり。
 また、「悪の華」と同じシリーズだと思える新潮文庫にも、「アポリネール詩集」(堀口大學訳)の表紙は、ピカソが描いたアポリネール、「コクトー詩集」(堀口大學訳)の表紙は、コクトー自らの画です。
 多分、当時の詩集そのものは、すごい豪華本なのかもしれません。(写真左は、アポリネール「動物詩集 又は オルフェ様の供揃い」(堀口大學訳 求龍堂)のラウル・デュフィーの版画「猫」のページ。)
 

 さて、ムンク表紙のボードレーヌ「悪の華」は、ついついページを繰ってしまう言葉がならんでいます。今となっては古い日本語という人も居るかもしれませんが、個人的には堀口大學の語調と日本語の選び方に惹かれます。下記の一番最後の言葉なんか、綺麗な日本語!
≪「音楽」
しばしばよ、音楽の、海のごと、わが心捉うるよ! 
  青ざめし、わが宿命の、星ざめし、
靄(もや)けむる空の下、無辺なる宇宙へと、
  われ船出する。
・・・・・(略)・・・・・・・
・・・・・(略)・・・・・・・
  わだつみの奈落の上に、
われを揺る(ゆする)。ーーーまたある時は、油凪(あぶらなぎ)、見る限り一面の
  わが絶望の、真澄鏡(ますかがみ)!≫
 

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明るいムンク

             玄関ガラスj
(承前)
 出光美術館には、ルオーとムンクを展示する小さな部屋があります。
 以前、この美術館で「ムンク展」を開催した縁だとかで、ノルウェーのオスロ「ムンク美術館」から、毎年、三点貸し出されているようです。ムンク(1863~1944)の作品の中でも明るく親しみやすい画風の時代(1909~15)のムンクを選んでいるらしく、有名な「叫び」だとか「マドンナ」だとか「思春期」だとか深い暗さを持つ作品しかないのかと思いがちの固定観念を払拭してくれます。

 ムンクといえば「叫び」とつながってしまうように、実際、病んだ時期もあったようですが、出光の3作品を見る限り、別の画家のようです。2015年8月まで出光にあるのは、「クラーゲルーの庭」「子供とアヒル」「犬小屋にて」の3枚です。個人的には「犬小屋にて」という絵が、今までのムンク観を覆すような温かさの感じられる絵だと思いました。
 確かに、パリ ロダン美術館にあった「考える人」の絵も、「叫び」とはずいぶん違うなぁと思い、写真に撮ったのを思い出します。

☆写真は、出光美術館ともムンクとも関係ない東京都庭園美術館旧館玄関 ラリックのガラス 「翼を広げる女性像」(撮影:&Co.I)
 

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物語絵

      物語絵j
(承前)
  東京で金曜の夜7時まで開館している美術館を探したら、「出光美術館」がありました。ちょうど「物語絵」展(~2015年月15日)というのをやっていました。おお、すいています。見やすい!美術鑑賞は、こうでなくちゃ・・・広くて、静かで、人けがなくて・・・

 源氏物語、伊勢物語、西行物語、宇治拾遺物語、平家物語などなど、絵巻であったり、屏風であったり。

 中でも、源氏物語の屏風絵は、きらびやか。以前、石山寺でも見ましたねぇ。「源氏物語屏図風」(土佐光芳)

 屏風の絵を見るだけで源氏物語の名場面のみ見ることができるというものです。(上の写真の3枚の絵葉書は、左から「花の宴」「浮舟」「初音」岩佐勝友画 江戸時代) 
 ここ何年か、源氏物語に沿って古筆を習っていても、相変わらず、ええっと、この話はどんなだったかな????と情けない状態は変わりませんが、親近感だけは以前より増しています。いつか、屏風絵を見るだけでお話が思い出せたらどんなにいいでしょう。・・・と、昔の人も思って、こんな屏風作ったに違いない・・・

 それにしても六曲一双、二曲一双、六曲一双と源氏の屏風だけでも、ずいぶんと並んでいました。
 
 さて、じっくり鑑賞できてよかったなと、出光美術館の休憩場所に向かうと、その大きな窓の向こうは、源氏物語「花宴(花の宴)」の朧月夜ではなく、きれいな真冬の三日月が・・・(続く)

☆写真は、「物語絵」展の案内紙、西行物語絵巻の上に三枚の絵葉書。

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