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みんなみすべくきたすべく

ゴリオ爺さんとロメオとユリア

ヴェンゲン虹j
(承前)
 「世界の十大小説」でサマセット・モームのいう最後のところ、
≪・・・・偏見に従って、色をつけて、しばしばけばけばしい色をつけて眺めるのだった≫ 
 そうそう、わかる、わかる。
 そうなのよね、味の濃いものについつい惹かれるように、けばけばしい色に惑わされ、読んでしまうのが、バルザックなのでしょう。きれいごとじゃない、心の奥にある偏見を、ほーれ!と書いている。

 が、バルザック「ゴリオ爺さん」を読んだ後で、スイスの作家ケラーの 「村のロミオとユリア」 を読み始めたら、そうそう、この清々しさが読みたかった。パリのドロドロも面白いけど、やっぱり疲れるわ。同じドイツ語圏オーストリアのシュティフターが恋しかったんだよぉ。

 ただ、「山のロミオとユリア」も清々しいのは初めだけで、ご想像通り、両家の対立の半端ないこと。村の暮らしもパリの暮らしも、同じか?などと思う間もなく、また初々しい二人が登場するものの、最後は「ロミオとジュリエット」のように悲劇。(ただし、シェイクスピアほど、混みいってません)

 それに、「ゴリオ爺さん」と比べるのもおかしいけれど、確かに「ゴリオ爺さん」のほうも悲劇といえば悲劇だし、金銭にまつわる嫌らしさという点でも共通しているといえば、共通しているものの、「ゴリオ爺さん」の最後で、ウージーヌがリベンジを誓うところなんぞ、やっぱり「人間喜劇」の一冊だと思えます。虚栄を皮肉る。それって、ちょっと笑える。人間て馬鹿ですね・・・って。

*「ゴリオ爺さん」(バルザック 平岡篤頼訳 新潮文庫  高山鉄男訳 岩波文庫)
*「世界の十大小説」(モーム 西川正身訳 岩波文庫)
*「水晶 他三篇―石さまざま」(シュティフター文 手塚富雄、藤村宏・訳 岩波文庫)
*「村のロメオとユリア」(ケラー 草間平作訳 岩波文庫)
   ・・・・・・この草間平作という人、この話を東大法学部の学生の時、有り余る時間を十分にかけて、楽しみながら、苦しみながら訳した。とありました。それにしては、こなれた訳で読みやすい。で、この人は?と調べると、ああ、また奥が深かった。

☆写真は、スイス ヴェンゲンの谷合にかかる虹

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