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バルザックさん

              バルザックj
 (承前)
 バルザック「ゴリオ爺さん」を読みました。
人が(カタカナの名前の人)、次々出てくる前半は、これだれ?こっちは名前でこっちは苗字?など、よろけながら、しがみついていきましたら、悪党が悪党らしくなってくるところから、あるいは、これって、主人公は、ゴリオ爺さんと違って、青年ラスティニャックと違うん?と読みだしてから、やっと、面白くなってきました。(まず、新潮文庫で読みました)

 ま、どろどろのパリの社会。その裏。立身出世の光と影。何が愛で、何が慾なのか。登場人物が多い分、わかりだしたら、それぞれの絡みが面白くなってくるのです。
 ゴリオ爺さんみたいな人いるかなぁ?現在ならいないよなぁ?当時も、いないと思うなぁなどと考えるものの、ラスティニャックみたいな青二才いるよなぁ、現在でもいるよなぁ、もっとひどいよなぁ・・・

 バルザックの「人間喜劇」は90篇の長短編からなる壮大なシリーズで、その中心的存在が「ゴリオ爺さん」だといいます。ゴリオ爺さんの長い長い舞台セリフのような終末の言葉も気合が入っています。
 
 ともあれ、上の写真、ロダンの作ったバルザック像を見てもわかるように、バルザック自身が人間喜劇の本当の中心に居たような自信満々の俗まみれの人だったらしいのが、また面白い。
 だいたい、オノレ・ド・バルザックの「ド」って、貴族なのかと思うけど、自分が勝手につけた本名バルサさんだというから、かなりの慾と上昇志向なのがわかります。しかも、バルザック・ダントラーダという古い家柄の紋章の入った金銀器を集めていたなんて知ると、大きい体で小さいことと、思うのです。ははは、世界の文豪になんて失礼なこと。

 サマセット・モームは、「世界の十大小説」の「バルザックと『ゴリオ爺さん』」の章で、こう書きました。
≪…バルザックこそ、私が躊躇なく天才と呼びたいただ一人の小説家である。・・・・・天才と才能とではまるで違う。才能を持った人は沢山にいる。才能は稀ではない。だが、天才は稀である。才能は器用で手際がいい性質のもので、生まれてからあとでも身につけることができる。ところが、天才は生まれながらのものであって、しかも不思議なことに、重大な欠陥と結びついている場合が多い。・・・・・バルザックが持っていたのは、まさにこの想像力による創作をなし得る本能的な能力にほかならない。・・・・・リアリストではなく、ロマン主義者であったので、人生をあるがままに眺めないで、同時代の人々と共に持っていた偏見に従って、色をつけて、しばしばけばけばしい色をつけて眺めるのだった。≫(続く)

*「ゴリオ爺さん」(バルザック 平岡篤頼訳 新潮文庫 高山鉄男訳 岩波文庫)
*「世界の十大小説」(モーム・西川正身訳 岩波文庫)
☆写真は、パリ ロダン美術館の庭にあるバルザック像

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