午年が、もうすぐ終わります。
午年にホワイトホースカントリーに行けてよかったです。
午年に、乗鞍岳といういかにも馬に関係する山(山容が馬の鞍のように見えるらしい)の本宮で、絵馬ならぬ絵手ぬぐいを買ってきてくれた娘も来年早々結婚予定。
細々、いろいろあったにしても、ともかく、静かにひつじ年を迎えます。
年末年始、拙文をお休みします。 よいお年を!!!
☆写真右は、フランツ・マルク「青い馬Ⅰ」(日経2014年10月19日)。この絵は、エリック・カールの絵本「えをかく かく かく」(ピーター・ビナード訳 偕成社)のイメージの源泉となったもの。
結局、子どものいる家庭のクリスマスは、親のためにあるのだと思います。
子どもたちが小さい頃は、工夫・工面という文字がついてくるサンタクロースからの贈り物がありました。
子どもたちが少し大きくなっても、何が喜ぶかを考え、クリスマスを迎えました。
子どもたちがずいぶん大きくなったら、本物のサンタクロースは来なくなりましたけれど、親も子も、工夫・工面した贈り物を、それぞれ家族に用意するようになりました。
そして、ついに、三人の子どもたちが、在宅せず、クリスマス会と設定した日に集まるようになった今、つくづく思うのです。一堂に会せることが、大きな贈り物だと。
そして、一堂に会すためのささやかな準備。ツリーやクリスマスの小品、クリスマスの食事、お菓子!、アルコール、そして、プレゼント。
子どもたちのおかげで、今年も楽しませてもらいました。
思い出すのは、 「とびきりすてきなクリスマス」
≪・・・「お父さんは、クリスマスが一年じゅうでいちばんだいじな日だと思う?」とエルッキはききました。お父さんの青い目がかがやきました。「そうだなぁ――うん、そうおもうよ」お父さんはいいました。「ぼくたち、いちどもお父さんにプレゼントをあげたことがないのに。」エルッキは、お父さんがどうしてクリスマスがだいじだとおもうのか、ふしぎな気がしました。「いいや、くれているとも」とお父さんがいいました。「おまえたちがしあわせそうにして、心がよろこびでいっぱいになって、目をかがやかしているのを見れば、父親にとっては、それにまさるプレゼントはないんだよ。」・・・・・≫
*「とびきりすてきなクリスマス」(リー・キングマン作バーバラ・クーニー絵 山内玲子訳 岩波)
☆写真左、きれいな水色の日本酒、加賀(金沢)から、フランスの三ツ星レストランのために作ったという日本酒(いい香りのワインに近い)。青い瓶、ノーベル賞の席にあるという地元の清酒(甘く優しく飲みやすい)、右奥、琥珀色の瓶はカナダのアイスワイン(甘いジュースのよう)。右端はシャンペン。真中はホットワイン(モルドワイン)のための赤ワイン(ぶら下がっているのは、ホットワイン(モルドワイン)に入れるスパイス)
今年は、チーズフォンデュをみんなで食べたのですが、チーズをヘビーに思うようになった頃、夫が言いました。「まだ、この後、あの濃厚なのが待ってる・・・・」
鍋将軍であり、フォンデュ大将であり、クリスマスプディング点火係りとしては、濃厚なクリスマスプディングを楽しんでもらわないといけないので、そんな発言がでたようです。実際、点火まで、ハーブティだけを飲んで休憩しているときにも同じ事を言ってましたから。
ここ何年か、我が家のクリスマスでは、購入したクリスマスプディングを電子レンジで温め、そのあと、指示書通り、少々、蒸すような状態にしているものの、炎のまま運んでくるというような状態にはなりません。短いシャッターチャンスに集中するくらいしか、きれいな炎があがらないのです。そんななか、カメラマンの要求に応えるべく、点火係りとしては、ブランデーを再度かけ、あるいは、再再度かけ、点火しなければなりません。
それで、銘々のお皿に切り分けられ――と、いっても、たっぷりのブランデーで、崩れた状態になっています――みんなが、うーん、濃厚!――美味しいのですが、もうみんなおなかが、くちくなっています――その頃、夫は、椅子にもたれてZZZ。
『イギリス祭事カレンダー』12月「クリスマスプディング」の項には、その歴史と共に、こんな風に書いています。
≪・・・・・クリスマスプディングは、小麦粉に干しブドウや果物の砂糖漬け、香料を入れた蒸しケーキである。食前に、2、3時間ほど蒸し、ブランデーをかけ、火をつけて食卓に運ぶ。・・・・≫
*「イギリスの祭事カレンダー 歴史の今を歩く」(宮北惠子・平林美都子著 彩流社)
(承前)
ホフマン短編集に入っている「隅の窓」というの小品も、ホフマンの想像力がどんな風に広がっていくのかを知る面白いものでした。
両足の自由を失った「従兄」と「私」が広場を見渡す窓から、広場を行き交う人々を、人間観察。
≪従兄・・・君、見たまえ、通りを少し上がってホテルの前の歩道だね、人の流れが切れたところ、ぽつんと一人いるだろう。
私・・・・背が高くてすらりとした青年かね。丈の短い黄色っぽいチョッキを着ている。黒い襟に飾りボタンつきのやつだ。銀のすじ入りの小さな赤帽を頭にのっけた男かね。帽子の下からふさふさした髪がはみ出しているが、多すぎるほどの黒い髪だな。色白の美男子、上唇の上の短く刈りこんだ髭がよく似合っているじゃないか。折り鞄をかかえたところよりすると――あれは学生だな。寄宿舎にもどるところ――でも、足が地にはえたみたいに動かない。一心に目を据えている。寄宿舎も何もかも忘れはてた顔つきだ――
従兄・・・忘れはてもしようじゃないか。おちびの踊り子さんに見とれている。時は満てりというわけだ。・・・・・・・≫
と、まあ、こんな調子で、広場の人々を眺めるという話なのです。そこまで想像する?というくらい人の動き・表情から、その人のことを表現します。こんなに想像力がたくましかったら、かえって疲れるだろうなどと思うのは余計なお世話でしょう。ホフマンは、この無限に広がる想像力を駆使して、幻想的で不思議な世界を築いていったのだとわかります。
(2015年にUPする「黄金の壺」「牡猫ムルの人生観」に続く)
☆写真は、銀座の夜の舗道に照らし出された影
(承前)
先の「クルミわりとネズミの王さま」(岩波少年文庫)のホフマンという作家の解説の続きに≪・・・ことにその怪奇と幻想に満ちた小説は、代表作とされる「黄金の壺」や「牡猫ムルの人生観」をはじめ、・・・・≫とありました。
うーん、どっちも買うだけ買って読んでない!
で、手初めに、
「ホフマン短編集」から読んでみました。挿絵ついてるし、短編だし・・・
中でも、「G町のジェスイット教会」という短編は、読んでいる ちょうどその頃、「ホドラー展」に行ってホドラーの描く抽象化された「風景画」を見た頃だったので、この短編に書かれた「風景画」というものの捉え方が、実際に見たホドラーの「風景画」と重なりました。
≪…この私は、風景画を歴史画の下手におくようなばかではない。方向こそちがえ求めるものは同じ一つの目標だと思っている。・・・・・・(中略)・・・・・自然を知る者は自然の声を聞きとるものさ。木や繁みや花や山や湖水が不思議な声でもって意味深い秘密を語りかけている。それを聞きとり、そっと胸に収めてだ、そののちようやく、神の御意志(みこころ)のように、予感したところを具体的に描きあげる能力が生いそだつ。・・・・・(中略)・・・・菩提樹の木の葉や糸杉やプラタナスの方が描かれた風景よりもはるかに自然に忠実だし、実際の風景の方がずっと霧深く、野の水の方が一段と清らかであるなどのことはだね。自然界そのものの中にある精神に入りこみ、より高度な王国に至らねばならん。そのときはじめて光輝ある風景がみえてくるー描写力を身につけるために腕の訓練につとめることだが、それが芸術では決してない。自然界のより深いところに入りこめたなら、自分の心の中にさまざまな形象がこれまでとはまるでちがった光輝につつまれて現われてくるのをみるだろうよ。≫(続く)
*「クルミわりとネズミの王さま」(ホフマン作 上田真而子訳 岩波少年文庫)
*「黄金の壺」(ホフマン 神品芳夫訳 岩波文庫)
*「牡猫ムルの人生観 上下」(ホフマン 秋山六郎兵衛訳 岩波文庫)
*「ホフマン短編集」(池内紀訳 岩波文庫)
(承前)
くまのプーさんの作家、A.A.ミルンのA.A.って、なんて名前?(アラン・アレクサンダー・ミルン)と同じように、「クルミわりとネズミの王さま」のE.T.A.ホフマンって、なんて名前?と、調べたら、エルンスト・テオドール・アマデウス・ホフマン。
うーん、アマデウスって、モーツァルトのお名前です!ということは、ホフマン(1776~1822)もモーツアルト好き?
はい、そのようでした。
「クルミわりとネズミの王さま」(岩波少年文庫)の解説にこうありました。
≪・・・ホフマンは長いとは言えない一生に、オペラの作曲もし、戯曲も書き、絵も描き、小説も書くという、多才ぶりを発揮しています。ちなみに名前のひとつアマデウスは、元来ヴィルヘルムであったものを、モーツァルトへの傾倒からこう変えたのでした。…≫(続く)
*「くるみわり人形」(E.T.A.ホフマン ラルフ・マンハイム英語訳 渡辺茂男日本語訳 イラストレーション モーリス・センダック ほるぷ出版)
*「クルミわりとネズミの王さま」(ホフマン作 上田真而子訳 岩波少年文庫)
☆写真は、羽田空港
(承前)
「くるみわり人形」で、大事なのは、あの甘い甘い、あまーい世界です。
氷砂糖の牧場→アーモンド・干しぶどう門→麦芽糖の張り出し回廊→クッキーの道→
クリスマスの森≪…あまいあまい香り…オレンジの香りがそよ風に乗って流れると、喜びの音楽を奏でるように、枝や葉っぱが揺らいで、金箔がカランカランと音をたてました。そして、それに合わせて、チカチカと輝く光の粒が、とびはねたり、おどったりしました。≫
→オレンジ川→レモネード川(アーモンド・ミルク湖にそそぐ)→ハチミツクッキーの村のハチミツ川(ハチミツクッキーの魚・家の壁はレモンの皮のさとう漬け・アーモンドをはり付けたように、色とりどりに飾ってありました。)→キャンデーの町(チョコレートで砦で築いている途上)→バラの香り(バラの湖・金の首輪をした銀白鳥・ダイヤモンドの魚)→コンポートの里→マコロンとさとう漬けの果物だけでできている門
→お菓子の都→編み目細工のさとうでできた家々・さとうをまぶしたバウムクーヘン・のオベリスク・ジンジャーエールやレモネードなどジュースの噴水・クリームの池→マジパン城・クローブの茎の松明→乳鉢で氷砂糖をトントン・カリカリ・・・
こんなにも甘いものが続きます。
香りもオレンジやバラ、キラキラ輝くものも多数、そして、楽の音が続くというこの「人形の国」と「都」という二つの章は、五感に訴え、普遍的な喜びがあるからこそ、バレエ組曲もできたのだと思います。
それに、ハチミツクッキーの村の人が「みんな歯が痛くて困っている」なんて、わかりやすくていいじゃないですか。
一番興味あるのは、マコロンと砂糖漬けの果物だけている門。あまーい。
*「くるみわり人形」(E.T.A.ホフマン ラルフ・マンハイム英語訳 渡辺茂男日本語訳 イラストレーション モーリス・センダック ほるぷ出版)
*「クルミわりとネズミの王さま」(ホフマン作 上田真而子訳 岩波少年文庫)
センダックはモーツァルトを敬愛し、絵の中に時々、忍ばせて描いています。写真の右「まどのむこうのそのまたむこう」に、ピアノを弾いているモーツァルトが。お話には、直接関係ないものの、センダックは、そのシーンになんらかのモーツァルトの楽曲をイメージしているのだと思います。残念ながら、個人的には、絵本を開いても、その音楽のイメージがわきませんが、きっとセンダックと同じ思いで、楽曲が聞こえる人もいるかもしれません。
さて、先月の上京の際、練馬、上野、六本木の美術館巡りの最後は、日比谷のロビーコンサートでした。
企業のメセナ活動の一環ですが、モーツァルトの生家修復から縁のある生命保険会社が、モーツァルト自身のヴァイオリンの修復にも関わり、この度、250年ぶりに修復されたので、そのお披露目のロビーコンサートだったのです。
早めに行って、楽譜の展示や肖像画の展示を見、壁にもたれてリハーサルのいい音を聞いていたのはよかったのですが、もっと早く行った人は座席の整理券をもらっていて、整理券のない我々は、本番1時間は、壁にもたれることなく直立で聴くことに。せっかくの音色も、フォルテピアノという日頃聴くことのない音色も、足が疲れ、腰が痛くなった素人には、余りありがたくなくなって・・・
250年前のモーツァルトに思いを馳せることもできず、一日に4か所のアート探訪は無理ということだけがわかった一日でした。(続く)
*「まどのむこうのそのまたむこう」(センダック作 脇明子訳 福音館)
☆写真左は、修復なったヴァイオリンの写る案内パンフ。
(承前)
偶然出かけた、「[谷口吉郎・谷口吉生]展 金沢が育んだ二人の建築家」(~2014年12月21日)でしたが、親子の建築を比べるいい機会でした。
芸術家の親子やその子孫の家系は、多々ありますが、こうやって、並べていただくと、似てるなぁ、違うなぁ、でも、似てるよね、と楽しめます。
茶目っ気のある作品があるのは、息子氏のほうでしょうか?
あ!ヨット!と本気で思わせたのが、東京都葛西臨海水族館。ヨットの帆に見立てたテント。
ニューヨーク近代美術館(MoMA)の吹き抜けに上から流れる電光掲示板のアルファベットが縦並びというのも、日本人ならではの発想で、面白い。
まだまだ、見てみたいところがあるのに、気づいた展示でした。
で、下世話な蛇足ながら、この展示、500円の入場料でしたが、写真左に写る、立派な図録も、いただけたのです!得した気分。ふふふ。
☆写真左、広げた図録の「豊田市美術館」。中央上絵葉書「資生堂アートハウス」中央下絵葉書「東京国立博物館 法隆寺宝物館」。右は案内紙で、上白黒写真「石川県繊維会館」下カラー写真「ニューヨーク近代美術館」
(承前)
シャガールや「やぎと少年」のシンガー(ノーベル文学賞作家)やセンダックのように、ユリ・シュルヴィッツというアメリカの絵本作家もユダヤ系の人だと思います。この人も、紹介したい絵本が多いのですが、今日のところは、今年、翻訳出版された「ゆうぐれ」 。
「ゆうぐれ(Dusk)」というタイトルではありますが、ちょうど12月頃、今頃の夕暮れの話です。
大きな川まで散歩に行った男の子とおじいさん。沈んでゆく夕日を見て、街に戻ります。街の明かりが次々、灯り始め、光の世界が広がって・・・
クリススシーズンだとは、一言も書いていませんが、街の飾りつけは、ツリーでありサンタさんであり、また、ウィンドーはきらめき・・・と、街に住む子どもたちが街で経験する、クリスマスシーズンのわくわく感が描かれています。
クリスマスというキリスト教祭事の広まりを、宗教が違うからと、受け入れないのではなく、子どもたちにとっては、心ときめくシーズンであるということを受け入れた結果、クリスマスというタイトルを付けることなく、また、クリスマスという言葉を使うことのない絵本が生まれたのだと思います。
この男の子は、もう一冊の美しい絵本「ゆき」でも登場し、おなじみのキャラクターです。そして、「わーい」というところは、「ゆき」でも「光きらめく街」でも同じです。きれいで、きれいで、嬉しくってたまらない。子どもが「わーい」と喜ぶ声、これは、大人への大きな贈り物。
*「ゆうぐれ」(ユリ・シュルヴィッツ さくまゆみこ訳 あすなろ書房)
*「ゆき」(ユリ・シュルヴィッツ さくまゆみこ訳 あすなろ書房)
☆写真は、スイス ニヨン夕暮れ。
(承前)
東京 国立新美術館の「チューリッヒ美術館展」(~2014年12月15日:神戸市立博物館2015年1月31日~5月10日)で、シャガールの「戦争」(写真に写る絵葉書)を見て、娘と二人で話したのは、センダックの「やぎと少年」を思い出すね!ということでした。
とはいうものの、具体的にどのお話ということもないのです。
帰宅し、「やぎと少年」を引っ張り出しても、同じようなシーンも挿絵もありません。雰囲気から感じるものが、ユダヤ系画家・作家という共通点からくる、思い込みだったのでしょうか?
ともあれ、センダックの絵本になかった?
するうち、広げたのが、 「ブルンディバール」でした。
この絵本の紹介文には、≪「ブルンディバール」は、ナチス強制収容所で、子どもたちが演じたチェコのオペラに基づいて作られた絵本で、ユダヤ系アメリカ人のセンダックが、この絵本で初めて正面からユダヤ人の歴史に取り組んだともいえ、子どもたちが力を合わせて悪を追い払う場面の力強さにセンダックが子どもたちに託す希望が読み取れる≫と書かれています。
確かに、センダックの絵本には、ヨーロッパやアメリカNYの匂いこそすれ、ユダヤ系の匂いは隠れがち。その点で、それ以外の本と一線を画しているのかもしれないし、あるいは、それまでのセンダックが使ってきた吹き出しの手法や登場人物を使ったりしている点からみれば、集大成なのかと思ったりします。
ただ、オペラで演じられたものを絵本にするのですから、当然、無理もあり、この絵本自体が、日本の多くの子どもたちが楽しめる絵本なのかという点では、疑問が残ります。
シャガールの「戦争」とセンダックの「ブルンディバール」に流れるユダヤ人迫害の歴史の共通点を見出したものの、「やぎと少年」?・・・・結局、ユダヤの重い歴史が醸し出す「雰囲気」・・・だったのかなと思います。
写真に写る左端の女性たちが嘆き悲しんでいる様子、写真左のシャガールの絵の下、子供を抱く母。
*「やぎと少年」(アイザック・バシェヴィス シンガー文 モーリス・センダック挿絵 工藤幸雄訳 岩波)
*「ブルンディバール」(トニー・クシュナー再話 モーリス・センダック絵 さくまゆみこ訳 徳間書店)
(承前)
東京 国立新美術館の「チューリッヒ美術館展」(~2014年12月15日:神戸市立博物館2015年1月31日~5月10日)の副タイトルは、「印象派からシュルレアリスムまで」とあります。
最後はジャコメッティでした。細すぎる長すぎる肉体を表現して、独特の作品ですが、今回来ていた「ディエゴの大きな頭部」は、平面的な頭部の周りをぐるっとまわったら、ちょうど立体的になる瞬間があって、それが面白くてぐるぐる回ってみました。
ジャコメッティは、10年くらい前に行ったスイスのクール、ビュンドナー美術館に彼の父親の作品と一緒に何点かあって、こんな小さな美術館に・・・と思っていたら、クールで亡くなったらしく、それでか・・・と、妙に納得したことがあります。
それからもう一人、あんまり日本に来ないオーストリアのココシュカのものが5点来ています。この人は、数年前にウィーン ベルヴェデーレ美術館で初めて見た「The Tiger」が衝撃的で記憶に残っていたのですが、今回は、難解な印象がするのは、何故でしょう?精神状態が不安定な時期に描かれたものもあるからでしょうか。(続く)
☆写真は、国立新美術館 六本木方面入口。ツリーみたいに見えませんか?

(承前)
ヴラマンクの絵を見つけられるようになったと思っていたら、大阪 あべのハルカス美術館で、「光と色のドラマ 新印象派展」というのが開催されていて、(~2015年1月12日:東京都美術館2015年1月24日~3月29日)で、遠目にヴラマンク?と思った作品がありました。ドランの「コリウール港の小舟」でした。近くで見るとずいぶん違うものの、題材といい色彩といい雰囲気が似ていました。この絵は、最後のコーナー「エピローグ:フォービズムの誕生へ」にありました。ドランもヴラマンクもフォービズムの括りに所属しています。
それで、同じコーナーには、マティスも二枚。といっても、習作のようにも見える点描画(「日傘の女性」)と小さな風景画(La moulade)。それなのに、新印象派展のポスターやカタログには、【モネ、スーラ、シニャックからマティスまで】と大々的に掲げられています。シニャックの作品は多いものの、モネも3枚、新印象派の起点となったスーラすら、習作含め数点。モネやマティスの知名度に頼ったにしても、ちょっと少ないと思う。
また「新印象派」というネイミングも、印象派の後、新しい手法(点描)で描かれていく光と色ですから、「新印象派展」なのでしょう。が、こりゃあ、「点描画展」と言った方がいいのでは?それとも、「印象派」という言葉を外した「点描画展」というタイトルだと、人が来ない?
確かにモネやモリゾもピサロもありましたから、印象派の流れの中で生まれたスーラの作品であり、その継承者シニャックだということがよくわかりました。そんな中でスーラの描き方がパリにとどまらず広がり支持され、その最後にフォービズムという流れ、という背景も理解できました。
が、しかし、せめて、スーラの作品はもっと多いのがいいなぁ。せめて、ロンドン、コートールド美術館にあるスーラの「白粉をはたく若い女」と今回のポスターにもなっているシニャックの「髪を結う女(作品227)」を並べてもらったら面白かったのに・・・
☆写真左、「新印象派展」案内紙のシニャックの「髪を結う女(作品227)」中央下は、シニャック「オン・フルールの港口」の絵葉書。右は、ロンドン コートールド美術館の図録、スーラの「Young Woman Powderling Herself(「白粉をはたく若い女」)「新印象派展」には来ていません。念のため。
(承前)
「ホドラー展」も、東京 国立新美術館の「チューリッヒ美術館展」(~2014年12月15日:神戸市立博物館2015年1月31日~5月10日)も、スイス国交樹立150周年に関係しているようです。
「チューリッヒ美術館展」には、ホドラーも何点かあるものの、モネ、ゴッホ、ムンク、シャガール、ピカソ、クレー、ジャコメッティなどなど、有名どころの作品が来ていて、各々の作品を少しずつ見ることができるお楽しみがあります。それに、ヴァロットンやココシュカまでも!
個人的には、混雑している「チューリッヒ美術館展」より、すいていた「ホドラー展」、浅く広く展示している「チューリッヒ美術館展」より深く掘り下げた感のある「ホドラー展」がよかった。
とはいえ、先に「チューリッヒ展」に行ってきた友人が、いろんな画家たちの展示の中からホドラーに着目し、絵葉書を送ってくれたのは、ホドラーに行こうと思っていた私には嬉しいもので、しかも、どちらの会場にも、角度を変えて見ているレマン湖の絵、絵にも描けないレマン湖の絵があったのも、楽しいことでした。
そして、「チューリッヒ美術館展」でのヴラマンク!の船遊びの絵には心惹かれ、絵にも描けないはずのレマン湖を思い出しました。それに、数ある展示絵画の中からヴラマンクを見つけ出せるようになったのも、ちょっと嬉しい。(続く)
☆写真はヴラマンクの絵葉書「シャトゥーの船遊び」、画面には、レマン湖。
(承前)
「ホドラー展」に何枚かあったレマン湖の絵は、スイス レマン湖に思い入れの深い母娘には、なんだか違う湖のようで、納得いかない気持ちでした。
レマン湖に行ったとき、レマン湖は絵にも描けない美しさで、我々を迎えてくれました。だから、抽象化されたレマン湖の絵に心が動かなかったのかもしれません。
とはいえ、この「ホドラー展」を開催している国立西洋美術館館長が新聞に寄せた文には、こんな風に書かれておりました。≪・・・8月の終わりにジュネーヴからチューリッヒに列車で移動する機会があった。現在勤務する国立西洋美術館で、間もなくフェルディナント・ホドラーというスイス人画家の展覧会が始まる予定であったことは認識していたが、レマン湖のほとりを朝移動していて、車窓からまさに彼が描いたそのまんまの景色を見ることになるとは、予想していなかった。湖の向こう側に柔らかい青の山並みがゆったり続き、宣伝のチラシに載っている湖と雲を浮かべた薄青色の景色が突然目の前に現れたのである。 詳細に比較すれば、細部や色彩が多少違っていたかもしれないが、チラシの風景画の印象があまりに強かったので、完全に絵を通して風景を見るという経験をした。…≫(日経2014・11・29夕刊「自然が芸術を模倣する」)
ふーん。チラシねぇ・・・(続く)
☆写真手前の絵葉書は「白鳥のいるレマン湖とモンブラン」です。ホドラー最晩年の作品で、窓から見た風景を描いたようです。画面の写真も同じくレマン湖。時刻は同じ頃だと思います。夜が明け染める。
(承前)
「 ホドラー展」には、「変幻するアルプスー風景の抽象化」というコーナーがありました。そこで、上の写真の手前の絵葉書「ミューレンから見たユングフラウ山」を見た時、あ!あそこだ!と、すぐにわかりました。
ミューレンという崖っぷちの集落からユングフラウを望む場所です。
ユングフラウの手前に、黒々とそびえたつ山が、ユングフラウに立ちはだかる印象的な場所です。立ちはだかるという表現を使うのは、アイガー、メンヒ、ユングフラウと山々が白く美しく連なるのを、ミューレンから見ると、この黒々とした山が、向うの頂を隠すようにそびえているからです。実際、絵葉書の後ろ、画面に写る写真でも、アイガー、メンヒはしっかり写っていますが、ユングフラウは隠れ気味。この写真の場所から、もう少し下に降りたところからホドラーは描いたのではないかと思うものの、あんまり下ると、今度はユングフラウの頂が見えなくなってしまうので、あの辺りかな?と想像するのも楽しい。
また、もしかしたら、この山の位置は、完全に正確ではないかもしれません。しかしながら、この風景画には、美しい風景がそこに在るだけでなく、その山に在る「力」を感じることができるのです。単に写し取っただけではない風景から感じるもの。それが、風景の抽象化ということでしょうか?(続く)
11月の3連休初日、お天気上々の昼下がり、東京 上野の国立西洋美術館「ホドラー展」(~2015年1月12日:兵庫県立美術館2015年1月24日~4月5日)は、混雑していませんでした。日本での知名度の問題か、あるいは、印象派ではないからか、ま、とにかく、見やすくてよかった。
といっても、ホドラーのことはよく知りませんでした。上野でやるくらいだから、きっと規模も大きいものだろう、スイス国交樹立150周年記念というからには、さぞやというような動機でした。もちろん、なかなか見ることのできない機会。結論的には、見てよかった!
スイス ベルン生まれのホドラーは、全体として、陽性の画家でないことがわかります。
ホドラーの描くスイスの風景画は、抽象化され、崇高な空気の漂う風景画さえあります。しかしながら、特に心惹かれたのは、その人物画。人の力強さ。その内面をも感じれるような表情や手足の動き。静止している絵なのに、今にも動き出しそう、動いている途上。連続した人々の流れ。そこにあるのは、静かな躍動感。マチスのダンスを見たときと同じような気持ちになりました。自分も自由に身体を動かしたい。今ここで。(続く)
☆写真上、真ん中の女性の絵は、六本木の国立新美術館で、同じくスイスの「チューリッヒ美術館展」(~2014年12月15日:神戸市立博物館 2015年1月31日~5月10日)が開催され、そこにもホドラーが6点来ていて、その一枚。右は、「ホドラー展」の「悦ばしき女」左は「恍惚とした女」。
写真下は、館内唯一撮影許可のあるホドラー展幕、絵は「感情Ⅲ」 
(承前)
東京 練馬区立美術館「見つめて、シェイクスピア—美しき装丁本と絵で見る愛の世界—」(~2014年11月30日:滋賀県立美術館2015年2月7日~4月5日)には、ウォルター・クレインの挿絵もたくさんありました。
その中でも、今、手に取れるのは、ペーパーバックの「シェイクスピアの花園」(シェイクスピア劇より ウォルター・クレイン画 マール社)(写真中央)。1906年の原本からの印刷。
この本の最初のページに【ワーウィック公爵夫人に捧げる 夫人の美しいイートン・ロッジのイングリッシュ・ガーデンで、この本のイマジネーションあふれる構想が生まれたことに、感謝をこめて】とあります。クレインが、美しい庭を鑑賞し、シェイクスピアの戯曲のイメージと重ね合わせ、ふくらませ、こんなにきれいな本ができたということです。
また、スイスのクライドルフの擬人化された花々も美しいのですが、英国のクレインの擬人化された花々も美しい。片や、アルプスの花々、片や、英国庭園の花々。
☆写真右、バラの精の絵葉書のキャプションは、≪幼子のくちびるは4つの赤いバラ、一本の木に花ひらきいまをさかりと、夏のせつなにくちづけを 「リチャード三世」第四幕 第三場 暗殺者≫(「シェイクスピアの花園」マール社)。写真左の絵葉書は、同じくクレインの描くシェイクスピア「テンペスト」。
東京は、どこまで行っても、何時になっても、人が多いなぁと、上京する度、思います。
東京 練馬区立美術館で「見つめて、シェイクスピア展ー美しき装丁本と絵で見る愛の世界」(~2014年11月30日:滋賀県立美術館2015年2月7日~4月5日)が開催されていたので、行ってみました。結構、都心から遠い。高層ビルも見えません。練馬大根って、今も特産品なんですよね?
シェイクスピアをテーマにした、イギリス国際製本装丁コンペティションの入賞作品の展示部分と、シェイクスピア作品の挿絵や絵画の展示部分に分かれていました。
コンペティション作品は、表紙のデザインや技量から、中身をイメージできるようなものも多く、シェイクスピア生誕450年とはいえ、もしかして、シェイクスピアは新しいのでは?と思えるものもあって、文学と工芸の接点が楽しかったです。
シャガールのリトグラフ版画本の「テンペスト」、ドラクロアの版画本「ハムレット」は、お話を追って楽しめました。そして、アーサー・ラッカムやウォルター・クレインの挿絵も。
写真左、絵ハガキのアーサー・ラッカム「夏の夜の夢」(1939年)は、限定本の「真夏の夜の夢」です。
1908年、ラッカムが初めに描いたのは、写真右に写る新書館の方です。この絵のキャプションは、≪あれは、天使かしら?花の寝台から私を起こすのは?≫と、目覚めたティターニアが、妖精パックに頭をロバに替えられたボトムを見つけたところ。限定本のロバ顔の困惑した表情もいいし、初めに描いた方の、ティターニアが全身で勘違いしているのもいい。(続く)
*「真夏の夜の夢」(W.シェイクスピア原作 アーサー・ラッカム絵 伊東杏里訳 新書館)
車を処分したときに、一番気になったのは、クリスマスの絵本のことです。
毎年、毎年、25年余、11月下旬から12月初旬までに車に積み込み、各所で、楽しんできました。
今や、クリスマスの絵本だけで300冊以上あるのに、今年から運べない・・・
・・・・とはいえ、欲張らず、できる範囲で楽しもうということにし、加えて、みなさんのお力添えとご理解もあって、今年も終了。
車で運搬していた時は、山越えをしていたものですから、紅葉の季節と重なり、眼福の運転でもありました。
「今年からは、山を越えられない」と、少々寂しく、電車に乗り込みましたら、おお、向うに見える山々、線路沿い、家々の庭さき・・・、点在する紅葉・黄葉を楽しみました。
今秋は、紅葉の頃に大風も吹かず、いろんな木々の紅葉時期が重なりました。それに、茶色になった葉もゆっくりしていたのか、いつもより、彩りに深みが出て、山々の錦が美しい。山が見える席に座って、本に目を落とさず、居眠りも忘れ、車窓から過ぎゆく秋を楽しみました。
さて、あんなに美しく色づいた木々の葉も、冷たい雨が降り、風が吹いて終わります。
☆写真は、どちらも大山崎山荘。

お天気上々の日曜日、いつもと違う散歩コースに出かけたら、ああ、あの匂い。
そう、桂の匂い。どこどこ?大山崎山荘の桂のように大きくなくても、いい匂い。
道沿いには、散り行くソメイヨシノの赤い葉と、冬の小さな桜の花(十月桜?)が、
日差しを浴びて、向かい合い、ひそひそ話をしているようでした。 