みんなみすべくきたすべく

ケルトの白馬

ホワイトホースj
(承前)
≪高くそびえる丘の要塞を離れると、右手になだらかな土地が広がる。丘の下のほうでは、麦が栽培されており、刈入れをひかえて、麦の穂が銀色に光っている。そのはるか向こうの低地には、うっすらと青い森が見える。左手は北の方角にあたり、森が近い。人がすっぽりかくれるほど高くのびた草がびっしりとはえていて、近づくと呑み込まれてしまいそうだ。太陽が空高く輝き、ひばりの声が聞えるなか、戦車は白い丘の稜線をひたすら走った。≫(「ケルトの白馬」ローズマリー・サトクリフ作 灰島かり訳 ほるぷ出版)

 下の写真に撮り切れていませんが、この辺りの稜線は、ゆるやかに延々と続き、本当に美しいものです。
 そんな中、選ばれたこの斜面。テムズの恵みを受けた谷合いの土地が見渡せるこの地にこそ、白い馬は描かれたのだとわかります。
 サトクリフは、この鉄器時代の遺物***から、大いなるイメージを広げました。もしかしたら、そうだったかもしれないと思わせる面白さ。ローズマリー・サトクリフ(1920~1992)の作品は、何度読んでも新しい発見があり、新鮮なワクワク感は、いつも同じです。(続く)

*「ケルトの白馬」(ローズマリ・サトクリフ作 灰島かり訳 ほるぷ出版)
*「ケルトの白馬/ケルトのローマの息子」(ローズマリ・サトクリフ作 灰島かり訳 ちくま文庫

***サトクリフが、この「ケルトの白馬」を書いたのは1977年ですが、1995年には、最新技術により、この「白馬」が、鉄器時代よりもっと古い青銅時代のものではないかと判明したようです。そのことをサトクリフが知っていたら、また違った話ができていたのかと思うと、それも楽しい。
               ぽにーj

PageTop

White Horse Country

 白馬j
(承前) 
  ローズマリ・サトクリフの「ケルトの白馬」の始まりはこうです。
≪このあたりの丘は、高く低くゆるやかにうねって、どこまでも続いている。その丘のうねりのいちばん高いところに…≫

 ああ、 ずいぶん離れたところから、「白馬」を見たものです。
 歩いて丘に登りもっと近くに寄るという方法もあったのですが、カ・リ・リ・ロほど熱く「ケルトの白馬」が見たいわけではない連れと一緒ですから、これでも十分です。

 しかも、ファリンドンのインフォメーションの女性に、「白馬を全部みたいならヘリコプターね。歩くのに自信があるなら、この道伝いに西に行けば、ずっと白馬が見られる」と教えてもらった道を、歩きました。途中で写真を撮り、お屋敷の門のところで、一体お屋敷はどこ?と、キョロキョロしたり、熟したアプリコットを拾ったりしながら、2時間以上かけて歩きました。白馬の村アフィントン村(Uffington)まで、まだ2マイル以上はありましたが、歩いたのもすでに5マイルはあったでしょう。
 実は、先日UPしたファリンドンのフォリータワーのある丘から見た風景に白馬が写っています。つまり、この辺りは、牧草地であり、畑であるので、尾根に描かれた白馬は、遠くからでも、人々に見えるというわけなのです。そして、この地域は、「White Horse Country」と呼ばれています。

 初めは、小さくしか見えない白馬に、「ちいさっ!」とか「ああ、もっと近づきたい」などと思っていましたが、インフォメーションで紹介してもらった道は、いつもいつも白馬が見え、いつもいつも白馬が見てくれていました。というわけで、結果的には、「白馬」の白い線だけを見るより、「ケルトの白馬」の舞台の広がりと雰囲気を体感できたような気がしています。

 さて、帰りも同じだけ歩くのかと、少々げんなりしていたら、本数の少ないファリンドン行きのバスに偶然乗り合わすことができました。
 バスに乗って、白馬が見えない角度になると、少々気になり、ましてや、オックスフォードに向かう帰りのバスで、どんどん「White Horse Country」から離れて行くときは、センチメンタルな気分に。

≪険しい谷や突きでた丘のあいだで、道がみえかくれしている。谷を越えると、古の馬追い道に出る。それを北に向かってたどっていく。どこかで、彼らは振り返るだろう。ルブリンにはよくわかっていた。そして山肌のあの偉大な白馬を見るだろう。一度でいい。あとは振り返ることなく、北を指して進むがいい。山と海と湖に囲まれた遠くの輝く土地をめざして。≫(続く)
*「ケルトの白馬」(ローズマリ・サトクリフ作 灰島かり訳 ほるぷ出版)
*「ケルトの白馬/ケルトのローマの息子」(ローズマリ・サトクリフ作 灰島かり訳 ちくま文庫)
☆写真は、Fernham村 からLongcot村に続く道で撮りました。 

アフィントンまで遠いj

PageTop

白い馬

     ホワイトホースカントリー馬jj
 ローズマリー・サトクリフは「ケルトの白馬」のはじめに、こんなことを書いています。
≪イギリスの緑なす丘陵地帯には、地肌の白い土を露出させて描いた巨大な白馬の地上絵がいつくもあります。その多くは期待されるほど古いものではなく、十八世紀か、もしくは十九世紀に描かれたものです。しかしバークシャー丘陵地帯のアフィントンにある白馬だけは、はるかに時を隔てた古代の遺跡にほかなりません。・・・(中略)・・・他の白馬が静止しており、優雅な姿をしていることはあっても命の輝きを持たないのに比べて、アフィントンの白馬は生きて動いています。その姿は、力強く美しく、奇跡のようです。これほど魅力的なものには、背景に何か物語があったに違いないと・・・・・≫
 
  今回の白馬訪問は、アフィントン村の丘に描かれた白馬の近くに行ったわけではありません。近すぎると、ただの白い線でしかなく、「白馬」ということがわからないといいます。離れてこそわかる白馬。しかも、固定観念に縛られた目だと、すぐに、それが馬だと思えないような流動的な姿。

 白馬を丘に書いたといっても、地面を掘り、そこに白い土(石灰)を入れ、風雨にたえるように作られたようです。そして、現代では、ナショナルトラストの管理下に入り、毎年新しい石灰(砕石)を表面に敷き、ハンマーで固め、周囲の雑草を抜き、壕の緑の芝草を切りそろえる作業をし、維持管理保護されているようです。(参考:「イギリスの丘絵を紹介する本」黒田千世子著 講談社出版サービスセンター)

  「ケルトの白馬」の主人公、ルブリンは、生まれて初めてみた馬の大移動の群れの中に一頭の白い馬を見ます。そして、のちにルブリンは、丘に「白馬」を書くことになります。  
≪馬の群れのなかから、一頭がするすると前に出た。たてがみと尾を風になびかせ、白い姿が黒雲の中に浮かびあがった。草の下の白亜の土より白く、さんざしの花よりもなお白い。・・・・突然、稲妻が黒雲を割って炎の舌を出し、地上をひとなめした。その一瞬、稲光に照らされた白馬は、馬の形をした白い炎となった。そしてこの白い炎が、族長の末息子の心の内側を焦がした。焼き印を当てて子馬に印をつけるように、この白い馬の姿はルブリンの心に永遠に焼きつけられた。≫(続く)

*「ケルトの白馬」(ローズマリ・サトクリフ作 灰島かり訳 ほるぷ出版)
*「ケルトの白馬/ケルトのローマの息子」(ローズマリ・サトクリフ作 灰島かり訳 ちくま文庫)
☆写真上は、英国White Hourse Countryの馬たち。下は、その近くにあった干し草。

干し草j

PageTop

金木犀

                       水に映るj
 昨年は10月25日に例年より遅い金木犀のことを書きました。
 そしたら、なんと、今年は、昨年より一か月早く、例年よりも1週間程度早く香ってきました。
 うーん、いい匂い。
 後ろから追いかけてくる。
 前から包み込んでくる。
 清々しい朝。

 あんなに暑かった昨年の夏、一気に涼しくなった今年の夏。
驚くような天候の日が増え、不穏な世界情勢が現実にあり、地球の上がバタバタしています。
 が、金木犀に、癒される初秋。

 公園の池のカモの子どもたちも飛んでいったようで(2週連続でいなかった・・・)、少々寂しく思っていたら、川には、おしゃれなアオサギさんご夫婦がいましたよ。
              
                    あっぷj

PageTop

6ペンスの唄をうたおう

    ぱいからつぐみj
 (承前)
 ファリンドンの案内にマザーグースの「Sing a Song of Sixpence」の絵が載っていました。
 どうも、この町の有力者の息子で、桂冠詩人のヘンリー・ジェイムズ・パイ(Henry James Pye 1745-1813)という人のことと食べ物のパイPieを洒落たのが発端のようでした。

 もちろん、この歌は、シェイクスピアの時代でも使われたようだし、貴族たちの晩餐の席で、客人を驚かすに事欠いて、パイにいろんなものを包んだというエピソードさえあるくらいですから、ファリンドンのものは、元歌ではありませんが、町のパブで食べた、ステーキのパイ包みというのも(珍しく)おいしく、パン屋さんじゃなく、パイ屋さん、そして、民家のドアの上には、パイからクロウタドリが出てくる装飾までありましたから、パイとファリンドンの町は仲良しなのだとわかりました。

≪Sing a song of sixpence,
A pocket full of rye.
Four and twenty blackbirds,
Baked in a pie.
 6ペンスで唄をうたおう
 ポケットいっぱいのライ麦
 20と4羽のクロウタドリ 
 焼いてパイにして・・・・・・・・≫(吉田新一訳 「コールデコットの絵本―全16冊内容解説」 福音館)

 これが、ファリンドンの桂冠詩人Pyeを洒落て、
≪Sing a Song of Sixpence,
 A bag full of Rye,
 Four and twenty Naughty Boys,
 Baked in a Pye.≫
(「白い馬」に続く)

            パイj
       パイ包みj

PageTop

ファリンドンの町

                  ファリンドンj
 ウォーキングは、テムズ川フットパスウォーキングだけではありませんでした。
 夫が「テムズロックに行きたい」と言ったとき、じゃあ、私はと、提案した場所がありました。
 そこは、オックスフォードから少々遠く、タクシーに乗るとかなりの出費。ということで、バスで、可能な限り近づき、その町から遠くから眺めるという方法を取りました。

 バスが着いた町は、コッツウォルズの東南隅といった場所に位置し、テムズの谷合いの町ファリンドンです。
 実は、かつて、多分、前回のケルムスコットマナーとバスコットパーク訪問の時に、何気に取ってきていた無料の市内観光案内を、後生大事に持っていたのですが、それが、この小さな町のものでした。

 オックスフォードからバスで40分。
 二階建てバスの二階の最前列。
 なかなかいい眺めです。

 小さな町ですが、歴史もあり、またユニークな建物もあって、簡単に一周できる規模の町でした。
 ユニークな建物というのがこれ町はずれのFolly Hillに建てられたFolly(ばかげた)Tower。お住まいだったようですが、今は、限られた日に登れるようです。ここからの景色は,東はオックスフォード、北と西はコッツウォルズの丘陵地帯、南はリッジウェイといわれる稜線が、ぐるっと一望できます。町の人の憩いの場でもあるようです。(続く)
             follyj.jpg
みまわせばj 

PageTop

ガーゴイル(その2)

ケルムスコットあまといj
(承前)
 ガーゴイルが、もともとは雨水排出口出身の彫刻なのは、機能重視とはいえ、ケルムスコットマナーの無骨な雨水排出口(上の写真:壁から突き出た雨樋)を見ると、ちょっと飾りたくもなる気持ちがわかります。
 次は、スイス、ザンクトガレンのものです。彫刻ではなく、金物細工です。
                          ザンクトガレン2j
 次のは、同じくスイス ベルン。
ベルンあまといj
 最後は、パリ ノートルダム寺院
 少しですが、こうやって見ていると、オックスフォードのガーゴイルがちょっとユーモラスなものだとわかります。ちょっと可笑しいものは、宗教的なものではなく、大学だからでしょうか。
ノートルダムj

PageTop

ガーゴイル(その1)

                         がーごいるj
 ガーゴイルは、もともと、彫刻を施した雨の排水口のことを指すらしいのですが、オックスフォードの建物には、雨水排水口と関係なく、愉快なガーゴイル様のものがたくさんついています。古そうなものもありますが、ん?でもこれは?ずいぶん新しいんじゃないかい?
 イングリッシュブレックファーストには、つきものの、イングリッシュマッシュルームを口にする男性。うーん、キノコの研究者なのでしょうか?
                 マッシュルームj
 次の人も魔除けというより、だれ?と思いたくなる男性ですね。
         dareJ.jpg
 他にも新旧不明ながら、たくさんのガーゴイルが・・・
ならんでガーゴイルjj
ガーゴイルj
 最後の一枚は、ガーゴイルではありませんが、ホテルの暖炉右隅に彫られたひょうきんな顔つきのライオン。左隅のライオンは、真面目な顔でした。(続く)
暖炉j

PageTop

アッシュモレアン美術館

アッシュモレアンj
  以前、京都清水三年坂美術館の「刺繍絵画」展を見に行ったとき、図録を買おうとしたら、日本語の図録の用意はなく、先に、英国オックスフォードアッシュモレアン美術館であった「Threads of Silk and Gold ---Oramental Textiles from Meij JAPAN」という図録しか売られていませんでした。
 当時、まだ娘が英国に滞在していましたから、買ってきてもらおうなどと考え、京都では買って帰りませんでした。が、娘に連絡すると、「その少し前にオックスフォードに行ったので、もう行かない」・・・で、結局、幻の図録となっていました。
 
 で、今回、オックスフォード、アッシュモレアン美術館に寄ったので、ついに、その刺繍絵画展図録(Threads of Silk and Gold ---Oramental Textiles from Meij JAPAN)を、重いのに、円安で高いのに、購入しました。それが、写真右上に写る孔雀です(裏表紙)。が、この孔雀、どこかで見たでしょう?そう、先日の「超絶技巧! 明治工芸の粋」展(三井記念美術館)にUPした写真左のクジャクと同じ作品の右端に刺されたものなのです。(これは、京都千總所蔵のもの。)
 
 ただ、アッシュモレアン美術館の「Japan」の美術工芸品辺りを探しても、ほんの少しの七宝があるだけで、所蔵していると思われる「明治刺繍絵画」は見当たりませんでした。うーん、残念。アッシュモレアン美術館は、大英博物館やロンドンナショナルギャラリー、ビクトリア&アルバート美術館なんかに比べて、ずいぶん小さいので、所蔵品のすべてが展示されるわけではないのでしょう。狭いところに展示品がごちゃごちゃ展示されている印象が否めませんでした。
 
 その代わりといえるかどうか、「English Embroideries(英国刺繍)」展という小さな有料展覧会を見ました。写真では、孔雀以外の3点がそうです。左上が、英国刺繍展に関連した図録、左下が17世紀初頭の「貴婦人の帽子(Lady's cap)。右下が、17世紀半ばの刺繍絵画「田園生活の風景(A Pastoral Scene)」です。
 保存されてきた17世紀のもの。歴史的価値は大いにあります。が、しかし・・手先の器用な人が時間をかけたら、できそうな作品たちを見ていると、Meiji Japanの超絶技巧の方を見たかったなぁ…。もちろん、Meiji Japanを、もっと世界に見てほしかったなぁ・・・・
            刺繍j

PageTop

ブライヤーローズ

ブライアローズ台所j
バスコットパークから続き (承前) 
 昨年、神戸のバーン=ジョーンズ展に行ったとき、まさか、今年、ファリンドンコレクションの「ブライヤーローズ」に会えるとは思いもしませんでした。
 ここの絵画などのコレクションには、バーン=ジョーンズだけでなく、ロセッティ、レンブラント、ゲインズボローなどなど、これって、ここにあったの?という感じのするコレクションです。美術館ではありませんからね。

 さて、このブライヤーローズは、以前にも書いたように、4枚の連作「ねむり姫」が噴水のある庭に面したサロンという明るい部屋の壁に掛けられているのですが、その絵とその絵の間にも、バーン・ジョーンズがイバラや部屋のつなぎを描き足し、部屋全体が眠りの城と化しています。つまり、その部屋の壁一面が作品ということになり、門外不出の作品群となっているのです。

☆写真上は、バーン=ジョーンズの連作「The Legend of Briar Rose」のうちの「A Stone Kitchen overgrown with Briars」のカードの後ろに、4枚の「The Legend of Briar Rose」が連なるカード。
写真下は、「The Legend of Briar Rose」の最後の一枚「The Rose Bower」。 額の下の文字は、ウィリアム・モリスの詩「ブライヤーローズのために」の最終連。
「ここに 横たわりしは あらゆる宝の鍵、
  隠されし 恋人。
来たれ 運命(さだめ)られし者、
  この贈り物を取らんと、
眠りの世界を打ち破らんと。」(拙訳)
                           
                       ねむりひめj 

PageTop

どちらも棘があります

ロンドンチューブj
 8月の訪英報告は、まだまだ!?しつこく続くのですが、スコットランド独立投票は、他人事とは思えないなどと、勝手に注目していました。
 とりあえず、独立しなかったものの、今後、過激な遺恨を残しませんように。
 
 英国の歴史――民族問題・宗教問題と国家建設を同位置においては、なかなかうまくいかなかった歴史、そんな問題を抱えたまま豊かになってきた歴史、を振り返れば、ナショナリズムとは難しい・・・
 時を経ると、綯い交ぜになることもあるし、そうやって、人類は進んできたし。かつてのアイルランドの独立や、北アイルランド問題のように、あるいは、古くは、ケルトやピクトやローマやデーンやノルマンや・・・・征服され、征服し・・・うーん。

 ローズマリー・サトクリフの歴史小説のおかげで、大学受験の時には間に合わなかった英国の歴史が、少しは身近に感じられているぞ。そういえば、以前、エジンバラ近郊に行ったのも、ローズマリー・サトクリフの「辺境のオオカミ」 (猪熊葉子訳 岩波)探訪でした。さすがのローマもあそこまで行くのがやっとのこと。あれより北は無理だったのですからね。なかなかしぶとい。誇り高き北の人々。

☆写真上は、ロンドン地下鉄パディントン駅構内広告。サッカー イングランド1部~4部リーグ92のユニフォームらしい。下はイングランド テムズ河畔に咲くスコットランドの国花アザミ。イングランドの国花はバラ。どちらも棘があります。

        アザミj

PageTop

バスコットパーク再訪

 ケルムスコットマナーにほど近い(と、言っても川を泳いだら早いけど、橋がないので、ぐるーっと結構遠い)、バスコットパークにも以前、連れてきてもらったことがあるのですが、ここも開館日程がすごく限られていて、その時は、お庭の全貌を見る時間がありませんでした。 

 門からチケット売り場まで、歩くと結構な距離。
 ここに続く二枚の写真は、門からチケット売り場までのエントランスとその左脇にある池で、いわば、まだ有料地域ではありません。
         エントランスj
エントランス横j
 ここは、ナショナルトラストの管轄ですが、お屋敷は、ご家族が現在もお使いのようです。室内の絵画や調度のコレクションが半端なく、個人のコレクションとはいえ、全貌を見るには、少々の時間を必要とします。
 バスコットパークやしきj
 チケット売り場からは、手入れの行き届いたウォールガーデン(Four Seasons Walled Garden)を通り、放射線状に向こうまで続く庭を横目で見ながら、屋敷に到達するのです。
 次の二枚は、屋敷側からの一枚と、向う側から屋敷の方を撮った同じ道。
          庭1j
          庭1bj
  次なる道は、池まで続いています。この池はBig Lakeといい、最後4枚の写真には、どれも写っています。ちなみに、有料地域に入る前の前庭の池(上から二番目の写真)はLittle Lake。
 ま、ともかく、果てしなく広がる庭。
 この他、庭には、たくさんの像があって、それを次々見る楽しみもありますが、ここの一番の楽しみは、例の絵画が待つお屋敷の中です。(続く)
          
               庭2j
             庭3j
             庭5池j
        庭4j

PageTop

ベッドに贈られた詩

       カードj
(承前)
 ケルムスコットマナーの建物の中には、たくさんの刺繍や絵画が飾られています。
 中でも、ウィリアム・モリスの寝室の天蓋付ベッドの天蓋飾りは、ウィリアム・モリスの詩が娘のメイ・モリスによってデザインされ、刺繍されたものです。
≪丘陵に 風が吹き
 草地や丘を 巡る
 夜は 寒く
 テムズの流れは 冷たい
 されど
 優しく 愛しい
 この 古い家
 厳しい冬の ただ中も
 心の中は 暖かい。

 安らぎ、休み、休息する。
 ・・・・・・・・・(中略)・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 よきにつけ あしきにつけ
 一番なのは 休息すること。≫(拙訳)
 
 こんな詩をもらって幸せなベッドだこと。
 ただ、この詩がウィリアム・モリスによって、1891年に書かれたこと、ダンテ・ガブリエル・ロセッティが、1874年に出て行ったことを考えると、長い夫婦生活、いろいろあるんですね。
 (写真右下に写るのは、ケルムスコットマナーの案内書裏表紙ですが、そのKey Datesには、こう書いてあります。1874 Rossetti departs ,never to return)

☆写真上の右端に写る「ヤナギの枝 Willow Bough」パターンは、1997年京都近代美術館での「ウィリアム・モリス展」の図録を広げたところ、写真左が、ケルムスコットマナーのお土産屋さんで買ったカードで上記の詩が全部書かれています。
 右が案内書の裏表紙で、1904年に描かれたMarie Spartali Stillmanの「ケルムスコットの裏庭」という絵。(まだ、下の写真のようにツタが家に絡まっていません)部屋に飾ってありました。この女性画家は、バーン=ジョーンズやロセッティなどのモデルも務め、とても綺麗な人だったようです。 詩人、ウィリアム・アリンガムの奥さんの「ヘレン・アリンガムの絵ですか?」と間違えて聞いてしまいました。似てる・・・
 写真下は、ケルムスコットマナーの裏庭です。
  ケルムスコットマナー裏j

PageTop

モリスの植物

(承前)
 ケルムスコットマナーは小さな屋敷ですので、入場者制限があると知り、朝一番で着きました。(開館日も、かなり限られています)
 まだ、開館時間には早いので、お庭をうろうろ。
 あ~、この小さなイチゴ!モリスのテキスタイルパターンで有名なイ「チゴ泥棒(Strawberry Thief)」のイチゴじゃないの!
        イチゴj
あ~、この大きなマルベリーの木、「ケルムスコットの木(KELMSCOTT TREE)」パターンのあれじゃないの?こんもり丸いし。(写真下は、マルベリーの実、まだ赤いので酸っぱい。桑の実のことです)
        裏庭マルベリーj
                     マルベリー実j
 有名な「ヤナギの枝(Willow Bough)」のパターンは、テムズ沿いならどこでも見かけるヤナギとはいえ、この庭のお土産屋の裏、駐車場になっているところにある大きなヤナギ、これがモデルに違いない。(続く)

ヤナギj
                   

PageTop

ケルムスコットマナー再訪

ケルムスコットマナーj
 もうずいぶん前、ケルムスコットマナーに連れてきてもらったとき、確か、ここで絵を描いたダンテ・ガブリエル・ロセッティの使いかけのパレットと絵筆があった記憶があり、生々しい生活が感じられたものです。
 が、今回訪問すると、屋根裏もきれいに整備され、というか、内装がリフォームされていました。
 小さな展示室まであって、ウィリアム・モリスの妻ジェインの写真展が開催されていました。

 今や、マナーハウス全体が、生々しい感じというより、召使がいて、ジェインという奥様がいて子どもたちも居て、ウィリアム・モリスという才能ある主人が、ここに居たというごく健全な田園での生活感の空気が優っていました。
 もちろん、ダンテ・ガブリエル・ロセッティの描いた絵も飾られていますから、彼の匂いが払拭されたわけではありませんが、歴史に残る、三角関係の空気は以前訪れたときより薄かったように思います。
 が、窓から見える風景は、前と同じ。樹木と花の多い庭。向こうは、テムズ川。(続く)
☆写真は、英国オックスフォードシャー ケルムスコットマナー 正面と裏手

                マナー裏j

PageTop

フットパスウォーキング(おまけ)

郵便屋さんj
 テムズ川フットパスウォーキングのとき、対岸に、写真のような郵便屋さんを複数見かけました。
 車が入れないような狭い道、オートバイなら入れるはずですが、こんなかわいい運搬車で郵便を運んでいます。草地のフットパスも横切っていましたから、この方法が、環境に優しい。

 幼い子と楽しむ絵本 「ゆうびんやのくまさん」(フィービとセルビ・ウォージントン作・絵 まさきるりこ訳 福音館)を思い出します。
 くまさんは「手押し車」を使ったり、徒歩で各家に配ったり。やっぱり環境に優しい。

≪ゆうびんを ぜんぶ くばってしまうと、つぎに くまさんは、まちかどの ゆうびんポストを あけて、なかの てがみを、みんな かばんに いれました。≫というページの絵のポストは、上から下まで開くドアのようなつくりになっています。(下の写真)

 で、けっこうレアなポストをオックスフォードで見つけました。(写真左)エドワード7世時代のもので、この王様は在位が1901年から1910年という短さ!王冠マークの下にE VII R とあります。R は、ラテン語で はKingを表す"Rex" の頭文字で、エドワード七世王。
 また、Rは、Queenを表すラテン語の "Regina" の頭文字で、EⅡRは、エリザベス二世女王(写真右)・・・とのこと。ふーん。
   
   エドワード7世j     エリザベスⅡj

PageTop

フットパスウォーキング(その6)

 ケルムスコットテムズj
 (承前)
 また、別の日には、オックスフォードから少し離れ、さらに上流のフットパスも歩きました。

 ケルムスコットマナーというウィリアム・モリスの別荘のそばを流れる、テムズ川も、かなりの上流です。もう少し先まで行くと、船の航行は不能になるようですが、まだ、ケルムスコット辺りは、十分な川幅。フットパス表示もちゃんとあります。

 遠くに教会の尖塔が見えることもなく、ただ、川と牧草地の田園風景。
 タクシーの約束があったので、1時間で引き返しましたが、向うから来たのは、父親と青年、犬連れの紳士のみ。それに、川にはカヤック2艘に乗った親子と、水を飲む牛たち。
                    上流牛j
 平和でのどかな空間でした。
 今までに、ロンドンを流れるテムズ、ロンドン郊外のテムズ、マーローとその近隣のテムズに行ったことがあります。そして、今回は、オックスフォード郊外のテムズ、かなり上流のテムズと、歩いてみました。
 それぞれの顔を持ちながら、ゆったり流れるテムズ川の散歩は、日本の急な流れの川とは、ちょっと違う、楽しみがありました。川は日本にも、地元にもあるんだから、わざわざ、こんな遠く、イギリスくんだりまで散歩に行かなくてもいいんじゃないの?という声も聞こえそうですが、オックスフォード市内の観光もせず、ただ、テムズの上流を歩く日本人が居てもいいかな・・・・ほんと、よく歩いたわ。
 
 テムズ上流j

PageTop

フットパスウォーキング(その5)

(承前)
 オックスフォード市内より、今度は、南へ。
 遠回りしても、昨日と同じ地点から南に出発したい夫についていきながら、ごちゃごちゃした街中を通るテムズフットパスでは、自転車や散歩の人や、通勤の人や買い物の人や、いろんな人とすれ違います。
市内
 やっと、クライストチャーチメドゥ(草地)が見えてきました。(こっちから行った方が近かったのに・・・・)カヌーの練習にいそしむ人も見え、するうち、オックスフォードカレッジ各々のボートハウスが並んでいます。それぞれの校章がかっこいい。尖塔も見えます。
        ミドーj
                               ボートハウスj
さらに行くと、Iffley Lock 。
イフリーロックj
                      イフリーロックふねj
     オフリーロック孫j
 ここは、昔のロックと今のロックが並んでいる面白いところです。
 昔のロック、というか、昔の船越え場所?は、写真のように、金属製のコロがついていて、多分、船を引っ張り上げ、向うに引っ張りおろして、運んだのではないかと推測します。今は、カモさんたちの水路となっていて、ずいぶん、のどかです。
  古いロックj
  ああ、向うに、古そうな教会が見え、行ってみたいと思いつつも、夫は興味を示さず、ベンチに座って、リンゴとクラッカーを食べました。(続く)

       むこうに古い教会j
                     

PageTop

フットパスウォーキング(その4)

ゴッドストーロックj
(承前)
 街中の運河から歩いてきた者には、さすがにテムズ周辺の広さが感動的でした。尼僧院を過ぎると、あるある。夫の見たかったテムズ川のロックが・・・
 運河のロックが手作業、力作業であるのに、テムズ川のロックは、そこに係員のいるのが、大きな違いでしょう。小さな作業所と、宿舎。
 水量が運河のそれとは全然違います。特にこのロックは、段差も大きく、幅も広い。カヤックで来た親子連れも、ロックの中では、係員の指示に従っています。ボートやナローボートなら、安定していますが、二人乗りカヤックだと、微妙に不安定。子どもたちには、結構、スリリングな景色が広がるのではないかと思います。
 下のカヤックの写真の4枚目、お母さんの前に座るお兄ちゃんは岸壁に手を添え神妙な顔つきでしたが、最後のロックから出て行くときの自信に満ちた力強い漕ぎ方。うーん。子どもの成長をたった10分で見れる楽しみ。思わず拍手なんかしようものなら、しらけてしまうほどの緊張感でした。かやっく1j
カヤック2j
カヤック3j
カヤック4j
            かやっく5j
 当然、夫は見飽きません。ただ、水が満ちたり、排出されたり、船が入ったり、船が出て行ったり・・・
 ロックの楽しみは、人それぞれ。
 たぶん、一番の楽しみは自らが作業したり、ロックが満水の中で浮かんだり、沈んだりすることだと思いますが、夫は、その機械的な作業が楽しく、私は、そこにいる人たちの表情や動作を見るのが楽しく、いつまでも見ていても、飽きることがありません。
尖塔みえるj
 とはいえ、道を間違えた我々は、もう、オックスフォードの市内に戻らないとなりませぬ。さらに、ほかのロックを見ながら、オックスフォードの街の尖塔が近づくのを横目で見ながら、歩を進めます。
                   ふっとぱすj
 広々としていた川の周りも、段々と木々が近づき、やがては、人家が近づき、ああ、街に入りました。
 次は、オックスフォード市内より南に歩いてみよう。(続く)

市内パスj

PageTop

フットパスウォーキング(その3)

       トラウトインj
(承前)
 さて、同じ道を戻るのは、なかなかしんどく(すでに5マイル近く歩いておりました)、お昼も十分に過ぎた時間になってしまったので、GODSTOWに着く前にお昼を取ることに。
 運河とテムズをつなぐ道沿いで川沿いの「鱒亭」は、混雑していました。テムズ川フットパス地図を見ると、「鱒亭」は各所に見られます。日本のようにチェーン店ではないようですが、テムズでマスが採れるからなのでしょう。「白鹿亭」とか「赤ライオン亭」「白鳥亭」も英国ではよく見かける屋号です。

 さて、「鱒亭」は川の水門近くの水辺で食することができます。犬連れもたくさん来ています。犬にも犬用のボウルに入った水が足元に運ばれます。
 それに、何故か、クジャクが近くにいて、あるいは、カモがたくさん居て、人に慣れたカモは、すぐ近くにやってきて、餌をねだっています。
                    クジャクとカモj
ジュースとカモj
 腹ごしらえもできたし、少々疲れていた足も回復。
 GODSTOW LOCKを、いえ、オックスフォードの街を目指しましょう。(続く)

        トラウトイン橋からj

PageTop

フットパスウォーキング(その2)

テムズはあっちj
(承前)
 運河のロックを楽しみながら、かもさんをいたるところで見ながら、歩いていくと、再びテムズとつながるロックがあります。DUKES CUT LOCKです。が、どう見ても、すぐ隣にある運河のロックDUKES LOCK と、整備具合が違うなぁと思いつつも、次々、ロック通行作業の進む明るい日差しの運河ロックDUKES LOCKを眺め、休憩しました。
DUKES LOCK 
                       通れるか
リンゴをかじり、チョコも食べ、お水を飲んで、さて、いよいよテムズ本流のフットパスを歩いてオックスフォードに戻ろう!と、DUKES CUT LOCKに行きました。
DUKES CUT LOCK j
 が、今まで歩いたどのフットパスより、草ぼうぼうの小道(パス)やなぁ・・・茨類(主にブラックベリー)が、太もも辺りに当たり刺さり、ズボンの上からでもちくちくするわぁ。川沿いを歩くも、全然、案内もないし、確かに人の歩いた道ではあるものの、久しく歩いた様子がない…する内、川沿いながら、広―い草地に入りました。ほんまにここなん?と、不振顔の妻を横目に夫は、地図を(簡単なフットパス地図です)広げ、この方向にテムズ本流があるはずや。IPhoneの方位アプリも完璧。
草地j
 さて、行くが行くと、停留しているナローボート。運航しているボートも居て、ああ、もうすぐ本流やね。あれ?ここより向うにいかれへんよ。すると、「ワンワン」と吠える犬の声。髪の毛の長いサラリーマンではない風情の若者が、のそっと出てきました。
 「どうした?」「テムズに行きたいんやけど」「うーん、ここからなら4マイル歩いたら行ける。それとも、ここを泳いだら、渡れる。それか、あの島に行ってトリッキーな方法で行くって手もあるけど。」
「・・・・・」
 で、我々は、来た藪道を戻り、さらに、運河沿いを戻り、小さい集落を横切り、遅まきながらInnで昼食をとって、ついに、アリスたちの行ったテムズ本流のGODSTOWにたどりついたのでした。(続く)
☆一番下の写真のようなフットパス表示が、テムズフットパスには必ずあります。GODSTOWの尼僧院跡が少し写っています。
         尼僧院見えますj

PageTop

フットパスウォーキング(その1)

             キャナルナローボートj
 数年ぶりにテムズのロックに行きたいと言った夫と、まず初めに行ったのが、オックスフォード市内からテムズと並行して流れる運河(キャナル)でした。出発付近にはIsis Lockといい、テムズ川とつながっているロックがあります。
 Isisというのは、テムズ川のオックスフォードより上流の愛称です。(現在、話題の組織ではありません。ラテン語のThamesisを短くしたイシスIsis)今回歩いてみて、愛称で呼びたくなる気持ちがわかりました。一気にのどか具合が増すのです。
アイシスロックj
 さて、運河には、ナローボート乗組員自らが手作業で動かすロックがあります。船も一台がやっとのことという、狭さ。 3年前に行った、ケンブリッジ近郊のウーズ川のロックも小さく、川幅も狭かったけれど、周りの広々とした感じが、オックスフォードの運河とは違っていました。
ロックハンドル回すj
 手作業とはいえ、ちょっとした力仕事ですので、たくましさの備わった老男女の仕事ですが、いつ見ても、みなさん、嬉々として、ロックのハンドルを(といっても、写真のような大きなもの)回しています。
 向う岸に行きたい人は、はね橋を手作業で下ろします。歩く人、船共に、ゆとりが必要です。
デュークスロック狭いj
 運河なので、水路が狭く、オックスフォード市内は、水路そばまで集団住宅や民家が迫ってきています。停留しているナローボートも、根が生えているのかと思えるほどで、苔むしたり、さび付いたりのものもあります。あるいは、若いご夫婦が、今から住まれるのか、二人でメンテナンスしていたり、自転車やバイクまでも積み上げていたり、そうそう、バギーも、人形用のバギーと一緒に載っていました。太陽光発電パネルも結構見かけました。もちろん、バーベキューグリルと薪を積んでいるのもあります。
 船には、思い思いの名前が付けられ、色が塗られ、狭いながらも楽しい我が家のオーラを放っています。また、午前中早い時間に運河沿いを歩いたのですが、すでに、読書にふける優雅なご婦人たちが、何人もいて、ちょっとうらやましい。(続く)

             キャナル白鳥j

PageTop

夏ぞらのもと ボートはゆれ

            キャナルボートj
 (承前)
 さて、「不思議の国のアリス」の始まりに詩がありましたが、「鏡の国のアリス」の最後にも詩があります。
≪夏ぞらのもとにボートはゆれ
 夢見るようにもためらっていた
 とある7月のゆうぐれ―――
 身ぢかに三人の子どもは座り、
 かがやくひとみとすなおな耳で
 わたしのはなしに聞きほれていた。
 その青ぞらもいまはうすれた。
 こだまはたえ、おもいでもほろび、 
 夏はきびしい秋の霜に追われる。
 ・・・・・・・(中略)・・・・・・
 ながれをただよいくだりながら―――
 金いろのひかりのなかにためらいながら―――
 いのちとは、夢でなければ、なんなのだろう?≫

 テムズの流れの中で生まれた この2冊の本。
 ルイス・キャロルと3人のリデル姉妹のようにボートには乗らなかったものの、同じコースを、テムズに沿って歩いてきました。(続く)
*「不思議の国のアリス」(ルイス・キャロル作 ジョン・テニエル画 生野幸吉訳 福音館)
*「鏡の国のアリス」(ルイス・キャロル作 ジョン・テニエル画 生野幸吉訳 福音館)
☆写真上は、オックスフォードキャナルのボート。下は、オックスフォード テムズ川イフリーロック近く

          あひるがかえるj

PageTop

一番きれいなのは、いつも遠くの方にしかないのね

     テムズ上流カヤックj
(承前)
「鏡の国のアリス」 (ルイス・キャロル作 ジョン・テニエル画 生野幸吉訳 福音館)
  「不思議の国のアリス」(1865)のあと、数年たって書かれたのが、「鏡の国のアリス」(1871)です。

 その中で、心に残るのは、アリスの手の中の編み棒がオールに変わり、気がつくと、アリスとひつじのおばあさんは小さなボートの中に座り、川土手の間をすべるように進んでいるシーンです。川べりで、アリスはニオイイグサ(トウシンソウ)を見つけます。そしてボートをひっくり返さないように気を付けながら、愛らしい、よい匂いのするイグサを取っていきます。
 ところが、
≪・・・ボートが流れてゆくにつれて、ずいぶんたくさんのイグサを取ることができたけれども、いつもいつも手のとどかないあたりにもっと美しいのがあらわれるのです。「一番きれいなのは、いつも遠くの方にしかないのね!」と、とうとうアリスは言い、ずうっと遠くに離れていくイグサのかたくなさにためいきをつきました。そしてほほをほてらせ。かみや手からしずくをしたたらせながら、もとの場所にはうようにしてもどってくると、この新発見のたからものをせっせと整理し始めるのでした。  アリスにつみとられたそのせつなから、イグサがみんないろあせて、匂いも美しさも失い始めるとしたところで、それが今のアリスにとってなんだというのでしょう?・・・・≫

 こんな深いことが書いてある「鏡の国のアリス」ですが、先に書いたように息子は、「不思議の国」「鏡の国」を笑って楽しんでいたものの、同時に聞いていた5歳年下の末っ子は、読んでもらったことは覚えているとしながらも、アリスで思い出せるのは、笑う猫と花と話しているところだけで、笑った記憶はないといいました。
 残念ながら、彼女がこの本に出合うには、早すぎたということだと思います。(続く)

☆写真上は、テムズ川ケルムスコット付近。テムズ川では、写真のように、親子で(一家で)カヤックをしているのを、何組か見かけました。写真下は、英国バスコットパークの真紅のスイレン。こんな色、日本で見かけないなぁ。

真紅j

PageTop

ゆったりと川をのぼっていった

ゴッドストー牛j
(承前)
 「不思議の国のアリス」の話の前には、一遍の詩が書かれています。この話ができたその時について。
 ≪金色のひるさがり、わたくしたちは 
 そろって ゆったりと川をのぼっていった。≫
  この舟遊びのときにアリスを含む3人の少女たちにせがまれて語ったお話が「不思議の国のアリス」(ルイス・キャロル作 ジョン・テニエル画 生野幸吉訳 福音館)です。
みずべjj
 ゆったりと川をのぼるその川は、もちろん、テムズ川です。
水辺j
 オックスフォード辺りは、もともと湿地で、土地も低いところです。
 テムズは、さらに上流では、東方向→東北方向に流れるのですが、ルイスたちが行ったゴッドストウ(GODSTOW)辺りで、流れを南下させます。それで、オックスフォードの街に入るまで、川幅も広く、ゆったりとした流れになり、草地、草地、草地が広がり、いわゆる牧歌的な景色が続きます。また、そこには、古い尼僧院跡があり、歴史的な雰囲気も感じます。
 そこまで≪そろって ゆったりと川をのぼっていった≫というわけです。(続く)
 
                          尼僧院j

PageTop

あごの筋肉りゅうりゅうさ

                クライストチャーチ花壇j
(承前)
  「不思議の国のアリスを読み返していたら、子どもたちに読んでいた頃を思い出しました。勝手なメロディをつけて歌っていた『海ガメ・スープ』の歌。
≪♪すう、て―――きな、スーウウプ!すう、て―――きな、スーウウプ!
ゆ・ゆ・ゆうげの、スーウウプ、すてきな、すてきなスープ!・・・おい、しーい、スーウウプ!おい、しーい、スーウウプ!…♪≫

 それに、もう一回をせがんでいた「ウィリアムとっつぁん、お年だね。」
 今読み返すと、イモムシがアリスに「繰り返してみな」と指示する、繰り返しこそが面白い言葉遊び。つまり、うちの子どもたちも、その繰り返しを楽しんでいたのでしょう。
≪・・・「でもなぁ、とっつぁん年よりだ。あごもすっかり弱ってる、せいぜいかむのは脂身くらい。それだというのに、ガチョウを一羽 くちばし、骨ごと、たいらげる―――たのむよ、どうすりゃ、そんなになれる?」   「若いころ」じいさん答えて言うことにゃ、「わしゃ、法律に血の道あげた、どんな事件も女房と、論じて、ろんじ、そのせいで。これこの通り、今もって、あごの筋肉りゅうりゅうさ、余生となっても変わりゃせん。・・・」≫

 ん?もしかして、この話が好きだった長男が法律に足を突っ込んだのは、この話も影響してる?確かに今も論じて、ろんじてるなぁ・・・(よく喋るという意味です)(続く)

*「不思議の国のアリス」(ルイス・キャロル作 ジョン・テニエル画 生野幸吉訳 福音館)
☆写真上は、英国オックスフォード クライストチャーチ。「不思議の国のアリス」の作者ルイス・キャロル(1832-1898)の本名はチャールズ・ラトウィッジ・ドジソンで、クライストチャーチを最優秀で卒業し、長年同校の数学教授。
写真下は、クライストチャーチ前のテムズに続く道。20年近く前に、長男と訪れたとき座った同じベンチ。

                               メドゥベンチ

PageTop

ドードー鳥

ドードー鳥
 (承前)
 不思議の国のアリスに登場するドードー鳥は、チェシャ・ネコやトランプの王様や女王、豚の赤ちゃんなどと同じように、作者ルイス・キャロルの想像力で生み出されたものだと思っていました。

 するうち、実は、絶滅はしたけれど、かつては、実際に生息し、飛べないおっとりした鳥だったことを知りました。
 
 で、「不思議の国のアリス」では、その印象的な姿が、画家テニエルによって描かれていますが、コーカス・レースというなんだかわけのわからない競争を提案するドードー鳥の言葉も可笑しい。

≪・・「事情かくのごとくであれば」とドードー鳥は立ち上がりながらおごそかに申しました。「わがはいは会議延期の動議を提出します。より旺盛なる処方を即刻採用せられんことを―――」  「ぼくらのことばでしゃべってくれよ」と小ワシが言いました。「その長ったらしいことばの意味の半分もぼくにはわからないよ。そのうえにだね、あんただってわかってやしないと思うよ!」こう言って小ワシは首をうつむけ、うす笑いをかくそうとしました。・・・≫
(続く)

*「不思議の国のアリス」(ルイス・キャロル作 ジョン・テニエル画 生野幸吉訳 福音館)
☆写真上は、英国オックスフォード ボードリアン図書館(多分) ドードー鳥
写真下は、英国ケルムスコットマナー前庭。

             けるむすこっとにわj

PageTop

オックスフォードのマーマレード

      メニューj
(承前)
 前回のオックスフォード訪問の時は、ランサムの「女海賊の島」のミス・リーの言葉が、中心にあり、かのマーマレードを購入しました。その後、夫が行った時も、かのマーマレードを買ってきてもらいましたが、先に書いたように、どうも、前にあった市場の辺りも変貌していて、その店が見つけられず、オックスフォードのマーマレードは、あっさりあきらめました。(タブレット持って行った人がいても、マーマレード一つ見つけるには、協力的ではありませんでした。)

≪( 「女海賊の島」アーサー・ランサム著 神宮輝夫訳 岩波書店)
「わたしたちはいつも、ケンブリッジでオックスフォードのマーマレードをたべていました。学者も教授もケンブリッジのほうがすぐれています。 でも、マーマレードはオックスフォードがおいしい。」≫

とはいえ、オックスフォードといえば、「不思議の国のアリス」「鏡の国のアリス」でもアプローチでき、そこにも、アリスが、うさぎ穴に落ちていくとき、手にする空っぽのマーマレードの瓶。
やっぱり、真剣に探して買ってきたらよかったかな・・・

 「不思議の国のアリス」 (ルイス・キャロル作 ジョン・テニエル画 生野幸吉訳 福音館)
通りすがりにたなの一つから、つぼを取ると、それは「オレンジ・マーマレード」とはってあります。しかしなかみはからっぽなので、とてもがっかりしました。≫

≪ 「鏡の国のアリス」 (ルイス・キャロル作 ジョン・テニエル画 生野幸吉訳 福音館)
・・・「わたしをやとってくださいと申し上げたのではありませんわ。―――それにジャムなんか欲しかありません。」
「でもとてもいいジャムなのよ。」と女王は言います。
「はい、でも。どっちにしろきょうはなんにもいりません。」
「なに、ほしいと言ったってもらえやしないのだよ、」そう女王は言って、「規則では、あすのジャムときのうのジャムはあるけど―――きょうのジャムというものはないんだよ。」
「でも、それがいつかはきょうのジャムになるのではございません?」とアリスは抗議しました。
「いいえ、そんなふうにはならない」と女王が言います。「一日おきのジャムはあるけど、でもね、きょうは一日おきの真中の日だからね。」
「おっしゃることがわかりませんわ、」とアリスは申しました。「とてもこんがらがっていますわ!」≫
(続く)
☆写真は、英国オックスフォード、ホテルのメニューと、アフタヌーンセット。

                         afternoontea j

PageTop

古いものに囲まれる

               オックスフォード古い家よこj
 (承前)
 今回の訪英は、ヒースロー空港からロンドンに入らずに、直接バスでオックスフォードに行きました。
 このコースは初めてでしたが、ロンドンから田舎に入る感じが、コッツウォルズの開けた感じに似ていて気にいりました。
 空港からバスや地下鉄でロンドンに入るときは、段々街に近づく感じが好きです。空港からヒースローエキスプレスという手段は、超高速で到着し、楽だといえば楽ですが、運賃も高く、味気なく、あっという間にロンドンです。空港です。

 夏場、オックスフォード市内中心部は、世界中の観光客や、夏期語学研修の若者たちで、ごった返しています。
 それに、一番人通りの多い目抜き通りは、ファストフードやなんやかで、以前(20年近く前)と雰囲気が違うのに驚きました。もちろん、建物本体は古いのですが、通りに面したウィンドやその造りが、若者向けの日本の都市部にも似て、もしかしたら、世界中、繁華街はこんなの?
 ただ、脇に一歩、入り込むと、そこは、英国。
 昔ながらのオックスフォードの街を感じることができます。
 思わぬところにつながった小道を行くのは、やっぱり楽しいものです。

 もっと、人気の少ない田舎に行けばよかった・・・・などと思いながら、到着した日、夜9時頃まで明るいオックスフォードの街を歩きました。
 が、しかし、翌朝、人の少ない朝の散歩をすると、ああ、ここで学ぶ人は、いいなぁ・・・古いものに囲まれる、この落ち着きはいいなぁ。
keblej.jpg
☆写真上は、英国オックスフォードのメインストリートに面していない側の傾いた建物。メインストリートに面したところには、この建物の二階まで続くファストフォードの入り口。写真中は、オックスフォードKeble カレッジ。写真下は1864年創業のホテル(続く)

          1864年j


PageTop

秋の気配

                   オックスフォード街北j
 
 いつも、英国に行くときは、日本より暖かめの格好を用意していきます。
 夏でも、半袖のTシャツより、スカーフや上着は必携です。
 たとえ、同じような気温でも、乾燥している分、肌寒く感じられるからです。

 今まで一度だけヨーロッパの猛暑と言われた年だけ、日本から持参した扇子を地下鉄で使っていたら羨望のまなざしで見られたことがありましたが、暑かったのは、その一度だけです。
 それで、今回も行く前に、現地気温や予想気温を調べていたら、最高22度最低8度!となっていました。え?こりゃ、寒いぞ。蒸し蒸し暑い大阪の予想は31度28度だったのですから。

 さて、実際はというと、涼しいというより、朝夕、あるいは、雲が出ると肌寒く、マフラーやダウン持参でもよかったかも?
 在英中は、傘もささず、ほとんどが晴天だったけれど、散った木の葉や色づく実を見ていると、秋の気配が漂っていました。(続く)
ホテルj
☆写真は、オックスフォード市内

PageTop