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石井桃子についての本三冊、その後(2)

アメリカ芙蓉j
 
 「私の不倶戴天の敵 ウィラ・キャザーの人生と作品」 (ウィラ・キャザー著 信岡春樹訳著. 創元社)
 個人的にこの翻訳は、なじみにくかったものの、凄いタイトル「私の不倶戴天の敵」というのは、どこから来ているか それが知りたくて、読み進みました。そうしたら、最後近く、主人公が「どうして私はこのように私の不倶戴天の敵と二人で暮らし、たった一人で死ななければならないのでしょうか?」というところで、ぎょぎょぎょ!「不倶戴天の敵」って、一緒に暮らしたダンナのことだったのぉ?

 駆け落ちしたために、巨万の富を相続できず、自分の思い描く人生を送れず、晩年は、貧困に身を置き、情緒不安定になり・・・で、恨みつらみのこもった言葉とはいえ、彼女の夫が、「不倶戴天の敵」と指摘されるほど、悪事を働いたとも思えない・・・若気の至りとはいえ、駆け落ちは両者の合意だし、超贅沢はできずとも、芸術家たちとも交流を持つような華やかで気ままな生活までしていたのに、パートナーを「不倶戴天の敵」は言い過ぎでしょ・・・時代背景も関係しているだろうし、作者自身の価値観も反映していると思うけれど、夫婦って二人で築いてきた些細なことがあるはず・・・。毎日の積み重ねを思うと、相性にずれが生じて行ったにしても、それは、お互い様。うーん、確かに、言葉じりだけを捉えるなら、敵はダンナと取れるけれど、本当の怒りの矛先は、自分自身の中に住んでいた、目に見えない大きなもの、ということなんだろう。・・・でなきゃ、ダンナが、あまりにもお気の毒。
【・・・・ここで、ディケンズ引っぱりだすのもおかしいけど、同じように年経た夫婦の話 「憑かれた男」 (ディケンズ藤本隆康訳 あぽろん社)と、比べたら、雲泥の差。ディケンズの方は、また読み返したい1冊】
 
 で、原題の“My Mortal Enemy” を、引いてみました。
 あるある、「不倶戴天の敵」という訳。ということは、翻訳の問題ではなく、もともとの主人公の熱い血が言わせた言葉なのだとわかります。ただし、石井桃子編「20世紀の英米文学 12.キャザー」の中では、あまり、この作品に触れられていないものの、「私の大敵」と訳されています。このほうが、厳しさが緩みます。が、そうなると、読者に不快感を与えて来た主人公のだめ押しの毒も緩むなぁ・・・などと、言葉の難しさを感じた読後でした。

*「20世紀英米文学案内 12 キャザー」(石井桃子編 研究社)
☆写真は、アメリカフヨウ

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