FC2ブログ
 

みんなみすべくきたすべく

石井桃子についての本三冊、その後(1の2)

月の移動j
(承前)
 「マイ・アントニーア」には、自然を描写した美しい表現が多く、文中で紹介される本や詩、音楽。おおざっぱで荒々しく思えるアメリカ開拓時代に、優しい風を時折、吹き込み話がすすみます。
 「最良の日々は・・・なによりも早く過ぎゆく」という巻頭にあるウェルギリウスの言葉が、途中でも出てくるのですが、その言葉だけで、思い出せる日々。短かった青春時代は誰しもあって・・・

 もちろん、最良の日々でないことの多い長い年月は、真面目に働き続けたアントーニアに、追い打ちをかけるのですが、これは、アメリカ19世紀後半の話。先日の「ジェルミニィ・ラセルトゥト」も、パリ19世紀半ば。所変われど、結局、貧しい女性たちがより過酷な運命に出会って行くのは、小説にしやすいからだけでなく、身近に本当にたくさんあったから作品になったのであろうと、考えられます。
 が、しかし、「ジェルミニィ」の方は、救いがなく、「アントニーア」には、救いがありました。もちろん、ジェルミィの方は、これでもかと、執拗に落ちて行く日々が描かれますが、アントニーアの方は、その辺りは、さらっと描かれていて、全体からみると、ほんの一部でしかないという違いがあります。また、男性作家と女性作家の違いもあるでしょう。また、古都パリと、開発されつつあった時代のアメリカという違いもあるでしょう。

 そして、何より、結末に大きな違いがありました。
 「ジェルミィ」は読後、人生の理不尽さ、不条理など、なんだか難しい言葉が心に残りました。
 「マイ・アントニーア」の最後の章は、読む進むにつれ、「ああ、よかった」と心が温かくなり、「そうよね、幸せって、こういうことよね」と、心が満たされてくるのです。
 この章を読むために、ここまで読んできたんだ・・・

 「ジェルミィ」は、読んだ後、いつまでも暗い19世紀のパリのままでした。
 「マイ・アントニーア」は、いつのまにか、かつてのアメリカを離れ、子だくさんのアントニーア、そして、その家族と一緒に温かい部屋にいるような気分になりました。

 法律家になったジムは、アントニーアに最後に会ってから20年後、やっとアントニーアと、その家族に会いに行きます。
≪・・・男の子たちは、ぼくに好きな寝場所を選ぶようにと言ったので,暖かい陽気の間は開け放たれ、星が見える大きな窓の前に横になった。アンブローシュとレオは、庇の下の乾草の窪みに寄り添って、くすくす笑いをしたり、小声で話したりしていた。くすぐりあったり、乾草を投げたり、転がりまわっていたが、突然、銃で撃たれたように動かなくなった。くすくす笑いと穏やかな眠りの間には一分とは経っていなかった。  ぼくは、ゆっくりと動く月が、ぼくのいる窓を通り過ぎて中空へ登っていくまで、起きていた。・・・≫
(続く)
*「マイ・アントニーア」(ウィラ・キャザー 佐藤宏子訳 みすず書房)
*「ジェルミニィ・ラセルトゥウ」(ゴンクウル兄弟作 大西克和訳 岩波文庫)
☆写真は、スイス ヴェンゲンから見た夜中の月。

PageTop