みんなみすべくきたすべく

Song of Robin Hood

              ロビンフッドの歌j

 5月に行った、教文館「島多代の本棚から 絵本は子どもたちへの伝言」展のとき、少々荷物になるのを覚悟で購入したのが、「Song of Robin Hood」(ロビン・フッドの歌)です。

 バージニア・リー・バートンの絵本リストに入っていて、一度、手に取って見てみたいものだと思っていた絵本です。
 こんなにきれいで思いのこもった絵本は、重くても買わなくてはね。もし、ペーパーバックがあったとしても、これは、絶対ハードブックがいい!もちろん、翻訳がでたらなぁ・・・
 
 英国のロビン・フッドの楽譜付古謡集です。(Anne Malcomson編 Grace Castagnetta編曲 バーニア・リー・バートン装丁・挿絵 Houghton Mifflin CO.刊)18の古謡が入っていて、ロビン・フッドのお話の概要が楽しめます。もちろん、英語が読めたら、楽しみは満点でしょうが、バートンの細かい絵や、考え抜かれたページ構成によって、絵を見るだけでも、お話がたどれます。

 昔の書物のように、文字を飾り、話自体の流れも飾り、いたるところに植物を配し、カバーをとれば、本体表紙のデザインも、なかなか素敵!隅々まで、バートンの息遣いがあふれています。なかなか、こんな丁寧な仕事、最近は少ないのではないかと思います。

 編者のまえがきに続き、バートン自身の絵についてのまえがきがあるのですが、そこには、自分の暮らす20世紀の合衆国ニューイングランドの植物と、12世紀当時の英国の植物についての差を埋めるために、「英国の野生の花々の観察」や「野菜の王国の歴史」といった図鑑を用意したとありました。
 
 上記写真に写るのは、「Ⅻ ロビン・フッドと黄金の矢」の絵と、カバーです。「Ⅻ ロビン・フッドと黄金の矢」の絵の足元には、タンポポが咲いています。
 そして、そのキャプションには、≪タンポポは、英国と同じようにニューイングランドのどこででも見つけることができます≫とあります。
 ところが、このような米英共通の植物だけでなく、最後の章「ロビン・フッドの死」に、バートンが選んだ植物は…(続く)
 

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ソフィーのやさいばたけ

           キッチンガーデンj
  料理下手でも、無農薬野菜のおかげで、素材自体が美味しく、素朴な献立でも、家族は満足してくれます。もう、25年近く、配達してもらっているので、旬の野菜の美味しさは、家族の知るところです。

 私の父は、定年後、貸し農園に、自転車をこいで通っていました。もともと、昆虫も植物も好きで、凝り性の人でしたから、夏は、ナスやピーマン、キュウリ、トマトを収穫していました。
 その娘の私はというと、昆虫は毛嫌いするわけではないものの、植物のほうが断然好きなおばさんとなりました。が、食するものを育てたのは、ここのベランダでのラズベリー。以前の庭での、バジル、青紫蘇、青ネギ。
 
 さて、絵本にも、野菜畑を紹介する本がありますが、自然にかかわる絵本が多いゲルダ・ミューラーの、最近、翻訳された「ソフィーのやさいばたけ」は、どうでしょう。彼女87歳!の作品と、なっています。

 夏休みになったソフィーがおじいちゃんと、自分用の小さな畑を耕すところから始まります。まずは、ラディッシュ(二十日大根)から。
 ソフィーは、どんどん、野菜のことを知っていきます。野菜の花のことも、お日様の好きな野菜のことも、ソフィーが寝ている間の野菜のことも。そして、風が吹き秋がきて、冬支度をし、雪が降り・・・
 いわゆるお話の本ではありませんが、絵を楽しみ、野菜のこと、虫のこと、鳥のこと、一年のことを楽しむ一冊です。

*「ソフィーのやさいばたけ」(ゲルダ・ミューラー作 ふしみみさを訳 BL出版)
☆写真は、英国 バーンズリーハウスのキッチンガーデン(台所用の畑)

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石井桃子についての本三冊、その後(3)

               ドルトムントアップj
(承前)
 さて、「迷える夫人」にやっと、行きつきました。
 思えば、「石井桃子の言葉」(新潮社)で見つけたキャザーのページ。その中の「迷える夫人」の写真。
 
 美しく、理想化された夫人が、理想とは違い、一人の女性としてどう生きていたかを、彼女に憧れていた青年の目を通して描いた物語です。不貞とか不倫という言葉があてはまるものの、そのドロドロしたものを、青年ニールの目を通すことで、ソフトなものにしているのがわかります。もちろん、自然描写も豊かです。
 ≪沼地にのしかかっている断崖の下で、野バラの茂みを偶然見つけた。ちょうどほころび初めた、焔のように赤い蕾がついていた。すでに開いた花弁は、昼までには必ず消えてしまう運命(さだめ)の、燃えるようなバラ色に染まっていたーー日光と朝と露とで作られた染色だ。あまりに強烈な色なので、とうてい長つづきはできないのだ・・・どうしても、褪せてしまう運命なのだ。ちょうど恍惚境がそうであるように。ニールはナイフを取り出し、赤いとげがたくさんついている固い茎を切り始めた。    美しい夫人へ贈る花束としよう。「朝」の両頬からつみ取った花束を・・・やっと半分目がさめたばかりの、無上の美しさに何の防禦もほどこしていない、このバラを・・・夫人の寝室のフランス式窓のすぐ外に、この花束をおいてこよう。夫人が鎧戸を開けて光を中に入れる時、花束を見つけるだろう。≫
 と、青年の初々しくも熱い恋心なのですが、ニールが花束置こうと身をかがめたとき、聞こえてきたのは・・・・・

 私自身は、この「迷える夫人」より、最後の章で救われた「マイ・アントニーア」の方が面白かったです。また、佐藤宏子によるキャザー会読書リストの一番初めに取り上げられているのも、「マイ・アントニーア」ということで、この本から、石井桃子たちがウィラ・キャザーに取り組んでいったことがわかります。

 それから、私が読んだのは「厨川圭子訳」のものでした。他に桝田 隆宏訳(大阪教育図書)もあるようですが、私は、「ピーターパン」「ジェインのもうふ」「ふしぎなお人形」等、児童文学や絵本も訳した厨川圭子の若き日の仕事を読んだわけです。
 石井桃子も、村岡花子も、そして、この厨川圭子も北米文学から子どもの本の翻訳までも、手掛けた人たちでした。

*「ピーター・パン」(バリ作 ベッドフォード絵 厨川圭子訳 岩波少年文庫)
*「ピーター・パンとウェンディ」(バリ作 ベッドフォード絵 石井桃子訳 福音館古典シリーズ)
*「ジェインのもうふ」(アーサー・ミラー作 アル・パーカー絵 厨川圭子訳 偕成社)
*「ふしぎなお人形」(ルーマー・ゴッデン作 中谷千代子絵 厨川圭子訳 偕成社)

☆写真は、以前の家の蔓バラ、ドルトムント

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石井桃子についての本三冊、その後(2)

アメリカ芙蓉j
 
 「私の不倶戴天の敵 ウィラ・キャザーの人生と作品」 (ウィラ・キャザー著 信岡春樹訳著. 創元社)
 個人的にこの翻訳は、なじみにくかったものの、凄いタイトル「私の不倶戴天の敵」というのは、どこから来ているか それが知りたくて、読み進みました。そうしたら、最後近く、主人公が「どうして私はこのように私の不倶戴天の敵と二人で暮らし、たった一人で死ななければならないのでしょうか?」というところで、ぎょぎょぎょ!「不倶戴天の敵」って、一緒に暮らしたダンナのことだったのぉ?

 駆け落ちしたために、巨万の富を相続できず、自分の思い描く人生を送れず、晩年は、貧困に身を置き、情緒不安定になり・・・で、恨みつらみのこもった言葉とはいえ、彼女の夫が、「不倶戴天の敵」と指摘されるほど、悪事を働いたとも思えない・・・若気の至りとはいえ、駆け落ちは両者の合意だし、超贅沢はできずとも、芸術家たちとも交流を持つような華やかで気ままな生活までしていたのに、パートナーを「不倶戴天の敵」は言い過ぎでしょ・・・時代背景も関係しているだろうし、作者自身の価値観も反映していると思うけれど、夫婦って二人で築いてきた些細なことがあるはず・・・。毎日の積み重ねを思うと、相性にずれが生じて行ったにしても、それは、お互い様。うーん、確かに、言葉じりだけを捉えるなら、敵はダンナと取れるけれど、本当の怒りの矛先は、自分自身の中に住んでいた、目に見えない大きなもの、ということなんだろう。・・・でなきゃ、ダンナが、あまりにもお気の毒。
【・・・・ここで、ディケンズ引っぱりだすのもおかしいけど、同じように年経た夫婦の話 「憑かれた男」 (ディケンズ藤本隆康訳 あぽろん社)と、比べたら、雲泥の差。ディケンズの方は、また読み返したい1冊】
 
 で、原題の“My Mortal Enemy” を、引いてみました。
 あるある、「不倶戴天の敵」という訳。ということは、翻訳の問題ではなく、もともとの主人公の熱い血が言わせた言葉なのだとわかります。ただし、石井桃子編「20世紀の英米文学 12.キャザー」の中では、あまり、この作品に触れられていないものの、「私の大敵」と訳されています。このほうが、厳しさが緩みます。が、そうなると、読者に不快感を与えて来た主人公のだめ押しの毒も緩むなぁ・・・などと、言葉の難しさを感じた読後でした。

*「20世紀英米文学案内 12 キャザー」(石井桃子編 研究社)
☆写真は、アメリカフヨウ

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ここまでたどりついて ご苦労さん

高いところj
いつもより30分早く散歩に出たけれど、
すでに、日射しはガンガン。
散歩というより鍛錬・修練・・・修業のような風情さえ漂いました。

公園の蝉は、蝉しぐれというより、蝉シャワー。
鳴き声もろとも、降ってきそうです。

かもさんたちは、ちゃんと揃っていたけれど、コガモたちはすぐに蓮の葉陰に入ってしまいました。お母さんは、暑いのに、水面で番をしていました。

池には、アカトンボが飛んでいました。
綺麗な赤も、今は、灼熱の赤にしか見えません。

夾竹桃も、芙蓉も槿も、サルスベリも、真っ赤なカンナも咲いてはいたけれど、シャッターを押す気になれず、ひたすら、影を求めて歩きました。

とはいえ、高い樹の木陰にあった蝉の抜け殻、「ここまでたどり着いて、ご苦労さん」。敬意を表して、パチリ。

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まだ7月

モミジアオイj
それにしても、暑い。あづい。
都市部の気温37度って、実際にはもっと暑いってことでしょう。
7月24日25日の大阪天神祭には、行かなかったけれど、
そこに向かう人たちは、暑さも何も、何んのその。
浴衣姿は、涼しそうに見えます。
・・・・見えますが、やっぱり、暑い。あづい。

かつて、学生の頃、日が暮れてから京都祇園祭に行った事があるけれど、
今も、その頃のように、風が通って、夕涼みになるんだろうか?

かつて、子どもの頃、夏休みの夕方は、家の前の道路に打ち水をするのが、お手伝いだったなぁ・・・
ブリキのバケツをよいしょ、よいしょ。

現在、部屋の温度も34度!
棚の食器を温めたのはだれ?

涼しくなったら、考えよう。あれも、これも。それも、どれも。
さて、いつのことやら。

汗がぽとぽと流れます。顔洗って出直します。

☆写真は、モミジアオイ。

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ペニーさんの2ペニーサーカス

           ネルソン提督j
 (承前)
 ペニーさんのサーカスで、最後、ペニーさんたちが自分たちのサーカスをするのですが、そのテントに「ペニーさんの2ペニーサーカス」と書いてあります。

 おお2ペニー!
 日本語に訳すと、ペニーさんだから、2ペニーと上手くいくのですが、1ペニーの複数形は2ペンスで、しかも、発音もツーペンスとならず、2ペンス(twopence tuppence)は、タペンスと発音されます。

 さて、そこで思い出すのが、映画「メリー・ポピンズ」の中で歌われる「2ペンスを鳩に」。
 鳩おばさんが、ロンドンセントポール前の階段に坐り、鳩が彼女の周りに集まっているあの印象的なシーンの歌です。思い出した?映画の中では、際立ってしんみりしたバラードで、メアリー・ポピンズが、子守唄に使い、そのメロディとともに印象深いものです。映画は、原作「風にのってきたメアリー・ポピンズ」とは違って、子どもたちとお父さんのバンクスさんとで2ペンスのことで、行き違いがあって、そのときに使われていた歌です。
 
 過日、映画「ウォルト・ディズニーの約束」を観て、作者トラヴァースの父親、銀行家であった父親と彼女の関係・その思いを知りました。そこで、再度、この「2ペンスを鳩に」の歌を聞くと、しみじみと伝わるものがあります。

 1ペニーでなく、2ペンス(タペンス)。
 日本でも、一円玉より、ほんの少し貨幣価値のある穴のあいた五円玉は、「ご縁がある」という言葉につながるように、たった1ペニーより2ペンス(タペンス)のほうが、ほんの少しのラッキーが付いてくるという感じなのでしょうか?

*「風にのってきたメアリー・ポピンズ」(P.L.トラヴァース 林容吉訳 岩波)
*「ペニーさんのサーカス」(マリー・ホール・エッツ 松岡享子訳 徳間書店)

☆写真は、ロンドン トラファルガー広場のネルソン提督像。ナショナル・ギャラリー前のこの広場には、以前鳩がいっぱいいましたが、餌やりを禁じたり、他の策もうったりで、今は、鳩が減っています。

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ペニーさんと動物家族(2)

だいかんらんしゃjj
 (承前)
 絵本「ペニーさん」はマリー・ホール・エッツ(1893~1984)のデビュー作で、1935年のもの、「ペニーさんと動物家族」は1956年。そして、この度、翻訳出版された「ペニーさんのサーカス」は、1961年。ということで、25年以上の歳月を経たシリーズだということがわかります。前者二冊と最後一冊の画が、違う様式になっているとはいえ、おなじみの動物たちの個性の描きわけが同じなので、違和感なく三冊目を楽しめました。ただ、最後の一冊には、繊細な部分の描き込みこそあれ、前者二冊の大胆な動きと、ユーモアが減っていたようにも思います。

 三冊の中でそれぞれ一番好きなのは、先日使った家族写真の絵三様ですが、「ペニーさんと動物家族」の見返し部分にも使われている、動物たちが観覧車に乗る絵も好みの一枚です。
 観覧車を半分に切った大胆な構図もさることながら、動物たちの表情が愉快です。高いところなので、少々不安げに、バーを持つ手が真剣なのが可笑しい。
 こんな人間味あふれるペニーさんと動物家族、子どもたちに是非、出逢ってほしいです。
 文字数の多いのが苦手な子どもや母親・大人に敬遠されることなく。(続く)

*「ペニーさん」(マリー・ホール・エッツ 松岡享子訳 徳間書店)
*「ペニーさん動物家族」(マリー・ホール・エッツ 松岡享子訳 徳間書店)
*「ペニーさんのサーカス」(マリー・ホール・エッツ 松岡享子訳 徳間書店)

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ペニーさんと動物家族(1)

キューガーデンかぼちゃj
 (承前)
 ペニーさんと暮らす動物たちは、人間味あふれ、絵を見て、話を聞いて、より親しいものになっていきます。
 まず、ペニーさんシリーズ第一巻「ペニーさん」から読むと、動物それぞれが、大きな絵で紹介されています。

 年とったウマのリンビーは、“いつも右の前足をひきずって歩きました。でも、それはペニーさんにぬりぐすりをぬってマッサージしてもらいたいから、そして競馬ウマのようにほうたいをまいてもらいたいからでした。”
 包帯とかバンソコウを巻いてもらうのが好きなのは、リンビーだけじゃないですよね。「沖釣り漁師のバート・ダウじいさん」のクジラたちと、人間の子どもたちも、です。

 流し眼が麗しいムールというメウシは、とてもきれいな目をしているのに、ひどいめんどくさがりや。
 それにブタのパグワッグなんて、名前そのもの。ものを食べているときは鼻をならし、眠っているときは、いびきをかくのですから。パグワッグ、パグワッグって。そういえば、「かもさんおとおり」の子ガモたちの名前も、続けて読めば、鳴いているみたいでした。
 
 それになんといっても、ペニーさんが、際立っています。 「ペニーさん」「ペニーさんと動物家族」の表紙もペニーさんの大きなお顔の絵。(大きな安全ピンをしている理由はいわずもがな)初対面の印象は、普通のおじさんなのですが、お話を読み、親しみを抱いて、お顔を見ると、「温厚」「寛容」その人です。

 「ペニーさん」のお話は役立たずの動物たちと思われていた動物たちが、頑張る話。妖精の靴屋の話に似ています。
 「ペニーさんと動物家族」は、収穫したご自慢の大きなカボチャや動物たちと農業祭に行く話。表紙には、ペニーさんだけでなく、にこやかなウマのリンピーが。一緒に描かれているのは、リンピーも大活躍だからです。(やっぱり、大きな安全ピンをつけています)
(続く)

*「ペニーさん」(マリー・ホール・エッツ 松岡享子訳 徳間書店)
*「ペニーさん動物家族」(マリー・ホール・エッツ 松岡享子訳 徳間書店)
*「ペニーさんのサーカス」(マリー・ホール・エッツ 松岡享子訳 徳間書店)
*「沖釣り漁師のバート・ダウじいさん」(マックロスキー わたなべしげお訳・童話館)
*「かもさんおとおり」(マックロスキー わたなべしげお訳 福音館)

☆写真は、英国 キューガーデン (撮影:&Co.Ak)

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ペニーさんのサーカス

       ペニーさんj
 ペニーさんシリーズの完結編「ペニーさんのサーカス」がでました。 ペニーさんは動物たちと暮らす心優しい人です。
 おなじみの動物たち、ウマのリンビーも、メウシのムールーも、ブタのパグワッグも、子ひつじのミムキンも、メンドリのチャクラックも、オンドリのドゥーディも、そして、ヤギのスプロップも、もちろん登場します。それに加わるクマのオラフ、チンパンジーのスージー。

 作者のマリー・ホール・エッツは「もりのなか」「またもりへ」の作者です。これらの絵本は、小さな子どもに愛され続けてきました。ペニーさんシリーズは、絵本の装丁としては、お話が長いものの、絵も多いので、もう少し大きい子どもたち、小学生に楽しんでほしいシリーズです。

 字が読めるようになると、ついつい大人は、「もっと字の本を読みなさい」と子どもを絵本から離しがちです。子どもには迷惑千万な話ですが、大人たちにとって、字の多い絵本というのは、「小さい子の読む絵本」にしか見えないことが多いようです。ちょっと、読んでみるだけで、わかることとはいえ、お母さんたちも忙しいのか、本を手に取る暇もなく、つい「そんな絵の本、小さい子のんやわ。字が読めるんやから、字の本にしなさい」

 字が読めるようになっても、身近な大人が、声に出して読むなら、まだまだ、読んでもらう楽しみから離れたくない子どもたちは、ペニーさんたちと楽しい時間を過ごせると思います。「もう読んで要らん」という日が来るまで、一緒に絵本やお話を分かち合うのは、大人にとっても、大切な時間であり、大切な時間だったと信じます。

☆写真右が「ペニーさん」左が「ペニーさんと動物家族」写真下に写るのが「ペニーさんのサーカス」の家族写真です。皆いい顔なのですが、特にチンパンジーのスージーがいい顔!

蛇足です。本文、最後辺りで、年老いた象を買う提案もあって、最後の家族写真には象も参画かと思いきや、象は不在でちょっと残念。この本でシリーズ完結となっていたので、結局、象は?ま、同じ作者の「いどにおちたぞうさん」でも読むことにしましょう。(続く)

*「ペニーさん」(マリー・ホール・エッツ 松岡享子訳 徳間書店)
*「ペニーさん動物家族」(マリー・ホール・エッツ 松岡享子訳 徳間書店)
*「ペニーさんのサーカス」(マリー・ホール・エッツ 松岡享子訳 徳間書店)
*「もりのなか」(マリー・ホール・エッツ まさきるりこ訳 福音館)
*「また もりへ」(マリー・ホール・エッツ まさきるりこ訳 福音館)
*「いどにおちた ぞうさん」」(マリー・ホール・エッツ たなべいすず訳 冨山房)

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映画「グランド・ブタペスト・ホテル」

                      ミューレンj
 共産主義時代の東欧らしい架空の国の豪華ホテル、伝説的なコンシェルジェとそのベルボーイ。富豪の伯爵夫人、その死と遺産をめぐるミステリー活劇。脱走劇も逃亡劇も追跡劇も、大真面目にふざけています。可笑しくて哀しい。どの俳優・女優も、癖のある人ばっり。どこかで見たことのある主役級の俳優さんたちが、こんなとこに?

 玩具のような可愛いピンクのお菓子が登場したかと思いきや、思い切りクラシックなお屋敷。真っ赤なエレベーターに乗る従業員のユニフォームは紫。屋根伝いに恋人が帰っていくかと思えば、美術館での殺人事件。以前、「アメリ」というフランス映画を見たときも、そのテンポと展開に、くらっと来たのを思い出しました。

 この映画は、映画は娯楽だ!楽しまなきゃね!というメッセージを発信しつつも、そこに戦争の時代を描き、難民の哀しみを語らせる。グランド・ブタペストホテルというからには、ソ連の支配下に置かれたハンガリーのブタペストを意識しているのでしょう。ただのおふざけ映画のようにも見えて、奥も裏もある・・・
 美術館もちょっとした舞台の一つになりますが、大きくは架空の名画「少年とリンゴ」の追跡劇でもあります。が、その絵があったところに置かれる裸婦二人の絵って、ウィーンのエゴン・シーレの絵に似ていたし、お屋敷の床に置いてあったのは、クリムトっぽい一枚。

 楽しさを倍増させる音楽は、ロシアのバラライカであり、スイスのヨーデルやアルペンホルンであり、ハンガリー東欧などで見られるツィンバロムらしい。(このツィンバロム、ハープシコードみたいで、またピアノの前身のような風貌で、弦を叩く打楽器です。以前、スイスのホテルで、演奏しているのを聴いたことがあります。ばちの様なもので叩くと、凄く深い音が出たのが記憶に残っています。)

 最後、エンディングロールに可愛くバラライカのカット絵が出てきて、素敵なエンディングロールだと思っていたら、最後の最後、可愛いロシア風のおじさんが踊るアニメーションまでついていて、楽しい映画のおまけのようで、にっこり。

☆写真は、スイス ヴェンゲンから見た崖の上のミューレンの街、崖中央の豪華なホテルは、グランド・ブダペストホテルではありません。

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かものプルッフ

おかあさんがもj
                   こがもj

 なんだか、孫の成長が気になるおじいちゃん・おばあちゃん気分で、今週も子ガモたちを見に行きました。

 3羽ともバラバラになって、母親から離れて泳いだり、ちょっと水辺にあがってみたりと、忙しいこと。
 それに、泳ぎが上手になっていること。すいすいすーい。
 あれだけ、早く泳げるようになるっていうことは、助走をつけて飛び立つ練習の練習なのでしょう。見ていてあきません。

  絵本 「かものプルッフ」では、8羽の子ガモたちの名前が、プルっとうまくもぐるからプルッフ。お喋りな二人は、カンカンとケッケ。よく食べるのはクイユー。あとは、クロップにベジョーヌにフレーシュ、一番小さい子はコキーユ。
 そう名付けると、お父さんは、みんなの名を呼び、「さようなら、いつもおかあさんのいうことを、よくきくんだよ。わたしには、おまえたちを教えるひまがないんだから」と言って、飛んで行ってしまうのです。
 ということで、今朝もお母さんガモは、池のあちこちを泳ぎ回る子ガモたちに目配りをしながら池にいましたが、お父さんガモは、やっぱり居ませんでした。

  「かものプルッフ」は、ペール・カストール叢書の一冊で、カストールの妻、リダ・フォシェが文を書き、絵は、フェードル・ロジャンコフスキー。そして、訳・編は石井桃子。(以前は福音館から出ていましたが、現在は版型が変わり童話館から出ています。)他には「かわせみのマルタン」「野うさぎのフルー」「りすのパナシ」「くまのブウル」も翻訳されています。

 文は、科学的な説明箇所もあり、簡潔なお話の本というシリーズではありませんが、それぞれの動物たちの生態を、子どもたちにもわかりやすい形で紹介したシリーズです。なにより、ロジャンコフスキーの絵が秀逸。

*「かものプルッフ」「かわせみのマルタン」「野うさぎのフルー」「りすのパナシ」「くまのブウル」(リダ・フォシェ文、フェードル・ロジャンコフスキー絵 石井桃子訳・編 童話館)
☆写真は、「おかあさんと似てますか?」

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石井桃子についての本三冊、その後(1の3の番外)

アメリカ朝鮮朝顔jj
(承前)
 実は、 「ワンダ・ガアグ 若き日の痛みと輝き」この二段組み500ページを優に超える重い本が、翻訳出版された時、(1997年)、価格と、文の量にひるんで手を出していませんでした。
 が、石井桃子→「マイ・アントニーア」から引っ張り込んだ「ひゃくまんびきのねこ」の作者ワンダ・ガアグに触れるための資料として用意し、目を通しているうちに、若き女性の日記ということで、読みやすく、今回、(精読とは言えませんが)読んでしまいました。

 そこには、家計を助けるために絵やお話を投稿し、その結果を心待ちにするワンダから始まって、友人たちと出会い、影響を受ける男友達と出会い、仕事をし、美術学校の奨学生となり、恋を感じ、絵を描き描き、・・・と、14歳から24歳までの、若き日のワンダが等身大で描かれています。ここに書かれているのは、大なり小なり、若者が通る青春の道筋であり、そこをたどるような気持ちで読み進みました。

 哲学的な心の葛藤や才能についても書かれています。21歳の日記にこうあります。
≪才能を伸ばすことに全力を傾けるのでなければ、才能に恵まれてもなんの意味があるというのか―――我々の心の中で、感情が渦を巻き、我々が純粋な喜びに腕を広げたり、手を握り締めたり、足を踏み鳴らしたり、あるいはぐるぐると歩きまわったりするのは、才能を内に秘めてしまうのではなく世の人々に伝えるのが我々の義務だということではないのか。≫

 また、ホイッスラーとラスキンの裁判沙汰のことは、有名な出来事だとはいえ、それを、当時の芸術系の学生たちが、どう考えていたのかを読むと、歴史的な訴訟と言うより、リアルタイムのもめ事に思えて、面白いものでした。

 ガアグは「ひゃくまんびきのねこ」などの絵本、挿絵で、後世に受け継がれる画家となりましたが、この若い頃の日記で、≪さし絵のクラスでは、怠け者です。なにもせずに、ただ座っているだけですよ≫と自嘲気味に言い、挿絵のクラスの他の学生の構成は概ね素晴らしく、製図技術や出来栄えは優れているというものの、≪心が欠けている≫と一刀両断。若き日の熱き思いを日記に読みました。

*「若き日の痛みと輝き」(ワンダ・ガアグ 阿部公子訳 こぐま社)
*「ひゃくまんびきのねこ」(ワンダ・ガアグ 石井桃子訳 福音館)

☆写真は、アメリカチョウセン朝顔。

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石井桃子についての本三冊、その後(1の3の2)

こいしかわのねこ
(承前)
 さて、 「ひゃくまんびきのねこ」は、文もさることながら、その横長の絵本は、延々と続く道を表現するのにぴったりだし、白と黒の画面も、いろんな色の猫を思い浮かべるのにぴったりです。また、、「ひゃくまんびきのねこ」に続く「へんなどうつぶ」「すにっぴいとすなっぴい」「すんだことはすんだこと」「しらゆきひめとと七人の小人たち」などを見ていると、素朴なタッチが親しみやすく楽しいだけでなく、その黒色に込められた力強さも見えてきます。
 
 ところで、過日、とある人気画家の展覧会に行った時、その素描が、あまり達者なものではないと、少々がっかりしたのですが、家計を助ける意味もあって、14歳の頃から、自作の絵やお話と挿絵を出版社に送り、その結果を楽しみにしていたワンダ・ガアグのそれは、子どもの頃の作品も、「若き日の痛みと輝き」巻頭にある、たくさんの作品も、魅力的でした。

 芸術の才能があっても、いろんな流れから、当初思い描いていた芸術一本で生きて行きにくい世の中で暮らすことになったとき、どう折り合いをつけて行くのか。ワンダ・ガアグは、23歳頃の日記「若き日の痛みと輝き」に≪ああ、神様、一生、一生、つらい思いをしてもかまいませんから、小手先でうまい絵の描けるさし絵画家で止まるようなことはさせないでください。≫と記し、若き日の葛藤を記しています。

 一見、戯画のようなタッチのガアグの絵ですが、実は、深いところで削がれた結果であり、ガアグに限らず、古典となって、支持されていく絵本たちの画家は、しっかり基礎を積み重ねた画家たちなのだと思います。(続く)

*「若き日の痛みと輝き」(ワンダ・ガアグ 阿部公子訳 こぐま社)
*「ひゃくまんびきのねこ」(ワンダ・ガアグ 石井桃子訳 福音館)
*「へんなどうつぶ」(ワンダ・ガアグ 渡辺茂男訳 岩波)
*「すにっぴぃとすなっぴぃ」(ワンダ・ガアグ 渡辺茂男 岩波)
*「スニッピーとスナッピー」(ワンダ・ガアグ さくまゆみこ訳 あすなろ書房)
*「すんだことはすんだこと」(ワンダ・ガアグ 佐々木マキ訳 福音館)
*「しらゆきひめと七人の小人たち」(ワンダ・ガアグ再話 絵 内田 莉莎子訳 福音館)

☆写真は、東京小石川植物園を歩くねこ。

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石井桃子についての本三冊、その後(1の3の1)

        西表のねこj
 (承前)
 「マイ・アントニーア」(ウィラ・キャザー 佐藤宏子訳 みすず書房)で、アントニーアは、ボヘミア移民の子として描かれています。

 そのボヘミア移民で思い出したのが、同じくボヘミア移民の子、絵本「ひゃくまんびきのねこ」の作者ワンダ・ガアグでした。ただ、母方からみると、すでにボヘミア移民三世で父親は画家だったガアグと、時代も少し差のあるキャザーの生みだしたアントニーアの暮らしには、少々隔たりがあるものの、父親を早くに亡くし、一家の働き手となる個人的な背景はよく似ています。また、母国の文化や風習を重んじながら、アメリカの風土になじんでいくところは同じで「ワンダ・ガアグ 若き日の痛みと輝き」 (ワンダ・ガアグ・阿部公子訳・こぐま社)という日記を読むと、≪私は、アメリカで生まれたが、時々、幼児期をヨーロッパで過ごしたような錯覚を覚える。父はボヘミア生まれ、母の両親も同様だ。私の生まれたミネソタ州ニューアルムは、中世ヨーロッパの人たちが建設した町で、私は、旧世界の風習や伝説、バヴァリアやボヘミアの民謡、ドイツのメールヘンや体操会の中で育った。学校に上がるまで、英語は話さなかった。≫とありました。

 ワンダ・ガアグは、絵本「ひゃくまんびきのねこ」を生みだします。これは、昔話ではなく創作ですが、、そのリズミカルな文章は、耳で楽しむ昔話のそれと同じです。そして、それを、石井桃子が美しい日本語にして、日本の子どもたちも、楽しめるように紹介したのは、幸運でした。ウィラ・キャザーに惹かれた石井桃子が、ガアグに出会ったのも、偶然ではないような気がします。(続く)

*「ひゃくまんびきのねこ」(ワンダ・ガアグ作 石井桃子訳 福音館)
☆写真は、西表島のねこ 西表山猫にあらず。(撮影:&Co.A)

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石井桃子についての本三冊、その後(1の2)

月の移動j
(承前)
 「マイ・アントニーア」には、自然を描写した美しい表現が多く、文中で紹介される本や詩、音楽。おおざっぱで荒々しく思えるアメリカ開拓時代に、優しい風を時折、吹き込み話がすすみます。
 「最良の日々は・・・なによりも早く過ぎゆく」という巻頭にあるウェルギリウスの言葉が、途中でも出てくるのですが、その言葉だけで、思い出せる日々。短かった青春時代は誰しもあって・・・

 もちろん、最良の日々でないことの多い長い年月は、真面目に働き続けたアントーニアに、追い打ちをかけるのですが、これは、アメリカ19世紀後半の話。先日の「ジェルミニィ・ラセルトゥト」も、パリ19世紀半ば。所変われど、結局、貧しい女性たちがより過酷な運命に出会って行くのは、小説にしやすいからだけでなく、身近に本当にたくさんあったから作品になったのであろうと、考えられます。
 が、しかし、「ジェルミニィ」の方は、救いがなく、「アントニーア」には、救いがありました。もちろん、ジェルミィの方は、これでもかと、執拗に落ちて行く日々が描かれますが、アントニーアの方は、その辺りは、さらっと描かれていて、全体からみると、ほんの一部でしかないという違いがあります。また、男性作家と女性作家の違いもあるでしょう。また、古都パリと、開発されつつあった時代のアメリカという違いもあるでしょう。

 そして、何より、結末に大きな違いがありました。
 「ジェルミィ」は読後、人生の理不尽さ、不条理など、なんだか難しい言葉が心に残りました。
 「マイ・アントニーア」の最後の章は、読む進むにつれ、「ああ、よかった」と心が温かくなり、「そうよね、幸せって、こういうことよね」と、心が満たされてくるのです。
 この章を読むために、ここまで読んできたんだ・・・

 「ジェルミィ」は、読んだ後、いつまでも暗い19世紀のパリのままでした。
 「マイ・アントニーア」は、いつのまにか、かつてのアメリカを離れ、子だくさんのアントニーア、そして、その家族と一緒に温かい部屋にいるような気分になりました。

 法律家になったジムは、アントニーアに最後に会ってから20年後、やっとアントニーアと、その家族に会いに行きます。
≪・・・男の子たちは、ぼくに好きな寝場所を選ぶようにと言ったので,暖かい陽気の間は開け放たれ、星が見える大きな窓の前に横になった。アンブローシュとレオは、庇の下の乾草の窪みに寄り添って、くすくす笑いをしたり、小声で話したりしていた。くすぐりあったり、乾草を投げたり、転がりまわっていたが、突然、銃で撃たれたように動かなくなった。くすくす笑いと穏やかな眠りの間には一分とは経っていなかった。  ぼくは、ゆっくりと動く月が、ぼくのいる窓を通り過ぎて中空へ登っていくまで、起きていた。・・・≫
(続く)
*「マイ・アントニーア」(ウィラ・キャザー 佐藤宏子訳 みすず書房)
*「ジェルミニィ・ラセルトゥウ」(ゴンクウル兄弟作 大西克和訳 岩波文庫)
☆写真は、スイス ヴェンゲンから見た夜中の月。

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石井桃子についての本三冊、その後(1の1)

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「マイ・アントニーア」 (ウィラ・キャザー 佐藤宏子訳 みすず書房)
  「石井桃子のことば」で知ったウィラ・キャザーという女流作家のこと。また、「東京子ども図書館」に寄せられていた佐藤宏子文の「石井桃子とウィラ・キャザー」から、図書館で、ウィラ・キャザー「マイ・アントニーア」(佐藤宏子訳)と、「私の不倶戴天の敵」の2冊を借りました。特に選んだわけではなく、近所の図書館には、この2冊しか所蔵していなかったからです。

 まず、「マイ・アントニーア」
 NYで法律顧問をしているジム・バーデンが、子ども時代、少年期、青年期と回想する中で、身近に居たボヘミア移民の女の子アントニーアの存在、あるいは、身近にいた移民たち、故郷そしてアメリカ西部開拓時代を語る話です。
 
 まだまだ、アメリカが貧しくて、まだまだ移民たちがそれぞれの民族色を色濃く持っていた頃の、ほろ苦い少年少女時代と、青年期、そして、中年になった今、という設定なのですが、中心になるボヘミア移民のアントニーアのたくましい生き方は、読んでいて、ボヘミア、つまり、チェコ西部辺りのヨーロッパの女性、肌の色の黒くない女性を思い浮かべることができませんでした。最後まで、私の乏しい想像力は、ネィティブアメリカンのような、大地に太めの足をどっかりとつけ、日焼けした女性、アントニーアでした。(続く)

☆写真は、東京 小石川植物園の北アメリカ原産落葉針葉高木のラクウショウという木の呼吸根。別名ヌマスギ。なんだか、不思議な光景でしょう。ムーミンの世界に近いような。

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バレエ・リュス展

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 先日、東京新国立美術館で開催されている「魅惑のコスチューム:バレエ・リュス展」(~2014年9月1日)に行きました。上記写真のパンフレットには≪現代の芸術・ファッションの源泉 ピカソ、マティスを魅了したロシア・バレエ≫のキャプションがついています。

 舞台衣装とその元となったデザイン画などが展示され、パリのオペラ座の展示を思い出しましたが、この展示は、ガラスケースに入っていない分、前からも後ろからも丁寧に衣装を見ることができます。
 衣装そのものに興味があるとしたら、これは、なかなかのコレクションだと思わざるを得ません。細かく作っても舞台では、映えないはずのものなのに、かなり細かい作業の衣装もあって、驚かされます
 「ダフニスとクロエ」の衣装は、かなりアヴァンギャルドな感じのもので、原作の気恥かしい様な初恋物語を、この衣装で、どう表現していったのか、なかなかイメージしにくいものでした。
 あるいは、現代でも街着として通用しそうなものもあって、当時の観客がおしゃれの先取りを楽しんでいたのが、感じられました。

 さらに、壁に展示されているデザイン画などを見ていると、当然のことながら、デザイナー本人が、そのバレエの内容をしっかり把握していることがわかります。もちろん、バレエそのもののが好きであるというデザイナーの嗜好も手伝っているような気がします。

 ピカソのデザイン画やプログラム表紙絵が何点かあり、また、マリー・ローランサンやキリコもあり、このバレエ団が、当時のパリの芸術家たちを巻き込んでいったのがわかります。
  「うるわしのワシリーサ」「カエルの王女」などのロシアの昔話絵本を作ったイワン・ビリービンも、一枚ありました。彼も、舞台画を描き、舞台衣装もデザインしていました。(参考:Иван Билибин. Альбом.イワン・ビリビン画集)
 ロシアがバレエの本場だと捉えると当然のような気がしますが、オペラやバレエに大きな関心を持ち、また、その仕事も多かったアメリカのセンダックを思うと、舞台美術も手掛ける画家たちは、実際に、絵が動き出すという大きな楽しみを持って、仕事に臨んだに違いありません。

 衣装そのものを鑑賞するのは、少数派かもしれません。本来、バレエ・リュスのコレクションの鑑賞は、沼辺信一さんのブログ「私たちは20世紀に生まれた」に、詳しく、そして熱く書かれていますので、是非、そちらをクリック

*「うるわしのワシリーサ」(ロシアの昔話 イヴァン・ビリービン 田中泰子訳 ほるぷ)
*「カエルの王女」(ロシアの民話 イワン・ビリービン 佐藤靖彦訳 新読書社)
*「サルタンの王の物語」(プーシキン文 イワン・ビリービン絵 山口洋子訳 MBC21)
*「金鶏物語」(プーシキン文 イワン・ビリービン絵 山口洋子訳 MBC21)

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かもさん末っ子

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  独断と偏見に満ちた主観であるものの、先週一人離れて泳いでいた子と、今日の写真上方、一人左方向に進む子は、同じだと思います。ほかの2羽は母親と同じ右方向に進んでいます。

 先週も、いつも、皆から離れ気味で、並んで泳ぐときは、一番後ろになり、いつの間にか、皆と方向をずらし、一人になっていました。
 今週は、みんな、上手に泳いでいましたので、その子は、もはや、皆とずいぶん違うところに居ることが多く、池に着いた時、「あれ!ほかのみんなは????」と心配したのですが、離れた場所で、お母さんとほかの二羽は一緒にいました。(父親はこの池におらず、お出かけのご様子でした。) そこで、この写真のような4ショットの瞬間はこの一枚だけなのです。少なくとも、見ている間、4羽がそばに居ることはありませんでした。

 かもさんは、どの子が末っ子なのか、どの順で末っ子なのか、よくわかりません。
 が、絵本「かもさんおとおり」の子どもたちジャックとカックとラックとマックとナックとウァックとパックとクワックにも、いつも、最後尾を遅れ気味で必死に付いてくる子がいます。初めて並んで泳ぐ時は、余裕でよそ見をしていたのに、ともかく歩きだすと歩幅を広げ頑張ってます。時々、ほかの子が振り返って、その子を見るのも面白い。また、道を渡れなくて、みんなが「ぐわっ!」と、声をあげている時も、一人「げぇー!」と鳴いています。
 我が家でも、同じように自由に振舞い、必死で追いつこうとしてきた末っ子とよく重ねたものでした。

*「かもさんおとおり」(マックロスキー 渡辺茂男訳 福音館)
☆下の写真は、本物のボストン スワンボートとマラードさんたちのご子孫。(撮影:&Co.Y)

    カモサンスワンボートj

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汗がでる

せみのぬけがらj
 二年前の夏から、プールの後、サウナに入るようになったら、少しずつ汗がでるようになって、今は、全身タラーに近づいたものの、思わぬところに落とし穴。(当然のことながら)

 ちょっと部屋でごそごそしていても汗をかき、ちょっと歩いても汗をかくようになってしまった。以前は、汗ふきタオルとは、縁遠い人だったのですが、ほんと、おかげで、朝から、汗をかいています。う~

 子どもたちが小さい時、汗をかいたら、お風呂に入れ遊ばせていたのを思い出しながら、今は、外から帰ったら、私がシャワーに直行。
 
 そうか、まだ梅雨明けもしていなかった・・・

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人生と自然とに慎ましい微笑を送る

イヴォワールブドウj

「ぶどう畑のぶどう作り」 (ルナアル 岸田国士訳 岩波文庫)
(承前)
 しつこくルナールを、もう一冊、電車で読んでいたら、電車の中で、失笑。
 ブラックユーモアと言う人も居るでしょうが、「おち」の付け方が、関西人のそれに似てなくもないので、思わず、笑ってしまいます。ということは、関西人とパリジャン・パリジェンヌは似てる?まさかね。

 一部だけ抜き書きしてもその可笑しさは伝わらないので、ここでは、訳者が「後記」で書いたこの文だけ、書き写しておきます。特に、最後の行の言葉は、読者の共感を呼ぶ大切なものだと思っています。

≪・・・・訳者はもちろん、この「ぶどう畑」が「にんじん」のごとく一般の口に合うとは思っておらぬ。ただ、「にんじん」によって作者ルナアルの一面を識った読者に、あらためて「ぶどう畑」の一面を紹介することにより、このたぐいまれな芸術家の風貌をやや全面的に伝えることができたら、訳者の望は足りるのである。「にんじん」が、彼の少年時代を苦き回顧の情を以って綴ったものとすれば、「ぶどう畑」は、よりストイックな心境を透して、人生と自然とに慎ましい微笑を送っていることがわかる。≫

*「にんじん」(ルナアル作 岸田国士訳 ヴァロトン挿絵 岩波文庫)
*「博物誌」(ルナール文 ロートレック絵 辻 昶訳 岩波文庫)
*「博物誌」(ルナール文 ボナール絵 岸田国士訳 新潮文庫)

*****「ぶどう畑のぶどう作り」の同題章には、一部「博物誌」と同じ文が入っています。

☆写真は、日本の瓦屋根みたいではありますが、レマン湖フランス側 イヴォワールの民家軒先のブドウ。

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二冊の博物誌

くじゃくj
(承前)
 「博物誌」は、岩波文庫の辻 昶訳と、新潮文庫の岸田国士訳があります。
 各章、注釈が細かい辻 昶訳が面白く、フランス語の隠された意味だとか、洒落だとか皮肉だとかも、楽しめました。
 それから、二冊には二人の画家が挿絵を描いています。
 岩波文庫はロートレック(写真左)新潮文庫は、ボナール。(写真右)

 ロートレックがこんな絵を描くとは知りませんでしたから、新鮮でした。繊細なタッチが作品の品を高めているようで、訳とともに、この岩波文庫が好みの1冊となりました。(ただ、全部掲載されていないような・・・)
 
 一方、ボナールの挿絵は、大胆で、ときとして、本題のユーモアを成り替わり表現しているかのようなタッチです。そういえば、岩波文庫の「ダフニスとクロエー」も、ボナールの絵でした。

 今回、ヴァロットン展を見に行った発端は、パリ オルセー美術館で見た絵「ボール」だったことは書きましたが、オルセーでヴァロットンの隣に展示してあった、やはり、日本の空気むんむんの作品が、ボナールの「砂で遊ぶ子ども」でした。描かれている子どもは、日本の小さなおかっぱの女の子のようで、しかも、絵自体が掛け軸のように長い絵。先のヴァロットンとともに、とても印象深かった絵でした。
 
ヴァロットン」から「にんじん」に行き「博物誌」に行き、「ボナール」に来て、小さく一回りした気分です。

≪「くじゃく」
きょうこそきっと、結婚式をあげるだろう。  式はきのうあげられるはずだった。礼服を着こんで、待ちうけていた。花嫁が来さえすればよかったのだ。ところが、花嫁は来なかった。だがきょうは、もうそろそろ来るだろう。  誇らしげに、彼はインドの王子みたいな足どりで散歩している。・・・・・・・花嫁はやってこない。・・・・・・きょうの残りの時間をどうやって過ごしていいのかわからないので、玄関の前の階段のほうへ歩いていく。神殿の階段でものぼるみたいに、しゃっちょこばった足どりで、一段一段、しずしずとのぼっていく。・・・・・・もう一度、結婚式の下げいこをしているのだ。≫(辻 昶訳)
(続く)

*「にんじん」(ルナアル作 岸田国士訳 ヴァロトン挿絵 岩波文庫)
*「博物誌」(ルナール文 ロートレック絵 辻 昶訳 岩波文庫)
*「博物誌」(ルナール文 ボナール絵 岸田国士訳 新潮文庫)
*「ダフニスとクロエー」(ロンゴス文 ボナール絵 松平千秋訳 岩波文庫)

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短文部門(ただし、翻訳)

恐竜長いjj
(承前)
 先日、2014年で面白かった短編中編長編を書きました。
今回、短文部門(ただし、翻訳)も付け加えます。

 ルナール続きで、もう一冊読みました。
「博物誌」です。
 「にんじん」は、テーマが重いものの、その観察眼による筆の力に引き込まれました。
 そして、ルナールの観察眼は、家族だけでなく、当然ながら、周りのものや人や動物等にも向けられ、「博物誌」の1冊になっています。 
 文は、短く、シャープです。その中に、凝縮された本質。
 もちろん、ユーモアは忘れません。
 笑いの中に、少々の皮肉、少々の厳しさを取り入れた文章は、思わず、ふふふの世界です。

 中でも、「へび」という題のたった一行の文は、最高です。

「へび」
≪長すぎる。≫

(続く)
*「にんじん」(ルナアル作 岸田国士訳 ヴァロトン挿絵 岩波文庫)
*「博物誌」(ルナール文 ロートレック絵 辻 昶訳 岩波文庫)
*「博物誌」(ルナール文 ボナール絵 岸田国士訳 新潮文庫)

☆写真は、ロンドン 自然史博物館ホールの恐竜

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かもさん家族

かもさんとうさんj
あらぁ、今朝もおひとり?・・・・と思ったら、ちょっと離れた浅い水辺に、おお、ついにお目見え。かもの子どもたちとお母さん。
かあさんかもさんj
  かもたちが、道路を渡ろうとすると、ボストンでは、親切なマイケルさんたちが、交通整理をし、横断させました。
  日本では、札幌の国道の中央分離帯で困っていたかもさんたちを、おまわりさんが母親かもを抱いて、その後ろをこがもたちがついてくるという方法で、川まで誘導させたニュースが最近ありました。

 この公園の池と水辺を餌場としたなら、以前考えていた川から子どもたちとやって来るには、遠すぎるような気がするけれど、札幌のかもさんたちも、おまわりさんと20分歩いて移動したようですから、この子たちも密かに移動してきた?
 絵本「かもさんおとおり」にあるように、お母さんは泳ぎ方ともぐり方と一列になって、並んで歩くことを教え≪自転車やスクーターや、そのほか くるまのついたものには、あぶないから ちかよってはいけません≫と教え、≪さあ、行きましょう≫と、お父さんの待つ池に移動したんでしょう。
かもさんかあさんj
かもさんあかちゃんj
 浅い水辺では、ちょろちょろ、母親の周りに居た子どもたちなのに、父親の居る、足の届かない池に入ったら、一人みんなと離れて泳いでいる子がいます。下の写真がそうですが、なんだか、後ろ姿がもう大人びて見えるから不思議です。
ひとりはなれてj
*「かもさんおとおり」(マックロスキー 渡辺茂男訳 福音館)

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にんじん

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(承前)
 ヴァロットン展で、懐かしさのあまり、声をあげたのは、
 「『にんじん』の挿絵ってヴァロットンだったの?」

 いつ読んだのでしょう?多分小学校高学年の頃、箱入りで、薄緑色の表紙で(この記憶正しいかなぁ)、この挿絵、この挿絵。思いだした!(調べたら、多分 旺文社文庫だったよう。)

「にんじん」 (ルナアル作 岸田国士訳 ヴァロトン挿絵 岩波文庫)
 うーん、読んでみましたよ。
 こんな話だったっけ?
 こんなん虐待の話やん。
 にんじんの母親、言語道断やわ。
 こんな本、よく小学生が読んだこと!
 挿絵がついてるから、子どもの本と思ったんでしょう。内容が、ほとんど思い出せなかった所を見ると、絵だけ見て、ちゃんと、読んでなかった?絵や本の質感は、しっかり覚えているのに・・・

 が、しかし、今読み返してみると、実は、変な行動を取っているかに見える≪にんじん≫は、子どもらしい感性で、しかも大人を醒めた視点でよく観察しているのがわかります。子どもの頃、こんな感触、あった、あったという感じです。特に、一人でいるときの気持ち。この感じは読んだ覚えがあります。異常なお母さんの行いのことより、≪にんじん≫の心の方を覚えています。当時は、虐待という言葉も知らなかったはずで、「それにしても、きついお母さんやなぁ」ぐらいにしか捉えてなかったのだと思います。 ところが、今は、自分自身が母親になったせいもあって、にんじんの母親の異常さがわかります。こんなん、ありえへん。

 次に、今、読んでみると、単に短い文の並びで、この本が成り立っているのではないことに気付きます。
 つまり、どこから読んでもよさそうなのに、実は、時系列があって、虐待されるままになっていた彼が成長し、母親にたてつき、さらには、絞り出すように、父親に訴えるのです。
≪・・・今日は、僕自身のために正義を叫ぶんだ。どんな運命でも、僕のよりゃましだよ。僕には一人の母親がある。この母親が僕を愛してくれないんだ。そして僕がまたその母親を愛していないんじゃないか。≫

 そして、一見、蛇足のようにも思える、最後の最後「にんじんのアルバム」というほんの数行ずつのメモのような三十の文を読むと、些細な出来事まで書き残し、訴えたかった、作者が背負い続けていたものを感じました。(続く)

☆写真左が「にんじん」(岩波文庫)の挿絵、右は三菱一号館美術館所蔵のヴァロットン版画カード。下チケット。

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ヴァロットン展

バロットン展j
 パリ オルセー美術館で、ヴァロットンの「ボール」という絵(上記写真)が印象に残っていて、他の作品も見たくて行きました。世界巡回の一環で、今回、その作品をまとめて見れるという触れ込みでした。
 なにしろ、オルセー美術館は、ほとんど無限のように見える所蔵展示なものですから、なかなか個々の作品の全貌を見るわけにはいきません。

 この「ボール」と言う絵を初めてみたとき、日本画のような空気を感じました。それと、夏の日差しと静けさ。
 その絵の解説を見ると、二枚の写真による構成だと紹介されていました。また、その陰影や子どもと奥の女性など、さまざまな対比の解釈が紹介されていました。そんなに深い意味も考えずに、単に、大量のオルセーの画の中で、この絵の前に立った時、ほっとしたのを覚えています。初見だったのですが、懐かしい・・・

 それで、今回のヴァロットン展(~2014年9月23日・東京三菱一号館美術館)に行くと、どうも私の思っていた感じじゃなく、何か、醒めた視点の絵が多いのに気付きました。画家本人の個人的な問題もあったようですが、重い・・・

 ところが、木版画の数々を見ると、一気に重い気持ちが軽やかに。
 そのタイトルの付け方はお洒落だし、一個一個の人達に表情がある・・・
 それらは、もともとこの東京三菱一号館所蔵のもので、今回はまとめて展示という運びらしいのですが、個人的には、ヴァロットンは、版画の方が好きかな?

 するうち、思わず、「ああ、これ!これってヴァロットンだったのぉ!」と、声に出してしまいました。(続く)
☆写真は、東京三菱一号館美術館中庭。

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メール1通

         ハンプトンコート横j
 娘に英国からメール。
 「かの作品を展示するので至急送ってほしい。」
 娘は返信。
 「了解しました。」
 娘は、母にメール。
 「展覧会に、クィーンが見に来るかもしれへんて。」
 寝惚けた母は、娘に返信。
 「あのじいさんたち?」(失礼!)
 娘は、呆けた母に返信。
 「エリザベス!女王!」
 目が覚めた母は、娘に返信。
 「そうか、貴女の作品の前で立ち止まったらいいね」
 娘は、母に返信。
 「もしかしたら、来ないかもしれないけど、励みになるわ。なんか、いい夢見れそう。おやすみ」
☆写真は、英国ハンプトンコート。(撮影:&Co.H)

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紙きれ一枚

向うに琵琶湖j

 還暦を迎えた5月から、毎回プールで泳いだ距離を申告し、記録してもらっています。
 先日、「2か月分です」と言って、琵琶湖の略図に、トータル距離を色付けした紙をもらいました。
 うーん。大津からスタートして、やっと琵琶湖大橋の東たもと辺り。琵琶湖一周もなかなか大変だ!

 子どもの時、教室の後ろに頑張り表などというものが貼られ、頑張ってみたのと同じ気持ちです。こんな些細な記録でも、何か記してもらったら、励みになります。何歳になっても、ごほうびは、嬉しいものです。それが、紙切れ一枚であろうと、ちょっとした言葉であろうと。
 ともかく、琵琶湖一周頑張るぞ。235キロらしい。一年じゃ無理・・・・

☆写真は、琵琶湖南の石山寺境内から、琵琶湖を望んだ写真です。川は瀬田川。そこにかかる瀬田の唐橋は、ちょうど手前の名神高速に重なって見えませんが、一番遠くに、うっすら見える橋が琵琶湖大橋。奥に写る山は、比叡山。(・・・と思う)

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長編部門 続き

          スモークツリーj
(承前)
 「ジェルミニィ・ラセルトゥウ」は、ゴンクウル兄弟(1822‐1896,1830‐1870)が、二人で原稿を突き合わせ推敲、どちらがどう書いたかという違いもわからないとされる作品です。

 先に書いたように、フランス19世紀の下層の女性、薄倖の女性が、落ちて行く過程、その心理状況を描いた作品でしたが、読むうち、段々、同世紀の日本の下層の女性たち、すなわち、江戸期の花街などなどが、浮かんでいました。

 国は違えど、あるいは、その風俗に違いはあれど、女性たちが落ちて行く状況は、万国共通で、特に時代も同じ頃とあっては、その共通点を見いだせるものかなと考えていました。また、的外れな発想かもしれませんが、「歌麿」や「北斎」という研究・刊行をしたゴンクウルであれば、まったく、日本の江戸期のイメージがなかったとも言えないのではないかと・・・
 少なくとも、私には、フランス19世紀に生きていたジェルミニィと、華やかに描かれてはいるものの、その裏で、悲惨な人生であったと思われる同時期の女性が浮かんだのです。

 弟は早世し、兄のエドモンド・ゴンクールは、ゴンクールの名を冠したゴンクール文学賞を設立。その賞は、フランスで今もまだ続く、権威ある賞となっています。

 さて、気も早く、2014年で読んだ本の中で一番面白いのを書いてみたわけですが、どの3冊も、新しい本ではありませでした。一番新しくて1945年の「動物農場」。「ジェルミニィ・ラセルトゥウ」も1865年で、文庫版が2014年4月刊だといっても、短編集「愛書狂」は、19世紀の作品集でした。

*「ジェルミニィ・ラセルトゥウ」(ゴンクウル兄弟作 大西克和訳 岩波文庫)
☆写真上は、京都祇園 もとお茶屋さんお玄関に置かれたスモークツリー。下は、東京三菱一号館美術館中庭のスモークツリー。
                          スモークツリーTKYj

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長編部門

モンマルトルj
(承前)
 どのくらいの長さが中編で、どれくらいあれば長編か、よくわかりませんが、ともかくオーウェルの「動物農場」より長い。
 「動物農場」は、春先早々と今年一番面白かった本としていました。今日の「ジェルミニィ・ラセルトゥウ」は、全然、方向違いの江戸からアプローチしていった途上で出会った1冊でした。永井荷風「江戸芸術論」(岩波文庫)を読んだ流れで、ゴンクウルにたどり着きました。

 それで「ジェルミニィ・ラセルトゥウ」 (ゴンクウル兄弟作 大西克和訳 岩波文庫)
 訳が少々古いので、情けないことに漢字が読めないのもあるし、少々しんどいなと思いながら読み進んでいきました。主人公が転落していく転落していく・・・と思う間もなく、また、泥沼に転落していき、暗い暗い深淵に。そして、破滅。ああ、悲惨。決して読後感のいい本ではありません。

 主人公の行状や、ちょっとした心の動きを書いただけなら、他に作品もありましょう。モデルになった女性が居たとはいえ、19世紀半ば、まだ心理学や精神分析等やなんやかんやが確立されてない様な頃、よくもまあ、この女性の落ちて行く心が書けたなと。階層の違う、ましてや、男性作家たちが。

 圧巻は、最後の最後、ジェルミニィの死後、彼女の行状を知ったマドマゼルの心理描写だと思います。ここを読むために、長々と、ジェルミニィを奈落の底に落としていったとはいえ、人が人を「赦す」という葛藤を、描ききっていると思います。とはいえ、悲惨さには変わりないので、暗いのを読みたくない人にはお薦めできません。

 この作品が、エミール・ゾラに影響を与え、この作家が、フランス写実主義を代表する三大作家であること。これまた、私が、今までよく知らなかっただけであって、極東の21世紀に生きる読者が、あっけなくノックダウンする作家であるのは、当然のことのような。(続く)

☆写真は、パリ オルセー美術館から、モンマルトルの丘を撮りました。
 ジェルミニィ・ラセルトゥウの十字架のない墓は、モンマルトルの丘にありました。

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