みんなみすべくきたすべく

短編部門 続き

のれんj
(承前)
 「この人の訳は、上手い」などと偉そうに、カ・リ・リ・ロがいうまでもなく、三島由紀夫が、生田耕作の訳をすでに絶賛しているらしい。
 
 短篇集「愛書狂」を読み進んだものの、訳者が書いた作者紹介のところで、「ん?もしかして、この訳者の生田耕作って人も、古書蒐集してる?」と思わせる匂いがぷんぷん。そしたら、文庫版の後書きを書いた恩地源三郎(書画肆主人・翻訳家)が、訳者生田耕作も、愛書狂だったことを書いていました。しかも小さな出版社まで立ち上げていたらしい・・・「解説――『愛書狂』生田耕作」

  やっぱりね、と納得しながら、さらに調べたら、この生田耕作自体にも深みにはまりそうな魅力が見えてきて・・・・かくして、本の連鎖がさらなる連鎖を呼び、読み続けることになるかも?ただ、電車で読みにくい文庫の一種、フランスデカダンスやシュルレアリスム系の翻訳が多いような。フーム。

 以下は、第4話『愛書狂地獄』(Ch.アスリノー)の書きだしです。
≪左様…地獄だ。世の良識人たちの与り知らぬ歓楽(よろこび)に心奪われたる爾(なんじ)等、現世来世を問わず爾等すべての早晩行き着くべき先には、常に彼の地ではあるまいか。    恋する男には失恋という地獄がある。賭博師には、素寒貧。野心家には、挫折。芸術家には、無名と羨望。怠け者には、飢え。守銭奴には、破産。そして、大食漢には、胃弱という地獄が。    しかし、身銭を切ってその道一筋に専念する、しかも四つ五つの産業を支えることによって、ひいては文学や祖国の名声に貢献することにもつながる、なんの罪科(つみとが)もない趣味(マニア)の前に「地獄」が待ち受けていようなどとは。私にはとうてい信じられないことであった。     けれども、それが存在するのである。今の私は知っている、なぜならこの私自身がそこから引き返してきたばかりだからだ。・・・≫(生田耕作訳)

*「愛書狂」(G.フローベールほか 生田耕作訳 平凡社ライブラリー 挿絵は、O.ユザンヌ『巴里の猟書家』から)

☆写真は、京都祇園一力屋の暖簾。
 生田耕作は祇園出身だと、紹介されることが多いようです。多くの作家紹介では、~県出身とか~市出身と書くところを、わざわざ「祇園」とするところに、何か意図するものを感じます。

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短編部門

              セーヌ左岸夜j
  現在、2014年の半分折り返し地点ですが、早々と今年一番面白かった本のことを書きます。まずは、短編から。というか、短篇集から。

 電車用に買った「愛書狂」(平凡社ライブラリー)は、以前ここにも書いた「本を愛しすぎた男 :本泥棒と古書店探偵と愛書狂」を読んだ後でした。「本を愛しすぎた男」は、ノン・フィクションでしたが、この「愛書狂」という短編集は、フィクション5と解説1、作者紹介などからなっています。挿絵もところどころに入っていて、セーヌ河岸の路面古書店通りや、古色蒼然のパリの雰囲気を伝えていて、ぴったり!

 短編5編の作家は、4人がフランス人で、「ボヴァリー夫人」のフローベール、「三銃士」のデュマ、ノディエ、アスリノー、最後の1人が童話集で有名なイギリス人ラングです。

 第1話フローベールの「愛書狂」と言う作品には、モデルとなった事件があるのですが、それを書いたのが、フローベール15歳に達しない時!というから、天才、恐るべしというしかありません。

 第2話デュマの「稀覯本余話」は、文豪というイメージから遠く、軽いタッチで、粋でお洒落。

 第3話ノディエの「ビブリオマニア」という作品は、ゆめゆめ電車で読むなかれ。その可笑しさとリズムに、思わず笑ってしまいます。

 また、唯一イギリス人、ラングの「後日譚 愛書家煉獄」は、第4話「愛書家地獄」の後日譚ということで、深いものがあり、しかも、そのユーモアもなかなかのもの。

 5編は、フィクションとはいえ、実際に稀覯本として存在する数々の古書や、愛書狂やコレクターとして名を残した実在の人たちが、登場するので、先のノン・フィクション「本を愛しすぎた男」との差異が、段々不明になっていきます。しかも、各作家の筆力が、読者をぐいぐい引き込んでいきます。・・・・うーん、訳もうまい?
 恥ずかしながら、訳者生田耕作のこと、よく知りませんでした。(続く)

*「愛書狂」(G.フローベールほか 生田耕作訳 平凡社 挿絵は、O.ユザンヌ『巴里の猟書家』から)
*「本を愛しすぎた男 :本泥棒と古書店探偵と愛書狂」(アリソン・フーヴァー・バートレット 築地 誠子訳 原書房)

☆写真は、パリ セーヌ川 シテ島にある 元牢獄のコンシエルジュリーを含む建物をセーヌ左岸から夜に撮ったもの

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ちょっと うれしい

VAあじさいj
 論文は、引用されてこそ、その真価があると、かねてから聞いていました。

 我が学位論文は、プリントアウトし、綴じたものでしかありませんが、その後、中退するまで居た後期博士課程で、たった一本だけ、論文を書いたことがあります。それは、公刊され、WEBで見ることができます(最近まで、知りませんでした)。
 それが、なんと、別の論文に、引用されているではありませんか!
 
 いろんな思いを抱いて、いろんな人に支えられて、大学院に行っていた十年以上前、教授に「作文と違う!感想文と違う!論文なんや!」と叱咤され、叱咤され、今更、論文なんて書かれへん・・・と落ち込みながらも、仕上げた学位論文とその後の一本。ああ、学会でポスター発表というのもやったなぁ・・・・

 この歳になって、誰かのお役に立てて嬉しい。

☆写真は、ロンドン V&A中庭 8月の紫陽花。

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図書館カード2枚

                 バーンズリーハウス像j
 近所の図書館は、よく利用するのですが、いかんせん、市立なので、貸し出し期間は2週間で、蔵書も、なんでもかんでも所蔵というわけではありません。

 で、この春から大学にも非常勤で行き始めた最大の喜びは、ふふふ。大学の図書館、使えるんだーい!!!
 空調のきいた明るく大きな図書館。文学系芸術系の充実!!絵本児童書もたっぷり!!ふふふ。考えるだけでにんまり。
 それに、人がほとんどいない・・・。論文など研究紀要の詰まっている別館なんか行った暁には、『移動式書棚圧迫殺人事件』に巻き込まれかねないくらいダーレも居ない。
 
 学生たちの居ない図書館で、学生たちの学費を、ちらと思うものの、その恩恵を有難くいただきます。ふふふっ。

☆写真は、英国 バーンズリーハウス庭

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石井桃子についての本三冊の続きで読んだ本3冊 (その3)

             百合j
(承前)
『不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か 』(米原万里 新潮文庫)
 この本も、『石井桃子の翻訳はなぜ子どもをひきつけるのか――「声を訳す」文体の秘密』(ミネルヴァ書房)の参考文献に掲載されていました。ロシア語の通訳者であった米原万里の通訳にまつわることを中心に書いたエッセイです。

 ところで、そもそも私は、電車用、パソコンそば用、ソファー用、枕そば用、いろんな本を並行して読むことが多いです。そりゃ、熟読精読できへんはずや・・・という声も聞こえそうですが、このスタイルは昔からでした。
 ところが、夫は、1冊の本を、たとえそれが重くても、電車に持ち込み、出張に持ち込み、もちろん、それが枕と化しても、読み通します。また、気に入れば、その作家を、しばらく読み続けます。そんな中、彼が今、はまっていたのが、米原万里さんだったのです。
 滅多に、同じ本を読むことなどない我々ですから、「米原万里の『不実な美女か貞淑な醜女か』持ってない?」と問うた日には、まあ、親切なこと!・・・歳経た夫婦は歩み寄りが肝心です。

閑話休題。
 さて、どこが、かの論文の参考になったか定かでないものの、『不実な美女か貞淑な醜女か」』中でこんな文に出会いました。
≪・・・さらに、言葉を聞き取る能力というのは、聴力を完全に失ってしまった人が、相手の口元や、顔の表情、その時の状況などから驚くほど正確に言われたことを理解することからも分かるように、聴力のみに頼って成り立つものではない。それは、基本的には言葉を聞くという営みが、その意味をとらえるということを最終目的にしているからで、・・・・(中略)・・・・意味と言うものは、どうやら、前後関係や、その場の状況、その時点での聞き手の知識、教養などが総動員されて把握されるものらしい。≫

 なるほど。
 このエッセイは、通訳者が書いた文で、子どもの聞き取りのことを書いたものではありません。
 が、しかし、言葉を聞こうとするということが聴力のみに頼らないということは、よくわかります。子どもたちは、機械音ではなく、目の前に居る人の声、その人の雰囲気や癖、周りの空気など、全身で、お話で聞こうとしているということです。これこそが、石井桃子の言う≪子どものころに生活の中に埋め込まれた記憶≫(「石井桃子のことば」新潮社)となって、子どもたちを支え、励ますものとなるということなのですね。

☆写真は、大阪 舞洲 ユリ園(撮影:&Co.A)

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石井桃子についての本三冊の続きで読んだ本3冊 (その2の2)

           蛙j
(承前)
 「ウサギどん キツネどん」で思いだした創作童話は、中川李枝子の「いやいやえん」 (福音館)でした。
 その中の、あの綺麗好きのオオカミと、キツネどん。そっくりじゃないですか!しげるは、ウサギどんほど悪くありませんが、慾ボケたオオカミは、間抜けなキツネどんのようです。
 きっと、中川李枝子は、「ウサギどん キツネどん」の話が好きだったに違いない・・・
 
 で、 「本・子ども・絵本」 (山脇百合子絵 大和書房)という中川李枝子の本に書いてありました!
≪・・・情操教育に関してやかましいだけに、本についても実に口うるさい親だったと今思い出してもうんざりします。よい本を読むのならいいが、くだらない本を読むぐらいなら草とりでもさせたほうがましだと思っているのです。・・・・(中略)・・・・・こういう両親の監視のもとで、岩波少年文庫は無条件に「よい本」の部類に入りました。『トム・ソーヤーの冒険』(トウェイン作 石井桃子訳)『名犬ラッド』(ターヒューン作 岩田欣三訳)『ふしぎなオルガン』(レアンダー作 国松孝二訳) 『ウサギどん キツネどん』 (ハリス作 八波直則訳)『ドン・キホーテ』(セルバンテス作 永田寛定訳)『三銃士』(デュマ作 生島遼一訳)『ばらいろの雲』(サンド作 杉捷夫訳)『長い長いお医者さんの話』(チャペック作 中野好夫訳)『星のひとみ』(トペリウス作 万沢まき訳)などなど、私たちは一冊読むごとに、その面白さに夢中になって、その内容を父や母にしゃべりまくりました。本を読むときは一人きりなだけに、感動を受けると胸にしまっておくのがもったいなくて、他の誰かに伝えないではいられなくなります。・・・≫

 しかも、中川李枝子は、別のエッセイで、角度を変えて、この本のことを書いています。
≪・・・さて、アフリカと聞いて、私が思い出す昔話は先ずリーマスじいやだ。幼い息子にせがまれ、寝る前のお楽しみに『ウサギどん キツネどん』を何べんよんだことか。・・・・・・(中略)・・・・息子はリーマスじいやの一語一語に気をもんだり、びっくり仰天したり、怖がったり、笑い転げたり無邪気そのものの幼児の表情をたっぷり見せてくれた。・・・(略)・・・一日のしめくくりにはもって来いの家族の団らん――昔話の効用とはそういうものだろう。≫(「リーマスじいやの昔話」月刊みんぱく2003)
(「石井桃子についての本三冊の続きで読んだ本3冊 (その3)」に続く)

*「いやいやえん」(中川李枝子 山脇百合子絵 福音館)
*「ウサギどん キツネどん」(J.C.ハリス作 八波直則訳 A.B.フロースト挿絵 岩波少年文庫)
*「本・子ども・絵本」(中川李枝子著 山脇百合子絵 大和書房)

☆写真は、♪イングル ゴ ジャン しめしめ イングル ゴ ジャン うれしや♪と歌ったウシガエルではありません。(撮影:&Co.A)

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石井桃子についての本三冊の続きで読んだ本3冊 (その2の1)

          かめのおやこj
(承前)
「ウサギどん キツネどん」(J.C.ハリス作 八波直則訳 A.B.フロースト挿絵 岩波少年文庫)

 「ウサギどん キツネどん」の面白さは、いつもは弱いウサギが、あるいは、もっと無力そうなカメが、相手を出し抜く爽快さ。時には、驚きのやっつけ過ぎの帰来があったとしても、そこは、勧善懲悪の昔話の世界。いつも、いーっつも騙されて、馬っ鹿なキツネどん!わるーいウサギどん!などなどなど。短い話が一気呵成に話が進みます。

 加えて、この「ウサギどん キツネどん」の面白さは、語り部のリーマスじいやと聞き手である男の子の掛け合いです。  アーサー・ビナードが訳出した「コンチワ、家(うち)どん!」にはありませんが、どの話にも、男の子がじいやに話をせがみ、話が終わると、一言加えて、なんだか不合理な?不条理な?話の結末に含みを持たせ、次へとつなぐパターンが多いです。
 かつてアーサー・ビナードもミルンもしなかったように、黒人奴隷の思いや背景を深読みすることなんて、子どもたちはしません。純粋に話の面白さに惹かれ、お話を素直に楽しみます。

あれ?「これって『おだんごぱん』のお話によく似てる」
ありゃ「これって、『ウサギとカメ』じゃん」
あれぇ「日本の『さるかに合戦』に似てる?」
あとがきによると、≪ヨーロッパの「キツネ物語」「グリム童話」「ロシア民話」、日本、インドそのほか世界のいろんな昔ばなしに、似た話が見つかる≫とされます。
 が、しかし、今回、読み返して思い出したのは、各国昔話の数々というより、一つの現代日本の創作童話でした。もしかして、この作者も、アーサー・ビナードやミルンのように「アンクル・リーマス」(「ウサギどんとキツネどん」)好きだったんじゃない?
 (石井桃子についての本三冊の続きで読んだ本3冊 (その2の2)に続く)

☆写真は、ウサギどんのすけだちをしたり、『首にひきつりがするから』と言ったカメどんではありません。

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石井桃子についての本三冊の続きで読んだ本3冊 (その1)

アッシュダウンフォレストj
(承前)
 2013年のベン・シャーン展講演会から、アーサー・ビナード氏には着目しているのですが、石井桃子についての三冊の本の1冊『石井桃子の翻訳はなぜ子どもをひきつけるのかー「声を訳す」文体の秘密』(竹内美紀著 ミネルヴァ書房)の参考文献に、その名前を見つけたのも興味深いことでした。
 これってもしかして、石井桃子が「ミルン自伝 今からでは遅すぎる」 (岩波2003)を訳した時のことかな?と、読んでみました。「日本語ぽこり ぽこり」(小学館)

 この本は、軽いタッチで読みやすいエッセイです。米国人アーサー・ビナードの視点で、日本やアメリカの身の回りのエトセトラを書いています。
 その中に、「兎に化けた蜘蛛が狼を馬鹿に」というエッセイがあります。子どもの頃のアーサー・ビナードと父親が、「アンクル・リーマス」(「ウサギどん キツネどん」 岩波少年文庫)で、楽しいひとときを過ごしたことが中心に書かれています。

 そして、日本に来たアーサー・ビナードは石井邸で、「クマのプーさん」の作者ミルンについて話す時間を持った時、ミルンも子どもの頃、「アンクル・リーマス」に魅了された話を聞かされます。

 それは、≪幼いミルン3人兄弟に父親が一話ずつ聞かせていたらしいのですが、父親が留守の時、住み込みの家庭教師が代わりに読むと、リーマスじいさんの方言が読みこなせなかったので、二度とその人に「アンクル・リーマス」を渡さなかった≫という話です。
 アーサー・ビナードも幼いミルンも、方言を読みこなす父親の声を楽しみ、それを記憶として留めて行ったエピソードなのです。

 ところで、この章には、アーサー・ビナード訳「アンクル・リーマス」の話が一つ入っています。 
 アーサー・ビナードは、石井桃子からその訳本「ウサギどん キツネどん」をもらうのですが、半世紀も前に八波直則が訳し出版していたことに驚き、自らも残り151話を訳そうと思い立つも未だ実現せず・・・たった一つ「日本語ぽこりぽこり」の中で「コンチワ、家(うち)どん!」(“Heyo,House!”) 訳出したというわけです。
 是非、全訳をお願いしたいところです。(ただその時、挿絵は、ほかの人でお願いします。)
(「石井桃子についての本三冊の続きで読んだ本3冊 その2」に続く)

*「日本語ぽこりぽこり」(アーサー・ビナード 小学館)
*「ウサギどん キツネどん」(J.C.ハリス作 A.B.フロースト絵 八波直則訳 岩波少年文庫)
*「ミルン自伝―今からでは遅すぎる 」(A.A.ミルン著 石井桃子訳 岩波)
☆写真は、プーの舞台となった英国 アッシュダウンフォレスト(撮影:&Co.Ak.)

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梅雨葵

           たちあおいj
 表紙に広重の「名所江戸百景 おおはしあたけの夕立」を使った 『雨のことば辞典』 (講談社学術文庫)の裏表紙キャプションには、≪四季のうつろいとともに、様相が千変万化する雨。そのさまざまな姿をとらえ、日本語には陰翳深く美しい言葉が数多くある。・・・≫
 そんなにたくさん『雨』の言葉があるの?と半信半疑だったものの、ほんと、知らなかった言葉の多いこと。
 
 さて、その中で、「梅雨葵(つゆあおい)」
≪タチアオイの別名。・・・・・梅雨入り、梅雨明けがわからないときは、「花葵(ハナアオイ、タチアオイの別名)の花咲きそむるを入梅とし、だんだん褾(すえ)の方に咲き終るを梅雨のあくるとするべし」・・・≫
 
 なるほどぉ。そういえば、散歩途中のタチアオイもそうだけど、まだ花が褾(すえ)の方ではなく、真ん中辺りなので、当然のことながら、まだまだまーだ梅雨なんか明けない。そうだったのか・・・

 いや待てよ。写真に写る英国のヘミングフォードアボット村の庭先で白く咲いているタチアオイ。梅雨のない英国で、そのとき(2011年6月下旬)、真ん中辺りに咲いているところをみると、梅雨に関係なく、タチアオイは6月の花?

 他にも面白い言葉がありました。
「空に三つ廊下」
≪雨が降るのか、晴れるのか、曇りだけなのか、はっきりしない空模様を、空に『降ろうか』『照ろうか』『雲ろうか』の三つの「廊下(ろうか)」があるとしゃれた言葉≫
*「雨のことば辞典」(倉嶋厚・原田稔編著 講談社学術文庫)

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石井桃子についての本三冊 (その3)

アメリカデイゴj
(承前)
 「石井桃子のことば」(新潮社)のなかで、「書棚から」という石井桃子氏の書棚にあった読みこなされた本4冊を紹介する箇所があります。3冊までは、様子がわかったのですが、あと一冊「ウィラ・キャザー」の本については、浅学も甚だしく、知りませんした。

≪・・・ウィラ・キャザーの『ア・ロスト・レイディ』という本をみつけた。私に、しずかな美しさを感じさせた。・・・≫そして読後、幼い頃の読書以来の忘我の境地を味わい、自分の波長とぴったり合うものを感じ、≪ある人にとっては無上の価値となるものが、ある者には三文のねうちもない。そして、その価値は、手にとって、説明できないことが多い≫という、人間の価値観の問題が描かれていたのだそう。
 ふーん、そうなんだ。ウィラ・キャザーを読んでみよう。と思っていたら、 「こどもとしょかん」東京子ども図書館の2014年春141号に、石井桃子とウィラ・キャザー読書会(キャザー会)の一人、キャザー「マイ・アントニーア」(みすず書房)の訳者でもある佐藤宏子が『石井桃子先生とアメリカ文学―「キャザー会」ノートから見えるもの』という文を寄せていました。.
 
 そこには、1958年に「20世紀英米文学案内」と言う叢書の企画(研究社)があって、その「キャザー」の編者を石井桃子が担当することになったので、この勉強会が発足したと考えられるとあります。

 インターネットの検索もない時代、石井桃子の探究の基本姿勢の表れであるノートの一端が紹介されているのですが、それが凄い。メモに次ぐメモ、そして調べ、深める、調べる、深める。これは、「20世紀英米文学案内 キャザー」の「人と生涯」という大部の執筆に繋がったものだとわかるのですが、この研究姿勢は「キャザー」のみならず、翻訳の仕事全般に通じていくものであったと思われます。どこかの実験ノートのような、軽いメモではなく、中身の濃い覚書。
 かつては、多かれ少なかれ、石井桃子のようにいかずとも、調べたことは、雲の上に保存してもらうようなこともなく、ひたすら手書きで、ノートに書き込んでいましたね。
 
(「石井桃子についての本三冊の続きで読んだ本3冊 (その1)」に続く)

*「石井桃子のことば」(中川李枝子 松居直 松岡享子 若菜晃子ほか 新潮社)
*「こどもとしょかん」(2014年春141号 東京子ども図書館発行)
*「マイ・アントニーア」(ウィラ・キャザー 佐藤宏子訳 みすず書房)
*「20世紀英米文学案内 12.キャザー」(石井桃子編  福原麟太郎 西川正身 監修 研究社)

☆写真は、雨上がりのアメリカデイゴ

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石井桃子についての本三冊 (その2)

プー棒投げj
(承前)
 「石井桃子のことば」 (新潮社)の中で百歳になったインタビューに応えて石井桃子は言います。
「子どものころに生活の中に埋め込まれた記憶は、その子が大きくなってからも、貴重なものとなることが多いのです。」

 さて、その言葉を科学的に論証しようとしたのが 『石井桃子の翻訳はなぜ子どもをひきつけるのか――「声を訳す」文体の秘密』(竹内美紀著 ミネルヴァ書房)です。

 この興味深いタイトルの本を友人に紹介してもらって調べていたら、4200円もする本で、こりゃ図書館に買ってもらわなきゃと思って、図書館で検索したら、すでにあった!(誰だろう?もはや買ってもらっていた人がいた!2014年4月20日初版発行)ミネルヴァ書房が出版社だったので、もしやと思っていたら、やはりこの本はいわゆる「学位論文」で児童文学の翻訳研究という新しい分野の成果発表の本でした。

 序章【声を訳す】で始まり、「クマのプーさん」(岩波)「岩波少年文庫シリーズ」「岩波子どもの本」「福音館世界傑作絵本シリーズ」「ちいさいおうち」(岩波)「たのしい川べ」(岩波)「おひとよしのりゅう」(学研)「幼年童話 こぎつねルーファス チムラビットシリーズ」(岩波・童心社)「ピーター・ラビットシリーズ」(福音館)「ファージョン」(岩波)「こすずめのぼうけん」(福音館)などと章を重ね、終章は【石井の翻訳文体の源泉としての「声の文化」の記憶】となっています。
 論文である以上、研究および執筆は大変だったとは思います。が、こんなに楽しい本たちやその周りの参考文献を、丁寧に読み返す作業が研究であったのは、素人には羨ましい限りです。 

 さて、昨日の「石井桃子のことば」巻頭に掲載されていますが、晩年の石井桃子は≪おとなになってから、あなたを支えてくれるのは、子ども時代の『あなた』です≫という言葉を繰り返し語ったといいます。

 そして、その言葉をひきながら、竹内美紀は、『石井桃子の翻訳はなぜ子どもをひきつけるのか――「声を訳す」文体の秘密』最終章で、≪文字を知る前の「声の文化」の記憶がとても大切であり、石井桃子に刻み込まれた「声の文化」が自伝の「幼ものがたり」を書かせ、プーの訳となり、同じく「声の文化」を継承していたアトリー、ポター、ファージョンといった作家の作品の翻訳とつながり、また昔話を聞くことで育まれた石井の「生きた言葉」が子どもたちに向かって「語る訳」を生みだすこととなった。そして、石井の翻訳が「声の文化」に生きている子どもたちをひきつけるのは、石井が自分の心の中にある「声の文化」の記憶を大切にし、翻訳する際にはその記憶の部屋に立ち戻って、「声の文化」の住人として語っているからである。≫と結論付けています。

 さらに、もうひとつ、「石井桃子のことば」(新潮社)の中の「石井桃子 百歳のことば」に、こうありました。
「どうぞ、どのお母さんも、人から聞いた言葉ではなく、あなた自身の心の底から生まれた言葉で、子どもたちに話しかけてください。」
(「石井桃子についての本三冊 その3」に続く)

*「石井桃子のことば」(中川李枝子 松居直 松岡享子 若菜晃子ほか 新潮社)
*「幼ものがたり」(石井桃子著 吉井爽子絵 福音館)
☆写真は、英国 プー棒投げの橋(撮影:&Co.Ak.)

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石井桃子についての本三冊 (その1)

表紙と見返しj
 日本の子どもの本への石井桃子の業績は計り知れません。
ここでも何度か紹介した河出書房新社の「石井桃子著作集」だけでなく、最近(2014年)、石井桃子に関する本が出ました。
 今、知っているのは、3冊です。

 まず、手に取りやすいという意味では、新潮社とんぼの本「石井桃子のことば」があります。
 石井桃子全著作表紙がカラーで掲載さていて、ただ、文字が並ぶリストよりずっと、親近感が増します。ああ、こんな本もこんな本も・・・今まで、私も、うちの子どもたちも、いえいえ、日本の多くの子どもたちが、石井桃子のおかげで、出会った本の数々、そして、楽しい時間。
 加えて、石井桃子のエッセイや、選ばれた言葉だけでなく、ご自身が読みこなした何冊かの本の写真や近しい人達の言葉。石井桃子氏の周りの空気も伝わってきます。もちろん、その百年余の生涯をたどる写真など。

 心に留めておきたい言葉は数々あれど、第一章のこの言葉は、拙ブログで紹介する二冊目の本につながるかも・・・
≪私がいままで物を書いてきた動機は、じつにおどろくほどかんたん、素朴である。私は、何度も何度も心の中にくり返され、なかなか消えないものを書いた。おもしろくて何度も何度も読んで、人に聞かせて、いっしょに喜んだものを翻訳した。≫(児童文学雑感『読書春秋』1952)

 ただ、追悼文集の意味合いも感じられるこの本、岩波が作ったものではないのは、なにゆえ?足を向けては寝られないはずですが、以後、出版予定でもあるのでしょうか・・・
(「石井桃子についての本三冊 その2」に続く)
*「石井桃子のことば」(中川李枝子 松居直 松岡享子 若菜晃子ほか 新潮社)
☆写真は、左「石井桃子のことば」の表紙。右「石井桃子のことば」の巻末見返し部分。

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ぶたのうたこさん

  ぶたのうさこさんj
  ディック・ブルーナのうさこちゃんシリーズ(福音館)が翻訳されて50周年だとか。
  ブルーナの絵本は、福音館から、石井桃子と松岡享子訳で、たくさん出版されていますが、 「ぶたのうたこさん」「うたこさんのにわしごと」「うたこさんのおかいもの」の三冊は、長らく見ていませんでした。それで、この50周年を記念して限定復刊されました。
 
 ぶたのうたこさんは、赤い元気なお顔で、鼻は二つの丸い穴、働き者で綺麗好き、人参を食べると力がでます。姪のふがこちゃんとは、庭仕事も一緒にするし、さくらんぼも仲良く食べます。
≪・・・うたこさんは さくらんぼを かごいっぱい かいました。
 あ、いいことを おもいついた。
 めいの ふがこちゃんを よんで いっしょに たべよう。
 きっと、よろこぶわ。

 ・・・ふたりは ならんで こしかけて いっしょに さくらんぼを たべています。
 なんて おいしそう。なんて たのしそう。
 いちばん おしまいの さくらんぼは
 ふたりとも たべずに とっておいて
 こんなふうに みみに かけました。
 おかしいね!≫(「うたこさんのおかいもの」)

*「ぶたのうたこさん」「うたこさんのにわしごと」「うたこさんのおかいもの」(ディック・ブルーナ文・絵 松岡享子訳 福音館)

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6月の実

        やまももj
 北海道のお土産にハスカップとグズベリーのジャムをいただきました。
 酸っぱいベリーの類好きとして、ハスカップもグズベリーも、実際になっているのを見たことがないのは、残念なことですが、我が家のラズベリーは、毎日、何粒かは赤くなり、鉢の上にこぼれた種で、新しい苗もでき・・・

 梅雨の晴れ間に散歩しながら見つけるのは、しっかり実ったグミの実、枇杷の実、ヤマモモの実。温暖地用のリンゴの実。6月は、いろんな実が実る月なのだとわかります。
枇杷j
               りんごjj
 先週は、あんなに匂っていた「スダジイ」もまったく匂わず、着々と、あの夏に向かっておりますねぇ。
 一眼レフなら、もっと綺麗に写ろうものを、軽いデジカメで撮る写真には、睡蓮終わって、蓮の花。かもさんダンナはいなかった。
はすj

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あれあよあれよという間

       ローマの遺跡j
 
(承前)
 みすず書房のシング「アラン島」(栩木伸明訳)は、現代の訳になっていて、ずいぶん、読みやすくなっています。
 訳者あとがきによれば、「シングのテクストは百年前の紀行文だが、原文に付着した時代の錆をだましだまし、ていねいに磨きをかけてみたら、にわかに輝きを増しはじめ、人物たちがいきいきと躍動しはじめたので、とても驚いた。そして、あれよあれよという間に翻訳ができあがってしまった。」
 翻訳者が、興に乗って、訳したものには、石井桃子の「クマのプーさん」が有名ですが、あれよあれよと訳せるなんて、訳者冥利に尽きますね。
 そして、「アラン島」は、妖精のこと、あるいは、島民が詠う詩のこと、紀行文として、ずいぶん楽しいものです。
 ≪「白馬」
 わが馬はいまや白馬となりにけり
 ところが昔は栗毛の馬で
 夜に昼を継いで  
 駆けるのが得意
   大喜びでパッカパカ。
 でっかい旅を数々こなし
 その半分さえ語り尽せぬ。
 なにしろアダムが楽園を
 追われたその日に乗っていたのがこの馬。
 バビロンの平野では
 金盃競って全速力。
 その明くる日は狩りに出た。
 背にまたがるは大ハンニバル。
 そうかとおもえば狐を追って
 野を駆けていたことだってある。
 ナブカドネザルが牡牛のすがたで
 草を食べてた時分の話。
(これにひきつづいて、馬はノアの箱舟に乗りこみ、モーゼがその背にまたがって紅海を越える。・・・・・・)≫(栩木伸明訳)

 加えて、みすず書房の「アラン島」には、12枚の絵がついています。これは、J.M.イェーツの弟のJ.B.イェーツが描いたもので、「アラン島」の雰囲気に近づくには、ぴったりのものです。もともと、イェーツも画家の父を持ち、J.M.イェーツ自身も、画を描いていたといいます。
☆写真は、スイス ニヨンのローマ時代の遺跡。かの「白馬」はここまで来たでしょうか?

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アラン島

あさひj
≪彼は私に歌が好きかと聞いて、その手並みを示すべく歌ひ初めた。節は、前に此の邊の島島で聞いたものとよく似てゐた―音律をつけるために高い音と低い音の後に休止を置く、抑揚のない歌であった。併し鼻にかかった耳障りな聲で歌ふのは殆どやりきれなかった。歌い振りは、その全軆として私がかつてパリ―からディエプまで旅行したとき,三等車の中で東洋人の一行から聞いた歌を憶ひ出させた。併し此の島の人は聲をもつと廣い範疇に繰った。≫

えぇー耳障りな歌い振りの東洋人ってか? ふん!

 と、書いたまま2年くらい放置していた「アラン島」(岩波文庫)の一行感想文ですが、「シャムロック・ティー」「琥珀捕り」の訳者で、「アイルランドモノ語り」の著者の栩木伸明氏の訳による「アラン島」も読んでみました。

 上記と同じ箇所です。
≪・・・この男は僕に、歌は好きかね、と尋ねて、ひとふし披露してくれた。   単調な歌のリズムをはっきりさせるために高い音と低い音の間に休止をはさむ歌い回しは、これまでに他の二島で聞いたのと似たようなものだったが、この男の鼻にかかった不快な声の調子はほとんど聞くに堪えなかった。彼の歌の全体的な印象が僕に連想させたのは、かつてパリからディエップ行きの三等列車で乗り合わせた東洋人のグループが歌っていた歌である。しかし、この島の男のほうが声の音域ははるかに広かった。≫

 「耳障りな聲」が「不快な声」に、「やりきれない」が「聞くに堪えない」と日本語がちょっと変わるだけで、ずいぶん印象が違います。(続く)

*「アラン島」(シング 姉崎正見訳 岩波文庫)
*「アラン島」(J.M.シング 栩木伸明訳 みすず書房)
*「アイルランドモノ語り」(栩木伸明著 みすず書房)
*「琥珀捕り」(キアラン・カーソン 栩木伸明訳 東京創元社)
*「シャムロック・ティー」 (キアラン・カーソン 栩木伸明訳 東京創元社)

☆写真は、スイス レマン湖朝

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北斎展

              北斎j
(承前)
ボストン美術館 浮世絵名品展 北斎」(~2014年6月22日 神戸市立博物館)
 もちろん「神奈川沖波裏」や「凱風快晴」も展示されていましたし、「諸国瀧廻り」「冨嶽三十六景」「百人一首うはがえとき」「百物語」などなど、見ていて飽きないものばかりですが、北斎は、花鳥を描くのも、本当に上手い。

 写真に写る3枚は、当時注目されていた中国の花鳥画のように、漢文が添えられているものもありますが、北斎は中国のそれを真似ることなく、自分なりの空気をいれているように思います。大胆な構図と、花や鳥に対する確かな観察眼。風景と人物を描いた作品とはまた違う魅力があります。
 同じ花鳥画の「朝顔に蛙」の蛙がどこにいるか、探すのも楽しいし、「菊に虻」をみながら、「何で虻?他にも虫はいるでしょうに!」と、突っ込みながら見るのも楽しい。
 もちろん、それは、ほかの人物画を見ながら、「この人、こんなことしてる!」などと言いながら、鑑賞する楽しみと同じです。

 2015年、東京墨田に北斎美術館が誕生するらしいので、楽しみにしてよっと。今頃、やっと、って、感じもするけど・・・。
 ああ、海外の目利きたちが持って行った、数々の江戸もの。明治の超絶工芸も。
 このことについて、永井荷風が当時(大正期)すでに嘆いている「江戸芸術論」については、またいずれ。
*「江戸芸術論」(永井荷風 岩波文庫)

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おーい、応為

三曲j
 「ボストン美術館 浮世絵名品展 北斎」(~2014年6月22日 神戸市立博物館)に行きました。土曜だけ、7時までやっているので、6時頃着きました。丁寧に見るには時間が足りませんが、ある程度の枚数は、どこかで鑑賞済みだったので、空いている時間を狙って行きました。
確かに昼間より見やすい状態でしたが、やはりあと30分という館内放送が聴こえると、落ち着きません。

 肉筆画は少なかったものの、種々の北斎の浮世絵は、見ていて楽しいものです。

 が、私は、展示最後にある北斎の娘、葛飾応為の「三曲合奏図」を見ることに主眼をおいていましたので―だって、この肉筆画は一枚もので、ボストン美術館のものだから―その一枚は入念に鑑賞しました。今年は 応為肉筆画 三枚!

 2006年神戸であった「ボストン美術館 肉筆浮世絵展 江戸の誘惑」で見たときも、その美しい指に感動しましたが、今回も、楽器を奏でる3人の女性が、互いの音に耳をすませている空気も感じられ、ああ、この絵は好きだなぁ。

 左右二人のお召しが普段着らしいので、それが、本番演奏でないことがわかります。
 お稽古中、それも、ほとんど、楽曲完成だと思います。というのは、右の女性の三味線が、興に乗って、掲げられていたり、背中を向けた女性の指が跳ね上がっているところからも、あるいは左手指の下、弦が大きく下がっているところからもわかります。そして、一番歳の若い女性(左)は、姐さん達の音に耳を傾け、自分の手は集中しているのがわかります。そして、背中を向けた姐さんの動き自体が、音楽に合わせて、しなやかに見えます。ただ、座っているだけなのに。

 江戸の風俗について知らないことばかりですが、もしかしたら、この女性三人は、年齢に差があるだけでなく、生業も違うのでしょう。それぞれのお召しと、その着方、それに髪型、髪飾り。
 が、3人は、この演奏を、楽しんでいます。
 女性の生き方にいろんな制約のあった時代に、彼女たちは、このひとときを楽しんでいます。
 美しく楽しい絵でした。それに、袖口から見える襦袢の端のギザギザギザギザ、ほら、父親の北斎も、こんな描き方でした。ふっふっふ (続く)

☆写真は、「ボストン美術館 肉筆浮世絵展 江戸の誘惑」(2006年)の図録 葛飾応為の上に「やまとなでしこ 浮世絵美人画帖」展の絵葉書(印刷悪っ!)三代目歌川豊国「当盛三曲揃」

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コマ絵

                     コマ絵j
 (承前)
 勉強になった「やまとなでしこ―浮世絵美人帖」展で、わかったのは、浮世絵には、昨日写真下に写る「花鳥風月 風」や明日UPする「当盛三曲揃」のように3枚一組のものも多いということでした。そして、展示品は、古いものゆえ、3枚そろわないものもあって、一枚だけというものもありました。
 紙の大きさや刷る技術から、3枚一組なのでしょう。が、一枚ずつでも十分に鑑賞できる構図となっているのが面白い。ただ、よく見ると、例えば、今日の写真の「源氏雲浮世画合」でも左端に誰かの着物の端が描かれいたり、桜の幹が隣の画にも続いていそうだし、この左隣やそのまた左隣に、あるいはこの右隣に、画があったかも?等と、考えると、一枚だけでも楽しい。

 それにまた、多くの絵につけられている「コマ絵」という部分も、面白い。風景であったり、食べ物であったり、話のキャプションであったり、その本体の絵の補助的役割をする部分です。(写真、上部の四角い部分)
 写真の「源氏雲浮世画合」は、源氏物語の当世風源氏物語の画で、「コマ絵」のところに「若菜下」とあり、猫と蹴鞠と御簾の紐が描かれています。
 平安時代の「源氏物語」では、≪桂木が、桜の頃、蹴鞠をしていると、御簾の奥で猫を追いかける音がして、その猫が御簾の紐にからまってしまったかで、御簾があがり、御簾の奥に居た女三ノ宮の姿を見てしまい…「若菜上」。で、せめて、その猫だけもそばに置きたいと切望する桂木が、猫好きの東宮の伝手から、その猫を手にするものの・・・「若菜下」。≫というものです。つまり、猫・蹴鞠・御簾の紐は、「若菜」の上下をつなぐ、重要な役目をする小道具ということです。
 ただ、残念ながら、私には、ちっとも読み取れない、女性の持つすりこ木の下に書かれている文面は、きっと、この江戸期の平安物語風の内容なのでしょう。
 この女性の手には、すりこ木、ひざ元にはすり鉢。
 すりこ木の端に紐がついているのが所帯じみてる・・・・。
 桜の花の下、綺麗なおべべで、一体何をすっているのでしょう?

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浮世絵美人帖

         笹紅j
 近すぎて、いつでも行けると思っていたらもうすぐ終了するやん、「やまとなでしこ―浮世絵美人帖」。(2014年3月30日~6月15日:芦屋市立美術博物館)
 大正時代に商社員だった方の所蔵浮世絵のうち約120点の美人画を前期後期で展示とありました。
 北斎の名前は大々的に載るものの、かなりの古書状態の北斎漫画がガラスケースにあるのみなのが、残念。

 とはいうものの、歌川國芳・豊國・広重などなど、刷り状態のいいものが並んでいました。
 なにより、すいているので、ゆっくり鑑賞というより、ゆっくり浮世絵のお勉強ができました。
 美人画ですから、みなさんのお着物や髪飾りなど、みな美しい。それに合わせて季節の花々も美しい。
 蛍狩りや、屋形船、風が吹いた等など、女の人達の当時の風俗がよくわかります。
 また、江戸と上方では女の人の髪型も異なるようで、素人目には、江戸の方が、すらっと美人。
 
 先日の歌麿の「深川の雪」の時にも描かれていた下唇を緑色に着色している絵が、この展示にもありました。それは「笹紅」のことで、紅を塗り重ねることによって、緑っぽく(玉虫色っぽく)なるようなのですが、高級な紅の節約のため、墨を下地に塗り、紅を塗り重ね暗い紅色にした、とありました。
 今度は、着物の柄に特化した浮世絵美人帖を見たいと思いました。(続く)

☆写真上部は、箱根岡田美術館 歌麿「深川の雪」の図録。下唇が緑なのが見えますか?写真左下は、「やまとなでしこ―浮世絵美人帖」の絵葉書。(歌川國芳「時世花鳥風月 風」)。

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目録と図録

エロスの像j
 先日の上京の折、最後に出掛けたのが、神田古書会館での「地下の古本市」でした。
 倫敦チャリングクロス*は、行ったことがあるのに、東京神田は初めて・・・などというと、長谷川如是閑*に怒られそうです。
 
 すでに、「海ねこ」さんから、出品目録は送ってもらっていました。
 また、その日の午前中に出掛けた「島多代の本棚から 絵本は子どもたちへの伝言」展の目録も上京前に送ってもらっていました。
 さて、そこで、2冊の洋書のページを見比べると、えーっと、どっちがどっち?という錯覚が起こりそう。
 片や、古書販売、片や、古書コレクションなのですが。
 販売する人の熱意、コレクションする人の熱意。うーん、どっちも同じ!
 大事に扱われ、古い本が引き継がれていく。
 
 それで、古本市を退出した娘と私は、慣れない土地で、お茶を飲む場所もよくわからなかったので、坂の上のホテルのカフェで「悪魔の食べ物」を食し(チョコレートケーキです)、お茶ノ水駅で右と左に別れたのでした。
 知りませんでしたが、そのホテル、土地柄、かつては文人の出入りや作品の舞台にもなったとか・・・へぇー。

*「チャリングクロス84番地」(ヘレーン・ハンフ 江藤淳訳 岩波文庫)
*「倫敦!倫敦?」(長谷川如是閑 岩波文庫)
☆写真は、ロンドン ピカデリーサーカス エロスの像
 

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かもさんふうふ

まらーどさんj
 なかなかいい写真が撮れた・・・などと思っているものの、実は、このかもさん、ご夫婦の片方なのです。(たぶん オス)
4月のかもさんj 
4月くらいから、この池周辺で、いつも二羽で行動していました。(後ろに写る黄色い葉は昨日の黄菖蒲)

 が、5月半ばくらいから、いなくなり、最近は一羽で、この睡蓮の池で見かけます。メスは、この睡蓮の池のすぐそばに、葦などの茂る川があるので、そこで産卵、子育てをしているのだと思われます。そこで、かもさんのこどもたちを見かけることがありましたから。ということは、上記写真は、独り者を決め込んでいる「夫」でしょうか?
 
 絵本「かもさんおとおり」は、この写真に写るカルガモではなくマガモかと思います。
 ≪マラードおくさんが、すからはなれるのは、みずをのむときと、ごはんをたべるときと、それから、たまごが ぜんぶそろっているかどうか たしかめるときだけでした。あるひ、たまごがわれて、こがもたちが うまれました。はじめにでてきたのが ジャックです。それから、カック、それから ラック、つづいて、マックに ナックに ウァックに パックに クァックです。マラードさんと マラードおくさんは、むねもはちきれそうになるほど よろこびました。こんなにたくさんの こがもたちを そだてるのは、たいへんな しごとです。 さあ、いそがしくなりました。≫

 さて、そんな大変な時期に「こどものことは しっかり たのんだよ。」と言い残し、マラードさんは川の様子を調べに出掛けていくのです。で、孤軍奮闘、マラードおくさんは、子育てに頑張っているわけですが、さっさと川の調べが済んだマラードさんが何をしていたかというと、一番上の写真のように、迫りくる家族一緒のどたばた前のひとときを、ゆったり過ごしていた・・・かも。

*「かもさんおとおり」(マックロスキー 渡辺茂男訳 福音館)
 連休のかもさんj
 

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すだじい

             すだじいj
雨あがりの散歩をしていたら、
どこからともなく匂って来る、匂ってくる。
見回すと、秋には、とがったどんぐり(椎の実)を、一杯落とす「スダジイ」の花。
「スダジイ」といっても「スダ爺」ではなく「スダ椎」。
公園にも、街路樹にもありました。

 今年は、いろんな花の時期が早かったり遅かったりで、すぐに終わってしまうもののあれば、重なり並んで咲くのもあります。
例年は、こんなに重なって咲くことのない公園の黄菖蒲と花菖蒲。先週のサツキと金糸梅と同じように並んで咲いておりました。2012年5月20日ブログは、同じ池の黄菖蒲だけの写真。
黄菖蒲と花菖蒲j
 そして、やっぱり、雨上がりにはあじさいの花。
                             あじさいj

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子猫のミツ

    ニヨンのまちj
(承前)
 バルテュス(1908~2001)は、ポーランド貴族の子どもで、母親の恋人は、かのリルケでした。

 「バルテュス展」の初めの頃、母親が描いた「バルテュスとミツ」という絵がありました。少年のバルテュスが子猫のミツを抱いている絵です。水彩で描かれた絵は、穏やかな雰囲気が漂い、母親の暖かい視線がありました。

 そして、少年バルテュスは、その子猫ミツとの出会いと別れを40枚の絵にし、それが、リルケの序文がついた、画集として小さな本になります。(1921年)この小さな作品群は、描きたいという気持が前面に出ていて、リルケが称賛するのもわかります。(昨日の写真のファイルが「ミツ」の連作です)

≪・・・バルテュス。もうミツの姿が見えなくなってから、きみは彼をもっとたくさん見るようになった。彼はまだ生きているんだろうか?そしてのんきな子猫らしい彼の快活さは、きみを面白がらせてくれた後で、きみに義務を負わせる。きみは、哀しいうちにも勤勉に手をはたらかせて、その快活さを表現しなくてはならなかった。・・・≫というわけで、この「ミツ バルテュスによる40枚の絵」(R.M.リルケ序 阿部良雄訳 泰流社・河出書房新社)が生まれ、世にバルテュスの存在を知らしめたのです。

 もしかしたら、一連のバルテュスの神秘的な絵画世界より、この画家が、子どもの時に描いた40枚の絵と母親の描いた少年バルテュスと子猫の絵が、この展覧会で一番、印象に残ったかもしれません。

☆写真は、バルテュスが子猫ミツを見つけた、スイス ニヨンの街。高台に見えるお城(旗が掲げられている建物)で、バルテュスは子猫のミツに出会ったようです。写真には撮っていませんでしたが、確かにバルテュスが描いたような鉄製の扉とベンチの置いてある場所はありました。

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バルテュス展

ミツみぎj
  京都でも開催されるようですが、(2014年 7月5日~9月7日 於;京都美術館)、上京のついでに上野の東京都美術館に「バルテュス展」を見に行きました。(~2014年6月22日)この展覧会のキャッチコピーは、≪ピカソをして「20世紀最後の巨匠」と言わしめたバルテュス≫というものでした。

 写真に写るチケットの「夢見るテレーズ」と題された少女の絵や、角度こそ違え、ほか同じようなポーズを取る少女の白昼夢のような世界。あるいは自らを「猫たちの王」と称し、猫とともに描いた自画像。・・・作品の多くには、少女と猫が登場し、生涯、この画家の周りには、猫と少女たちが居たのがわかります。
 また、フレスコ画を意識した画面もあり、現代なのに、古典的な雰囲気も感じます。

 東洋的なもの、特に浮世絵に惹かれ影響を受けたとし、日本人の妻をモデルに描いた「朱色の机と日本の女」もありますが、日本の誇る「北斎」が、人の筋肉の動きを熟知し、無理のない動きの人々を描き続けたのとは、違う方向で、人の静止した状況を描いた画家だったのだと感じました。

 最後の部屋には、本人や家族の大きな写真展示が随分ありましたが、今回同じ会場でなくてもよかったのではないかと思いました。(続く)

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淡路島

         j明石大橋
梅雨入り間近の空の下、初めて、明石海峡大橋を渡りました。
ギネスブックに載っている世界最長の吊り橋なのですね。ふーん、しらなかった。

 淡路島は、小さい頃、親と、学生の頃、友人たちとやって来て以来でした。
 明石に行くような時は、いつも、海向こうとはいえ、すぐ近くに見える淡路島を見ながら電車に乗っていますから、淡路島も、そんなに永らく来たことがないとは思っていませんでした。ライトアップもよく目にしていたし・・・
 
 が、やっぱりこの大橋を渡るのは初めて。
 平日にETCを使うと、この橋を渡る料金が随分安くなるとか(2014年4月~)で、友人に連れてきてもらいました。

 車だと、島のいろんな自然公園に行けるのが楽しく、鶯の声を聞きながら、そして、海を眺めながら散歩しました。
 そして、神戸牛ならぬ淡路産の玉ねぎ入り淡路牛のハンバーガーを食べ、おなかいっぱいになって神戸に戻りました。
 晴れていたら、もっとよかっただろうなぁ・・・

公園j

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超絶技巧

超絶技巧j
 京都清水三年坂美術館、村田コレクションの「明治工芸」の数々が、東京を皮切りに巡回する様です。
「超絶技巧! 明治工芸の粋」展(三井記念美術館:~2014年7月13日)です。個人的には、並河靖之七宝記念館や清水三年坂美術館で、「七宝」、あるいは、清水三年坂美術館で、「京薩摩」「刺繍」等も、その都度、見にいっていました。が、今回、足を運んだのは、娘がまだ、明治の「七宝」以外を見ていなかったからです。

 東京での展示は、清水で見るより、はるかに人も多く(清水はすいています)、展示ケースも大きく(清水は本当に小さな会場です)、いろんな工芸が少しずつといった感じで、少々不満でした。

 が、反対に、清水で、いつもは、暗く常設されている、安藤緑山の本物と見間違うばかりの牙・木彫り細工は、明るく大きな会場で誇らしげに見えましたし、「自在」と呼ばれる動く金もの工芸は、その数も多く、映像が流れていて、自在に動く(繊細な動きです)様子も見ることができ、清水で、「すごーい」「すごーい」と連発したのと同じ状態になりました。

 もし、京都には遠くて行けない人も、ぜひ、ぜひ、一度、全国を巡回する「超絶技巧展」を見に行って欲しいです。この明治の職人さんたちの仕事を見ると、「日本人には、こんなことできた人がいたんやで、ドヤ!」と、自分が作ったのではないのに、なぜか、誇らしい気持ちになって、会場を後にします。

☆写真は、村田コレクションではないものの特別出展されていた千總の孔雀の刺繍が施された屏風のファイルの上に、「自在」の昆虫と、牙彫りのなす、それに、本物の 、牙彫りのミカン。あれ?もしかしたら、毎日、本物のミカンを置き替えて展示してた?

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気温も湿度も急上昇

          公園スイレンj
 近くの公園の池のスイレンも咲きだして、こんなに近くで撮れました。おっとっとっと、危ないよ。
 一気に夏になるような・・・肌寒い日が長かった割には、気温も湿度も急上昇。この辺りも、このまま梅雨入りなの???うぇーい。
 池に映るj
 毎年、金糸梅とサツキツツジは、同じ頃に咲いていたっけ?サツキツツジの花期が今年は長いような・・・ま、二つ並んできれいなこと。
 それに、例年は、アメリカヤマボウシ(花水木)が目立っていて、ニホンヤマボウシは、ひっそりとしていたような。今年は、目につくくらい長く白く。
やまぼうしj
 梅雨前のひととき、明るい部屋には風が通り、初夏を堪能していたはずなのに、もはや、風もむっとしている。機嫌よく暮らせる季節が短いことは、充分、承知してはいるけれど、気温も湿度も急上昇。

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揺れる藤の花

         藤j
(承前)
 出光美術館は、小さい会場ながらも、絵巻や屏風が見やすい展示でした。絵巻は、人の頭を見に行っているような絵巻鑑賞も多いなか、ゆっくり見ることができました。  
 後期展示の「福富草紙絵巻」は、放屁によって成功した者と、真似たものの失敗した者の話で、絵を見るだけで話の大筋がつかめます。絵巻のコーナーの副タイトルは「アニメ映画の源流」とありました。、

 また、室町時代の「四季花木図屏風」(伝土佐光信)も角度を変えて見ることができよかったし、酒井抱一の「八橋図屏風」も綺麗でした。ただ、この「八橋図」は、根津美術館で2012年春に見た尾形光琳の「八ツ橋図屏風」(メトロポリタン美術館蔵)をモデルにしたそうで、やっぱり、尾形光琳のオリジナルの方が迫力があって、いいなと思いながら鑑賞しました。

 それで、北斎。
 「月下歩行美人図」という肉筆画がありました。
 単に、月下に佇む美人図ではありません。
 明るい満月の下、なんだか歩幅も大きく、足取り軽く、歩を進める遊女のお姐さん。
 もう少しで画面からはみ出しそうな足の勢い。
 着物の模様は藤の花。袖は揺れ、歩くと袖の藤の花も揺れる。
 静かな満月の夜、こっぽり下駄の音。光と音。
 身体の動きと彼女の心。静かなバイタリティを感じます。
                   月下j
☆写真は、岡山 藤園(撮影:&Co.A)と「月下歩行美人図」絵葉書

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出光美術館

                  出光j
 「海賊とよばれた男」(百田尚樹 講談社)のモデル、出光佐三が、子どもの頃、仙厓義梵(せんがいぎぼん)の『指月布袋画賛』をせがんで買ってもらうシーンがありました。それが、その後の蒐集につながり、現実の出光美術館となっています。
 いつか見てみたいと願う出光美術館所蔵の国宝「伴大納言絵巻」。その展示が、いつのことか不明なので、とりあえず、今やっている「日本絵画の魅惑」に行きました。

仙厓義梵(せんがいぎぼん)の『指月布袋画賛』は、今回出展されていませんでしたが、何枚かの仙厓は出展されていて、その洒脱な作品を実際に見ることができました。

 鑑賞後、皇居の緑が目の前に広がる風景の窓辺に腰掛け、一日の美術館巡りの疲れを癒すのは、嬉しいものでした。 西日の入る大きな窓のむこうには、皇居だけなく、首都、大東京も在りました。そして、この場所を「海賊とよばれた男」が選んだ理由が、理解できたような気がしました。(続く)

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