みんなみすべくきたすべく

金屏風

       あじさいj
 (承前)
 京都 山科 小野の勧修寺の庭園には、ちょっとした解説があちこちに書かれていて、庭をさらに楽しむ方法を見つけられます。
 例えば、「さざれ石」です。「八千代の感触をどうぞ。」とあるので、触ってみました。巌(いわお)には、程遠い細石(さざれいし)でした。
 次に、何故かある弘法大師像の周りには、小さな石が八十八ぐるっと取り囲んでいて、「これを順に踏んで回ると、四国八十八か所巡りをしたことになる。」とあったので、しっかり88踏みました。
 また、庭の千年杉の見えるところにある解説には、「水鳥がとまると狩野探幽の絵のようです」とありました。
               あおさぎ1j
 まさかぁ…言いすぎでしょうと、思って池のそばに行ったら、アオサギが池の真中の島にやってきて、池をじっとじっと見ていました。何がいたんだろう?ウシガエルの声が聞こえ、大きな錦ゴイが泳ぎ、カモも泳いでいましたが。
               アオサギ2j
 狩野探幽のどの絵を指しているのか、よくわかりませんが、アオサギのいる睡蓮の池を見ていると、しかも、初夏のまぶしい光の中で見ていると、確かに、金屏風に描かれたそれが見えたような気がしました。
                       アオサギ3j

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勧修寺

氷室池j
 この一週間で二つの植物園と庭園に行きました。
 片や東京。歴史ある大学の研究用植物園、昨日UPした小石川植物園
 片や京都 山科。もっともっと歴史あるお寺の庭園、四季折々愛でるために作られた池泉回遊式庭園。
 比べても仕方ありません。

京都 山科 勧修寺の庭園は、後ろの山も借景に取り入れ、まだ見ぬ、秋や春先の美しさも想像できます。
今回は、池いっぱいに広がるスイレンを見てきました。
池には、黄菖蒲、花菖蒲、 カキツバタもさいておりました。
池と寺j
 この池は、氷室池といい、平安時代、一月二日、この池の氷を宮中に献上し、その氷の厚さで、その年の五穀豊凶を占ったと言われていると、ありました。
 水戸光圀公が寄進した灯篭の周りには、樹齢750年と言われ、一つの木から広がったハイビヤクシン(ヒノキ科常緑灌木)。    
                    灯篭j
 さて、この勧修寺は『今昔物語集』にみられる藤原高藤と宮道列子の出会いの場とされ、さらに、高藤の子孫である紫式部が、その話を参考に源氏物語の「明石の君」を書いたともされている・・・と、案内にありました。
 ということは、、山科 小野は この勧修寺と駅の反対側にある隨心院の小野小町と深草少将のロマンスといい、ロマンスの里ってことでしょうか。ま、京の都から、少々、離れていましたからねぇ。今は、京都の中心部に地下鉄一本で行ける便利なところになっていますけれど。(続く)
                                ももいろすいれんj

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小石川植物園

                    小石川植物園j
 娘の住まいから近いので、行ってみました東京大学大学院理学系研究科付属植物園。通称「小石川植物園」。
 桜も済み、ツツジも終わり、紅葉には到底早く、花は、少しばかりのサツキとカキツバタの類が咲いているだけとはいえ、車の音も聞こえず、背の高いビルも見えず、ここはどこ?と言った空間でした。

 多分、それぞれの開花時期は、たくさんの人が来られるのでしょうが、花の時期でなくとも朝早い登園は、なかなか静かでいいものでした。
 大体の樹木に名札が付いているのも、賢くなりそうで嬉しい。
 池には、たくさんの大きな鯉が居て、餌を求めて、みんな水辺に近寄ってきましたが、餌係ではないので、どうすることもできません。
 ニュートンの林檎やらメンデルの葡萄やらありましたが、素人には、普通のリンゴの木、普通の葡萄の木にしかみえません。
なつみかんj
が、しかし、カエデ並木、これはシーズンにこなくちゃ。さぞや、きれいな並木道と化すでしょう。
それと、植物界、大発見の大きな大きな銀杏の木。色づく頃に見上げれば、きっと、違う空が見えるはず。
楓j
 ただ、英国帰りの娘と英国びいきの母親は、小石川植物園の木々の間を歩きながら、ロンドン郊外キューガーデンはこうだった。リッチモンドパークは、こうだった。ああ、ハイドパークにリージェンパーク。それに、コッツウォルズの庭園たちよ・・・と、盛り上がっていたのでした。

☆写真上は、小石川植物園の日本庭園奥に移設された重要文化財の旧東京医学校本館。
写真中は、立派に育った夏ミカン。大学院生が食べるんだろうか?写真下は、カエデの種がどんどん育っていました。

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けしつぶクッキー

ピーターシャムj
(承前)
「島多代の本棚から 絵本は子どもたちへの伝言」展で、娘が、一番喜んだのは、彼女が幼い時に手にとって楽しんだ「けしつぶクッキー」 の モウドとミスカ・ピーターシャムの絵でした。「このおばさん、覚えてるわぁ」と、とても懐かしそうでした。

  この本が彼女のお気に入りだったのは、よくわかります。
 というのは、ちっとも言うことをきかないアンドルーシクという男の子が出ているからです。
≪・・・アンドルーシクは、ふかふかのはねぶとんの上で、ぴょんぴょん とびはねるのが 大すきでした。(・・・・おばさんが かまどからとりだし、さまそうと思うクッキーの見張りを頼むと)・・・・「はあい、よく わかりました!クッキーをみはっています。」とアンドルーシクは こたえました。「こねこや いぬには、ぜったい さわらせないよ。」けれども、そういいながら、アンドルーシクは、ふかふかの はねぶとんの上で ぴょんぴょん とびはねるだけでした。・・・・けしつぶを ちりばめた けしつぶクッキーの みはりなんか ぜんぜん していませんでした。≫
 おお、この「はあい、よく わかりました!」の声、娘の声そのままで聞こえます。
 
 彼女が幼い頃、この画家の作品は、この「けしつぶクッキー」しか、我が家にありませんでしたから、写真に写る「あかいくるまのついたはこ」「サーカスのあかちゃんぞう」の絵本を彼女は知りません。
 「あかいくるまのついたはこ」は、とても幼い子どもと分かち合ってほしい一冊だし、「サーカスのあかちゃんぞう」は、象と暮らす人は必見の絵本です。もちろん象と暮らしていない子どもたちにも楽しんでほしい一冊です。そして、どちらも、おかあさんが出てきますから、甘えん坊だった、うちの末っ子が当時出会っていたら、やっぱり、好きになっていたような気がします。

*「けしつぶクッキー」(マージェリー・クラーク作 モードとミスカ・ピーターシャム絵 渡辺茂男訳 ペンギン社)
*「あかいくるまのついたはこ」(モウドとミスカ・ピーターシャムのえほん わたなべしげお訳 童話館)
*「サーカスのあかちゃんぞう」(モード&ミスカ・ピーターシャム作 こみやゆう訳 長崎出版)

☆写真、上が「けしつぶクッキー」右が「あかいくるまのついたはこ」左が「サーカスのあかちゃんぞう」

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絵本は子どもたちへの伝言

モンヴェルj
 銀座教文館児童書部門ナルニア国は、いつ行っても、こんな都心にこんなに広くて明るい場所が・・・と、まずは、そこに感心します。

 その教文館9Fウェインライトホールで、「島多代の本棚から 絵本は子どもたちへの伝言」展が開催されていたので(~2014年5月27日)行ってきました。
 展示品されている何冊かは、当時のものや復刊や新版、翻訳などで、持っているものの、もちろん、このコレクションの足元にも及びませんから、実際に展示されている絵本を、手にとってめくってみたい衝動にかられました。絵本は、めくってこそ、絵本。
  
 確かに、展示の絵本自体が古くて、入場者が手にとって、めくって行くわけにはいかないのはわかります。それに、個人の小さな展示会ということで、仕方がないこととはいえ、現在一部、美術館で体験できるようなデジタル映像で、タブレットのページをめくっていくことができると、なお楽しいかと思うのです。質感は伝わらなくても、「順にページをあけてゆきさえすれば、絵でお話がわかるからね。」と、リリアン・スミスの「児童文学論」で引用された言葉を思い出します。
 
 展示用に選ばれた絵本137冊は、絵本前史から始まり、ジャポニズムにも少し触れ、イギリスやロシアやチェコ、アメリカの絵本などが並んでいました。
 そして、個人的には、以前、イギリスの絵本に端を発し、ヨーロッパ、そして、ロシアの絵本を調べ、自分なりに少しまとめたことがあって、それを復習している様な気もちでいました。それにまた、東京に行く前に、この展示のカタログを取り寄せてくださった方が居て、予習もしていたので、ずいぶん、ためになった会だと満足していたら、同行していた娘がいいました。
「やっぱり、絵本はいいわぁ。この会が、今回4つ見た中で一番いいかも」(続く) 
(今回の上京で、4つの展覧会を見ました。)

*「児童文学論」((リリアン・H・スミス 石井桃子・瀬田貞二・渡辺茂男訳 岩波)
☆写真は、教文館案内紙の上に、展示にも何冊かあったモンベルの「ラ・フォンテーヌ」。右端に写るオレンジ色のリボンは経年劣化が激しいものの、本を閉じてさらにリボンで括っていたのがわかります。(ただし、この写真に写る本がいつの版なのかは不明です)写真では、ページをあけてゆくことができないのが残念ですが、中は、フランス語がわからなくても楽しめる絵が描かれています。

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文庫本

ピンクサラバンドj
 自慢じゃありませんが、20代後半から40代半ば近くまで、ほとんど、大人向けの本を読みませんでした。子どもの本と、その周りの本だけを読んでいました。読んでいたのは、子どもの本に、どこかつながっている本でした。そして、3人の子どもたちと、リアルタイムに楽しんだ本たちは、思い出を伴って、今も、読書の中心にあります。

 40代後半で大学院に行っていた頃は、子どもの本に加え、論文執筆のために研究書を読んでいました。やっぱり、大人向けの本を読むのは、後回しでした。論文や研究書など、多数、読んだはずですが、自分の論文に引用したのは何だったのかも、記憶が薄い。意味記憶というやつですね。

 さて、50代以降、子育てからも論文からも離れ、ふと、見回すと、古今東西の大人向けの本を読んでない、あるいは、かつて20代前半までに少しは読んでいたものの、今や忘却の彼方・・・と、気づき、愕然。

 最近は、この果てしなく広がり、つながっていく著作の世界に、わくわくしているものの、一体いつ読めるやら?と思うほど、岩波文庫やほか文庫がたまっていく・・・・新訳にリクエスト復刊、あれ?こんな古い版、まだ棚に残っていた購入、読んでいたつもりだったのに読んでいなかった購入、やっぱり読んでなかった購入。

 単行本や単なる時流に乗った本は、図書館で借り、どうしても手元に置きたい時だけ、古書でも購入するというパターンなのですが、文庫本って、単行本より安価で場所もとらないので、ついつい買ってしまう、う、うっ。それに、まとめて何冊か買うと、結構、重いし、支払いも、えっ?

 電子本にすりゃ、場所も費用も押さえられるのにという声も聞こえてきますが、やっぱり、紙の本が好きです。
 とはいえ、どんどん積まれていく・・・
☆写真は、靭公園のピンクサラバンドと言う薔薇

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本の書き込み

 献辞j
(承前)
 「アイルランドモノ語り」の著者栩木伸明氏と、レベルはまったく違うけれど、古本に書き込まれた子どもたちの文字から、想像を深めて行くところは、同じような覚えがあります。

 著者が手に入れた本は「子供のためのアイルランド歴史」という古本で、そこに、3つの書き込みを見つけます。
 まずは、「ゲーリック・リーグが主催した1909年のスライゴー・フェスティバルで一等賞を取ったノーラ・ハランに献呈する」
 次には「1913年、ぼくはこの本を字校学校のクリスマス・テストに使いました。――-シリル」
 そして、口絵カラー印刷の裏いっぱいにシリル君の筆跡で「ジョン・ミッチェル」という当時よく歌われたバラッドの歌詞が書かれていたのでした。

 そこで、著者は、ゲーリック・リーグを調べ、当時の歌唱コンテストを思い、イェーツの詩を浮かべ、ハラン姉弟を想像し、書き込みのされた1913年はどんな年だったか調べ、またイェーツの詩を引く・・・といった具合です。

 私も持っています。「1889年夏至 第二位の成績のJ.M.ウォルトンに献呈」と書かれた「Old Christmas from  Sketch Book of Washington Irving  illustrated by R. Caldecott」人造革張りの見返しはマーブリングの綺麗な本です。・・・
【☆写真に写る、右がコルデコットの挿絵の入ったスケッチブック(Old Christmas)の献辞。左のインクが薄くなっているのが、ラファエル前派の挿絵の入ったテニスン詩集の献辞(1865年)。この二冊の本は、かつて書いた「WEBで見つけてしまう」の写真に写る二冊です。】

 *「アイルランドモノ語り」(栩木伸明著 みすず書房)

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アイルランドモノ語り

       エニシダj
 以前、ここに書いたことのあるアイルランドの作家キアラン・カーソンの「琥珀捕り」「シャムロック・ティー」の訳者、アイルランド文学者、栩木伸明氏のアイルランドへの愛のこもった文集が「アイルランドモノ語り」です。ご本人はあとがきで「偏愛」と書いていますが、著者の心を奪った一つのモノ―絵や、古本も、真鍮のボタンなどなどなど―から広がり、つながっていくアイルランドの歴史や風土等など。
 軽く読めるエッセイ風で読者を引き込むものの、学者魂が、ついつい深く探求し続け、アイルランドの深みにどっぷり。雑学から専門の学問へ・・・みたいな一冊でした。

 この「アイルランドモノ語り」には、ジョイスやイェーツだけでなく、私の知らないアイルランド詩人の詩や古謡が、たくさん掲載され翻訳されています。形式ばっていない詩の数々は、アイルランド文学の楽しみを伝えてくれます。

 一番初めの文は、イェーツの「湖の島イニスフリー」が使われた映画の話から入り、手に入れた奇妙なモノとつなげ、「ふるさとはデンマーク」というタイトルに近づいて行くのです。
 そして、「岬めぐり」と題された章では、ダブリン湾の北側のホウス岬の話から始まり、イェーツの少年時代の家、ダブリンで買った絵、『海賊の女王』の話、自治権獲得の話、イェーツの詩、ユリシーズ、ジョイス・・・と、連想ゲームのように続きます。以下は、その中にでてきた詩です。

≪五月、またの名を   ビャルタネ、ベルタン、バールの火
燃え上がるハリエニシダが   石の上に花を落としている今
テオが隣にいたのを思い出す  去年の秋の暑かったあの日
ハリエニシダのさやが一生に破裂して   丘いちめんに無数の種を散らしていた
その丘が、今日はぐるり一面 炎をあげている≫
「ホウスの丘で」(ポーラ・ミーハン詩 栩木伸明訳)
(続く)
*「アイルランドモノ語り」(栩木伸明 みすず書房)
*「琥珀捕り」(キアラン・カーソン 栩木伸明訳 東京創元社)
*「シャムロック・ティー」(キアラン・カーソン 栩木伸明訳 東京創元社)

☆写真は、ハリエニシダではなく、日本でも5月に咲くエニシダ。ハリエニシダは茎のところに針があって、いかにもとげとげしています。

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ちいさなおんどり

      ウィルとニコラスj
 「ちいさなおんどり」 (ウィルとニコラス はるみこうへい訳 童話屋)
 ウィルとニコラスの邦訳絵本は4冊しか知りませんが、どの絵本も、伸びやかなタッチで描かれています。特に「クリスマスのうさぎさん」は、クリスマスに忘れてはならない1冊です。でも、ずっと再版されないまま・・・

 「ちいさなおんどり」の話は、ロジャー・デュボアザンの描いた「ちゃぼのバンタム」の話とよく似た流れです。ほかの鶏より小さく生まれた「ちいさなおんどり」や、小さい身体の「ちゃぼ」が、キツネに襲われかけたときに、一頑張りして、ことなきを得る。それまでは、一人前扱いされていなくても、ここぞと言う時の勇気を示す話です。「ちゃぼのバンタム」の方は、ラブロマンスあり。「ちいさなおんどり」の方は、初め、ニワトリ以外の動物たちと、ほのぼのとした交流あり、です。

 「ちいさなおんどり」の絵は、マチス風であり、ピカソにも通じ、ジャン・コクトーにも似ています。赤を基調にした画面、動きのある画面、ともかくエネルギッシュです。ニワトリたちが力を合わせてキツネを追い出すシーンは黒い画面に緑で描き、農場の動物たちも一緒になってキツネを追い出すシーンは真っ赤に黒、ページを繰るだけで、エネルギーが満ち、力を合わせてキツネをやりこめたのが伝わります。

「クリスマスのうさぎさん」 (ウィルとニコラス作 わたなべしげお訳 福音館)
「ちゃぼのバンタム」 (ルィーズ・ファティオ文 乾侑美子訳 ロジャー・デュボアザン絵 童話館)

☆写真は、右上「ふたりのあか毛」見返し。中央下「ちいさなおんどり」の1シーン。左上「みつけたものと さわったもの」の見返し。(いずれも、ウィルとニコル作 はるみこうへい訳 童話館)

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♪心のどかに摘みつつ歌う~♪

新芽j
(承前)
♪~摘めよ 摘め摘め
 摘まねばならぬ
 摘まにゃ日本の茶にならぬ~♪

「心のどかに摘みつつ歌う」余裕はありませんでしたし、「摘まにゃ日本の茶にならぬ」といった気負いもありませんでした。
が、5月の名前を、やっぱりミドリのままにしておく方がいいと感じる、緑の茶畑。
体験茶園なので、一面に広がるとまで行きませんが、それでも、近隣の山々の緑にも囲まれ、すがすがしい気分で、新茶を収穫体験しました。

 家に持ち帰った、新芽(一芯二葉)は、新茶になりました。
・・・・・・と、書いたら、簡単そうに聞こえますが、実は、夫と二人、ひたすら、ホットプレートの上で、手もみを続け、2時間弱。やっと、写真のような新茶ができました。

 お茶は高価、新茶がもっと高価なのがよーくわかりました。
 当分、この新茶を楽しみたいと思います。
          新茶j

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♪夏も近づく八十八夜~♪

茶畑j
♪夏も近づく八十八夜~♪
 さて、2014年の八十八夜はいつだったでしょう?立春から数えて88日目。5月2日でした。
八十八は米という字になったり、末広がりの八であったり、ともかく縁起がいい数字。
この頃に摘み取られた新茶は栄養価が高く、不老長寿のお茶といわれているそう。
 というわけで、新茶摘み体験に行ってきました。
・・・・というより、そのプログラム中の茶スィーツバイキングというのに惹かれて。

大阪からバスに乗って、京都 宇治方面へ。
はい、宇治茶です。
鎌倉時代からの歴史があるようなのに、
宇治茶は全国でもたった5%の第5位とか。だから、結構、貴重な新茶かも。

バスの中では、お茶にまつわるクイズの時間がありました。
むきになって、ついには、スマホで検索して(周りの若者は、みんなそうでしたが)、答えを出す夫。
えぃ!とばかり、勘だけで○×をつける私。

午後には、茶香服(ちゃかぶき)という「きき酒」ならぬ「きき茶」の時間もありました。
色を見て、香りを嗅ぎ、そして飲むのです。(6回お茶を飲み、一番初めに紹介されたお茶が、その中で2回出てくるのですが、さて、それが、何回目と何回目だったかを当てるゲーム。伝来の茶香服は、銘柄自身を当てたり、ギャンブルの要素のあるものだったりするようです。)
私は、うん、これは!これは違う×!と即決。
夫は、ちょこっとメモして、最後に回答。
は、は、は、かつての学業成績、大差の原因がわかったぞ。(続く)

☆写真上は、宇治田原の茶畑。下は、新茶(新芽)のてんぷらの入ったお弁当。てんぷらには、抹茶塩がついています。
                新茶のてんぷらj

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大阪市のバラ

靭公園薔薇j
  今年は、中之島のバラ園でなく、靭公園(うつぼこうえん)にバラを見に行きました。
お休みの日、しかも、バラ祭り…そりゃ、人も多い。
 イベントに合わせたのか、どのバラも満開。種類も多く、名札も付いています。
 ちょっと、ほんのちょっとだけ、ロンドン、リージェントパークのバラ園を思い出さないこともない。
 が、やっぱり、ここは、バラ祭り以外の日か、朝の散歩で歩いた方がいいでしょうね。(ただ、公園の住民がいるのかも。)
靭公園バラj
 人が多いし、イベントの音楽などなど、マイクの音量もお祭り気分なのは、そんな時間に出掛けたせいですが、バラが、日差しに負けてずいぶん、しょんぼりしているのが多く、見ていて、悲しかった。バラには、もっとお水をあげてください。バラの根元には自動散水器が地面を這っていましたが、夏日のような日が続いたんだから、イベントの始まる前に、もっと、しっかりあげてほしい。                              
                靭公園ばらjjj
 

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うちの庭ではないけれど

5月の散歩は、コース選択が難しい。しゃりんばいj
道路わきにはシャリンバイ、黄菖蒲j
水のそばには黄菖蒲咲いて、
                            さつきj
小ぶりのサツキつつじもおそろいで、むらさきつゆくさj
ムラサキツユクサ咲きだした。
ああ、だけど、散歩途中のおうちの「バラたち」。
裏庭に面した道、フェンス越しにいい香りの背の低いバラたち。
紫薔薇j
薔薇家jj
お玄関・駐車場辺りは、二階まで届かんばかりの大きなバラたち。
奥様は、朝から、いつも手入れをしてらっしゃる。
バラ、薔薇、ばら。
うちの庭ではないけれど。

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ねむりひめ

のいばらj
 早起きもほどほどにしないと、と思いながらも目が覚めてしまうのは、はっきり言って歳のせい。
 すると、昼間、奥様は電車で寝る。隣に迷惑をかけながら。
 パソコンに突っ伏して寝る。気がついたら、hhhhhhhhhhhhhhと画面にでている。
 食事の終わった後、食器を片付けず、椅子で寝る。落ちそうになりながら。
 もともと、子どもの頃、ほとんど昼寝もしない子だったのに、いまは眠り婆。
 眠り姫のような百年の眠りではないけれど、ともかく、細かく、寝るようになりました。赤ちゃんに、かえっていく・・・

 さて、ホフマンの描く「ねむりひめ」の、百年の眠りについたお城は印象的なシーンですが、私は、見返しにいっぱい広がるノイバラの絵も好きです。写真右上から3番目

 散歩で回る地域は住宅地ですから、城を覆い隠す様なノイバラを見ませんが、今日の写真に写る、赤い実と白い花を見つけた時は、ちょっと嬉しいものです。特に、ここのお宅、日本家屋というより、コンクリート造りの西洋風なので、絵本のイメージにも近いと勝手に思っています。
「ねむりひめ」 (ホフマン作 瀬田貞二訳 福音館)

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ほんとうは 教えたい

モロー入口j
 今月(2014年5月)の「芸術新潮」は「ほんとうは教えたくない パリの小さな美術館」と声高に教えてくれる特集です。表紙は、かのジャックマール=アンドレ美術館のフレスコ画ではありませんか!
 友人が、この雑誌のことを教えてくれ、ちょっと立ち読みしてと思い、パラパラめくってみたら、ジャックマール=アンドレ美術館だけでなく、ギュスターブ・モローや、ドラクロワマルモッタンフォンテーヌブロー、・・・・ふぅー、結局、購入。
 自分で写した写真よりはるかにきれいな写真を見ながら、懐かしく思いだし、ため息をつきました。

 日本では、混雑した美術館が多いので、なかなか自分勝手な角度や距離から作品鑑賞ができないのですが、私の行ったことのあるヨーロッパの美術館は、ほとんど混雑せず(パリのルーブルは混んでます)、ストレスなく見ることができるのが、何と言っても大きな魅力です。大体、芸術鑑賞というのは、余裕のある時間であり、自分の気ままな時間の過ごし方でもあるのですから、ストレスがあっては、楽しみも半減です。
 したがって、パリの 小さな 美術館 などというのは、気ままな空間の極め付け。
 
 くわえて、この号では、歌麿の「深川の雪」のことも少し掲載され、絵も拡大されたものがでていますので、ちょっと、おまけ気分でした。(内容は、「深川の雪」の図録に書かれていたことと、よく似ていましたが)

☆写真は、パリ ギュスターブ・モロー美術館 入口(パリ美術館詣での写真のほとんどは、2012年秋のブログに使ったので、こんなのしか残っていなかった)

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映画「世界の果ての通学路」

         グラウンドj
「世界の果ての通学路」は、ドキュメンタリー映画です。
遠い遠い学校に通う4カ国の子どもたちを追っています。

象に襲われないよう命がけで片道2時間もかけて通学しているケニアの兄と妹。
見渡す限り人のいないアルゼンチン、アンデス山脈の草原を馬に乗って小さな妹と二人通う兄。馬に乗って片道1時間半。
足が不自由な兄の乗る車いす様に作った車のついた椅子を引っ張り、押して学校に行くインド ベンガル湾漁村の3人の子どもたち。ぬかるんだ道あり、タイヤが外れたり、車いすを押して片道1時間15分。
モロッコのアトラス山脈、山越え、谷越え、また山越えて通う女の子3人。途中で一人の脚が痛くなって・・・全寮制の学校まで片道4時間。金曜夕方には同じコースを家に帰ります。

アフリカの雄大な自然!おお、キリン!おお、象!なんてどこかの映像を見ているのとは全く違う気持ちで見ていました。なんで、こんなに広いの?早く学校に着かせてあげて!

アンデスの草原、空気もおいしそう!なんて気持ちはふっとび、何事もなく着いてね。優しいお兄ちゃん。可愛い妹。

ぼろぼろの車の着いた椅子を嫌な顔一つせず、かえって楽しげに、弟たちが引き、押します。見ているおばちゃんは、わが身が恥ずかしい・・・一番下の弟の可愛いこと。二番目の弟の健気なこと。

山越えしていく女の子は、女に教育は不要という古い風習の残る地域から通っています。奨学金を獲得し、他の女の子たちも学校に、と将来を見つめる確かな目を持っている女の子、本当にまぶしい。

ケニアのお兄ちゃんジャクソンくん、英語でインタヴューに応えていました。
あんなに危険な通学をして、あんなに賢くなって、そして人間としての知恵も確かなものとなっています。
ああ、これからも毎日、本当に気をつけてね。
そして、無事に大人になって、あなたたちの夢を叶えられますように。

それぞれの親たちが、それぞれのを子どもたちを送りだす時の様子は様々ですが、共通しているのは、どの親もその無事を祈って送り出していること。そして、それは、かつての自分の姿でもあります。

子どもたちの勇気と頑張りに感動しました。

☆写真は、メルボルンの小学校グラウンド(撮影*Co.A)

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名前はミドリ

那智の大滝j
5月に入って、散歩に行くたびに、
夫が、「ああ、緑がキレイや」「緑はいいなぁ」
を繰り返すものですから、
私は誕生月でもあるこの5月の名前を夫婦間で変更することにしました。
●●●改め、ミドリ。

ただ、もうそろそろ、うっそうと茂ってきて、
夫もあまり言わなくなったので、6月を待たずして、元の名前に戻そうかな。

☆写真は、娘の撮った那智の大滝と三重塔。娘は連休に熊野古道に行ってました。

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えを かく かく かく

寝ているj
 「えを かく かく かく」 (エリック・カール作 アーサー・ビナード訳 偕成社)
 エリック・カール(1929~)の作品で、もはや古典的存在になろうとしているのは「はらぺこ あおむし」(もりひさし訳 偕成社1969)ですが、彼の新しい作品(2011)がアーサー・ビナードによって訳され、最近出版されました。

 エリック・カールが子どもの頃に出会ったドイツの画家フランツ・マルク(1880~1916)の描く色鮮やかな世界。その夭折の画家の背景と時代。
 エリック・カール80歳を超えてなお、「えを かく かく かく」の世界に表現したのは、そのフランツ・マルクの影響を受けた動物の世界と色の世界。特に「青い馬Ⅰ」から受けた影響は、表紙の青い馬で、一目瞭然です。

 もちろん、エリック・カールの力強い描線やその表現方法は、子どもたちにも私たち大人にも力を与えてくれ、楽しいものです。もしかしたら、フランツ・マルクの描いた“Blue-Black Fox”より、絵本のむらさきいろのきつねが好きかも。キツネの狡猾さがよく出ていると思うのです。

 そして、忘れていけないのは、アーサー・ビナードの訳です。
≪・・・・またまた ぼくは かく かく かく。すばらしく      オレンジいろのぞうを。つぎに すっかり      むらさきいろの きつねを かいちゃう。 かく かく かく。こんどは とんでもなく     くろい しろくまだ。   ・・・・・・(略)・・・・・ぼくは えかきだ。 じぶんの ほんとうの えを かく かく かく≫
 と、ここに引用してみたものの、やっぱり、絵本はページを繰ってこそ、声を出して読んでこそ。
 こんな短い言葉で、力が湧いてきそうな気がします。

 そして、この絵本は、原題を“The Artist Who Painted a Blue Hourse”というのですが、邦題を「えを かく かく かく」としたのは、子ども絵本のタイトルとして、とても魅力的です。
 本質を響きのいい簡単な言葉で表現できていると思います。

☆写真は、英国ヘミングフォードグレイ村。こんなに近づいても大丈夫でした。

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花びら入りお茶

母の日茶j
 毎年、誕生日や母の日、結婚記念日にすら、プレゼントを用意してくれる娘に、今年は、こちらからおねだりしました。
 お花が入ったお茶と、茶漉しつきマグカップセット。
 母の日当日、一緒に注文しておいた新茶と一緒に届きました。

 カーネーションや薔薇の花びらがブレンドされていて、見た目にも綺麗です。
 いただくまでは、お茶の香りなのか、花の香りなのか、どっち?打ち消し合ってないかな?等と、少々気になっていましたが、ま、ハーブティーといった感じです。鼻には香りが、口にはお茶が、という感じです。三煎目ものみました。

 表示を見ると、緑茶、カーネーション、ローズレッド、ローズピンク、ヒース、マロウブルー(ウスベニアオイのことです)とありました。
 ごちそうさまでした。ありがとう。 
 

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この本はわたしのもの

ロジャーj
(承前)
ノンフィクション「本を愛しすぎた男」の最後の最後に引用されていたのは、中世ドイツの写本の筆記者によって書かれた警告でした。

“この本は私以外の誰のものでもない。
私の名前が本の扉にあるからだ。
もし、この本を盗もうとする人間がいたら、
首にひもをかけられて
高くつり下げられるだろう。
・・・・・(略)・・・・”

おお!これって、アーサー・ランサム「女海賊の島」で、ロジャーがミス・リーのラテン語の辞書に勝手に書いたことと同じじゃないですか!
“この本はわたしのもの
証人は神さま
だれかがぬすめば
首をつられる
このあわれな人間のように”

ああ、ランサム・・・また読み返したくなってきた・・・ふーむ

*「本を愛しすぎた男 本泥棒と古書店探偵と愛書狂」(アリソン・フーヴァー・バートレット 築地誠子訳 原書房)
*「女海賊の島」(アーサー・ランサム全集10)(アーサー・ランサム作 神宮輝夫訳 岩波)

☆写真は、「女海賊の島」の中のロジャーが描いた絵と、本物のロジャー、ロジャー・アルトニアン博士がコニストン湖でヨットに乗る写真。(ランサマイトのみなさん!茶色の帆ですよ!)ロジャー・アルトニアン博士は喘息のお薬インタールを開発した人でしたので、その講演録を日本の製薬会社が邦訳し小冊子にしたものに掲載されている写真です。(*The Story of The  Discovery of Intal as told by Rojer Altounyan to the Society for Drag Reserch in York 1977)

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サイン本

         さいんj
(承前)
≪(本泥棒)ギルキーは稀覯本を手に入れると、歳月を経た本の匂いやぴんとした紙の感触を楽しみ、悪いところはどこもないか確認してから、そっと本を開き、数ページぱらぱらとめくってみる。作者が生きているなら、サインがほしいかどうかを考えてみる。ギルキーに言わせれば、『透明人間』のような本は、高級ワインと同じで、所有すること、自分のコレクションに加えることこそが喜びであり、読むことが目的ではない。そして、実際に殆ど読まない。彼が愛着を感じるのは―――ほとんどの本のコレクターと同じように―――本の内容というより、本が象徴しているものすべてに対してであった。≫

 うーん、本泥棒はしないけれど、まったく読めないチェコ語のラダやザブランスキーの絵本、これも読めないフランス語のペール・カストールシリーズ、まったく読めないイワン・ビリーピンのロシア語の画集、そんなこんなを手に入れたのは誰?それに、図録や絵本なら、まだしも、挿絵の少ない英語の児童文学買ったり・・・え?誰?誰?

 以前の持ち主の名前や献辞の書かれている古本、好きです。それが、子どもの書いた拙い自分自身の名前であっても、読めないような流麗な筆記体であっても、もちろん、作者自身の手によるものであっても。どんな時に手に入れたんだろうとか、どんな場所で書いたんだろうとか・・・こりゃ、やっぱり、読むことが目的でないなぁ・・・うーん。(続く)

*「本を愛しすぎた男: 本泥棒と古書店探偵と愛書狂」(アリソン・フーヴァー・バートレット 築地 誠子訳 原書房)

☆写真は、エリナー・ファージョンの直筆と思われるサイン本二冊と追悼本。左上"Mrs.Malone"(Michael Joseph挿絵)には、「みな様方へ 愛をこめて エリナーより 1955年クリスマス」下"Songs For Music"は、「愛をこめて ネリーからバーティーへ1922年5月24日」とあります。ネリーというのは、エリナー・ファージョンの家族内での通称で、バーティというのは実弟のハーバートのことです。この日付は、この小さなフランス綴じの本、初版の日だと思われます。
 それで、アーディゾーニの挿絵を貼り付けた本は「ファージョン追悼本」(The Eleanor Farjeon Book)です。貼られているのは、「ムギと王さま」の挿絵に、絵の中央窓わき、縦に「V・M・J」と書き加えられたもの。何の頭文字なのか、誰の頭文字なのか?未だわかりません。もともと追悼本についていたサービスなのでしょうか?ファージョンが亡くなった次の年1966年にNaomi Lewis 編アーディゾーニ挿絵でHamish HamiltonLtd.から出版されています。

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シャーロットのおくりもの

農場j
(承前)
 「本を愛しすぎた男」のライター、アリソンの子どもの頃からの一番大事な本は、「シャーロットのおくりもの」
 この本について、「本を愛しすぎた男」の中で、こう振り返っています。 

≪・・・ブッククラブに入ってから初めて通信販売で買った本。晴れた土曜の朝、郵便屋さんが本の小包を届けについにうちの玄関に来てくれたとき、どれほどワクワクしたことか、手の切れるようなピンとしたカバーは、ビニールが貼られた図書館の本とはまったく違った。最初のページを開く。ほかの誰でもない私が最初の読者なのだ!
 それからの数日間、私は主人公の子ブタのウィルバーとともに生きていた。そして、ウィルバーの友だちのクモのシャーロットが死んだときと同じくらい、いやそれ以上に悲しかったのは、本を読み終えてしまうことだった。本に夢中の、そんな半ば夢のような状態をとても気に入っていたので一日何ページまでと決めて、本の終わりを、あの世界から自分が追い払われるのを、私は少しでも引き延ばそうとした。今でも同じことをする。自分でもばかみたいだと思う――本の世界の喜びは永久に終わってしまうわけではないのに。いつでも一ページ目から読み直すことができるし、内容を思い出すこともできるのに。
 『シャーロットのおくりもの』――私の次は息子の本棚に、その次は娘の本棚に移動した――を目にするたびに、郵便屋さんが届けてくれたその日のことを思い出す。それは私の人生のある章に書かれたきわめて個人的な記録であり、ほかの章にもそれぞれの思い出にからんだ本がある。・・・・≫

 「シャーロットのおくりもの」は、挿絵を「しろいうさぎとくろいうさぎ」のガース・ウィリアムズが描き、表紙から手に取りやすい1冊です。また、アニメーションや映画にもなったらしく、1952年のアメリカでの出版以来、長い間、人気のある作品です。

 「シャーロットのおくりもの」は、くものシャーロット・A・キャヴァティカと子ブタのウィルバーの友情物語です。 実際にはありそうもないことと、言いきってしまえない出来事が次々起こり、わくわくしながらページを繰る。厳しい現実が待っているものの、希望にもつながる。こんな児童文学の数々が、私の人生のほとんどの期間を支えてきたといっても過言ではありません。(続く)

*「本を愛しすぎた男: 本泥棒と古書店探偵と愛書狂」(アリソン・フーヴァー・バートレット 築地 誠子訳 原書房)
*「シャーロットのおくりもの」(E.B.ホワイト文G.ウィリアムズ絵 鈴木哲子訳 法政大学出版局 さくまゆみこ訳 あすなろ書房)
*「しろいうさぎとくろいうさぎ」(ガース・ウィリアムズ 松岡享子 福音館)

☆写真は、英国湖水地方 農場 羊が小さく写っています。(撮影:&Co.I)

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パリでオートバイを買おうとする

マカロンj
(承前) 
 クレジットカードで、買い物する時、まだガシャンと青カーボン紙に印字する機械も残っていた頃、ロンドン街中の児童書専門店で、クレジットカードを使ったことがあります。
 なんの本だったか忘れましたが、そのロンドン滞在の時は、ホテル以外、クレジットカードを使っていなかったと思います。
 それで、帰国し、しばらくしてから、カードを使ってガソリンを入れようと思うと、「このクレジットカードは使えません。」
 ん?どういうこと?
 仕方がないので、現金を払って帰宅すると、カード会社から電話がかかってきました。
 「そのカードを使ってパリでオートバイを買おうとしましたか?」
 「はあ?」
 「そのカードで、まず、フランスパンを買って、使えるとわかった者が、オートバイを購入しようとしたのですが、貴女の購入歴にそういったものを買う履歴がないので、カードは差し止められたのです。」
 
 というのが、私の何年か前の話です。

 さて、以下は「本を愛しすぎた男」の本泥棒ギルキーがカード情報を盗んだ手口の一つです。
≪…当時(1999年)は顧客のカード番号がカードの利用伝票に印字されており、数枚つづりのカード伝票は、一枚が客の控え用、もう一枚が店の監査部用になっていた。店員は客の控え用の伝票に印字されたカード番号に線を引いて消すように言われていたが、監査部用の伝票はそのままでよかった。ギルキーによれば、忙しいときは店員が監査部用の伝票を投げ捨てることがあったので、ギルキーがたまに伝票を返すのを忘れたとしても、気づかれることはなかったそうだ。…≫
 
 うーん、そうだったのか???
 その頃、日本でも青カーボンでカード情報を取るようなことはなくなっていて、ロンドンのその店、はい、閉店間際に行ったその店のみ青カーボンだったのです。(続く)

*「本を愛しすぎた男: 本泥棒と古書店探偵と愛書狂」(アリソン・フーヴァー・バートレット 築地 誠子訳 原書房)☆写真は、パリのお菓子屋さん。

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本を愛しすぎた男

ルイス古本屋j
 「本を愛しすぎた男: 本泥棒と古書店探偵と愛書狂」 (アリソン・フーヴァー・バートレット 築地 誠子訳 原書房)
  転売目的で本を盗むと言うのではなく、本を愛するあまり盗む(でも、読まない!)というジョン・ギルキー。そのギルキーを追い詰めるアメリカ古書籍商組合(ABAA)の防犯対策室長の古書店主ケン・サンダース。そして、その両者とつながり、この1冊の愛書狂たちの本を書きあげたライター、アリソン・バートレット。
 読んでいると、この本がノンフィクションであるのを忘れるくらい、ジョン・ギルキーの手口は巧妙で、現役です。事実は小説より奇なりという言葉がぴったり。泥棒の片棒を担いでいるみたいで後味悪いけど・・・

 2009年に“The Man Who Loved Books Too Much:The True Story of a Thief, a Detective, and a World of Literary Obsession”として出版されるのですが(邦訳2013年)、話の発端は、ライターであるアリソンが2005年に豚革の革表紙に真鍮の留め金の付いた5キロ以上もある立派な装丁の本を預かるところから始まります。やがて、それは1600年代に書かれたドイツ語の本で三千ドルから五千ドルもする稀覯本だと判明。・・・で、ライターは、稀覯本やその周りの世界を調査し始め、サンダースやギルキーと出会うことになります。

 本泥棒とそれを追い詰めるサンダース以外の古書店主や、本泥棒ギルキー以外の歴代の愛書狂たちのエピソード、また、登場する稀覯本、初版本のエピソードも興味深いものでしたが、それらを挿入することによって、全体として、散漫になった感じもします。

 さて、この本に登場する本のタイトルは百冊以上もあって、19世紀20世紀文学だけでなく、コミックやノンフィクション作品、そして、くまのプーさんやピーター・ラビット、赤毛のアン等の児童文学も含まれていました。(続く)

☆写真は、英国南イングランドルイスにある15世紀本屋という児童書を主に扱う古本屋さん。「本を愛しすぎた男」とは全く関係ありません。(撮影:&Co.Ak)

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スカパンの悪だくみ

      60ケーキj
 パリのオルセー美術館でオノレ・ドーミエの「クリスパンとスカパン」という絵を見たとき、狡猾そうな表情の男、その不遜な態度に目が奪われました。また、顔は見えにくいものの、もう一人の耳に囁く男の手や首筋の様子にも目が行きました。そして、全体の画面構成も明暗があって、この二人がよからぬことを口にし耳にしているのだと伝わってきました。そのときは、この絵がモリエールの「スカパンの悪だくみ」という喜劇を題材にしているということを知りませんでした。

 で、月日は流れ、電車用の薄っぺらな本探しをしていると、 「スカパンの悪だくみ」 (モリエール作 鈴木力衛訳 岩波文庫)という本当に薄っぺらい岩波文庫一冊を見つけ、もしかして、あの絵画のスカパンと関係あるの?ということで、読みました。

 簡単に言えば、従者スカパンが若き主人のために一肌脱ぐ話です。シェイクスピアの「間違いの喜劇」ほど長い話ではないものの、そのドタバタぶりは、似てなくもありません。
 
 また、モリエール研究の仏文学者なら、鼻にもかけないとは思いますが、舞台上のドタバタが大阪の誇る吉本新喜劇に似ていなくもないのです。

 考えようによっては、吉本新喜劇もモリエールの喜劇もシェイクスピアの喜劇も、みんな大衆演劇の世界で括れるわけで、その時代時代の客から笑いをとるためには、いろんなドタバタ、バタバタを積み上げ、最後、人情に訴えるハッピーエンディングという点で、似ていると思うのです。

 そんななか、電車で「『吉本新喜劇』と同じやん」と、笑ってしまったのは、老主人と同じ舞台の上に立っているのに、わざと、見えないふりをして、あちらこちら 走り回るスカパン。
 業を煮やした老主人が、
「おいこら!このわしが見えんのか?」
「ああ!旦那さま、どうにもお会いできなくて」
「1時間も前から、わしはここにこうしているんだぞ。いったい、なにが起こったんだ?」
 
 一つわからないのは、絵画の「クリスパンとスカパンCrispin and Scapin」のクリスパンは、モリエールの「スカパンの悪だくみ」には、表記されていません。もう一人の従僕として登場するシルヴェストルのことなんだろうか?

☆写真は、ベリーがいっぱい、おいしかった。(撮影:&Co.T2)

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連休

タニウツギj
 連休が終わる前に、ちょっとだけ、考えた。
 コスパとかコスメとかリフレとかアプリとかサプリとか、元の英語を短くし、勝手に言いやすくしているものが多い昨今、GWと表記し、ゴールデンウィークというにしても、ゴルウィとは言わないなぁ。
 もともとゴールデンウィーク自体が英語の言い回しじゃないから縮められないのかなぁ・・・
 連続休日をレンキュウというのは、言いやすいからなんだろう・・・
 
 ま、どうでもいいことだけど、縮められる以前の英語がよくわからないことも多いので、新しく増えて行く短縮系言葉について行くのは、なかなか大変。

 といううちに、ご近所の花々を楽しませてもらった連休も終わります。
☆写真上は、このいい匂いはどこ?と見回すと、可愛い花が咲いていたタニウツギ。

シャクヤクjj
シャクヤク
クレマチスj
垣根いっぱいに咲いていた大きなクレマチス
オオデマリj
オオデマリ
薔薇j
いい匂いの薔薇。

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Forget- Me- Not

わすれなぐさj
(承前)
 躑躅の華麗さに目を奪われていたら、ずいぶん地面に近いところから「Forget Me Not!」
 そして、地面近くのサクラは、シバザクラ。
しばざくらj
きちんと並んだベニバナスイカズラ。
                     ベニバナスイカズラj
 それに、やっぱり、藤の花。
ふじj
モッコウバラも満開で、いよいよバラの季節です。モッコウバラたてj

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躑躅

        石楠花つつじj
 (承前)
 ツツジって、こんな難しい字を書くのね。躑躅。書けません・・・虫めがねが要ります。
 桜も色々見たけれど、ツツジもたくさんあります。
 大体、石楠花もツツジ類。
しゃくなげj
馬酔木もドウダンツツジも大きく括ればツツジだし。
どうだんつつじj
山のコバノミツバツツジ(ミヤマツツジ)も可愛い。
                        ミツバつつじj
キリシマツツジは真赤。
つつじ赤j
 サツキツツジは、皐月に咲くからサツキ。とはいえ、平戸ツツジとサツキツツジの違いがよくわからない。大きく咲くのが平戸ツツジ、小さく咲くのがサツキツツジらしい・・・(続く)
                   ピンクj
            赤j
サツキカーブj

☆写真は上から隨心院(ベニバナトキワマンサク、キリシマツツジ、石楠花が写ってます)2~4枚目は、箱根芦ノ湖畔。5枚目は隨心院。6~8枚目はご近所。

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白い花

すずらんNj
 桜やハナミズキを見上げてばかりいたけれど、ちゃんと今年も咲いていました。小さな白い可愛い子!ひっそり木陰に咲いています。スズランです。
 コデマリとナニワノイバラもそろって満開。
                  コデマリとナニワノイバラjjj
あれれ、これはなんじゃ?と思って名札を見たら、「なんじゃもんじゃ」とありました。本名は「ヒトツバタゴ」という名札もついていました。家に帰って調べたら、え?希少種で、絶滅危惧Ⅱ類指定って?そうなんだ・・・公園で特別扱いされてないけど。タゴ(トネリコ)は、複葉で、これは単葉ということから「ヒトツバタゴ」
ヒトツバタゴj
 さてさて、平戸ツツジも満開に。(続く)
                                さつきつつじj

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アメリカヤマボウシ

ハナミズキ白j
 やっと、やっと気候が落ち着いて、
 厚着から解放されたと思ったら汗ばんで、
 窓を開け、風を通します。
 町中の花が咲き誇り、
 散歩に行っても、気にかかる場所がいっぱい。
          ハナミズキ赤j
 昔、子どもの頃、こんなにハナミズキ(アメリカヤマボウシ)が街に植わっていた記憶はありません。
 花に見える苞の部分は、開く前も可愛いし、もちろん開いたら華やかだし、秋の紅葉も楽しめます。
 何より街路樹に植えられているのも多いということは、なかなか強い樹木なのでしょうね。
 だから、あちこち目につくようになったのでしょうか。
 ともかく、ひと昔前は、さほど目にすることがなかったと思われます。
 調べてみると、1912年ワシントンD.C.に桜を送った返礼の植樹が始まりのようで、1915年以降に日本に広まったようです。だからか…京都のお寺には植わっていませんねぇ・・・
ハナミズキ花jj
☆一番下の写真は陸橋のような高い位置から見下ろす場所に植わっていたハナミズキ。ピンクの大きな花びらのように見えるのは苞で、中にひっそり咲いているのが花です。

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