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みんなみすべくきたすべく

三十六歌仙図屏風

2冊の図録j
(承前)
 それから、やっぱり、若冲(1716~1800)。この人も多才。
 動植物が中心の絵師かと思いがちですが、岡田美術館にある、「三十六歌仙図」屏風六曲一双(1796年)の屏風絵には、36人のユーモアあふれる姿が描かれています。尾形光琳が描いた歌仙図のパロディーとも言われていて、また、仙厓の禅画にも似た力の抜けた味わい深い晩年の作品です。

 2000年に若冲没後200年「若冲展」が、京都国立博物館で開催されたときに来ていた「三十六歌仙図押絵貼屏風」1798年(デンバー美術館蔵)と個々の表現はほとんど同じですが、並びが違う別の「三十六歌仙図」屏風です。ただし、今回、岡田美術館では、一双中、半双だけ展示。(写真上が、岡田美術館蔵 下が、デンバー美術館蔵 各々図録)

 個人的な浅学のせいではありますが、2000年の「若冲展」以前の若冲の知名度は、今ほどではなかったような気がします。実際、多くがアメリカ人のプライスさんのコレクションになっているくらいで、日本からの流出も甚だしかったのですから。それはまた、他の浮世絵にも言えることかもしれません。

 そして、この二冊の図録の解説を見ると、若冲の評価・研究にも少々違いが読めます。
 2000年の京都国立博物館の方には、≪若冲83歳の作品。ちなみに、こうした図であっても画箋紙を用いた押絵貼にしているのは、ちょっと腑に落ちないことである。ある意味での若冲の限界をも示しているのではないだろうか。つまり、基本的に若冲はワイド・スクリーンが苦手だったように思われるのだ。襖があるではないか、というかもしれないが、襖には枠がある。≫
 2013年の岡田美術館の方には、≪この絵の歌仙たちは、琴を橇のように見立てたり、シャボン玉を吹いたり、筆を口にくわえて字を書いてみたりと、まるで子供たちが無邪気に遊んでいるようです。田楽やおはぎ作りに精を出し、里芋や蛸を担いで歩くなど、画中には食べ物が多く描かれるのも一興です。本図に見る線は、自由自在に画面を走り、歌仙たちを種々の形の組合せによって表すなど、いかにも若冲らしい機知が楽しめる一点と言えるでしょう。≫ 

 素人の私が見た、晩年の2つの屏風は、屏風という広げて「なんぼ」の世界を伸び伸びと使い、構成していたと思います。それは、見ている者を和ませ、微笑みを誘う洒脱な世界でした。三十六歌仙という権威が可笑しな恰好で、歌から離れてリラックスしている姿が、ただただ、楽しい。

 描き込み過ぎの若冲にも圧倒されるし、一気に描いた墨絵の鶏にも目を奪われるし、この突き抜け洒落た画にも心は奪われます。
 若冲も北斎も、奥が深い。(続く)

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