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みんなみすべくきたすべく

ひさかたの ひかりのどけき はるのひに 

白山神社枝垂れj
「ひさかたの 光のどけき 春の日に しずこころなく 花の散るらむ」(紀友則)  
 
 この有名な歌が、今春は、ずっと心にひっかかっていました。
 むかし、習った意味は、「春の光がのどかに射す日に、どうして桜の花は、おちつかず散ってしまうのだろうなぁ」と、ゆったりとした気分で歌った歌というところだったような。
 
 が、いや、もしかして、この「しずこころなく」って、桜に掛るのではなくて、歌い手の心が、実は「今、しずこころの状態ではない」のではないかと、気に掛ってしまいました。古今集のことも紀友則のこともよく知らないので、自由気ままな解釈ながら、この歌の芯は「しずこころなく」にあると思うのです。

 散るのが美しい桜でもなく、ひさかた、ひかり、はるのひ、と続く「ひ」の音感の心地よさでもなく、作者は「しずこころなく」が、歌いたかった。心の奥深く「しずこころ」の状態でないのか、あるいは、桜の時期は、桜詣でで、落ち着かない日々を送った単なる反省なのか。

 そもそも、「しずこころなく」が、特に気になるのは、私自身が「しずこころなく」暮らしているからだろうと、自己分析もしています。ともあれ、こんな解釈は、私が気付かなかっただけで、衆知のこと?

 とはいうものの、千年以上前の歌に、今もシンパシーを感じることができるのが、ちょっと嬉しい。そして、千年以上前も今も、人の心を魅了し続ける日本の桜も、素晴らしい。

☆本当は、はらはらと「しずこころなく」散りゆく桜の写真が撮りたいとカメラを携えたものの、カメラマンみたいな写真が撮れるはずもありませんでした。で、結局、ここに掲載したのは、東京特派員が2014年4月5日に写した写真。東京 白山神社(撮影:&Co.H)

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