みんなみすべくきたすべく

イータタッタ タッタッタ 

さむらいしゅうj
 最近、泳いだ後で、補助者つきストレッチをしています。いわゆるクールダウン・ストレッチというものです。(と、いうほど泳ぎ込んでいるわけではありません)

  一人でストレッチをしても、ゆるゆるで、誰かが一緒だと、「イータタッタ タッタッタ 痛い!」と、ずいぶん、いろんなところが伸ばされます。水泳をやっていても、柔軟性はつかないらしく、できたら、毎日やるほうが、いずれ柔らかくなる日も早いらしい。ま、ま、そこは、ゆっくりと、やっていきたいと思います。

  筋肉を使うわけではなく、次の日、筋肉痛にもならず、すごくすっきりした感じがあって、結構、病みつきになっています。

☆写真は、隨心院門前の撮影と、松ぼっくりの幼い姿。

                  まつぼっくりのこj

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120周年

ぴかでりーj
 何を思ったか、さては、心に浮かぶよしなし事のせいか、数年前から、夫は結婚記念日に花束を買ってきてくれます。特に、今年は、何か嬉しそうでした。先月のことです。

 絵本「またもりへ」のお父さんみたいに「なにがそんなにうれしんだい?」と問うと、「そりゃ、うれしいよ。1でも、2でも、3でも、4でも、6でも、9でも、12でも、18でも、36でも割れるやん。」「はぁ?」「僕らの36周年」・・・・・は?そこ?
「120周年やったらもっとええなぁ。5でも割れる!」「はぁ・・・」
 
 理科系の夫と、数字が並ぶと読みとばす妻の120周年、目指して。(そんなん、あれへん!!!)

*「また もりへ」(エッツ まさきるりこ訳 福音館)
☆写真に写る壁のエッチングは、Michael Blakerによるロンドン ピカデリーサーカス、エロスの像。

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隨心院 再訪

         しゃくなげj
 先日、京都、小野の隨心院に今年も行ってきました。今度は、小野小町所縁の観梅ではなく、石楠花を見に行きました。
 観梅の時にお庭の石楠花の立派な株を見て、次回は、石楠花のときにと思って1年余。やっぱり綺麗に咲いていました。お庭に下りられないので、お花の香りを近くで嗅ぐことはできませんが、蜂たちがたくさんやってきていたので、きっとおいしい蜜が。
 お天気のいい日だったので、青紅葉が本当に綺麗。
 青紅葉j
ベニバナトキワマンサクもまだ満開。
       ベニバナトキワマンサクj
ベニバナアオモミジj
 と、お花を楽しんでいたら、お、お侍さま?
 時代劇の撮影!でした。
 撮影j

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岡田美術館

         四天王j
(承前)
 大体、その時代時代で力を持つ国家や、財をなした個人が美術収集するのは、常のこと。
 大英博物館だって、エルミタージュ美術館だって、ルーブル美術館だって、メトロポリタン美術館だって、出光美術館だって、ブリジストン美術館だって、細見美術館だって、佐川美術館だって、そして、この岡田美術館も。

 個人の蒐集が発端なので、陶磁も工芸も絵画も仏教美術も、それに、鑑賞年齢が限られている浮世絵も、と、主に日本のものとはいえ多岐にわたっている美術館です。(陶磁類には、中国・朝鮮半島のものもあります。)
 今までこの作品たちは、どちらに居らしたの?と、思うことも多いものの、床面積が個人美術館としては広いので、屏風絵や絵巻、襖絵など大きい作品も展示できるという利点もありました。
 もちろん、歌麿や北斎、若冲だけでなく、他!にもたくさんありましたが、5階の小さな部屋にあった、小さな四天王の素晴らしさは、特筆したい。(木造四天王立像 鎌倉時代前期)

 本来なら、お寺にあったものなのでしょう。
 が、小さいので、ガラスケースで展示されて明るい場所、しかも近くで見られるのは、嬉しい。よくよく見ることができます。奈良の戒壇堂の四天王の渋さや深みと一味違う、躍動感。生き生きとした四天王さんたちです。この小さな四天王さんたちを作った人は、確かな腕を持つ人だったにちがいないのは、素人目にもわかります。
 これを購入できる財力があるなら、手にいれたくなる4人です。

 と、いうわけで、入館料2800円という破格の料金を払っても、ずいぶん楽しむことのできた美術館でした。重い図録「名品選」に出ているのに、展示されていないもの、また図録には出てない作品も多々あって、再訪しても、また、楽しめるはずです。けど、関西からは遠いなぁ・・・

          図録j

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三十六歌仙図屏風

2冊の図録j
(承前)
 それから、やっぱり、若冲(1716~1800)。この人も多才。
 動植物が中心の絵師かと思いがちですが、岡田美術館にある、「三十六歌仙図」屏風六曲一双(1796年)の屏風絵には、36人のユーモアあふれる姿が描かれています。尾形光琳が描いた歌仙図のパロディーとも言われていて、また、仙厓の禅画にも似た力の抜けた味わい深い晩年の作品です。

 2000年に若冲没後200年「若冲展」が、京都国立博物館で開催されたときに来ていた「三十六歌仙図押絵貼屏風」1798年(デンバー美術館蔵)と個々の表現はほとんど同じですが、並びが違う別の「三十六歌仙図」屏風です。ただし、今回、岡田美術館では、一双中、半双だけ展示。(写真上が、岡田美術館蔵 下が、デンバー美術館蔵 各々図録)

 個人的な浅学のせいではありますが、2000年の「若冲展」以前の若冲の知名度は、今ほどではなかったような気がします。実際、多くがアメリカ人のプライスさんのコレクションになっているくらいで、日本からの流出も甚だしかったのですから。それはまた、他の浮世絵にも言えることかもしれません。

 そして、この二冊の図録の解説を見ると、若冲の評価・研究にも少々違いが読めます。
 2000年の京都国立博物館の方には、≪若冲83歳の作品。ちなみに、こうした図であっても画箋紙を用いた押絵貼にしているのは、ちょっと腑に落ちないことである。ある意味での若冲の限界をも示しているのではないだろうか。つまり、基本的に若冲はワイド・スクリーンが苦手だったように思われるのだ。襖があるではないか、というかもしれないが、襖には枠がある。≫
 2013年の岡田美術館の方には、≪この絵の歌仙たちは、琴を橇のように見立てたり、シャボン玉を吹いたり、筆を口にくわえて字を書いてみたりと、まるで子供たちが無邪気に遊んでいるようです。田楽やおはぎ作りに精を出し、里芋や蛸を担いで歩くなど、画中には食べ物が多く描かれるのも一興です。本図に見る線は、自由自在に画面を走り、歌仙たちを種々の形の組合せによって表すなど、いかにも若冲らしい機知が楽しめる一点と言えるでしょう。≫ 

 素人の私が見た、晩年の2つの屏風は、屏風という広げて「なんぼ」の世界を伸び伸びと使い、構成していたと思います。それは、見ている者を和ませ、微笑みを誘う洒脱な世界でした。三十六歌仙という権威が可笑しな恰好で、歌から離れてリラックスしている姿が、ただただ、楽しい。

 描き込み過ぎの若冲にも圧倒されるし、一気に描いた墨絵の鶏にも目を奪われるし、この突き抜け洒落た画にも心は奪われます。
 若冲も北斎も、奥が深い。(続く)

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後ろ姿

夏の朝j
 (承前)
 確かに、今回の岡田美術館の目玉は「深川の雪」だったと思います。
 その「深川の雪」に圧倒され、魅了されつつも、北斎の「堀川夜討図」もよかった。「堀川夜討図」は、構図が洒落ているし、色も綺麗。義経・静御前・弁慶という人気の三人。もちろん、肉筆画なので、繊細な表現も美しい。

 北斎は、こんなものまで描く?というくらいいろんなものを描いています。そして、大胆なデフォルメや動きのある表現は、この人独特のもの。
 美人画にしても、他の絵師たちなら、輪郭線を流麗に描くであろうところを、北斎は、粗っぽい線で表現したり、意図的にはみ出して立体感を出したりしているところがあります。と、思ったら、人の腕や首や顔の輪郭は、一息に流れる線で表しています。全部、流れるような線で描いていないところが、単調になりやすい浮世絵の美人画にメリハリをつけているのだと思います。が、当時は、受け入れられたんだろうか?

 上部写真、図録の「夏の朝」、他の絵師の美人画であれば、同じような角度の立ち姿であっても、お顔がこちらを向いているのですが、北斎は、ひとひねり。鏡を通して、お顔をこちらに見せてくれています。
 繊細な細い指、うなじ・・・なのに、衿の後ろは大胆な描き方で角張っています。
 帯の前や、袖口、脚元のはだけた襦袢、そのどれもが、滑らかな線ではありません。粗っぽくギザギザギザ・・・
 加えて、水盤の金魚、鏡の蒔絵の蓋に置いた茶碗に朝顔の花等など、丁寧な表現で、夏の朝であることと、この女性がどんな女性で、今、どんな時かを描いています。(続く)

☆写真は、図録「岡田美術館 名品選」を開いたところ。

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深川の雪

まぼろしの雪j
(承前)
 箱根に行ったのは、マメザクラのためでなく、発見された喜多川歌麿の「深川の雪」を見るためでした。
 大きくて新しい美術館、しかも、広い部屋の正面奥、その絵はありました。
 明りを落とした部屋に入ると、その絵が、本当に実物なのかと思うくらい大きく、実体ではない映像のように、展示されています。

 この肉筆の浮世絵、生き生きしています。どの女の人も表情豊かで、当時の風物も細かく描かれていて、見ていて飽きません。お膳の食べもの(かまぼこ、きんとん・・・)、お盆の上の食べもの(ヒラメの煮付け・・・)、床の間の富士の掛軸、もちろん、女たちの着物・・・・右端で、雪をお盆に載せて運ぶ女の子は、手がかじかんでいるので、はぁーと息を手に吹きかけてるし・・・。なにしろ大きいので、細かいところもよく見えます。
 浮世絵の美人画は、ともすれば、ワンパターンで、いかにも・・・というのもあるのですが、肉筆画ということもあって、繊細な表現です。

 「深川の雪」「品川の月」「吉原の花」という三部作は、もともと栃木にあったのが、パリに渡り、バラバラになってアメリカと日本に。そして、今は箱根に。

 三作品は大きいのですが、サイズはマチマチです。じゃあ、三部をどう飾っていた(扱っていた)のか?という謎も残っているようです。それに、署名がない!
 また、雪・月・花で落ち着いてはいるものの、日本の四季を表現するなら、紅葉もいるよね、と素人考えで思ったり。

 いつも、展覧会に行っても、手にとって見るわけではないので、帰ってから図録などを見て、再確認したり、見逃したと悔やんだりすることが多いのですが、今回は、大きくて助かりました。きっと、この三部作を注文した人は、老眼の進んだ人だったと思われます。(続く)

☆写真下は、「深川の雪」図録と、案内紙。図録雪j

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いろんな複雑な事情

              岡田美術館j
 ゴッホとボナールの絵が、英国で盗まれてから半世紀、その後、列車の遺失物オークションで3000円で落札した人が、おうちの台所に飾っていたというニュースが先日ありました。「なかなかいい買い物をしたわい」と、食事の度に眺めていたんだろうなぁと思います。

 で、日本でも昭和23年(1948年)に百貨店で3日間展示した後、忽然と?????行方が知れなくなっていた喜多川歌麿の「深川の雪」が出てきて?????、鑑定され、修復され、箱根の岡田美術館でお披露目、公開されています。(~2014年6月30日)
 199センチ×341センチという大きな掛幅画は肉筆画です。
こんなものどうやってなくなるん??????????

 岡田美術館発行の「深川の雪」図録には、館長らの対談が載っていて、その作品の背景の面白さや作品自体の謎、そして、その魅力について談話しているのですが、作品が見つかった件に関しては、
≪・・・美術品の移動というのはいろんな事情が背後に介在するわけですよね。これだけの大きなものが移動するにあたっては、複雑な事情もあります。・・・・≫と、語っています。

 ????? ふーん、いろんな複雑な事情かぁ。

 ま、半世紀以上、どこかで寝かされていたものが、見つかり公開されてよかったと思います。作品が消えてなくなったのではないのですから。
 しかも、三部作だと言われる他の二作「吉原の春」「品川の月」がアメリカにあり、掛幅様の展示でなく、パネル様の展示というのを知ると、掛幅画として復活したことを素直に喜ぶべきなのでしょう。(続く)

☆写真下は、岡田美術館の大きな庭園の茶店前に咲いていた、ミツバツツジ。
                                庭園つつじj

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マメザクラ

      まめざくらとシャクナゲj
 今年の春は、いつまでも、朝夕、よく冷え、桜の花期が長く、いろんな種類の桜が揃って咲くという嬉しい日もありました。
 で、もういい加減、飽きたのかといえば、そうではなく、まだ咲いているはず・・・と、少々、ひんやりした箱根に行ってきました。

 箱根周辺の登山鉄道の窓から見える山の斜面には、ほんわり可愛い薄桃色のかたまりが、あちらこちら、どこもここも。
                              マメザクラj
  雨上がり、朝の散歩で見つけた小さい桜。可愛い!・・・マメザクラという名前の通り、小さい花が満開。富士山近辺、箱根周辺でよく見られる桜らしく「フジ桜」とも「ハコネ桜」ともいうようですが、はじめて見たので、いちいち「かわいい!」を連発。
まめざくらj
 あいにくの曇り空、時々降る雨で、富士山は望めませんでしたが、青空だったら、ここから撮ろうと次回の訪問のために、ポジションを探しておきました。
☆写真一番上は、早めに咲いている石楠花とマメザクラ。

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郵便局員ねこ

       郵便局j
 (承前)
 「グリーンマン」の作者ゲイル・E・ヘイリーは絵本「郵便局員ねこ」 (あしのあき訳 ほるぷ出版)で、1976年のケート・グリーナウェイ賞を受賞しています。
 猫好きにも、ビクトリアン好きにも、そのユーモアある絵は、楽しいものだと思います。もちろん、お話にそってわかりやすい絵は、子どもたちが大いに楽しめる一冊です。

 英国ビクトリア時代、冒険心のある猫のクレアが、自分の住処を見つけに、まず、ミルク運搬車に乗って、生まれた酪農場を後にします。公園に行き、漁港に行き、町に行き、お屋敷に行き・・・季節が変わり・・・着いたところが、手紙や小包をネズミにかじられた人々や、ネズミにお弁当を食べられてしまった局員のいる王立郵便局でした。で、クレアは郵便局のネズミを退治し、王立郵便局の正式採用となり、週給6ペンスとミルクをもらい、ネズミは取り放題、しかも、【女王陛下直属郵便局員猫】というメダルの付いた首輪をつけ、とうとう、自分の住処を見つけたというお話です。

  職業人ならぬ職業猫の話は実際に英国で1868年~1984年まで、代々の猫に受け継がれた、れっきとした仕事でした。
 英国郵便博物館(The Postal Museum)のHPを見ると、最後の猫がBlackieという名であったということがわかるし、写真入りで掲載されているTibsという14歳以上の猫が、絵本の作者ゲイル・E・ヘイリーと共に写真に写る愛猫とそっくりなのもわかります。また、猫だけでなく、犬の項では、大型犬四頭で郵便荷車引いていただとか、馬の項では、馬は早便で使い始めたが、後にいわゆる郵便馬車に使ったり、あるいは、田舎ではロバを代わりに使っていたり等と、出ています。

☆写真は、英国ヘミングフォードグレイ村の郵便局。赤いポストにはEⅡR、つまりエリザベス二世以降のものを記す刻印があります。ビクトリア女王の時のものの現存するようです。

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グリーンマン

グリーンマンj
(「炉端のロブ」から続き)
(承前)
  「緑の精にまた会う日」の「炉端のロブ」は、ホブゴブリンという妖精なのですが、本の中ではグリーンマンとして描かれていて・・・うーん、じゃ、「グリーンマン」というのは???

  ということでその名もずばり「グリーンマン」 (ゲイル・E・ヘイリー あしのあき訳 ほるぷ出版)という絵本があります。
 
 ≪大地主の一人息子クロードは我儘で横柄、その上、見栄っ張り。村人たちがグリーンマンに守ってもらっているという古くからの言い伝えをばかにしていました。そんなとき、森に迷ったクロードは暑いのが我慢できず、冷たい水の池に洋服を脱いで、飛び込みましたが、水から上がると、服も馬もありません。で、ほら穴で過ごすことに・・・・≫
 そんなクロードが、森で、どんな暮らしをし、また服を手に入れて帰還するかを読むと、妖精とか、よき人の言い伝えというものは、こんな始まり方をしているのだと思います。
 話の最後は、こうです。
≪クロードは、もうわがまま息子ではなくなっていました。旅人にはしんせつにし、動物のめんどうも よくみました。そして毎夜、グリーンマンのために食物と飲物を かならず だしておくようになりました。≫

  この絵本、中世のタペストリーの雰囲気があるのです。表紙に描かれたミル・フルール、表紙にも本文にも小さな動物たち。それに、ユニコーンまで。そう、思い出すのは、貴婦人と一角獣のタペストリー。(続く)

*「緑の精にまた会う日」(リンダ・ニューベリー作 野の水生訳 平澤朋子絵 徳間書房)

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種が芽を出し、根を生やし、

      バーンズリーハウス案山子j
 (承前)
 英国児童文学には、詩が挿入されているものがたくさんあって、子どもと詩の敷居を低くしているように思います。
「クマのプーさん」「くまのテディ・ロビンソン」にも、楽しい歌のような詩がたくさん、出ていますが、一人で読めるようになった小学校中級以上の子ども向けの「緑の精にまた会う日」にも、詩が何度か出てきて、その章の雰囲気を伝えています。

 そして、もちろん、この本より大きい子向けの本で、同じ種族「ホブ」の本、 「妖精ディックのたたかい」にも、詩は掲載されています。ただ、そのほとんどは、章の初めに引用の形を取り、古謡であったり、マザーグースであったり、シェイクスピアであったり。また、ウォルター・スコット(1771~1832)の「アイヴァンホー」にも、章の初めに必ず、古謡が載っていますから、英国では、年齢を問わず、新旧を問わず、詩や歌をもお話に含んで、楽しんできたのがわかります。

 小さい子どもには、歌えるような楽しいもの、中くらいの子どもには、お話に入りやすいもの、大きい子ども、そして大人には、詩の持つ深みを伝え、お話にも深みと幅を持たせようとしているのではないかと。
 
「緑の精にまた会う日」(野の水生訳)
≪静かな夕べ、
人はみな、家路についた。
きょうも一日、よく働いた。
ベンチで休んで、もうひと働きだ。
じょうろに水をくんでおこう。
道具をみがいて、草もむしろう。
ブンと飛んでくカブトムシ。
這って、スルスル、カタツムリ。
キーキー声はハリネズミ。
人目ぬすんで、こっそり、キツネ。
種が芽を出し、根を生やし、
茎は空へと高くのび、
つぼみがふくらみ、実が熟れる。・・(略)・・・・・≫

*「クマのプーさん」(A.A.ミルン 石井桃子訳 E.H.シェパード絵 岩波)
*「くまのテディ・ロビンソン」「テディロビンソン まほうをつかう」(ジョーン・G・ロビンソン作・絵/坪井郁美訳 福音館)
*「テディ・ロビンソンのたんじょう日」「ゆうかんなテディ・ロビンソン」「テディ・ロビンソンとサンタクロース」(ジョーン・G・ロビンソン作・絵 小宮由訳 岩波)
*「緑の精にまた会う日」(リンダ・ニューベリー作 野の水生訳 平澤朋子絵 徳間書房)
*「妖精ディックのたたかい」(キャサリン・ブリッグズ文 コーデリア・ジョーンズ画 山内玲子訳 岩波)
*「アイヴァンホー」(ウォルター・スコット 菊池武一訳 岩波文庫)

☆写真は、英国コッツウォルズ バーンズリーハウス

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子どもの本でちょっとお散歩(川 その19)

           平底船j
 (承前)
「緑の精にまた会う日」 (リンダ・ニューベリー作 野の水生訳 平澤朋子絵 徳間書房)
さて、見える人にしか見えない「炉端のロブ」ですが、ルーシーとおじいちゃんには見えました。そのおじいちゃんが亡くなって、ロブと暮らした畑もなくなって、ロンドン暮らしのルーシーは、ロブに会えることを切望します。で、長い道のり、ロブはロンドンに・・・

 この本の最初に「道を歩む者にささぐ」とあって、この本の骨格を一言で表現しています。ロブは、いろんな人、ことに出会いながら、徒歩で進んでいくのですが、一度、平底船に乗りこんで進むところがあります。
≪幅二メートルほどの平底船が、ポンポンと音を立て、つぎつぎ通りすぎてゆく。運河の途中に木の水門があり、船人はそこで行ったん船を降り、水位の異なる上流と下流の水門を、手順どおりにあけたり閉めたりすることになる。勢いよく水が移動し、水位が変わる。そうしてようやく水門をぬけ、平底船はふたたび運河の旅に出る。・・・・中くらいの大きさで、ペンキがきれいで新しく、屋根には少しの緑があって、そして人が多すぎない・・・それだけでいい。そんな船がこないだろうか。≫
 そう、ロックです。

 イギリスの道には、いわゆる道路だけでなく、川の流れも道に含むのだと思います。日本のように、急流でなく、ゆったりと流れていることが、道の一部と捉えられているのかもしれません。(続く)

☆写真は、英国 テムズ川を進む平底船(撮影:&Co.I)

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炉端のロブ

グリーンマンj
 先日来ぐるぐると、アイルランドの妖精達のことを書いてきましたが、イギリス・スコットランドにも、もちろん似ている妖精が居ます。ブラウニーです。

「妖精辞典」 (キャサリン・ブリッグズ編著 平野敬一、井村君江、三宅忠明、吉田新一 共訳 冨山房)によると
≪彼らは、約90センチぐらいで、褐色のぼろぼろの服を着て、顔も褐色で髪の毛はくしゃくしゃ、夜間に現れて、使用人の仕残した仕事を片づける。自分たちの住んでいる農園や家の責任を負い、作物の刈り取りや、草刈り、脱穀、羊の番をしたり、雌鶏がよそで卵を産まぬように番をし、使い走りをし、いざという時にはよき助言もする。しばしば家族の中の誰か一人と個人的な交わりを持つようになる。そのお返しに、お椀一杯のクリームか最上等のミルク。それに特別上等の堅パンか平たい堅パン一枚をもらう権利を持つ。≫
 この種族には、「ホブ」や「ロブ」と呼ばれるホブゴブリンという妖精を含むようですが、前者は「妖精ディックのたたかい」(キャサリン・ブリッグズ文 コーデリア・ジョーンズ画 山内玲子訳 岩波)のホバディ・ディックであり、後者は、 「緑の精にまた会う日」 (リンダ・ニューベリー作 野の水生訳 平澤朋子絵 徳間書房)に出てくる「炉端のロブ」です。

「緑の精にまた会う日」で、「炉端のロブ」が、実際に本に登場するのは、グリーンにまみれ、見え隠れする存在としてで、グリーンマンとも呼ばれているようです。となると、この妖精の立ち位置がどこなのか、どんどん込み入って来るので、妖精調べはこれくらいにします。(続く)

☆写真は、英国 コッツウォルズ チッピングカムデンの窓辺(右下)にグリーンマンの彫り物。

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よき人たち

ケルト模様スイスj
 (承前)
 イェイツ編の「ケルト妖精物語」などによると、≪天国から追い出された天使の中で、どうにかこの世に上陸できた連中が妖精達である。妖精達はすぐに機嫌を悪くするので、直接、妖精達といわず、「紳士方」または「善い人達」と呼ばれる。また、すぐにおだてに乗るので、夜、窓敷居のところに少しばかりのミルクを置けば、一生懸命に不幸からその人を守ってくれる。≫
・・・というのが、アイルランドの妖精達のことです。
 お花に坐って、にっこり微笑んだり、キラキラ輝きながら、飛び回ったりというイメージの妖精とは、まったく違いますが、すぐに機嫌を悪くしたりおだてに乗ったりするところは、もっと人に近く、その人権を尊重してきたアイルランドにずっと住んできたのもわかります。ロンドン桜町通り17番地にやってきたメアリー・ポピンズにも似ています。

 映画「あなたを抱きしめる日まで」で知った、アイルランドの修道院の闇の部分。
映画「ウォルト・ディズニーの約束」で、P.L.トラヴァースのアイリッシュの父親が妖精話を娘と楽しんでいる様子。
ノーベル文学賞作家イェイツがアイルランドの昔話・妖精譚を編んだ事。
なんだか、ケルトの装飾紋様のように、ぐるぐる回って、巻き込んで一周したような気分です。または、妖精の輪のようにぐるっと。

で、そのぐるぐるの中心には、こんな言葉が・・・
≪「希望」と「思い出」には一人の娘がいるが、その名は「芸術」である。≫「ケルトの薄明」

*「妖精にさらわれた男の子」(山内玲子訳 岩波)
*「隊を組んで歩く妖精達」(山宮允訳 岩波文庫)
*「ケルト妖精物語」(井村君江訳 ちくま文庫)
*「ケルト幻想物語」(井村君江訳 ちくま文庫)
*「ケルトの薄明」(井村君江訳 ちくま文庫)

☆写真は、アイルランドから遠く離れたスイス クールの街の時計塔の窓の扉。ケルトのルーツに近い場所。

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わたすげ イラクサ あぶら萱

わたすげj
(「ケルト妖精物語」から続き)
(承前)
 「妖精にさらわれた男の子」にも「隊を組んで歩く妖精達」にも「ケルト幻想物語」にも掲載されているアイルランドの昔話がいくつかあります。
 その中で「十二羽の雁」「十二羽の鵞鳥」を読んだ時は、「あれぇー、これアンデルセンの『野の白鳥』と、よく似てる!」

 アイルランド昔話の方は、最後に妖精が出てくるところが、アイルランドらしくて、納得いき、12羽とも羽が消えて、めでたしめでたしなのに、アンデルセンの方は、12人じゃなく11人。しかも、最後の一人分の片袖が間に合わなかったので、末の王子は、片方が羽のまま。

 が、しかし、前半、王女が、魔法にかけられた王子たちを救うために、服を織るところは同じなのです。かけてやるところも。
 ただ、アンデルセンは、編むのも痛くてたまらない「イラクサ」。
「十二羽の雁」の方は、「わたすげ」。これなら、着心地良さそう。
「十二羽の鵞鳥」は、「あぶら萱(がや)」。調べてみると、これって、ガサゴソ ちくちくした感じのする草。

 確かに、山内玲子訳のように≪ワタスゲを摘み、それを糸につむいでシャツを編みつづけた。≫というのは現実的なんですが、ここはやっぱり、編めそうもなくて、編むのに血が出るような「イラクサ」や、イラクサ程ではないにしても、着心地の悪そうな「あぶら萱」の方が、お話の厳しさを伝えるには合っていると思います。それに、鳥にでも、着心地の悪そうな上着、それをを着せると、人間のやわ肌になるというのも、劇的な効果があると思います。(続く)

*「妖精にさらわれた男の子」(山内玲子訳 岩波)
*「隊を組んで歩く妖精達」(山宮允訳 岩波文庫)
*「ケルト妖精物語」(井村君江訳 ちくま文庫)
*「野の白鳥」(大畑末吉訳 アンデルセン童話集 岩波新装版 岩波文庫 岩波少年文庫他)

☆写真は、着心地良さそうなワタスゲ。(ただし。同じスイスで撮ったワタスゲでも、こちらのワタスゲは、もう夏も終わり頃。)

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良かった

やぶつばきとやえざくらj
 その子も、入学した時は、すねたような態度、ぶっきらぼうな返事。レポートを書かせても、小さい字で薄く細く弱弱しく、ほんの少ししか書きませんでした。そして、家庭状況は、少々複雑でした。

 やんちゃな子のほうが、話のとっかりがすぐ見つかって、ちょっとしたコミュニケーションだけなら、取りやすいのです。取りつく島のない子は、本当にどう取りついていいのかわからない。私は、週に一コマのみの非常勤講師なのですから、取りつく必要がないと言えばそれまでなのです。が、せっかく出会ったご縁なのですから、意思の疎通をはかって、楽しく過ごせたらと思うのです。
 
 で、その子は、休みがち遅れがちとなって行き、授業の単位がほとんど取得できず留年。

 ところがです。この春、教室に戻ってきた彼は見違える様でした。
 声は大きくなる。書かせたら、濃い字や絵になる。
 しかも、自分自身がその絵の中に描かれていたのですが、はっきり濃く大きく描かれています。
 話しかけると、しっかり応えてくれます。少々、口をとがらせて話す様子が昨年と同じですが、取りつく島があります。

 「この半年、どうしてたん?」「バイトで、子どもたちと関わっていた・・・」「そうかぁ、いい経験したね。あと、免許とるだけやね。実践積んでるから、もう簡単なもんやね。」と肩に手を掛けても、払いのけない大人になった彼がいました。

 また、楽しみな一年が始まりました。

☆写真は、近くの公園。ヤブツバキも八重桜も可愛い!

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嬉しい

又兵衛1j
 春の歓び・・・桜だけじゃありません。

 小規模の専門学校の授業が済むと、前年度、受け持った学生がよく「出待ち」してくれています。
 毎年、週に一コマだけのお付き合いが、通年だった学生たちです。
 
 昨年度、毎時間待っていてくれた子は、卒業しちゃったしなぁ・・・と思って、部屋を出たら、
 2月の実習先での報告をしようと、待ってくれていた学生が二人。

 一人は、今まで集団内で、喋ったことのない2歳の子が、その実習生の関わりで、口真似をしたこと。
 「うれしかったぁ」と相好を崩す、その学生は、一時期、心療内科でお薬をもらってました。
 乳児は苦手だから、幼稚園の先生にしか興味がないねん…と言っていた学生でした。

 一人は、いつも、真剣に授業に受けてくれていた社会経験のある学生。
 こんなことを言いながら、握手を求めてきました。
「実習先で、先生がいつも話してきたことを丸々そのまんま実践したら、うまく子どもと接することができて、すごく誉められたんですよ!」
 ≪小さい子も、大人と同じように、ちゃんと理由(わけ)あって、泣いたり、怒ったりしている・・・してやろうとか、子どもだからという上からの目線で、解決しようとするうちは、上手くいかない。同じ人間として寄り添っていけば、自ずとわかりあえることがあり、分かち合えることがある≫等と話してきた、そのことの実践だったようです。
 
 私も嬉しい!散り染める桜の下を、足取り軽く帰りました。報告ありがとう。

☆写真は、奈良宇陀の又兵衛桜(撮影:&Co.A)
 

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逆遠近法の襖絵

        毘沙門さん桜j
(承前)
 さて、拝観料を払って、毘沙門堂に入ると、最澄作といわれる本尊の毘沙門天は秘仏で、人目に触れませんが、その御前立には、ちょっとイケメンの毘沙門さんが・・・

毘沙門桜j

 逆遠近法といわれる描き方の襖絵は、動く襖絵とされ、その絵を見ながら動くと、机が長く見えたり、鶴のくちばしが、動いたりするように見えるから、あら不思議。
 また、円山応挙作の鯉の板絵も動きながら見ると泳いでいるように見えます。
 天井には、瞳を合わせるとずっとこちらを見ている龍の絵。
 面白かったのは、笹に雀ではなくセキレイ、梅に鶯ではなく雉が描かれた襖絵の部屋。鳥が合わない→とりあわないと、暗にほのめかし、客に会わないよというサインの部屋です。京都らしい「いけず」の間とも呼ばれているという説明を受けました。「いけず」ってわかりますか?意地悪って感じでしょうか。

この毘沙門さん、紅葉もたくさんあって、今、紅葉の花も可愛く咲いていました。紅葉の頃も行ってみよう!
もみじはなjj
        


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毘沙門さんの桜

       毘沙門枝垂れj
 京都山科、毘沙門堂門跡、樹齢150年の枝垂れ桜が見事だということで行ってきました。今年は、花冷えが続き、結構、桜の時期が長く、いろんな桜のそろい踏み。よかった、よかった。本当に美しい。
 本堂に通じる道沿いの各家ご自慢の桜もなかなかお見事。
紅枝垂れj
 途中で交わる琵琶湖疏水沿いの道が、これまた桜。それに菜の花。むせそうなくらいに菜の花の香りが一面に。
疏水j
 毘沙門堂の桜を見るだけなら、無料開放のお庭です。お寺にしか植えられない「しきみ」も満開。
しきみj
「南蛮紅」というちょっと変わった唐子咲きの椿も満開。(続く)
南蛮紅たてj
南蛮紅jj

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ケルト妖精物語

ナニワノイバラ棘j
 (承前)
 さて、「妖精にさらわれた男の子」(岩波)や「隊を組んで歩く妖精達」(岩波文庫)は、イェイツが編んだアイルランドの昔話の一部ですが、イェイツ全体のアイルランドの妖精達についての話は、井村君江訳で、 「ケルト妖精物語」「ケルト幻想物語」、それにイェイツがアイルランドの昔話・妖精物語を編んだときの話や、その周りのこと等が書かれた「ケルトの薄明」も、あります。(いずれも、ちくま文庫)
 
 それぞれ、当時の雰囲気の伝わる表紙や挿絵が入っています。特に、「ケルトの薄明」のカット絵は、ケルト紋様で、それを見るだけでも、ちょっと楽しい。

 また、これらには、「妖精にさらわれた男の子」「隊を組んで歩く妖精達」に1、2編しか入っていない物語詩が、もう少し入っているのが嬉しい。
 「妖精の茨(フェアリー・ソーン)」
≪・・・・
銀色の夕もや音もなく厳かに、乙女の唄声
谺なく、深い静けさに呑まれていき、
妖精の現れるこの丘の黄昏は夢のように、
より夢うつつにも夕やみは深くなっていった。
さやかな森をよこぎって鷹の影が滑っていくと、
空にさえずる雲雀がおし黙るよう、
不意の怖れに胸つかれ、唄声をはたと止め、
乙女らはその場に身を伏せた。
・・・・・・≫(井村君江訳)
(続く)

イェイツの編んだアイルランド昔話・妖精譚など
*「妖精にさらわれた男の子」(山内玲子訳 岩波)
*「隊を組んで歩く妖精達」(山宮允訳 岩波文庫)
*「ケルト妖精物語」(井村君江訳 ちくま文庫)
*「ケルト幻想物語」(井村君江訳 ちくま文庫)
*「ケルトの薄明」(井村君江訳 ちくま文庫)

☆写真は、妖精の茨でなく、浪速茨(ナニワイバラ)。おお、その棘、刺さったらたいへん!

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隊を組んで歩く妖精達

      チャリングワースマナー庭からj
 (承前)
 「妖精にさらわれた男の子 アイルランドの昔話」 (W.B.イェイツ作 ニール・フィリップ編 山内玲子訳 岩波)は、挿絵の入った児童向きの本として出版されています。その訳者あとがきに≪イェイツ編の昔話の邦訳としては、60年以上前に出た山宮允訳『アイルランド童話集 隊を組んで歩く妖精達』がいま読んでも心が躍るような名訳です。・・・≫とありました。

 その「隊を組んで歩く妖精達」は、2013年の冬に復刊されました。先の挿絵入りの「妖精にさらわれた男の子」と内容が何篇か重なりますが、一枚しか挿絵がなく、旧仮名使いで、子どもに行きわたらないのが、残念な一冊です。が、しかし、子どもたちに声に出して読んでやると、きっと≪心が躍るような名訳≫が伝わると思います。

 また、特筆すべき二篇のウィリアム・アリンガムの詩は、この「隊を組んで歩く妖精達」に出ています。
≪「妖精」
空に聳(そび)ゆるお山の上や、
藺草(ゐぐさ)すいすい生えてる谷へ、
狩りに行くまい小人が恐い。
みんなそろうて隊組んで、
青いジャケツに眞赤な帽子、
白い梟(ふくろ)の毛ごろも着けた、
ほんにちひちやい小人が恐い。・・・・≫(山宮允訳)

ここには、青い上着と赤い帽子に白い毛衣ですが、
次には、黄色い、黒い、その後、白い・・・と色が続き、草や花も、次々出てきて、目に見えるようです。
そして、短いストーリーもあって、しかも、耳に楽しい。

もうひとつの詩「レプラコーン、一名妖精の靴屋さん」は、擬音がたくさん出てきて、愉快です。
≪・・・・
「ティップタップ、リップラップ、ティック、タック、トゥー、
眞赤な革をば縫ひあはしや、
靴が片足(かたかた)出来まする。
左か右かへしつかりおはき、
夏の日盛りや、暑つござる、
冬は地ごもり、冬ごもり、
暴風(あらし)、木枯し何のその。」・・・・・≫(山宮允訳)
(続く)

*「アイルランド童話集 隊を組んで歩く妖精達 其他」(イエイツ編 山宮允訳 岩波文庫)
☆写真は、英国 コッツウォルズ チャリングワースマナーの庭。

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ラズモア

ジギタリスj
「妖精にさらわれた男の子―アイルランドの昔話」 
 (W.B.イェイツ 作 N.フィリップ編 山内玲子訳 P.J.リンチ挿絵 岩波)
(「湖の水ひたひた岸打つ低き音」から続き)
(承前)
 「イニスフリーの湖島」の詩人イェイツは、アイルランドの昔話を集めた人でもありました。その選集から、またイェイツ自身の詩と19のお話を選んだのが、この本です。
 その中に、「ノックグラフトンのこぶとり妖精の伝説」というのがあります。
ほら、日本にもそっくりの昔話がありますね。そう、「こぶとり爺さん」。
 結末は、欲張ったら、あかんのがよくわかるお話です。
 
昔、背中にこぶのある、手先が器用な男が居て、わらやイグサを編んで帽子やかごを作って生計を立てていました。この男はラズモアとあだ名されていました。それは、いつも麦わら帽子に『妖精の帽子(フェアリー・キャップ)』ともいわれるラズモア(キツネノテブクロ、ジギタリスのこと)を挿していたからです。
ある日、ラズモアは、妖精たちが塚の中で歌う「月曜日、火曜日、月曜日、火曜日・・・」と繰り返すメロディに、割りこんで「それから、水曜日」と入れると、妖精たちは喜び、塚の中に、ラズモアを引き入れ、もてなし、おまけに、こぶまで取って、新しい服をくれます。その噂は広がり、人のいいラズモアは、別のこぶのある男にも、塚の場所や歌を教えるものの、早くこぶを取ってほしい欲張りは、リズムや調子も考えずに、「それから木曜日、それから金曜日」と、新しい服二着分、わめいてしまったので、妖精たちは怒り狂い、二倍のこぶをつけたというお話。

 ラズモアのことをアイルランドでは、『妖精の帽子』といい、英国ではフォックスグローブといいます(キツネノテブクロ:「あひるのジマイマのおはなし」に出てきます)。また、「ノックグラフトンのこぶとり妖精の伝説」の他にも「司祭さまの食事」という話には、妖精たちの隠れ場所としてラズモアが出てきます。
 
 キツネノテブクロ別名ジギタリスは、毒性があるので、不吉な植物のイメージがある植物とされているようですが、アイルランドの妖精のShefroシーフラ(群れをなす妖精たち)の絵では、必ずこの花を頭に載せているので(「英米文学植物民俗誌」)、こぶのあったラズモアの装いは初めから、妖精に親しまれる装いだったということですね。(続く)

*「英米文学植物民俗誌」(加藤憲市著 冨山房)
*「あひるのジマイマのおはなし」(ベアトリクス・ポター作 石井桃子訳 福音館)
☆写真は、英国 ヘミングフォードグレイ村 グリーンノウシリーズの舞台となったオールドマナーの庭に咲くキツネノテブクロ(ジギタリス・ラズモア)

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ひさかたの ひかりのどけき はるのひに 

白山神社枝垂れj
「ひさかたの 光のどけき 春の日に しずこころなく 花の散るらむ」(紀友則)  
 
 この有名な歌が、今春は、ずっと心にひっかかっていました。
 むかし、習った意味は、「春の光がのどかに射す日に、どうして桜の花は、おちつかず散ってしまうのだろうなぁ」と、ゆったりとした気分で歌った歌というところだったような。
 
 が、いや、もしかして、この「しずこころなく」って、桜に掛るのではなくて、歌い手の心が、実は「今、しずこころの状態ではない」のではないかと、気に掛ってしまいました。古今集のことも紀友則のこともよく知らないので、自由気ままな解釈ながら、この歌の芯は「しずこころなく」にあると思うのです。

 散るのが美しい桜でもなく、ひさかた、ひかり、はるのひ、と続く「ひ」の音感の心地よさでもなく、作者は「しずこころなく」が、歌いたかった。心の奥深く「しずこころ」の状態でないのか、あるいは、桜の時期は、桜詣でで、落ち着かない日々を送った単なる反省なのか。

 そもそも、「しずこころなく」が、特に気になるのは、私自身が「しずこころなく」暮らしているからだろうと、自己分析もしています。ともあれ、こんな解釈は、私が気付かなかっただけで、衆知のこと?

 とはいうものの、千年以上前の歌に、今もシンパシーを感じることができるのが、ちょっと嬉しい。そして、千年以上前も今も、人の心を魅了し続ける日本の桜も、素晴らしい。

☆本当は、はらはらと「しずこころなく」散りゆく桜の写真が撮りたいとカメラを携えたものの、カメラマンみたいな写真が撮れるはずもありませんでした。で、結局、ここに掲載したのは、東京特派員が2014年4月5日に写した写真。東京 白山神社(撮影:&Co.H)

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おほふばかりの袖 その2

           宮川桜j
(承前)
 紫式部は、昨日の「おほふばかりの袖」という歌がよほど気にいったのか、はたまた、反対に、どうも気に触るのか、源氏物語第44帖「竹河」では、桜の頃優雅に花争いや歌で楽しんでいる姫君たちが、風が強く吹き始めた日に、各々が歌を作る最後の歌に「桜花匂ひあまたに散らさじとおほふばかりの袖はありや(花の香りをそこここに散らさないように覆うような袖なんかないですよね)」と言わせてみたり、第41帖「幻」では、幼い若宮が「桜をいつまでも散らさないようにするには、桜の回りに帳を立てて、垂れ布を上げなかったら、風も近寄らない」と、可愛いことをいうので、「空を覆うくらい大きい袖」といった昔の人より、「ずっと賢いわい」と源氏が目を細めたり。

 いずれにせよ、源氏物語の頃も、ここ一週間のこの辺りでも、桜と共に春を楽しむ人たちが多いのは、変わりありません。

☆写真上は、昨日とは違う近所の桜並木。朝日を浴びています。写真下は、六甲山系を見ながら、運河を挟んで記念植樹された枝垂れ桜。このキャナルパークの桜には、それぞれ記念植樹のプレートが掛っています

六甲しだれj

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おほふばかりの袖 その1

j桜並木
 この辺りの桜は、タイミング良く満開になったようで、少しの雨風には負けず、まだ頑張っています。華奢なようで、意外としっかりものの彼女です。

 後撰集 読人しらずに
「大空におほふばかりの袖もがな春さく花を風にまかせじ」(空を覆う大きな袖があれば、咲いた桜も風任せにはしないのに)とあり、これは、今も桜が満開になったときに、誰しも思う気持に近いかもしれません。
 ところが、源氏物語第二十八帖「野分」では、あんまり風が強くて、草木がなぎ倒され萎れるので、「『空を覆う大きな袖』は、春より秋に要るなぁ」と言っています。(続く)

☆写真は、車も人もあまり通らず、道の真ん中で、毎年ついつい撮りたくなる、近くの桜並木。

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ミルクが先

       ティーセットj
(「トラヴァースの約束」から続き)
(承前)
 映画「ウォルト・ディズニーの約束」の中で、P.L.トラヴァースが、厳しく頑固なイギリス人女性であるというのを誇張する設定なのか、彼女が、「紅茶をポットで・・・」と、注文する場面が何度かあります。紙コップの紅茶には、しかめっ面で「紅茶に敬意が足りない」と。そして、必ず、ミルクから先に入れることを頑なに主張します。

 紅茶には、ミルクが先か、後からミルクか、は、どっちでもよさそうなものですが、我が家も、トラヴァースと同じでミルクが先です。ミルクの皮膜でコップに茶渋がつきにくいからという説を信じるものの、やっぱり、いい加減に洗っていると、茶渋はつく。

 ツィードのスーツを着、紅茶にこだわり、アメリカ人好みの甘そうな大量のお菓子を拒否するトラヴァースは、生粋のイギリス女性かと思いきや、実は、オーストラリア生まれ・育ちで、アイリッシュとスコティッシュの血が流れています。・・・ということは、生粋のケルティック。だからかぁ、ファンタジックで頑固なのは。

 それで、映画の最後、ディズニーが、ロンドンのトラヴァースの家に来た時、彼女は、ポットの紅茶を出し、ミルクが先・・・というところまでは、型どおりでしたが、「ウィスキーも入れましょう。」と言ったのには、びっくり!こんな飲み方しらない!

 が、確か、アイリッシュ紅茶にウィスキーフレーバーがあったような・・・父親がアイリッシュということだからでしょうか?それとも、父親がお酒で・・・うーん、深読みかな?
 
 さて、「メアリー・ポピンズ」のトラヴァースの愉快な父親もアイリッシュながらも、オーストラリアの人。「ムギと王さま」のファージョンの父親もオーストラリアからイギリスに帰って来た人。
 イギリスのじめじめ暗い空から脱出し、明るくからっと乾いたオーストラリアに移住していた人たちの娘たちが、大きくなって生み出した、ファンタジックで楽しいお話。

*「風にのってきたメアリー・ポピンズ」「帰ってきたメアリー・ポピンズ」「公園のメアリー・ポピンズ」「とびらをあけるメアリー・ポピンズ」
(P.L.トラヴァース文 メアリー・シェパード挿絵 林容吉訳 岩波)
*「ムギと王さま」(エリナー・ファージョン作 石井桃子訳 エドワード・アーディゾーニ挿絵 岩波)

☆写真は、ロンドン郊外のティールームのポットつき紅茶。もちろん、ミルクが先?(撮影:&Co.Ak)

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新しいおとな

            しだれj
 河出書房新社も小出しに出版するものですから、手に入れやすく・・・石井桃子のこれまで読めなかった随筆集第4冊目です。
 「新しいおとな」 (石井桃子 河出書房新社)

 この前の「プーとわたし」は、石井桃子の翻訳者としての視点が多かったのですが、この「新しいおとな」は、児童図書館・家庭文庫の黎明期、石井桃子が、どういう姿勢で、どう取り組んでいったかという文が多く掲載されています。また、そこにつながる、幼い子どもと絵本に心を砕いている文は、今一度、子どもと子どもの本に関わる大人が読み返す文でもあります。
 
≪人間の子どもは、ありがたいことに絵が読めます。絵を見て、絵に隠れている物を、自分の頭に描くことができます。≫(「幼い子どもと絵本をむすびつけよう」)

≪・・・絵本は、おとなが子どものために創りだした、最もいいもの、だいじなものの一つということができないだろうか。絵本は、子どもの年齢や、興味にしたがって、その子にわかる、またはその子の興味をひく絵で話しかけ、絵で知らせ、絵で考えさせることができる。しかも、絵本は、美しい形と、美しいひびきを、一丸としてそのなかにもつことができる。そして、もし図書館のような組織が発達していれば、子どもは、いつもそれを、自分のそばにおくことができる。≫(「子どもにとって、絵本とは何か」)

*「家と庭と犬とねこ」「みがけば光る」「プーと私」「新しいおとな」(石井桃子 河出書房新社)

☆3日連続カメラを持ち歩いて、雑用こなしに外出しました。一昨日の薄桃色、昨日の白色、今日の枝垂れの桃子色桃色。帰ってお茶を一杯いただきました。

さくら模様j

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春の楽しみ

         四月一日桜j
 春の楽しみの一つに、新しい学生に会えることがあります。今年は、別のところでも、授業することになって、楽しみが増えました。

 小規模の専門学校では、若くても苦労を重ねた学生も居て、ずいぶん年上の私の方が教えられることも多いです。新しく行くところは、恵まれた学生たち、しかも大人数です。絵本を読むことのできる少人数の教室と違って、大きい教室で絵本の楽しみを伝えるにはどうしたらいいんだろう。ちなみに、絵本だけの授業じゃありません。保育の一科目です。

 ま、欲張らないで、絵本に近づき、絵本の楽しみを子どもたちに伝える資格者が一人でも、育つことを願いながら、新学期を迎えます。

☆春の楽しみの別の一つに、満開の桜の下を歩くこともあります。この写真も、毎年、同じ桜の写真じゃないことよ。もちろん、昨日の桜とも違う桜です。
桜アップj

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咲きました。

大川舟桜j

 一斉に、咲きました!そこも、ここも、どこも、ここも。
 毎年のこととはいいながら、電車バスに乗っても「ほら!」歩いても「おお!」わざわざ出掛けて「ああ!」
 すぐに、散ってしまうのを知っているから、業平の頃も今も同じ。薄桃色の世界に、心ウキウキ。
 
 イギリスやオーストラリアでも、満開の桜を見ましたが、誰も見上げて、「おお」も「ああ」も言っていません。ソメイヨシノと違う種類で、なかなか散らずに、長い間、咲いているせいか、お心静かなようです。

 咲くまでは、いつ咲くかと開花情報に耳を傾け、咲けば咲いたで、雨よ降るな、風よ吹くなと思う、平和で優しい国民の春。
 桜の名所に出掛けなくても、すぐご近所に、「ああ」と見上げる桜の木があるのが嬉しい春。

☆写真上は、大阪 桜ノ宮 大川沿いの桜。向こう岸も薄桃色。もちろんこちらも薄桃色。写真下も、大川沿い 桜を向こうに見るユキヤナギ。
            ゆきやなぎと桜j

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