みんなみすべくきたすべく

トラヴァースの約束

           熱気球j
(承前)
 それにしても、映画「ウォルト・ディズニーの約束」のタイトルは、ちょっと違うと思うなぁ・・・確かに、ディズニーの知名度が圧倒的でP.L.トラヴァースの知名度が、児童文学ファン以外に浸透していないとはいうものの、原題は、Saving Mr. Banks(「バンクス氏を救え」)で、ディズニーはもちろん、トラヴァースも、メアリー・ポピンズの名前すら、出てきません。これじゃ、日本人は、興味を示さないだろうという、映画広報担当の意図なのでしょうか?せめて、副題でもつけて、メアリー・ポピンズという作品と、その生い立ちに敬意を払ってもいいんじゃないのかと思った次第です。それに、ディズニーは、約束(仕事の契約)を、概ね守ったとはいえ、ペンギンのアニメのところは、トラヴァースとの「約束」というより、彼女の妥協の産物だったような気がしますしね。
 実際のところ、映画のタイトルに「約束」がつくとしたら、それは、P.L.トラヴァース(本名・ヘレン・リンドン・ゴフ)が、その父で銀行家だったMr.トラヴァース・ゴフと、交わした(誓った)ものだったのですから、「ウォルト・ディズニーの約束」は、やっぱり違う。

 映画で、作品の生い立ち・背景を知っても、メアリー・ポピンズの面白さは不変です。
 かつて、子どもの頃に「メアリー・ポピンズ」という映画を見て、スキップ様の歩き方で家路についたときよりも、大人になって岩波から出ている4冊のメアリー・ポピンズシリーズを読んだ時の方が、ずっと、ずっと、わくわくし、映像をはるかに超えた楽しみが詰まっていたと思います。(「ミルクが先」に続く)

*「風にのってきたメアリー・ポピンズ」「帰ってきたメアリー・ポピンズ」「公園のメアリー・ポピンズ」「とびらをあけるメアリー・ポピンズ」
(P.L.トラヴァース文 メアリー・シェパード挿絵 林容吉訳 岩波)

☆写真は、オーストラリア メルボルン 熱気球から撮影。P.L.トラヴァースは、オーストラリア出身。
 

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映画「ウォルト・ディズニーの約束」

                           30年ナイトDLj
 先の英国映画と違って、ハリウッド映画を劇場に見に行くことは少なく、ましてや、トム・ハンクスなら、すごく近い将来、テレビでもやるでしょう。ディズニー映画秘話には、興味ないし、と、思っていたら、ん?エマ・トンプソン?イギリス人じゃありませんか?ん?メアリー・ポピンズの作者トラヴァースの映画?ありゃりゃ・・・こりゃ、見に行かねば。

 舞台が、英国でなく、アメリカのディズニーランドというのが、私には、少々残念。が、達者な俳優、トム・ハンクスはだんだん、ウォルト・ディズニーに見えてくるし、エマ・トンプソンは、知的な笑顔が魅力的。時代物の映画では脚を隠していることが多いので、気づかなかったけど、綺麗な脚!

 ディズニー映画「メアリー・ポピンズ」誕生50年を記念して作られた映画です。
 と、いうことは、劇場に見に行った経験のある私の記憶も遠いものです。あとからビデオやテレビ放映や、劇場で再映を見たと思うのですが、かの映画に流れた音楽は、今も何曲か口ずさみます。そして、今回の「ウォルト・ディズニーの約束」の中では、誕生時のその曲たちも聞くことができます。

 P.L.トラヴァースが、どんなに頑固な女性で、その頑固さは、どこから由来するのか・・・が、映画の骨です。
 でも、わかるなぁ・・・自分の作品が、アニメになってしまうのが嫌だとか、自分の生んだ作品が、華美なディズニーワールド化されてしまうのが嫌とか、いろいろあるだろうけど、やっぱり自分の生みだしたものは、自分で守り、自らの手で伝えたいはず。

 とはいえ、映画にするにあたって、誇張気味に描いているのかと思いきや、エンディングで流れる、実際に打ち合わせした時の、彼女とスタッフの録音テープ。やっぱり厳しい。ふふふふって感じですから、もし、見に行かれるのであれば、最後の最後まで席をお立ちにならないように。

 そして、トラヴァースが、あんなに嫌がったペンギンが踊るアニメのシーン。意外と記憶に残っています。当時、アニメと実際の人間が踊るなんて技に、ビックリしたものです。今の子どもが見ても、さほど、驚かないと思いますが、当時の子どもは、「へぇー、凄いね。アメリカの映画って」と思っていたのです。(続く)

☆写真は、今年30周年らしい東京ディズニーランド(撮影:&Co.A)

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湖の水ひたひた岸打つ低き音

       ダーウェント湖j
(承前)
 先のマイケル・ヘスが、感銘を受けた「イニスフリーの湖島」は、岩波文庫の山宮允訳で、カ・リ・リ・ロも、楽しみました。
 
 昨日に続く第二連では、微光(うすあかり)とか赤光とか紅雀とか色のイメージで迫り、
最後の第三連は、
≪いざ立ち行かむ、夜も日も別かずをやみなく
我は聞く湖の水ひたひたと岸打つ低き音、
道の央(まなか)に立つ時も、また灰色の舗石(しきいし)の上に立つ時も
我は聞くそをば心の奥ふかく。≫(山宮允訳)

嗚呼!
≪ひたひた岸打つ低き音・・・我は聞くそをば心奥ふかく。≫ だって!
この「そ」!前に書いた「さぎりきゆーる」の「さ」もいいし、この「そ」も!
日本語っていいなぁと、思う瞬間です。

ちなみに、同じく岩波文庫 高松雄一編のは、
≪心の深い奥底に聞こえてくるのだ、
ひたひたと岸によせる湖のあの波音が。≫

平凡社ライブラリー 松浦暢訳は、
≪胸のおく深く響いている いまも あの湖の音が。≫

角川文庫 尾島正太郎訳は、
≪胸のおくがに沙々と鳴る、その声を聴く。≫

どのイニスフリーがお好き?(「ラズモア」に続く)

*「イエイツ詩抄」(山宮允訳 岩波文庫)
*「対訳 イェイツ詩集」(高松雄一編 岩波文庫)
*「英詩の歓び」(松浦暢 編訳 平凡社ライブラリー)
*「薔薇」(尾島庄太郎訳 角川文庫)

☆写真は、アイルランド イニスフリーの湖島ではなく(行ってみたいなぁ)、英国湖水地方ダーウェント湖。「りすのナトキンのおはなし」の舞台となった島が、中央の小島です。(撮影:&Co.I)
*「りすのナトキンのおはなし」(ベアトリクス・ポター作 石井桃子訳 福音館)



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言葉の海に浮かんでいた

                           セントパトリック桜j
(承前)
 映画「あなたを抱きしめる日まで」の原作の序文は、映画で母親を演じたジュディ・デンチが書いています。

 そして、本文は、フェロミーナ本人やアンソニー(マイケル・ヘス)の周りや客観的事実からマーティン・シックススミスが書いています。
 その登場する人物には生存者の多いことや、アメリカの政治史に関係することもあって、説明部分も多く、ストーリー自体が、すっきりしているわけではありません。もちろん、フィクションではありませんから、想像力で読むという本でもありません。

 が、中にアイルランドの詩人イェーツの詩を、13歳のマイケル・ヘス (アンソニー・リー)が聴くところがあって、とても象徴的なエピソードとなっています。

「イニスフリーの湖島」です。
≪いざ立ちて行かん、イヌスフリーへ。
粘土と編み枝でもって小屋を建て
九畝の豆を植えて蜜蜂の巣を据え
蜂の羽音が騒がしき林間の空き地にただひとり住まう
さすれば、いくばくかの平穏が得られん。
平穏はゆっくりと滴り落つる、
朝のとばりから・・・・・・・・≫ (宇丹貴代美訳)

 彼は、その詩に、他ならぬ自分の姿を見出すのです。ちっぽけな存在、自己卑下、牢獄に見える人生から逃げ出して他の場所で平穏を見つけたいという願望。そして、その「イェーツ詩集」を借り、続く数週間に、ジョン・ダン、ロバート・フロスト、ボードレーヌ他の詩人を知り、≪いつしか彼の頭は金色の風景にあふれ、心は言葉の海に浮かんでいた。≫のです。

 言葉の海に浮かんだままで居るわけにいかなかったマイケル・ヘス(アンソニー・リー)の激動の一生でしたが、詩が、彼を支えるものとなったことには、間違いがありません。(続く)

*「あなたを抱きしめる日まで」(マーティン・シックススミス 宇丹貴代美訳 集英社文庫)
☆写真は、映画とも原作とも関係ない、オーストラリア メルボルン 聖パトリック カトリック教会。聖パトリックは、アイルランドの守護聖人。

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原作「あなたを抱きしめる日まで」

4人のがうんj

 (承前)
 映画「あなたを抱きしめる日まで」の原作の原題は、"Lost Child Of Philomena Lee"といい「フィロミーナ・リーの失われた子ども」です。

 映画では、母親の苦しみと、1950/60年代のアイルランドの修道院がどんなことを行ってきたのか、の告発の意味合いを持つものでしたが、原作は、その子どもだったアンソニーの苦しみの過程を中心に描かれています。

 失ったものの大きさが、この本を読むとわかります。映画よりも、明確にわかります。
 心に飢えた部分を抱えたまま大きくなった人の成長の歴史とも言える本です。そして、アメリカの現代に至る同性愛者たちの苦しみの歴史とも重なって、結果、かの修道院がしてきたことの深さを知ることになるのです。告発という一言で済まされない重さです。

 フィロミーナ・リーもアンソニー・リーも実在の人で、フィロミーナは、ご健在です。
 アンソニー・リーは、アイルランドから養子となってアメリカに渡ります。そして、その名がマイケル・ヘスとなり、地元の大学を出た後、養父母の元を去り、ワシントンDCのロースクールを終え、ハリウッドスターのようにハンサムな男性となったマイケル・ヘスは、若くして、大統領の側近となるのです。
 そんな当時の写真やビデオを見て、映画の中の母親は「私だったら、こんなことしてやれなかった」とつぶやくところあります。ビデオや写真に写る幸せそうな息子のアメリカでの人生を知って、自分を納得させるシーンでした。
 けれども、幸せそうに見えた息子が、実際のところは、もがき苦しんでいたという事実が、この原作には書かれています。
 
 本の中で、カウンセラーのドクターが、こんなことを言っています。
≪「すべてはごく幼い頃の経験にさかのぼり、その経験が残りの人生を形作る。赤ん坊が生まれてわずか数分後には母親の顔を見分けられるのを知っているか?子宮で四十週間過ごすうちにすでに強い絆が生まれているから、捨てられるのは大変な経験なんだ。生まれてすぐに手放されても、なんらかのレベルでその記憶があり、破滅的な結果がもたらされてしまう。」≫(続く)

*「あなたを抱きしめる日まで」(マーティン・シックススミス 宇丹貴代美訳 集英社文庫)

☆写真は、マイケル・ヘスの出身校ジョージ・ワシントン大学ロースクールの卒業ガウンではありません。同じワシントンDCにあるジョージ・タウン大学ロースクールのもの。(撮影:&Co.T2)

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映画「あなたを抱きしめる日まで」

                ノートルダムj
 英国映画、アイルランド風景、ジュディ・デンチというなら、見に行かなくちゃ・・・と、公開を待っていましたが、公開より先に原作を読んでしまいました。とはいえ、先に映画の話から。

 一言でいえば、カトリックの国、アイルランドで、未婚で生まれた子どもたちとその母親たちが、どんな扱いをされ、その後、どうなったか?という映画です。
 未婚のフィロミーナ・リーはアンソニー・リーという男の子をアイルランドの修道院で生みます。日に一時間だけ、我が子に会えるのを生きがいに、修道院の洗濯などで働かされるものの、ある日、金持ちのアメリカ人夫婦が、アンソニーともう少し幼い女の子メアリーをアメリカに養子として、連れて行ってしまいます。その日からフィロミーナは、アンソニーを片時も忘れた日はありませんでしたが、誰にも言わず、看護士になり、家庭を持ち娘を授かります。月日が流れ、その娘が、元ジャーナリストに依頼し、その元ジャーナリストと二人で、アンソニー探しをする、というストーリーです。

 ジュディ・デンチが、深いしわと深い思いの瞳で、我が子を失った母親の想いを演じています。アイルランドの風景も美しく、深い秋が映し出されます。
 そして最後、エンディングで、アメリカに渡ったアンソニーの実話の家庭用ビデオ映像と映画のためのビデオが、ない交ぜになって流れ、臨場感を生みます。それは、母子がお互いを渇望した時の流れに、ささやかな幸福感を添えます。

 が、しかし、それは、映画の話です。映画の原題は「フィロミーナ」。つまり、「母フィロミーナと子アンソニー」では、ありません。実話に基づいたこの話、原作の方は、子を探し求めたフィロミーナとジャーナリストの出番は少なく「アンソニー」と名付けてもいいくらいの話なのです。(続く)

*「あなたを抱きしめる日まで」(マーティン・シックススミス 宇丹貴代美訳 集英社文庫)

☆写真は、パリのノートルダム寺院の裏手。映画とは、関係ないカトリック教会ではありますが、アンソニー、アメリカでの名前マイケル・ヘスは、地元のカトリック系大学ノートルダム大学も出ています。

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春の海

春の海j
 散歩のコースは、花の近況をたずねることに重きを置いています。
 個人宅の花や、公園の花、街路の花。
 そして、途中で、河口や運河や海を見て、そこに来る鳥たちに出会います。
 少し離れた六甲山系は朝日を浴びて綺麗です。

 いつの季節も、いつの時間も、海が見えたら、「海!」と声に出したくなります。
 いつものことなのに、つい「海!」と言いたいのです。
 ともあれ、この写真の時は、「船!」と言ったくらいですから、単に、何か声に出したいだけなのか?

☆写真上は、大阪湾にたくさんの船。向こうに見えるはずの紀伊半島は、かすんで見えません。
 写真下は、公園のユキヤナギのピンクと白。

ゆきやなぎj
                             
 

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庭のさんしゅゆの木

さんしゅゆj
 ひえつき歌♪庭のさんしゅの木~♪と歌われるさんしゅの木が、(といっても、この出だししかわからない)写真に写るさんしゅゆ(山茱萸)なのか、さんしょ(山椒)なのか、諸説あるらしいのですが、昨年、朝の散歩でみたときは、さもよく知っていたかのように、夫に、花の名前を教えてあげました。実は、お友達にとても植物に詳しい人が居て、この花の名前を教えてもらっていたのです。

 それで、今年は、もっと知っていた人のように「ほら、これこれ!去年も咲いていたさんしゅゆ!」
 
 昨日のラッパ水仙といい、今日のさんしゅゆといい、下に写るミモザといい、春の黄色い花は、元気をくれます。            
                              ミモザj

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ラッパ水仙

らっぱ水仙j
 朝の散歩が一気に楽しくなりました。
 花が一斉に迎えてくれます。

「クマのプーさん」の作者A.A.ミルンの詩に
「ラッパ水仙」(Daffodowndilly)というのがあります。

黄色い日よけの帽子をかぶり、
濃緑色の服を着て、
風吹く南の方を向き、
腰をかがめて、おじぎする。
日の光の方を向き、
震わせるのは、黄金色したその頭。
仲間に そっと
ささやくは、
「冬は いってしまったね」
            (拙訳)
☆写真上は、2014年3月下旬の近くの公園。
写真下は、2013年5月中旬のロンドン郊外。(撮影:&Co.H)

                            ラッパズイセンj

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大阪場所

        ぶつかるj
 昨年の夫に続き、私も初めて、お相撲を見に行きました。
 朝8時半から入場できる券とはいえ、中入り後、夕方の「満員御礼」がかかる時間に行きました。特に、お相撲好きというのではありませんが、行って見ると、やっぱりその臨場感は、半端なく、面白いものでした。

 テレビでは、観戦している人たちの声援や掛け声、ざわめきや高揚した息づかい、がっかりしたため息が伝わってきませんが、その狭い席に坐っていると、全体の空気が楽しい。

 力士たちがぶつかる音、土俵を清めている人の動き、郷土の人たちの応援、いろんなことが珍しく、相撲はやっぱり見世物なんだと思いました。もちろん、身体を鍛え、勝負がつくのですからスポーツなんでしょう。あるいは、土俵を浄める所作が力士、行司、そのほか、関係者の人たちにあるのですから、元々は、奉納されたものとしての歴史を持つのでしょう。とはいっても、結局は、庶民が盛り立てて来た娯楽。

 枡席に坐ると、お弁当にお代わり自由の飲み放題、枝豆も焼き鳥もスルメ等など。それに、半端ないお土産。甘いものも多い。まったくバリアフリーとは関係なく、狭い席で、わいわいがやがや、ほろ酔いのおっちゃんが贔屓の力士に声をかけ、おっ、粋な姿のお姐さんも来てる!等、間違っても、上品とは言い難い庶民のお愉しみ。

 相撲観戦は、ロンドングローブ座で青天井の下、シェイクスピア劇を見たときとよく似た感覚でした。どちらも、見ている人と一体になっている気がします。
 また、終了を告げる櫓太鼓の軽快な音は、「来てくれてありがとう。おつかれさん」に聞こえるし、グローブ座が始まる前の軽快なファンファーレは、「さあ、はじまるぞ、わくわく」に聞こえます。どちらも、庶民の心を誘うにはぴったりです。

 が、もっと前に出る相撲や踏ん張る足元を見たかったなぁ・・・なんか執念みたいなものが出てない力士が多いような気がします。

☆写真上は、立ちあがり、ぶつかった瞬間。ぶれてます。目がおかしいのではありません。
 この人気の取り組みは、なかなかいい取り組みでした。まだ髷の結えない右の力士が負けました。
 そして、写真下の化粧回しが薔薇の力士、今場所で引退です。
      まわしj

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セブン・シスターズ

                セブンシスターズ丘からj
  昨日の、まったくドーバーのセブン・シスターズとは関係のない文に使った、白亜の崖は、本当に美しく、海から船に乗って眺めたのは、20年くらい前のこと。とはいえ、その時の青空と白亜と海の写真は、フィルム写真でしたので、今回、お友達のデジカメ写真をいただいて掲載しているわけです。その送信された写真を見ているうちに、懐かしさでいっぱいになり、ファージョンの「ヒナギク野のマーティン・ピピン」(石井桃子訳 岩波書店)の中の『ウィルミントンの背高男』を読み返しました。

 ウィルミントン村に住むとても綺麗好きな7人姉妹が、ある日、とても小さな男の子を見つけ、育てます。そのウィルキンと名付けられた男の子は、大きくなりたいと願うものの、一向に大きくならず、結局は、煙突掃除の仕事につきます。ところが、そのすすだらけのウィルキンのお世話にほとほと疲れた7人姉妹は、耐えきれず、白い崖に姿を変えてしまうのです。それで・・・

 という話です。話に、実在する、セブン・シスターズという崖と、ウィルミントンの背高男という丘絵(石灰質で覆われた丘の斜面を掘って描かれた様々な絵)が、出てきます。そして、話の舞台になった、英国の南、サセックス辺りは、地面の下が、石灰質で白く綺麗なのですが、水はけも悪く、増水や洪水にもつながります。そんな地質を背景に、同じくファージョンの『若ジェラード』( 「リンゴ畑のマーティン・ピピン」所蔵 石井桃子訳 岩波)も生まれたのでした。

☆写真は、英国 サセックス セブン・シスターズ (撮影:&Co.Ak)

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もう一冊の本

         セブンシスターズj
(承前)
 過日、殆ど同時に読み終えた二冊の一冊は、「アンのゆりかご」(村岡恵理 新潮文庫)でしたが、もう一冊は、「海賊とよばれた男」(講談社)でした。
 2013年本屋さん大賞を受賞して図書館に予約して待つこと、およそ1年。するうち、作家の政治信条が判明し、なんだか、読む気がしなくなっていましたが、ま、せっかくだから、届いた上巻を開いてみました。上巻の目次の後には、下巻の目次も書かれてあって、その小題「セブン・シスターズ」とありました。え?英国の?ドーバーに面した白亜の?ファージョンの話に出てくる あれ?こりゃ、やっぱり、下巻まで読まなくちゃ・・・と、誤解も甚だしく、読み始めました。

 著者は、関西で長い間人気を保つ深夜番組の放送作家だっただけあって、話運びがうまく、上巻は一気に読んでしまいました。
 そして、下巻です。「セブン・シスターズ」というのは、英国に全く関係なく、7つの巨大石油資本(七人の魔女)ということらしく、英国児童文学ファンの夢は打ち砕かれ、仕方なく、個人的には、殆ど興味のない経済や政治や国との掛け引きが話の中心となる下巻も読みました。(正確に言うと、下巻は斜め読みです)この小説のジャンルを歴史経済小説というらしいのですが、どうも、私の嗜好とは、ちょっと違うかな。しかも、作家の背景を知った以上、どうもフィルターがかかってしまう。

 そんななか、主人公国岡鐡造が、古美術に惹かれるところは、印象に残りました。昨日書いた仙厓の『指月布袋画賛』から始まり、最晩年、手に入れたのが同じ仙厓の『双鶴画賛』。この絵のエピソードは、出て行った先妻との苦い思い出と共に、書かれていました。が、実際のところは、どうだったんだろう?

≪絵には二羽の鶴が書かれていた。一羽の鶴は下を向き、もう一羽は上を向いている。賛には「鶴ハ千年、亀ハ万年 我れハ天年」と書かれてあった。「天年」というのは天命の意味であろう。≫
 小説では、国岡鐵造、臨終の床の間に掛っているのがこの『双鶴画賛』。

☆写真は、私の好きな 英国 セブン・シスターズ。白いベールを被った7人の尼僧(シスター)に見立てたネーミング(撮影:&Co.Ak)

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本を一冊読めば行きたいところが増える

           妙心寺禅寺j
(承前)
 その実業家は、出光佐三です。
 出光佐三をモデルにした歴史経済小説「海賊とよばれた男」(百田尚樹 講談社)に、その夢の一端が出てきます。
 
≪ある日、父親と福岡の町を歩いている時に、骨董屋の店先で一幅の掛軸が目に止まった。それは布袋が天を指指し、子供が嬉しそうにその指を見つめてる様子が、ポンチ絵のような単純な線で描かれたものだった。作者の仙厓義梵(せんがいぎぼん)は、江戸時代後期の臨済宗の禅僧で、洒脱で飄逸な禅画を数多く書き残したが、当時はまったく無名であった。・・・・(中略)・・・・このとき、父親にせがんで購ってもらった『指月布袋画賛』と呼ばれる絵は、後に仙厓の代表作として世に知られることなる。禅宗の教えでは「月」は悟りのことで、それを示す「指」は経典である。その頃の鐡造はそんなものは知らなかったが、その絵に魅了され、晩年にいたるまで仙厓を追い求めることになる。≫

 この文で鐡造こと、出光佐三は、仙厓の禅画コレクションを増やし、出光美術館を設立したというわけです。この美術館には、国宝の伴大納言絵巻もあって、見に行きたいものだと思うもののまだ行けていません。

  ああ、各人の夢のおすそわけに預かりに、鏑木清方の旧居にも行ってみたいし、出光美術館にも足を運びたいし、ディケンズが手に入れた邸宅のあるチャタムにも行ってみたい。本を一冊読めば、行きたいところもまた増えて、困ってしまいます。(「もう一冊の本」に続く)

☆写真は、禅寺 京都 妙心寺

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長じて 家を持つようになったら

   白い紫陽花j
(承前)
 東京に生まれ、ずっと東京に住んでいた鏑木清方でしたが、68歳から93歳で亡くなるまでは、鎌倉に住み、その住居は、今、鏑木清方記念美術館となり、四季折々、花が咲く庭園があるようです。そして、その花の中でも特に紫陽花はお気に入りで、自らの画号を「紫陽花舎(あちさゐのや)」と用いることもあったくらいとのこと。

 それは、子どもの頃からの想いと強く結びついていることが、随筆集「明治の東京」 (鏑木清方著 山田肇編 岩波文庫)を読むとわかります。
≪私が紫陽花を好むようになったのも、ここいらで見かけたその花の魅惑からである。前に行った天主教会の庭にも沢山あったし、殆ど門並といってもいいほど、あるいは柳の深く垂れた葉陰に、あるいは古びた鎧戸の下に、大きい手鞠のように、浅みどり、空色、うす紫、七変化といわれる花の妖しいかがやかしさ。中にもそれは明石町とは水を隔てた築地一丁目の河岸に裏側には薔薇、表側には紫陽花を植えて生垣をつくった家があった。私はよく子供心に、長じて家をもつようになったら、この生垣をこしらえたいと願ったが、その望みは今に果さぬ。≫
≪築地一丁目の河岸に、内側に薔薇、外側には紫陽花を植えならべて生垣とした大きい邸があった。わたしがあじさいに魅力をおぼえたのはこれからで、成人したら、こういう垣のある家に住みたいと願った・・・・・・≫

 これは、英国のチャールズ・ディケンズにも同じような話があります。ディケンズが、子どもの頃、ケント州チャタムの街道沿いにあったギャッズヒル・プレイスと呼ばれていた邸宅の前を通ったとき、「一生懸命働きさえすれば、いつか、これと同じような家に住めるようになる」と言われ、「いつか手に入れたい」という目標になって行きます。そして、大人になって、その家が売りに出されるのを知ったディケンズは、その邸宅を購入し、子どもの頃からの夢を叶え、後にここで「大いなる遺産」を執筆することになるのです。
 
 そして、こんな夢や野望は、画家や作家だけでなく、もちろん、実業家にも。(続く)

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画家の随筆集

                    コサギjj

 ここのところ、東京や江戸に興味がわいているのと、薄い本なので電車のお供にと、読んだのが、随筆集「明治の東京」 (鏑木清方著 山田肇編 岩波文庫)です。著者 鏑木清方が、日本画家であるのは知っていましたが、この人の流麗な文章は、この随筆集で初めて知りました。

 「伝統」という文の中に、こんなことが書いてありました。
≪ 楮(こうぞ)や三椏(みつまた)、雁皮(がんぴ)などで手漉(てすき)にした日本の紙、私は自分が仕事で使うものでも、住居、または手廻りの日常に用いるものでも、その手ざわりや匂いを愛でて時の移るのを忘れることがこのごろ度重なる。
和本のこばを揃えて綺麗に裁ったのや、洋本でもいい紙のいい製本になったもののページをぱらぱらとめくってゆくと、弾力のある紙の指に快いひびきを伝えるのも楽しい。
そうして思うことは、口腹(こうふく)の飢は食に依って充たされる、心の飢を充たすには、どうしたってこれをわが国の正しい伝統の上にうちたてられた文化にもとめるより他はない。≫

 名物や甘いものを、ただ並べただけの文も、リズムがあって楽しく、また、「芝居昔ばなし」でも、こんな調子です。
≪新富座は何度も手入れはしたけれど、震災前までとにかく大体の輪郭を保っていた。鼠木戸、海鼠壁(なまこかべ)、絵看板、庵看板(いおりかんばん)そういったものに昔の俤(おもかげ)を長くとどめていたのもこの芝居だった。小雨降る日、雪の降る夕、木挽町一丁目の方から、塗家(ぬりや)の小屋の白壁に黒々と丸にかたばみの守田の定紋(じょうもん)のついた、その下に何枚かの鳥居風の絵看板、古風な鼠木戸の外がかりを、画工(えかき)になっていくたびか画にしたいと思ったこともあった。≫

・・・と、画家という人間の目の動きが、よくわかり、読むだけで、その画を見ているような気になります。(続く)

☆写真は、近所の河口のコサギ

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御殿場の乙女

         カーディフ城庭j
(承前)
 村岡花子さんの生涯を読んでいると、厳しくも熱い心を持っていた人だとわかります。それに、正直。
女友だちとの絶交の件も、若さゆえの正義感と潔癖さ。
許されぬ恋、その熱き思いのラブレターの交換。
宗教に裏付けられた心と、そこから離れてある人間としての想い。
そして、翻訳と子どもたちに向けられたエネルギー。

 村岡花子は、のちに、婦人参政権運動の中心となった市川房枝に、女性人材育成を掲げた夏期講習の合宿で出会います。お互い、無名の教師だったときです。
 そして、その合宿の近くに滞在する西洋人たちが、晴れた日の森で、折りたたみ式の椅子を持ち出して、思い思いの時を過すように、村岡花子も、自分の気にいった木かげを所定の場所とし、本を開き、静かに読書に耽る至福の時を過ごします。

 そんなとき、森を舞台にした愛読書の「リンバロストの乙女」(ジーン・S・ポーター 角川文庫)が、彼女と共にありました。
≪・・・ジーン・S・ポーターは、作家であると同時に著名な博物学者でもあり、ことに森林を愛していた。彼女の作品には、常に森林に住む動物や植物、小さな虫たちの生活が、人間の生活や感情と深く関わりあいながら描かれている。花子の足元にも森の住人、小さな虫が這っていた。木々のざわめきや鳥のさえずりが聞こえている。花子は、森を友として生きる少女の物語を、森の自然に浸りながら読み、働きながら学ぶエルノラの悲しみや喜びを我がことのように感じていた。≫
(「もう一冊の本」に続く)

☆写真は、ウェールズ カーディフ城の春(撮影:&Co.H)

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むらおかはなこ やく

                セントパトリックj
(「アンのゆりかご」から続き)
(承前)
 村岡花子訳の「赤毛のアン」(講談社・新潮文庫)だけでなく、今や、「赤毛のアン」は、複数の訳者によるものが出ているようです。 
 そんな中、オリジナル村岡花子訳といえるのが、「いたずらきかんしゃ ちゅう ちゅう」や「アンディとらいおん」「ごきげんなライオン」の絵本です。(いずれも福音館)

 絵本の「いたずらきかんしゃ ちゅう ちゅう」を、初めて手にした時、「むらおかはなこ やく」と書かれているのに、「赤毛のアン」の訳者と同一人物だとは、ピンと来ませんでした。また、「王子と乞食」を岩波文庫で読んだときも、漢字で村岡花子と書かれているにも関わらず、またピンと来なかったのは、何故なんだろう?
 勝手に「赤毛のアン・モンゴメリ・村岡花子」と、ひっくるめて覚えていたのかもしれません。だから、モンゴメリと切り離した村岡花子というイメージが湧かなかったのかも。(単に、物わかりが悪いとも言えますが)

 「アンのゆりかご」では、子ども文庫との関わりで石井桃子さんの名前が挙がり、文庫のお手伝いの学生として登場するのが渡辺茂男さん、と、こんなところでつながっているかと思うと、嬉しくなりました。日本の子ども文庫活動の黎明期を見るようでした。(続く)

*「いたずらきかんしゃ ちゅう ちゅう」(バージニア・リー・バートン むらおかはなこ訳 福音館)
*「アンディとらいおん」(ジェイムズ・ドーハーティ むらおかはなこ訳 福音館)
*「ごきげんなライオン」(ルィーズ・ファティオ文 ロジャー・デュボアザン絵 むらおかはなこ訳 福音館)
*「王子と乞食」(マーク・トウェーン作 村岡花子訳 ロバート・ローソン絵 岩波文庫)
* 「赤毛のアン」(モンゴメリ作 村岡花子訳 新潮文庫 講談社)

☆写真は、オーストラリア メルボルン セントパトリック教会の桜

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城南宮の苑内

枝垂れ梅と万両j
 (承前)
  京都 城南宮の枝垂れ梅は、圧巻でした。
 また、源氏物語に出てくる植物も興味深いものでしたが、まだ、新芽だったり、葉を落としたものだったりで、今は、樹木系が目につきました。

 源氏物語第四十九帖『宿木』の城南宮のヤドリギは、エノキに宿っておりました。
 英国から娘が送ってきたヤドリギの写真と比べてどうでしょう。
宿木j
 また、源氏物語第十一帖『花散里』に「橘の香をなつかしみほととぎす 花散里をたづねてぞ訪ふ」と出てくるタチバナは、実がほんの少し残っていました。
                             タチバナj
 それで、苑内には、曲水の宴の庭もありました。歌を詠む人は、水の流れの淵に坐り、盃が流れてくるまでに歌を詠み、盃が流れてきたら飲み干すという風流な遊びのできる庭です。ゆっくりした水の流れの方が、ゆっくり歌も作れるからか、水の流れは、ゆるゆると。
曲水万両j

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枝垂れ梅

枝垂れ梅j
 京都の南、伏見にある「城南宮は、平安遷都の際に、国土の安泰と都の守護を願って、王城(都)の南に祀られたお宮であることから、城南宮と称えられます。」とHPにあります。

そこの枝垂れ梅が満開!
うーん、いい香り!
枝垂れなので、足もとまで、花色に染まっています。
                               梅花j
苑内には、源氏物語に登場するほとんどの植物が植えられていて、四季折々、楽しむことができそうです。
取り急ぎ、満開のご報告まで。
枝垂れ梅灯篭j

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アンのゆりかご

ハムステッドヒースj
(承前)
 友人に「アンのゆりかご―村岡花子の生涯」を紹介してもらった後、上京し、銀座教文館に行ったら、平積みしてありました。(本文に教文館も出てきます。)
  NHK連続テレビ小説でドラマ化されるのは、後から知ったのですが、なるほど、連続ドラマになりそうです。(といっても、NHK連続テレビ小説を見たことのない私です。)
 華やかな女学校の時代、文学との出会い、女友達、初恋、社会のうねり、許されぬ恋、葛藤、震災、戦争、哀しみ、社会貢献、晩年・・・

「赤毛のアン」を日本に広めた訳者としての印象が強い村岡花子が、戦争前には、ラジオ放送で子どもたちにメッセージを送っていたということ。亡き子どもの名前を冠した子ども文庫を開いていたこと。女性運動家たちとも交流があったこと。 
 
 中でも昭和10年代の前半の女性たちの動きは、彼女を取り巻く文化交流とも相まって、花々しいものでした。 宇野千代創刊の「スタイル」誌の随筆寄稿などのお礼が、東郷青児の素描であり、宇野千代の結婚式の媒酌人が吉屋信子と藤田嗣治、披露宴の司会が村岡花子!

  明治から昭和を生き抜いた一人の女性。さながら、当時の日本の文化の一端を見るようでした。(続く)
 
*「アンのゆりかご」村岡恵理 新潮文庫 マガジンハウス
*「赤毛のアン」(モンゴメリ作 村岡花子訳 新潮文庫 講談社)
☆写真は、ロンドン ハムステッドヒースの春 

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2冊の本

        スノーフレークj
 殆ど同時に二冊の本を読み終えました。一冊は、電車のお供の文庫本。一冊は、図書館で予約して1年近く待った単行本。どちらも、明治に生まれ、昭和に亡くなった実在の人の伝記と伝記風物語。一方は、翻訳家の女性。もう一方は、実業家の男性。片や、その人の孫が書き、ごくごく近い将来、テレビドラマ化されるそう。片や、本屋さん大賞を受け、すでに映像化されているそう。
 両者とも、苦学し教育を受け、戦争という大きな波をかぶりながら、その人の持っていた資質を活かし、後世に伝えることの多い人生を送った人たちです。

 まずは、 「アンのゆりかご―村岡花子の生涯」から。
「赤毛のアン」といえば、村岡花子とすぐ浮かぶくらい、「赤毛のアン」と村岡花子はニアリーイコールの関係の様な気がします。そのタイトルネーミングの秘話は、話の後半に出てきますが、彼女が戦争のさなか、家族の次に大切なものとして守り抜いた、翻訳原稿。そのおかげで、日本の女の子たちが、どれだけアンとの時間を楽しむことができたでしょう。(続く)

*「アンのゆりかご―村岡花子の生涯」(村岡恵理 新潮文庫 マガジンハウス)
☆写真は、ロンドン郊外の春。(撮影:&Co.H)

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モネ、ゴッホ、ピカソも治療した絵のお医者さん

モネゴッホピカソj
「モネ、ゴッホ、ピカソも治療した絵のお医者さん-修復家・岩井希久子の仕事」(美術出版社)
 
 修復には、まず、絵の表面の汚れを取る作業があり、それには、なんと、唾液を用いるという驚きの手法。
名画の8割は、過去の修復でオリジナルの風合いが失われてしまっている、という驚きの事実。

 今まで勝手に思い込んでいた修復家の仕事とは少々イメージが違います。繊細な格闘家のような風情です。しかしながら、これらは、この修復家が、いかにもとの絵画を尊敬し、自分の仕事に誇りを持っているかの証でもあります。

 剥がれた絵具のかけらを拾い、ディズニーアニメのセル画修復をしたのも、朽ちてしまったベトナムの絹絵の修復も凄いものだったけれど、修復前と修復後の山下清の作品を比べたときの衝撃といったらありません。
 
 もちろん、表題のモネ、ゴッホ、ピカソの修復の様子にも興味は尽きませんが、何より、フリーの立場で、仕事をしていく姿に感銘を受けます。そして、母親としての葛藤を背中に背負い、誇り高き仕事をしていった背中を娘たちが見ていたという今の様子にも、思うところがたくさんありました。

 絵画好きな人は、一度、お読みになることをお薦めします。きっと、きちんと勉強した腕のいい修復家が日本に足りない、育てていないという現実に気づき、愕然とするかもしれませんが。
彼女はいいます。
≪・・・自分らしい修復とはなんだろうと考えると、それは作品のオリジナルの風合いを最大限に生かすこと。それをどうやって維持するかにかかっています。  私は世界一、絵に優しい修復をしたいと思っています。世界で通用するような技術で「これはキクコがやった修復だ」と、言われるような修復ができるようになりたい。作家の魂を未来に残すために、作家の思いによりそい、作家の意図したことを伝え、作品にとって最善の状態を保つ修復をしたいと思っています。≫

☆写真は、左上モネ「Vase of Flowers」(ロンドン コートールド美術館絵葉書)
左下はゴッホ「Peach Trees in FLowers」(ロンドン コートールド美術館絵葉書)右 山の稜線の向こうに富士山が見えます。
右上はピカソ「Child with a Dove」(ロンドン ナショナルギャラリー絵葉書)
3点とも、上記本には出てきません。

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お歳は50

ぐりとぐらよこj
 銀座で「ぐりとぐら展」をやっていて(~2014年3月10日)、「見て来たよ、楽しかった!」と、お友達から絵葉書をいただきました。この後、「ぐりとぐら」生誕50歳記念で、全国を巡回するらしいので、楽しみにしておきます。(といっても、伊丹に来るのは2015年だわ・・・)
 
 確か、遙かはるか昔、大学の卒論に絵本を選んだ時、「さんびきのやぎのがらがらどん」と「ぐりとぐら」のアンケートを取ったような気がしますが、何のアンケートだったけ?5つくらいの幼稚園にアンケート持って行ったような・・・ほんと、忘却の彼方・・・
 同じく大学のときの幼稚園実習で、「ぐりとぐら」の人形劇をやったことは、昨日のことのように覚えているのに・・・

 とまあ、自分の大学の時、新米教師の時、子育ての時、そして今、講師として学生たちに読んでやっている時・・・と、40年来のお付き合いです。

  私の一番好きなのは、やっぱり、「かすてらを つくっているんでしょう!とっても いい においがするもの」のところ。
 控えめに喜びを爆発させ、でも、この匂い!くんくんくんくん、うーん、たまらん! 
 小さい子どもが、初めて会った子どもたちとお友達になろうとする様子とよく似ています。ちょっと、恥ずかしいけど嬉しくて、やっぱり、楽しそう!
 「ぐりとぐら」は、保育士さんだった中川李枝子さんの作品ですものね。

「ぐりとぐら」 (中川李枝子文 大村百合子絵 福音館)
☆写真は、「いっしょにつくろう―絵本の世界をひろげる手づくりおもちゃ」(福音館)のぐりとぐらを作るページを広げた上に我が家の年代物の「ぐりとぐら」

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ラファエル前派の絵

プロセルピナj
 (承前)
 ラファエル前派の絵が、あまり好みではないという人も多いと思います。日本では、フランスの印象派に比べ、知名度も低く、人気も及ばないかもしれません。
 が、ロンドン テート・ギャラリーに初めて行ったとき、その大きな絵たちに圧倒され、それを飾りうる大きなギャラリーに圧倒されたことを思い出します。

 今回の六本木「ラファエル前派展」では、テートでみたような、特別大きな絵は来ず、大きなお部屋の暖炉の上に飾るのにピッタリな大きさの作品がほとんどでした。

 写真に写るプロセルピナの絵の、くどいような重厚な感じが、ラファエル前派の持ち味とも言えます。
 が、ザクロの象徴するものだけでなく、当時の女の人が髪の毛を結い上げず、ばっさりと下している。あるいは、華奢で弱弱しい女性らしさがあるとするなら、それに対するような太い首、肩の線。世紀末芸術・・・すなわち、新しい世紀への過程にあるとも思えます。

 ダンテ・ガブリエル・ロッセッティの描いたこの絵のモデルは、ウィリアム・モリスの妻で、ジェイン。
 ジョン・エヴァレット・ミレイの描いた「オフィーリア」のモデルは、ダンテ・ガブリエル・ロセッティの妻のエリザベス・シダル(この女性の描いた絵も、少し展示されています)。
 そのミレイの妻は、思想家で美術評論家、ホイッスラーともめ、ラファエル前派の擁護者であったラスキンと、婚姻関係にあった女性。

 うーん、ラファエル前派の抱えている深さや重さって、結構、わかりやすいドロドロのもの?
 

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ラファエル前派展

ラファエル前派展j
(承前)
  六本木ヒルズの52階六本木アーツ・ギャラリーの「ラファエル前派展」に行きました。
 前にも書きましたが、ラファエル前派にとても興味があった時期に、実際にロンドンのテート美術館やV&A、はては、コッツウォルズのケルムスコットマナーにまで足を伸ばしたことがありました。

 ラファエル前派に興味があったのは、その絵の美しさというより、そこに描かれた物には象徴している事があると知ったからです。つまり、描いてある「物」に意味がある、物語る絵というわけです。一見、こんなファインアートと、大好きな絵本・挿絵は、かけ離れているように見えますが、物語る絵という範疇では同じだと考え、ずいぶん、楽しんだことがあります。実際、彼らは美しい書物という分野で、美しい挿絵も描いていますから。

 今回、テート美術館から、こんなにたくさんのラファエル前派の作品が来て、あるいは、神戸市立博物館(~2014年4月6日)にターナーが来て(テート美術館にはターナー・ルームがあるくらい所蔵品が多いのです。)、テート美術館は、一体どうなっているんだ?・・・いえいえ、まだまだまーだまだ、所蔵されていますから、ご心配無用。

 とはいえ、ラファエル前派集団のことを知らなかった人や、今までさほど興味のなかった人には、おあつらえ向きの展覧会だと思いました。ともかく、たくさん見られます。

 それに、もうひとつ、ジョン・エヴァレット・ミレイの「オフィーリア」も来ているのですが、ロンドン テート・ギャラリーで見るより、一段下げて、多分、日本人の目線に合わせて、展示しているので、テートで見るより、近くで見られる気がします。混雑していない時に鑑賞するなら、左端の枝に居るコマドリも、ちゃんと見つけられると思います。(続く)

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ヴィクトリア朝の挿絵 2

ロセッティj
 (承前)
 東京 三菱一号館の「ザ・ビューティフル 英国の唯美主義1860‐1900」」(~2014年5月6日)に、ラファエル前派集団後期の展示が多いとは言え、前期ラファエル前派のダンテ・ガブリエル・ロセッティの挿絵もありました。写真右に写る「テニスン詩集」の5枚のうち2枚が展示されていました。六本木の「ラファエル前派展」で、中心となっているダンテ・ガブリエル・ロッセッティの油絵や水彩より、挿絵のロセッティの方が表情が豊かで、とっつきやすいかもしれません。

 それから、このテニスン詩集には、「オフィーリア」のジョン・エバレット・ミレイやホルマン・ハントも絵を寄せていて、六本木の「ラファエル前派展」には、ハントの挿絵「シャルロットの姫君」が来ていました。

 また、写真左のビアズリーの作品は、1998年大阪「没後100年記念 オーブリー・ビアズリー展」の時、大量に見ることが出来たのですが、このときもヴィクトリア&アルバート美術館所蔵と銘打っていましたので、V&Aが、いろんな画家の挿絵を相当な数、所蔵しているのがわかります。(「ラファエル前派展」に続く)

☆写真右は、「テニスン詩集」のダンテ・ガブリエル・ロセッティ「芸術の殿堂」
写真左は、オーブリー・ビアズリー「大修道院長」絵葉書

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ヴィクトリア朝の挿絵 1

クレインj
 
(「後期ラファエル前派の展示」から続き)
(承前)
 ロンドンのV&Aは、たくさんの本の挿絵も所蔵しています。クマのプーさんやピーター・ラビットもありますが、今回の東京 三菱一号館美術館「ザ・ビューティフル 英国の唯美主義1860‐1900」」(~2014年5月6日)では、テーマや時代がずれているため、来ていません。

 ウォルター・クレインは、挿絵(写真左「奥方の部屋」)が何点かだけでなく、壁紙や陶器やタイル等も出展されていました。また、ケート・グリーナウェイも一点来ていました。(写真右は、"The Art Of Kate Greenaway by Ina Taylor"(Webb & Bower)という本で、展示とは関係ありません。)
 唯美主義と言われる時代でも後半に位置するこの二人は、ランドルフ・コルデコットを含む3人で、英国の子どもの本の挿絵の歴史を見る上で、重要な3人となりました。(米国の絵本賞はコルデコット賞、英国の絵本の賞はグリーナウェィ賞。)

 装飾華美で描き込み過ぎのきらいのあるウォルター・クレイン、お洒落な人形のような子どもたちを描いたケート・グリーナウェイ、動きのある生き生きとした挿絵を書いたランドルフ・コルデコット。

 写真に写る二枚の絵は、当時のお茶のシーンです。模様の壁紙、模様の絨毯や椅子、絵柄入りのタイルで装飾された暖炉等など、こてこてした部屋が、なんとも言えずヴィクトリアン。屋外で着飾ってお茶するご婦人たちも、リボンやレースやひらひらや。お茶セットは、片や、銀器のようで、片や、ブルー&ホワイトの陶器のようです。

 この唯美主義展は、ラファエル前派集団の中でも、前期の象徴主義から、ただ美しい(唯美)ことを求めて行く後期の流れを見るものでした。

 ところで、写真左のウォルター・クレインの描く暖炉のそばに4枚もの団扇。ここにも日本の影響が見えます。(続く)

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冬が終わる

くろがねもちj
 冬には花が少なくて、夜明けも遅くて暗く寒いので、週末の散歩もほとんど、お休みしていました。
 そうしたら、今や、近くの公園のクロガネモチの赤い実は、ひときわ赤いし、山茶花もまだまだ綺麗。
さざんかj
 春を告げるマンサクも、そのリボンのような花をいっぱいに付けています。
まんさくj
 そして梅林とまではいきませんが、50本ほどの梅の木には、いろんな種類の梅が咲き誇り、梅がバラ科だったのを思い起こさせるいい匂いの梅も、もっと早く咲いていた紅梅も、春を引き寄せているかのよう。・・・と、思ったら、メジロがやってきましたよ。
めじろj
 三寒四温といいながら、もうすぐ、百花繚乱の本格的な春!
 マンサクがたくさん咲いているので、今年は豊年万作!

 それに、いよいよ「いかなご」の季節。
 お昼以降、道を歩くと、家々から、プーンといかなごを炊く匂い。
 瀬戸内海は、春到来。

                   公園梅j

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雛遊び

雛j
 源氏物語の光源氏が、後の正妻となる若紫に、女の子の気に入りそうな言葉で誘います。「いざたまへよ をかしき絵など多く 雛遊びなどするところに(ねぇ。いらっしゃいよ。面白い絵もたくさんあるし、お人形遊びなんかもできるうちの家に。)」
 そののち、若紫と光源氏は、「雛など、わざと屋ども作り続けて、もろともに遊びつつ、こよなきもの思ひの紛らはしなり。(雛人形・紙人形などの家を幾つも わざわざ作り続けて一緒に遊んでいると、源氏は、憂さも晴れていくのであった)」

 今や、雛人形は「飾り」ものでしかないのですが、平安の頃の雛遊びは、当時のお人形。つまり、今の雛人形ですよね。お人形たちの家を作るのも楽しいでしょう。何でも出来ちゃう源氏は手先も器用だったのでしょう。
 また、言葉巧みに誘った、女の子が喜ぶ絵というのは、どんなものなのでしょう。
 
 それにしても、いろんな年齢の女性を誘う言葉や技を持つ光源氏・・・ふーむ。
  
                             寒桜j
 

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「ぞうさん」

時計さんj
(承前)
 子どもが出来てから、まどみちおさんの詩で楽しんだのが「ぞうさん」 (なかがわそうや絵 福音館)です。
 小型のこの絵本、我が家のものは、年季が入って、ずいぶん傷んでいます。背表紙の角は、噛まれて、ぼろぼろ。破れたところを貼ったセロテープは、色が変わり、なんだかわからない食べ物のシミ。それも、ページを繰る右下隅に集中しているところを見ると、食べ物で汚れた手で、絵本を楽しんだと思えます。(親の躾が悪うございます)

 この絵本は、初めと終わりに楽譜がついているので、よく知っている「ぞうさん」や「やぎさん ゆうびん」「おさるが ふねを かきました」だけでなく、「せっけんさん」「うさぎさんが きてね」「とけいさん いつ ねるの」等なども、歌えます。
 
♪せっけんさんは いいにおい 
 おかしの におい おはなの におい 
 かあさんの かあさんの におい♪
・・・と、歌ったら、いつも、ぎゅっと抱きついてきた子がいましたねぇ。

☆写真は、スイス ベルン市内の時計。
♪とけいさん いつ ねるの 
かっちん こっちん 
よるも はたらいて

わたしがね もしねたら
あっちも あさねぼう
こっちも あさねぼう
だから ねませんよ♪

 

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