FC2ブログ
 

みんなみすべくきたすべく

目をおさらのようにして

ポスターj
(承前)
 「プーと私」には、≪子どもたちは、目をおさらのようにして、「餌をなげられた魚のように、その人の話にくいついた」・・・≫と、ありましたが、子どもたちに一度でも食いつかれた経験のある人なら、子どもたちと過ごす時間の喜びを知ることになります。子どもたちを育てる大人だけでなく、教育・保育・福祉現場はもちろんのこと、図書館や公民館、学校・幼稚園などで、子どもたちの前で絵本を読んだり、お話をしたりするボランティアのおばちゃんたちも然り。

「プーと私」の後半には、アメリカを中心に子ども・少年・児童図書館に関わる文が続きます。

 アメリカの児童図書館の礎を築いた人であるアン・キャロル・モーア女史のことをモーアさんと呼び、モーアさんの言葉、「子どものための仕事は威厳をもってやりたいもんだ。」を引きながら、彼女がチャチなまにあわせ仕事は、賛成できないらしいと、「モーアさん」という文の中で述べています。

 また、「アメリカの子ども図書館」という文の中では、「子どもは、けっきょく、いいものはわかるんです」というアメリカの児童図書館員の言葉を引き、児童図書館員たちが持つ子どもたちへの信頼感を、羨みます。

 そしてまた、「児童図書館の条件」という文の中では、カナダの児童図書館の草分けで「児童文学論」を表したリリアン・スミス女史との会話を記述しています。
≪「なかなか、お話というのが、じょうずにできなくて・・・」と、私がいうのをきいて、スミスさんは、「私だって、へたですよ。だけど、あなた自身,語りかけるものをもっている時、子どもは耳をかたむけるものです。」≫

 ここで、子どもに関わる大人は、石井桃子の表したことを復唱したいと思います。
 子どもを信じ、威厳をもった大人が語りかけるなら、子どもたちは目をおさらのようにして、話に食いつくということを。
 ヒュー・ロフティングは、まさに、そういった人だったのです。

*「プーと私」(石井桃子 河出書房新社)
*「児童文学論」(リリアン・スミス 石井桃子・瀬田貞二・渡辺茂男訳 岩波)
☆写真は、ロンドン 大通りに面したフランス人学校の図書室に貼られたポスター。

PageTop