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「ここが家だ」

               ラッキードラゴンj
(承前)
 絵本の中には、子どものためにと言うより、もっと大きな人に発信している絵本もあります。
 アーサー・ビナード文・構成 ベン・シャーン絵の「ここが家だ ベン・シャーンの第五福竜丸」 (集英社)がそうです。

 1954年ビキニ環礁でのアメリカ合衆国の水爆実験の爆発力は広島型原爆の1000倍を超え、大量の放射能は太平洋を汚染し、北極まで届き、放射能雨となって日本全土にも降り注いだ(「ここが家だ」解説アーサー・ビナード「石に刻む線」より)・・・そのとき、危険指定区域外とはいえ、環礁近くで漁をし、被爆した第五福竜丸の勇敢で賢明な船員さんたちの話を、アメリカのユダヤ系画家ベン・シャーンが連作絵画「The Lucky Dragon」シリーズ(1957年)として表現しました。

 広島・長崎の原爆投下があり、このビキニ環礁水爆実験があり、スリーマイル島があり、チェルノブイリがあり、東海村があり、そして、福島原発があり・・・・しても、世界に、アンダーコントロールと、胸を張り、いい言い続ける人が居る。人たちが居る。
 第五福竜丸の無線長久保山愛吉さんの取った行動、その死。
 大きすぎるものに立ち向かう勇気と知恵。
 きっと、同じような死が、福島原発でもあるのではないかと想像するのに、そんなこと伝わってこない。伝えようとしていない?そうなら、何故?
 
 「ここが家だ」の絵のほとんどは、ベン・シャーンが描いた50枚以上の「ラッキードラゴンシリーズ」の絵の中から選ばれ、構成されています。
 絵本を構成し、文をつけた1967年生まれのアーサー・ビナードは、幼い時出会うべくしてベン・シャーンの絵に出会っています。(生家の書棚に画集があった。) 第五福竜丸事件の張本人のアメリカ、アメリカ人でありながらも、今、日本語を生業としたアーサー・ビナード・・・アメリカを離れ、やっと絡まるべき糸が絡まってできたのが絵本「ここが家だ」だと思います。
 また、写真に写るバッタの絵(カバーを取った裏表紙)は、装丁デザインに携わったイラストレーター和田誠とアーサー・ビナードが、その大きさをどうするか、一もめしたらしいのですが、その和田誠自身も、若き日にベン・シャーンに直接会い、その影響をずいぶん受けたようです。≪芸術新潮2012年1月号特別インタビュー「和田誠さん、ベン・シャーンの魅力を教えてください。」・「アラビアン・ナイトの挿絵とその時代の仕事」(和田誠著 トムズボックス)≫
(続く)

☆写真は、「ベン・シャーン 線の魔術師」展の図録(ラッキードラゴンシリーズ「出港」)の上に、絵本「ここが家だ」。真ん中のバッタは、絵本のカバーを取った裏表紙で、アーサー・ビナード氏お気に入り。左端の絵ハガキは、「海そのものの姿」(「一行の詩のためには・・・:リルケ『マルテの手記』より」)

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