みんなみすべくきたすべく

ベルンとクレー

クレー写真j
 家人それぞれの移動の都合上、ベルンに泊まったので、他の場所に比べ、こだわりなく、駅に近い、しかも3人で寝れるという条件でホテルを押さえました。
 他のホテルは規模の小さい納得のいくホテルだったのに比べ、ベルンで泊まったホテルは、小さなエキストラベッドをやっと入れたような、ビジネスホテルのよう、しかも、割高。スイスは物価が高いし、ベルンは首都だし、駅に近いし・・・とあきらめたのですが、一つだけいいことが。

 部屋にも廊下にもポール・クレーの複製画、そして写真が!カーテンもクレーのいずれかの画から取ったデザインで、とてもオシャレ!

 そしたら、ホテル入口に案内が・・・「このホテルの地で、クレーは子どもの頃、泊まり(滞在?)こんな絵を描いた」と、子どもの頃の絵と、当時の写真が掲げてありました。で、その案内には番号が打ってありましたので、おそらく、市内には、他にもクレーゆかりの場所があるんだろうと。

 また、市内には、クレーギャラリーの波打つ建物をデザインしたマークが各所に使われていて、ベルン自体が、クレーを郷土の誇りと思っているように見えました。で、もうひとつの誇り?が熊でした。(つづく)
☆写真上は、ホテルの廊下。下はベルン市内。

                         くまぞうj

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印刷から読み解く絵本の会

看板j
ルーペ持参の勉強会なんて、わくわく。
持ってる本があれば、持ってこいなんて、わくわく。
が、しかし、遠方はるばる・・で、なくなく 持参しなかった。 
古本 海ねこさんつながりのこの会、はるばる足を運んだのは、案内の写真に、クライドルフの「花のメルヘン」が、原書と翻訳本並んで、写真に写っていたからでした。スイス帰りとしては、行かねばならぬ・・・

 広くないお部屋に熱心な聴衆が30人以上。
 仕事の枠を乗り越えて、話す、いえ、熱く語る先生。印刷屋さんが、絵本の色の出し方を話してくださる機会なんて、そう多くないことです。絵本の話と言えば、作者や訳者や編集者、本を売る人、または、子どもの前で活動している人の視点や子育てや教育や心理学関連からの視点のお話が殆ど。そんな中、印刷屋さんが、愛書家で、しかも、絵本に足を突っ込んでいるなんて!

 絵師、彫師、刷師のいわば、刷師の人。現代は、彫師でもある人が先生でした。

 テーマは「昔の絵本は何故美しいか」特に後半は「青」に絞り込んだお話。

 先生が関わられた何冊かの絵本と、私も持っている、クライドルフの 「花のメルヘン」  (ささきたずこ訳 ほるぷ)ベスコフの「しりたがりやのちいさな魚のお話」 石井登志子訳 徳間書店) 「にひきのこぐま」 (イーラ作 松岡享子訳 こぐま社) 「かわせみのマルタン」 (リダ・フォシェ文 フェードル・ロジャンコフスキー絵 石井桃子訳 童話館) 「Din Dan Don It’s Christmas」 (Jania Domanska) 「鳥のうた」 (ジョールジュ・レホツキー作 木島始訳 佑学社)等。
・・・・を、画面で拡大してくださりながら、その手の込んだ昔の絵本と今の印刷の違いを見せてくださいました。現場の人なので、生き生きと制作の臨場感が伝わり、今まで知らなかった絵本の造りとしての奥深さに触れた気がします。画集や写真集、あるいは、愛のこもった絵本が高価なのがよくわかりました。

 私ももちろん、絵本は絵から飛び付きますが、内容を読み、さらに深みに入って行きます。印刷屋さんから見たら、絶対的に絵の色の具合に飛びつかれているようでした。が、結果、上記の絵本のチョイスを見ると、色だけでなく内容のチョイスにつながっているのがわかります。

☆写真は、上下ともスイス ベルンの同じ店(工房)。  
                    壁の絵j

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保護色

バッタさんj
 「バッタさんのきせつ」(エルンスト・クライドルフ作 佐々木田鶴子訳 ほるぷ)は、以前紹介しましたが、この写真に写るバッタさんは、夫のいい耳で発見したバッタさんです。背の低い草地から、チキチキチキ・・・・ 

 で、下の写真をよーく見て。玩具のゴムのとかげではありません。正真正銘の黒いトカゲの子。なにゆえ、子どもとわかるかと言うと、実は、この隣にもっと大きいお母さんトカゲがいたからです。じゃ、お母さんはどこ行った?はい、私が「だれ、通路の真中にゴムのトカゲ置いたりして、踏んだら、滑っちゃうでしょ。」と、つまんで脇にのけようとしたら、なんと!逃げた!きゃあ。子どもは、なんのことかわからず、じっとそこに。慌ててシャッターを切ったあと、すぐそばの草のかげで待っていたおかあさんと走り去りました。
                       とかげj

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フクロナデシコのおばさまたち

        おぼうしj
 いつもならあまり花に興味のない夫に、この写真の花が、たくさん咲いていたので「ほら、お帽子、かぶっているみたいでしょ。」と何度も吹き込みながら歩いていたら、山の上の植物園に売っていたクライドルフの絵本にこの帽子のおばさんが出てきたのをみて、「おお、うまいこと描いてる!」
ふくろなでしこj

いくつか並べます。
やぐるまj
        ヤグルマj
「みどりのふくをきた
あおい ツリガネソウちゃん
綿毛の白い糸をもってて ちょうだいな
わたしが 糸をとって
そして つむいだのよ
あたたかくて やさしい
おひさまのもとで」(後略)
(「花のメルヘン」(エルンスト・クライドルフ作 佐々木田鶴子訳)
わたj
               ふわふわj
              「あわいブルーのアトラジェナよ
               ほのかににおう 美しいひとよ
               紺碧の湖上にかかり
               ただようように かすかにゆらぐ」(後略)
              (「アルプスの花物語」エルンスト・クライドルフ作 矢川澄子訳)
               もしゃj

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棘のある人たち

はなをすみかにj
 下の写真に写るカル二ナ・アカウリス(キク科)は、地べた低く生えていました。さながら、上の写真の「花を棲みかに」の表紙左の女の子が、後ろに手をついて、どっかり座っているように。他の花も地面に張り付いているかのように描かれています。
                   アカウリスj
 また、このカル二ナ・アカウリスは、棘のある葉っぱを持ちます。アザミたちj
 そんな特徴を「アルプスの花物語」では、棘のあるアザミの類と並び、服だけでなく鼻先までとがったつんつん顔にしています。
 アザミたちが、棘のない右端の紫の花(エリンギウム)を「自分を守る棘も針もないじゃないか。上から下まで、ふにゃふにゃ、しんなりして」と馬鹿にすると、エレガントなエリンギウムは、「意地悪だから、棘があって、人の顔をひっかくんでしょう。善良だったら、棘なんかいらないから、なくていいの!」と言いながら、去っていく絵なのです。(参考:「クライドルフの世界」図録2012年BUNKAMURAミュージアム)
                 むらさきj
*「花を棲みかに」(エルンスト・クライドルフ作 矢川澄子訳 童話屋)
*「アルプスの花物語」(エルンスト・クライドルフ作 矢川澄子訳 童話屋)
                    しろj
☆上の花から、カルニナ・アカウリス(キク科)、エリンギウム・アルピウム(セリ科)、ミツバチのとまっているキルスム・スピノシスムム(アザミ科)

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エーデルワイス

エーデルワイス花j
 映画サウンドオブミュージックで歌われ、音楽の教科書にも出ている「エーデルワイス」ですが、花は、一時期乱獲され、今や、人目につくところには咲いていないらしい。写真のエーデルワイスも、いわゆる花壇で栽培されていたものです。花には綿毛があるので、うっすらと雪をかぶっているようにみえるもの愛らしい。

 控えめなエーデルワイスの花は、クライドルフの絵本の中に何度か登場します。クライドルフの描く花は、その生態をも描いていることが多く、写真「アルプスの花物語」と「Der Gartentraum(庭の夢)」に描かれた小さくていたいけなエーデルワイスを見ると、実際のエーデルワイスも、きっと岩場や、人知れない場所に、ひっそりと咲いているのではないかと想像できるのです。(エーデルワイスEdelweißは、ドイツ語で「高貴な白」という意味)

「エーデルワイスや どうしてそんな
あぶない崖っぷちにいるのかね
おまえを摘みにくるひとを
絶壁からつき落とすためかい?」
「あたしが ここに
こんなきわどいとこにいるのはね
あたしをめっけた腕白坊主に
うんとうんと大事に思わせるためよ」
・・・・(後略)・・・
「アルプスの花物語」(矢川澄子訳 ほるぷ)
えーでるわいすj
 ☆写真上の本は「アルプスの花物語」。絵ハガキと絵本「Der Gartentraum」は、シーニッゲ・プラッテ植物園で買いました。

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アルニカ

       アルニカj
 スイスの貧しい子どもたちがイタリアの煙突掃除婦に売られていた時代の話「黒い兄弟」 (リサ・テツナー作 酒寄進一訳 福武書店)の中に、こんなシーンがあります。
≪ジョルジュのお母さんの目の前の蛇を息子のジョルジュが鎌で射止めると、お母さんは気を失ってしまいます。そのとき、ジョルジュは急いで「アルニカ」の葉を摘んでくると、その葉をよくもんでお母さんに嗅がせます。すると、お母さんはすぐに気が付き、二・三度額の汗をぬぐってジョルジュに軽くうなずくと、なにごともなかったように再び草刈りを始めるのです。≫

 そう、この「アルニカ」。
 エルンスト・クライドルフの「アルプスの花物語」 (矢川澄子訳 ほるぷ)に、アルニカ姉さんが、バッタたちの治療をしている絵があります。クライドルフの凄いところは、絵自体の力量もさることながら、その花の生態を踏まえて、絵にしているところです。水辺に生えるものは、水辺のお話、岩場に生えるものは岩場のお話などなど、ですが、ここでもアルニカに備わる薬効を踏まえて絵にしているのです。バッタさんは、アルニカの薬効を知っていて、頼っているのですね。手前の治療済みのバッタさんたちのくつろいでいること。

 実は、この前のページには、トリカブトらの花が描かれ、さながら兜をかぶった軍人たちが丘の上からバッタの兵士たちを見るという、戦争の気配が感じられる一枚です。軍人たちが有毒なトリカブトだということ、次のページが、傷ついたバッタたちを癒すアルニカであること。クライドルフの深い思いを感じます。

 で、写真右に写るのは、スイスのスーパーのレジ近くで、最後の小銭処理のために買ったアルニカクリーム。筋肉疲労などに擦りこむなどとありました。(多分)
 予想通り、菊っぽい匂いです。

*テツナーの「黒い兄弟」は、一時期「ロミオの青い空」というアニメで放送されていたらしいですね。

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ベルンのクライドルフ展

ベルン歴史博物館j

 行ってよかった「クライドルフ展」のことは、以前に書きました。(2012/6/19~7/29東京渋谷BUNKAMURA ミュージアム)
 この夏、ベルン美術館でクライドルフ生誕150年「クライドルフ 蝶の舞踏会、犬のパーティ展」が開催されているのがわかりました。せっかくだから、行かなくちゃ、ということで行きましたが、結論から言えば、BUNKAMURAの方がずっと良かった。ずっと楽しかった。展示されているものの一部は重なっていたのだと思いますが、日本の方が、展示の方法に創意工夫が感じられました。

 作品自体を見るのですから、展示方法に創意工夫など不要と言う考えもあるでしょう。そうであるならば、展示の壁色、配置など、必要ないという考えも生まれます。が、現実には、作品展である以上、その作品たちを存分に楽しめる(鑑賞できる)設定は必要だと思います。

 確かにBUNKAMURAのそれは、工夫しすぎだったかもしれません。またWEBでの案内も、動かなくてもよかったクライドルフの絵がアニメーションのように動いたなどと、過剰な感じもありました。が、クライドルフが、絵本と言う子どもが楽しむ作品を作ったことを考えると、子どもが鑑賞者として会場に足を運ぶことは十分に考えられます。そこで、会場がなごやかな雰囲気に包まれ、敷居の高くない作品の楽しみ方ができるのは、現代の作品の楽しみ方の一つとして大事なことだと考えるのです。
 例えば、昨日書いた「貴婦人と一角獣」が、かつては、お城に飾られ、一部の人だけのものだったのが、今や海を渡り、大阪のおばちゃんたちの目にも触れる・・・中世でも大戦前でもないのですから、たくさんの人が美しいものを楽しめる時代の美術展の在り方を工夫するのは当然のことだと思います。

 が、ベルン美術館の方は、淡々と並べてあるだけで、部屋も狭い。天井も低い。何より、不親切で愛が感じられない。さほど大きな美術館ではないのに、「クライドルフ展」の会場が、どこかわからなくて、二度も聞きました。(言葉もわかってないけど、ふつうは、矢印等で、わかりやすくしてあると思うじゃないですか)
 また、同じ日、このベルン美術館で「Myths and Mysteries展」をやっていましたが、こちらも、なんだか、めりはりのない展示でした。一目でわかるムンクやクノップフまでもが、なんかいろんなものにまみれて、より寂しそうに見えました。

☆ベルン美術館は、写真に撮っていません。写真上はベルン歴史博物館。下は、スイス連邦議事堂(ベルンは、スイスの首都です)。

                連邦議事堂j

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大阪の貴婦人と一角獣

貴婦人と一角獣チケットj
 昨年パリで見て、今年、奇跡的に日本に来た6枚の「貴婦人と一角獣」のタペストリー。
 ご縁があって、大阪にも見に行きました。
 
 もちろん、会場は照明を落としているのですが、それでも、パリのクリュニー中世美術館より明るいし、広々としているので、よく見ることができました。パリでは、もう少し狭い半円の部屋に、5枚が連なり、一枚が向かい合う形でありました。
 一枚一枚を丁寧に見ることができ、良かったです。衣類や持ち物の質感も手に取るようにわかります。
 また、別室で、大写しになる映像や、小動物や植物を一つずつ展示する方法は、わかりやすく、歴史的な芸術品に近づく工夫があったと思います。
 ただ、超近代的な建物の中で見るのか、歴史を感じる湿っぽい修道院で見るのか、その違いはありました。

 タペストリーは、名の記された絵画や塑像と違い、工芸品だからね、と見る向きもあるようですが、私は、工芸品も職人一人一人の芸術品だと思っていますから、美しいものは素直に美しいと鑑賞します。当面、パリに行く予定のない人は特に、足を運ばれるのをお薦めします。~2013年10月20日まで大阪で見ることができます。

 ☆写真上は、左「芸術新潮表紙」下は、大阪チケット、右はパリ クリュニー中世美術館の案内。
写真下は、パリ クリュニー中世美術館
クリュニーj

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ローザンヌ

駅j
 オリンピックが2020年に東京で開催されるとか。
 昨年、オリンピック後のロンドンに行ったとき、それまでと、ずいぶん異なり、ごみが減り、綺麗な街になっていたし、今年行った時は、接客マナーも一段と向上して、カフェテリアのウェイターがちゃんと仕事していたし・・・いい事も多そうだけど・・・
 原発のこともちっとも解決してないし、2020年までに、次なる天災が起こらないとも限らないし・・・それに、私が子どもの頃の東京オリンピックは10月で、いい気候の青い空だったのに、2020年は、7月24日~8月9日!ゲリラ豪雨とか猛暑とか竜巻とか、ふーむ・・・

 とはいえ、2020年は、選手でもないしなぁ・・・一体、どうしているんだろう?

☆写真上は、ローザンヌ駅舎。下は、ローザンヌ レマン湖の船着き場。船着き場と駅舎は、ケーブルカーみたいな電車で繋がっています。ローザンヌはオリンピック委員会やオリンピック博物館などがあり、オリンピックの街。
ウシー

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イヴォアール

      赤いゼラニウム
・・ということで、対岸に、定期船に乗って行きました。前は、あのお水のエビアンに行ったので、今度は、イヴォアールというやっぱり古くて小さい村に行きました。
 スイスの対岸ながら、ここも、エビアンもフランス。パスポートなしでも入国(入村?)できます。

 日本では知名度が低いですが、ここは、フランスの美しい村として選ばれ、花の村として選ばれ、観光客も多い場所なのです。小一時間もあれば、ぐるっと一周できます。シャトーや教会、ヨットハーバーに、オシャレな小さな店店。村の歴史と、花花がこの村に息づいていました。
            イヴォアール門
      イヴォアールテラス

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船に乗って

         定期船スイスj
 以前、モントルーに泊ってから、レマン湖畔はお気に入りの場所になりました。
 そのときは、シヨン城に行ったり、対岸のエビアンで水を飲んだり、一日中、定期船に乗って、湖の上にいました。明るい日差しと吹く風の心地よさ。海と違って、潮風ではないので、べたべたしません。
 定期船は、小さな街や村にも寄りながら、客を乗り降りさせます。
 どの港も、花や地元の旗などが飾られ、ウェルカム ウェルカム。
 小さな港のそばに、お城や教会。
 港のそばのカフェでは、くつろいでいる人々。
 船着き場j
 スイスパスという外国人向けの鉄道のチケットを持っていると、船にもバスにも同じく乗れるのですが、我々のチケットは、二等車用。一等車のチケットなら、上の階で、いい眺めの席で、ワインを飲めたのに・・・と、ケチな妻に、クレームをつけたのは、夫でした。
 いい訳すると、スイスの鉄道は、時間通り来るし、清潔だし、治安も悪くない・・・ということで、前の時も二等車用のチケット買ったやん!
    
         みなとjみなと2j

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ニヨン

             ニヨンキャッスルj
 ニヨンには、古い街並みが残っていて、坂の街ですがローザンヌほど急坂が続きません。もちろん、街の規模も全然ちがうけれど。
 小さい街ながら、シャトーもあるし、ローマの遺跡の博物館もあります。で、フランス語圏ですから、美味しいものを食しながら、みなさん、道端のカフェなどで、ずいぶん、くつろいでいます。お日さまもおいしい。風もおいしい。おいしいものばかり・・・

 ホテルの部屋は、風通しのいい、キッチン付きダイニングリビングのある部屋で、レイクビューのベランダがありますから、9時頃でも明るい夜は、そこで、ワインとフランスパンを買ってきて、食べました。ベランダ食事j
 ニヨンの街のお肉屋さんでサラミをスライスしてもらい、ポテトサラダなどのお惣菜も、そこで購入。おいしかったので、連日、通いました。ベルンに移動のため駅に向かう際、お店の前を通ったら、笑顔で挨拶してくれました。「ああ、サラミ好きで、一キログラムと100グラムの区別のつかなかったフランス語の喋れないおばさんと娘(と夫)が、帰って行く・・・」

                         ニヨン夜j

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ローマの入植地

遺跡j
  スイスから帰って、夫が嬉しそうに1冊の本を持ってきました。「新・ローマ帝国衰亡史」(南川高志 岩波新書)「ここに、こんなん書いてるで!」
≪カエサルは・・・・ノウィオドゥヌム(現在のニヨン)に、退役兵を入植させ、植民地(コロニア)を建設した。≫

 前のスイス訪問のときも、レマン湖畔 モントルーという町に泊りました。今回は、娘も一緒で、娘は山岳地方に行かず、途中でロンドンに戻ろうとしていましたから、ジュネーブからさほど遠くないニヨンを選んだのです。もちろん、ジュネーブやローザンヌでもよかったのに、なにゆえ、ニヨンかというと、ローマの遺跡があって、イタリアに行かずとも、塩野七生ファンの夫の興味関心に近いかと。

 とはいえ、ローズマリ・サトクリフのローマンブリテンに近づきたくて、ルトピエ(現在のリッチボロー)、ベンタ(現在のウィンチェスター)、ドゥロベーナム(現在のカンタベリー)、エジンバラ近郊のカステッルム(現在のクラモンド)等などに、足を運んできた私にとっても、ニヨンには、ちょっとビックリ!
というのは、英国にあった遺跡や、その町の様子と随分違う場所だったからです。
 陽光燦々、あかるーい。開放的!食べものおいしーい!
 確かに見晴らしがきくので、要所だったのはわかります。でも、ここにローマ軍?
 で、先の岩波新書に「退役軍人を入植させ・・・」とあったので、納得!
 ニヨンは、レマン湖の要所ではあるけど、退役した人が、心穏やかに余生を過ごす場所なのです。

 ここで思い出すのが、サトクリフ「第九軍団のワシ」の最後。
≪・・・退役する百人隊長マーカスに、土地が与えられるという通知が来ます。そして、マーカスは、故郷のエトルリアを思いながらも、ブリテンに土地をもらうことを決意します。思い起こすのは、松林から匂って来る樹脂のかぐわしい匂い、タチジャコウマンネンロウや野生のシクラメンの甘い匂い。が、決意させたものは、ほかの匂いや風景や物音、薄青く、変わりやすい北国の空や、緑のチドリのなき声など・・・・≫

 ニヨンを選んだ退役軍人、エトルリアを選んだ退役軍人、ブリテンを選んだ退役軍人・・・。サトクリフのおかげで、この底抜けに明るいニヨンの空と湖の色に深みが加わったわ!

*ローズマリー・サトクリフ ローマン・ブリテン 「ともしびをかかげて」「第九軍団のワシ」「銀の枝」「辺境のオオカミ」 (いずれも、猪熊葉子訳 岩波 挿絵は、キーピングとホッジス)
        ニヨン屋根j
        

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            スイス月j
目が覚めて、窓の外を見ると、明るい。
聞こえてくるのは、夫の寝息だけ。
一人で、ベランダに出ると、シーンと言う音。
8月でも、山の夜は冷え、カーディガンをはおる。
スイスの八百万(やおよろず)の神に感謝して、シャッターをきる。
部屋に入り、カーテンを全開にする。
月の光を浴びながら、おやすみなさい おつきさま。

☆写真、今日と同じくらいの月齢の月がユングフラウの上に出ています。三脚なしの小型簡単デジカメでも、結構うまく撮れました。と、自己満足。

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シーニゲ・プラッテ植物園

           シーニゲ・プラッテ高山植物園j
 ホテルのあるヴェンゲンを一旦下り、一時間ほどトロッコの様な電車(1893年開業のシーニゲ・プラッテ鉄道)で、ゆっくりゆっくり登っていくと、シーニゲ・プラッテ高山植物園に着きます。こんな急なところによくもまあ、根気よく鉄道を引いたものだと、あらためて感心するくらい、山だけをひたすら登っていきます。途中、眼下には、インターラーケンの2つの湖が美しく見え、斜面には、花が咲き、ゆるい斜面には牛が草を食み・・・しますが、とにかく、山の中。私たちの乗った電車には、4組の人間。つまり8人。もちろん、たった一両編成です。混雑していない穴場とは言え、あまりに人が少ないので、やーめた、等と言わないことを祈ります。ま、着いたら、花好きの日本人観光客ツアー10人くらいが、降りて行ったので、撮り越し苦労なのでしょうけど。
植物園行きj
 ほんとに、ここは穴場でした。三山(アイガー・メンヒ・ユングフラウ)を、今までとちょっと離れて眺めることができるローケーションは、雄大という言葉より荘厳という感じがぴったりの素晴らしいものでした。その日は、旅先で唯一曇りがちな日でしたが、写真のときは、薄日がさしたということもあって、忘れられない場所となりました。

 この植物園は、私の地元、神戸の六甲高山植物園と学術提携しているらしく、日本語のガイドブックやスイスアルプス高山植物ポケットガイドまでありました。もちろん、買いました。(が、もしかして、神戸にも売ってる?)そのうえ、エルンスト・クライドルフの絵本や絵ハガキも売っていて、「こんな山の上で!」と、大感激。

 神戸の六甲高山植物園には何度か行きましたが、その面積や、そこに付随する景色は、このアルプス高山植物園の比ではありません。丁寧に世話された植物たちが、景色とマッチし、あたかも、自然そのままでそこに生息したかのように存在していました。
☆写真は、スイス シーニゲ・プラッテ高山植物園。上の写真、左からアイガー、メンヒ、ユングフラウ、手前はメンリッヒェン。電車の写真は、合計3両ですが、客席は真ん中の一両だけ。先頭は運転席と機械で、最後尾は、貨物と機械?
植物園j
                    シーニッゲ看板

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苺でなく毒

毒の実j
 ベリーの番外です。

 スイスの花の写真を見直していたら、シーニゲ・プラッテ高山植物園で撮った写真にびっくり! 名札の下に「毒」って、書いてあるじゃないですか。食いしんぼなので、もし、あの山道にあったら、お口に入れていたかも・・・げっ!

  この写真では、名札の写真が切れているので、「毒」と、ドイツ名Gemeiner Seidelbastのことしかわかりませんが、学名Daphne mezereum。日本名セイヨウオニシバリ(ジンチョウゲ属)。調べてみると、mezereumは、「殺す」という言葉に由来する古いペルシア語「mazeriyn」に関係しているとありました。そして、春にいい香りのする綺麗な花を咲かせるらしい。

 花も実も、そして香りも麗しく、人には毒!って、心を惑わす、ありがちな条件・・・ふふふ
 それで、気付いたのが「苺」と「毒」という漢字、ちょっと似てる?

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レッドカラントとケープ・グズベリー

         Very berries Cakes j
 写真の左奥がレッドカラント(赤スグリ)です。写真の他のベリー類も、今までに登場済みです。

 このレッドカラント(赤スグリ)は、酸っぱいです。が、酸っぱいものが大丈夫な人なら、甘酸っぱくて、さっぱりおいしいと言えます。写真のように、デザートに出てきたり、お肉の添えについてきたり、宝石のような美しさで、お皿を飾ってくれました。

 このフサスグリと呼ばれる種類の実が自生しているのを残念ながら見ませんでした。
 ベスコフの絵本「ラッセのにわで」の中で、丸スグリという実とともに、この赤スグリも登場します。その案内をするのが、「くがつ(九月)」ちゃんと言う男の子ですから、もしかしたら、自生のものは、8月ではなく、9月に収穫できるのかもしれません。

 ところが、ブラックベリーの時に紹介した「いちねんのうた」8月の絵に、レッドカラント(赤スグリ)はきれいなお嬢さんとして描かれるものの、詩の中にレッドカラント(赤スグリ)は登場しません。ベスコフはスェーデンの画家で、私の楽しんだのはスイスですから、ベスコフの絵本と照らし合わせるのが、そもそも間違いなのかもしれません。
 ともかくも、房状に綺麗に赤い実のなるこのレッドカラント、もし、自生しているのを見つけたときは、声をあげて喜んでしまうだろうなぁ・・・

*「ラッセのにわで」(エルザ・ベスコフ作 いしいとしこ訳 ベネッセ) 

 で、ここしばらくベリー類で書いてきて、うーん、最後が「レッドカラント」じゃ、脚韻踏んでない!などと思っていたら、あった!あった!写真下の右端の黄色い食用ほおずき。これ、ナス科らしいのですが、甘酸っぱいフルーツのような味。で、名前をケープ・グズベリー!
 窓の向こうには谷あいの村の家々やホテルが写っています。(「苺でなく毒」に続く)
食用ホオズキ

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ワイルドベリー

         野いちごj
 ここで、紹介しているベリー類は、実際にスイスで口に入れたものばかりですが、ベリー類は、種類が多いので、ここでの名前の特定が正しいかどうか不明です。画像などと照らし合わせながら、私が今まで食べたことのある味から判断しています。

 さて、歩く途中で、我々の食べたワイルドベリー(野いちご)は、野生の味というより、粒粒が感じられない洗練された小さな小さな苺でした。おもわず、「小さいのに、苺!」と叫んでしまいましたよ。

 エルサ・ベスコフの「おりこうなアニカ」でも、小さなバケツをこびとのおかあさんに貸してあげたら、熟した野イチゴがバケツいっぱいに入っている絵があります。バケツにはいっていたのがラズベリーなのか、野イチゴなのか、ちょっとわからないものの、こびとのおうちのそばに咲いている絵は、明らかに小さな野イチゴの絵です。

 スウェーデンのエルザ・ベスコフの描く世界は、小さな植物や動物、昆虫等が描かれているものが多く、北欧の自然を読み取ることができます。私が行っていたのは、1800メートル~2000メートルクラスの山でしたから、気温的にもスェーデンと似ているのでしょう。
 
 また、「おりこうなアニカ」で、牛のマイロスが口にあかつめ草(ムラサキツメクサ)をくわえ、しっぽを持ったアニカがクローバー畑をひきずられている絵があります。そこには、牛のマイロスがクローバーの花が甘くておいしいことを知っていると書かれています。実際、蜂たちもよく知っていました。
(「レッドカラントとケープ・グズベリー」に続く) モオーjj
*「おりこうなアニカ」(ベスコフ作・絵 石井登志子訳 福音館)
☆写真上は、野いちご、中は、もぉーとなく牛。下はアカツメクサの生える向こう、ユングフラウが見えます。
アカツメクサとユングフラウj

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ラズベリー

        ラズベリーj
 家でラズベリーを育てているのは、6月に赤い実の写真で紹介しましたが、もちろん、これは、園芸種の苗を買ったものです。夏になるまでに、およそ30粒くらい収穫できたのは、上出来です。

 スイスでは、野生のラズベリー(木いちご)にも会いました。他のベリー類より少し背が高いとはいえ、うちの園芸種よりずっと小さく、他の草草にまみれているので、赤い主張がないと見落としてしまいます。ピーター・ラビットの「くろいちご」(ブラックベリー)とちがい、こっちは、赤くなるとおいしい。甘酸っぱくって、もちろん、うちの子たちと同じ味。熟す前は、写真に写るように、土のような色でわかりにくい。

 フィンランドのトペリウスの書いたお話に「木いちごの王さま」という絵本があります。表紙も木イチゴ色をしています。
≪小さなきょうだいたちが、山盛りの木いちごを洗っていると、一番大きな木いちごから虫がはい出してきます。みんなが嫌がっていたその虫を、葉っぱの上にすくいあげ、外の安全な場所に逃がしてやったのがアイナでした。
そして、さらに、冬、ジャムにする木いちごを取りに行くアイナとテッサでしたが、森に行ってもこけももやブルーベリーは見つかるのに、なかなか木いちごはみつからず、どんどん奥に入って行くと、ついにたくさんの木いちごが・・・ところが二人は、迷子になり・・・≫
(「ワイルドベリー」に続く)

*「木いちごの王さま」(岸田衿子訳 山脇百合子絵 集英社)

☆写真上は、スイスの木イチゴなのですが、老眼鏡なしでトレッキングしているものですから、小さいものは、うまく撮れず、その可愛さが伝わらない写真で残念です。小さいということだけでも伝わるでしょうか・・・蛇足ですが、家に帰ったら、ベランダのラズベリーがまた蕾をつけてました!水やり有難う!
写真下は、9月10日朝撮影の我がラズベリー。楽しみぃ!
秋ラズベリーj

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クランベリー

こけももj

 この写真の「こけもも」のことをずっと、クランベリーだと勘違いしていました。クランベリーは、「つるこけもも」というらしい。訂正します。

 この実は、他のベリーに比べ、甘くありません。酸っぱいです。酸っぱいものが平気な人向きです。皮も硬く、口に残り、最後はぺっとしないと食べにくい。が、見るからに、ポリフェノールいっぱい!そうなのです。季節が、ずれたのかもしれませんが、歩いた辺りでは、一番少なかったような気がします。

 こけももの皮は赤くて綺麗なので、チョコレートにトッピングされていました。その見た目の可愛さで、つい買ってしまいましたが、やっぱり、皮が硬くて口に残り、そのチョコレートは、私のお口には合いませんでした。

 さて、そんなこけももが出てくる絵本は、 「ブルーベリーもりでのプッテのぼうけん」です。
≪おかあさんの誕生日の贈り物に、プッテはブルーベリーとこけももを摘もうと、森にでかけます。見つからないで泣いていると、こびとのおじいさんが出てきて、ブルーベリーの森に連れて行ってくれます。そこで7人の男の子たちと遊び、そして、こけももかあさんと5人の女の子たちのところに行って、遊び、気がつくと、かごいっぱいのブルーベリーとこけもも。≫

 ベスコフの作品の主人公たちには、動きなく突っ立っている子が時々います。この「ブルーベリーもりでのプッテのぼうけん」のプッテも然り。ところが、こけももかあさんの5人の女の子たちや7人の男の子たちと和みだすと、やっと、どの子も生き生きとし始めます。ベスコフの得意とするのは、植物だけでなく、とかげやねずみ等の小動物たちのいる自然、その中に居る子どもたち、なのかもしれません。
(「ラズベリー」に続く)

*「ブルーベリーもりでのプッテのぼうけん」(エルサ・ベスコフ作 おのでらゆりこ訳 福音館)
☆写真は、2015年に文を一部訂正した時に、2015年に撮ったものに変えています。

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ブルーベリー

ブルーベリーj
「サリーのこけももつみ」 (ロバート・マックロスキー作 石井桃子訳 岩波)
この絵本の原題は「Blueberries for Sal」といい、いわゆるこけもも(クランベリー)ではなく、ブルーベリー摘みです。絵本の主たるカラー、ダークブルーもブルーベリーの色ですから、やっぱり「サリーのブルーベリーつみ」なのですが、石井桃子さんの訳の「こけもも」と言う音は、耳に優しく、可愛いものです。多分、訳された当時は、こけももも、ブルーベリーもみんなベリー類だったのでしょうから、「こけもも」という訳に落ち着いたのかもしれませんね。
 
  花の写真を撮りながら、山の写真を撮りながら・・・歩いていると、道沿いの土手に居た西洋人の親子のパパが、そこで摘んだブルーベリーを我が夫に差し出しました。

  それまで、道すがら、私の差し出すいろんな実に食わず嫌いをしていた夫も、直接手渡されたら、仕方ありません。そのブルーベリーを私と食べました。おいしい!

 二日後、同じルートを歩くと、夫は、その土手をよく覚えていて、「この前の親子が食べ尽くしたかなぁ」等と次第に足早になって行きました。で、結局、まだまだ、そこいら一体にブルーベリーの恵みがあったので、次々、二人で食べました。赤ずきんちゃんがどんどん奥に入って行くあの感じです。指先を紫に染めましたが、岩場に溢れる冷たい水場でごしごし。帰りには、どんな場所にブルーベリーが自生しているか、彼なりに法則が見つかったようで嬉しそうでした。
 
夫は、絵本「サリーのこけももつみ」のことも覚えていました。「くまも、これ食べるんやったなぁ」
(「クランベリー」に続く)

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ブラックベリー

くろいちごj
 20年以上前、英国湖水地方に初めて行った時、散歩で食べた生垣のブラックベリーのおいしさは忘れられません。そう、ピーター・ラビットが食べ過ぎてしまったあと、フロプシーとモプシーとカトンテールだけが食べた「くろいちご」あれです。写真で実の赤いのは、まだ熟してません。黒いのが甘くておいしい。道すがら、次々に見つかるものですから、ついつい食べ過ぎてしまいます。このときは、下の方の実には手を出さず(小動物もご一緒ですから)、高いところのものだけを次々食べました。写真は、英国 湖水地方のブラックベリー(撮影:&CO.I)

 が、スイスでは、野生の実たちも、高山植物ですから、背が低い。地面近くにしか見当たりません。が、その赤い実はぱっと目に入ります。食べて!って。ラズベリー(木いちご)も、こけもも(クランベリー)も、野イチゴも、みんなおいしかった・・・もちろん、濃紺で目立たないブルーベリーも、おいしかった。

 エルサ・ベスコフの絵本「いちねんのうた」の8月にこんな詩が・・・
「・・・・ツグミの しらせが 森へ とどくと
茂みのなかは おおあわて
ほろむいいちご ブルーベリー こけもも 
きいちごが あまく かおりだす・・・・」
(「ブルーベリー」に続く)

「ピーター・ラビットのおはなし」 (ベアトリクス・ポター作 石井桃子訳 福音館)
「いちねんのうた」 (エルサ・ベスコフ絵と文 石井登志子訳 フェリシモ出版)

***ブラックベリーはラズベリーの類、くろいちごは苺の類、で違うものらしいのですが、ベリー類は数が多く、しかも、似ているものの多く、素人には、なかなか判断しにくい。また、厳密にいうと、絵本などで、訳された日本名と本体が明らかにちがうものもあります。ただ、植物図鑑ではないので、イチゴと言う言葉の知名度や言葉の響きから、ブラックベリーをくろいちご、ブルーベリーをこけももと石井桃子さんは訳されたと思います。

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ヨーグルト

                             ヨーグルトj
 もう十年以上も前、ヨーグルトの種をもらって以来、ずっと育ててきました。旅行に行ったり、暑すぎてダメにしたりもしながら、やはり毎朝、自家製ヨーグルトを食べています。夫は、嫌いなので呑みこむように食べています。

 日本のホテルでも、たまに自家製のヨーグルトが、朝用意されているところがあると、嬉しくて食べますが、スイスのホテルでは、もちろん、自家製。優しい味でおいしい。トッピングのドライフルーツも多いけど、何よりびっくりなのが、雑穀の種類。なんだか、よくわからんのもあったけど、ゴマというのが、新鮮な感じでした。日本じゃ、ゴマをヨーグルトにかけない。

 そして、さらにおいしかったのが、山の作業所のヨーグルト!野生のブルーベリーが入ってました!ちなみに、野生のブルベリーは、とっても小さいもので、野生の新鮮な味がします。(と、思っています)
 
 食欲のわかない帰りの飛行機で、いつもなら食べる機内食のヨーグルトは、大量生産品の味が気に入らず、今回、残してしまいました。山の上のヨーグルトは、酸っぱくなく、食べやすい優しい味。家で作り続けているヨーグルトも、同じように優しい味なのです。

☆写真上は、チーズ作業所兼販売所。この時は、行列ができてなかったのですが、ときには、並んで買うこともあるらしい人気の山の上のチーズ屋さん。ガラス張りで作業しているのが見学できます。チーズが苦手な私が買ったのは、右、ブルーベリーヨーグルト。左、Nidletäfeliというキャラメルみたいなあまーい、砂糖とバター?で作ったもの?日本に帰ると、どろどろに溶けてました。写真下は、そこで作った出来たてチーズ。                    チーズj

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平坦な道

ミューレンへj
 さて、なにゆえ、今回、平坦な道ばかりを選んでいるかと言うと、旅行の少し前、低いとはいえ、ヒールを履いて出掛けたら、足の親指が痛くなり、下りを踏ん張る自信がなかったのが一番の理由です。(足の件がなくても平坦な道コースにしていたと思いますが・・・)
 
 母親も妹も凄い外反母趾なので、外反母趾には気をつけていたのです。
 慌ててお医者様に行くと、レントゲンでは、外反母趾の角度じゃなく、レントゲンに写らないくらいの軟骨が、ヒールを履くと当たるのかも?というお見立てでした。これまでも、ほとんど、ヒールなぞ、履きませんでしたが、もうこれからは履きません。履けません。オシャレより安全第一。

 で、その後、渡航前、親指をいたわり、渡航には、指の分かれたサンダル等、いつもより多めに靴や靴下、足ケア製品をスーツケースに入れて行ったら、英国でもスイスでも、全然、痛くなることもなく、荷物も無駄になって、ほっとしました。そして、幸い、帰国後も痛くなってません。

 水泳で鍛えているつもりでも、足のアーチの筋肉は鍛えてないし・・・
 牛乳やヨーグルトも、毎日飲食しているだけど・・・・
 加齢・・・です。
 
☆写真は、スイス アルメントフーベル 左奥からアイガー、メンヒ、ユングフラウ

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ラウターブルンネンの滝

滝と教会j
ミューレンに行くには、ラウターブルンネンという谷あいの村でまずロープウェイに乗らないといけません。その村は、谷底と言う感じですから、滝も何箇所かあって、(以前、坊ちゃんのターナーの松のときに使った写真の村です。)たくさんの人が見に来ていました。

 よく考えたら、神戸生まれの私にとって、滝は布引の滝であり、各地遠足や修学旅行で行った先にも滝がありました。だから、アルプスの急斜面を落ちる、確かに水量の多い滝には目を奪われたものの、山と並んで歩くほどの感動はありません。
 が、もしかしたら、スイス以外の国で山の少ないような国、例えば、ヨーロッパでも、フランスの様な平野、オランダの様な海に近いところ、英国でもスコットランドじゃない地方・・・などにお住まいなら、滝自体が珍しいんじゃないか、と気づいた次第です。
ラウターブルンネンj

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ミューレンへ

        ミューレン鉄道j
 で、今回お気に入りの道になったのは、ミューレンという村に続く道。クライネシャイデックからの展望とはちょっと違いますが、やっぱり三山が横で一緒に歩いてくれます。

  ここは、クライネシャイデックの道より長く、平坦な道のりが、一時間以上続きます。この写真の小さな鉄道2駅分とほぼ平行に歩くのです。

 宿泊先のヴェンゲンから、毎朝毎夕、いろんな乗り物で偶然一緒になり、話をしたイギリス人のおばあちゃんも、杖をつきながら、この道を歩いておられました。
 三山の眺めだけでなく、滝あり針葉樹林あり、花が咲き、実がなり、チーズ作業所ありで、飽きません。このコースは、滞在中やっぱり2回行きました。
 ベリーを摘んで食べたり、景色や花の写真を撮ったり、忙しいので、案内書にある予定時間の倍もかかって楽しみました。

☆写真は、左からアイガー、メンヒ、ユングフラウと、ミューレンに続く鉄道。紫外線が強すぎて、何が写っているのか、シャッター押すまでよくわからないくらい眩しい。

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クライネシャイデックから

クライネシャイデック道jj
  前回のスイス訪問で気にいった道がありました。
 クライネシャイデックというユングフラウ・ヨッホ観光の拠点になるところから、一駅分、線路沿いに歩くと、左手にアイガー、メンヒ、ユングフラウの三山が並び、その雄大な景色と一緒に歩を進める感じがとても心地よかったのです。途中、三山に抱かれながら、パンと飲み物と果物、そして、サラミやビーフジャージ等を食べる喜び。あんまり、気持ちがよかったものですから、その滞在中に、2回行きました。

  今回も、この道が歩きたいがために、その地方に行った面もありました。が、その道は、アスファルトにこそなっていないものの、随分舗装され、砂利が敷かれていました。歩くには、砂利より、草の踏み固められた土の方が歩きやすいのに・・・と思っていたら、自転車が土煙を(砂利煙)上げて、ビュービュービューと、次々に道を下って行きます。自転車用の道にもなってしまいました。一気にどこまで下るのか、多分、下まで行けると思います。また、土曜日だったので、自転車の記録会だったのかもしれません。ゼッケン付けてる人居たし・・・

 そして、かつて、お昼を食べたベンチも、今は朽ち、お尻を置くのも、やっとのこと。また、道の斜面側には、杭にロープを張り、すっきりしたトレッキングコースとなっていたのです。
 三山の雄大さ、その景色自体は、なんら変わりなく、迎えてくれたのでしたが、次(!)、この道は、もういいかな。この道に変わる平坦ないい道を見つけたし。

☆写真は、左がアイガー、右がメンヒ。下方の直線は、ユングフラウ・ヨッホに上っていく鉄道。

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山は見るもの

    ミューレンケーブルj
 
 スイスの中央オーバー・べルナー地方(首都ベルンのある地域の山岳地方)に行くのは2度目でした。
 ユングフラウやアイガー、メンヒという山々が連なる地域です。山は見るものと決めているので、初心者向きトレッキングが日々の楽しみでした。
 ゆっくり歩いて、小さな花を見たり、雄大な景色を眺めたり、鳥や虫の声に耳を傾けたり、風を感じたり・・・が、自分のペースでできるトレッキングが好みです。
 そんな望みをかなえてくれる場所の一つのが、スイス山岳地方です。

 かつて、イギリスだけひいきしていた頃、山に登るのは大変、寒いからいや、などとスイスを食わず嫌いをしていました。が、初めて行った時、山岳地方にも関わらず、山岳鉄道やロープウェイ、ケーブルカー等で上った先には、平坦な道が整備され、そこをバギーを押して歩く若い夫婦や、介助者つきでゆっくり歩く老人を見て、考えを改めました。今回も杖(トレッキング用のストックじゃない)を持った老人も多いこと。

  スイスは、ともかく観光で生きていくために、様々な創意工夫をしたのだと思います。どんな人でも、綺麗な空気、綺麗な景色を味わえるように。
 こんなところまで、線路を敷く?こんなところまで、標識立てる?と、高いところ、人の少ないところに行くたびに、頭が下がります。前回の旅行の時なんか、その前の週に洪水があって、いろんなアクセスが寸断されたのに、我々が行ったときは、すでに復旧。高いところも、標識や道の点検を行っていたので、我々も、無事楽しめた経緯がありました。

 そんなわけで、私の様な怠慢な者でも、綺麗で雄大な景色が堪能できるというわけです。電車も時間通り来るし、重い荷物は、駅から駅へ運んでくれるサービスも充実しているし、人の多い駅などのトイレも清潔だし、使いやすい。安心して観光できる場所です。

  とはいえ、イギリスが何度行っても、変わらないのに、スイスは、ちょっと整備しすぎているところがあって、前回、惚れ込んだ道が、整備されすぎて、ちょっと歩きにくくなっていたのは、ちょっと予想外。
 今までの良さを残し、歴史を残し、しかも現代人の感覚にも合う観光地というのは、なかなか大変です。物見遊山の観光研修に出掛ける日本のお役人さんたち政治家さんたち、もっと本気で見て来てほしい。

☆写真は、スイス 一番奥がアイガー、次がメンヒ 一番手前がユングフラウ。右手に小さく写るはミューレン村。

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Sunny Days

レマン湖船j
 お天気に恵まれた旅先から帰っています。
 旅行で、一番必要なのは、元気と天気だと思っているので、有難いことです。

 特に、スイスは、余りにいいお天気の朝、紫外線が眩しく、写真を撮っていても、白くてよくわからないくらい。同じ晴れでもイギリスの晴れとは随分違う明るさでした。
 お喋りしたイギリス人のおばあちゃんも、「ここ(スイス)はSUNNY」で、「イギリスはNOT SUNNY」と言っておられました。
 ただ、SUNNYと言っても、からっとしていて、蒸し暑くないので、過ごしやすい。が、油断した夫は、さながら真っ赤な茹でダコ。

 ドイツやイギリスのご婦人たちは、長袖着用で、色白のままでしたが、フランス系のご婦人たちは、自慢げに、小麦色したお肌を露出しておられました。老いも若きも、小麦色。それを見るにつけ、日本人の、しかも色の黒い自分のことを、ついつい、忘れそうになります。が、日焼け止めを塗りたくり、首にスカーフをまき、帽子を目深にかぶり、長袖を着ている私の皮膚の色と、フランス系ご婦人のこんがり小麦色が同じなのは、如何ともしがたい。うぇーん。

 付け加えると、スイス山岳部の観光客で一番多く見かけたのは、中国の人たち(たぶん、大陸)とアラブ系の人たちでした。一国と言う意味では中国が断トツで多いと思います。また、ヨーロッパに近いアラブ系の人たちは、イスラムの女性の服装でわかるので目立ちました。ただ、どちらも、駅で大勢(ほんとに大勢!)お見かけするものの、我々が楽しんだトレッキングの山の道すがらでは、一切、どちらも見かけないから、あら不思議。

 アラブ系女性の上から下まで、真っ黒のご衣裳、あれなら、日焼けはしないけど、日本の夏の観光には向いてないなぁ…

☆写真は、スイス レマン湖 定期船が港に帰ってきます。

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