みんなみすべくきたすべく

同じ絵でも

二頭立て馬さんj
 (「はだかの王さま」から続き)
(承前)
「暮らしのイギリス史 王侯から庶民まで」(ルーシ・ワースリー著 中島俊郎・玉井史絵訳 NTT出版)には、「オエッ」・・・こんなえぐいことしてたん?とか、現代だったら、毒であったり、禁忌事項なのに・・・ということが紹介されたり、人々の暮らしを「のぞき見」するのは、ちょっと愉快です。
 また、今や常套句になっているような言い回しの語源の説明も興味深く、細々と少々強引に切りこんだ私見も楽しい一冊でした。今を生きる英国人学芸員の女性の視点は、なかなか面白いもので、本の後書きで紹介されている彼女のWEBサイトも楽しく、また、現在、BBCで、彼女のテレビ番組も放映されているようです。
 歴史を難しく捉えるのではなく、親近感を持って、近寄れるようにしている気がします。彼女の写真を見ると、しかめっ面の学者というより、どこにでも居そうな人のいいお姉さん。

 それで、たまたま、図書館で同時に借りていたのが、 「風刺画で読み解く18世紀のイギリス―ホガースとその時代」(小林章夫・齊藤貴子著 朝日選書)。ホガースの風刺画から、その頃のイギリスの風物にアプローチした本です。

 この2冊の本に同じホガースの絵(娼婦一代記第六図「お葬式風景」)が出ていて、片や「第6章 男と女の性と堕落」、片や「第三部 居間の歴史 第33章葬儀」で、使われておりました。 

 まず、「風刺画で読み解く18世紀のイギリス」では、棺桶の上の書き付けや、棺桶の前の遺児について読み解き、集まっている女たち(仲間の娼婦たち)が罹患している病や、棺桶をバーカウンターの代わりにジンを飲んでいる様子、あるいは、不埒な聖職者等、「娼婦一代記」の結末を紹介することによって18世紀のイギリスを読み解いています。

 一方、「暮らしのイギリス史 王侯から庶民まで」では、当時の驚くべき「葬儀」の様子の紹介に紙面を割いた後に、絵が掲載されます。
≪・・・ひとかどの人物ならたいていは居間に安置された教区教会の「弔いの鐘」が響くなか、会葬者がローズマリー、ヘンルーダの枝をささげ弔問に訪れたのであった≫と、弔いの枝を持っている手などに目がいきます。こちらは、トリミングされているので、不埒な聖職者など見えないのです。
 
 着眼点が違うと、同じ絵でも異なる絵のように見えます。(「ホガースのこと 1」に続く)

*ローズマリー 消臭効果が高いハーブ (和名:マンネンロウ・・・ふーむ、思い出す大事な本がある、ある。嗚呼。)
*ヘンルーダ 駆虫剤として使われるハーブ 

☆写真は、英国ハンプトンコートの二頭立て馬さん(撮影:&Co.H)

PageTop

はだかの王さま

         トピアリーと石像j
 (「料理は味気なくなってしまったのかもしれない」から続き)
(承前)
「暮らしのイギリス史 王侯から庶民まで」 (ルーシ・ワースリー著 中島俊郎・玉井史絵訳 NTT出版)には、こんなことも書いていました。

≪そもそも、何百年もにわたり、国王、貴族は寝室では肌着姿で通した。起床直後の接見会は、寝室ではなく幾分かは公的な部屋で執り行われたが、その部屋で召使から衣服を受け取った。だから、下着姿の王は、召使の注視に慣れる必要があったわけである。・・・・・アン女王の(1665~1714)の宮廷でも、半ば人目にさらされた衆人環視の中で、女王の着替えは挙行されていた。女王の寝室係を階級順に列挙すれば、衣装担当者、貴族の女性がつとめる寝室付き付添い人、寝室専用員、着替え介添え人、美容師、小姓となる。・・・・王室でくりひろげられる着替えの儀が書きつらねてある資料にあたれば、驚くほどの人手を動員している事実が判明する。・・・≫

 ふーん、そうだったんだ。確かに、映画「もうひとりのシェイクスピア」の中でも、エリザベス女王が侍女たちと着替えしているところがありましたが、史実は、さらに多くの人が着替えに群がっていたのですね。

 人目にさらされる着替えで思い出したのが、アンデルセンの「はだかの王様」です。
 こちらは、王様自ら、きれいな服を見せびらかすのが好きだと、書いているのですが、何も実体のない服に着替える、そのそばには、たくさんのおとのものや侍従たち。

≪「おお、なんておにあいだろう!」だれもが口をそろえて、さけびました。「お体にぴったりだ!かたちも色も、じつにすばらしい!これこそ王さまのおめしものだ!」≫
 実際に、裸でなくとも、こんな場面は、王宮で、幾度も繰り返されてきたのだと思うと、「王さまは、なんにもきてないよ!!!」と言った小さい子どもは、まったく愉快です。(「同じ絵でも」に続く)

「はだかの王さま」(アンデルセン作 バージニア・リー・バートン絵乾侑美子訳 岩波)

☆写真は、英国クリブデン宮殿庭。

PageTop

料理は味気なくなってしまったのかもしれない

        朝市j
 「暮らしのイギリス史 王侯から庶民まで」 (ルーシ・ワースリー著 中島俊郎・玉井史絵訳 NTT出版)は、いわば、歴史書に出て来ない、イギリスの生活の細々とした歴史を現代に至るまで、研究、そして、紹介した本です。現役の学芸員の女性の視点は、ときに鋭く、ときに深く、ときにユーモアたっぷりに、そして、ときにゴシップ的に切り込んでいます。「寝室の歴史」「浴室の歴史」「居間の歴史」「台所の歴史」の4部構成で、「第4部台所の歴史」の「嗜好品」という章で、ちょっと、思い当たることがありました。
 まず、塩や香辛料、デザート、砂糖、煙草、トマト、ジャガイモ、お茶、ホットチョコレート、ジン、異国のフルーツ、海亀・・・と、そのエピソードを添えながら、列挙されていきます。

 ≪・・だが、ジン、バナナ、フォアグラ、アボガドといった新食品が移入されようとも、イギリス人の嗜好は依然として時代と逆行していた。その一因として、信仰上の理由をあげることができよう。宗教改革以来、プロテストタントの聖職者たちは、贅沢な衣服、家、食物を何であれ等しく非難した。「料理の技は贅沢からではなく、必要性から生まれる。」と英国国教会の牧師リチャード・ワーナー(1763-1853)は1791年に説いている。ワーナーは、料理人たるもの「食品は自然で手を加え過ぎない状態で供し、消化を助けること」のみに専心すべきと考えていたし、食物に関する書物を著わした著述家たちも同じ考えであった。このようにイギリス人は素朴な食の伝統を固守したのである。・・・・≫

ひゃぁ~、それでかぁ。
だめ押しのように、このあと、

≪・・・1800年頃に、規格化されたレシピという近代的概念が生まれた。従来のレシピは、分量、調理時間、温度などはあいまいで、たいていは「四羽のおとなしい鳩を用意せよ」とか、「白鳥をみつくろえ」などという大雑把な指示で始まっていた。材料は店まかせではなく自然が供給してくれていたのである。量についても、多くの場合「釣り合う分量」「適量」などと指示され、調理時間についても「よく茹で上がるまで」という表現にとどまっていた。エリザ・アクトン(1799‐1859)は、近代レシピ本の創始者として広く知られている。アクトンの発案は、各レシピの冒頭、つまり料理の指示説明に先立ち、計量した材料リストを挙げておくということであった。このようにして、生活は秩序立ち、時間も計測し認識できる単位へと分割されていった。直感よりは経験が重視され、安定した味が生まれてきたが、結局のところ、料理は味気なくなってしまったのかもしれない。≫

それでですか。
現在、英国で暮らす娘の至言。
「こっちの料理は、まずくはないねん。おいしくないだけや。」(「はだかの王さま」に続く)

☆写真は、ロンドン サウスケンジントン 朝市

PageTop

マルテの手記

          カルチェラタン写真j
(「わがいとしき一人のひとに」から続き)
(承前) 
 大昔、リルケの「マルテの手記」を手にしたことがあります。が、暗さの付きまとう内容に退屈して、というか、あちこちに話が飛んで行く内容についていけなくて、途中で、投げ出していました。ましてや、「貴婦人と一角獣」のことなんて、興味がなかった・・・
 で、今回、読み直したら、物語として進行しない内容は、やっぱり、しんどいものの、ちょっと読み方を変えてみたら、心に残る箇所がいくつか見つかりました。芸術論や回想の詩的要素の強いエッセイと思って、読んでみたのです。どの道、多くの小説とは違って、起承転結のストーリーというものがないのですから、好みの場所を嗅ぎわけながら読みました。リルケ信奉者には、怒られそうな適当な読み方です。

 一番、心に残ったのが、詩について書いている、本当に詩のような表現でした。たぶん、若い時には、気がつかなかったところです。
 まず、≪年少にして詩を書くほど、およそ無意味なことはない。詩はいつまでも根気よく待たねばならないのだ。人は一生かかって、しかも七十年あるいは八十年かかって、まず蜂のように蜜と意味を集めねばならぬ。そうやってやっと最後に、おそらくわずか十行の立派な詩が書けるだろう。・・・・≫と、切り込み、そのあと、美しい言葉が続きます。
 そして、≪・・・・思い出だけならなんの足しにもなりはせぬ。追憶が僕らの血となり、目となり、表情となり、名まえのわからぬものとなり、もはや僕ら自身と区別することができなくなって、初めてふとした偶然に、一編の詩の最初の言葉は、それら思い出の真ん中に思い出の陰からぽっかり生まれてくるのだ。≫

・・・と、こんな言葉に出会うのも、古典と言われるような作品に、歳経て出会うおかげかと思います。若くて、次々、盛りだくさんに楽しんでいたのも、それはそれでよかったけれど、今の、少しを噛みしめる喜びもいいもんだと思っています。

*「マルテの手記」 (リルケ 大山定一訳 新潮文庫 他)
☆写真は、パリ カルチェ・ラタンのホテルに飾ってあった、昔のカルチェ・ラタンの写真。

PageTop

わがいとしき一人のひとに

        チューリップとわすれな草j
 (「大阪に 貴婦人と一角獣が やってきた」から続き)
(承前)
リルケの「マルテの手記」に出てくる、「貴婦人と一角獣」の見方は、ちょっと現代の視点と違うのが興味深いです。
 現代の視点では、「我が唯一ののぞみ」と書かれたテントのある絵を最後に評することが多く、また、この絵は、宝石をつけようとしているのか、しまおうとしているか等と、謎めいた視点で語られることが多い一枚です。例えば、芸術新潮2013年5月号「貴婦人と一角獣」特集でも、「五感主題説はほんとうなのか」としながら、「触覚」「味覚」「嗅覚」「聴覚」「視覚」の絵を順に載せ、最後に「我が唯一の望み」の銘文の謎解きにページを割いています。

 ところが、これは現代の≪・・・・・(五感の中で)最も下位な身体的感覚である「触覚」から始まり、最も上位の精神的な感覚である「視覚」に至る段階的上昇を示すよう配列され、6点目のタペストリーが最終的な到達点として位置づけられている。≫(木俣元一文 芸術新潮より)という配列から 思考されるもので、どうも、リルケの見たのは、この配列じゃなかったみたい・・・

 リルケは「味覚」「嗅覚」「聴覚」「わがいとしき一人のひとに」「触覚」「視覚」と順に見ているようなのです。これは、貴婦人のおよそ年齢順で見たものかもしれません。

 「マルテの手記」で、最後に解説される「視覚」の貴婦人は、事実、かなりやつれ、唯一、座りこんでいます。侍女もいません。鏡は用意されているものの、貴婦人は自らをみることなく、一角獣を映しています。マルテが最後から二番目に解説する「触覚」も、「視覚」ほどではないものの、貴婦人は他より老けています。そしてまた侍女もいない。一角獣を恋人の象徴と捉え、結果、侍女もいなくなるとも考えられているようです。が、それにしたら、最後の「視覚」の貴婦人は、いつにもまして哀しい顔です。
 この二枚は「味覚」「嗅覚」「聴覚」の頃のはつらつとした若々しい貴婦人と少々年齢が違うようです。また、現代ではいつも別扱いの「わがいとしき一人のひとに」の貴婦人は、特別若くもなく、かといって老けこんでいず、人生の華やかなクライマックスとも見えます。侍女までも美しい。

 「マルテの手記」で、「我が唯一の望み」が「わがいとしき一人のひとに」となっているのは、リルケは、この6枚を愛するアベローネという女性と一緒に鑑賞していると想像しているところから来ています。
 ≪アベローネ、僕はおまえと今いっしょに立っているような気がする。アベローネ、おまえはこの気持がわかってくれるだろうか。僕はぜひこれがわかってくれなければならぬと思うのだ。≫とあるように、「我が愛しき一人の人」と共に在る時間こそが、マルテには重要な時間だと表現しているのだと思います。マルテの語る6枚のタペストリーの解説は、客観的なタペストリーの解説であり、アベローネへの直接の思いを読み取ることはできません。が、この美しい6枚のタペストリーを愛する女性と共に鑑賞したいという思いは、伝わって来るのです。

 いずれにしても、芸術の鑑賞は面白いものです。貴婦人と侍女のコスチュームに注目したり、生き生きと描かれた小さな動物や花を見るだけでも、楽しい。図版では味わえない、タペストリーの質感。せっかく、パリから来てくれたんだから、本物を見に行かなくちゃ。(「マルテの手記」に続く)

*「マルテの手記」 (リルケ 大山定一訳 新潮文庫 他)

☆写真は、英国の花壇。日本の感覚とちょっと違う・・・ミルフルール(撮影:&Co.H)

PageTop

大阪に 貴婦人と一角獣が やってきた

中世美術館屋根j
≪さあ、これからいっしょに一つ一つゆっくり見てゆこう。初めは少し退って、一度に全体を見るがよい。しんと非常に静かな感じだね。・・・≫と、鑑賞し始め、≪もうよく見てしまったね。では、最初からもう一度ゆっくり見ていくとしよう。≫(「マルテの手記」より)と、一枚一枚丁寧に見て行くのが、リルケの『貴婦人と一角獣』6枚のタペストリーの見方です。 

  昨秋、パリ カルチェ・ラタン クリュニー中世美術館でこの6枚のタペストリーを見たときは、その美しさにほれぼれしましたが、今、まさかの日本にやってきている!6枚もお留守のクリュニー中世美術館がどうなっているかなどと心配しないで、素直に日本の多くの人の目に触れる幸運を喜びたいと思います。すでに東京では展示が終わり、大阪が始まります。(2013年7月27日~10月20日) 多分、間違いなく、生きている間に、もう一度パリを離れ、日本に来ることはないだろうと思うと、ぜひぜひぜひ!足を運んで、その典雅な世界に触れてみてください。東京で見た人たちの話によると、パリで見るより明るいので、より鮮明に美しく見えるらしいし、現代ならではの楽しい鑑賞方法もあるらしいし。
(「わがいとしき一人のひとに」に続く)

「マルテの手記」 (リルケ 大山定一訳 新潮文庫 他)
☆写真は、パリ クリュニー中世美術館屋根。

PageTop

水のかたち

      バーンズリーハウス噴水j

  読みたい本が山ほどあって、日本の現代小説になかなか手が届かない身としては、ノーベル文学賞候補の作品も本屋さん大賞作品も、「まだ」100人以上待って予約を入れています。そんななか、芥川賞作家 宮本輝著「水のかたち(上下)」(集英社)も、図書館で予約してから、100人以上待って、やっと読んだ本です。

 この「水のかたち」は、実際に、お友達のお父さまの行いが物語の核になり、しかも、資料を提供し取材に協力なさったのが、そのお友達ということをお聞きしていた本です。
 初「宮本輝」でした。主人公の女性の心情に、心底、感情移入できたわけではありませんでしたが、骨董が中心にあり、よく知る土地や京都祇園周辺、しかもお友達も文中に登場!それにまた、主な登場人物も同世代ということで、個人的には、読みやすいものでした。人の縁を振りかえり、噛みしめる一冊だと思います。

 ただ、人の縁を物語るので、仕方ないものの、登場人物が多く、時折、えっとこれは誰?等と思ったことがありました。登場人物の比重が、性格描写を読みとれていない私にはわかりにくい。
 が、もし、女性雑誌連載でなければ、どうだったでしょう?
 件のお友達のお父様の実話や資料から広げていくだけで、充分にフィクション一冊書けるのではないかと思うのは、素人考えでしょうか。そして、もっと違った「かたち」の筆で、事実が紹介されていたらどうだったろう?とも思ってみるのです。
 
 お友達と出会うことがなかったら、手に取ることもなかった本かもしれません。そして、そのお友達を紹介してくれたお友達が居なければ・・・・。そのまた、その・・・。

☆写真は、英国コッツウォルズ バーンズリーハウス 羊が抱き合う噴水。

**NEWS2013年8月12日夜10時に、NHK総合テレビで、お友達のお父様の残した資料をもとに作成されたドキュメンタリー「知られざる脱出劇~北朝鮮・引き揚げの真実~」50分番組が放映される模様。

PageTop

暑中お見舞い申し上げます

せみしぐれj
 この前、TVで、スキー場のゲレンデを、夏場、百合の花でいっぱいにしている映像が映し出されました。色も数多く、さぞ、いい香りがするだろうと思って見ていたら、「カナ カナ カナ カナ」と蝉の鳴き声!おお、さすが高原。もはやヒグラシ。
 街の住宅地のせいか、夏の終わりにヒグラシを聞かなくなりました。以前の山の家でも、減ってきていました。カナカナカナカナ・・・

 一斉に鳴くクマゼミの大合唱が、夏、真っ盛りとすれば、カナカナカナカナは、ああ夏が終わるという一抹の寂しさ込みの鳴き方です。夕方のツクツクツクツクホーシ ツクツクツク・・・街であまり聞かなくなったミンミンミンミンミーンも、今となっては好きな鳴き方。
 とはいえ、今は真夏。セミセミセミセミセミセミという大合唱。

追記:英国エリザベス女王(一世)関連の話を3日連続で紹介した後、かの国の未来の国王誕生のNEWS。国王でなくともBABY誕生は、嬉しいNEWS。日本なら、蝉しぐれを思い出す出産の日かもしれません。英国なら、その日の記憶は何でしょう?

PageTop

女王エリザベスと寵臣ウォルター・ローリー

           ゴールドワークj
(「エリザベス女王のお針子 2」から続き)
  「エリザベス女王のお針子」を読み終えた後、手にとったのが、ローズマリー・サトクリフの「女王エリザベスと寵臣ウォルター・ローリー上下」(山本史郎訳 原書房)でした。実は、この上下本、売りだしてすぐに手に入れたものの、どうも読みにくく、途中で放ったまま積んでいた本でした。
 
 が、「エリザベス女王のお針子」を読んだ勢いで、こちらも読んでみたら、一気に読んでしまいました。訳がどうも、現代的過ぎて、チューダー朝という時代の雰囲気が感じられず、会話自体が軽妙すぎて、重いテーマまでもずれそうで、積んでいたのです。

 だから、女王のお針子の続きと思いながらページを繰りました。ウォルター・ローリーの青年期から最期までが、妻となったベスの目で語られます。ウォルター・ローリーの波乱万丈な人生、振り回されつつも共に在る妻のベスの話です。また、エリザベス女王は、とても重要な人物とはいえ、タイトルに「エリザベス女王と寵臣ウォルター・ローリー」となるほどではありません。しかも、下巻はエリザベス女王の治世ではなく、そのあとのジェイムズ一世です。 

 原題はThe LADY in WAITING です。ま、この邦題では注目されにくいかもしれませんが、上巻でエリザベス女王は亡くなってしまうし、下巻では、ジェイムズ1世に変わって、ウォルター・ローリーの後ろ盾がなくなったことによる波乱や葛藤という物語の展開を考えると、やっぱりこの邦題は、いただけないと思います。
 それに、サトクリフの歴史小説で味わえる重厚な品の良さが足りないような・・・
 岩波のサトクリフを手掛けた猪熊葉子氏だったら、どう訳されたでしょう。

☆写真は、ゴールドワークといわれる英国刺繍の作業途中。刺繍の作業台が写っています。(撮影:&Co.H)

PageTop

エリザベス女王のお針子 2

      スパンコールj

(「エリザベス女王のお針子1」から続き)
(承前)
 さて、ウォルター・ローリーは実際にオシャレな人だったようです。
 それは、著者覚え書きに≪1617年反逆罪で処刑された。そのときの服装は、サテンの胴着、刺繍をほどこした黒のチョッキ、黒くて光沢のあるタフタの半ズボン(トランクホース)、色つきの絹のタイツ、刺繍入りの帽子・・・そして、黒のベルベットのマント。≫とあります。おしゃれー!黒でまとめるところはシックだし、この場合意味もある。豪華な刺繍が映えるのは、黒だし、黒でも、光る素材、薄い素材、しなやかでたっぷりした素材等、なかなかのセンス。

 ウォルター・ローリー、件のマントのデザインのアイディアは、メアリーのこんな発案でした。
「宮廷に行くころはまだ寒いから、雪の結晶の模様を銀糸で刺繍してもいいんじゃない?胸の赤いコマドリが枝にとまっている図や、赤い実をつけたヒイラギの小枝なんかの冬らしい図柄もいいわよね?で、それぞれの図柄のまわりは、金色のアラベスク模様と銀色のスパンコールで作る渦巻き模様で囲むの。スパンコールは光を受けて、氷みたいにキラキラ光って見えるはずよ。」

 そして、メアリーは、様々な困難に出会いながらも、仕事を進めていきます。
≪・・・メアリーが刺繍したヒイラギの枝に小粒の真珠を縫いつけると、不思議なことに、白い真珠が赤いヒイラギの実のように見えてくる。秋、庭で焚き火をすると、枯れ葉がパチパチとはぜ、樹液が燃える、つんとするにおいがしたものだ。あのときの音やにおいが、今よみがえってくる。     休みなく手を動かして、メアリーはたくさんの貴重な思い出を、ローリーのマントに刺繍していく。少なくともそうしているあいだ、メアリーは幸せに包まれていた。≫

 刺繍をするのを生きがいにするお針子メアリー。それを着こなすウォルター。女王の目に留まらないはずありません。そして、女王自身も、少女の頃、刺繍をしていたと語るのです。

≪姉のメアリーと余は、フランス人アンリ・シャルルから裁縫を学んだ。切りぬき刺繍、ひも細工、ひだ飾りにゴブラン織り、世界各国のさまざまなステッチもな。毎朝、刺繍糸と有名な図案集を脇に置いて、刺繍台にむかったものだ。・・・・幸せな時代であった。今も、刺繍台の前にすわると、そのころが思いだされ、心が休まる・・・≫
(「エリザベス女王と寵臣ウォルター・ローリー」に続く)

☆写真は、スパンコール刺繍作業途中(撮影:&Co.H)

PageTop

エリザベス女王のお針子 1

             お針子j
  「エリザベス女王のお針子―裏切りの麗しきマント」(ケイト・ペニントン 柳井薫訳 徳間書店)

 歴史小説には、フィクションなのに、実在の人物が巧い具合に配置され、歴史という深い世界に引き連り込んでくれるものがあります。
 この若い人向けに書かれた「エリザベス女王のお針子」も、実在のエリザベス女王、その寵臣ウォーター・ローリーだけでなく、主人公の少女、お針子のメアリーまでも、実在しています。
 また、ウォルター・ローリーがオシャレな人で、一時期、エリザベス女王のお気にいりだったのは、史実のようです。
 が、エリザベス女王が歩を進める、その前にあった水たまりに、惜しげもなくウォルター・ローリーはマントを広げ、その上を女王が歩いたことは、ありそうながら、フィクションらしい。
 そして、お針子のメアリー・デヴェローは、実際にエリザベス女王とそのあとのジェームズ1世の腕のいいお針子だったというのも史実。

 これだけのことがそろって、「エリザベス女王のお針子」の骨格はできています。
そして、その設定は、エリザベス女王暗殺計画を知ってしまうお針子の少女の話で、最後まではらはらさせるサスペンス仕立てになっています。大人の、しかも、国の魑魅魍魎が蠢く世界を少女の目で見ているのです。

 また、このお話を深めるのは、そこに出てくる衣装や刺繍や手芸の数々の表現です。訳だけではわからない、刺繍の見本写真や肖像画でもついていれば、読者ももう少しアプローチできるのにと、思います。

≪女王が身につけているものすべてが、その富と贅沢な生活を物語っていた。すばらしい切り抜き刺繍のひだ襟、あざやかな赤い髪を飾る無数の真珠。ドレスのたっぷりした袖は、ルビーをあしらったサテンのリボンで胴着とつながれている。胴着の前見頃は細長いハート型で、ウエストのところで下にむかってとがっている。その胴着全体に金の渦巻き模様の刺繍が施されている。≫

 読者が、美しいもののイメージを自分なりに膨らませるといった点では、挿絵を必要としないのかもしれません。が、やはり、知識の足りないところは、さりげなく助けが欲しいものです。時代も古く、ましてや英国エリザベス一世の時代なのですから。
(「エリザベス女王のお針子2」に続く)

☆写真は、この本を紹介してくれた中学三年(当時)の女の子が描いたものです。メアリーが出窓で刺繍をしています。優しい絵です。(撮影:&Co.Ar. 作品:&Co.Hr.)

PageTop

映画「アンコール」

          マーローグリーンj
25年目の弦楽四重奏」から続き
(承前)
 T.S.エリオットの詩「四つの四重奏」(バーント・ノートン)を初めて読んだ時、私の心に沁み、ある意味、私を支えてくれた一行があります。(第Ⅰ楽章最終)
「人間はあまりに多くの真実には耐えられない」

 T.S.エリオットの詩を引用したのは、映画「25周年の弦楽四重奏」でしたが、もう一本見た、映画「アンコール」(原題:Song for Marion)にも、エリオットの詩につながるものを感じました。ただし、結末の方向が違うけれど。

 映画「25周年の弦楽四重奏」が、プロの音楽家たちの話で、世に知らしめたベートーベンの音楽。片や、映画「アンコール」は、素人の老人合唱団の話で、その選曲もポップで軽い。しかも、二回のソロも、決してプロの歌手というわけには行きません。

 二本の映画はどちらもよかったのですが、結論から言うと、英国映画びいきの私は、「アンコール」の方が映画として好きです。かつての映画「ブラス」「カレンダーガール」「リトルダンサー」等の英国地方都市の人たちの暮らし、労働者階級のささやかな楽しみや哀しみ、それがささやかで大きな喜びにつながって行く英国映画が好きです。もちろん、英国の風景を見たり、お城やマナーハウスの設えを見るのも好きですが、やはり一番は英国人情物です。いつも、ティ-タイムあるし・・・。

 「アンコール」の老人合唱団もみんなでバスに乗って、ロンドンに繰り出します。「ブラス」もそうでした。「リトルダンサー」でも、なけなしのお金でロンドン行きのバスに乗りました。きれいな風景こそ映りませんが、そこに英国を感じることができるのです。

 が、しかし、今からこの「アンコール」を見に行く人には、一言あります。号泣しちゃいます。あまり上手とはいえないけれども、その思いが伝わるマリオンの歌(がんの再発で余命いくばくもありません)。頑固一徹のアーサーの歌。
 うまい歌、いい声だけが、人の心をつかむのではないのがよくわかります。
頑固一徹のアーサーは、その演技も素晴らしく、往年のハンサムスターのいい味を味わえる映画でした。
 
 たくさんの楽しい歌も、最後に流れるセリーヌ・ディオンの歌(Unfinshed Songs)もよかったわ。

*「四つの四重奏」(T.S.エリオット 岩崎宗治訳 岩波文庫)

☆写真は、英国マーロー、ちょっと観光エリアからはずれた普通の集落。

PageTop

25年目の弦楽四重奏

        チッピンカムデン塀の薔薇j

  二日続けて、映画館に涼みに行きました。
 今年になって、老いが絡んだ映画3本目と4本目です。また、ダスティン・ホフマンが監督した「カルテット!人生のオペラハウス」同様、音楽が中心にある二本でした。

  まず、「25年目の弦楽四重奏」(原題 A   LATE  QUARTET)

  ベートーベンが亡くなる前に完成させた弦楽四重奏曲第14番、その全7楽章を途切れることなく演奏するようにベートーベンは言い遺したようなのですが、それは、途中でチューニングすることなく弾き続けることになり、狂って行く音程の中で調和していくという曲なんだそうです。ま、素人にはよくわかりませんが、ともかく、狂う音の中で調和させないといけないという難度の高い曲と、調和が崩れていく人間模様、そんな映画です。

  カルテット人員の不協和音については、昨年、丸谷才一の「持ち重りする薔薇の花」(新潮社)で読んだのを思い出します。
  そりゃそうです。カルテットを組む人たちは、各人、幼い頃から、他の子どもたちより優れた才能を発揮し、高みに到達した人ばかりですから、そのプライドたるや、凡人にはわからない世界だとわかります。そんな4人が、心を合わせ演奏する。それは素晴らしいものなのです。が、演奏に至るまでの、プライドのぶつかり合い、秘めた思い。そんなこんなを映画にしています。

大雪のニューヨークが美しく、哀しい。
セントラルパークを歩く二人。
マンハッタンの街をタクシーに乗る二人。
メトロポリタン美術館のレンブラントの前に立つ二人。
このどれもが、一人のビオラの女性と他の3人の男性です。
そして、若くて有望な娘も加わって・・・
調和が必要なのに、ちょっとした、ずれから 壊れていく。

映画の中で二編の詩が紹介されます。一つは、Ogden Nashの“OLD MEN” 
シビアな内容を、地下鉄の中で小さな女の子が読みます。

もう一つはT.S.エリオット「四つの四重奏」 (岩崎宗治訳 岩波文庫)“バーント・ノートン(Burnt Norton)”からでした。以下、そのほんの一部。
≪現在の時間と過去の時間は
おそらく共に未来の時間の中に現在し
未来の時間はまた過去の時間の中に含まれる。
あらゆる時間が永遠に現在するとすれば
あらゆる時間は償うことのできないもの。・・・≫
(映画「アンコール」に続く)

☆写真は、英国コッツウォルズ チッピングカムデンの民家 なにゆえ、この文に関係があるか?わかった人は、すごーい。エリオットの「四つの四重奏」“バーント・ノートン(Burnt Norton)”というのは、チッピングカムデン近くにある古いカントリーハウスの名前だそう。

PageTop

ストリートビュー もう一つ

ひまわりj
 先日、子どもたちと共に18年以上住んでいた山の家を検索した際、私自身が生まれてから高校三年の途中まで住んでいたところも見てみました。
 この辺りは、阪神淡路大震災で、火事も激しかったところです。(ちなみに、昨日お昼頃、淡路が震源地の小さな地震があって、ほんの少し揺れました。)

 大震災より何年か前に、一度、前を通った時は、あの古い家のまま、住んでいるのを見て、ちょっとビックリしました。戦後の安っぽい木造でしたから、売った時点で、立て替えるんだろうと思っていました。
 今度は、もちろん、まったく違う家が立っていました。地震の後、すぐ立て直したのかもしれません。平屋でしたから。地震で倒壊後、2階建を立てず、平屋にした家は、結構多く、この家もそうだったのではないかと推測しました。
 周りは、まったく変わっているのに、家が特定できるのは、今も斜め向かいに小さな町のお寺があったからです。その隣には、工務店。ただし、こちらは、表札こそ、そのおうちのものでしたが、マンションになっていました。
 かつて、真っ正面には、散髪屋さんがあって、ちょっと西にはお好み焼屋さんがありました。そうです。下町。それも、商店街を抜けてすぐの便利な通りでした。

 商店街はどうなっているか?…今は、まったくお店がなく、せいぜい、美容院とかクリーニング代理店。みんな普通の住宅やマンションになっていました。

 本通りの一番端、角になったところは、文房具屋さんでした。小さい店で「カドヤ」。そのままの名前。その隣が、うちの家族と懇意にしてくれていた薬局屋さん。そのとなりの中華そば屋さん、その向こうには、八百屋さんがあって、その奥の屋根のある筋には、小さなお店が並んでいました。そうそう、鶏の肉もさばいていました。魚屋さんもありました。一番端は、駄菓子屋さん。そこから、道の反対側にでました。
 本通りの東には、大きいお菓子屋さんにおいしいコロッケの肉屋さん。その隣は同級生のいた洗い張り屋さん。その向かいには、同級生のいた卸のお菓子やさん。その西隣は、仲のよかった子のいたパン屋さん。そして、もっと西に戻るとうどん屋さんがあって、さっきの薬局の前の貸本屋さん。ああ、ここの漫画や雑誌で、大きくなった様な気がします。そして、そこを南に曲がると、友だちの牛乳屋さんがあるはず・・・ない。量販店の大きな駐車場になっていました。
 こんなに変わってしまったのは、あの地震のあとなのでしょうか。どの家も、同じくらいの築年数のように見えました。

PageTop

夏の散歩 '13

アメリカ芙蓉赤j
時間を早めて、マンションを出る。
帽子に、日よけのスカーフ。日焼け止めも塗った。
カメラは忘れない。

海に近くなる。
すると、湿気が・・・身体も温かくなっている。
花も減り・・・濃すぎる緑。

抜け殻を見つける。
鳥に近づく。
カニに出会える。
大きな花が咲いている。
腰をかがめて、小さな花。
木々の上にも、たくさんの小さな花。
かもさんふうふjカニj白粉花j
☆写真は、どれも比べるものがないので、大きさが良く分からない。上から大きく咲いたアメリカ芙蓉(の類)。怖いくらい近づいて撮ったカモさん夫婦。遊歩道から最大ズームで撮ったカニさん。面白いことに、一つの岩に一匹ずつ。一番下は、ミックスカラーのおしろい花。一番上の大きい花も一番下の小さい花も、どれも一日花。

PageTop

梅雨入りと梅雨明け

抜け殻j
 蝉が「セミセミセミ」と一斉に鳴きだしたら、あーあ、夏になった。
今年は梅雨入りも早く、梅雨明けも早く、猛暑続きも早く・・・でも、蝉の合唱は梅雨明けと同時と言うことではなく、梅雨明けより遅れていました。

 気象予報士さんたちの居なかった時代、梅雨入り時に栗の花が落ちることから、「墜栗花」と書いて「ついり」(梅雨入 り)と読んで、梅雨入りの目安を持っていたようです。今年は、山の近くに住む人や、山によく行く人の話では、まだ栗の花が落ちてないのに、梅雨入りしたとか・・・
 栗の花も蝉たちも本当のところを知っているのに、なかなか気象予報士さんたちのように、提示できるデータがないものですから、いつも通りの行動を取るしかないのでしょう。

 ま、ともかくも夏。まだ2カ月は、この暑さ・・・・
 快適な英国の夏を暮らす娘は、蝉の大合唱が懐かしいといいます。どうぞ、どうぞ、できるものなら、熨斗つけて。
///////////////と書いてUPしたら、娘からメール。気温30度で暑いけど、クーラーないから、電車も何でも暑い!とさ。じめじめ感はないものの。

☆写真は、散歩途中の抜け殻。無事に飛んで行ったのですね。下は、エンゼルトランペットの花。これは早朝の写真です。夜にすごい香りで咲いています。 夜に咲くのに、キダチチョウセン「アサガオ」属とは、これいかに?                 
        トランペットj

PageTop

大鴉

                  図書室j
 カラスが「サワ、サワ、サワ」と鳴いているように聞こえたので、女子サッカーが好きなカラスなのかと思っていたら、一緒に居た夫には「アワ、アワ、アワ」としか聞こえないらしい。 翌朝、散歩の途中で見かけたカラスに夫は「昨日のカラスと違う。カワ、カワ、カワと鳴いてる。」

 エドガー・アラン・ポー(1809~1849)の詩に「大鴉 (Raven)」というのがあって、後の人たちに多大な影響を与えたようなのですが、このカラスは「NEVERMORE」と鳴きます。
  この詩は、長編なので、何度も何度も繰り返し「NEVERMORE」と鳴きます。
 また、「NEVERMORE」と鳴く以前にも、詩の中で「for evermore」だとか「nothing more」などと、韻を踏みながら、詩の後半へとつながっていきます。
 それで、この「NEVERMORE」をどう訳しているか?なのですが、どの「NEVERMORE」も、同じ意味合いではなく、どんどん深まっていく感触を出すのが、至難の業かもしれません。ということで、 「対訳ポー詩集」 (加島祥造訳 岩波文庫)では、その「NEVERMORE」の部分は訳されていません。

  ちなみに大鴉 Ravenは、かのジョージ・マクドナルド(1824~1905)「リリス」で、膨大な書物を誇る図書室の司書、あるときは大鴉となるレービン氏(Raven)として登場していました。

☆写真は、夕闇せまるロンドン、ビクトリア&アルバートミュージアムの中庭から、凄いズームで写した図書室?

PageTop

文人悪食

                  シャングリア夕陽j
(「焼麺麭(トースト)」から続き)
(承前)
 嵐光三郎の「文人悪食」には、37人の文人たちの食へのこだわり情報が収集してあります。(以下、引用は、孫引き)
 
 夏目漱石は、胃弱といえども、食べることが大好きだったようで、特に甘いもの・・・で、胃潰瘍と強度の神経衰弱で入退院を繰り返すものの食べることには、執着し続けたようです。そして、好物はアイスクリームとビスケットで、日記に≪粥もうまい。ビスケットも旨い。人間食事の旨いのは幸福である≫

  そして、臨終の様子を次男夏目伸六は、次のように記します。
≪ふと眼を開けた父の最期の言葉は、「何か喰いたい」という、この期に及んで未だに満し得ぬ食欲への切実な願望だったのである。で、早速、医者の計いで一匙の葡萄酒が与えられることになったが、「うまい」 父は最後の望みをこの一匙の葡萄酒の中に味わって、また静かに眼を閉じたのである。≫ 
 
 というちょっとお茶目な漱石の臨終です。それに比べ、森鴎外は、なかなか厳しい臨終だったようです。などなど、「文人悪食」という本、文人たちの食のエピソード満載で、気楽に読めます。他の漱石関連本とずいぶん違いました。ホッ。

「文人悪食」 嵐光三郎 新潮文庫

☆写真は、夕陽の沈む東京都心。

PageTop

焼麺麭(トースト)

      湖水地方朝食j
(「一匹のむく犬の如く」から続き)
 (承前)
 結局、夏目漱石は英国や英国式が大嫌い!と思っていたら、
≪朝食は耳を落とした食パンを、火鉢の上に乗せて自分で焼き、バターをつける≫(夏目伸六『父・漱石とその周辺』)
へぇ~!そうなんだ。

そして、作品の中にも、こんなこと書いています。(『明暗』)
≪やがて好い香(におい)のするトーストと濃いけむりを立てるウーロン茶とがお延の手で用意された。朝飯(あさめし)とも午飯(ひるめし)とも片のつかない、極めて単純な西洋流の食事を済ました後で、津田は独りごとのように云った。・・・・≫

 英国で一番おいしいのが、朝ごはん。あのいい匂いのするトースト。うーん、わかるわかる!
ところが、トーストなんぞ食すのは、明治男の沽券にかかわるのか、同じ作品で、こんなことも言っています。

≪女が皿の上に狐色に焦げたトーストを持って来た。「お延、叔父さんは情けない事になっちまったよ。日本に生れて米の飯が食えないんだから可哀想だろう」糖尿病の叔父は既定の分量以外に澱粉質を摂取する事を主治医から厳禁されてしまったのである。≫

 で、この後、病院食には、こんなことも
≪・・・横倒しに引っ繰り返された牛乳の壜の下に、鶏卵(たまご)の殻が一つ、その重みで押し潰されている傍に、歯痕(はがた)のついた焼麺麭(トースト)が食欠(くいかけ)のまま投げ出されてあった。しかもほかにまだ一枚手をつけないのが、綺麗に皿の上に載っていた。玉子もまだ一つ残っていた。≫

 えっ!?牛乳に、パンが複数、卵も複数!しっかりした朝ご飯です。実際、 「倫敦消息」の中で、自らのロンドンの朝食を、「オートミール。ベーコンが一片に玉子一つまたは二片。焼きパン二片茶一杯」と書いています。しかも、オートミールは麦のお粥のようで好物だと書いています。ふむふむ。

 漱石の文学って、絵画からもアプローチできるし、もしかして、食べものからも近づける?
(「文人悪食」に続く)

☆写真は、英国湖水地方 イースワイク荘朝食(撮影:&Co. I)

PageTop

一匹のむく犬の如く

リージェントストリートj
 夏目漱石「文学論」の序に「倫敦に住み暮らしたる二年は尤も不愉快の二年なり。余は英国紳士の間にあって狼群に伍する一匹のむく犬の如く、あはれなる生活を営みたり。」とあります。
 あんなに美術館に通い、観劇もし、英国の美術誌を生涯購読し続け、自転車まで練習したのに「尤も不愉快」って・・・かわいさ余って憎さ百倍?
 と思っていたら、こんなことも書いています。
≪この国(英国)の文学美術がいかに盛大で、その盛大な文学美術が如何に国民の品性に感化を及ぼしつつあるか、この国の物質的開化がどの位進歩してその進歩の裏面には如何なる潮流が横わりつつあるか、・・・・いろいろ目につくと同時にいろいろ癪に障る事が持ち上がって来る。時には英吉利がいやになって早く日本に帰りたくなる。するとまた日本のありさまが目に浮かんでたのもしくない情けないような心持になる。≫( 「倫敦消息」 )

 素直に「イギリスびいき」って言っちゃえば、気が楽になるのに、文豪も大変ですねぇ。と複雑な明治男の心を思うのですが、実は、漱石自身、帰国後は、トーストにバターを塗って朝食にしていたらしい。
(「焼麺麭(トースト)」に続く)

☆写真は、ロンドン リージェントストリートを見る(撮影:&CO.T) 

PageTop

夢十夜 

ロセッティ百合j
≪こんな夢を見た。≫・・・・・で始まる夏目漱石の「夢十夜」は、長男が中学で習うまで読んだことがありませんでした。
「お母さんの好きなイギリスの絵みたいな話やねん。いっぺん読んでみ。」

 確かに、第一夜の最後のところは、当時、はまっていたラファエル前派のダンテ・ガブリエル・ロセッティの「マリアの少女時代」や「受胎告知」の白い百合が思い浮かびます。
 花や鳥の持つ象徴的な意味合いを絵画の中に織り込み何かを物語る絵。先のジョン・エヴァレット・ミレイの「オフィーリア」にも、数々の花が描かれ、それぞれが何か意味を持つとされています。ラファエル前派の絵は、好きな絵というわけではないのに、また見てしまう・・・というのは、その絵の中に「物語られている」ものを読みとろとする鑑賞方法なのかもしれません。

 「夏目漱石の美術世界展」には、「夢十夜」の第十夜に関連して「ガダラの豚の奇跡」(ブルトン・リヴィエアー画)という絵が来ていて、ロセッティの「マリアの少女時代」や「受胎告知」は来ていませんでした。もちろん、漱石の描く第一夜のテーマとロセッティの絵画の関連性が見出されないからでしょう。が、しかし、当時、中学生だった長男は、漱石がラファエル前派の絵画に影響を受けていたとはしらず、母に教えてくれたようでした。

≪・・・すると石の下から斜(はす)に自分の方へ向いて青い茎が伸びて来た。見る間に長くなってちょうど自分の胸のあたりまで来て留まった。と思うと、すらりと揺ぐ茎の頂(いただき)に、心持首を傾けていた細長い一輪の蕾が、ふっくらと弁(はなびら)を開いた。真白な百合が鼻の先で骨に徹える(こたえる)ほど匂った。そこへ遥(はるか)の上から、ぽたりと露が落ちたので、花は自分の重みでふらふらと動いた。自分は首を前へ出して冷たい露の滴る(したたる)、白い花弁(はなびら)に接吻した。自分が百合から顔を話す拍子に思わず、遠い空を見たら、暁(あかつき)の星がたった一つ瞬いて(またたいて)いた。「百年はもう来ていたんだな」とこの時始めて気がついた。≫

☆写真右と中央は「マリアの少女時代」すくっと伸びた百合が見えますか?写真左は、「受胎告知」どれも、ダンテ・ガブリエル・ロセッティ。

PageTop

ぞうのホートンたまごをかえす

             小鳥j
 梅雨明けした早朝、まだ暗い頃、小鳥の鳴き声がします。
「ちっちっち」?「しっしっし」?「つっつっつ」?時折休みながらも、結構、長い時間鳴いています。
明るくなってきたら聞こえなくなっていたというか、また寝てしまったというか・・・
 あとで調べたら、多分、シジュウカラの巣立ちの時の声らしい。現に、小学生の登校前の時間、ツピツピ、ツツピーツツピーと、シジュウカラ(親鳥?)が鳴いておいででした。

 が、しかし、まさか、実は、シジュウカラの赤ちゃんを象が育てていて、巣立つ頃になって、「ツツピー、わたしのよ」とばかりに親鳥が戻ってきたんじゃないでしょうね?
 この辺りで象を見たことないし、シジュウカラは、なまけどりのメイジーとは違うから、ぞうのホートン似のシジュウカラが飛んでいることもないでしょう。たぶん。
「ぞうのホートン たまごをかえす」 (ドクター・スース作 しらきしげる訳 偕成社)

☆写真は、散歩途中で見かけた、見るからに巣立ったばかりの小鳥(シジュウカラ?)。もっと近づけそうでしたが、驚かしたら、落っこちそうで、そっと離れました。

PageTop

浮舟とオフィーリア

                           公園あずまや蓮jj
 (「宿木」から続き)
(承前)
 さて、源氏物語四十九帖「宿木」での、薫の君と、忘れられない人(大君)の異母妹(浮舟)の出会いが、宇治十帖の後半の中心となり、またもや、忘れられない人の妹(中の君)の子どもの父親(匂宮)も、出てきます。そして、話はより一層、混沌として・・・

 生真面目で優柔不断な薫の君と、浮舟の入水?の流れは、シェイクスピアのハムレットとオフィーリアを思い出します。が、日本と英国の死生観の違いなのか、オフィーリアの入水の絵はミレイなどに描かれましたが、浮舟のはどうなのでしょう?もっとも、未遂に終わるわけだし、実際に入水があったかどうか不明な点を残しているので、絵にする必要もないけれど。
 それとも、十二単じゃ、重すぎて、未遂に終わらない?それとも、どっちに流れているかわからないようなテムズ上流とは違って、宇治川は水量の多い急流なので、初めから入水は無理だった?

 宇治川は「憂し(うし)」川につながるし、浮舟と出会う前に彼女のことを川に流してしまう「人形(ひとがた)」と言ったのも不吉だと、薫の君は思い悩みます。そして、源氏物語五十二帖「蜻蛉」でも宿木を歌います。
≪われもまたうきふるさとをあれはてばたれ宿木の陰をしのばん≫
(私がこのつらい思い出のある故郷を離れてしまったら、一体誰がここの宿を思い出すだろうか。)

とはいうもの、
蓮の花の盛りに、中宮主催の集まりで、薫の君は、女一の宮と出会うのでありました。はぁ・・・

☆写真は、近くの公園。

PageTop

宿木

         ヤドリギ夏j

 ん、もう!ま、色々あったのはわかるけど、「ヤドリギの写真を送って」とクリスマス前から頼んでいたのに、今頃、木陰に生えるヤドリギの写真ありがとう。(写真中央上方、二つの緑の濃い円形部分)
 この前の「金枝篇3」のときに使いたかったヤドリギの写真。あのときは、白松の写真にして、今回、宇治十帖「宿木」と、このヤドリギの写真、ぴったりやわ・・・・・(撮影:&Co.H)

 宇治十帖は源氏物語の一番後ろ、十帖の話で、舞台が宇治、主人公が光源氏から薫の君に変わっています。この薫の君、すぐ所在がばれてしまうくらい、どこにいてもそのいい匂いが薫っている。ふーむ、くんくんくん。

 さて、源氏物語四十九帖「宿木」。
 「宿木」で重要なのは、薫の君が忘れられない人(故人)、忘れられない人の妹、忘れられない人の妹の子どもの父親、忘れられない人の妹の子どもの父親の新妻、忘れられない人の異母妹、そして、帝の娘の新妻・・・ま、複雑に入り組んだ世界です。

 「金枝篇」のヤドリギは、その不思議な生命力がヤドリギの真髄として捉えられていました。日本では、宿り木、宿木、寄生木(やどりぎ)で、樹の生命力に着目するより、「宿」という漢字を当てた宿木から、つかのまの寝床のような意味合いを、源氏物語では持たせています。

 薫の君が
≪やどり木と思ひ出でずば木(こ)のもとの旅寝もいかにさびしからまし≫
(むかし、ここに泊った思い出がなかったなら、木の下の宿に寝るのはどんなにさびしかろう)
 それに応えて弁の尼が、
≪荒れ果つる朽木(くちき)のもとをやどりぎと思ひおきけるほどの悲しさ≫
(こんな荒れ果てた朽木のような住まいを、むかし泊ったところと覚えておいでになる心遣いが悲しいことです。)
(「浮舟とオフィーリア」に続く)

**ちなみに、西洋のヤドリギ(Mistletoe)の花ことばは、愛情、艱難の克服、君臨、迷信とありました。参照:英米文学植物民俗誌(加藤憲市著 富山房)

PageTop

ストリート・ビュー

           バラアーチ外j
 英国に居る娘とは、ほとんど毎週スカイプをし、隣の部屋で喋っているかのようなつもりでいます。先日、娘がいいました。
「前に住んでた家、ストリートビューで見たら、バラが全部なかったよ。私の部屋には、すだれ、かかってる。西日がきついけど、すだれはいややわ。すだれがかかっていいのは、本の部屋だけ・・・本の部屋には、ずっと居たからね。あの部屋に寝そべって、すだれの向こうを見たら、ありえへんくらい近くに山が迫ってたでしょう。」

 以前、住んでいた家は、山の緑の斜面が近くに見え、ひんやりしていました。本の部屋というのは、窓以外は本棚だった6畳の和室のことです。

 そうなんだ・・・バラ もうないんや・・・
 ストリートビュー見てみました。
 アーチに絡ませていたピンクのスパニッシュビューティも一切なく、壁につたわせていた赤いつるバラ ドルトムントもありそうもありません。反対側にあったノウゼンカズラも見えません。一つの花も見えませんでした。きれいさっぱり。
 あれ全部、ひっこ抜くのは、大変だったでしょうね・・・・・

PageTop

オフィーリア

            オフィーリアj
 
 シェイクスピア「ハムレット」のオフィーリアの絵を並べてみました。左が、夏目漱石お気に入りの画家ウォーターハウスの描くオフィーリア。まん中が、アーサー・ヒューズの描くオフィーリア。そして、右端が漱石がロンドンで見たと言われるジョン・エヴァレット・ミレイの描くオフィーリア。
 左とまん中の二枚は、オフィーリアが入水する前、錯乱している時を描いているのでしょうか。片や、歌っているように見えるし、片や、水面に微笑みかけています。そして、3枚に共通しているのは、花がたくさん描かれていることです。この頃の英国絵画は描かれている花等がそれぞれ、象徴的な意味を持ち、「物語る絵」としての一面もあるので、その意味をたどるのも興味深い。

 そして、「草枕」の主人公の画家が、写生帖をあけ、花嫁の顔を描こうと思案する場面で、ミレイの水に浮かぶオフィーリアが登場。
≪・・・ミレーのかいた、オフェリヤの面影が忽然と出て来て、高島田の下へすぽりとはまった。これは駄目だと、折角の図面を早速取り崩す。衣装も髪も馬も桜も一瞬間に心の道具立てから奇麗に立ち退いたが、オフェリヤの合掌して水の上を流れて行く姿だけは、朦朧と胸の底に残って、棕櫚箒で烟(けむり)を払う様に、さっぱりしなかった。・・・・・≫ 

 ただし、今回の「夏目漱石の美術世界展」に、この絵は来ていませんでした。(2014年1月~3月「ラファエル前派展」として、東京六本木森アーツセンターギャラリーに来るらしい。)

 なお、この「草枕」の挿絵を後世の日本画の画家が共作した作品は、「夏目漱石の美術世界展」に展示されていました。特に、「水の上のオフェリア」、これは、ミレイのオフィーリアとかなりかけ離れているような気がします。
 ミレイのオフィーリアには、彼女の周りに花花が、そしてコマドリまでも描かれていて、死に向かう彼女と共にあるのがわかるのに、「水の上のオフェリア」は、何もない水面を女の人がただ浮いている。死生観の違いか。うーん、ちょっと・・・・

PageTop

リリス

         アゲハ来たj
(「幻影の盾」から続き)
(承前)
 とはいえ、「リリス」という女性が何物かをよく知りませんでした。すると、メソポタミア時代からの夜の魔女だとか、ヘブライ文学に登場したりだとか、随分、古い人でした。また、アダムの一人目の奥さんとも言われ、なんともはや、筋金入りの魔性の女。

 そんな土台があって、ジョージ・マクドナルドの「リリス」の不思議な世界も描かれます。
この「リリス」は変幻自在、ともかく、ファンタジーの極みとも言える、ストーリー展開です。トールキンやルイスなどに影響を与えたのも納得できます。かつて、マクドナルドの「北風のうしろの国」*が面白かったので、勢いで、この「リリス」も購入したのが20年くらい前!・・で、ついていけず本棚の片隅に眠っていたのを今回、引っ張り出しました。

 「リリス」というタイトルから、いつ「リリス」が出てくるん?と思いながら読むも、主人公は、おぼっちゃま育ちだった「わたし」だし、「リリス」という実体の登場は結構後半だし(実際には、リリスとわからないまま出てきます)、最後もようわからんし(最後の章題が「終りのない終末」!)。
 と、ストーリーの展開について行くのがしんどいものの、場面場面の表現は美しく、またとても深い。哲学的とも言えます。
≪いまになって初めて、孤独という言葉の意味がわかった・・・・・(中略)・・・・人間は、卑しい物質の組み立てと霊的な構成を土台として、そこから生まれ、そこに立っているのだ。だからまわりの環境はかれの生命を慰めたり豊かにしてくれたりはしない。他人の魂が与えてくれるものに比べたら、はるかに卑俗だ。人間は、他人の魂の中ではじめて息をすることができる。他人の魂の反応をまって初めて、人はその長所を伸ばし、その思考を高め、自分を他人と区別させる個性を育てることができる・・・・・≫
(「オフィーリア」に続く)

*「リリス」(ジョージ・マクドナルド著 エリナー・ヴェレ・ボイル画 荒俣宏訳 ちくま文庫)
*「北風のうしろの国」(ジョージ・マクドナルド著 アーサー・ヒューズ絵 中村妙子 ハヤカワ文庫)
☆写真は、蝶に変身したミミズ(というのが、「リリス」に出てくる)

PageTop

幻影の盾(まぼろしのたて)

       リリスj
(「シャルロット姫」から続き)
(承前)
 夏目漱石の「薤露行(かいろこう)」「幻影の盾(まぼろしのたて)」は、どちらもアーサー王伝説を基に書かれた作品ですが、「薤露行」の冒頭は、批判的精神に満ちた自信満々の冒頭なのに、この「幻影の盾」は打ってかわって、謙虚な書きだし。(どちらも1905年)
≪・・・浅学にて古代騎士の状況に通ぜず、従って叙事妥当を欠き、描景真相を失するところ多かろう、読者の誨(おしえ)を待つ。≫

 「夏目漱石の美術世界展」では、ダンテ・ガブリエル・ロセッティの「リリス」(写真、右、図録掲載)が来ていました。ラファエル前派集団の画家たちは、当時、同じモチーフで、何枚か描いていたので、写真中の絵ハガキの「リリス」もあります。バーン・ジョーンズ「いばらひめ」のときも、同じテーマで少々違っていました。

 それで、「リリス」が書かれている漱石の小説は?と解説などを見ましたが、結局「リリス」本体が直接書かれているわけでなく、盾の中央にゴーゴン・メジューサに似た夜叉の顔が鋳出されていて、それがウィリアムの思う長い髪のクララと重なり・・・・・

≪盾の真中(まんなか)が五寸ばかりの円を描いて浮き上る。これには怖ろしき夜叉(やしゃ)の顔が隙間もなく鋳出されている。その顔は長しえに天と地と中間にある人とを呪う。右から盾を見るときは右に向って呪い、左から盾を覗くときは左に向って呪い、正面から盾に対う(むかう)敵には固より(もとより)正面を見て呪う。ある時は盾の裏にかくるる持主をさえ呪いはせぬかと思わるる程怖しい。頭(かしら)の毛は春夏秋冬の風に一度に吹かれた様に残りなく逆立っている。しかもその一本一本の末は丸く平たい蛇の頭なってその裂け目から消えんとしては燃ゆる如き舌を出している。毛と云う毛は悉く蛇で、その蛇は悉く首を擡げて舌を吐いて縺るるのも、捻じ合うのも、攀じあがるのも、にじり出るのも見らるる。五寸の円の内部に獰悪なる夜叉の顔を辛うじて残して、額際から顔の左右を残なく填めて自然(じねん)に円の輪郭を形ちづくっているのはこの毛髪の蛇、蛇の毛髪である。遠き昔しのゴーゴンとはこれであろうかと思わるる位だ。ゴーゴンを見る者は石に化すとは当時の諺であるが、この盾を熟視する者は何人(なんびと)もその諺のあながちならぬを覚るであろう。≫

・・・・というゴーゴン・メジューサの絵(アンソニー・フレデリック・サンドゥズ画)が、写真左端に写っているのですが、目が怖いのでバラで隠しました。   (「リリス」に続く)

PageTop

シャルロット姫

シャルロットj
 (「薤露行(かいろこう)」から続き)
(承前)
 「薤露行(かいろこう)」には、3人の女性が登場します。アーサー王夫人のギネヴィア、
昨日書いたエレーン姫、そして、シャルロット姫。

 キャメロット城に続く流れに浮かぶ小島の塔に、幽閉されたシャルロット姫。鏡を通してのみ外界を知ることができ、毎日、織物を織っていましたが、ある日、退屈し・・・という絵が、右上のウォーターハウスの絵。向こうには鏡があって、外界を写しています。

 ある日、ランスロットの歌声に惹かれ、鏡ではなく、実際に身を乗り出して外の世界を覗いてしまいます。すると、シャルロットは呪われ、織物や糸は散乱しシャルロット姫に巻きつき鏡はひびが入ってしまう。・・・・という絵が、左上のウォーターハウスの絵で、「夏目漱石の美術世界展」に来ていました。また、左下の挿絵は、テニスン詩集の挿絵でホルマン・ハントが描いています。

 それで、塔を下り、小舟を見つけキャメロット城に悲しげな瞳で向かうシャルロット姫の絵が右下のウォーターハウスの絵。

 鏡が割れるところは、アガサ・クリスティにも、「鏡は横にひび割れて」(橋本福夫訳 ハヤカワミステリ文庫)のイメージ源泉ともなっていますが、漱石は、「薤露行(かいろこう)」の中で、鏡がひび割れる箇所をこう表現しました。

≪・・・ぴちりと音がして皓々たる鏡は忽ち真二つに割れる。割れたる面は再びぴちぴちと氷を砕くが如く粉微塵になって室の中に飛ぶ。七巻八巻(ななまきやまき)織りかけたる布帛(きぬ)はふつふつと切れて風なきに鉄片と共に舞い上がる。虹の糸、緑の糸、黄の糸、紫の糸はほつれ、千切れ、解け、もつれて土蜘蛛(つちぐも)の張る網の如くにシャルロットの女の顔に、手に、袖に、長き髪毛(かみげ)にまつわる。・・・・≫
(「幻影の盾」に続く)

PageTop

薤露行(かいろこう)

        ビアズリーj
(「本の隅々まで」から続き)
(承前)
 漱石は、マロリーの「アーサー王物語」の一部とテニスンの国王牧歌という詩のイメージから「薤露行(かいろこう)」という作品を書きます。とはいえ、作品の冒頭、「マロリーが面白いからマロリーを紹介しようと云うのではない。その積りで読まれんことを希望する」とし、「実を云うとマロリーの写したランスロットは或る点に於て車夫の如く、ギネヴィアは車夫の情婦の様な感じがある。この一点だけでも書き直す必要があると思う。」・・・批判的精神に満ちた冒頭です。うーん、ランスロットを車夫と思ったことはないなぁ。

 元の「アーサー王物語」が、詩的な要素より、事件や関係を追って行くことに重きを置いているのに比べ、「薤露行(かいろこう)」は、かなり詩的な表現があり、絵画的なアーサー王物語になっていると思います。

 エレイン姫がランスロットを見染めるシーンでも、マロリーのアーサー王物語では、
≪・・・その時までずっと感嘆のまなざしで、ラーンスロット卿を見つめていた。・・・≫
と、そっけないのに、「薤露行(かいろこう)」はこうです。
≪・・・女は尺に足らぬ紅絹(もみ)の衝立に、花よりも美しき顔を隠す。常に勝る豊頬(ほうきょう)の色は、湧く血潮の疾く流るるか、あざやかなる絹のたすけか。ただ隠しかねたる鬢(びん)の毛の肩に乱れて、頭には白き薔薇を輪に貫ぬきて三輪さしたり。・・・≫
 おお、美しい乙女ではありませんか。

 ところが、漱石のエレーンが言葉を発すると、急に気位の高い貴婦人になってしまいます。
≪・・「紅に人のまことはあれ。耻ずかしの肩袖を、乞われぬに参らする。兜に捲いて勝負せよとの願いなり」・・・・・「女の贈り物を受けぬ君は騎士か」と、エレーンは訴うる如くに下よりランスロットの顔を覗く。・・・≫
 のぞきこんで訴えるところは、可愛いのですが、どうも口調が・・・
 その点、マロリーの方は、「それは、わたしの緋色の肩袖でございます。大きな真珠を縫いつけてございます。」
(「シャルロット姫」に続く)

*「アーサー王物語」 トマス・マロリー著 オーブリー・ビアズリー挿絵 井村君江訳 筑摩書房
*「アーサー王と円卓の騎士」 シドニー・ラニア編 石井正之助訳 N.C.ワイエス画 福音館古典シリーズ
*「薤露行(かいろこう)」は、「倫敦塔・幻影の盾」(新潮社文庫)などに入っています。

☆写真は、筑摩書房「アーサー王物語」Ⅰ~Ⅴ ビアズリーの挿絵やカットが、ふんだんに使われている、とても綺麗な装幀の本です。
本の装幀」の所でも書きましたが、漱石は、このビアズリー挿絵本みたいな本を造りたかったのでしょうね。

PageTop