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みんなみすべくきたすべく

ティシュフツェの物語

東京美術館中庭j
 (「ちびの靴屋」から続き)
(承前)
 シンガー傑作選「不浄の血」*の中には、こんな話も入っています。

「おれは悪魔だ。そのおれさまが言うんだから嘘じゃない。もうこの世に悪魔は存在しないのだ。今や人間が悪魔そのものなんだから、悪魔の出る幕じゃない。相手がやる気満々でいるのに、今さら何のためにそそのかす必要があるだろう?・・・・物語本なんて、アヒルの乳をまぜた離乳食みたいなものだが、ユダヤの文字を軽視してはならない。何と書いてあるかだって?文字はひとを利口にする だ。・・・・」
 で、始まる「ティシュフツェの物語」は、悪魔と人間のラビとのかけひきの話です。そこには、ユダヤの文字への想い・敬意が満ちています。
 
 お話の最後は「・・・おれは赤んぼが乳を求めるように文字を舐めまわし、文字だけが命だと考える。単語の数を数え、語呂あわせにふけりながら、海千山千の物語をそこに読みこんでいく。・・・・・・・そうだとも、ひとつでもユダヤの言葉が残っているかぎり、おれは生きながらえる。紙魚の野郎が最後の1ページを喰らい尽くすまで、遊ぶのに困ったりはしない。あとは野となれ山となれだ。そのときは口をつぐもう。もしもユダヤの文字がこの世から消えたら、そのときはユダヤの悪魔もこの世からおさらばだ。。。。」

 イディッシュ語で話を紡ぎ続けたシンガーは、そのノーベル賞受賞講演の中でイディッシュ語の特質を「故郷喪失者の言語」であり、「国土も国境も持たず、いかなる政府の支援もなく、武器や弾丸や軍事演習や作戦をあらわす言語もない」、「異教徒からも同化解放ユダヤ人からもさげすまれた言語」だと述べました。(「不浄の血」解題より)

 そして、もうひとつのイディッシュ文学「牛乳屋テヴィエ」(ショレム・アレイヘム 西成彦訳 岩波文庫:「屋根の上のバイオリン弾き」の原作)の作者は、ウクライナのユダヤ人で、シンガーはポーランドのユダヤ人。イディッシュ語もまた少々違うらしい。ふーむ。

 わかるのは、ユダヤ人が第二次世界大戦だけでなく、もっとずっと以前から、流浪してきた歴史。
 1904年ポーランド生まれのアイザック・B・シンガーが、1935年にアメリカに移り住んだ事実。

 ノーベル文学賞が、時として人種や地域の偏りを加味することがあると囁かれる中、お話作りの名手ナフタリ アイザック・B・シンガーの受賞(1978年)は、当然のことだったと思います。        
(「みんな鵞鳥の足をしている」に続く)

*「不浄の血」(アイザック・バシェヴィス・シンガー傑作選  西成彦訳 河出書房新社)
*「牛乳屋テヴィエ」(ショレム・アレイヘム 西成彦訳 岩波文庫)

☆写真は、東京都美術館中庭。

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