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みんなみすべくきたすべく

最高の書き手

              ヒドコットマナー噴水j
(「清水をふつふつと」から続き)
(承前)
『デ・ラ・メアは、今世紀前半の英国抒情詩(とりわけ児童向け)の最高の書き手である。』とL・クラークは「デ・ラ・メア論」で言います。そして、この「デ・ラ・メア論」では、L.クラーク以外の人が論じた文等を引用することによって、デ・ラ・メアが、いかにして最高の書き手となったのかにアプローチしていきます。

 まず、エリノア・ファージョンが、デ・ラ・メアと二人で児童図書館を訪ねたときのことを書いています。デ・ラ・メアが自作詩を朗読、彼女自身は自作の童謡を歌うために、出掛けています。ここでわかるのは、デ・ラ・メアも、誘われたファージョンも、生きた子ども前で詩を披露しているという事実です。机上の詩人ではなく、子どもたちと詩を分かち合っていたのです。

 また、『タイムズ文芸付録』批評家の「子どもと詩」というエッセーも紹介しています。≪デ・ラ・メア氏の詩は、音楽的リズムに豊かで風変わりな空想が相俟って、彼ら(子どもたちのこと)を魔法にかけてしまう。その特質のうちで、もっとも重要なのはおそらく音楽的リズムだろう。デ・ラ・メア氏ほど微妙かつ巧みな韻律に精通している人はいない。韻律は優美な母音の旋律をかもしだし、そこに使われている言葉の半分も分からぬような子どもの耳をも魅了する。≫
 ここでは、詩は、声に出してこそ、伝わるというのがよくわかります。特に子どもには、「耳を魅了する」という要素が大切なことだというのは、日々、絵本やお話を子どもたちに読んでいる大人なら、理解できることです。

 そして、デ・ラ・メア自身の言葉≪じっさい詩は、人間がつくったもののうちで最高にすばらしいだけでなく、最高に不思議なものである。歳月が経ったからといって魅力が減ずるものではなく、何度読んだからといって、計り知れない多様性が薄れるわけでもないが、ひたすら記憶されるかどうかにかかっている。・・・・・・・・・・・(中略)・・・・・・・ただ子どもたちのなかに入って、静かに見ていればよい・・・・≫
☆写真は、英国コッツウォルズ ヒドコットマナーの庭園

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