みんなみすべくきたすべく

先達はあらまほしきことなり

藤棚j

 先日、京都 細見美術館の「しむらのいろ KYOTO」という染色家 志村ふくみ、志村洋子 母子の染色作品展(~2013年5月6日)に行きましたら、なんと、作家ご本人の志村洋子さんがいらして、染色教室(講座)の生徒さんたちに、作品の説明をされているのに、遭遇しました。美術館に足を踏み入れてすぐでしたから、初めから終わりまで、解説をお聞きしたわけです。作者 御自ら、先達!これは、なかなかないチャンスです。作品を鑑賞するだけでなく、その精神的な背景やご苦労も伺えて、有意義なひとときでした。

 植物染料から生まれる色の深さは、見ているものの安らぎにも通じます。藍、アカネ、蘇芳(スオウ)、紅花、紫根、刈安、クチナシ、タマネギ、カラスノエンドウ・・・・
 カラスノエンドウ!おままごとのお豆として活躍する、雑草としてはびこってくれる、あのカラスのエンドウ!・・・きれいな薄緑。
 クチナシの黄色は品がいいし、藍は、やっぱり奥が深い・・・
 そして、薄紅の優しい色は、蘇芳やアカネでなく、紅花で染めるらしく、90歳が近い作家志村ふくみさん(1924年生まれ)は、年々、可愛い系の紅花で染めることが多くなったとのことでした。

 手に入りにくい紫根で染める紫は、移ろいやすい色でもあるらしい。
 移ろいやすい紫・・・思い出すのは、「源氏物語」。
 紫の上、もとはといえば、若紫。
 それに、桐壺、藤壺。
 桐も藤も、花は紫。
 だいたい、作者は、紫式部。

 「源氏物語は、まさしく『紫』の物語である。」と吉岡幸雄が「源氏物語の『色』辞典」の中で言うように、やっぱり、源氏物語の色は、深いなぁ・・・などと思いながら、「古筆」のお稽古に行きますと、その日の源氏物語が「末摘花」!!!   (「赤いはな」に続く)

 *「源氏物語の『色』辞典」 吉岡幸雄著 紫紅社

☆写真は、お散歩コースの公園の藤。かすかに優しい香りがします。(21013年4月29日撮影)

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(花粉症な)小さいおばあちゃん

アザレアj

 夫は、花粉症も、そろそろ終わりかな・・・と、花粉情報をみながら、その日を待ちわびております。

 さて、先日、プールの更衣室での小さいおばあちゃんたち(ちょっと大きいおばあちゃんもいますが)の会話です。
「あらっ!久しぶり!どうしてたん?」
「花粉症が、うっとうしくてねぇ。もう何年も、この時期嫌なのよ。何の花粉かしらね。死ぬまでダメかもしれない。」
「あらぁ、△△さんは、治ったみたいよ」
「え?そうなの?どうして?」
「ご主人が亡くなったら、途端に元気になりはってね」
                       ・・・・・・・・・・・・・・何がアレルゲンやったん?

☆写真は、英国で写した西洋つつじの一種。

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(泳げた)小さいおばあちゃん

       ウーズ川レガッタ練習j
 いつも行くプールに2月から、新人のおばあちゃんが加わりました。(今の世の中では、おばあちゃんと言い切れるほどの年齢ではなさそうですが、ともかく小学生のお孫さんがいるから、おばあちゃんということでもいいでしょう)
 泳げないので、マンツーマンのクロールのレッスンを2月から週2回受けていらっしゃいました。「カッコよく泳げるようになったら、いいな、と思って」
 3月下旬におみかけした時は、息つぎこそ、出来ていませんでしたが、「様」になっていました。
 そしたら、先日、息つぎも、時々なさってる!時々、水を飲み込み、「ごえっー」とか、言ってました。「すごいですね。もう息つぎですか」「顔はあげてるんだけど、息吸ってるのか、どうかもわからないのよ」
・・・と、先に私がプールを出、帰り支度をしていたら、走って来られて、「25メートル行けたのよ!」
 たった、3か月足らず、すごーい!ぱちぱちぱち。
 先日の「カルテット! 」の映画も「マリーゴールドホテル」の映画もそうですが、歳をとっても、まだまだ、まだまだ。

☆写真は、英国ヘミングォード村 ウーズ川 次の週末に村のレガッタ大会があり、親子の種目もあるようで、練習していました。右手こんもりした木々の向こうに、「グリーン・ノウ」シリーズの舞台となったマナーハウスがあります。
*「グリーン・ノウ」シリーズ(ルーシー・ボストン文 亀井俊介訳 ピーター・ボストン絵  評論社)

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五色八重散椿

散椿jj
 新聞に(日経2013年4月20日夕刊)、先日、見過ごすところだったなどと書いた、京都 地蔵院の五色八重散椿のことが出てました。

 秀吉の頃から樹齢400年を数えた初代の木は枯れたらしいのですが、枝分けした本堂前の二代目も樹齢120年を数えるそうな・・・立派な樹だとお見受けしましたが、返す返すも、ご無礼な事、失礼しました。

 新聞には、この樹の≪散りざまの美しさは芸術家を魅了≫ということで、速水御舟が描いた二曲一双の屏風絵(『名樹散椿』 重要文化財)を掲載していました。これは、今、東京 山種美術館で開催されている「百花繚乱 花言葉・花図鑑」(~2013年6月2日)のポスターにもなっています。

 花から美術に繋がるし、美術から文学に繋がるし、文学から花に繋がるし・・・ふっふっふっ、まだまだ、楽しみは増えるばかり。

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「カルテット!人生のオペラハウス」

     オペラ座階段上j
 この前見た、映画「マリーゴールドホテルで会いましょう」は、イギリスからインドに、老後移り住む話でした。今度の映画「カルテット!人生のオペラハウス」は、引退した音楽家たちが老後を暮らすイギリスのホームでの話です。片や、インドの風景、片や、イギリスの風景。どちらの映画にも、しわも魅力のマギー・スミスが出ています。

 オペラ「椿姫」等の音楽家ヴェルディ生誕200年を記念した映画なのですが、俳優のダスティン・ホフマンが初監督の映画です。ダスティン・ホフマンは、昔、ジャズ・ピアニストになるのが夢だったと言うくらい、音楽への思い入れがあり、それが映画の背骨となって、いい映画になっています。老いのペーソスとユーモア。人生讃歌。まさに映画のスタートから流れる、そしてエンディングでも流れる、ヴェルディの椿姫「乾杯」、そのものの映画でした。

 主役の4人の俳優・女優さんたちの演技もさることながら、この映画を深みあるものにしたのは、ホームの他の住民が、本物の音楽家、しかも名だたる音楽家たち(らしい)。だから、何気ない練習風景も、楽しそうで、本物が伝わってきます。そして、最後、資金集めのために開かれたコンサートで、本物たちが披露する、歌や演奏。ぞくぞくしました。特に、撮影当時75歳だったギネス・ジョーンズと言うソプラノ歌手が歌ったトスカ「歌に生き、恋に生き」は、感動的。美しく誇り高い彼女の演技は、存在感があって、一つのことを成した人の底知れない力を感じました。クラシックだけでなく、軽く楽々と歌っていた往年のポップス(?)の「Are You Havin Any Fun?」もよかったし、ラップで語る黒人青年のやりとりも素敵だったし、老いも若きも、なんやかやあっても、生きることはちょっといいかもと、思わせてくれる映画でした。

 うーん、それにしても、素晴らしいロケーションにあるホーム。英国バッキンガムシャー タプローにあるHEDSOR HOUSE。現在は、結婚式場やパーティ会場などに使われる建物で、クリブデン宮殿に近く、テムズを見降ろす丘の上にあります。

☆写真は、パリ オペラ座 正面階段上

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なにが そんなに うれしいんだい?

スイス樹木j
  マリー・ホール・エッツの絵本「もりのなか」「またもりへ」は、3人の子どもたちと繰り返し楽しみました。
 白黒の絵で、地味な作りですから、書店で売れ筋という絵本ではないでしょう。けれども、誰か大人が、字の読めない(=文の読めない)小さな子どもたちと一緒に楽しむなら、この柔らかく温かい世界へ、入って行けることと思います。

  ぼくは紙の帽子をかぶり、ラッパを持って・・・森に入っていく・・・という儀式を、何度したことでしょう。森に入らなくても、お城の中であっても、紙の帽子でなくても、毛糸の帽子であっても、ラッパでなくても、ただの枝切れであっても、子どもたちは、いろんな世界に入って行きました。想像の世界で、ぶつぶつ喋り、想像の世界で、いろんな者になりきっていました。子どもたちもみな成人となった今、ふと、思い出す遠く懐かしい風景です。

 子どもたちと毎日 絵本や児童文学を楽しんできたのは、母親の特権でしたが、先日、私と娘が、大笑いしていたら、夫が部屋に入ってきて、「なにが、そんなに うれしいんだい?なにが、そんなに おかしいのさ、え?お父さんだって、ほかに なにもできなくても いいから、おまえのように わらってみたいよ」と、言いました。これは、「また もりへ」の最後のお父さんの言葉です。うちのお父さんも楽しんでいたんだ。

「もりのなか」「またもりへ」(マリー・ホール・エッツ作 まさきるりこ訳 福音館)

☆写真は、スイス (撮影*&Co.A)

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それにしても、

イギリス桜j
 今年の春、戸外で撮った写真は、どれもこれも白い空。か、せいぜい薄空色。
 曇りの日にでかけたのではなく、雨が今にも降りそうなときに撮ったのでもないのに、青空がほとんど写っていません。やっぱり・・・・

 が、しかし、英国からスマホで撮影し添付してくれる写真は、みんな青い空。もちろん、英国の晴れの日の写真のみを送ってくるとはいえ、日本の春の青い空は少なくなっていくばかり。

 ということで、写真は、2013年4月20日ロンドン郊外です。
 こんなに明るい日には、日本人の娘でも、西洋人のように肌を露出し、日に当たりたいと言います。
 かの地では、お彼岸頃まで、日が短く、どんより曇った日が続いていたのですからね。(撮影:&Co.H)

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大阪市立美術館

大阪市立美術館j
 「ボストン美術館 日本美術の至宝」が開催されている(~2013年6月16日)大阪 天王寺にある「大阪市立美術館」には、最近、統合や存続や見直しという文言がついて回っています。老朽化というのか、歴史的建造物というのか、よく検討した結果の政治的判断なのでしょうか。(と、書いた後、新聞に「天王寺存続で一致」と言う記事がでました。統合せず東洋古美術中心の美術館として存続するようです。2013年4月19日日経朝刊)

 10年以上も前に、「大阪市立美術館」に足を運んだ人なら、おわかりでしょうが、あの美術館には、行きたくない要素がありました。
 美術館のすぐそばで、繰り広げられていた光景です。文化とは縁遠い公園内住人たちが、明るい内から、飲酒、歌い、踊り・・・音と匂い・・・そして、ゴミ。
 ところが、今は、フェルメールの「青いターバンの少女」が初めて来たとき(2000年)の盛況にちなみ、美術館へのプロムナードは、「フェルメールの小径」と名付けられ、四季折々の木々や花が、すぐそばにありました。天王寺界隈の騒音から離れ、小鳥の声さえ、よく聞こえるのです。

 美術館の裏には、もともとの土地の所有者である旧財閥 住友家の「慶沢園」という庭園まであるではないですか。かつて、美術鑑賞をしたら、一刻も早く、この地から離れたいと思ったので、知らなかった・・・この庭園、池もあるし、池には小島もあるし、茶室はあるし、四阿(あづまや)あるし、築山あるし、飛び石や橋まであるよ!
 他の都市にある美術館と比べ、この周辺自体、まだ、まだ、整備途上に見えます。が、存続が決まった以上、集客する工夫は、もっと必要だと思います。

☆写真上は、大阪市立美術館正面。
 写真下は、日本一背の高いビル(300メートル 地下5階、地上60階)になるらしいあべのハルカスを、大阪市立美術館に隣接する「慶沢園」から望む。
  
                               はるかすj

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なにが そんなに たのしいの?

ボストン美術展j
(承前)
 「ボストン美術館 日本の至宝展」では、仏画も見応えがあったのですが、快慶の「弥勒菩薩立像」は、穏やかな表情の立ち姿で、不信心者の私でさえ、手を合わせそうになり・・・と、思ったら、隣に居た老婦人が、実際に手を合わせ、目礼されておりました。混雑していたら、二重三重に、人の頭があって、こんなことできませんから、そういう意味でも、開館早々に行ってよかった。

 伊藤若冲も2点ありました。
 写真左上「鸚鵡図」は、ガラス越しすれすれ近くで、まじまじと見たら(混雑してたら、できないよ!)、本当にそのレースのような羽根の表現に驚きます。独学で絵を描いていたという若冲の作品には、いつも、何かちょっとした一工夫の画法があるようで、それがまた、ミステリアスで、わくわくします。

 それから、写真下の曽我蕭白「虎渓三笑図屏風」は、見ている者も、思わず口元がほころんでしまいます。楽しそう、この3人。「何が そんなに 楽しいの?」

 他にも、楽しい気分にさせてくれる作品が多い中、特に、写真の右上、伝楊月の「枇杷に栗鼠図」という小品は、どうです?小躍りしているリス、英国ベアトリクス・ポター描くところの「リスのナトキン」*と、よーく似てて、友だちの友だちに会ったような気分でした。

「ボストン美術館 日本の至宝」は、ピゲロー、フェネロサという収集家が中心になって、収集したといいます。目利きでもあるけど、きっと、楽しいことが好きだったに違いありません。

「リスのナトキン」(ベアトリクス・ポター作 石井桃子訳 福音館) 

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雲龍図

雲龍図j
(承前)
「ボストン美術館 日本の至宝」展のポスターにもなっている曽我蕭白の「雲龍図」。
「大きっ!」
 その大きさは想像を超え、その迫力は想像を超え、その大らかさは想像を超えていました。

 今でこそ、この画風が斬新だとかダイナミックだとか言えるものの、当時、この襖絵を受けた寺院自身も大らかだったのだと思います。それこそ、当時のコンテンポラリーアートの理解者。
 ところが、いつしか、この躍動感のある襖絵は、襖から外され、結局、海を渡って、海の向こうで、再度、襖絵になって、今回、拝むことができたというわけで、いつの世も、コンテンポラリーアートは、なかなか日の目を見ない・・・・が、いつの世も、先見の明のある理解者、しかも優れた審美眼のある人は居て、「雲龍図」は生き残ってきたというわけですね。

 「雲龍図」を見たあと、身体が伸び、自由になった気分になりました。
 ありがたい、ありがたい。(「何がそんなに楽しいの?」に続く)

☆写真は、エコバッグに入った図録を買いました。

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海を渡った二大絵巻

吉備囲碁j
 昨年、東京で「ボストン美術館 日本美術の至宝展」が開催されていたときは、ボストン美術館所蔵の「平治物語絵巻」(三条殿夜討巻)公開に併せて、他2つの信西巻、六波羅行幸巻も、別の美術館で同時期に見ることができたようです。羨ましいと、思っても、いまさら仕方ないので、大阪の会期も初めの頃、9時半開館という、すいた時間を狙って大阪市立美術館に行きました。絵巻物を見る時は、混雑が一番の敵なのです。

 平治の乱(1159年)を記録するように描かれた絵巻の一部ですが、焼き討ちの火で、ごった返す様子が生々しく描かれ、迫力があります。興奮して逆走する牛車、それに轢かれた人、井戸の周りに折り重なって犠牲になった人たちや、まだなお、床の下を探す人等など、細かく描かれた絵巻は、そのドラマ性が伝わってきて、見ていて飽きません。

 そして、「海を渡った二大絵巻」と、半ば、自嘲気味に展示されているもう一点は、今回、とても見たかった「吉備大臣入唐絵巻」でした。
 こちらは、記録絵巻と言うより、絵本のルーツとも言える、お話とその挿絵の世界です。
大体、ちょっと都合が悪くなったら、超能力で、空を飛ぶし、試験問題の盗み聞きはするし、囲碁の勝負にいたっては碁石を飲み込んで勝つし・・・ま、鬼を味方につけた時点で勝負はあったのですが、ともかく荒唐無稽で、楽しいのです。囲碁に勝つために、天井の格子を碁盤に見立て、天井を向いて練習するなんていう発想も可笑しいし、飲み込んだ碁を出すために下剤を飲まされた当人はけっろと佇んでいるのに(超能力で碁石は体内に残ったらしい)、その点検を鼻を押さえてする役人たちといったら・・・
 で、昨秋に見た滋賀県立美術館の石山寺縁起絵巻、サントリー美術館のお伽草子でもそうでしたが、絵巻の一番の楽しみは、それぞれの人たちの表情が違うところにあります。ずらっと並んだ人たちでも、「以下同じ」という顔ではなく、みんな違う表情・動きをしているから、生き生きとした「一人」が見えます。画家も、きっと楽しみながら描いたのでは?
 こんな絵巻の楽しみを味わうには、自分で所蔵するか・・・これは、あり得ませんので、研究者になるか・・・これも、あり得ませんので、混雑を避けて鑑賞に出掛けるしかありません。(「雲龍図」に続く)

☆写真は、「ボストン美術館 日本美術の至宝」の図録、「吉備大臣入唐絵巻」囲碁の部分。薔薇は、今年の一番薔薇オフィーリア。

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ロンドンの地下鉄

ベイカーストリート駅j
 大阪に来た「ボストン美術館 日本美術の至宝展」に行こうと思っていたら、ボストンマラソンで、テロが起こりました。建物や地下鉄のような閉鎖的な場所だけでなく、あんな解放的な空間でも起こりうるテロも、許せません。近々、開催されるロンドンマラソンが、無事でありますように。

 20年以上前、英国に初めて行った頃やその後の10年以上、ロンドンの地下鉄の車両や駅に「不審物点検」のためなどで、乗れない路線があったり、通過してしまう駅があったりと、どきどきしたことがありました。車内アナウンスされても、よく聞き取れません。で、地元の人たちが、一斉に降りるんだから、こりゃ、乗っていてはまずいんだろうと思い、乗り替えたり、え!ビクトリア駅通過するの?じゃ、どこで乗り替えるんだ?と、何度か慌てたことがありました。あの頃は、北アイルランド問題が、その中心でしたが、今は、もっと大きな範囲の問題をはらんでいます。
 結局、地下鉄のトラブルがテロ関連だったか何かすら、わからないお上りさんながら、その後も、二の足を踏むことなく、毎年のように渡英しているのは、怖いもの知らずというより、単に英国びいきなだけですかね。

☆写真は、ロンドン 地下鉄ベイカーストリート駅 1863年開業、世界初の地下鉄路線の駅の一つ。この写真は、2008年のものですが、昨年のオリンピックのとき、もう少し、綺麗にしたのかしら?ちなみに、このベイカーストリート駅を出て、すぐのところに、シャーロックホームズの大きな像があります。

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天使の分け前

                          コヴェントガーデンパブj
 ウィスキーなどが樽の中で熟成されていく間に、少しずつ蒸発していく分量のことを「天使の分け前 THE ANGELS' SHARE」というしゃれた言い方をするらしく、英国映画のタイトルにも、なっています。

 スコットランドのグラスゴー、劣悪な環境で荒れていたロビーという不良青年が、テイスティングで、才能を発揮し、未来を見据え、成長していく(熟成していく)ストーリーです。ロビーが、自分の子どもをこわごわ抱くシーンは、感動的です。まだ、腫れぼったい顔で、ぐっすり眠る本物の赤ちゃん。これを天使と言わずに何を天使と言いましょう。赤ちゃんをのぞきこむ若い夫婦の穏やかな表情。天使を授かって、人の親になって行く・・・暗示的なシーンです。

 若者の失業や犯罪や再犯、加害者と被害者など、重いテーマが底に流れているのですが、時に笑いを誘い、時にハラハラする、そして、さりげなく優しい映画でした。

 「天使の分け前 THE ANGELS' SHARE」は、ウィスキーが蒸発する時の言い方とはいえ、SHAREの意味には、分け前や割り当てだけでなく、役割や参加、尽力、貢献といった意味もあります。動詞になると、分かつ、共にする、仲間入りする、という意味も見つかります。つまり、映画のタイトル「天使の分け前 THE ANGELS' SHARE」は、映画の展開、そして、結末と結びつく、深いものです。

 主役に抜擢された青年も、映画と同じような環境で育った青年で、映画は初出演。
 彼が被害者の前で流す悲痛な涙は、心に迫り、初めは、暗くさえない彼が、最後のシーンでは希望溢れるハンサムに見えます。まだまだ熟成中である青年の清々しい笑顔のエンディングでした。
 この俳優(ポール・ブラニガン)にも、映画出演のSHAREがあったのですね。

☆写真は、ロンドン コヴェントガーデン 昼間のパブ。手前の花は、スコットランド国花のアザミ。カラカラ とげとげになったアザミのドライフラワーを、博物館などの椅子に置いて、入場者が座れないようにしているのをよく見かけます。「座るな」と書くよりしゃれているなと思います。(撮影:&Co.H)

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あたしはどうすることもできないんですといわんばかり

                       ミロj
 先日、ルーブル美術館の職員が、暴力的なすり犯らに耐えかねてストライキに入り、一日休館というニュースが流れていました。
 昨年、パリに行ったときも、スリに気をつける準備をして出かけましたが、浮かれた観光客を狙うだけでなく、ルーブルの職員までが嫌な思いをしているのは、どうよ。周りに注意を払わず、リラックスして鑑賞する美術館として、安全な状態での鑑賞は当然のこと。

 さて、突然ですが、今回のストライキのニュースを知ったら、ハイネは、どう思ったでしょう。
 物語(ロマンツェ)詩集と名付けられたハイネの詩集「ロマンツェロ―」の後書きには、こんなことが書かれています。
≪1848年の5月、私が最後に外出した日のことであった。ようやっと私は足をひきずりひきずりルーブルに行った。そして、世にもありがたい美の女神、わが愛するミロの女が臺座の上に立っているあの大廣間に入るや、私は殆ど身もくずれんばかりだった。私は長いことこの女のもとに身を横たえ、石も哭けとばかり、さめざめと泣いた。すると女神もあわれを催し、私を見下したが、だが同時にまたかの女はかの女で、自分には腕がないんですもの、あたしはどうすることもできないんですといわんばかり、情けなさそうな様子だった。≫

「ロマンツェロ― (全二冊)」(ハイネ 井汲越次訳 岩波文庫)

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庭にたねをまこう!

    ハンプトンコート春j
 福音館60周年記念復刊(2013年4月)の中に、「くまのテディ・ロビンソン」「テディロビンソン まほうをつかう」(坪井郁美訳)の2冊が、はいっています。昨年、岩波から続けて刊行された「テディ・ロビンソンのたんじょう日」「ゆうかんなテディ・ロビンソン」「テディ・ロビンソンとサンタクロース」(小宮由訳)と合わせて5冊のテディ・ロビンソンがそろったおかげで、デボラとくまのぬいぐるみテディ・ロビンソンの毎日が、たくさん楽しめます。

 作者のジョーン・G・ロビンソンは、初め、挿絵やカードの仕事をしていたようですが、自分の子どもができると、お話も書くようになったようです。なにしろ、その挿絵は、奇をてらわず、素朴で、可愛い。お話も、身近で、わかりやすい日常が描かれていて、子どもたちが、すっと入りこめる世界です。なにより、お話の中に、いろんな楽しい歌(詩)が入っているのが、また、楽しい。

 そんなジョーン・G・ロビンソンの絵本が、出ました。 「庭にたねをまこう!」です。クリスマスのときの「クリスマスってなあに?」の姉妹版でしょうか。どちらも、優しい絵が溢れています。

≪・・みて!みて!おち葉のしたに、みどりの小さな目が6つ。・・・この6つの芽は、いったいなにになるでしょうか?6つのお花?それとも6本の木?もうちょっと大きくならないと、わかりません。でも、春はかくじつにちかづいています。だからこそ、クロウタドリが、あんなにきもちよさそうにうたっているのです!・・・・・(7ページ後)・・・なん日もかけて、わたしたちはいっしょうけんめい土をたがやしました。おかげで、まえにおち葉のしたにみつけた6つの芽のことを、すっかりわすれていました。みにいってみたら、どうでしょう!なんとそこには、ラッパズイセンが、みごとに花をさかせていたのです!・・・≫

*「くまのテディ・ロビンソン」「テディロビンソン まほうをつかう」(ジョーン・G・ロビンソン作・絵/坪井郁美訳 福音館)
*「テディ・ロビンソンのたんじょう日」「ゆうかんなテディ・ロビンソン」「テディ・ロビンソンとサンタクロース」(ジョーン・G・ロビンソン作・絵 小宮由訳 岩波)
*「庭にたねをまこう!」(ジョーン・G・ロビンソン作・絵 小宮由訳 岩波)
*「クリスマスってなあに?」(ジョーン・G・ロビンソン作・絵 小宮由訳 岩波)

☆写真は、英国ロンドン郊外(撮影:&Co.H)

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コンテンポラリーアート

マンハッタンガラス越しj
(「ハーブ&ドロシー ふたりからの贈りもの」から続き)
(承前)
  Contemporaryはラテン語「時代を共にする(con+tempus 「時間」)」の意。
  ということで、コンテンポラリーアートは、現代のアートのことなのですが、時代は止まらず、先に進むとなれば、今のコンテンポラリーアートは、いつか古典となりゆく・・・

  二作のドキュメンタリー映画「ハーブ&ドロシー」の彼らは、アメリカのコンテンポラリーアート収集家でした。すでに古典になったものや、評価の定まったものを収集するのではなく、素材も題材も豊富な現代のアートを、しかも、部屋に入るものと言う基準があるので、小さなものだけを収集していたわけです。ともすれば、現代アートはわからない、難しい、はっきり言って、単なるメモや子どもの殴り書きなどとの差がわからない・・・という声もある中、彼らは彼らの審美眼で収集していました。

  閑話休題。夫婦の収集家として、有名なのは、このハーブ&ドロシー夫妻のほか、現在、日本で開催されているクラーク・コレクションのクラーク夫妻(東京~2013年5月26日、兵庫2013年6月8日~9月1日)、東北で開催している「若冲がきてくれました」(仙台~2013年5月6日、岩手5月18日~7月15日、福島7月27日~9月23日)のプライス夫妻、あるいは、かつてのパリのジャックマール=アンドレ美術館のジャックマール夫妻。夫婦二人の審美眼が合致するとき、最強のコレクションになるのかもしれません。

  さて、「ハーブ&ドロシー ふたりからの贈り物」の中で、ホノルル美術館の学芸員の話は興味深いです。
 ホノルルでは、小さな子どもたちが参加できるワークショップや絵画発見体験などの工夫、庭でのフラダンスなど、集客に努めています。小さな子どもたちが、館内を「みつけた!」とか「ママ、こっちにあるよ!」等と、楽しそうに、走り回っています。
 それで、学芸員は大筋でこんなことを言うのです。
≪現代アートは、ともすれば、こんな簡単なこと、自分でもできそうなのに、と思える。それは、作品を身近に感じていることなんだと。≫

 確かに、芸術が、人を励ましたり、支えたりすることができると考えるなら、その要素は、凄い!とか、きれい!とか、よかった!等などと同じように、「身近に感じる」親近感という要素もあるのだとわかるのです。子どもたちに「美術には正しい答えはないよ」と解説する元連邦捜査官だった美術館ガイドおじさんの言葉通り、鑑賞者一人ひとりの感じ方は違うのですから。

  最後、一人になったドロシーが、もう収集をやめ、壁の絵も寄贈するとし、壁の絵が取り外されていきます。 そして、壁に最後に残った一枚の絵の画家は、だれあろう、夫ハーブの作品なのです。この夫婦の歩んできた収集の歴史こそが、部屋に入りきれなかったコンテンポラリーアート。

☆写真は、米国ニューヨーク マンハッタン 乗り物ガラス越しの写真。(撮影:&CO.T1)

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揺れました

        ニホンタンポポj
 1995年の阪神淡路大地震のときと同じ早朝、この地域も揺れました。前回は、木造の2階建て、今回はマンションの5階に居ましたが、どーんと来て、建物がみしみし揺れ続けていたのは、同じようでした。なにより、あのときを髣髴とさせるような時刻が、嫌な感じでした。
 あれから、18年経っていても、地球にとっては、なんら大した時間経過じゃないのでしょう。
☆写真は、京都大山崎山荘美術館庭園。ニホンタンポポ。薄紫色に小さく写るのは、オオイヌノフグリと菫。

☆写真下は、先週楽しみにしていた八重桜の並木道。
                                                   紅笠j


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「ハーブ&ドロシー ふたりからの贈りもの」

                  ロウアーマンハッタンj
 ドキュメンタリー映画『ハーブ&ドロシー ふたりからの贈りもの』は、前作『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』の続きです。

 前作は、郵便局員だったハーブと図書館司書だったドロシー、この夫妻が、つつましい給料から、現代アートをコレクションしていく様子が撮影されていました。
 彼らがアートを購入する条件は、お給料で買える値段であることと、小さなアパートに収まるサイズだということでした。彼らの審美眼で買い集めたものは、彼らのアパートの壁を埋め尽くし、床を占領していきます。
 彼らが好きなものを購入していく過程は、結果、なかなか日の目を見ないアーティストたちを発見していく過程でもありました。そして、世間で評価されていく作品たちを売ることなく、美術館に寄贈する・・・というのが前作でした。

 その後、月日が流れ、小柄だった二人はより小柄になりました。片や車椅子、片や曲がった背中で車いすを押す、という姿。
 彼らの寄贈したものは、あまりに数が多いため、アメリカ国内50州の美術館に50ずつ、寄贈作品を送るというプロジェクトが発足し、その各地の展示の様子、美術館に出掛けるハーブ&ドロシー、芸術家たちの想い、学芸員たちの想い、美術館に来た子どもたち、そして、一人になってしまうドロシー・・・が、映し出されます。

 日本では、知名度の低い二人が、現代アメリカ美術界を牽引してきた有名人であるという事実に驚きます。ごちゃごちゃと手狭になったアパートで、今回も彼らは本当に幸せそうでした。(「コンテポラリーアート」に続く)

☆写真は、米国ニューヨーク マンハッタンのダウンタウン(撮影:&Co.T1)

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いい香り!

(承前)
 御室桜は、満開で、人出も多く、カメラも多く、道も混雑し・・・が、やっぱり、行って良かった!!!
 写真には写らない、いい香り。桜にもいい香りが!(桜餅や、桜の葉の塩漬け等のあの匂いじゃないです)エレガントで、さわやかで、控えめないい香り。背の低い桜ならではの、お楽しみ。香りとともに、満開の桜の通路を、歩くだけで、幸せ。少々、人は多いけれど。
 「あなたなのね?いい香りは・・・」と、顔を近づけると、「そうよ」
                   御室桜アップj
仁和寺の庭園は、みつばつつじも満開。濃いピンクが庭のアクセントになって、とても綺麗。みつばつつじj
ついでながら、北野白梅町まで歩いて、ふと、横のお庭を見たら、薔薇が満開!うそー!
「五色八重散椿」とありました。源平咲きどころではなく、大きめの花は、濃い紅、薄い紅、サーモンピンクに白に黄味・・・知らなかっただけで、ここはこの椿で有名な地蔵院でした。見過ごすところでした。少しのことにも、先達はあらまほしきことなり。 
散椿j        
         五色散椿j

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御室桜

         仁和寺j
  徒然草の「仁和寺にある法師」を習ったのは、高校のとき。法師が行ったつもりになった石清水八幡宮は、先日、大山崎美術館から写した写真の右手に写っていた男山。

 さて、その仁和寺に行きました。もちろん、先達(せんだち)と共に。
 ここに来たのは、もうかれこれ40年近く前のこと。この時も、やっぱり桜の頃。ここの桜は、御室桜と呼ばれる遅咲きの桜です。

 で、新聞記事(日経2013年4月7日)に、「御室桜 背丈低いのなぜ―大きくならないワケを探る」
 御室桜j
御室桜は、せいぜい、ちょっと見上げるくらいの背の高さで、目の前で咲いています。これは人の手による、手入れのせいではないらしく、自然のままで、背丈が伸びないらしい。なぜ?その謎を解き明かすべく、プロジェクトを組み、実験検証されています。
 地質調査の結果、地下の粘土層が原因で、「いわゆる大きな鉢に植えられている様な状態で生きていて、根の成長が押さえられているので背が伸びないのではないか」との仮説が立てられ、元の桜と同じDNAを持つクローン苗を、違う場所で植え育て、5年後には,仮説の証明があるのではないかと、記事は結んでいます。

 だとしたら、盆栽の原理と一緒ですね。1646年の仁和寺伽藍再建のときに、植えられたと伝えられる御室桜の謎が、あと、たった5年でわかるかもしれない・・・興味深いです。(続く)

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あひるのジマイマ

             ヒルトップj
 ピーター・ラビットシリーズ*の作者ベアトリクス・ポターの観察眼が鋭いのは、彼女の描いたピーターを初めとする小動物だけではなく、「ピーター・ラビットの野帳」*に描かれたきのこのイラストを見てもよくわかります。

 先日、英国に居る娘が言うのです。
「あひるが、アヒルのジマイマみたいに飛ぶのを見てん。あの絵の通り。首が前に出て、くちばし突きだして、必死に急いでいるように見える。すごいバランス悪いねん。首が長過ぎるねん。だから、ポターは、あんなボンネットかぶせて、すっきりバランス取らせたんやわ。帽子でも被らんと、絵面としてバランス悪い・・。今思い出しても笑える。」

 確かに、アヒルのジマイマ・パドルダックが、飛んでる絵は、印象的でした。今、絵本を広げなくとも、はっきりとその構図が目に浮かびます。いや、待てよ・・・他のシリーズも、ページ毎に思いだせそうです。ピーターもベンジャミンも、トムもサムエルも、そしてアヒルのジマイマにでてきたキツネの紳士も・・・

 それはきっと、ポターの絵が、リアルに本物を描いているからですね。嘘やゴマカシがあったなら、あいまいな部分があって、それが、見る者の心に届かない。

 場所も取らず、朽ちることもなく、一生、瞼の奥に住んでいるジマイマやピーターたち。
 そう、「ずっと、共に在る」のだと思うと、凄くハッピーな気持ちになりました。

「ピーター・ラビットシリーズ」 (ビアトリクス・ポター作 石井桃子・間崎ルリ子訳 福音館)
「ピーター・ラビットの野帳」 (ビアトリクス・ポター絵 アイリーン・ジェイ、メアリー・ノーブル、アン・スチーブンソン・ホッブス文 塩野米松訳  福音館)

☆写真は、英国 湖水地方 ピーター・ラビットたちの世界ヒルトップへ(撮影:&Co.I)
☆撮影の&Co.Iさんから、追伸です。「写真の向こうに見える家は、キャッスルコテージ、ヒルトップから向かい側に見える家で、ポターがウィリアム・ヒーリスと結婚後、亡くなるまで暮らしたおうちです。ポターは、そこからヒルトップに通って、仕事をしたり絵をかいたりされていたそうです。」 

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夜は明けそめた

       グリー・ノウ早朝j
え?これって、♪~モーニング ハズ ブロークン♪~?
 CMのバックに流れるこの曲!
 昔、キャット・スティーヴンスが歌ってヒットした「雨にぬれた朝」。
 雨上がりの爽やかさ、夜が明けた清々しさの伝わるメロディ。

"Morning has broken"作詞は、エリナー・ファージョン。
エリナー・ファージョン伝 夜は明けそめた」という伝記の副タイトルにもなっています。
 信仰に基づく、深い詩のようですが、個人的に好きなのは、詩の始まり、曲の始まり。
Morning has broken,
like the first morning
Blackbird has spoken,
like the first bird
 
 パソコンのファイルに入れたキャット・スティーヴンスの歌声、今、エンドレスで聴きながら、パソコンに向かっています。窓の外に、小鳥の声が聞こえなくとも、少々、陰った朝でも、英国の田舎、小鳥が一斉に鳴き始める爽やかな朝を思い出し、ちょっと幸せな気分になれるのです。

*「エリナー・ファージョン伝 夜は明けそめた」(アナベル・ファージョン著 吉田新一・阿部珠里訳 筑摩書房)

☆写真は、英国 ヘミングフォード村 早朝 朝日の当たった建物は、「グリーン・ノウ シリーズ」(ルーシー・M・ボストン著 ピーター・ボストン絵 亀井俊介訳 評論社)の舞台になったマナーハウス。
 ちなみに、以前「古本 海ねこ」さんに書かせていただいた拙文「子どもの本でバードウォッチング」7回目に早朝の小鳥のさえずりの音声動画と、6回目にピントがずれてはいますが、早朝、歌うブラックバードの写真掲載してもらっています。

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八重の桜は残った

        八重桜j
  嵐も通り過ぎた早朝、風が残る中、散歩に出掛けましたら、ソメイヨシノのほとんどは、予想通りに散っていました。
 ところが、先週は、別人のような顔をしていた、八重桜が、咲き始めていました。来週の散歩が楽しみです。もう一箇所、八重桜並木を見つけているのです。(写真の八重桜は、特に咲いているのを撮りました。他のは、まだ五分咲き。)
「散る桜 残る桜も 散る桜」 (良寛)

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春の嵐 '13

       j柳の新芽
 昨年の春の嵐は4月3日のことでした。桜が満開になる前でした。
 今回は、違う!満開だった。しかも、はらはらと、散り始めている木もあって・・・。
 幕引きは、一気。

  伊勢物語82段で、在原業平だと思われる右の馬の頭(みぎのうまのかみ)が読んだ「世の中にたえて 桜のなかりせば 春の心は のどけからまし」という歌に返して、別の人が読んだ歌が、 「散ればこそ いとど桜はめでたけれ うき世になにか 久しかるべき」 (散ってしまうからこそ、いっそう桜はみごとです。この世の中、永遠なものなどありません。)

☆写真は、京都 円山公園 柳の新芽のカーテン越しの枝垂れ桜。春、柳の新芽にも、心ひかれます。

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ヴラマンク その後の後

大山崎しだれj
(承前)
 大山崎山荘美術館本館は、英国チュダー様式を模した建物です。家具や扉、窓のステンドグラスなどなど、どれも英国風です。そして、本館につながるのが、現代の建築家安藤忠雄氏による「地中の宝石箱」と呼ばれる円形のギャラリーと、「夢の箱」と呼ばれる四角いギャラリーです。

 今回の大山崎山荘美術館の企画展は「フラワー・オブ・ライフ」で、美術館のコレクションの中で、花のモチーフものを、全館で展示していました。(~2013年6月2日)

 「暮らしに寄りそう花」と言うテーマの本館では、バーナード・リーチや河井寛次郎などの陶芸を中心に展示していました。また、関連展示としてエミール・ガレの「花文瓶」と言う綺麗な瓶(花瓶?)などもありました。
 「夢の箱」と呼ばれる山手館では、現代アートが、贅沢にも、たった二点。一つは須田悦弘の2002年の作品で、モネの描く睡蓮のような睡蓮一つ。この大山崎美術館の池にも睡蓮が咲きます。もう一つは、イサム・ノグチの「道化師のような高麗人参」という不思議なタイトルの鉄を切り取った作品。
 そして、「地中の宝石箱」と呼ばれる地中館では、多分、この美術館の一押しであるモネの「睡蓮」「アイリス」、優しい雰囲気の伝わるシャガールの「春の恋人たち」、よーく見ないと顔が見えないルドンの「女の顔」、それに並んで、あのヴラマンクの「花瓶の花」。
 ヴラマンクには、風景画と共に、花瓶の花という題材も多いらしく、ここの一枚は、大胆かつ鮮明で、生命力を感じさせる一枚でした。

 何度か、この美術館に足を運んでいますが、ヴラマンクを知らなかった時には、展示されていたか、どうかさえも、わからない絵が、今は、笑顔で近づいてくれるような気がします。知っているのと知らないのでは大違い。こうして、一枚ずつ、ヴラマンクに出会って行くのが、楽しみになりました。

 そうして、建物内の芸術品を鑑賞し、建物自体を味わって、外に出ると、桜や山吹、椿やシャガ、タンポポ、スミレなど、お庭にも「フラワー・オブ・ライフ」の世界が広がっていました。

☆写真上は、大山崎美術館の紅枝垂れ桜。写真下は、出入り口扉。

                                     とびらj

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大山崎山荘美術館

テラスj
 京都 山崎にあるのは、ウィスキー蒸溜所だけではありません。
 山荘として建てられたお屋敷が、今は、美術館となり、手入れされたお庭とともに、公開されています。大山崎山荘美術館です。

 京都の細見美術館と言い大阪の東洋陶磁美術館と言い、関西にも、小ぶりで、趣味のいい美術空間がありますが、ここは、庭も愛でられると言う点で、企画展に関わらず四季折々訪れるのが楽しみな場所です。

  若い頃、ヨーロッパに遊学した加賀正太郎氏が、英国チュダー様式を模した建物を建てました。テラスからの眺めは、英国のウインザー城からのテムズ川の眺めをイメージしたとあります。そのテラスから、今は、堤に延々と続く、桜並木が見えます。
  眺めのいい山荘といえば、兵庫 芦屋の小高い場所に建築家フランク・ロイド・ライトに建てさせたヨドコウ迎賓館(旧 山邑別邸)もありますが、こちらは、川だけでなく海も見渡しています。そばに流れる芦屋川は、現在、桜が満開

  ヨドコウ迎賓館は、酒造家 山邑太左衛門の別邸で、アサヒビール大山崎山荘は、ニッカウヰスキー創業に参画した実業家加賀正太郎の山荘、他にも、酒造りの跡地に建つ伊丹美術館、白鶴美術館など、阪神地区には、お酒(酒造家)と文化が絡んでいる場所があって、面白いです。

  さて、大山崎山荘に隣接して、宝積寺(宝寺)というお寺がありますが、山荘の工事中に、夏目漱石が山荘を訪れ、一句残したそうな。「宝寺の隣に住んで桜哉」   (続く)

☆写真上、向こうに見えるは、淀川河川公園背割堤地区の桜並木。ここは、桂川、宇治川、木津川の三川が合流し、淀川になる、昔から交通の要所。右手の山は男山。そして、写真を撮っている場所は、天下分け目の天王山、その中腹に建つ大山崎山荘美術館のテラスです。手前のソメイヨシノは大山崎山荘の庭のもの。
写真下、右手二階テラスから、上記写真を撮りました。

                      大山崎j

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源平桃 その後

源平桃j
 源平桃のことを昨年書きました。その後も結局、あの写真の木は、芽吹かず、夏の前には切られてしまっていました。残念でした。見事に咲いていたのに・・・おうちの人は、きっと寂しい想いをなさっているでしょう。

 と、思っていたら、うちのご近所に見つけました!昨年の写真は、しだれの源平桃でしたが、これは、しだれていない源平桃です。可愛い。そしたら、またまた散歩コースに発見!今度は、源平椿(本当に、こんな名前だろうか?)です。これも可愛い。
     
                       源平椿j

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さまざまのこと おもひだす さくらかな

                       サクラj
 (承前)
 日本の入学式は、桜の季節ですから、その思い出も重なります。自分の入学式は、遠い昔過ぎて記憶の彼方になりつつあるものの、3人の子どもたちの時のことは、それぞれに思い出されます。

 そして、毎年、必ず思い出すのは、この季節に亡くなられた人のことです。
 その人のことをたくさん知っていたわけではありません。お話したことさえ、ほとんどないと言ってもいいくらいです。友人のお姑さんでしたから。それなのに、その人が、お孫さんの小学校の入学式の頃、亡くなられたということを、桜が満開の青空の日、思い出すのです。まだまだお若かったので、さまざまなことを思いながら亡くなられたと思います。

 こんな他人が覚えている桜の頃のご命日。
 西行の「ねがはくは 花の下にて 春死なん そのきさらぎの望月の頃」というのは、もしかして、桜の頃も、満月見ても、思い出してもらえる命日にまで思いを馳せていた?

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「さまざまのこと思ひ出す桜かな」

            しだれとれんぎょうj
 以前の家の庭の隅に、連翹(レンギョウ)が植わっていました。
 子どもたちは、この黄色い花を「バナナ」と呼んで、ままごとに使っていました。そういえば、いつの間にか咲いているムスカリの青い花は「ブドウ」と言っていました。カラスのエンドウの「お豆」もありました。春を待って、庭に出た子どもたちに溢れていたのは、「遊びをせんとや生まれけむ」そのものでした。
 そして、お向かいの家の風下にあった我が家の庭には、桜の花びらが、はらはらと舞ってきました。舞い散る花びらは、あるとき、雪に見立てて手のひらにのり、あるとき、集めてごちそうとなって、小さなお母さんたちを楽しませました。

「さまざまのこと思ひ出す桜かな」 ≪芭蕉≫ 
 たくさんの桜を詠んだ句がある中でも、この句は、芭蕉が読んだ背景をしらずとも、理解しやすく、奥が深いです。(続く)

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桜 さくら

運河沿いj
 近隣一帯、薄桃色に染まり、この小さな街も、空から見れば、薄桃色の割合が多いのではないかと、ちょっと嬉しい今日この頃。
 昨春は、4月12日に桜満開の写真をアップしています。まだか、まだか、と言いつつも、作年より早く満開になったのですね。 
 秋に「紅葉おちこち」を書いた時、この街のケヤキ並木、イチョウ並木が続くことを書きました。他にも近所の「ハナミズキ通り」のことも書きました。今は桜並木、桜並木、桜並木・・・です。

若い人の集まる通りは、うきうき、そわそわ、にぎやかで、
長く続く桜並木は、若い木~古い木~中年の木、変わっていくのが面白い。
そのあと続く、八重桜、まだまだ別人のような顔をして、つぼみもほとんど見えません。
川べりでは、家族連れや仲良したちが、シートを広げ、
大きなおうちの並ぶ辺りでは、お庭のその一本が美しく、
運河沿いでは、薄桃濃淡、華やかに、
今年も、桜は咲きました。

         運河向こうj

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