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彫刻家の娘

482アラビアj
 
(「北の魔女 ロウヒ」から続き)
(承前)
 「フィンランドのくらしとデザイン展」には、ムーミンの原画も来ていました。フィンランドの森の暗い雰囲気を伝える細かい挿絵原画でしたが、1997~1998年にデパート等で巡回していた「ムーミンと白夜の国の子どもたち」展に比べ、ムーミン以外の風刺画等の作品も少なく、トーベ・ヤンソンファンには、物足りないものだったと思います。

 ムーミンのころっとしたイメージが、世に流布しているので、何冊かのムーミンを読むと、ふんわりおっとりしたイメージより、どちらかというと、重く厳しい展開に驚きます。小さな子どもに向けてというより、大人へのメッセージをより多く含んでいるのではないかと思います。
 大人になって、初めて読んだとき、時々ひっかかる「とげ」のようなものが気になりました。訳の問題かと思い、下村隆一訳の「ムーミン谷の彗星」山室静訳の「たのしいムーミン一家」、そして、自伝である冨原眞弓訳の「彫刻家の娘」を比べましたが、どれも、お気楽によかったよかったという空気は流れていません。酷寒の自然と向き合うということが、甘くない流れを作るのでしょうか。
 
 トーベ・ヤンソンは、フィンランドで有名な彫刻家と画家の娘です。「彫刻家の娘」という幼い頃の自伝は、トーベ・ヤンソン独特の視点があって、興味深いです。

 「彫刻家の娘」の最後は、「クリスマス」という章で、クリスマスの準備から終わりまでを、子どもの目で見て感じたことを綴っています。モミの木、プレゼントの包み、キャンドル、お菓子やご馳走・・・目に見えるように丁寧に書いています。きっと、トーベ・ヤンソンの心の奥深く入り込んでいる世界なのでしょう。
 そこで、幼いトーベ・ヤンソンは、こんなことを思います。
「悲しんだり憎しんだりするための場所というものがある。・・・・広いところで憎んだりしたら、すぐに死んでしまう。狭いところなら、憎しみは自分に戻ってきて、身体中をかけめぐるだけで、神さまにとどく心配はない。」 

 こうやって、時々「彫刻家の娘」にも「ムーミン」にも「憎しみ」という感情が顔をだします。
 振り返って、私自身こんな小さい頃に「憎しみ」という感情が、あったかなぁ?単に、泣いてわめいていただけだったような・・・繊細で非凡な子どもと鈍感で平凡な子どもの違いですかね。(「フィンランドの小人たち」に続く)

*「彫刻家の娘」(トーベ・ヤンソン文 富原眞弓訳 講談社)
*「ムーミン谷の彗星」(トーベ・ヤンソン作絵 下村隆一訳 講談社青い鳥文庫)
*「たのしいムーミン一家」(トーベ・ヤンソン作絵 山室静訳 講談社青い鳥文庫)

☆写真、カップはフィンランド製。後ろにフィンランドの絵葉書二葉。左、フィンランドの雪の木々の写真と昨日の京都美山町の写真、ちょっと似てます。

★★★追記:・・・と、一か月近く前に、この文を書いて保存していたら、現実に、隕石が落ちて来た!「ムーミン谷の彗星」の彗星みたいに、先に恐怖と闘うのも大変なことだけれど、こんなに予告なしに空から落ちてくるのも怖い・・・自然の力は、容赦なく、厳しい。☆☆☆

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