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子どもの本でちょっとお散歩(川 その18)

                  454バース 川jj
 (「わたしは河が好きだ」から続き)
(承前)
読んだときに、そうそう、納得!と思える文に出会うと、寿命が延びたような気になりませんか?民話と歴史の違いを、こんなにわかりやすく説いた文に、ユゴーの「ライン河幻想紀行」で、出会いました。

≪ところで、お気づきだろうか?歴史はときに徳に背くことがあるが、民話は常に正直で、徳にかない、高潔である。・・・・・民話では、地獄は目で見ることができる。罪には、必ず罰が下り、ときに厳し過ぎる罰すら下る。罪の末路は必ず責苦であって、その責苦もしばしばすざまじい。悪人は必ず不幸に陥り、ときにははなはだしく嘆かねばならないはめになる。こうしたことは、歴史が無限の中に消滅しようとするのに対し、民話が有限の中に死滅しようとすることに起因している。・・・・≫

 そんなユゴー自身のイマジネーションから生まれたのが、「ライン河幻想紀行」の最後に載っている伝説仕立ての「美男ペコパンと美女ボールドゥ―ルの物語」です。

 ん?ペコパンって?美男のイメージと程遠い、コミカルなお名前だこと、と思っていたら、それが、ボールドゥ―ルと共に、最後の最後で意味を持つのです。
「ペコパン!ペコパン!」「ボールドゥ―ル! ボールドゥ―ル!」
片や雌鶏、片や鳩の鳴き声。

 といっても、なかなかシビアな結末のお話で、いわば、美男ペコパンの放浪記のようなものですが、悪魔が革袋に魂を収集しているところで、昔、子どもたちによく読んでやっていたフランスの民話「ふくろにいれられたおとこのこ」 *を思い出しました。男の子が、イチジクの木から落ちて、おにの袋に入れられ、食べられそうになるのですが・・・これも忘れられないお名前、ピトシャン・ピトショ。(「敷石道に響く音」に続く)

*「ライン河幻想紀行」(ユゴー著 榊原晃三訳 岩波文庫)
*「ふくろにいれられたおとこのこ」
(フランス民話 山口智子再話、堀口誠一絵 福音館)

☆写真は、英国バース エイボン川 バルトニー橋

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