みんなみすべくきたすべく

青空とチンブクツー

           462カイトj
 こう毎日、気になる世界情勢が、報道される中、たまには、リアルタイムで書けるなら書こう。

 一つ、だいたい、ここ何年も、春になって『青空』が減ったのは、何故か・・・黄砂が飛んで来るから・・・そしたら、今年は、大気汚染の有害物質が、もはや飛んで来ているらしい。・・・隣人は選べない・・・もはや、近くのお山が霞んでいるよ。
 英国から一時帰国した娘が言いました。「寒さは日本も英国も同じように寒いけど、日本の冬は、青空が多くて、お日さまがまぶしく、全体に明るい」・・・が、もしかして、これから、春だけでなく冬までも、青空が臨めないということ?・・・マスクもしなきゃ・・・隣人は選べない。
 
 一つ、先日のアルジェリアの痛ましいテロ事件。報道されるスペースや時間が、どんどん縮小されていく中、フランス軍がマリの世界遺産都市トンブクトゥ(Tombouctou)またの名をティンブクトゥ(Timbuktu)のイスラム勢力を一掃・・・と報道されていました。まだまだ、フランス軍は介入し、イスラム勢力とぶつかっていることを知ると同時に、思い出す一つのこと。
 
 3人の子どもたちが小学校に登校している頃、クマのプーさんの作者A.A.ミルンの詩集「A.A.ミルン童謡集」*を、毎朝読んでいたことは、どこかで書きました。
 その本に『もしも王様だったなら』という詩があって、
≪ぼくはときどき思うんだ 王様だったらいいなぁと そしたらなんでも出来るんだ
もしもスペイン王ならば・・・(略)
もしもフランス王ならば・・・(略)
もしもギリシャの王ならば・・・(略)
もしもノーロウエイの王ならば・・・(略)
もしもバビロン王ならば・・・(略)
チンブクツーの王ならば・・・(略)・・・・・・・・・≫
と、列挙された王様の最後がチンブクツー、すなわちトンブクトゥ(ティンブクトゥ)の王様なのです。黄金郷と呼ばれ、交易の中心として栄えた都のようです。詩を読むまで、知らなかったその古都のことを、当時、地理が好きだった長男と百科事典で調べた記憶があります。

平和裏に知ったチンブクツーが、今や、平和と遠い都市になっている。
喉が弱く、チンブクツーに興味深々だった長男、最近、元気でやっているのか?

*「A.A.ミルン童謡集」(A.A.ミルン詩 E.H.シェパード絵 山田正巳訳詩 中日文化)
☆写真は、凧上げ(カイト)の写真。(撮影:&Co.A)

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もう一人のシェイクスピア

461ニュープレイスj
(「作者不詳」から続き)
(承前)
 映画「もうひとりのシェイクスピア」に出てくるベン・ジョンソン(1532~1637)が、最期の原稿を受け取った時、「これらの作品が書かれた同時代に生きられて光栄に思う」と言い、その著者の偉大さを讃えます。この映画で、特に印象に残るのは、若きイケメンたちや、お城や、1600年頃のロンドンの風景ではなく、「言葉」の重みが、端々に感じられたことです。上記の台詞以外にも、印象に残る台詞は多いものの、記憶力のせいで、ほとんど覚えられませんでした。できれば、この映画の原作があれば、読んでみたいと思うくらいです。

 エリザベス1世が、シェイクスピアのソネットを読み、それが、実は、遠い昔、秘密の言葉を交わし合った人が書いたものだと理解します。言葉が時を越え、心に響いた瞬間です。

 また、「ペンは剣よりも強し」を、ストーリーの隅々で読みとることができます。
 映画では、エリザベス1世からスコットランド王ジェームス6世にかわっても、シェイクスピア劇を楽しむシーンがエンディング付近に出てきます。そのときすでに、ジェイムズ6世は、「エジンバラでも楽しんだシェイクスピア劇」といいます。謀策略を練るより早く、ロンドンからエジンバラへ。そして、その後も、幾度かの剣の飛び交う時代を越え、今も世界中で上演されているのです。

 現在のロンドン・グローブ座の俳優、Mark Rylanceも映画にでていました。劇中劇で、当時の役者として、何度か画面に登場します。何年か前、毎年のようにロンドン・グローブ座に観に行っていた頃から、主役だった彼は、決して美形ではないのですが、彼が演じると、哀しいのか可笑しいのか、可笑しいのか哀しいのか、人生の深さが見えるような気がするのです。それこそが、人間観察に優れたシェイクスピアの真髄なのだと思います。
 映画の中で、本物の著者はいうのです。「私は、人間の心をずっと書いてきたからわかる。」と。

☆写真は、英国ストラッドフォード・アポン・エイボンのニュープレイス。ロンドンから戻ったシェイクスピアが購入した邸宅。(撮影:&Co.T)

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作者不詳(anonymous)

460シェイクスピア生家j
  ユゴーにしても、ディケンズにしても、天才は、いつの時代にも居るんだと思いますが、シェイクスピアは、時代も遡って、出版すら、大変だった時代に、現れた天才です。そして、英国からイタリアに出掛けたり、諸外国の情報を集めたりすることも、ままならぬ時代に、ベローナを舞台にした恋物語、ヴェネチィアの訴訟問題、デンマークの王子の煩悶、喜劇や悲劇や歴史を戯曲にした天才です。37の戯曲や154の詩も、庶民だったが故に、自由な発想で書き得た・・・・と言われています。
 英国ストラッドフォード・アポン・エイボンからロンドンに出て来た役者で、晩年は、故郷に戻った庶民のウィリアム・シェイクスピア。本当に天才だったんだねぇ・・・・

 映画「もうひとりのシェイクスピア」を観てきました。
謎の多いシェイクスピアの作品が、実は別人の手によるものだった説は、以前からあったようで、映画は一つの謎解き歴史サスペンス映画でした。

 映画の予告では、シェイクスピアが別人だったと考える理由を、
1. 公式文書には6つの違う署名が存在する。
2. 直筆の原稿が見つかっていない。
3. 遺言書に、本や戯曲のことに一切触れていない。
としています。じゃ、誰が?
 映画では初めの頃から 誰が書いたのか、わかるのですが、エリザベス1世(1533~1603)とシェイクスピア(1564~1616)がまったく同時代だったというところから、この説もありかも、と思わせる仕組みでした。

 とはいえ、万一、映画のようなことが真実だったとしても、その作品には、なんの支障もなく、今後もシェイクスピア劇は生き続け、人々を魅了していくことに違いはありません。(「もうひとりのシェイクスピア」に続く)

☆写真は、英国ストラッドフォード・アポン・エイボンのシェイクスピアの生家。(撮影:&Co.T)

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若い時から

459ディケンズj
 (「パレ・ド・ジュスティス」から続き)
(承前) 
 さて、そこここに「レ・ミゼラブル」と繋がる個所が見つかる「死刑囚最後の日」は、ユゴー28歳のときに、無記名で世に問うた作品です。
 英国のディケンズも、ボズという仮名で24歳に書いた「ボズのスケッチ(素描集)」でのモチーフが、ユゴー同様、のちの長編のそこここで使われているのを思い出します。
 フランス人ユゴー(1802- 1885)とイギリス人ディケンズ(1812~1870)、当時の国の様子も、作風も思想も、生き方も全く異なる二人ですが、世に天才と言わしめる文学者(芸術家)は、若い時から、確かな目を持って、書きたいことを温め続け、膨らませているのですね。それが、いずれ、「レ・ミゼラブル」となり、「オリバー・トゥイスト」等に。

*「死刑囚最後の日」(ユーゴー作 豊島与志雄訳 岩波文庫)
*「レ・ミゼラブル」(ユーゴー作 豊島与志雄訳 岩波文庫全4巻)
*「オリバー・トゥイスト」(ディケンズ作 小池滋訳 クルックシャンク絵 ちくま文庫上下)
*「ボズのスケッチ―短編小説編」(ディケンズ作 クルックシャンク絵 藤岡啓介訳 岩波文庫全二巻)
*「ボズの素描集」(ディケンズ作 藤本隆康訳 クルックシャンク絵 日本図書刊行会)

☆写真は、ロンドン リージェントパーク駅とベーカーストリート駅のまん中あたりにあるCharles Dickens relief。上の銘板には、「この地でディケンズは6つの主要な作品を執筆した」とあります。左上から「クリスマスキャロル」のスクルージ、ノッカーはマーレイの幽霊。「Barnaby Rudge」,「骨董屋」のネルとおじいさん,中央「ドンビー父子」のドンビー親子、「マーティン・チャズルウィット」のガンプ夫人, 左下大きいのがディケンズ。右下、帽子しか写っていませんが、デビッド・コッパフィールドとミコーバー氏

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パレ・ド・ジュスティス

                                459パレドジュスティスj
(「太陽、春、花の咲き満ちた野、早朝目覚むる小鳥、雲、樹木・・・」から続き)
(承前)
 写真は、パリ セーヌ川 シテ島にある 元牢獄のコンシエルジュリーを含む建物をセーヌ左岸から撮ったもの。
 
 マリー・アントワネットや王族貴族などを多く収監したコンシェルジュリーは、セーヌ右岸から見える方の建物です。また、写真右後ろに見える尖塔は、それらの建物の中庭に位置するサント・シャペル(礼拝堂)です。美しいステンドグラスで有名です。この一角は、世界遺産に指定された観光名所でもありながら、パレ・ド・ジュスティス(裁判所)として、今も使われている建物部分があります。
 
 10年以上前、そのサント・シャペルの見学を終え、パレ・ド・ジュスティスの門扉前を通りかかったら、TV局のカメラが、そこに入ろうとする家族を追っかけていました。夜のNEWSで、まさにそれが写っていたので、大きな事件の裁判だったんだろうと思いました。

 マリー・アントワネットという歴史的人物、ユゴーの描く死刑囚というフィクションの人物、そして、現代に生きている人たち、今も昔も法で裁かれる人たちが出入りする地区が、現在は、観光客と共にあるというのも、なかなか興味深いことです。

≪パレ・ド・ジュスティスの大時計が八時半を打っている時に、私たちはコンシエルジュリーの中庭に着いた。その大きな階段、その黒い礼拝堂、その多くの不気味なくぐり戸などを見て私は、ちぢみあがった。馬車がとまった時には、自分の心臓の鼓動もとまりかっかているような気がした。≫「死刑囚最後の日」より      (「若い時から」に続く)

*「死刑囚最後の日」(ユーゴー作 豊島与志雄訳 岩波文庫)

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「太陽、春、花の咲き満ちた野、早朝目覚むる小鳥、雲、樹木・・・」

                458ノートルダム後ろj
(「敷石道に響く音」から続く)
(承前)
 いわば、このブログは、自分自身の公開備忘録なので、「死刑囚最後の日」で、一番印象に残った言葉を書き写留めておきます。

 死を目前にした、死刑囚がつぶやきます。
≪そうだ、太陽、春、花の咲き満ちた野、早朝目覚むる小鳥、雲、樹木、自然、自由、生命、すべてそれらはもう私のものではない。≫
 裏返せば、「生きる」ということは、こういうことなんですよね。「生きる」ことを大事にしなければ・・・

 で、この本を読み返して、また思い出したこと。
 当時、この本に出会ったのは、加賀乙彦の作品やノンフィクションに、はまっていた時だったような・・・もしかしたら、この本が先で、加賀乙彦が後だったかな?ともかくも、また読み返したい本が出て来た。むむむ (「パレ・ド・ジュスティス」に続く)

*「死刑囚最後の日」(ユーゴー作 豊島与志雄訳 岩波文庫)

☆写真は、パリ ノートルダム大聖堂 
≪・・・と、突然、馬車は並木道から街道へ出て、のぞき穴の視点を変えた。ノートル・ダームの塔が、パリの靄の中になかば隠れて青い姿で、そこにはめ込まれていた。・・・≫(「死刑囚最後の日」より)

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敷石道に響く音

                457敷石道j
 (「川 その18」から続き)
(承前)
 ユゴー尽いています。以前に読んだ「死刑囚最後の日」 (岩波文庫)も再読してみました。
 岩波文庫には、挿絵がついていませんが、ユーグ版「死刑囚最後の日」には、ユーグ版「レ・ミゼラブル」と同様、挿絵があるようです。(「レ・ミゼラブル百六景」*に一部掲載されています。)
 改めて読むと、「レ・ミゼラブル」の下敷きになったと思われるモチーフがそこここにあります。

 例えば、死刑囚が監獄の病室で過ごしたときに窓の下から、小娘の隠語の歌が聞こえたり、別の受刑人の身の上話に隠語が使われているところです。隠語に関して、ユゴーは、「レ・ミゼラブル」(岩波文庫)で、「第四部第七編隠語」という章を40ページ近くも書いているのです。

 また、別の受刑人というのが、のちの「レ・ミゼラブル」のジャン・バルジャンを思い出させます。≪・・・ある日俺は腹がすいていた。パン屋の窓ガラスを肘で突き破って、パンをひときれつかみ取った。そのパンを食いもしねえのに、終身刑で、肩に三つの烙印の文字だ。・・・≫
(「太陽、春、花の咲き満ちた野、早朝目覚むる小鳥、雲、樹木・・・」に続く)

*「死刑囚最後の日」(ユーゴー作 豊島与志雄訳 岩波文庫)
*「レ・ミゼラブル」(ユーゴー作 豊島与志雄訳 岩波文庫全4巻)
*「レ・ミゼラブル百六景」(鹿島茂 文春文庫)

☆写真は、フォンテーヌブロー宮殿の敷石道
「死刑囚最後の日」に、≪・・フォンテーヌブローの敷石道に響く車輪や馬足の 重々しい音、鞭の鳴る音、鎖のかち合う音、徒刑囚らの旅を呪う群集のわめき声、 それらもしだいに空中に弱まっていった。・・・≫という表現がありますが、ここで言うフォンテーヌブローと、宮殿がイコールなのか、不明です。

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花の色は 雪にまじりて見えずとも

         スノーシューp
 先日、2カ月ぶりにお習字を練習しました。11月中旬から、お稽古自体がお休みでした。

  案の定というか、果たしてというか、さもありなんというか、全然、ぜーんぜん、うまくいきません。それまでも、自分の美意識からすると程遠い「へたくそ」なものではありましたが、慣れて来たというか、お手本に眼をやっていながら、少しは、筆をコントロール出来るような錯覚に陥っていました。
 ところがです。やっぱりです。予想通りでした。習うより慣れろ・・・と言っても、習わないと慣れない。

 で、恥ずかしながら、お稽古に出向きますと、その日の字が古今和歌集の
「花の色は 雪にまじりて見えずとも 香をだににほえ人の知るべく」(小野篁 おののたかむら*)

 大雪の地方もある中、もはや、京都では、雪の中の白梅を愛でる気分でした。

*小野篁の有名な歌は、百人一首の「わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ 海人の釣舟」です。
☆写真上は、大山スノーシュー(撮影:&Co.A)下は、以前に撮った神戸 岡本梅林公園の白梅。
                                     456白梅j

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子どもの本でちょっとお散歩(川 その18)

                  454バース 川jj
 (「わたしは河が好きだ」から続き)
(承前)
読んだときに、そうそう、納得!と思える文に出会うと、寿命が延びたような気になりませんか?民話と歴史の違いを、こんなにわかりやすく説いた文に、ユゴーの「ライン河幻想紀行」で、出会いました。

≪ところで、お気づきだろうか?歴史はときに徳に背くことがあるが、民話は常に正直で、徳にかない、高潔である。・・・・・民話では、地獄は目で見ることができる。罪には、必ず罰が下り、ときに厳し過ぎる罰すら下る。罪の末路は必ず責苦であって、その責苦もしばしばすざまじい。悪人は必ず不幸に陥り、ときにははなはだしく嘆かねばならないはめになる。こうしたことは、歴史が無限の中に消滅しようとするのに対し、民話が有限の中に死滅しようとすることに起因している。・・・・≫

 そんなユゴー自身のイマジネーションから生まれたのが、「ライン河幻想紀行」の最後に載っている伝説仕立ての「美男ペコパンと美女ボールドゥ―ルの物語」です。

 ん?ペコパンって?美男のイメージと程遠い、コミカルなお名前だこと、と思っていたら、それが、ボールドゥ―ルと共に、最後の最後で意味を持つのです。
「ペコパン!ペコパン!」「ボールドゥ―ル! ボールドゥ―ル!」
片や雌鶏、片や鳩の鳴き声。

 といっても、なかなかシビアな結末のお話で、いわば、美男ペコパンの放浪記のようなものですが、悪魔が革袋に魂を収集しているところで、昔、子どもたちによく読んでやっていたフランスの民話「ふくろにいれられたおとこのこ」 *を思い出しました。男の子が、イチジクの木から落ちて、おにの袋に入れられ、食べられそうになるのですが・・・これも忘れられないお名前、ピトシャン・ピトショ。(「敷石道に響く音」に続く)

*「ライン河幻想紀行」(ユゴー著 榊原晃三訳 岩波文庫)
*「ふくろにいれられたおとこのこ」
(フランス民話 山口智子再話、堀口誠一絵 福音館)

☆写真は、英国バース エイボン川 バルトニー橋

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てぶくろ

              453てぶくろj
 保育士を目指す学生たちに、毎回、授業の前、絵本を読んでいます。
 先日、絵本「てぶくろ」 (ラチョフ)*を持っていくときに、娘に「今日はこれを読むんだ」と言うと、「いいなぁ、読んでもらっていいなぁ」と、羨ましそうな顔をしました。

 保育士を目指す学生たちでも、多くは「てぶくろ」の絵本を見たこともなく、日本の子どもなら誰でも知っていそうな「ぐりとぐら」*すら、知らないことが多いのが現状です。そこで、非常勤講師としては、使命感に燃え、毎回、家にあるのを持参し読んでいます。絵本の授業じゃないのですが・・・。

 中には、携帯を触って、聞いたふりをしている学生もいるかもしれません。が、ほとんどは、じっと耳を傾け、絵を見ています。幸い、学生の人数が少なく、目の届く範囲に座っています。たまに、授業の進行上、絵本を後回しにすると、「今日は、読めへんの?」という学生もいて、絵本を読んでもらうのを楽しみにしている大きい人たちがいることが、ここでもわかります。

*「てぶくろ」(ウクライナ民話 うちだりさこ訳 エウゲーニ・M・ラチョフ絵 福音館)
*「ぐりとぐら」(中川李枝子文 おおむらゆりこ絵 福音館)

☆写真は、ウクライナ民話「てぶくろ」の4冊
左上は、「てぶくろ」(ウクライナ民話ラチョーフシリーズ1 エヴゲーニイ・ラチョーフ著 田中潔訳 ネット武蔵野)左下は、おなじみの「てぶくろ」(福音館)右上は「てぶくろ」(アルビン・トレッセルト再話 三木卓訳 ヤロスラーバ絵 のら書店)右下、手袋(ミトン)の形をした「てぶくろ」の絵本は、「Рукавичка」(Украинская народная сказка)写真では、木製のようにも見えますが、ペーパーバック絵本です。

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わたしは河が好きだ。

                  452大川j
(「挿絵」から続き)
(承前)
 ヴィクトル・ユゴー自ら描いた絵が多数掲載されている「ライン河幻想紀行」*は、ライン河周辺に行ったことがない者に、その地に行ってみたい気持ちにさせてくれる優れた紀行文です。しかも、「幻想」とあるように、その地域の伝説やエピソードなどを折り混ぜ、独特の旅レポートとなっています。
 もともとは、2段組み数百ページに及ぶ大作だったものを、文庫版におさまるように抄訳したものが、今、我々が手にすることができる1冊らしいです。

 まず、一行目から、私の心を鷲掴み。
≪たびたびあなたにお話ししてきたことだが、わたしは河が好きだ。河は商品を運ぶのと同じように思想を運ぶ。創造においては、万物は華麗な役割を担っている。河は巨大なラッパのように、大洋に向かって、大地の美しさ、田畑の耕作、都市の繁栄、そして人間の栄光を歌いかけている。≫

 で、思い出した!確か、カ・リ・リ・ロは、「子どもの本でちょっとお散歩」(川編)等と続けて書いておったではないか・・・ふーむ。(≪川 その18≫に続く)

*「ライン河幻想紀行」(ユゴー文 榊原 晃三訳 岩波文庫)

☆写真は、ライン河の写真がないのに、事欠いて、大阪の写真です。下に写るのは大川、向こうに銀橋(桜宮橋)。幻想的とは程遠いものの、「わたしは河が好き」なので、大川沿いの散歩も好きです。(撮影:& Co.H)

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小さなもの

                    451小向付j
 うーん、写真じゃ、小ささがわからないかも・・・
 左奥、染付の向付が、いわゆる普通の大きさの向付で、その隣の小向付は、おちょこ位の小さいもので、横に置いているのは、ミニトマト。一番手前の扇の絵の3枚は、ぽち袋のセットです。

 このぽち袋のセットと、右奥の絵葉書(豆皿の写真)を買ったのが、京都の「えき」美術館で、やっていた(2013年1月20日まで)「美しき日本の小さな心―豆皿、帯留、ぽち袋―」展でした。
 骨董屋さんの娘さんのコレクション展で、すごーい数の豆皿に圧倒され、すごーく細かい細工の帯留にため息をつき、すごーい数のぽち袋に社会の裏表を見るような気がしました。それにしても、日本の庶民生活に縁遠くない品々の美しいこと。小さくてもその細工は、丁寧だし、なにしろ、センスがいい。

 ま、小さくて美しく可愛いものは、ついつい集めたくなるのが、女心というものでしょうか。ということで、以前、カ・リ・リ・ロが向付のみならず、小向付を、思わず、買ってしまったのを許してもらえる?これで、かのノーベル賞なお酒を飲むとおいしい!
 
 

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挿絵

450夜のパリj
(「原作の持つ力」から続き)
(承前)
 多分、ユゴーの時代でも、本文を読み切れず、挿絵だけで大筋をつかんだり、本筋とは違う観点で楽しんだという人もいたと思います。それは、1862年に出版されたユゴーの「レ・ミゼラブル」には、挿絵がなく、1865年エッツェル&ラクロア版で木版画200枚を入れ、1879年のユーグ版「レ・ミゼラブル」では絵を増やして出版されたことからもわかります。それには、なんと、360枚の挿絵!

 岩波文庫版の4冊でも200枚の挿絵で、ずいぶん多いと感じていましたが、それをはるかにしのぐ枚数です。
鹿島茂「レ・ミゼラブル百六景」は、そんな挿絵に魅了され、生まれた本です。各版から二百数十枚の挿絵が選ばれ、抄訳と民俗考証などのキャプションをつける形で、レ・ミゼラブルに迫ろうという一冊なのです。著者が前書きで述べるように、≪これは正統的な文学研究でもないし、かといって正統的な歴史研究でもない。≫のですが、読書の楽しみを増やし、絵を見るだけで、お話がわかるという、絵本の基本と通じていて、楽しい一冊です。(最近、新版がでたようです)

 ところで、ユゴー自身も絵が上手いのをご存じでしたか。
 「ライン河幻想紀行」という、ユゴーによる紀行文には、ユゴー自らスケッチしたものを使い、中で紹介される伝説の挿絵には、やはりユゴー画を使っています。(「わたしは河が好きだ」に続く)

*「レ・ミゼラブル百六景」(鹿島茂 文春文庫)
*「ライン河幻想紀行」(ユゴー文 榊原 晃三訳 岩波文庫)

☆写真は、2012年パリ マロニエ、街灯、閉まったカフェ

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携帯電話をかえました。

449電話ボックスj
 お、ついにスマホデビュー!(この言葉自体古い感じがしますねぇ)ではありません。
 元の携帯の不具合頻度が増えたので、元のとよく似た、従来通りの携帯電話にしただけです。ですから、ゆめゆめ、携帯電話に、素晴らしい画像の写真を送らないでください。素晴らしいお写真を見せてくださる場合は、パソコンメールにしてくださいませ。お手数をおかけします。

 世の中、夫でさえも、最新のアイフォンを持ち、アイパッドを持ち、しているのに、時代に逆らうへそ曲がりが、ここに居るのは、あの小さな画面が見えにくく――文字を拡大しても画面に入りきれん! ああ、老眼。キーボードが打ちにくい――不器用、このうえない!指先も乾燥している・・・
 確かに、タブレットとかいう画面の大きいのは便利そうだけど、かさばるし、家に帰れば、パソコンあるし・・・カメラも持っているし・・・と言い聞かせ、通信費も馬鹿にならんのだ・・・と言い聞かせ、今しばらくは可愛い携帯電話使います。とはいえ、時間の問題かな・・・

 秋以降、周りの人々が、次々、スマホに替えているのがよくわかります。アドレス変更のお知らせも多いし、パソコンメールに送っても、パソコン自体開けなくなっていらっしゃるみたいだし・・・そんな人は、簡単にメールを見てもらえるアドレス教えてくださいませ。

☆写真は、英国クッカム スタンレー・スペンサー美術館前の電話ボックスのある風景。
 

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原作の持つ力

               448ステンドグラスj

( 「レ・ミゼラブル」福音館古典シリーズから続き)
(承前)
  暗い、重い、という印象の強い、ユゴーの原作「レ・ミゼラブル」も、読み手によっては、深い意味でのハッピーエンディングと捉えられているのかもしれません。

 それに比べ、ミュージカル映画「レ・ミゼラブル」の結末は、万人が見ても、未来に託され、昇華されたハッピーエンディングに変化しています。これは、もちろん、娯楽として生まれたミュージカルだからともいえますが、見方を変えると、「昔話」が時を経て、細部が変化していく過程にも通じるのではないかと思います。一番伝えたいことが、形を変え、時代を越え、それぞれの地域、言葉で伝わって行く。フランス人ユゴーの原作は1862年、ロンドン初演のミュージカルは1985年・・・と、百年余。一部の人のものでしかなかったユゴーの原作自体、挿絵が加えられ増やされ、そして、各国の言語に翻訳される。長い間、昔話が口承だった時代から考えると、文字だけでなく、媒体も一気に増えた現代なら、ユゴー原作が、もっと変化していくことも考えられます。

 それは、ひとえに、原作の持つ力なのだと思います。ユゴーが凄い。原作こそ、唯一無二のものだと言いきる人も居るのかもしれません。そんな固いこと言わないで、原作は原作。ミュージカルはミュージカル、映画は映画で、楽しめるのが、ユゴーの時代とは異なる現代の楽しみ方ではないでしょうか。現に、ユゴーを愛読する娘は、ミュージカル映画の結末に喜び、俳優たちの魅力を熱く語り、その上で、ユゴー原作の「レ・ミゼラブル」の面白さも熱く語るのです。(「挿絵」に続く)

☆写真は、英国ケンブリッジ大学のいずれかのチャペル

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小豆粥

                              447小豆粥j
 成人式の祝日が1月15日でなくなったからか、「十五日小正月」という言葉をあまり聞かなくなってきました。
 子どもの頃は、1月15日のお休みの日に、家で「どんど焼き」をしていました。庭で、しめ縄飾り等を焼いて、その灰を、家の周りに置くのです。今もご近所のおうちで、やっているのをたまに見かけますが、いかんせん、しめ縄飾りを燃やすところが、家になかったり、しめ縄飾りも、毎年使える燃やせるものでなかったり・・。いろんな状況から、近隣では、減っています。
 とはいえ、一番寒いこの時期、家族の無病息災を祈る気持ちに変わりなく、うちでは、昨日、小豆粥を作りました。昔は、新鮮な野菜の少ないこの冬場に、小豆を食べてビタミン補給し、赤い色で、邪気を払ったのですね。

 紀貫之「土佐日記」にも、≪十五日、今日小豆粥煮ず。口をしく・・・≫「小豆粥を作らなかった、ざんねーん」と、言っている箇所がありました。
 で、その後の記述に、納得するところ大いにあります。
≪なほ日の悪しければ、ゐざるほどにぞ、今日廿日あまり經ぬる。徒に日を経れば・・・≫・・・・天気が悪いので、ぐずぐずしていたら、もう20日も過ぎてしまった。無駄に日を過ごして・・・
 うーん、わかるなぁ。この「ゐざるほどにぞ」って言葉。ぐずぐず、のろのろ・・・・

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「レ・ミゼラブル」福音館古典シリーズ

446井戸j
 恥ずかしながら、岩波文庫全4冊の「レ・ミゼラブル」は、読了していません。多くの挿絵を楽しんだだけです。本題に近づく術だとわかっていても、本筋とかけ離れている記述が多い大長編は、私の読解力ではついていけない文学の一つです。今回、映画「レ・ミゼラブル」のおかげで、近づくことができるかも・・・です。

 じゃ、「レ・ミゼラブル」の何を読んでいたか?
 大昔、子どもの頃は、多分、児童向きダイジェストの「ああ、無情」だったと思います。ジャン・バルジャンという響きのいい名前は、当時から、今に至っても、しっかり心に留まり、学生の革命のところは、記憶にないのに、ミリエル司教と銀の燭台のエピソードは、子ども心に記憶されています。

 大人になって、原作にチャレンジするも、挫折。ところが、1996年に福音館古典シリーズの「レ・ミゼラブル」(上下)が出版され、そのおかげで、児童向けのものとはいえ、「レ・ミゼラブル」の世界を知りました。

 福音館古典シリーズの訳者は、かの「制作」(ゾラ)「海底二万海里」「神秘の島」(ベルヌ)の清水正和先生です。あとがきに、こうあります。
≪・・・本書はもちろん原作の全訳ではありません。なにしろ原作は原稿用紙で4千枚を超える超大作です。おまけにユゴー自身も『余談』と言っていますが、物語の本筋からはなれた話、つまり現在からみれば作品準備段階の基礎資料といえるものを、いたるところに織りこんでいます。例えば、『ワーテルローの戦い』とか『修道院の歴史』の記述、『パリの地下水道』の話、民衆の使っている『隠語の歴史』の研究などです。これらの余談自体、歴史的に、また社会学的にきわめて興味深く、物語の進展を土台から支える要素となっているのは確かですが、一般的にはやはりわずらわしいものです。したがって、余談からはごく必要なエッセンスだけを抜粋するにとどめました。そして、物語の骨格部分はほとんど省くことなく訳し、量としては原作の半分弱にしています。・・・≫
 というお言葉に甘え、今や「レ・ミゼラブル」を、読んだかのようにふるまっています。
 とはいえ、限りある人生、ミリエル司教のことを書いた「第一巻 第一章 正しい人」の115ページ分から、ちゃんと、読まねば…(「原作の持つ力」に続く)

*「制作」上下 (エミール・ゾラ 清水正和訳 図版あり 岩波文庫)
*「海底二万海里」(ジュール・ヴェルヌ 清水正和訳 A・ド・ヌヴィル絵 福音館)
*「神秘の島」上下(ジュール・ヴェルヌ 清水正和訳 J.フェラ絵 福音館)
*「レ・ミゼラブル」上下(ヴィクトル・ユゴー 清水正和訳 G.ブリヨン絵 福音館)

☆写真は、パリ クリュニー中世美術館 庭の井戸の滑車。

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出初め式

              445放水j
 出初め式をのぞいてみました。
 最新の消防自動車の紹介や、救急・救助の模擬演技に続いて、クライマックスは、壁に貼りつけた火事の絵に一斉放水です。グラウンドに見に来ているのは、小さな子どもたちと、その親たちが多かったのではないかと思います。

 我が町の消防署本署は、駅前にあって、駅に行く途中、前を通るのですが、小さい男の子が、お母さんやおばあちゃんと、朝からよく見に来ています。消防車の並ぶ前で朝礼をしていても、男の子の視線の先には、かっこいい消防自動車。この子たちはきっと「しょうぼうじどうしゃ じぷた」*の絵本も、好きなんだろうと思いながら、駅へと向かいます。

 ある朝、救急車が出動する際に、道路にたって、誘導係をしていた隊員がいました。
「あ!△△くん!」
 幼い時から知っている、△△くんが、隊員だと知っていましたが、こんなに近くで立派になられたお姿をお見かけするのは初めてで、おばちゃんは、思わず声をかけてしまいました。ごめんなさい。緊急出動の邪魔でした。
 但し、△△くんは心優しい青年なので、緊急誘導の合間に、会釈してくれました。
本当に、すみませんでした。以後気をつけます。

*「しょうぼうじどうしゃ じぷた」(渡辺茂男文 山本忠敬絵 福音館)

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もりのようふくや

                                 444ラチョフj
 昨日の「てぶくろ」*の画家ラチョフは「もりのようふくや」*にも、絵を描いています。これは、ちょっと可笑しい話です。

 5歳のぼうやが着る上着を縫ってもらうために、森の洋服屋さんに頼みに行きます。
ハリネズミは衿を縫う名人。
オオカミはポケット、熊はポケット、ウサギはぼたんつけ、アナグマは、裏地つけの名人。
ところが、しわくちゃになってもいい衿、何でも入ってしまうポケット、スープの皿にしずめてしまえる袖、ちぎったり、むしったりして遊べるボタン、ジャムだらけ、インクだらけ、砂だらけの手をなすりつけられるような裏地・・・という希望に、森の洋服屋たちは応えられません。

 無理難題をふっかけるほうが、正しくて、それを断る名人たちの方が変なんだという結末は、すごーく遠回りした可笑しさです。(ふーむ、このお話が生まれたお国の背景を思い出せるのは、大人だけです)

 なにより、ラチョフの絵が、生き生きとしていて楽しい。動物が服を着た絵本も多いけれど、オシャレな森の動物を描いたら、ラチョフが筆頭だと思います。

*「てぶくろ」ウクライナ民話 うちだりさこ訳 エウゲーニ・M・ラチョフ絵 福音館
*「もりのようふくや」オクターク・パンク=ヤシ文 うちだりさこ訳 エウゲーニ・M・ラチョフ絵  福音館書店

☆写真は、上右「まほうの馬」(A.トルストイ文、M.ブラートフ文、高杉 一郎訳 E・ラチョフ絵 岩波)
上左「もりのようふくや」中右「てぶくろ」中左「マーシャとくま」(M・ブラトフ文、うちだ りさこ訳 E・ラチョフ絵 福音館)下「麦の穂」(ウクライナ民話ラチョフシリーズ2 ラチョフ著 田中潔訳 ネット武蔵野)

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バーバ・ヤガー

                      443マトリョーシカj
 英国でロシア人の友人の出来た末っ子は、ロシアの昔話によく出てくる「バーバ・ヤガー」のことを話題にしたようです。英語は、なかなか通じないのに、この「バーバ・ヤガーБа́ба-Яга́ 」は、「知ってる,知ってる」と、会話が進み、足の生えた家だとか、杖をもったバーバ・ヤガーのことを話しあったようです。
  娘の「バーバ・ヤガー」のイメージは、ビリービン絵「うるわしのワシリーサ」*に出てくるバーバ・ヤガーのようです。かつて一緒に楽しんだ絵本が、彼女の頭の中に、色濃く残り、コミュニケーションに役立ったのは、嬉しいことです。

  それから、娘がラチョフの「てぶくろ」*の話を出すも、これは通じず、日本に帰国中に絵本の表紙の写真を撮って、メールすると、ロシア人の友人は、「よく知っている。」と返事。「てぶくろ」はウクライナの昔話なので、モスクワ生まれ・育ちの友人には、もしかしたらなじみがないのかもと思っていたものの、ラチョフの絵は、やはり有名でした。

 絵本は、文学であり、芸術であって、楽しむものですが、コミュニケーション・ツールとして考えると「赤ちゃんから、外国の人にも」有効です。

*「うるわしのワシリーサ」ロシアの昔話 田中泰子訳 イヴァン・ビリービン絵 ほるぷクラシック絵本
*「てぶくろ」ウクライナ民話 うちだりさこ訳 エウゲーニー・M・ラチョフ絵 福音館

☆写真は、「うるわしのワシリーサ」の本と「Иван Билибин. Альбом.イワン・ビリビン画集」(Татьяна Верижкова 文)の上に、ロシア土産のマトリョーシカ人形を置いてみました。マトリョーシカのお腹の部分には、それぞれ違う絵が描かれていて、何かのお話のようです。???

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ミュージカル映画 「レ・ミゼラブル」

              442やぎと少女j
 10年以上も前、ロンドンでミュージカル「レ・ミゼラブル」を観たのは、まだ時差ボケも強烈なときでした。案の上、夫は寝てしまい、舞台に近い二階から見下ろすいい席だったのに、夫が大きく舟をこぐのが気になって、落ち着いて楽しめません。また、ストーリーは知っていても、台詞が聴きとれているわけではないので、途中で私自身も睡魔と闘ったときがありました。
  ロンドン・グローブ座のシェイクスピアを見に行くときは白水社Uブックスの小田島雄志訳の本を持参していましたが、さすがに、岩波文庫4冊*や福音館古典シリーズの上下巻*の大作は持って行けなかったし、ヴィクトル・ユゴーの原作と、ミュージカルは、少々異なるのですから、シェイクスピア劇のようにはいきません。

 で、今回の映画「レ・ミゼラブル」は、字幕はつくし、ほとんど全編は歌だし・・・よかったです。
 ミュージカルファン・舞台ファンの方々が、どう思われるかわかりませんが、顔の細かい表情まで見える、舞台ミュージカルを観たような気になりました。普通、映画が終わっても拍手などないのに、しかも、朝一番(9時)で、観客も3割程度しか入っていないのに、拍手が起こったのです。もちろん、私もその一人。涙もでましたが、話を知っているせいか、涙より、歌の力の持つ大きなものに圧倒されたような気がします。

 それぞれの俳優さんがそれぞれ自分で歌っていると言う点にも驚きました。凄い歌唱力。
 以前、英国のスーザン・ボイル女史がBritain's Got Talentというオーデション番組で「I  Dreamed  A  Dream(夢破れて)」を歌うのをユーチューブで見て、鳥肌がたちましたが、映画でファンテーヌ(アン・ハサウェイ)が「I  Dreamed  A  Dream(夢破れて)」を情感込めて歌い上げるシーンは、圧巻です。こちらまで、胸が張り裂けそう・・・で、その日一日寝るまでI Dreamed A Dreamのメロディが、頭の中でぐるぐるぐるぐる。

 ジャン・バルジャン(ヒュー・ジャックマン)もよかったし、それから、「マンマ・ミーア!」のあの子(アマンダ・セイフライド)、そう、コゼット役の子は、もっと歌ってほしかったなぁ。それでもなんでも、一番泣かせてもらったのは、あの健気なエポニーヌ(サマンサ・バークス)が、歌うせつない恋心。

 ・・・が、しかし、ミュージカル映画「レ・ミゼラブル」にしても、「マンマ・ミーア!」にしても、一番の欠点は、映画館で歌いたくなること。ハミングしたくなること。足で拍子を取りたくなること。ムムムムム・・・・♪♪♪
 
*「レ・ミゼラブル」(ヴィクトル・ユゴー・豊島与志雄訳 岩波文庫1~4)
*「レ・ミゼラブル」(ヴィクトル・ユゴー・清水正和訳 福音館古典シリーズ上下)
*「レ・ミゼラブル百六景」(鹿島茂 文春文庫)

☆写真:パリ郊外、バルビゾン村の道沿いの壁にあったモザイク画「山羊と少女」は、バルビゾン派の一人ナルシス・ディアズ・ド・ラ・ペーニャ(1807~1876)の作品です。ユゴー(1802~1885)と同時代ですが、パリのコゼットと同じくらいの年齢でも、田舎の女の子は、もっと平和に暮らしていたのでしょう。

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(ぽち袋な)小さいおばあちゃん

                    441羽子板j
 少々、時期がずれました。

  クリスマスの次の日、プールで、いつもの小さいおばあちゃん に会いました。
「クリスマスいうてもねぇ・・・隣の息子の家に呼ばれたけど、もう子どもが中学と高校やから、ツリーも出してないし、ほら、家の壁にキラキラ光る飾りもつけてないんよ。昔は、一日中、踊ってるサンタさんもあったのにねぇ。寂しいもんや。」
「プレゼントとかも用意されるのですか?」
「そうなんよ。私は、△△堂の上等のぽち袋にメリークリスマス!と書いて、お金入れて、3人の孫に渡すんよ。お正月は◆◆屋のぽち袋。日が近いから、かなわんねぇ。でもね、上等のぽち袋やから、再利用して、今年で3回目。お金出したら、返してもらって、また来年渡すんよ。孫は、来年も欲しいから、ちゃんと返してくれるしね。ははは」

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ノーベル賞なお酒

           440福寿jjj
 以前、友人のおうちで日本料理をご馳走になった時、とてもおいしい日本酒をいただき、ずっと、気になっておりました。銘柄を聞いても忘れてしまったので、よく似たボトルのものを試しても、どうも違う。いずれにしても、日頃アルコールは飲まないし、一年に数えるほどしかおもてなし料理もしない・・・しかも、最近はワインが増えた・・・・ということもあって、すっかり忘れていたら、秋頃、友人がその酒蔵に連れて行ってくれました。
 その朝、できたばかりのすっきりしたお味の生酒。リサイクルできる瓶に入れて、購入。それと、お正月用に清酒も購入。

 すると、その後、そのお酒がストックホルムのノーベル賞晩餐会で供されたとか・・・で、今やその酒蔵は混みあい、よく売れているとのこと。もともと、神戸 灘の酒蔵地帯は、観光バスの乗り付けが多く、利き酒で、ほんのり赤いお顔のおじいちゃんたちを見かけますが、ますます、繁盛というところでしょうか。酒蔵には、お酒だけでなく、おいしいものもたくさん売ってますしね。

 このお酒、めでたい銘柄の多い日本酒の中でも、特に、めでたい。
「福寿」・・・・あやかりたいですね。

☆写真は、ホットワイン用のフランスワインの首に、ホットワイン用(英国ではモルドワインMULLED WINE)のスパイスが入った赤い袋をぶら下げています。まん中は、瓶のきれいなギリシャのお酒。右端、青い瓶がノーベル賞晩餐会で供された日本酒。

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穏やかなお正月

            439富士山j3
 年末から、高校生の甥が、初めて泊りに来ていました。運動部に属し、口数少なく、はにかむ笑い方が可愛い素直な子です。(と、伯母は思う)例の携帯を持参していて、多くの時間をゲームに費やしていました。ツィッターもやっているらしいので、心は、なかなか、携帯の画面以外に向きません。

 ソーシャルメディアに関与すると、なんだか忙しそうです。可愛くスタンプの押せるメールも「既読」と出るので、返事しないと、無視しているみたいだし、つぶやいたことが仲間内の輪の中で繋がっているなら、その輪から、ちょっと外れたり、入れなかったりすると、ストレスがたまったり・・・耳から聞き流していた時代より、文字に残る分、繰り返し眼に入る・・・
 時間を奪われ、本来するべきことを見失っているのじゃないか・・・

 すべての日本の高校生が、こんなだとは思いません。また、おっとりしている甥が、親から離れ、クラブからも解放され、画面に心奪われるのは、この時だけだったのかも知れません。
 とはいえ、「穏やかなお正月」という言葉を、体得したのだろうか。

追伸:と、書いていたら、我が家で食べたもの、会話、生活のリズムなど、母親に楽しそうに話したという連絡を母親から受けました。

☆写真、2013年1月4日午前羽田から伊丹に向かう。撮影&Co.Ak.

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七草粥

  438おせちj
セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ・スズシロ
と、覚えたのはいつだったのか記憶にないものの、セリ・ナズナからホトケノザまでは、語調がいいのに、最後で、スズシロと来たら、なんか落ち書かないと、子どもの頃から思っていました。少し大きくなって、スズシロのあとに「これぞ七草」と続けることを知って、やっと収まりがよくなったと思ったものです。

 最近でこそ、お正月に日本のおせち料理以外を食べ、味や風味の濃いものを食べることも増えましたが、おせち料理本体は、概ね薄味で、続くと飽きてきます。そんな折り、七草粥にセリの独特の風味が加わると、眼が覚めます。とはいえ、七草とも、癖のある風味だと、食べる人を選ぶかもしれず、そのチョイスの妙に感心します。そして、七草それぞれの効能や、七草それぞれの名前の意味など・・・・何事も、昔から伝わるものは、奥が深い。

 今年の1月7日は、家族も仕事始めなので、一日早い6日朝に七草粥を食べました。 クリスマス頃から、非日常的な食べ物が増え、年末に甥が来て、ごちそうを振るまい、年明けには、おせち料理や、外出で、非日常の食べものが続き、合間に、ジムに行ったり、散歩をしたりしても、おなかいっぱいには、変わりなく、七草粥にほっとしました。

 さあ、無病息災を祈り、邪気を払って・・・新年は、始まっています。

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新年

           436初日の出j
437初日の出j
                                           今年もよろしくお願いします。カ・リ・リ・ロ

☆写真下、2013年元旦、家から歩いて30分の海岸(撮影&Co.A)

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