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「制作」

         328制作j
(2012倫敦巴里34)
(承前)
 岩波美術館テーマ館11「幻想(ファンタジー)」の表紙(1983年刊全24巻)を飾るのは、ルーブル所蔵のモローの「出現」です。この表紙が一番初めに記憶に残ったモローかもしれません。

 もう一度、記憶に残ったのが、岩波文庫ゾラの「制作」下巻の表紙でした。(この「制作」上巻の表紙は、セザンヌです。)
 
  ゾラと同郷で、子ども時代、青年時期を共にしたセザンヌも、この小説が出版されたことによって、ゾラと絶縁。フィクションとは言え、主人公クロードのモデルは、セザンヌだという面もあり、また、印象派と呼ばれる人たちの黎明期の苦悶を、その近くで見ていた作家が表現したのですから、モデルと思しき人達との思いのずれもあるでしょう。しかも、印象派に対して、少々手厳しい言葉を残し、また主人公の描き方も、かなりエキセントリックで、結末も悲壮なのです。

 それで、岩波文庫上巻の表紙は、セザンヌ「男たちの水浴」。下巻の表紙がモロー「出現」です。この表紙の絵のチョイスは、かなりポイントです。単にセザンヌであればいいとか、モローであればいいということでなく、あまたある作品の中でもこれらの「作品」が表紙であるところに意味を持つのです。小説の内容だけ読めば、マネの「草上の昼食」を持ってくるというのが、素人のチョイスです。しかしながら、実際の表紙のチョイスは、訳者清水正和氏の深い洞察によって選ばれしものだと考えています。というのは、訳者は、フランス文学者にとどまらず、フランスの芸術全般に造詣が深く、特に、ご専門は、フランス十九世紀文学とその関連芸術でした。そして、この岩波文庫「制作」の解説は、それだけで、一つの論文のような体をなしていて、印象派とゾラの関係をとらえることができる執筆となっています。

 実は、この訳者清水正和先生は、ほんの短期間だけ、実際に講義を聴くことのできた先生でした。講義内容は、「フランス文化論」。フランス美術のあれこれを歴史の順を追いながら、受講できるはずでしたが、講義期間半ばで、突然、亡くなられたのです。もっと、お聞きしたかったお話が山ほどありました。清水正和先生は、福音館古典シリーズの「海底二万海里」「神秘の島」「レ・ミゼラブル」の訳者だったからです。

 かつて、「制作」を一気に読んだ後、清水正和先生がこれを訳されて本当に良かったと思いました。今回もこの文を書くために読み返しましたが、やっぱり、一気に読んでしまいました。「制作」は、「ルゴン=マッカール」叢書と呼ばれるゾラ文学の中心をなす叢書の中の一冊です。有名な「ナナ」や「居酒屋」を読んでいなくても、この「制作」だけで、本当に面白い文学に出会ったという気がします。(続く)

*「制作」上下 (エミール・ゾラ 清水正和訳 図版あり 岩波文庫)
*「海底二万海里」(ジュール・ヴェルヌ 清水正和訳 A・ド・ヌヴィル絵 福音館)
*「神秘の島」(ジュール・ヴェルヌ 清水正和訳 J.フェラ絵 福音館)
*「レ・ミゼラブル」(ヴィクトル・ユゴー 清水正和訳 G.ブリヨン絵 福音館)

☆写真は、左から、岩波美術館画集テーマ館11表紙「出現」 ギュスターブ・モロー美術館絵ハガキ「ヘロデの前で踊るサロメ」「刺青のサロメ」「出現」 岩波文庫「制作」上下

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